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②『屋内で悪戯する子はだぁれだ?』

 

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【豊島区・シュバルツイェーガー本部・地下幽閉空間『奈落』傍/視点:シウ・ベルアート(シウ)】 
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ふと気づくとシウ・ベルアートは懐かしい景色の中に居た。 
パチクリと銀糸の睫毛を瞬かせ、辺りを窺う。 
自身は先ほどまで隣世にいたはずだ。 
なのに今は何度となく落とされた奈落の“淵”にいる。 
振り返れば底の見えない闇が下方に広がっており、 
吸いこまれてしまいそうな錯覚を覚えて身体が震え、淵から遠ざかった。 
 

挿絵21.jpg

(なんか、だれかの声がしたんだよね……) 
 
自身に起こったことを思い出そうとするが、 
記憶が朧げで思い出せそうにない。 
腕組みをして考えようとしたところで、 
自身が手に何かを持っていることに気づいた。 
 
それは赤の気配を纏ったハリセンだ。 
現世では幾度となく使った事のあるハリセンだが、 
さすがに隣世には持ちこんでいない。 
 
ということは誰かに持たされたわけだが、 
やはり思い出そうとしても靄がかってわからなかった。 
 
自身の記憶が曖昧で、思い出そうにも思い出せない状況に置かれれば、 
普通ならば混乱し、不安に思うはずだが、 
シウはニヤリと不敵に笑った。 
 
シウは自身の立ち位置を正確に理解している。 
黒の孤高のツッコミである彼ではなく、 
自分にハリセンを渡されたのならば、 
しかもそこに赤の魔法の気配を感じたのならば、 
これはツッコミのための道具ではない。 
 
「全力でボケろ、そういうことでしょ?」 
 
記憶は曖昧だがこれだけはわかる。 
誰かの呼びかけに、自分はたぶん応えたのだ。 
ゆえに今ここに立っている。 
シウの眼鏡が怪しく光った。 
 
 
 
 
 
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【千代田区・ウィザーズインク本部・構築の魔女の研究室/視点:緋崎 咎女(咎女)】 
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「なにかしら……急に寒気が……」 
 
ブルリと肩を震わせ、緋崎 咎女は腕の露出した部分を擦った。 
なにか嫌な予感がした。 
しかもそれは気のせいではないだろう。 
 
(こんな面白い事態を見過ごす彼らじゃないだろうし) 
 
脳内にこぞって参戦してくるだろう、 
祭好きの魔術師たちの顔を思い浮かべて苦笑する。 
咎女の想い人もここにいれば、 
きっと参加したに違いないと思うと少し寂しくなった。 
 

挿絵22.jpg

気持ちを切り替えてまず咎女がやったことは情報収集だ。 
 
(くだらなすぎて本気で調べた人が過去にいなかったなんて本当でしょうか?) 
 
赤だからこそわかる。 
こんな面白い案件を好奇心の塊である、 
赤の研究員たちが放置しておくはずがない。 
そこで咎女は仮定をたてた。 
 
  1、真剣に調べてみた結果、 
    本当にくだらなすぎて、 
    わざわざ情報を残す必要もないと、 
    判断されたケース 

 
(くだらなかった、という理由と合いますね) 
 
 
   2、どこからか圧力がかかって調べることができなかったケース 
 
(トライブの色関係なく参加していたという点から、 
 魔人、魔女などの幹部がかかわっていた可能性が、 
 考えられるのではないでしょうか? 
 あのナハトブーフさえいたずらされたそうですし) 
 
 
   3、真剣に調べ、データにも残したはずだが消失したケース 
 
(ケース2と一緒でデータが残ることを、 
 良しとしなかった人がいたことになります) 
 
ぱっと思いついた仮定を元に、 
咎女は過去のデータを探る。 
さまざまな方面からアプローチをかけ、 
時間をかけて解析、そして咎女は朧げながら、 
どういうことだか理解する。 
 
(なるほど、これを証明するには…… 
 私もちょっと悪戯をしかけてみますかね) 
 
咎女は含みのある笑みを浮かべ、 
多方面にアクセスを開始した。 
 
 
 
 
 
 
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【シュバルツイェーガー本部・会議室/視点:獅堂 勇(ユウ)】 
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「なるほど、桃のトライブですか」 
 
ニナからの招集に応じ、本部へとやってきた、 
ユウこと獅堂勇は今回の騒動についての説明を受けた。 
話の途中から大体の概要を把握し、 
内心げんなりとしたが、 
何かを思い立ち、じわじわと後退し始める。 
 
「というわけで私はそいつらに鉄槌をくだすべく……」 
 
「なるほど、なるほど……」 
 
バレないように表情を変えることなく、 
うんうんと相槌を打ち、 
ドア近くまで下がることに成功したが、 
 
「うわっ」 
 
何故か床で満足げな笑みを浮かべて、 
倒れ伏したアリシアに躓いて転んでしまった。 
 
「アリシアっ、なんでこんなところで寝て……」 
 
「逃がさないからな?」 
 
ニナがユウの意図を読んで、 
床に広がった上着の裾を踏んづける。 

挿絵23.jpg


「ちょっと板鞍さんに頼んで山ごもりしてきますっ! 
 俺には荷が重すぎるっ!!!!」 
 
逃亡に失敗したユウは、 
ニナのヒールの下からなんとか上着を取り返そうと、 
必死に裾を引っ張りながら叫ぶ。 
 
「恐らく、赤の連中だってイタズラしてくるでしょ? 
 ただでさえ大変だっていうのに、これ以上面倒みきれるか!」 
 
しかも既にニナはラプラスから奪ったという、 
新種のハリセンを持っている。 
ユウはラプラスや寧々里が嬉々として作り出す、 
謎の付属効果付きのハリセンを、 
ハリセンとして認めておらず、 
いつも抗議をしているのだが一向に改善がみられない。 
今回もきっと既に何人かの魔術師の手に渡っていると考えていい。 
 
まだ顔見知りだけの犯行ならば対応も出来るだろうが、 
話を聞く限りでは魔術師なら誰でも参加が出来るのだ。 
考えるだけでぞっとした。 
ユウは上着の裾を一時分解、再構築して取り戻すと 
部屋を出ていこうとしたが、 
後ろを向いたのがまずかった。 
首根っこをニナにがっちりと捕えられる。 
 
「安心しろ、今回はこの私も参戦する。 
 お前にだけ負担をかけたりしない」 
 
そう言ってニナが持っていたハリセンを、 
嬉々としてフェンシングのように突き出す。 
もうそこからユウはツッコみたかった。 
 
 
 
 
 
 
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【同じくシュバルツイェーガー本部・廊下/視点:シウ・ベルアート(シウ)】 
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「桃のトライブか……。 
 これはまた面白そうな集団がいたものだね」 
 
奈落の設置してある部屋から移動し、 
さてどうしたものかと思っていたシウは、 
偶然部屋に入っていくユウを見止め、 
部屋の外で会話を盗み聞いた。 
中に入っていく気はなかった。 
誰かの思惑はあれど、せっかくのサプライズ参加。 
有効に自身の登場を使いたい。 
 
ニナはコートに悪戯をされた、としか言わず、 
どう悪戯をされたかは言葉を濁していた。 
それがどうしても気になってうずうずしたシウは、 
ニナが隠したかったコートのいたずらの詳細を探り出した。 
 
「なんでお前がここに!?」 
「この灰色野郎っ! 離しやがれっ!」 
「不法侵入者ぁああ!! 不法侵入者だぁあああ!」 

挿絵24.jpg


(ほっとしたような気もするけど、 
 ちょっとは僕がいなくて寂しいとか思ってほしかったなぁ) 
 
