②『静穏の彼方』
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【朝倉ユウキの場合】
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トリーネと叶恵が、ウィズクラスで魔術師たちの話をした翌日。
朝倉ユウキはラプラスに、秋水の事件のレポートを出していた。
「ラプラス、これ……秋水の記憶を読んで、わかった事を、記しておいた…」
「ありがとユウキ。今回の事件もデカかったからねぇ、事後処理の助けになるわ」
「役に立ちそうなら、嬉しい…」
ユウキはそう言って、かすかに笑う。ラプラスも微笑を返し、レポートをファイルに入れた。
「さて、これからどうするユウキ? ヒマだったらあたしの実験手伝わない?」
「手伝いたい、ところだけど…おれもちょっと、やりたい事があって」
「っていうと?」
「インクの資料室、整理したい…ずっと整理してなくて、ごちゃごちゃになってると思うから…」
「あ~、あたしもやんなきゃと思ってたのよね……だったらお願いしていいかな? バイト代出すからさ」
「もちろん…任せて」
ユウキは頷き、先ほどのファイルを手に取った。それからサーバルームを出て、通路の奥の扉を開ける。
その部屋には多数の品々が、ケースに収められて並んでいた。これまでユウキが関わってきた事件に関する、データ化できない資料。
事件に使われた武器、現場から回収された物品、そして色とりどりのディスク。それはユウキが固有魔法『褪せない記憶』で保存した、各事件にまつわる記録媒体だ。
それらを見渡しながら、ユウキは一人思う。
(……今まで、たくさんのことがあった。
事件の記憶は、おれも記録化してここに保存してる、けど…
見落としてたこともあるかもしれないし…これを機に、振り返りたい)
彼はそう思い、ディスクの一枚を手に取る。
手袋を脱ぎ、それに触れると、過去の事件の記憶が脳内に再生される。
そして今まで彼が出会ってきた、魔術師たちの想い出も。
(最初はヴリル・ユナイトさん……一見悪者っぽいけど、本質的にはたぶんいい人。
黒幕めいたところもあるけれど、思慮が深くて、信頼できる……)
だがユナイトは秋水の事件の際は、姿が見えなかった。
彼は今日はどうしているのだろう。今日も何やら暗躍しているのだろうか――
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【ヴリル・ユナイトの場合】
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――ユウキがそんな事を思っている間、当のユナイトは、新宿のとある路地を訪れていた。
そこは彼の部下たちが、命を落とした場だ。先日エーデルと墓参りに来たが、改めて花を手向けに来たのだ。
マンドレイクの花束を置き、静かに黙祷するユナイト。彼の脳裏には、あの日の記憶が蘇っていた。
* * * * * * * * * *
――秋水が現れた7月10日に、ユナイトが東京を空けていた理由。
それはドイツ本国に行って、師匠たちを訪ねていたからだ。
「お久しぶりです、師匠。お二人とも元気そうで何よりです」
そう挨拶するユナイトに、呪術の師匠である『煉丹の魔人』が答える。
「貴様こそな。日本での活躍、聞き及んでいるぞ」
その傍らにいた薬剤の師匠、『闇鍋の魔女』も頷いた。
「私の教えを守って、多種薬剤を使ったごり押し戦法を貫いている様だな。
大変結構、薬師の本懐は力業にありだ」
この2人の師が、ユナイトのややこしい性格を形成した一因だ。色んな意味で恩人である二人に、ユナイトは問う。
「……ところで貴女がたは、気付いていらしたんですよね?
私がルーフスによって造られた、人工魔術師であると言う事に」
その問いには煉丹の魔人が「確証があったわけじゃないさ、彼女の行動と真意は誰も予測できなかった」と言い、闇鍋の魔女が「ただその可能性を考慮し、私たちの技術は全て伝えておいた。良く出来た弟子ではあったしな」と答える。ユナイトはその言葉に微笑んだ。
「いずれにせよ、感謝してますよ。貴方がたの教えがあったからこそ、あの戦いで皆の心を支える事ができました」
素直に礼をする弟子に、煉丹の魔人は薄い笑みを返す。そこで闇鍋の魔女はふと尋ねた。
「ところでユナイト、さっきからお前の後ろにいる騎士と龍は? お前の弟子か?」
「ええ、私も向こうで良縁に恵まれましてね。紹介しましょう、ヴァンヒルとダハーカです」
ユナイトの言葉に、後ろに控えていたヴァンヒルと使い魔ダハーカが一礼した。すると師匠たちの眼が怪しく光る。
「なるほど、これがお前の研究成果というわけだな? どれ、ひとつその力を見せてもらおうか」
魔人は愉快そうに笑い、魔女が拳をごきごきと鳴らす。ヴァンヒルは雲行きが怪しくなった事に気づき、囁いた。
「あー、リーダー? なんで俺ら、大師匠様に獲物を見る眼で見られてんだ?」
「私の研究成果が見たいからだそうです、さっき聞いてましたよね?」
「ダハーカはともかく、それでなんで俺まで?」
「一応貴方も成果の一つでしょう? まさか私もダハーカもついてて不足とか言う心算じゃないですよね?」
にっこりと笑うユナイトに、ヴァンヒルは諦めたようにため息を吐く。断る事は出来ないようだ。
「……こういう時、弟子は損だよな」
ヴァンヒルはダハーカと共に、魔人魔女と対峙する。ユナイトは満足げに笑い、その場を去ろうとした。
その背に闇鍋の魔女が声をかける。
「ん? おいユナイト、お前はやっていかないのか?」
「私としても話足りないのですが……部下が戦死したらしいので、上司の仕事をしなくてはならないのです」
既にエーデルから、部下の死の報告は受けていた。すぐに日本に戻り、しかるべき対処をしなければならない。
「また会いましょう、師匠。ではこれで」
ユナイトはそう言葉を残し、師匠たちの元を後にした。
* * * * * * * * * *
――そして今のユナイトは、あの日の事を少しばかり後悔していた。
彼は魔術師殺しが夏に現れる事を知っていた。なのに夏場に東京を開けたのは、少し早計だっただろうか?
