①『街中で悪戯する子はだぁれだ?』
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【渋谷区・シュバルツイェーガー拠点/視点:アリシア・ヴィッカーズ(アリシア)】
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諸事情により長く離れていたとはいえ、
本来は居心地が良いはずの自室で、
アリシア・ヴィッカーズはうんうんと唸っていた。
別段体調が悪いわけではない。いや、少々頭は痛かったが。
「というわけ。わかった?」
「わかったヨ! あー……でも一応確認のために、
もう一度説明お願いシマス」
「もぉ~っ」
![挿絵01.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_917db1413875483b951937dbf7a2b6fa~mv2.jpg/v1/fill/w_609,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B501.jpg)
椅子に座ったアリシアと同じくらい、
または少し小さいくらいの少女、ララは、
ため息をひとつはき、けれど苛立たずに、
もう一度同じことを、今度はもう少し丁寧に繰り返した。
トライブ間の抗争も隣世との戦いも、一応の終止符が打たれ、
現在魔術師たちは平穏な日々を送っている。
休戦状態であった前とは違い、諍いもあまり起きない。
それは誰もが心の底で望んでいた世界であった。
アリシアもそうだったはずだが、
けれど現在彼女が感じているのは、焦燥感だ。
愛するニナの命令だけを信じて、
ただ前に進んでいればよかった昔とは違う。
皆、しがらみから解き放たれたかのように、
トライブという“家”から離れ、別々の道に進みだしていた。
大黒柱であるニナすらも……。
家を離れても“家族”であることは変わりなく、
アリシアもそれで仲間との絆が切れるとは思っていない。
しかし若干の寂しさとそして自分もなにかしなければという、
焦りを感じてしまったのだ。
そこでアリシアは自分が何をしたいのかと考えた。
前はニナの横にあれたら、それでいいと思っていた。
しかしそれでは足りないのだ。
アリシアはかつて自身の悪癖である、
トリガーハッピーを矯正してくれたニナと、
かつての豊富な知識と技術を体現している、
ララと接しているうちに自分の後に何かを残せる仕事が、
したいと思うようになった。即ち、教え導くことだ。
自身の習得したものを、自身の経験を、
後に続く者たちに受け継がせたい。
戦いが終息したとはいえ、トライブが、
黒の魔術師の歴史が絶えたわけではない。
自分の後に生まれてくる黒のために。
それがアリシアの導き出した、ひとつの答えだった。
ゆえに現在、教わる側から教える側に回るためにもと、
ララを教官に戦技、戦術の勉強を行っているのだが、
気持ちとは裏腹に頭がついていかない。
なかなか勉強に集中できずにいたアリシアは、
ララの声以外に扉の向こうから聞こえる、喧騒を拾い上げだした。
その中にニナと思わしきものが混ざっているのに、
気づいてしまったからというのもある。
「あんまり、弾けてるとウチのハリセンMasterが黙ってないヨ」
「お姉ちゃん?」
「あっ、ハイ……スミマセン先生」
そわそわし出したアリシアにララが何度か注意の声をかけたが、
次の瞬間、アリシアの集中力が完全に途切れた。
「なんだこれはぁあああああああああ!」
フロア全体に響き渡ったのではないかと思うほどのニナの叫び声に、
ララはぱちくりと瞬きをし、アリシアに何事だろうかと
声をかけようとした時には、彼女はその場にいなかった。
「ににににににニナちゃん!!!!!????」
無駄に魔法を使って高速移動し、
(ニナに関することで無駄など無いと、彼女ならば言うだろうが)
コートを抱えて座りこむニナを発見したアリシアは、
涙目の魔女に何が起こったのかを察した。
が、そこで意識がブラックアウトする。
「ぁああニナ様何をっ」
「ニナ様がご乱心だっ」
「うわぁああっニナ様が無差別に記憶分断魔法をっ」
そんな声を遠くに聞きながらアリシアは床に倒れた。
至極満足げな顔をしていたと、通りすがりの板鞍は語る。
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【千代田区・ウィザーズインク本部/視点:緒方 歩(あゆみ)】
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赤の本部内を、踵の高い靴をカツカツと鳴らし、
あゆみこと緒方歩が颯爽と歩く。
その背筋がピンと伸びた姿は赤の魔術師や、
研究員たちの視線を集める。
魔女として、赤の経営陣のひとりとして、
あゆみは注目される立場だ。
美しく聡明な歩に恋慕を抱く者も多いと言うが、
研究内容を話すときには饒舌な彼らも、
こと、恋愛ごとに関しては大変臆病だ。
あゆみに直接アピールする者はなかなかおらず、
ゆえにあゆみにはあまり自覚がなかった。
「おりべーさん、充実くんを知りませんか?」
![挿絵02.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_af1edcba61f44f1498a06ce1ac5296a8~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B502.jpg)
「充実くん? 見てないけど、どうかした?」
「ラプラスさんが言っていた桃のトライブの件について、
充実くんに見回りをお願いしようかと!