声をかけた黒の従者のほぼ全員に、 
良い顔をされず、シウは肩を落とした。 
魔術師界を揺るがす大戦後も、 
シウの黒における扱いは変わってないらしい。 
その後めげずに何人かに、 
平和的?に尋ねたところ、 
シウはニナの無差別記憶分断攻撃から、 
逃れていた魔術師を発見した。 
 
「ニナさんのコートは匂いを嗅ぐ為に、 
 存在しているのに……許せないな。 
 ボケの何たるかをまるで分かっていない」 
 
ニナのコートに施された悪戯を知り、 
シウは真面目な顔をし、固い声で言ったが、 
興奮は隠せず音無くツゥっと鼻血を垂らした。 
 
黒の従者たちはシウを冷たい目でみている。 
もしかしたら少しはあったかもしれない、 
シウへの信用がこれでゼロ、 
もしくはマイナスになった。 
 
 
 
 
 
 
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【千代田区・ウィザーズインク本部/視点:橘 優佑(リーリオ)】 
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場所は変わって赤の本拠地では…… 
 
「うーん……どれもこれもパっとしないなぁ。 
 どうせやるなら後世に残るような悪戯がしたいよね」 
 
宙に展開した半透明のモニターをメモがわりに、 
リーリオこと橘 優佑は、作戦を練っていた。 

挿絵25.jpg


年上だらけの魔術師たちの中で物おじせず、 
歳のわりに冷静で理性的なリーリオだが、 
本来は悪戯盛りの男の子。 
なにか面白そうなことが起これば、 
自身も参加したくてうずうずしてしまう。 
 
しかしながら従来の真面目なところがブレーキをかけるのか、 
リーリオはイマイチはっちゃけられたことがない。 
あれこれ考えているうちに誰かが暴走して大騒ぎになり、 
困惑しているうちに終わってしまうことが多い。 
 
夏にひとめぼれのハリセンでひと騒ぎ起きた時は、 
おりべーを叩いて誰かにひとめぼれさせ、 
慌てふためく我歩の姿がみたいと思ったが叶わず。 
(この話を何気なく赤の研究員にしたとき、 
 どうしてやらなかったんだと何故か怒られた) 
 
映画を作ろうという企画があった時は、 
マナームービーを作ってみようかと思い立ったが、 
時間が足りず。 
 
今度こそとリーリオは闘志を燃やす。 
 
「子供ゆえの無邪気さでアリシアさんの胸元の 
 黒い布を引っこ抜くっていうのはどうだろう? 
 露出はあがるだろうけど、エロさ半減かな? 
 あのチラリがいいんだって誰か言ってたし」 
 
それに報復が怖い。 
いくらリーリオでも何かしらお仕置きされそうだ。 
同じ理由でニナの部屋をファンシーに仕立てる、 
という悪戯も諦めた。 
今回の件で警戒を強めているに違いないので、 
部屋に潜りこむのも大変そうである。 
 
「あっ、祈さんのスカートをめくるっていうのは? 
 子供っぽくていいんじゃないかな。 
 ただ捲るんじゃなくてWindstoβを使って風でぶわぁっと」 
 
そんなことに使われようものなら、風伯涙目である。 
 
「やっ、でも衛示さんにバレた時が怖いなぁ」 
 
途中まで生き生きと想像を巡らせていたリーリオだが、 
また障がいにぶち当たってしまった。 
 
「ううっ、仕返しを怖がってちゃ悪戯なんて出来ないぞ。 
 黒の人を見ろ、ほぼほぼ後先考えてないじゃないか!」 
 
騒ぎを起こした人間の末路は大体悲惨だ。 
言いながらもリーリオは顔を引き攣らせ、 
結局思い浮かんだ中で、 
あまり被害がなさそうな案で行くことにした。 
 
リーリオは知らない。 
ほぼほぼ後先考えていない黒筆頭が、 
地獄の底から蘇ってしまっていたことを。 
恐ろしきギャグ回。死人さえも生き返る。 
 
 
 
 
 
 
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【新宿区・ビル屋上/視点:蒼桜 レイズ?(仮面の人物)】 
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「現実にはギャグキャラ補正なんてないんだって、 
 最終回で言ったな? あれは嘘だ!」 
 
ビルの屋上に設置してあるフェンスの上に、 
怪しげな仮面の人物が仁王立ちしている。 
 
「シリアスだから自粛していた? 
 甘い、甘すぎる! 甘納豆より甘いね! 
 甘納豆なんて食べたことないけどさ!」 
 
ボロボロのローブを風に靡かせて、 
その人物は高らかに言った。 

挿絵26.jpg


「大体なんで納豆の癖に甘いの? 
 え、納豆に砂糖を入れるやつもいるって? 
 そんなの食べるやつの自由だろ! 
 テロップで個人の意見ですって入れておけよ」 
 
ひとりノリツッコミをする姿を、 
偶然見かけてしまった一般人が悲鳴をあげ、 
よもや納豆談義などしているとは思わず、 
自殺するつもりなのではと警察に通報した。 
 
ビルの下にはじょじょに野次馬が集まり始めていたが、 
当の本人は知ったこっちゃない。 
 
「とにかーく! どこにいるのかわからないが、 
 何色だっけ? イエロー? シアン? 
 あ、そうそうマゼンダのトライブに告ぐ!!! 
 “僕”は“君”たちの中途半端なボケなど許さない!」 
 この僕がツッコミに回ることで、 
 真のボケとはなにか教えてやる! 
 くくく……はは、はははははは!!!」 
 
フェンス上で器用にのけ反った仮面の人物は、 
 
「はは……は、あ……ちょ、もど、戻れなっ」 
 
のけ反りすぎて元に戻れなくなった。 
 
「ちょ、助けてぇええええええええ」 
 
魔法を使って抜け出すという考えが、 
恐怖とそれからくる混乱で、 
すぽーんと抜け落ちてしまい、 
仮面の人物は警察が駆けつけるまで、 
両腕をぐるぐる回して耐えたのだった。 
 
 
 
 
 
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【新宿区・ウィズクラス/視点:鷹野 春道(春道)】 
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東京を拠点とするほとんどの魔術師たちが、 
桃のトライブの存在を知り、行動を開始した頃、 
ウィズクラスには既に魔の手が襲い掛かっていた。 
 
今日も今日とてウィズクラスでたむろしていた春道は、 
寧々里の不審な行動に気づいた。 
いつものようにマージャンゲームの台を枕に、 
寝ているのかと思いきや、こそっとスマートフォンを、 
竜崎に向けているではないか。 
 
「なにしてんだ寧々里」 
 
「声をかけないでください。隠し撮りがバレます」 
 
春道が声をかけると、寧々里はそのままの体勢で答えた。 

挿絵27.jpg


「え、竜崎隠し撮りしてどうすんの? 売るの?」 
 
今さら竜崎の写真を撮る理由がわからず、 
春道がスマートフォンが向けられている先をさりげなくみた。 
竜崎がいる。それはわかりきっていたことだが、 
なにか違和感がある。 
 
「ん……んんんん!!!???」 
 
その違和感の正体は、竜崎が振り返ったときに判明した。 
 
「あん? なんだよ春道」 
 
竜崎が視界を阻まないようにといつもヘアピンをつけている個所に、 
代わりに大きなハイビスカスの花が咲いていた。 
 
「え、おまえそれなんの冗談?」 
 
「なにが?」 
 
呆然としたように聞いてきた春道に、 
竜崎が眉間に皺を寄せる。 
 
「だって竜崎、おまえ頭に花咲いてる」 
 
「誰が頭に花咲いてるってぇ!!??」 
 
沸点が低い竜崎は、浮かれているという意味で、 
そう言われたのだと思い、春道の胸元をガッと掴んだ。 
 
「ちょ、違うって! ほんとに、ガチで頭に花咲いてるから!」 
 
「俺のどこが!??」 
 
「だから頭」 
 
「だからなんで頭に花咲いてるって思うんだよ!!」 
 
勘違いした竜崎と春道が言い争っている間に、 
寧々里はインクのコミュニティーサイトに、 
竜崎の写真をアップロードする。 
騒ぎに気づいた秀と響香もなんだなんだと寄ってきて、 
竜崎の変化に気づき、秀は呆気にとられ、 
響香は大笑いした。 
 