(……いえ、我が毒騎士団も、いつまでも私におんぶにだっこではいけません。個々の対応力を上げなければ)
そういう意味では秋水の出現は、団員の心を引き締める、いい機会だったのかもしれない。
抗争中に割り込まれれば泥沼必至だったが、今なら魔術師が日和らない為、必要な存在になり得た。
もっともその秋水も倒され、今は生まれ変わって赤子となったが――
「……しかし、『敵』は秋水だけではないでしょう。物語が続いていく為には、彼のような敵が必要なのでしょうね」
平穏と闘争はいつも表裏だ。そうでなければ物語は終わってしまう。
ユナイトはそう思い、密かに願った。
時に闘争が起ころうと、魔術師たちの物語が、いつまでも続いていくことを……。
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ユナイトがそう願っていた頃、ユウキはまた別の魔術師の事を思い出していた。
(次は、リーリオくん……秋水の事件では、一緒に戦ったトライブの仲間。
おれとは年も近いし、親近感が持てる…彼はあの事件の後、どんな風に過ごしてるのかな…?)
ユウキは彼に想いを馳せる。
基本的にはとても優しいのに、落とし児だけは絶対的に憎む彼は、今頃どうしているのかと。
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【橘優佑の場合】
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――その頃、当のリーリオこと橘優佑は。
普通の小学生としての日常生活を満喫していた。
自宅の玄関を開けて「ただいまー」と言うと、リビングから若い母親が顔を出した。
「あら、おかえり優佑。今日は早かったわね」
そう言う彼女は、魔術師ではなくただの一般人だ。リーリオも自分の秘密を明かさず、いつも通り普通に答える。
「土曜日だからね、中学受験講座も半ドンだよ。それより母さん、スーツなんか着てどこか行くの?」
「ちょっと町内会の会合でね。夕方まで出かけてくるわ」
「じゃあリビングのテレビで、ブルーレイ見ていい? 僕の部屋のモニターより大きくて、迫力あるからさ」
「いいけど、私が帰ってくるまでに見終わっといてね。お母さんサメとか苦手だから」
母親はそう言って苦笑し、リーリオと入れ違いに家を出ていく。彼は喜々としてリビングに陣取り、趣味の映画を見始めた。
再生したのは彼の好きな、サメが出てくるB級パニック映画。それも例の有名な正統派サメ映画ではなく、CGを多用して造られたおバカ作品だ。
「うーん、いい映画だなぁ。大量のサメだけでもお腹いっぱいなのに、そこに竜巻を組み合わせるなんて、
シラフじゃちょっと思いつかないよ」
リーリオはにこにこしながら、空飛ぶサメの群れを見つめる。彼の至福の時間だった。
秋水の事件以来、彼の日常はすっかり穏やかさを取り戻していた。朝に起きて学校に行き、授業を受けて帰宅する。中学受験の勉強をしつつ、時おり息抜きに映画を見る。
穏やかで安全な日々――だがそれに、物足りなさを覚えるのも事実だった。テレビの向こうの騒乱を眺めつつ、リーリオはふと思う。
(それにしても、隣神を倒すまでは平穏な日常に憧れてたけど……
いざそれを手に入れると、ちょっと平和を持て余しちゃって、複雑な心境だなぁ)
秋水の事件の時を振り返っても、そんなところがあったのかもしれない。
リーリオは秋水が生き残るとは、まったく思っていなかった。個人的には彼を討つ気満々だったのだ。
あの結果を掴み取った魔術師たちは、流石としか言いようが無い。そう思う一方で、自分の考えを少し反省していたのだ。
(我ながら未熟だなぁ……やっぱり、簡単に人を殺すとか考えちゃいけないよね)
ちなみにリーリオがサメ映画を愛する理由は、『ムカつく奴を片っ端から食い尽くしてくれるところが気持ちいいから』だ。こんな映画ばかり見てるから、秋水の事も討とうなんて考えてしまったのかもしれない。
「……これからは見る映画のジャンルを変えようかな? でもパニック映画は好きだし、う~ん……」
そんな事を呟いた時、ふとどこかで魔粒子の気配がした。
はっとして立ち上がり、窓から外を見る。すると遠い空の彼方に、奇妙な影が見えた。
「えっ!? ま、まさかアレは……!」
それは青空を悠々と泳ぐ、たくさんのサメだった。今まさにリーリオが見ている映画から抜け出てきたような、得体の知れない海獣の群れ。
といっても本物のサメなわけはない、恐らく落とし児の一種だろう。リーリオと同じ映画を見た誰かが、恐怖から生み出した怪物かもしれない。
それを見た時、リーリオの頬に笑みが浮かんだ。待ちわびていたものを見つけたかのように。