それで探しているんですけど、みつからなくて」
「あー、フラグ立ってるねこりゃ」
あははと笑い交じりにおりべーが言えば、あゆみは顔を顰めた。
直祐の意志を受け継いだ……というより、
元より性質が似ている充実は、
話をよく聞かずに飛び出して行ってしまうことが多い。
「飛び出しちゃったかなぁ……。
携帯も充電器に刺さったままだったし」
「またどこかで聞いたことがあるようなことしてるね」
「わかりました、外にいる人たちに、
見かけたら私が探してるから連絡するようにって
伝えておきます。蘇我さんにも一応連絡しておこうっと」
借金のこともあるし、とあゆみがぼそっと付け足す。
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【某警察署/視点:蘇我 修司(友情出演)】
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「ぶえくしょん!!! なっ、なんだっ、急に寒気が……」
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【再びウィザーズインク本部/視点:織部 瑞月(おりべー)】
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「おれもこれから出かける予定だから見かけたら連絡するよ」
「はい、お願いします」
ペコリと頭を下げて、あゆみは持っていたタブレットを
操作しながら遠ざかっていった。
「おれはこれから修とデートだけど、
パン田くんたち、気になるなら行く?」
言って、足元にくっついていた、
パンダ型アニマロイドのパン田たちをみると、
まるで歴戦の勇者のような顔つきになった。
なった風におりべーには見えた。
「じゃあ行っておいで。
あっそうそう、外には悪戯っ子が、
たくさんいるみたいだから武器が必要だよね」
言って、おりべーはどこからか取り出したピコハンを渡す。
「充実くんがいたら連絡ちょうだい。
あとツッコミしすぎで、ユウさんが過労死しそうだったら、
これで助けてあげてよ」
ピコハンを受け取るとパン田たちは、
パタパタと短い足を動かして走り去った。
「瑞月~、ごめん待たせた。
さっきそこでラプラスに捕まってさぁ」
パン田たちと入れ替わりで我歩こと土崎 修が、
駆け寄ってくる。
「ラプラスなんだって?」
「置いてあったハリセンの数がいつの間にか減ってるんだけど、
知らないかって言われてさ。
誰かが勝手に持ち出しちまったのかもな」
「あー、あり得るね」
「あのさ、結構周りバタバタしてるみたいなんだけど」
ポリポリと頬を掻き、言いづらそうにする我歩をみて、
おりべーは内心悲しくなった。
就職活動で最近バタバタしており、
なかなかふたりの時間がとれていなかったので、
今日は久々のデートだ。
けれど騒動を鎮圧させるために我歩が乗り出したら、
時間が短くなる、もしくは延期になってしまう。
しかし、我歩が言いづらそうに、
していた理由はそうではなかった。
「気にせずデートに出てもいいかな? 薄情?」
皆が慌てふためいている中、
二人だけ抜け出してしまう罪悪感からだったらしい。
「インクの仕事で俺も忙しかったし……
久々のデートを邪魔されたくないというか、
緊急性も今のところないし……」
チラリと上目遣いに見られて、
おりべーは自然笑みが零れた。
「おれも同罪だよぉ。
だって、この騒動で修が、
デートするの止めようとか言い出したら、
どうしようってそんな心配ばかりしてた」
「あはは、そっか、ならよかった……。
じゃあ、誰かに応援頼まれる前に……?」
「うん、そっと抜け出しちゃお」
手に手をとって、ふたりはその場を後にした。
ふたりの通り道には幸せオーラに充てられ倒れ伏した、
非リア充たちの屍があったという。
「おのれ、リア充どもめ……許さん、許さんぞぉお」
そんな地を這うような恨みがましい声も、
ふたりの耳には届かない。
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【中野区・異端教会拠点/視点:リミット・ファントム(リミット)】
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時は少し戻って、臨時のトライブ会合終了後――
白の魔人、高天原衛示からの緊急の命を受け、
トライブ本部へとやってきたリミット・ファントムは、
教会内部の床に転がっているものを、
バード越しにみて仰天した。
「おおっふ……」
「ちょっとリミットぉ~!
見てないで助けてちょうだいよぉっ」
ミカこと満月美華の身体が、
破裂寸前の水風船のように膨らんでいる。
いつものシュっとした黒のスーツではなく、
何故だかダサい芋ジャージ(赤紫)を着ているために、
形の悪いさつまいもにも似ていた。
「ひぃいっ、姉君様潰れてしまいますぅっ」
そのミカの身体を玉響 憩が必死に支えていた。
![挿絵03.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_fa3eac33cd16478eab128b1331642d93~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B503.jpg)
憩は和服にあまり造詣がないリミットでも、
良いものだとわかる浴衣を身にまとっているのだが、
ミカの巨体を支えるのに必死でぐっちゃりとなっていた。
「えぇえっ……ミカさん一体何と戦ってこんなことに?」
「目が覚めたらもうこうなってたのよ!
おまけに洋服も何故かこれだけしか無くなってて、
なにがなんだかさっぱり」
ミカの固有魔法の影響かと思って問えばそうではないらしい。
自身と周りに起きた異常事態にミカは、
文字通り転がるようにここまでやってきたのだった。
桃のトライブという聞きなれない言葉に首を傾げつつも、
自身に身体強化をかけてリミットはミカと憩を助け出す。
身体強化をかけてすら、ミカの身体は重く感じた。
そのまま立たせると、またすっころびそうな気がしたリミットは、
とりあえずミカを教会内に設置してある椅子に座らせたところ―
バキッ
一瞬で割れ崩れたので別の椅子に座らせ―
バキッ
リミットが悲しそうな顔でミカをみる。
「……床でいいから」
これ以上あまりお金の無いトライブの備品を壊してはいけないと、
ミカがそう告げれば、リミットは申し訳なさそうにしつつ、
教会の隅に壁を背にしてミカの身体を座らせる。
「して、桃のトライブとは一体???」
「それに関しては私からご説明しましょう」
ミカが答える前に、奥から現れた衛示が言った。
「そ、其方の関係者の方の仕業でしょうかぁ?
はぅぅ……でもこれは悪戯の範囲を超えてる気がしますのぉ」
衛示から事の詳細を聞いてやっと事態を把握した憩は、
自身に起きたことを振り返った。
ミカは身体に悪戯されたうえに洋服を全て盗まれて、
そっと芋ジャーだけ置かれていたのだが、
憩は下着の類を全て失っていた。
もともと数はあまり持っていなかったとはいえ、
さすがに下着無しで洋服は着られない。
どうしようかと悩んだ末の浴衣だった。
事情を聞いていたミカが涙目の憩を
気づかわしげに見つめる。
「なるほど、事情はわかった。
必ずや衛示くんたちに無体を強いた、
そいつらを捕まえるである!」
「私たちも協力するわ」
ミカが壁づたいによろよろと立ち上がる。
「むっ、そのような身体で平気であるか?」
「あなたみたいに身体強化をすればだいじょ……きゃっ!」
「「!!??」」
足を踏み出したミカがバランスを崩し、
まるで運動会の大玉転がしの玉のようになった、
(しかし速さと重さは桁違い)
ミカがリミットと衛示に襲い掛かった。
「どいてどいてぇえええええ」
「へぶしっ」
「あべしっ」
ふたりはあまりのことに咄嗟に反応できず、
ドンっとミカにぶつかり、そして一緒くたになって、
教会の外へとゴロゴロと転がっていく。
「はわわ、待ってください~っ!