「暑さに頭をやられたのかい竜崎」 
 
「響香までオレの頭に花が咲いてるとかほざくつもりかよっ」 
 
自身に何が起こっているのか未だ知らぬ竜崎は、 
フラストレーションを溜めていく一方だ。 
店の中でこんなに怒鳴り散らしたら、 
お客がいなくなってしまうと、 
秀は心配して店内を見渡したが、時すでに遅し。 
店内にはいつもウィズクラスにたむろしている 
自分たち以外いなかった。 
 
「竜崎、その……自分でやったんじゃないんだな?」 
 
「なにが!!??」 
 
竜崎の目が血走り、未だ胸倉を掴まれたままの春道が泡をふいている。 
これは早々に誤解を解いた方がいいなと判断。 
寧々里が不服そうにこちらをじっとみたが、 
それに対して秀は淡く首を横に振ってみせた。 
 
「竜崎が髪を留めてるヘアピンが、 
 ハイビスカスになってるからなんのイメチェンかなって」 
 
「……あ?」 
 
言われ、竜崎が春道片手にそっと自分の頭に手をやった。 
そして少しひんやりとしたビロードの感触に驚く。 
慌てて、手に触ったものを引っ張れば、 
太陽を凝縮したような色の大輪の花が手の中に落ちる。 
 
「なっ、なっ、なっ、なんじゃこりゃぁああああああああああ!!!」 
 
掌についた血に驚いた刑事のように竜崎が叫んだ。 
春道はやっと解放され、床に手をついてゼェゼェと呼吸し、 
響香は笑いの深層に行ってしまって戻ってこない。 
寧々里がその様子を黙々とスマートフォンにおさめている。 
 
「寧々里、怒られるよ?」 
 
秀が窘めるが、やる気のなさそうな見た目に反して、 
面白いことが大好きな寧々里はやめそうにない。 
案の定、陽炎のように立ち上がった竜崎が、 
キッと寧々里を睨み、ついで突進してきた。 
 
「てめこのやろう頭かちわんぞ寧々里ぃいいいいい!! 
 データ消しやがれぇえええええええええっっ」 
 
「隠れ竜崎ファンに売れるかもしれませんよ?」 
 
「んなことしやがったらどうなるかわかってんだろうな!!!」 
 
他にお客がいないのを良いことに、 
竜崎は重力分断高速移動を駆使し追いかけ、 
寧々里は重力操作で空中移動をし、逃げまくる。 
 
「なんで竜崎の頭に花咲いてたんだろ?」 
 
本人がいなくなったので、秀は禁句ワードをさらっと言った。 
 
「店来た時は花咲いてなかったよな?」 
 
やっと呼吸が整った春道がのろのろと立ち上がりながら返す。 
その姿を秀が凝視した。 
 
「え、なに?」 
 
「は、春道……その、顔が……」 
 
秀の指摘に春道が自身の顔を触ると何やらペタペタする。 
恐る恐るクレーンゲームの縁の、 
鏡のように磨かれた金具の部分に自身の顔を映した。 
 
真っ白く塗られた顔。 
釣りあがった風に見える目張り。 
まつ毛はビューラーをあてたように反っていて、 
紫のラメが入ったマスカラで彩られている。 
そしてやたら細い眉毛に、真っ赤な唇。 
 
「なっ、なっ、なっ、なんじゃこりゃぁああああああああああ!!!」 
 
春道はいつの間にかビジュアル系バンド風のメイクを施されていた。 
 
「ほぉぉ春道もなかなか面白いことになってますね」 
 
竜崎と超高速鬼ごっこをしていた寧々里は、 
今度は春道に狙いを定め、シャッターを切りまくる。 
 
「いやぁああああやめてぇええええええええええ」 
 
春道は顔を覆い隠してその場に何故か乙女座りをした。 
 
「寧々里……もしかして」 
 
「わたしがやらかしたんじゃないですよ? 
 まぁ、なんでこんなことが起こっているのかは、 
 さっき知りましたけど」 
 
一連の騒動が寧々里のせいなのかと訝しむ秀に、 
あらゆる角度から春道を写真におさめながら寧々里は言った。 
 
寧々里はインクのコミュニティサイトに写真をアップする際、 
桃のトライブに警告するようにという、メッセージをみている。 
これもその影響なのだろうということは容易に予想できたが、 
だからといってこんな面白いことをすぐ種明かしするつもりはない。  
 
「あーもうおかしいったらありゃしない。 
 でもそろそろ店に被害が及びそうだからいい加減に……」 
 
やっと笑いの深層から戻ってきた響香が、 
涙の浮かんだ目元を拭いながら立ち上がる。 
そんな響香にも知らず知らずのうちに、 
魔の手が及んでしまっていた。 
 
「わーわー響香さん動かないでっ!! 
 見えるっ、見えるからああっ!!」 
 
「え?」 
 
笑い潰れて隙だらけだった響香は、 
新婚の奥様が仕事から帰ってきた旦那様を迎えるときに、 
やってくれる(妄想)あの格好になっている。 
 
「秀っ、そういうあんただって……っ」 
 
「なっ、なっ、なっ、なんじゃこりゃぁああああああああああ!!!」 
 
ウィズクラス内は瞬く間にパニックに陥った。 
 
 
 
 
 
 
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【同じくウィズクラス・店の片隅/視点:比企尼 甘子(あま子)】 
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「あー……しまった…… 
 途中からヲタクの凝り性発揮してやり過ぎちゃった」 
 
そう呟いたのは一連のいたずらを仕掛けた犯人、 
あま子こと比企尼 甘子だ。 

挿絵28.jpg


祈から回ってきた注意喚起のメールをみて、 
桃のトライブについて知ったあま子は、 
その自由奔放さに憧れを抱いた。 
 
桃トライブは数百年のしがらみに凝り固まり、 
対立を続ける魔術師たちに、 
自由と解放を呼びかける、 
崇高な目的を持っているのではないのか? 
 
ならば、トライブの垣根を超えて、 
彼らに協力すべきではないだろうか。 
かつて、ウィズクラスに集った、 
魔術師たちがそうしたように。  
 
そう考えたのだ。 
しかし本音は―― 
 
(っていうか、安心して池袋乙女ロードで、 
 薄くて高い本を漁りたい!!!!! 
 黒支配下の豊島区じゃ、 
 構成員の人がうようよいるし。 
 乙女モード入ってる時に、 
 因縁つけられたらたまったもんじゃないし) 
 
ということらしい。 
 
桃のトライブを支援するにあたって、 
まずはコンタクトをとらねばと思ったあま子は、 
トライブに依存しておらず、 
ガードの甘そうなウィズクラスに目をつけたのだった。 
 
防御力と攻撃力を犠牲にステータスを速さ全振りにして、 
敏捷性を究極にまで高めた「スピードスター」を駆使し、 
あま子は数々のいたずらをやってのけたのだ。 
 
(これで存在感はアピールできたと思うから、 
 あとは別の人の動きをチェックしよう) 
 