「……隣神が斃されても、魔術師殺しがいなくなっても、落とし児は生まれる。
だったらそれを倒すのが、僕の生きる道だよね!」
リーリオは窓を開け、外に飛び出した。光学迷彩で姿を消し、重力操作で空を飛び、サメの群れに挑みかかる。
彼の日常が退屈する事は、恐らくこの先もないだろう。この世に落とし児がいる限り。
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そうしてリーリオが空飛ぶサメ軍団と、空中大決戦を繰り広げている頃。
ユウキはまた別の魔術師について、記憶を呼び起こしていた。
(この人は、田中征さん……秋水の事件の時、ラプラスを護ってくれた人。
でも『逆にラプラスに護られてしまった』って、気にしていたみたいだけど…)
気にする事はないのに、とユウキは思う。護り護られの関係こそが、ラプラスは好みかも知れないと。
だが当の征は、そうではないだろう。その男心も、ユウキは理解していた。
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【田中征の場合】
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――その通り、平穏の中でも強さを求める者はいる。
その頃『神威の魔術師』田中征は、神奈川県晴嵐町の、駆馬の家の寺を訪ねていた。
「駆馬君、手合せをお願いしたい」
誰もいない寺の裏庭で、征が駆馬に言う。その言葉に彼は、驚くでもなく答えた。
「いいですよ、前からお話は聞いてましたし。でもどうして今になって?」
「秋水との戦いで、自分の未熟さを思い知ってね…エスティを護る為には、もっと強くならなくちゃと思ったんだ」
征はこの前にアルバートの店を訪ね、近接戦闘と魔法の特訓をしてきていた。ちょっとした武者修行というところだ。
駆馬もその意を汲み、深く頷く。
「わかりました、じゃあ僕も全力でお応えします。征さんも遠慮なくやってください」
「ありがとう。戦闘中は色々と小細工するけど、いいかな?」
「もちろんです、そういうの含めて『全力の戦い』ですからね」
駆馬はそう言うや、3mの槍を創造した。征は愛刀『鬼丸国綱』を創造する。
そうして互いに飛び下がり、対峙した。
「行きますよ!」
その声が速いか、駆馬が突き掛かってきた。征はサイドステップで避け、同時に周囲に薄い鏡を幾つも創造する。
即席のミラーハウスで、敵を幻惑しようというのだ。だが駆馬は即座に槍を10mに伸ばし、頭上で旋回させた。
槍で鏡を薙ぎ払い、割ろうとしたのだ。だが簡単に割れるはずの鏡は、駆馬の槍を跳ね除けた。
征が鏡の前に『攻勢障壁』を張り、簡単には割られないようにしていたのだ。その隙に彼は、遺物『フラメルの水銀』を起動。自律稼働する生きた水銀が駆馬を襲う。
「やばっ!」
駆馬は慌てて槍を縮め、手槍に変えて水銀を突く。だがとたんに水銀は形を変え、槍の穂先を包み込み、刺突力を無効化した。
そのとき征が跳躍し、頭上から駆馬に斬りかかる。駆馬は槍を手放して回避、大きく距離を取った。
「やりますね征さん、攻撃がいつもより多彩だ」
「今まで武技に重きを置いていたけど、魔法や遺物も駆使して戦わなきゃと思ってね」
「なるほど、でも僕の戦い方はあくまでシンプル……力技でいかせてもらいます!」
駆馬はそう声を上げ、今までの槍より太く豪壮な、十字槍を創造した。魔力を身体強化に注ぎ、猛然と斬りかかる。
「はああああッ!!」
走りながら振り被り、力任せに槍を振るう。それを受けた鏡が、衝撃を反射する。
だが駆馬は固有魔法『金剛』で、反射ダメージを跳ね除けた。構わず二撃、三撃と振ると、やがて攻勢障壁にヒビが入り、鏡ごと砕けていく。
征は槍をかわしながら、駆馬に斬りかった。だがその斬撃も駆馬には通じず、平然と反撃してくる。
「うわっと!」
今度は征が退避する番だった。彼が槍の間合いから退避する間に、駆馬は鏡を全て割り、水銀を掴んで思い切り遠くに投げ飛ばした。
(さすが駆馬君だ……小細工だけじゃやっぱり勝てないか)
征はそう思い、刀を正眼に構えた。駆馬もそれを迎え撃つように、槍を中段に構える。
二人の間の空気が緊迫していく。勝負は次の一合で決まるだろう。その一合に全てを懸ける。征がそう思った時、
「はッ!!」
駆馬が気合い一閃、突きを繰り出した。
それは槍を伸ばす勢いを加えた、超高速の刺突だった。征はそれを脇腹に受けながらも、駆馬の懐に踏み込んで――
「征くぞ!」
固有魔法『神威』を起動。全魔力と体力を身体能力に置換し、電光の如き斬撃を繰り出した。
ギン!