置いていかないでくださいましぃ」
残された憩は泣きながらそれを追いかけた。
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【新宿区・路地裏/視点:叶 夕月(夕月)】
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「うわぁ……街中結構大変なことになってるなぁ」
路地裏から大通りを覗きこみながら、
叶 夕月はぽつりと呟いた。
手には魔術師界のツッコミ王子の獲物を模して造った、
お手製のハリセンを持っている。
今回の件を聞き、きっとオーバーワークになってしまうであろう、
ツッコミ帝王を少しでも助けようとハリセン片手にやってきたのだ。
しかし、やってきたものは良いものの、
なかなか上手くいかず、そのツッコミはたどたどしいものだった。
タイミングを見誤って気づけば悪戯主はおらず、
一般人に変な目でみられて恥ずかしい思いを何度かしてしまい、
現在自信喪失気味だった。
「うっ、見よう見まねでやろうとしたのがバカだったかも」
もう帰ろうかなぁと思いかけたところで、
「見つけたぞ悪の手先めっ!!!!!」
「え!?」
突然どこからともなく声が聞こえ、
夕月はびくりと身体を震わせた。
きょろきょろと辺りを見渡すが、
どこにも声の主は見えない。
「どこをみている? ここだぁああああっ」
「うわぁああああああっ」
目の前のマンホールがボンっと持ち上がり、
そこから目をギラギラと輝かせた吉部充実が現れた。
![挿絵04.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_d7d92720eea945f0b63a145f17af4b8b~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B504.jpg)
驚きすぎて夕月はその場に尻もちをついてしまう。
充実は戦いたそうな目でこちらをみている。
夕月は目を反らしたい。
「こういう時は太陽の光を背に、
高いところから現れる……
そんな風に思っていたんじゃないか?
だからおれは裏をかいて下から現れたんだ!」
きちんとマンホールを元に戻しながら、充実が言う。
使った物は元の場所に戻すようにと、
後見人のあゆみから言われているようだ。
ちなみにラプラスも何度となく言われているが、
一向に治る気配がない。
「別にそんなこと思ってないけど……
それに悪の手先って?」
「いいや、みてたよ! おれはみてた。
おまえはそれで何人もの罪のない一般人の皆様を、
困惑させてたじゃないか」
「やっ、それは不可抗力ってやつで……
って、ああああああぁあ!!??」
驚愕の顔で自身の後ろを指さす夕月に、
しかし充実は動じない。
「振り返らせて隙をつき、
逃げようって魂胆だろうがおれには通用しないぜ」
キランとドヤ顔、さらにはウインクしてみせた、
充実の身体を押しのけて、夕月は大通りを見やった。
「えっ、ちょっ」
「サキ!!!」
「は?」
夕月の慌てた声に、充実も大通りを見る。
「とりっくおあとりーと☆
かれきにはなをさかせましょう!」
ふたりが見つめる先にはバケツと水鉄砲を持ったサキがいた。
サキがちんぷんかんぷんなセリフを言って、水鉄砲を発射させる。
すると水が当たったところには色とりどりの花が咲き誇った。
壁や地面、そして人にさえも。
「え、なにやってんのアイツ」
今日が大変蒸し暑い、という点もあって、
水をかけられた人は驚きはするものの、
咲いた花に顔を綻ばせ、怒るようなそぶりはみせない。
しかしそれも今のところは、であり、
人によっては突然そんなことをされれば怒り狂うに違いない。
「止めないとっ! ちょ、充実邪魔だよぉっ」
「あっ、逃げる気? おれの話は終わってないんだけどっ」
「サキが行っちゃうって! どいてっ」
ふたりが言い合っているうちにサキはどんどんと進んでいき、
やがてその姿は人混みに紛れていった。
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【ウィザーズインク本部/視点:緒方 歩(あゆみ)】
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「なんてことなの……充実くんだけじゃなくて、
サキちゃんまで居なくなっちゃうなんて」
赤の本部内で監視カメラ越しに、
街中を監視していたあゆみはため息を吐く。
ラプラスはラプラスで所有していたハリセンの数が、
全然合わないと笑いながら申告してきて、
あゆみの胃を痛ませた。
トライブ内は血液の匂いが漂い、
気のせいではなく眩暈がしそうだった。
ちなみにそんな匂いがしているのは、
トライブ一のリア充がウフフアハハしながら、
幸せそうに出て行ったからである。
未だ本部の非リア充たちは慣れずに、
幸せオーラを察知すると、
吐血、あるいは鼻血を出すのだ。
(抗争は収まったし、今度インク主催で
魔術師同士のお見合いパーティーでも開こうかな)
それは結構稼げ……もとい、パートナーを求めている、
魔術師たちの良い出会いの場になりそうな気がした。
その際はあのふたりを広告塔にしようと企む。
(場所は酸素が無くなりそうな潜水艦一択ね!)
などなど思いながらも手と目はきちんと動かす。
「んんっ、サキちゃん発見!
あっ、ついでに充実くんと……夕月くんも!?」
ターゲットを発見すると、
あゆみはリンクのサイトに目撃情報をアップした。
ついでにウィズクラスの悪戯の件に対して、
面白がって写真を何度も何度も、
アップロードしている寧々里に、
「私的利用は慎んでくださいね!」と警告、
一時的なアカウント凍結をしてから本部を飛び出した。
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【新宿区・ウィズクラス/視点:トリーネ・エスティード(トリーネ)】
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支倉叶恵のことを覚えている人は、
どのくらい居るだろうか?
かつて彼女は願いの器という、
ホムンクルスだったが、それも過去の話。
魔術師達の協力もあり今はれっきとした人間である。
現在彼女は支倉響香の親せき扱いになっており、
ウィズクラスに溶けこんでいた。
傍から見れば特別なところはなにもない、
ただのゲームセンターの店員である。
美少女店員としてお客から人気になっている点以外は。
叶恵に纏わる事件に携わったトリーネ・エスティ―ドは、
それでいいと思っていた。
事件以降、叶恵とは友人関係にある。
![挿絵05.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_2705beeb01b64db694e55d619db3d11b~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B505.jpg)
特別な存在ではなく、ただの少女として笑っていてほしい。
かつての日羽にウィズクラスの皆が、そう望んでいたように。
(日羽さんは結局ご自身で望まれ、非日常に戻ってしまいましたが)
そんな叶恵とやっと訪れた穏やかな日常を共有するために、
トリーネは一緒に買い物に繰り出していた。
「なんだか、今日は魔術師の人たちをよく見かけますね。
良い天気だから私たちみたいに出かけてるのかな?」
買い物の途中でカフェに寄り、
テラスで冷たい飲み物に口をつけながら、
雑談をしていると、ふと叶恵がそう言った。
叶恵の言葉にトリーネがテラスに隣接している道に目をやる。
確かにどこかで見たことのあるような顔が、
道を行き来していた。
「なんでしょう?」
呟きを拾った、彼女の半身とも言えるべき存在のAI、
トラインが即座に調べてトリーネに現状を伝える。
『桃のトライブっていうのが騒ぎを起こしてるみたいよ。
あゆみさんから注意するようにってお知らせがきてる。
あと充実くんがその件でいなくなったから、
見かけた人は教えてねって。
人死が出るような実害はないみたいだから、
大丈夫だとは思うけど』
「そんなトライブの情報、今までヒットしたことなかったような」
『たぶん、“意図的に”データは削除されているわ。
なんでだろ? ってトリーネ髪型変えたの?』
「トリーネさん、トラインさんが言ってることは本当みたいですよ。
外出前はそんなことなかったのにポニーテールになってます」
叶恵がみせてくれた鏡を覗きこむと、
確かに髪型が変わっている。
「なるほど……これが桃のトライブの悪戯ですか」
トライブ、ということは魔術師の仕業だろうが、
トラインは魔法を感知していない。
一体どういう仕掛けになっているのか、
トリーネは知的好奇心を擽られる。
叶恵を当時の魔術師たちに会わせてあげることを、
今回の目的のひとつにしていたトリーネは、
事件を辿れば皆に遭遇できるかもしれないと考えた。
『当時、叶恵ちゃんに告白してた、
ベルアートさんの所に行っても面白そうね』
表情からトリーネの気持ちを読んだトラインが、
PC画面の中で悪戯っぽく笑う。
『あ、情報が更新されたわ!