今回のいたずらは一般人に仕掛けてもOKということなので、 
どこかしらで騒ぎが起き、ネットでも話題になっているはずだ。 
それをたどれば桃のトライブか、または愉悦の魔術師を目指す、 
魔術師たちの誰かにぶち当たるはずである。 
 
あま子は、いたずら主が自分だとバレぬ前に、 
ウィズクラスを後にした。 
 
 
 
 
 
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【千代田区・アルバートの酒場/視点:神楽坂 土御門(はき)】 
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好奇心を隠しきれないといった笑みを浮かべた、 
はきこと神楽坂 土御門を前に、 
アルバートはグラスを拭きながら唸った。 
 
「俺が仕掛けられた、または仕掛けたことがあるいたずら?」 
 
「そうです! 桃のトライブの実態は明らかとなってはいませんが、 
 発生した時期や聞いた話から考えるに、 
 いたずらを始めたのは赤の魔術師だと思われます。 
 最初にいたずらを仕掛けるのはたぶん、 
 何かしでかしても最終的には“許してくれる相手” 
 つまり身内でしょうから、 
 ひっかけられたのは赤の人間である可能性が高い」 
 
ウキウキと推測を話すはきと対照的に、 
どんどんアルバートの顔色が悪くなっていく。 

挿絵29.jpg


「桃、桃か……う……うーん……俺がされたいたずらのかわりに、 
 面白い話を聞かせてやるからそれで勘弁してくれないか?」 
 
桃とのことは思い出したくない過去らしく、 
ひとしきり唸ってからアルバートはそう提案した。 
 
「面白い話?」 
 
「ラプラスがもう話したかもしれないが、 
 桃のトライブにいたずらされた奴の中には、 
 あのフリッツやナハトブーフがいる」 
 
「ええ、聞きましたよ。 
 物凄い勇者、あるいは恐るべき考えなしだと思いました」 
 
フリッツの下着に名前を書いたり、 
ナハトブーフの靴の中に消臭剤を入れたりという、 
地味だが精神的に来る嫌がらせだったと記憶している。 
 
「あれはな、同一人物による犯行だ。 
 で、ソイツはその回の愉悦の魔術師になった」 
 
「ほぉ……で、その人物とは?」 
 
「フリッツとナハトブーフの、 
 身近にいて、アイツらが油断する相手だ。 
 お前だってもう誰だか見当がついてるんじゃないか? 
 まぁアイツが幼い時の話だからな。 
 本人はまったく覚えてないかもしれん」 
 
「……なるほど」 
 
はきの頭の中で条件に合う人物がひとりピックアップされる。 
 
「俺が話したって内緒だぞ? 
 さぁ、開店準備をせなならんから、 
 そろそろでていってくれ」 
 
また自身の事を詮索される前に、 
アルバートは、はきを店外に追いだした。 
 
「アルバートさん自身の体験談を、 
 聞けなかったのは残念でしたが、 
 興味深い話を聞けましたね…… 
 他にもそんな逸話残っているんでしょうか」 
 
はきは思い立って、白の本部に足を向けた。 
 
 
 
 
 
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【同じくアルバートの酒場/視点:綾子・アイヒマン(アヤ)】 
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(ああ、そんなこともあったと昔話してくれたな) 
 
アルバートと、はきのやりとりを宙から覗いていた者がひとり。 
人でもなく魔術師でもない。 
自分が何かと言われれば明確な答えはなかった。 
けれど周りが称すならきっと彼女は幽霊だと言われるだろう。 

挿絵30.jpg


綾子・アイヒマン。 
通称アヤは、魔術師たちの物語において出番を終えた存在。 
魔術師は命が尽きると遺物と化す。 
力の強い魔術師ならば遺物の中に意識が残り、 
遺物が朽ち果てるまで現世の夢を揺蕩うが、 
アヤは他とは違う最期を遂げたために、 
俗に言うあの世と呼ばれるところに居た。 
 
死した存在ゆえに、現世に干渉は出来ずとも、 
そこからニナや覚の魔女をはじめとした、 
魔術師たちを微笑ましく見守っていたアヤだったが、 
今回の一件に興味を惹かれた。 
 
(生前はいたずらなど考えもしなかった私だが、 
 こういう平和な催しにも参加したい気持ちはあった……) 
 
ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまった。 
肉体が無いのがちょっとだけ残念だった。 
 
そんな気持ちを汲んだ誰かの声が、 
アヤの耳に響く。 
 
『YOUも来ちゃいなよ!』 
 
シウが聞いた気がした声とその声は酷似していたのだが、 
もちろんアヤがそんなことを知るはずもなく。 
聞いたことがないはずのその声を、 
アヤは不審に思わなかった。 
どころか受け入れ、しっかりとその提案に頷く。 
 
(私も愉悦の魔術師とやらを目指してみたい) 
 
気づけばアヤの視界は俯瞰ではなくなった。 
ひとりの魔術師であった頃のような高さから世界が臨める。 
 
肉体こそなかったが、アヤの精神は現世にあった。 
 
(一体いつまでいられるかはわからないが、 
 この状況を愉しむとしよう) 
 
そうしてアヤはまずは情報収集をすることにし、 
重力分断による空中浮遊の時の感覚を思い出しながら、 
自身が居たところに一番近かった、 
魔術師たちのたまり場である、 
アルバートのカフェバーへと移動。 
偶然はきとの会話を盗み聞いたのだった。 
 
(アレも今更そんな話を広められたくはないだろう。 
 話したアルバートが悪いが、まぁとりあえず……) 
 
すぃぃっとアヤは宙を泳ぐと、はきの後を追った。 
その数十秒後―― 
 
「くぁwせdrftgyふじこ」 
 
なんとも形容しがたい悲鳴が、 
はきからあがったのだった。 
 
 
 
 
 
 
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【港区・路上/視点:某赤の魔術師】 
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新宿を中心に、ひっそりと人の背後に忍び寄り、 
辻刈りのごとく髪型を変えていくいたずらをしていた、 
某赤の魔術師は、騒ぎが大きくなってきたので、 
次の街に移動していた。 
 
本業はカリスマ美容師である彼は、 
職業病で人の頭をみるのが習慣化しており、 
自身の美意識と相容れぬ髪型の人をみると、 
なんとも歯がゆくなるのだった。 
 
手入れの行き届いていない髪や、 
本人に合ってない髪の長さ、 
もっと似合うだろう髪型があると思うと、 
声をかけて整えたくなるのだ。 
しかし実際手あたり次第そんなことをすれば、 
不審者になってしまうのでいつもはぐっと堪えている。 
 
そんな彼が楽しみにしているのが、桃のトライブ出現だ。 
不定期に行われるいたずら大会に便乗し、 
街に繰り出して気になる頭を手あたり次第整える。 
それは彼のストレス発散の場にちょうどよかった。 
愉悦の魔術師に選ばれたことはないが、 
自分自身がそれで悦楽を得ていたので十分である。 
 
最近は魔術師界隈が物騒だったために、 
桃のトライブも活動を控えていたようだが、 
ここにきて久しぶりの開催となったようだ。 
 
(次の獲物は彼にしよう……) 
 
ターゲットにしたのはカフェテラスで、 
優雅に読書を楽しんでいる男性だ。 
つやつやとした張りのある黒髪を、 
初夏の風に靡かせている姿は、 
彼の創作意欲をくすぐった。 
 
(今のままでも充分良い。 
 だがもっと遊びがあってもいいんじゃないか?) 
 