と鋭い金属音が響いた。
征の刀は金剛に弾かれ、真ん中からへし折れていた。
だが、駆馬もまた――その場に、ゆっくりと崩れ落ちた。
「か……駆馬君!? 大丈夫かい!?」
征は思わず声を上げた。駆馬は苦痛に顔を歪めながら言う。
「き、効きましたよ……! 斬撃そのものは金剛で防げましたが、衝撃でアバラがいったみたいで……」
「そうだったのか……じゃあ、引き分けってところかな?
私は脇腹を貫かれたし、ダメージは五分ってところだろう」
「いや、征さんの勝ちでしょう。最後に立ってた方が、やっぱり勝者ですよ」
そう言って駆馬は微笑んだ。征も笑みを返し、駆馬に手を差し出す。
「ありがとう駆馬君、おかげで一つ壁を超えられた気がするよ。よかったら、また戦ろう」
「はい、ぜひ。今度は僕も負けませんよ」
そう言って二人は、がっちりと握手を交わした。
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そうして征が、己の求める強さに一歩近づいた頃。
ユウキは白の魔術師たちに、想いを向けていた。
(玉置憩さんと、満月美華さん…確かこの2人は、義理の姉妹の絆で結ばれてる…。
あま子さんも加えて、白の三姉妹…彼女たちは平和な日常を、楽しんでるのかな…?)
あるいはいつかのユウキのように、平穏の中でこそ鍛錬をしているのだろうか。
いずれにせよ、仲良く過ごしていれば嬉しい。ユウキはそう思っていた。
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【玉置憩&満月美華の場合】
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――そう、強くなる事を望む者は、ユウキや征だけではない。
そのころ異端教会拠点の裏庭では、玉置憩が満月美華から、魔法の講義を受けていた。
「――というわけで白の汎用魔法十六術式は、『創造』と『増強』の力の応用で、全て成り立っているわ。
基礎をしっかり極める事が、結果的に全技術の向上に繋がるの」
「なるほどぉ……勉強になりますっ」
憩はそう言って、ミカから教わった知識を熱心に書き取る。
憩は義姉であるミカの為にも、このたび異端教会に引き取られた秋水の為にも、更なる訓練を積もうと思ったのだ。講師であるミカの腕には、秋水が抱かれ、幸せそうに眠っている。
その成長を見守りつつ、自分も成長していきたい。そう願う憩に、ミカが尋ねる。
「ところで自分の得意分野と弱点を理解しておくことも、成長には必要だわ。
憩は自分の得手不得手については、どう思う?」
「そうですねぇ……自分が臆病だという事は、今回改めて思いました」
「ふむ、じゃあそれを克服したいと思う?」
「必要以上の臆病さは、直したいと思いますけど……でも臆病さは『慎重さ』にも繋がります。
だったらむしろそれを活かして、今まで以上に防御・治癒・支援の魔法を身につけたいと思ってますぅ」
その答えにミカは、微笑んで頷く。
「いい答えね……そう、自分の持って生まれた性分を変える事は難しい。
だったら無理に抗おうとせず、持ち味を活かす事もいい選択だわ」
「は、はいぃ」
「でも援護系魔術師の道を歩むなら、自分自身を護る術も、身につけておく必要がある。
援護役が戦場で倒れたら、作戦が崩壊しちゃう恐れがあるからね」
ミカがそう言って指を鳴らすと、それまで傍らで控えていた使い魔『ベビー』が、のそりと歩み出た。筋骨隆々の力強い赤子が、憩を見据えて言う。
「じゃあこっから先は、実地訓練だ。俺と組手をしながら、防御系の魔法について鍛えていくか」
「の、望むところですぅ。負けませんよ、ベビーさん(ふるふる)」
「震えてんのは、武者震いって事にしといてやるか。そんじゃ行くぜシスター!」
ベビーはそう言うや、憩に向けて突進してきた。
とっさに魔法防壁を張り、ベビーの突進を受け止める憩。だが彼女が張った防壁は、ベビーのタックルにたやすく粉砕された。
「その程度じゃ俺は止まらねぇぜ!」
ベビーは不敵に笑い、豪腕を振るう。憩は『身体保護』でその拳を防御したが、それでもダメージが体の芯に響いた。
「憩、パワーのある相手には全身防御じゃダメよ! 打撃を受ける部位に魔粒子を集めて、集中防御しなさい!」
「わかりました、姉君様ぁ!」
憩はミカのアドバイスに従い、精神を集中した。
そこにベビーがボディーブローを放つ。それが憩のお腹を捉える寸前に、魔粒子を集めて防御する。
一瞬後、衝撃が弾けた。だが憩はなんとか踏み止まり、その強烈な打撃に耐えた。