ふむふむ……ウィズクラスにも悪戯の魔の手が!
竜崎さんのヘヤピンにハイビスカスが咲いちゃったみたい。
って、寧々里さんが写真をアップしてる……。
この時点では竜崎さん気づいてなかったのね』
「え、見せて見せて!」
トラインの笑いの混じった驚きの声に、
トリーネと叶恵が画面を覗きこむ。
『2枚目は気づいて驚いている写真で、
3枚目は……あっ、デリートされた……。
ハッ、また違う写真がアップされてる!
ええええ春道さんがっ!!
あぁああ響香さんがあられもない姿にっ!
そして秀さんは……だめぇっ!
これ以上はインクのサイトの規約にひっかかっちゃう』
「そんな面白……もとい、大変なことが起こっているなら、
いったんウィズクラスに戻りましょ」
ふたりは注文したものを急いで飲み終わると、
急いでカフェから出てウィズクラスに向かった。
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【新宿区・喫茶店『若さゆえの過ち』/視点:織部 瑞月(おりべー)】
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「これ取ってくれてありがとう」
「喜んでくれて嬉しいよ。
頑張ったかいがあったから」
おりべーと我歩はウィズクラス横の喫茶店、
『若さゆえの過ち』で、遅い昼食を取っていた。
![挿絵06.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_98c226daa0ae4e5daf2cacae7433df44~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B506.jpg)
おりべーの手には我歩がクレーンゲームで取った、
パン田くん1号2号の編みぐるみが握られている。
昼食をとる前にウィズクラスで少し遊んでおり、
例の悪戯に巻きこまれておりべーの頭には、
パンダの耳のようなおだんごがふたつ、
我歩の頭にはサキにかけられた水の影響で、
大輪の花が咲いているのだが、
幸せの絶頂にいるふたりは気づいていない。
お互いに今日はなんだか雰囲気が違うなぁ、
程度にしか思っていなかった。
ちなみにその写真も密かに寧々里によって、
サイトにアップされていた。
ちなみに編みぐるみについてだが、
あゆみの発案で、魔術師たちが使役している、
魔法生物やアニマロイドなどの一部が、
当事者の了承を得てグッズ化し、
ウィズクラス限定であるがプライズとして置かれている。
ちなみにその売り上げの一部は抗争時に破壊された
街の復興代として利用されていた。
一番人気は、『ニナのヘキサクラフツシリーズ』である。
ニナの魔法で作られた動物がモデルになっていて、
一時期その中に猫耳としっぽの生えたニナのフィギュアが、
混じっていたという噂が広まったが今のところ、
その存在を見たものはいない。
商品戦略上インクが流した噂だとか、
プライズとして陳列された途端、
どこからか現れたニナの婚約者が全部取って帰るだとか、
取らせないためにアリシアが乱入してきて、
ウィズクラスでバトルが勃発するだとか、
バトルと聞いて竜崎が参戦してくるとか、
最終的にはいつも事態収拾のために黒のマスターオブツッコミが、
駆り出されるだとか、色々不確かな情報が行きかっているが、
真実は定かではない。
「そうだ、これ……就職祝いなんだけど」
驚かせようと光学迷彩で今まで隠していた袋を取り出す。
「そんなのいいのに……ありがとう。
なんだろう? 今開けてみてもいい?」
我歩が頷いたのを確認して、
おりべーが袋から中身を取り出した。
我歩がそわそわした様子でおりべーを見る。
袋から出てきたのは長方形の箱で、
その装丁で中身が靴であることがわかった。
「おおっ、かっこいい……」
パカリと箱を開けてみると、
そこにはシンプルながらしっかりした作りの、
パンプスが入っていた。
自分があまり履くことがないタイプの靴だが、
これから絶対に必要になる靴だ。
「瑞月はスタイルがいいから、
そういうのが似合うかなぁって思って。
店員さんに聞いたんだけど、
疲れにくい構造をしてるんだって。
インク系列で買ったからそれはお墨付き」
言われ、靴底が盛り上がっているのに気づく。
触ってみるとほどよい弾力を感じた。
ずっと使えるように良いものを。
どんな格好にでも合うようなものを。
酷使するであろう足を守れるものを。
靴を眺めていると不思議と我歩が、
この靴を選んでくれた時の気持ちが見えてくる。
「どうしよう……」
おりべーが靴の入った箱を抱きしめて俯く。
「えっ、あっ、もしかしてサイズ合わない?」
おりべーの呟きを拾って我歩が慌てたように尋ねる。
「今すぐ修を抱きしめてちゅーしたいのに、テーブルが邪魔」
顔をあげたおりべーは困ったように笑っていて、
我歩はきょとんとし、次いで頬を赤らめて、
蕩けるような笑みを浮かべた。
「今はさ、これで我慢して」
こみ上げてきたすべての愛しいを捧げるように、
我歩はおりべーの左手薬指に輝く指輪に口づける。
ふたりの身体を駆け抜けた恋の甘い痺れは、
体内物質操作の魔法が無意識に発動して実体化し、
電流となって喫茶店内のお客も店員もシビシビにさせた。
「ほにょ、ほにょれぇ~……」
被害を受けた中でもふたりに悪戯を仕掛けようと、
潜んでいた赤の研究員(たち)への影響凄まじく、
彼らはその後もふたりが喫茶店から出ていくまで
恋の痺れと愛の重さで精神力がゴリゴリ削られていった。
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【渋谷区~新宿区・路上/視点:アリシア・ヴィッカーズ(アリシア)】
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「色々あったけどやっと何時もの、『日常』が戻って来た気がするネー!」
謎の失神から目が覚めたアリシアは、
事態が把握できぬままニナに駆り出されていた。
![挿絵07.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_0f77bd833bf64b799dbf4e0c36aa87c2~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B507.jpg)
「ところでニナちゃん、結局コートに何され……
すみません、もう聞きません。
ハリセンの蛇腹になっているところで叩くのは、
いけないと思いマス!