彼はいつものように光学迷彩に身を包み、 
ターゲットの背後に忍び寄る。 
右手にはハサミを、左手には櫛を。 
解析魔法で髪質や髪の流れなどを調べ、 
仕上がりを構築、操作魔法を自身にかける。 
出来上がりまでの所要時間は僅か1分。 
 
(いざ……っ) 
 
彼が両手をカマキリのように構えたと同時に、 
ターゲットの男性が振り返った。 
光学迷彩で見えないはずの自分と、 
しっかりと目が合う。 
 
「なっ!」 
 
瞬間、彼の顔を悲鳴ごと水色の“何か”が覆い隠す。 
 
「狩る側が同時に狩られる存在でもあると、 
 理解していないとは……。 
 まあ、赤発祥ですと言われればそうなんでしょうけど」 
 
「……っっ!!!!!!?????」 
 
「そのスライムは元となった魔法薬の効果を反映します。 
 髪狩りのあなたにピッタリなお仕置きとなるでしょう」 
 
ターゲットのまろやかな笑みを目に映したのを最後に、 
彼は驚愕の表情を張りつけたまま、 
ズルズルと路地裏に引きずりこまれていった。 
 
哀れな被害者となってしまった彼は、 
自身がターゲットを選んだのだと思っていたが、 
彼は視線誘導によりターゲットを選ばされていたのだ。 
ターゲットの男性のほうが彼より一枚上手だった。 
 
曲者揃いの黒の中でも異彩を放つ魔術師、 
ヴリトラの目に留まったのが運の尽きだったようだ。 

挿絵31.jpg


「私にも悪戯の矜持がありまして、 
 個人を晒し者にする桃のやり方は許容出来かねますからね」 
 
ヴリトラは黒の魔法を用い、街中の建物や街路樹が、 
“見ている”風景を自身も覗き見えるよう魔法をかけ、 
独自の監視網を広げていた。 
その見えぬ監視網に彼は引っかかってしまったのだ。 
蜘蛛の巣にかかった哀れな蝶のように。 
 
「さて、他にも悪戯っ子はいませんかね?」 
 
再び獲物を狙ってヴリトラは、 
無機物たちの視界をザッピングした。 
 
 
 
 
 
 
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【その近くの路上/視点:朝倉 ユウキ(ユウキ)】 
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「……悪戯ってもっとかわいいやつなのかと思ってた」 
 
光学迷彩を使って悪戯に引っかからないようにしながら、 
街中をみてまわっていた朝倉 ユウキは、 
偶然ヴリトラと髪狩りをしていた魔術師との 
攻防戦をみて顔をひきつらせる。 
 
他にも今回はそういう立ち位置なのか、 
白の魔術師たちが行く先々で、 
ことごとく悪戯に引っかかっているのが、 
面白いを通り越してちょっとかわいそうだった。 
 
ユウキは固有魔法を使って、 
今回の件の記録をすべく動いている。 
 
まったくデータがないというのならば、 
悪戯の記録や、桃のトライブの規模、 
構成員等の情報を出来る限り集めれば、 
今後に役立つと考えたのだ。 
 
そのことを話すとラプラスは喜ぶどころか、 
難しい顔をして考えこんでしまったので、 
ユウキは困惑してしまった。 
 
 
********************[回想]******************** 
 
「え、ダメ?」 
 
「ん~、いやちょっと、ね。 
 あんたの能力なら“消される”ことはないかなぁ」 
 
「けさ、れる……?」 
 
さらりと物騒なことを言ったラプラスに、 
ユウキは首を傾げた。 

挿絵33.jpg


「あのね、ここだけの話、 
 誰も記録しようとしなかったなんて、嘘なのよ」 
 
内緒話をするように両手を口元にあて、 
ラプラスがユウキの耳に驚愕の事実を伝える。 
 
「えっ……嘘、なの?」 
 
驚いてというのもあるが、 
誰にも知られてはならない秘密だという気持ちが、 
ユウキの声を小さくさせた。 
 
「そう、咎女辺りはたぶん、 
 気づいちゃったと思うけど、 
 どんなに調べても最終的には、 
 データが消えちゃうのよね。なぜか」 
 
「出来るの? そんなこと」 
 
機械に強い赤のデータ管理は随一だ。 
そこに魔法での防御システムも加えているので、 
そのデータを知らず知らずのうちに、 
消すなんて芸当が出来るのは、 
電子の魔女を始めとした、 
一部の赤の魔術師たちくらいだろう。 
 
「簡単に出来るようなことではないわ。 
 だから調べてもデータがいつの間にか消されてるって 
 気づいた当時の赤の魔術師が最初は身内を疑ったの。 
 でも誰も消したりしてないとわかってからは、 
 一時、悪戯うんぬんよりも、 
 データを守りきるほうに尽力したそうよ」 
 
「それで?」 
 
「何度かの攻防戦の末、データが消される意味と、 
 消していたのが誰かがわかったの」 
 
「誰なの?」 
 
まるで寝物語の結末を知りたくてしょうがない、 
幼子のようにユウキは興奮気味にラプラスに尋ねた。 
しかし赤の魔女は意味ありげな笑みを浮かべ、 
 
「さて誰でしょう? ユウキが記録を続けていれば、 
 当時の魔術師のように会えるかもしれない。 
 もし会えたら教えてね」 
 
答えを濁し、ラプラスはユウキを送りだしたのだった。 
 
******************[回想終わり]****************** 
 

 
(少し考えればそれが桃のトライブの仕業だって想像がつく。 
 でも、ラプラスはそう言わなかった……) 
 
ユウキは少年心をくすぐった謎を解こうと、 
より多くの悪戯を目に焼きつけに、 
人の集まる繁華街に足を向けた。 
 
そこではヴリトラ以上の阿鼻叫喚な 
悪戯っこ狩りが行われていると知らず。 
 
 
 
 
 
 
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【港区・繁華街/視点:蒼桜 レイズ?(仮面の人物)】 
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桃のトライブ、そしてそれに便乗している魔術師たちの悪戯合戦。 
それを止めようと思うのは、街の混乱を収めたいという、 
ちっぽけな正義感からではない。許せないからだ。 
 
「HEYHEYHEY悪い子はいねぇかぁあ!!」 
 
ビルのフェンスの上から無事に保護された仮面の人物は、 
警察から厳重注意を受けた後(大人のガチな説教にちょっと泣いた) 
場所を移して本来の目的を果たそうと、 
某魔術師をリスペクトしたハリセン片手に、 
魔術師たちを追いかけまわしていた。 
 
「なんだそのボケはぁあ!!! 
 もっと腹から声出していけぇえ!!」 
 
見間違い?と思わせるような可愛らしい悪戯や、 
ちょっとしたサプライズ的な悪戯も、 
そのままにしておけば不思議なこともあるもんだ、 
で済んだものを仮面の人物が全力でツッコんでくるので、 
されたほうが不審がり、異常事態となって、 
空気がおかしなことになる。 
 
折角の楽しい雰囲気が台無しだと、 
ひとりの桃のトライブの魔術師が注意したが、 
仮面の人物に逆ギレされた。 
 
「でやがったなマゼンダ!!」 
 
「マゼンダ!?」 
 
意味が判らない名前で呼ばれて、 
咄嗟に黙りこむ。 
もうそこで勝敗は決まってしまっていた。 
 
「手ぬるいボケかましやがって! 
 ちょっとそこに座りなさいよ頭が高い! 
 君の目の前にいるのは一体誰だと思ってるんだ!?」 
 
「え、あ……ちょっと存じ上げないです」 
 
仮面の人物の勢いに気圧され、 
魔術師の口調が自然と敬語になる。 
仮面の人物は見知らぬ桃の魔術師に、 
物理的距離と心の壁を張られた。 
 
「だまりゃあ! 僕は恐れ多くもライタ……げふげふ、 
 どこかの誰かに(自主規制)を賜わりボケを務め、 
 かのナハトブーフさえ笑いの渦に巻きこんだ。 
 すなわち空気を読まないわけであって、 
 空気を読めないわけではない!」 
 