「や、やりました……! ベビーさんの打撃に、耐える事が出来ました!」
「いいわよ憩、その調子! さらに応用魔法で『皮膚を硬質化』すれば、防御力は一層高まるわ!」
それはミカが得意とする防御魔法、姉が編み出した秘術。見よう見まねで憩は、自分の肌に硬度増強の魔法をかける。
それを見計らったように、ベビーが手刀を繰り出してくる。大木をも斬り倒す彼の手は、しかし憩の肌に弾かれた。
「ほほぅ、やるじゃねぇかシスター? 金属みてぇな感触だったぜ、見事硬質化に成功だな」
そう言って笑うベビーに、憩は照れ笑いを返す。ミカも嬉しそうに言葉を継いだ。
「もともと憩の魔法出力と魔力量は、かなり高い方だからね。力の使い方を覚えれば、相当の事が出来るはずよ」
「あ、ありがとうございますお二方。憩も一歩、姉君様に近づけた気がしますぅ」
「それじゃあ仕上げとして、より実践に近い模擬戦をしましょうか。憩の特性を伸ばす為、多人数戦でね」
ミカがそう言って合図すると、教会の屋根の上から、あま子ともふが飛び降りてきた。驚く憩に、あま子たちがびしっと言う。
「呼ばれて飛び出て即参上! 憩さんの特訓、お手伝いさせて頂きます!」
「1VS1の闘いだけじゃ、援護役としての訓練はできねーですからねぇ。
憩&あま子コンビと、ベビー&もふコンビで、いっちょ戦ってみましょうか」
どうやらミカが前もって、二人を呼んでくれていたらしい。憩は嬉しさを覚えつつ、その提案に頷いた。
そうして2VS2の模擬戦が始まった。使い魔の中でも随一のパワーを誇るベビーと、スピードに長けたもふ。その相性はバッチリの筈だったが、
「行くぜシスターたち、『マジックイーター』!」
「あばばば! やめて下さいベビー、もふまで吸い込まれちまいます!」
ベビーが魔粒子吸引の能力を使うと、相方のもふの方がダメージを受けた。魔粒子を奪われて萎びるもふに、ベビーが慌てて謝る。
一方憩とあま子の連携は、見事なものだった。固有魔法『Crust rave』で高速移動するあま子を、憩が『身体強化』でサポートする。二重に加速したあま子は、まさしく蝶のように舞い、蜂のようにベビーを刺した。
負けじともふが立ち直り、分裂してあま子を襲う。だがそこに憩が弩(いしゆみ)で援護射撃、もふの分裂体を次々に撃ち落した。
「ややや、やりますね憩さん!」
「光栄ですあま子様! 姉君様の義妹同士、チームワークを見せてあげましょう!」
憩とあま子は笑みを交わし、もふとベビーに挑みかかる。激しい模擬戦の合間に、ミカが声をかけてきた。
「ねぇ憩にあま子! あなたたちはどんな魔術師を目指すの!?」
「じ、自信を持って、自分の道を進めるようになりたいです! 一歩ずつでもいいから!」
そう答えたあま子は、今までの彼女より成長して見えた。憩も負けじと胸を張り、問いに答える。
「いつかは魔女になって、姉君様と肩を並べたいですぅ! 『不老延命』も身につけて、一緒に旅をしたいです!」
それは憩が、ずっと前から願っていた事。今も変わらぬ彼女の望みだ。
むろん魔女になる為には、悲劇が必要だ。だが過去には悲劇無しに第二覚醒を遂げた、『希望の魔女』の例もある。悲劇に心を染める事なく、真っ直ぐに力を望み続ければ、いつかは道が開かれるかもしれない。
そう信じる憩に、ミカが声を上げる。
「きっと不老延命も身につけられるわ。憩には適性があるからね」
「えっ?」
「不老延命という魔法の正体はね、常に全身に増強の力を巡らせて、『老い』を跳ね除ける事なの。
その効果の一部は、憩の固有魔法で得られる。後は願いの強さ次第で、自然と身についていくはずよ」
運命に抗い、生き続けようと願う事。そう願うだけの強い理由と、願いを実現させる為の魔力。
それがあれば白の魔術師たちは、老いをも克服できるのだ。その事を知った憩は、満面の笑みで言う。
「はい、姉君様! 憩も必ず、そこに辿り着いてみせますぅ!」
そう答えた憩を見て、ミカは頼もし気に頷く。
愛する姉に見守られながら、憩は己の望みに向け、鍛錬を続けていた――。
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そしてユウキは、また別の魔術師の事を思い出す。
白から出て、赤に来た魔術師の記憶を。
(この人は、遠野唯維さん…おれとは接点があまりなかったけど、活躍は聞いている…
同じく強い女の人同士、ニナと仲良さそうに見えたけど…)
それが普通の絆とは違っても、どこか相通じるところがあるのかもしれない。
彼女はどうしているのだろう。あるいはニナと過ごしたりしているのだろうか――