そんな使い方したらユウが泣いちゃうヨ!!!」
とにかく、ニナが行くというならば、
アリシアに断る理由は無い。
ただ、ララになにも言えずに飛び出してきてしまったため、
それだけが心残りであった。
(あとでお仕置きされるかもしれないネ)
と思いつつも、足取りは軽い。
そんなアリシアの様子をチラリとみたニナは、
わからないようにフッと笑った。
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【新宿区・路上/視点:玉響 憩(憩)】
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「やれやれ、とんだ目に遭ったのにゃ」
「はぅう……大変でしたにゃ」
リミットと憩は大玉転がしならぬ、
ミカ転がしをしながら街中にやってきた。
転がされているミカはもちろん、
リミットと憩の姿はボロボロで顔はやつれきっている。
リミットの髪はバードの羽根のように色とりどりに染められ、
憩の髪は花魁のごとく簪で飾られていた。
そして今は何故か語尾に勝手に「にゃ」がついて、
半透明の猫耳と猫しっぽがくっついてみえるが、
ふたりにとってはもうそれさえもどうでもよくなっていた。
あの時、ミカ共々転がっていったリミットと衛示は、
教会近くの一軒家の塀にぶち当たってやっと助かった。
しかし、止まったはいいが大砲の弾状態だったミカが、
ぶち当たった塀は見事に木っ端みじんとなったしまった。
物凄い音に飛び出てきた家主に膨らみに膨らんだミカが、
成人男性二名を巻き添えに塀に激突した結果です、
とは言えず代表者の衛示が咄嗟に、
「すみませんっ、サッカーをしていたら、
ボールが塀に当たっちゃって……てへぺろ!」
と無理すぎる言い訳をした。
『いざって時に使ってね☆』
と祈に伝授された渾身のてへぺろは、
白の面々や女性相手ならまだしも、
逆効果で、雷親父と化した家主に衛示は
こっぴどく怒られた。
折角衛示が気を反らしてくれたのに自分たちがこの場に留まれば、
話をややこしくしてしまうと考えリミットは憩に目配せすると、
ミカを転がして、その場を抜け出したのだ。
(衛示くんのてへぺろはこの心の中に!!!)
衛示をその場に残してやっと捜査を開始した白の面々だったが、
その後も困難は付き纏った。
例えば情報収集をしようと、
憩が自身の固有魔法を使って話しかけた相手が、
芸能事務所の人間で情報を聞くどころか、
スカウトの嵐に遭ったり……
「憩ちゃんは祈ちゃんとデビューが決まっているのである!
デビューシングル“メイスで殴られたみたいな恋☆”を、4649!」
この場合はリミットが間に入り、
偽のデビュー情報をでっちあげて逃げ出した。
ミカの姿をみた一般人がSNSで拡散。
なにがどうなってこうなったのか……
気づけば50m先になにやら白いラインが引かれ、
陸上のユニフォームに身を包み、鉢巻を巻いた田中 征が、
まるでバトンを待つかのようなポーズで立っていた。
「リミットさん、憩さん、あと少しです頑張って!」
一体何を聞いてどう思っているのか、
気合十分で征が言う。
「はぅう……な、なんか呼ばれてます」
「え……ミカさんを渡した方がいいのかこれは」
「私はバトンじゃないわよ!!!!」
困惑して、歩みが遅くなったところに、
パトカーのサイレン音が鳴り響く。
「こらっ、ちゃんと許可をとってそういうことをしているのか!」
パトカーの窓から顔をだしたのはあゆみから依頼を受けて、
付近を見回りしていた蘇我だった。
![挿絵08.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_d981d3c1026542d9ac4aa174064b6caa~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B508.jpg)
「んんっ? そこにいるのはリミットさんに憩ちゃん?
……と……み、ミカさん???????」
自分たちも何が起こっているのかわからないのに、
これ以上関わればもっと面倒くさいことになると、
蘇我に見つかったと思った瞬間、
心通わせたリミットと憩は無言で方向転換。
路地に入ってすぐに身体強化で速度をあげて逃げた。
「常日頃から穏やかな日常を守るために、
真面目に真面目に生きてきたのにひどい仕打ちだにゃぁ」
肩を落としたリミットがぼそりと呟く。
「やっとここまできたんですから、
あと少しにゃんばりましょ?」
憩が励ますようにそう言うのに対し、
リミットが力なく微笑む。
「今一番悲惨な目に遭ってるのは確実に、
私だと思うんだけどにゃぁ。
ううっ、許せにゃいにゃ犯人っ!!」
ゴロゴロと転がされながら、
ミカがひとり闘志を燃やしていると、
憩が気づきの声をあげた。
「なにか騒動が起こってるみたいですにゃぁ」
リミットと憩がミカを転がして進み、
人だかりになっているところを覗きこむ。
視界に入ってきたのは頭に花が咲いた、
アリシアとニナだった。
比喩ではなく、物理的に。
そして頭どころではなく全身に。
「NOぉおおおおおおおおお!」
「なっ、なんだこれはぁああああっ」
「わぁ、お花のドレスみたい」
ニナとアリシアの叫びに、
サキののんびりとした声が混じる。
花の種入りの水を充填した水鉄砲で、
街中に花を咲かせていたサキは、
水を補充しようと用意していたバケツを、
足を滑らせてあろうことかニナに
ぶちまけてしまったのだ。
咄嗟にアリシアが庇ったことで、
ニナはずぶ濡れにこそならなかったが、
サキの悪戯の餌食となってしまった。
「おぉおお……ワタシの銃口から花が咲いてマース」
「貴様あぁあ! 私に悪戯を仕掛けるとは良い度胸だ!!!」
「ひゃあ!」
悪いことをしたとは思っていなかったサキが、
ニナの怒号に身を竦める。
「ちょぉおと待ったぁああああ!!!」
そこに転移魔法で夕月と充実がポンと現れた。
「か弱き少女をいじめるなんて許せないね!」
充実が不思議なポーズをとり、ニナを挑発する。
彼的には、めちゃくちゃかっこいい、
ヒーローのポーズなのだが、傍から見たら、
重力を無視した謎ポーズである。
「先に水をかけてきたのはあっちだ!