「いや読んでくださいよ」 
 
最もなツッコミは仮面の人物の 
ボケ魂に油を注いだ。 
 
「そもそも行動(悪戯)を目的にした君たちと、 
 明確な目的(ばかばかしくさせて戦意を喪失させる) 
 があったアレとは根本的に違う。 
 君らはアレにかないやしない」 
 
「あ、アレとは?」 
 
「絶対に守りたい…… 
 守らなければならない矜持があるか? 
 これが彼と君らとの差だ!!!」 
 
「うわぁあああああああ!!」 
 
仮面の人物が桃の魔術師に振りかぶり、 
その一撃を食らわそうと走りだした。 
 
が―― 
寸前のところで何かを踏んで足を滑らせる。 
 
バナナ。 
 
悪戯の定番アイテムであるバナナの皮。 
それが絶妙な場所に捨ててあったのだ。 
勢いよくそれを踏んづけてしまった仮面の人物は、 
西部劇にでてくる、回転草のように転がりまくり、 
建物の壁に勢いよくぶつかった。 
 
「あひぃっ」 
 
その隙に桃のトライブの魔術師は、 
付き合ってられるかとその場を逃げだす。 
走りながら災いには近寄るべからずという、 
祖母の言葉が頭をよぎった。 
 
「うぐっ、なんてベタな……。 
 しかし実際、バナナの皮が道端に落ちてるなんてそうそうない。 
 一周回って感動しちゃったじゃないか!!!」 
 
ふらふらと頭を押さえながら仮面の人物が立ち上がる。 
 
「一体誰の作品だ!?」 
 
感涙しながら仮面の人物が叫ぶ。 
 
「我だ」 
 
応えた相手は遥か上空。 
 
「我は謎のイタズラ魔術師。 
 愉悦の魔術師の二つ名を求めやって来た」 
 
仮面の人物が見上げた先には 
鳩でありかつてのラスボスナハトブーフのようであり、 
そのどちらでもないが、 
そのどちらでもあるようなのが飛んでいる。 
 
何処からともなくなんかテンションがあがりそうな、 
形容するならボス戦みたいな音楽がしだした。 

挿絵34.jpg


「よもや現世で貴様と再び会うことがあるとはな、レイズ」 
 
「弁当屋かっ!!!」 
 
「お前にしては近い……が、今はそれも違うか」 
 
正解は三間修悟こと剣術屋である。 
剣術屋は仮面の人物、もといレイズの前に降り立つ。 
またしてもどこからかスモークが立ちこめる。 
 
「バナナの皮を絶妙な場所に設置するとはおぬしもなかなかやるのぉ」 
 
「フッ……貴様の滑り方も絶妙だった」 
 
ひょひょひょひょとお互い笑い合う。 
ツッコミが欲しい場面だったが、 
残念ながらツッコミはここにはいない。 
 
「ボケとしてきていたのならば、 
 君と熱いHUGをかわしたいところだが、 
 今日の僕はツッコミ!」 
 
残念ながらツッコミはここにはいない。 
 
「その程度のボケで満足してしまうくらいならば、 
 僕は君にツッコまなければならない。 
 そう、この番長仕込みのハリセンでね!」 
 
「そのトレペの芯がハリセン? 片腹痛いわ」 
 
「は、え?」 
 
ニヤニヤと笑いながら言われ、 
レイズが目を凝らして自身が掲げたものをみた。 
 
「どこからどうみてもハリセンじゃん」 
 
「そう言ってる時点で貴様は我の術中にハマっているんDA!」 
 
「な、なんだって!!??」 
 
ズガーンと雷が落ちたような音と、 
エフェクトがレイズの背景に表示された。 
 
剣術屋は某魔術師からパク…… 
アイディアを借りて作った黒水を墨に見立て、 
その墨を含ませた筆であるゆる場所に達筆な文字を書いた。 
文字を認識した魔術師は幻覚がかかる。 
 
つまりレイズがハリセンだと思って振りかぶっていたものは、 
剣術屋が言うようにトレペの芯だったのだ。 
 
その他にも壁を“通路”だと認識してしまって、 
体当たりをかましてしまったり、 
床に“鏡”と書かれた場所を、 
スカートで通ってしまったことにより、 
恥ずかしい気持ちになってしまったり、と効果は色々だ。 
 
何人もの魔術師(主に真面目な白)が、 
そのいたずらに引っかかっていた。 
 
裏でユウも工事現場で腕を振るおじさん型マネキンが、 
全裸であるという、幻覚にかかってしまい、問答無用で、 
ハリセンをお見舞いしてしまっていた。 
そのあと一般人の工事現場のおじさま方に、 
怒られたのは彼の汚点である。 
 
「誰だこんな悪戯しかけやがった奴は!!!」 
 
ちなみにその光景はユウキによって目撃されていた。 
 
「顔を真っ赤にして怒ってる……珍しい」 
 
黒水が使われていた事から、 
もしかしたらユウの怒りの矛先は、 
元の魔術師へと向いてしまっているかもしれない。 
 
「ふふふ、愉悦の名を冠するにはまだ貴様は早かったようだな?」 
 
崩れ落ちたレイズに、ナハト風味な剣術屋は、 
勝利を確信した笑みを向ける。 
 
「いや、まだだ……その程度のボケで勝ち誇るなんて、笑止! 
 身の程をわきまえてもらおうか」 
 
レイズがゆっくりと立ち上がる。 
それに合わせて音楽も流れが変わった的な感じになる。 
 
かくしてここに、黒の魔術師ボケ頂上決戦の幕があがった。 
 
 
 
 
 
 
 
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【港区・繁華街/視点:獅堂 勇(ユウ)】 
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「も、いっそやられてしまいたい……。 
 だが、俺の気質はそうさせてくれない……」 
 
ひぃひぃ言いながら街中でツッコミ続けたユウは、 
もはや限界に近かった。 
 
壮絶な悪戯合戦を止めることなど不可能だと、 
なんとか巻きこまれまいとしたユウだったが、 
ニナに“命令”されてしまえば黒の魔術師として 
聞かないわけにはいかない。 
仕方なく、本当に仕方なくユウは騒動の鎮圧に乗り出した。 
 
が、今回も登場した謎ハリセンについてはどうしても許せずに、 
赤のトライブに寄ってラプラスに話を聞くついでに、 
こっそりとハリセンに細工を施してしまったのは、 
許してほしい。 
 
憤るユウを煽るように次々と繰り出される悪戯の嵐。 
それらをユウは一撃のもとに倒していく。 
復活されてはたまったもんではないからだ。 
 
どうやらユウはターゲッティングされてしまっているらしく、 
最初は見かけた悪戯に対しツッコミを入れていたのに、 
今ではあっちから積極的に挑んでくるのだ。 
 
「死ぬ……どこが死ぬって手首が死にそう……」 
 
ちゃんとしたハリセンで、 
スパンスパンやりまくったユウは、 
疲労困憊だった。 
 
少し休憩しようとユウは目に入った公園へと足を向ける。 
しかしその公園には休むどころか、 
ユウを更に追い詰めるものが、広がっていた。 
 
キングオブいたずらっ子コンテスト☆ 
 
と低予算で作られた桃色の舞台が中央に設置してあり、 
少なく見積もっても20や30の人々が群がっている。 
周辺にはぐるっと黒の分断魔法がかけられており、 
魔粒子を認識できない人間と一般人をより分けているようだ。 
 