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【遠野唯維の場合】
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――同時刻、東京・練馬区郊外。とある川辺の林にて。
そこにイデアこと遠野唯維は、一人佇んでいた。
何の変哲もない林だが、そこはイデアにとって特別な場所だった。ここはかつて彼女が、『終焉の魔女』となったニナと戦い、体を貫かれた場所だったのだ。
(……苦い記憶だが、不思議と懐かしくもあるな。あれがニナとの最初の出会いだったか)
あれからずいぶん経った今日、イデアは再びこの場所で、ニナが来るのを待っていた。
その身には、新たに手に入れた力が秘められている。彼女はその力を手に入れた経緯を振り返った……。
* * * * * * * * * *
――それは3週間ほど前、秋水の事件が収束した直後の事。
イデアはラプラスに、ある提案を持ちかけたのだ。
「ラプラス、2つほど頼みがあるんだが、聞いて貰えるか?」
「ほいほい、なんでも言ってごらんよ」
気楽に言うラプラスに、イデアはかねてより考えていた事を告げた。
「まず1つ目は、『魔力弾の開発』だ。
魔力の籠った弾丸があれば、私を含む銃使いの戦力が底上げできると思うんだが」
「それはあたしも思ってたのよね。そういう弾丸を白や黒にも有料で提供すれば、ちょっとしたビジネスになるし」
「そうだろう? 相手の魔法を無力化できる弾ができればいいが、そこまでは望まん。
せめて防壁系の魔法を貫通できるものがあればいい」
「うん、その辺は不可欠ね。他にご希望は?」
「そうだな……味方の能力向上、敵の能力低下を招くもの。それから体力や魔力の回復弾といったところか」
「OKよ。そういうの咎女が得意そうだから、一緒に開発に取り組んでみるわ。
……それで、もう一つの頼みってのは?」
ラプラスの問いに、イデアは一瞬沈黙した。それから意を決するように言う。
「……もう一つは、『私を魔女化して欲しい』という事だ。インクには普通の魔術師を、人為的に魔女化する技術があるのだろう?」
その言葉にラプラスが目を見開いた。その提案は予想外だったらしく、慌てたように言う。
「た、確かにあるけど……あれはほとんど成功例のない、一種の人体改造技術よ?
過去の成功例は、レビと咎女の二人だけ。
成功率は5%以下だし、しかも失敗したら命を落とす、極めて危険な術式なの」
「だったら私を被験者として、人体実験しても構わない。武器を手にした以上、死ぬ覚悟はできている」
「どうしてそこまで……もう抗争は終わったんだよ?」
ラプラスはそう言ってイデアを見つめる。彼女はその眼を見返し、静かに答えた。
「そんな事は関係ないさ。私が欲しいのは、ただ『力』だ。今の自分を超える力……!」
そう告げたイデアの脳裏に、これまで歩いてきた道が思い起こされる。
先の格闘大会では7位という好成績を残したイデアだが、その記憶は手痛い敗北に満ちていた。終焉の魔女戦では体を貫かれ、アリシア戦では全身を撃ち抜かれ、秋水戦では重傷を負って仲間に助けられた。
強敵とばかり闘ってきた以上、やむを得ない事ではある。だがそれがイデアには、どうしても我慢ならなかったのだ。
「……敵と戦えば戦うほど、自分の無力さを思い知らされる。
魔術師になった時に、強くなると決めたというのに。
これ以上はもうごめんだ、私は強くなりたいんだ!」
そう言った彼女の眼は、どこまでも真っ直ぐだった。誰に命じられずとも『力』を求める、赤の魔術師の在り方そのものだった。
その揺るぎない意志を見取ったのか、ラプラスも諦めたように言う。
「……わかったわ。そこまでの覚悟があるなら、あたしも一肌脱いであげる」
「本当か!?」
「もちろんよ。でも9割がた命を落とすようなヤバい手術を、あんたの体で試すわけにはいかない。
だから咎女とレビのデータを元に、新しく構築した術式を施すわ」
ラプラスはそう言って、その術式について説明する。
それは通常の魔術師を無理やり『恒常的に魔女化』するのではなく、『一時的に魔女化』させる方法。本人の持つ潜在魔力を引き出し、魔女と同等の力を得る術だ。
「……それでもこの技術を使えば、あんたの体にはダメージが来る。
潜在魔力を引き出すたび、体力と魔力は尽きて意識を失う。
危険な事に変わりはないけど、それでもやってみる?」
「構わない。力を得てこそ、見えてくる風景もあるだろうからな」
イデアははっきりと答えた。ラプラスも頷き、その術式の準備を始めた。