って、おい……あの少女はどこ行った!」
「ふっ……やれやれあんたも、
隙をついて逃げようって魂胆だろうが、
おれには通用しないね」
再び充実のキラン☆が炸裂するが、
ニナを不快にさせただけだった。
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【新宿区・路地裏/視点:サキ・サクラネ(サキ)】
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「もう、サキったらあんな無謀なことして……」
充実に注目が集まっている間に、
サキを回収した夕月は路地裏に避難していた。
「ねぇねぇ、ゆーづき?
なんでサキは怒られちゃったのかな?
だって今日はそういうお祭りでしょ?
みんないたずらばっかりでお菓子はくれなかったけど」
ハロウィンと今日の騒動を混同しているサキは、
心底わからないといったように首を傾げる。
「いや、サキ……今日はそういうイベントじゃないんだ」
![挿絵09.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_507c1e0f0b6b43c492feebeca38317c4~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B509.jpg)
「え? そーなの? だって、とりっくおあとりーとって、
前にやったよね? その時に教えてもらって……」
(あれ? 誰に教えてもらったっけ?
確か、ロッソの散歩をしているときで……
ゆーきと、それから……)
ふと、ぼんやりと誰かがサキの脳裏に蘇る。
(一体誰に?)
「サキ?」
「あ、れ……あの、とき……」
サキの顔が蒼白となり、
ぎゅっと胸元を握りしめ震えだす。
(なにを忘れているの? そこにいるのはだれ?)
心の奥の奥、何重にも戒めの鎖が巻かれ、
二度と開かぬように誰かが、あるいは自分が閉じた、
記憶の箱の鍵がカチリと開く。
戒めが解かれ、なにかが這い上がってくる感覚が、
サキの身体を蝕もうとした瞬間――
「ひゃっ」
顔にかけられた水で、意識が浮上した。
「あれ? 花、咲かないんだね」
目の前で悪戯っ子のように笑うのは、
サキが大好きな夕月だった。
「そうか、この水に魔法がかかってるんじゃなくて、
サキの魔法がトリガーになって花が咲くんだね」
顔の無いだれかではなく、
“今”サキに笑いかけ、手を引いてくれる存在。
「サキにもお花のドレスを着せてあげたかったんだけど」
開きかけた箱の蓋が、パタンと閉まる。
「ゆーづき……」
不安げに見つめてくるサキを、
夕月はそっと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよサキ……」
蓋が閉じる前に箱から漏れだした一羽の赤い蝶が心の底を飛び回る。
撒き散った鱗粉はサキの心の底に傍目からはわからぬほど、
緩やかに緩やかに積もっていく。
「さぁ行こうか、サキ。
置いてきた充実が心配だ」
きっといつかは再び箱が開いてしまうのだろう。
しかしその瞬間は今ではない。
今であってほしくない。
そう願いながら夕月は幼子の手を握りしめた。
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【その路地裏の傍・路上/視点:土崎 修(我歩)】
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「あー……あれって充実じゃないか?」
「え、ほんとだぁ。ニナさんたちと何やってるんだろ?」
喫茶店でまったりしたあと、手を繋いで、
街中をぶらぶらしていた我歩とおりべーは、
騒ぎに気づいて足を止めた。
その様子を隠れて窺っていた者たちが、行動を起こす。
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――名も無き赤の研究者は思う。
どうしてこうなってしまったのかと。
個と利と理を重んじる赤は、
自身を如何に磨き上げ、
そこにいかな価値を見出すかに
力を入れていたはずである。近年までは。
なのに最近の赤は劇的な変化を遂げた。
リア充が闊歩し始めたのである。
研究こそ我が人生、成果こそ我が子と、
生きてきた研究員や魔術師たちに、
その存在は眩しすぎた。
最初こそ、自身には関係ないと
振る舞っていた彼らだったが、
あまりに幸せそうで、愛しそうで、
その存在が無視できなくなっていた。
簡単にいえば、羨ましくなってきてしまったのだ。
赤でもこんな未来があったのかと。
しかし気づいたときには遅く、
耐性の無い彼らにとって、
キャッキャウフフなキラキラオーラは毒と化した。
見かけると身体が、脳が、拒否反応を起こして倒れてしまう。
対ヲタクテロといってもいい。
名も無き赤の研究者は思った。
一度痛い目をみせてやりたいと。
その思考は恐ろしいものであり、
ただの八つ当たりに等しかったが、
そう思った人間が、残念ながら少なくなかった。
3徹当たり前、睡眠時間をとってないことは誉と、
研究に没頭していた彼らの酸素の足りてない頭は、
残念ながらまともな判断能力は失っていたのだ。
一人が立ち上がればまた一人と増える。
そして事件は起こってしまった――
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「えっ、ちょ、ちょぉおおおおおおお」
「修ぅうううううううううう」
油断していた我歩とおりべーは、
突如複数の全身赤タイツに襲われた。
咄嗟におりべーを庇った我歩を、
赤タイツが囲んで持ち上げ、
胴上げのようにして連れ去る。
「へるぷみー!!!」
あまりの出来事にパニックになった我歩が、
某ゲームにでてくる誘拐され癖のついた、
茸の国のお姫様のような、悲鳴をあげた。
「誰かっ、誰か助けて!!!」
おりべーの悲痛な叫びに、
「ちょっと待ったー!」
ヒーローが駆けつける!
「ナカツムマジイカップルに、
嫉妬する気持ちはわかるが、
手を出すなんて許せない!」
勇ましい声におりべーが振り返る。
「ハリセンレッド!」
「ハリセンシュバルツ!」
「ハリセンブラック!」
「はっ、はりせんぶらん!」
「街にハビコル悪はおれたちが許さない!