ツッコミを求める人間を見てしまったのに、 
無視するわけにはいかない。 
 
ユウはそう思って、重い身体を引き摺って舞台に近づいた。 
別に彼らはツッコミを求めているわけではないだろうが、 
ユウの精神も結構やられているようだ。 
 
「僕はー数年前にーいたずらを仕掛けましたー!」 
 
壇上では魔術師と思われる40代ぐらいの男性が、 
学校の応援団長のように手を後ろに組んで叫んでいた。 
 
「「どんなー????」」 
 
それに対して舞台下にいる観衆が口々に尋ねる。 
 
「職場の女性たちのブラのホックを通りかけざま、 
 全部外しちゃいましたー!!!!!」 
 
若干興奮したような声で告げられた悪戯の内容に、 
女性観衆からは悲鳴が、男性からは指笛や煽りの声があがった。 
 
得意げにする壇上の男性に、いつの間にか上にあがったユウは、 
ハリセンを振り上げる。 
 
「ただのセクハラじゃねーか!!!」 
 
バシンと重い一撃が頭にヒットし、 
男性はその場に崩れ落ちた。 
ユウの登場に集まった人々がざわつく。 
 
「あんたらの中に桃色のはいるか!!!?? 
 俺はここまで色んな悪戯と称した騒ぎを目にしてきたが、 
 犯罪すれすれだったりもはや犯罪だったりで、 
 いたずらから逸脱してるぞ!!!??? 
 やるんならちゃんとルールとか定義とか設けろよぉ。 
 俺にちゃんとしたボケにつっこませてくれぇ」 
 
最後の辺りは、もはや懇願だった。 
 
「ユウさん! あの、あの、彼らに悪気はないんです!」 
 
ユウの心からの叫びに応えたのは聞き覚えのある声。 
見回せば声の主である、あま子をみつけた。 
何故か額に桃色のハチマキを巻いており、 
同じハチマキを巻いた見知らぬ女性たち数人と一緒にユウをみつめている。 
 
「ウヒィうっ、生のユウさんだわ」 
「あ、やばい、神々しい……倒れそう」 
「ひぃいっ、やばっ、かっこぃいっ!!! 
 壁サー黒の夢女さんの新刊の一場面みたいっ」 
 
向けられたことのない種の熱のこもった視線に、 
ユウは何故かブルリと背筋が震えた。 
 
「え、誰?」 
 
「彼女たちは桃のトライブの魔術師さんたちです! 
 ユウさん、彼女たちは決して世界を混乱に陥れたいわけじゃない。 
 いたずらで(ヲタクに)優しい世界にしたいだけなんです!」 
 
「なんだろう、良い言葉なのに変な含みを感じる……。 
 いや良い言葉? 良い言葉か???」 
 
精神的疲労によりユウの思考は低下していた。 
 
「黒の人を気にせず乙女ロードに行きたい!」 
「CT-BOOKSに薄い本を漁りに行きたい!」 
「魔術師オンリーイベントに出たい!!!」 
 
あま子の言葉に呼応するように女性たちが訴えかける。 
 
「経済を回すヲタクに優しくあれ!」 
「血生臭い戦闘は二次元だけでいい!」 
「我々の萌えを阻害するな!」 
 
次々と切実な訴えを告げられるが、 
それを自分に言われたところでとユウがげんなりしていると、 
訴えを起こしていた集団から突如黄色い声があがる。 
 
「あ? ……お前は……っ!?」 
 
異変にユウが顔をあげるとそこには懐かしむにはまだ早い、 
一緒に戦った記憶が色濃く残る顔がそこにあった。 
 
「やぁ、久しぶり。ユウさんならあの看板をみたら、 
 絶対きてくれると思ったよ」 
 
「……シ、」 

挿絵35.jpg


「ウヒィうっ、生のシウさんだわ」 
「あ、やばい、神々しい……倒れそう」 
「ひぃいっ、やばっ、かっこぃいっ!!! 
 壁サー黒の夢女さんの新刊の一場面みたいっ」 
 
ユウの驚きの声は歓声に書き消された。 
 
(……きこえますか…ユウさん……皆のアイドルキラッ☆彡、シウ・ベルアートです……。 
 今… あなたの…心に…直接…呼びかけています) 
 
(うっ、目の前にいるのになぜわざわざ合成魔法でっ) 
 
(ユウさんと共に……東京を…走り回っていたのが懐かしい……。 
 隣世ではオネェに弟子入りしたり……男色系と言う称号を貰ったり…… 
 なんやかんやあって和睦のために芋煮会を開いたりしていた僕です……) 
 
突然現れたと思ったらユウをじっとみつめたまま動かないシウに、 
集まった面々はざわつき始めた。 
 
「シウさんとユウさん、見つめ合ったまま動かない。 
 え、どういうことなの? そういうことなの????」 
 
壇上で成り行きを見守っていたあま子はあらぬ方へ想像を巡らせている。 
そうこうしているうちにユウの身体が前後左右に振れ始めた。 
唇の端からは泡もふいている。 
 
「ぅううっ、ああああっ、世界を、埋め尽くす、芋に、灰汁の強い、オネエサマ方が……っ。 
 ツッコもうにも、俺の腕は、二本しか、な、」 
 
(桃のトライブの噂は聞いています……魔術師史上最大のボケとツッコミ対決を行う事で、 
 彼らをおびき出すのです……あなたと僕ならできます……って) 
 
「ちょ、も……っ」 
 
「ユウさん!?」 
 
公園にきたときは既に心身共に疲労困憊だった事もあって、 
シウの濃すぎる隣世での記憶に触れたユウは、その場にぶっ倒れた。 
辺りを静寂が包みこむ。 
 
「……異世界での記憶も伝わってしまった様だね。少なくても昔の僕じゃないって事さ」 
「シウさんに見つめられたユウさんが倒れた……」 
「え、感動? 感動のあまり? それって……」 
 
ふたりの間で記憶合成が行われていたなど露知らず、 
フッと気障っぽく前髪を掻き上げたシウをみて、 
次回新作の構想を練ったヲタクが何人かいた。 
あま子はその後、その内の何人かと意気投合して合同誌を出す事になる。 
 
「なんと、称号を渡そうと思っていたのに……倒れられてしまったか」 
 
「え」 
 
しゃがれた声に瀕死状態のユウが顔をあげるといつの間に現れたのか、 
大きな真っ黒いオオカミがそこにいた。 
一瞬で警戒したユウだったが、オオカミからは魔法的なものを感じたが、 
そこに殺意や悪意はない。 
 
「最近はいたずらと言いながらも、犯罪まがいな事をする人が多く、 
 我々も今回限りにしようかと話していたのですが、 
 いたずらに対して“ツッコミ”をいれるというあらたなスタイルに、 
 我々感銘を受けました。楽しさもあって実によかった。 
 よってあなたを初の、“愉悦の魔術師 乙”として認定します。 
 お疲れさまの意味もこめてね」 
 
「もしや、あんたが桃のトライブ?」 
 
「桃のトライブ? ああ、君たち魔術師はわれわれをそう呼ぶんだったね」 
 
「魔術師じゃないのか?」 
 
オオカミはユウの問いに何も答えず、微笑むかのように目を細めると、 
あたたかな風となり、舞い上がった。 
風の勢いでユウはぎゅうっと目を瞑る。 
 
次に目を開けたときには、 
掌の中に桜を模した桃色の指輪が、 
陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。 
 
「いらねー……」 
 
騒がしい公園の中心部から少し離れたところで、 
ユウとオオカミのやり取りをこっそりと目に焼きつけた者ひとり。 
謎のイタズラ魔術師の悪戯に巻きこまれたユウを、 
あの後こっそりつけていたユウキだった。 
 
「もしかして、桃のトライブって……」 
 
 
 
 
 
 
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【港区・異端教会拠点/視点:神楽坂 土御門(はき)】 
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街中で桃色の攻防戦が行われている頃、 
白の拠点である教会では、はきと祈がおにぎりを作っていた。 
 