* * * * * * * * * *
――それから3週間後。ラプラスの術式は成功し、イデアは新たな力を手に入れた。
やがてその力をぶつけるべき相手が、彼女の元を訪れる。果たし状を受けて、ニナがやってきたのだ。
「……ほう。少し見ないうちに、眼が変わったな」
ニナはイデアを見るなり、嬉しさを含む声で言った。
イデアはかすかな笑みを返し、二丁拳銃を抜く。その身が赤く瞬き、魔力が溢れ出す。今までの彼女とは一線を画する力が。
「……前置きはいらない。殺すつもりでこい、ニナ」
「いい覚悟だ。始めから全力で行くぞ、イデア」
そう答えたニナの身から、黒霧が滲み出した。ようやく彼女と同じ地平に立ったイデアが、眼前の敵に挑みかかる。
闘いによって繋がった二人の烈女は、その絆を確かめ合うように、そこで闘いを始めた……。
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一方その頃のユウキは、接点はあまりなかったのに、妙に印象深い魔術師の事を思い出す。
彼のトレードマークであった、鳩の姿と共に。
(剣術屋、三間修悟さん…例の大会では、不思議なラジオ音声で、おれたちを攪乱した人…
黒のトライブを抜けたと聞いたけど、近頃はどうしているのかな…?)
彼の行動は、ユウキにも読めない。
しかし彼の事だ、自分の道を突き進んでいる事だろう。少なくともユウキはそう思った。
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【三間修悟の場合】
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――強さを求める者たちがいる一方で、魔術師たちの『敵』となろうとする者もいる。
いや、彼は昨日今日そう思ったわけではない。剣術屋こと三間修悟は、ずっと前からその事を望んでいた。
豊島区・池袋駅そばの街角で、彼は独り思う。
(……さて、俺もそろそろ本格的に動き出すか。魔粒子をこの世から駆逐する望みを、捨てた訳じゃねぇからな)
彼は雑踏に向けて歩き出す。真夏にも関わらず、缶入りの熱いほうじ茶を呑みながら。
波良闇秋水の生き様は、彼の心にも残っていたが、そのドストレートさには少々呆れた。全ての魔術師を一人で相手にして、手が回るわけはない。剣術屋も初めから、そんな事は考えていなかった。
彼の望みはあくまで『魔粒子の駆逐』であり、斃すべきはその障害となる魔術師のみだ。そこが剣術屋と秋水の違いだったのだろう。だからこそ剣術屋は、秋水戦では珍しく、魔術師側に着いたのだが――
(ったく、かろうじて共闘できそうなヤツは次々リタイアして、あっという間に俺一人になっちまうとはな……
困ったもんだぜ)
誰かと群れるつもりはないが、トライブを抜けた事で、組織的な情報収集力を失った事も確かだった。足掛かりとなる何かが必要だ。それも魔術師のトライブではなく、魔術師たちと反目している組織が。
(……つっても、そんな組織どこにあるのかね? あったら魔術師たちと、既に衝突してそうだが……)
彼がそう思った時、背後に妙な気配を感じた。 道行く人々の中に、剣呑な気が混じっている。振り返るとダークグレーのスーツに、サングラスをかけた男が立っていた。
剣術屋は反射的に懐に手を入れ、手裏剣の感触を確かめた。男は害意がない事を表す様に、両手を軽く上げて言う。
「三間修悟さんですね」
見覚えはないが、どことなく聞き覚えのある声だった。剣術屋は警戒しつつ、問いを返す。
「そうだが、お前は?」
「貴方の味方――というと語弊がありますか。いずれにせよ、恐らく貴方が探している者です」
「俺が探している者だと? お前にそれがわかるのか?」
「ええ、貴方の望みを叶える為の『駒』を探しているのでしょう? ご期待に添えられるかもしれません」
男はそう言って、踵を返す。眉根を寄せる剣術屋に、彼は続けた。
「ご興味がありましたら、一緒に来て下さい。ご説明させて頂きます」
男はそう言って歩き出した。剣術屋は一瞬迷い、それから男を追って歩き出す。
露骨に怪しいが、敵だったら斬ればいいだけの話だ。話を聞いてからでも遅くはない。彼はそう思いつつ、男と並んで歩く。すると男は満足したように、歩きながら話し始めた。
「……貴方の事は調べさせて頂きました。シュバルツイェーガーを抜けた事、望みは魔粒子の駆逐である事。
そして第二覚醒を拒みつつも、その意志の強さから、一流魔術師と同等の力を発揮している事も」
「ずいぶんと持ち上げるじゃねぇか。だがなぜその事を知っている?