ハリセン戦隊ツッコムンジャー!!!!!!!」
![挿絵10.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_53fcd6ba1bfe41d28272b22cef8179f3~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B510.jpg)
バーンという凄まじい音と共に、
三色の煙を背景にポーズを決めていたのは、
ハリセンレッドこと充実、
ハリセンシュバルツことニナ、
ハリセンブラックことアリシア、
ハリセンブランこと憩だった。
「言い方変えてるけど黒がふたりいない?」
ミカがリミットの手を借りてその場に座りながらつっこむ。
「むむっ、戦隊ものをするにはひとり足りないのである!」
いろんなことが起こりすぎて頭がぽやぽやしているリミットは、
そんなところをつっこみ、
「なか、むつまじいじゃないかなぁ?」
最近まで学生だったおりべーは、むず痒い言い間違いを指摘した。
「わ、私は一体……っ!?」
ポーズを取った後、ハッと気づいたニナが戦慄く。
どうやら新作ハリセンの影響だったらしく、
何がキーになったのかはわからないが、
ポーズを取らねばならない衝動に駆られたゆえのことだった。
注目を集めていることに気づいたニナはスッと姿勢を正すと、
事前動作なく集団に向かって走り出した。
「えぇえいっ! その記憶消してやるわぁあああ」
「へっ? うわぁああああああ」
羞恥に苛まれたニナは顔を真っ赤に染め、
ハリセンを槍のように使って突進していった。
「ニナちゃんの敵はワタシの敵ネ!」
散り散りに逃げようとした赤タイツを、
アリシアが持参したツンデレハリセンで中央にまとめる。
ちなみにアリシアは新作ハリセンの影響を受けたのではなく、
ニナがやるなら自分もというノリで戦隊に加わっただけだった。
バシーンと小気味よい音が響くたびに、
「べ、べつにあんたのことが好きだから、
嫉妬してるわけじゃないんだからね!」
赤タイツがツンデレセリフを吐き、
恥ずかしさから顔までも真っ赤に染めた。
「あ、ごめん……気持ちは嬉しいけど、
俺には瑞月がいるから……」
赤タイツに拘束された我歩が顔を引き攣らせながら言えば、
それは赤タイツたちの怒りに触れて騒ぎに油を注いだ。
「お前なんかこうしてこうしてこうだ!!」
「うわぁあ!!いつだかの魔法少女コスは、
らめ、やめてぇえええっっ!
瑞月もスマホで写真撮らないでっ」
「え、違うよぉこれ動画モード」
「はわわ、あの、えっとみなさん落ち着いてぇっ」
充実に悪と戦うには武器が必要だと渡されたハリセンを、
ぎゅっと握りしめ、プルプルと震えながら言うが、
か細い彼女の声は騒ぎの中央まで届かない。
「頑張れハリセンブラン!
もっとお腹から声をだして!
いけるいけるやれるやれる!!!」
隣でテニスプレイヤーのようにハリセンを構えた充実が、
熱く憩を鼓舞するが、渡された新作ハリセンの影響で、
勝手に戦隊に加わってしまった憩はもうすでにいっぱいいっぱいだ。
はちゃめちゃな展開を野次馬な一般人たちが囲み、
街中は収拾がつかない状況となった。
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【混乱する街中/視点:トリーネ・エスティード(トリーネ)&アリシア・ヴィッカーズ(アリシア)】
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「いっ、いつの間にかすごいことに」
ウィズクラスに寄ってからまた街中に戻ってきた、
トリーネと叶恵は道を通行止め状態にするほどにできた、
人ごみに面食らった。
至る所で色んなことが起きすぎて、
もうはっちゃかめっちゃかだ。
「さすがにこれは笑っていられる状態じゃありませんね」
トリーネは騒ぎに巻きこまれないよう距離をとると、
どこだかに連絡をした。
その数分後――
「警察だ警察!!! そこにいる全員、
今やっていることをやめて、手をあげろ!!!」
混乱を収めたのは、ヒーローでもツッコミでもなく、
おまわりさんの蘇我だった。
パトカーのサイレン音と蘇我の怒声に、
騒ぎを起こしていた人間が一目散に逃げていく。
その後ろを警官が走って追いかける。
「ん? んんんんっ」
遠巻きに野次馬が警察による捕獲劇を眺めている中、
騒ぎからこっそり離れようとしている人物をアリシアは見つけた。
一瞬その人物がこちらを窺うように振り返る。
「あっ」
アリシアが見ているのに気づくと、その人物は冷静を装って、
前に向き直ったが、はやくその場から逃げ出したいとばかりに、
早足になり、次いで駆け出した。
不審に思ったアリシアは、霧と化して追いかける。
「わっ……あっ!」
人混みもあって早々に追いつくと、肩を掴んで正面を向かせた。
「……」
その人物は慌てふためき、顔を隠そうとしたが、一歩遅く……
「どうしてここにっ」
アリシアの異変に気づいたニナが駆けつけ、
捕獲した人物をみて驚愕する。
「いやぁその……面白いことが起こってるなぁと思って」
![挿絵11.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_860a60f6e56245d595f8a09852f9c115~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B511.jpg)
「よもやコートの件はお前ではあるまいな?」
ニナが鋭い目で睨みつけ、アリシアが無言で、
肩を掴む手に力をこめる。
「やっ、コートとかしらなっ、あいたたたた!!!
あの、うそですっ! たまにはああいうのもいいかなって、
あたたたた!!! あっ、ごめ、ごめんなさいぃいいっっ!!!」
「YOU……デストロイ……」
ふたつの黒が悲鳴を掻き消すかのように覆いかぶさる。
その後、その人物がどうなったかは定かではない。
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【混乱の鎮まった街中/視点:織部 瑞月(おりべー)】
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「おそ、恐ろしかったよ瑞月……」
「あはは、本部の人たち大分ストレスたまってたみたいだね」
警察の活躍により、やっと赤のタイツ軍団から解放された我歩は、
ついてる意味ないんじゃないの?というくらい短めのスカートに、
カボパン姿の完全なる魔法少女にされていた。
手には魔法のステッキまで持たされていて、
いたずらの名残で頭には花が咲いたままだ。
「それぐらいで済んでよかったじゃない?」
「そうかなぁ?」
涙ぐんだ我歩の目元におりべーがキスをして慰める。
「おりべーさん、我歩さん!」
そこにトリーネと叶恵がやってきた。
叶恵と久々に会ったおりべーは自然頬を緩ませる。
おりべーと叶恵が話している間に、
我歩はトリーネにお礼を言った。
「警察呼んでくれたのトリーネさんなんだって?
ありがとう、助かったよ」
「大変でしたね我歩さん。でもあの、似合ってますよ?」
慰めるようにトリーネがそう言ったが、我歩は苦笑いを浮かべる。
「似合っててもなぁ……」
「アルバートさんのところで夕飯食べるんでしょ?