「はきさん、もう大丈夫なんですか?」 
 
「お騒がせしてすみませんでした。もう大丈夫です」 
 
「こっちこそすみませんでした」 
 
確かどこかに話を聞きに行ったはずだったが、 
ごっそりと記憶を失っており、 
はきは気づけば教会の玄関口に倒れていたのだ。 
頭から血を流し(後にトマトジュースであることが発覚している) 
世にも恐ろしいものを見たかのような形相だったため、 
驚いた祈にメイスの一撃を喰らっている。 

挿絵36.jpg

「みなさん、はりきって出ていきましたからね。 
 きっとお腹を空かせて帰ってくると思うんです」 
 
キリっとした顔で祈が握っているおにぎりには、 
塩分と糖分、両方取れたほうがよいだろうという優しさで、 
イカの塩辛とチョコレートが入っている。 
 
「ところで祈さん」 
 
「はい?」 
 
「衛示さんのパンツっていたずらでどうなってたんですか?」 
 
好奇心ゆえに痛い目に遭ったはずだったが、はきはめげない。 
 
「えーっと、どうしよう。はきさんは口がかたいですか?」 
 
祈はサッカーボール大のおにぎりをこれでもかと押し固めながら、 
はきを上目遣いでみた。 
 
「そのつもりです。だからそのおにぎりに何が入っているかも、誰にも言いません。 
 まぁ、それに歯をたてられる人間がどれくらいいるかによりますが……」 
 
「おにぎりの中身は別に言っても大丈夫ですけど……ではさっきのお詫びに。 
 実はですね……」 
 
祈は楽し気に、はきの耳元へ唇を寄せた。 
はきも聞きやすいように身体を祈へ傾ける。 
ごにょごにょごにょ…… 
 
「……なんと!」 
 
「うふふっ」 
 
「悪戯っ子はこんな近くにいたんですね」 
 
「幼い頃にちょっと色々ありまして。 
 それで今回協力してあげたんです」 
 
兄には内緒ですよと祈は朗らかに笑った。 
 
「おや、なんだか楽しそうですね」 
 
そこへ一仕事を終え、教会近くを通りかかったヴリトラがやってきた。 
 
「不穏な……もとい、良い匂いに誘われて顔をだしちゃいました。 
 皆さんへの差し入れを作ってたんですか? いいですね。私も混ざっても?」 
 
「もちろん!」 
 
どうぞと祈がヴリトラの場所を開けてあげているのをみながら、 
はきは自分で作ったおにぎりが分かるように別皿に移動させた。 
その後、疲れ切って戻ってきた魔術師たちは、 
祈とヴリトラの地獄のフルコースにトドメをさされることになる。 
 
 
 
 
 
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【千代田区・ウィザーズインク本部/視点:朝倉 ユウキ(ユウキ)】 
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――至る所で起きていたいたずら騒ぎもユウの活躍や、 
警察の出動などで沈静に向かい始めていた。 
この大ウェーブに乗らないで何が魔術師だ!とばかりに、 
イタズラ合戦を繰り広げていた者たちも空気を読んで撤退を始め、 
空気を読めなかった魔術師たちは何故かとてつもなく機嫌の悪いニナと、 
その周辺に容赦なく鎮圧されたのだった。 
 
その場に正座させられたハトブーフと仮面の魔術師は、 
互いに相手が悪いと言い合ってニナにハリセンの一撃を喰らっていた。 
 
 
街中を色々見てまわっていたユウキが赤の本拠地に戻ってくると、 
まるでティラノザウルスを憑依させたかのような体勢のラプラスが出迎えた。 
眼鏡の奥の目が赤く光を放っている。 
 
「おーかーえーりー」 
 
「ひっ」 
 
「まさか、ユウキじゃないわよねぇええええええ」 
 
口にドライアイスでも仕込んでるんじゃないかと思うような白い息が、 
ラプラスの口からあふれ出ている。 
 
「あの、あの、」 
 
「絶対、絶対、許さないんだからぁああ」 
 
恐ろしさから硬直していると、ユウキが犯人ではないと思ってくれたのか、 
ラプラスはティラノザウルスを憑依させたままユウキの隣を通り抜けていった。 
 
「一体、何が……」 
 
ユウキがしばし呆然としていると、しゅたっと横に何かが降り立った。 
 
「あぶぶぶぶぶ、ラプラス大人げない……っ!」 
 
「リーリオ」 
 
どうやらラプラスにティラノザウルスを憑依させたのはリーリオだったらしい。 
 

挿絵37.jpg

「なにしたの?」  


「何って、ちょっとしたイタズラだよ。ほんと、他と比べると可愛らしい部類の。 
 ニナさんは怖いし、祈さんだと衛示さんが怖いし、 
 ラプラスなら許してくれるかなって、 
 転移魔法でラプラス秘蔵のビールを炭酸麦茶と交換したんだ。 
 そしたらあれだよ、あれ。でも半分は自分が悪いんだよ? 
 封を開けるの失敗して自分の顔に炭酸がびしゃってかかったんだ。 
 でもそれは僕のせいじゃ…… 
 いや、気が抜けないように強めに栓しちゃったせいかな?」 
 
赤のスピードスターであるリーリオは、赤の防犯システムを掻い潜り、 
カメラに犯行を残すようなことはしていないため、 
ラプラスも犯人を今のところみつけられていない。 
しかし、鉢合わせになったときにあのラプラス相手に、 
平然でいられる気がしないらしく隠れていたのだ。 
 
「なんで外に逃げなかったの?」 
 
「いやだってイタズラは引っかかったところみないと楽しくないだろ? 
 リアクションみたらネタばらししようと思ってたんだけど、 
 ラプラスの怒り方がそりゃ恐ろしくて、つい逃げちゃったんだ」 
 
「今のうちにこそっと元に戻してきたらどうだろうか」 
 
「うん、そうする……どうも僕はこういうの向いてないんだよなぁ。 
 黒の人たちは凄いよ。お詫びにお菓子とか置いておこう。 
 あ、ラプラスが戻ってこないか見張っててね!」 
 
言うなり、リーリオはニンジャアクションでその場から風のように去っていった。 
 
「きゃっ」 
 
「あ、咎女さん」 
 
すれ違いざまリーリオが巻き起こした風で咎女の服の裾がひらりと舞い上がる。 
オーソドックスなイタズラが成功したのに、当の本人はそれどころじゃない。 
 
「びっくりしました」 
 
「ちょっと緊急の用事があったみたい。 
 そうだ、今回の件、咎女さんなら真相に気づくかもってラプラスが」 
 
「ええ、検証は終わっております。ユウキさんは?」 
 
「ん、なんとなくだけど」 
 
ふたりは仮説を元に答えを言い合った。 
 
人の世界が表なら、魔術師の世界は裏だ。 
しかし、世界は表と裏だけじゃない。 
“ヒト”ならざる者がずぅっと昔から、その狭間に棲んでいる。 
 
「だからデータに残らない?」 
 
「もしくは、共生していくために残さなかったのかもしれません。 
 今ではわからないことですが」 
 
「そっか。でも、わからないのもたまにはいいと思う」 
 
ユウキの言葉に、咎女は目を丸くした。 

挿絵43.jpg

「わからないのも、いい、ですか。ふふ、赤の魔術師らしからぬ言い草ですね」  

思い出は曖昧で不完全なものである。 

語り継いでいく間に事実と異なってしまう場合もあるだろう。 

けれど、それでいいのかもしれない。 

思い出は、歴史とはまた違うものだから。   

嵐のような桃のトライブの珍事は、 

新たな愉悦の魔術師の誕生と共に幕を閉じたのだった。  

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