魔術にも詳しいみてぇだが、トライブ無所属の魔術師か?」
「いいえ、我々は魔術師ではありませんよ。だが魔術の事は知っているし、魔術師と闘った事もある」
男は冷静に答えた。その言葉に剣術屋が怪訝な顔をする。
「魔術師と闘った事があるだと……? いつの話だ?」
「おや、お忘れですか? 貴方もその場にいたというのに」
男はそう言って薄く笑う。その答えを聞いた時、剣術屋の脳裏に閃くものがあった。
そういえばずいぶん前に、ウィズクラスを正体不明の一団が襲った事があった。彼らは魔術師ではなかったが、対魔術師用の特殊装備を身につけ、常人でありながら魔術師たちと渡り合っていた。
彼らの正体は謎のままだったが、響香が裏で手を回し、彼らが魔術師を襲う事はなくなった。そうして彼らの存在は、誰の脳裏からも忘れられたが――
「……まさかお前、あの時の?」
剣術屋が尋ねると、彼は頷いた。誰からも忘れられた男は、静かに続ける。
「我らの名は『捕り手』――常人の身ながら、魔術師に挑む組織です」
「捕り手、ね……だがお前らは、響香たちに叩き潰されたんじゃなかったっけか」
「組織としては壊滅しましたが、まだ残党がいたんですよ。私を含めてね」
彼はそう言って足を止めた。見れば道の脇に、古びた雑居ビルがある。男に伴われてビルに入り、通路を歩いていくと、やがてがらんとした広間に出た。
そこには目つきの鋭い男が、5人ほどいた。中には見覚えのある顔もある。かつてウィズクラスを襲った連中らしい。
サングラスの男は、そのリーダー格のようだ。剣術屋を部屋に迎え入れつつ言う。
「月影の剣士、我らは貴方を歓迎します。一流の戦闘者でありつつ、魔術師達に挑もうとする人材は極めて貴重だ。
叶うならば共闘を提案したい」
「ほぉ、ずいぶん雑な提案だな? 俺がそれを断ったら、お前らの根城もツラも割れちまうぜ」
「そのリスクはありますが、我々もこのままではジリ貧でしてね……
賭けだとは思いましたが、お声掛けさせてもらったわけです」
その言葉を剣術屋は反芻する。悪くない話だが、まだ気になる事はあった。その疑問を彼はぶつける。
「……お前らの目的は? まさか無意味に魔術師を襲う、荒くれ者の組織ってわけじゃねぇだろ?」
「もちろんですよ。我々はとある魔術師嫌いの富豪が造った、一種の私兵集団です。
今ではその富豪も手を引き、独立営利組織と化していますが」
「要は銭金で動く、対魔術師用の仕事人チームってとこか」
「ええ。とはいえ今の体たらくじゃ、仕事をするにも危険過ぎる。
そこで腕利きの『用心棒』を迎え入れたいというわけですね」
その答えを聞き、剣術屋は納得した。
どうも大した組織じゃなさそうだが、それでも無いよりはずっとマシだ。彼らの持つ特殊装備と情報収集力は、剣術屋の望みを叶える役に立つだろう。
「いいだろう、交渉成立だ。俺の目的と合致する限り、協力してやるぜ」
そう告げると、男たちもにやりと笑った。差し出された手を剣術屋は握り返す。
ひとまず手を組んだが、こちらの持っている情報は明かさない。下手に情報を与えると、焦って攻勢を目論んだ末に、返り討ちに遭うのが関の山だろう。
この組織をコントロールし、己の手駒とする。兵は詭道なり、敵を欺くにはまず味方からだ。
(さてと、面白くなってきやがったな……俺の闘いはまだまだ続きそうだ)
剣術屋はそう思いつつ、不敵な笑みを浮かべる。
闘争を望む者がいる限り、騒乱の日々は終わらない。彼らの意志をも内包し、物語は続いていく――。
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【再び朝倉ユウキの場合】
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――そうしてユウキは魔術師たちの記憶と、自分の歩んできた道を振り返った。
そこには楽しい思い出も、辛い記憶もたくさんあった。だが今はその全てが懐かしかった。
(サキや夕月のこととか、レビのこととか、異界での戦いとか……本当に、いろんなことが、あった。
魔術師になってから、たくさんの人に会った…)
その時、資料室のドアの向こうから、犬の鳴き声が聞こえた。
開けるとそこに、インクで飼っている犬、ロッソの姿があった。その顔を見てユウキも微笑む。
「……うん、ロッソにも会えたし」
その出会いの何もかもが、ユウキの宝物だった。ユウキはロッソを撫でながら思う。
(……まだ、おれの一番会いたい人は見つからないけど……
これからも今までのこと、忘れない。きっとずっと忘れない)
そう思うユウキに、ロッソが散歩を催促するようにすり寄る。
彼は穏やかな顔で頷き、想い出の詰まった資料室を後にした。