その前に本部に戻って着替えてこよう。
荷物もいったん置いて来れば手が空くし~」
久々に会った叶恵と会話を楽しんでいたおりべーは、
短いスカートの裾を少しでも伸ばそうと、
一生懸命引っ張る我歩に気づいて、声をかけた。
「うん、そうしよう……さすがにこの格好で
デートを続けるのは辛いや」
「おれは、修がどんな格好してても、
かっこいいと思える自信あるけどね?」
「瑞月……」
「リア充ども爆破しろぉおおおおおおおおお!!」
手に手をとって見つめ合うカップルをみて、
警察に連行されていた赤のタイツの何人かが撃沈。
そのうちのひとりが涙を流しながら叫んだ。
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【しばし後、同じく街中/視点:満月 美華(ミカ)】
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「はぁ? なによそれ」
騒ぎの鎮圧にきていた警察より、
ミカは洋服を盗んだ犯人逮捕の報告をきいた。
聞けば、ミカからの被害報告を受け調査をしていたところ、
SNSにて、
『ミカたんのださいイモジャーもえもえ』
という呟きなどと共に写真を多数アップしていた者がおり、
不審に思ってIDを特定、呟いていた人物の家を調べたところ、
ミカの自宅から盗んだと思わしき洋服が多数押収され、
逮捕に至ったそうだ。
本人はミカの大ファンだったようで桃のトライブの噂を聞き、
今ならいたずらで済むかもしれないと犯行に及んだそうだ。
「え、じゃあこのお腹はなによ?」
街中まで転がされている間に魔粒子が漏れて大分収まったとはいえ、
ミカの身体は一時立ち上がれないほど膨れ上がっていたのだ。
「犯行時犯人は極度の興奮状態にあったようだ。
その際に漏れ出た魔粒子をミカさんが、
無意識のうちに吸いこんだのかもしれない」
「無意識? あっ、でも確かに言われてみれば、
昨日の夜は美味しいものを、
たくさん食べる夢をみていた気がする」
![挿絵41.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_910e49714f644aadb7762065679b788c~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B541.jpg)
その際むしゃむしゃしていたものが、
犯人の大量の萌え魔粒子だと思うと気持ち悪く、
ミカは自身を抱きしめてブルリと震えた。
「その犯人はどこ?
この手でとっちめてやらないと気が済まないわ!」
「あーミカさんっ! 事情聴取は警察に任せてっ」
「えぇ……そうだったんですかぁ」
憤るミカの隣では、携帯電話片手に憩が小さな驚きの声をあげた。
憩が桃のトライブの悪戯によって盗まれたと思っていた下着類は、
家族が全てクリーニングに出してしまっていたらしい。
いくつか手元に残っているだろうと、
思いこんでいたゆえのことだった。
ミカの件と一緒に通報していたため、
警察が盗難かと思い、家に事情を聞きにきたので、
家族が憩の勘違いに気づいたそうだ。
「え、あー……なんと……それは……
ええ、ええ、もちろんそれなら怒れないであるが」
リミットにも電話で連絡があり、
衛示の下着の真相をきいて、
がくりとその場に膝をついた。
「と、とんだとばっちりである……はぁ」
心身ともに疲労したリミットは、
怒り心頭のミカを宥めている蘇我に声をかけた。
彼のカツ丼が今無性に食べたかった。
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【同じく街中/視点:サキ・サクラネ(サキ)】
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「充実くん! それに夕月くんもなにしてるの!」
騒ぎの中心にたどり着いたあゆみは、状況を把握。
すぐさま端末を弄って、情報収集と情報操作を開始。
なんとか今回のことをイベント扱いにすることに成功していた。
その後、ハリセン片手にまだ暴れようとしていた、
充実の首根っこをひっつかみ、
サキを連れて逃げようとしていた夕月も確保。
目の前に正座させて説教を始めた。
「んー、ゆーづきもみっみも、なにしちゃったのかしら?」
最初はなにも言わずにいなくなったサキも、
叱ろうと思っていたあゆみだが、
夕月の必死の説得により、今回は除外されていた。
しかしサキはそんなこととはつゆ知らず。
バケツの水が全て無くなってしまったので、
これ以上悪戯も続けられない。
仕方なくしゃがみこんで肘を膝につき、その上に顎を乗せて、
あゆみの話が終わるのをじっと待っていた。
しかし既に退屈を感じ、暴れ回ったせいで、
疲労した身体は眠気を訴えている。
「お嬢さん、お嬢さん」
うとうととしかけているところで、
サキは背後から自分を呼ぶ声に目を瞬いた。
振り返ると、そこにはサキが大好きな絵本のひとつにでてくる、
優しそうな眼差しのヤギがいた。
ヤギが街中に突然いるはずがないが、
眠気で頭がぽんやりしたサキはそれを自然と受け入れた。
「あら、こんにちは!」
ぱぁっと顔を綻ばせたサキにヤギが目を細める。
「こんにちは、お嬢さん。きみのいたずらをみましたよ。
最近はいたずらと言いながらも、犯罪まがいな事をする人が、
多かったんですがお嬢さんのいたずらは驚きもあり、
楽しさもあって実によかった。よって君を今回の、
“愉悦の魔術師 甲”として認定します。おめでとう」
ヤギはそう言うとあたたかな風となり、舞い上がった。
風の勢いでサキはぎゅうっと目を瞑る。
「サキ? ごめんね、疲れちゃった?
そろそろおうちに帰ろう」
パチパチと再びサキが瞬くと、
そこには夕月が気づかわしげな表情で立っていた。
「あとで水をかけちゃったアリシアさんとニナさんに、
一緒に謝ろうね、サキ」
「え、あれ? ヤギさんは?」
ごしごしと目元をこすり周囲をみれど、あのヤギはいない。
「ヤギ? ごめん、みてないけど……サキ、それどうしたの?」
「え?」
手を繋ごうとした夕月はサキの小指に、
さきほどまではなかった指輪があることに気づいて尋ねる。
![挿絵42.jpg](https://static.wixstatic.com/media/554f04_975bbb02b8644593bbfe0495981b8f9b~mv2.jpg/v1/fill/w_606,h_341,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E6%8C%BF%E7%B5%B542.jpg)
「ヤギさんがお菓子のかわりにくれたんだよ!」
へへへっとサキは得意げに言い、
困惑する夕月に満面の笑みを返した。
サキの細い指先で桜を模した桃色の指輪が、
陽の光を浴びてキラキラと輝く。
こうして街中で起こった、
嵐のような桃のトライブの珍事は、
新たな愉悦の魔術師の誕生と共に幕を閉じたのだった。