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③『クロストライブ』

 
 
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【土崎修&織部瑞月の場合】  
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――時間は数日前に遡る。  
朝倉ユウキがインクの資料室で、魔術師たちの記憶に想いを馳せていた頃。彼と縁の深い二人の魔術師が、地球の裏側に辿り着いていた。  
アメリカ・ネバダ州、マッカラン国際空港。そこから我歩こと土崎修が、荷物を抱えて出てくる。  
 
「暑っ……! 日本より日差しが強い気がするな」  
 
そう呟く彼に、傍らのおりべーこと織部瑞月が答える。  
 
「でも湿度低いし、かえって過ごしやすそうだねー?」  
「ああ、初めてのアメリカ旅行だ。思い切り楽しみたいな」  
 
そう言って二人は微笑みをかわす。  
彼らは秋水の事件が解決したのを機に、夏季休暇を貰って、海外旅行に来ていたのだ。  
アメリカには前から一度行ってみたかったし、また何か起こる前に、二人で羽を伸ばして来ようというわけだ。  
 
「よし、まずはインクの本部に行ってみるか。なんだかんだで一度も訪ねてなかったからな」  
「せっかくパン田くん1号くんも連れて来たしね。この子の目を通じて日本の皆にも、アメリカの様子を届けよー」  
 
二人はそう言って、パン田1号と共に歩き出す。出発前にラプラスから聞いた、インクの本部の場所を目指して。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
レンタカーを借りて、砂漠をしばらく行くと、やがて小さな建物が見えてきた。  
その外壁は光学カモフラージュされており、場所を知らなければ見落としてしまうほど目立たない。その前で我歩は車を停める。  
 
「えーっと、ここがインクの本部のはずなんだけど……」  
 
彼がそう言った時、建物の外壁が不意に開いた。そこからドレッドヘアーの褐色美女が出てきて、声をかけてくる。
 
「ハロー! ラプラスから聞いてるよ、ガフとオリベーだね!」  
 
流暢な日本語だった。おりべーはちょっと驚きつつ答える。  
 
「そ、そうだよー。お姉さんは?」  
「あたしはリタ・サクラザカ。日系ハーフでここの研究員よ。

 ようこそインク本社ラボへ、日本のフレンドを歓迎するわ」  
 
リタと名乗った女性は、そう言って二人を手招きする。彼らはそれに従い、建物の中に入っていった。  
入ってすぐのエレベーターで、地下に潜る。その扉が開くと、小さな外観からは予想も出来ない、大きな広間に出た。  
数十人もの研究員たちが、忙しそうに動き回っている。リタはその同僚たちに向け、大きな声で言った。  
 
「Attention, Everyone!  The arrival of the hero and heroine from Japan!」  
 
その声を聞き、皆がぴたりと動きを止める。それから一斉に、我歩たちに駆け寄ってきた。  
 
「う、うわっ! なんだなんだ!?」  
 
驚く我歩たちに詰め寄り、研究員たちが口々に英語で喋る。早口で聞き取れなかったが、みな笑顔で、握手を求めてくる者もいる。案内役のリタが、肩をすくめて言った。  
 
「みんな君たちのファンなのよ。隣神を倒したヒーロー&ヒロインの一人として、こっちでも名高いわ」  
「ヒーローにヒロイン? 俺たちが?」  
「特にあたしたち、研究員や戦闘員にはね。アメリカ人はミリタリーヒーロー好きだから、ガフは男連中に大人気。

 オリベーは着ぐるみがキュートだって、女の子たちにファンが多いわ」  
 
その言葉におりべーが照れたように笑う。

するとその様子を見ていたパン田1号から、出し抜けにラプラスの声が響いた。  
 
『ふふふ、意外な人気に驚いたようねぇ。あたしもなんだか鼻が高いわ』  
 
彼女はパン田1号の目を通じ、日本からこちらの様子を見ていたのだ。その前にはパン田2号がいて、テレビ電話のような役を果たしている。  
おりべーもパン田を見て、その向こうにいるラプラスに語り掛けた。  
 
「いやー、びっくりしたよー。でも嬉しいな、色々頑張ってきた甲斐があったねぇ」  
『でしょ? でもせっかくならあたしも行きたかったなぁ、色々案内したいところもあるし』  
「わたしたちもそうしたかったけど、忙しそうだったからねぇ。せめて映像だけでも本国の様子をご覧あれー」  
 
おりべーはそう言って、研究員たちにパン田1号を向ける。彼らはノリ良く、一斉にポーズを取った。  
ラプラスもそれを見て、笑い声を上げる。  
 
『ははっ、そっちも相変わらずねぇ。

 どう二人とも? 上層部はアレだけど、現場の魔術師はイイ奴らっぽいでしょ?』  
「ああ、来て良かったよ。やっぱり会わなきゃわからない事ってあるな」  
 
抗争中は本部の動向にやきもきし、時には不満を抱く事もあった。だがきっと彼らは彼らで、色々大変だったのだろう。わだかまりが急速に解けていくのを感じる我歩に、リタが続ける。  
 
「さて二人とも、見所はいっぱいあるからね。アメリカを満喫していってね!」  
「ありがとう、楽しみになってきたよ」  
 
我歩たちはそう言って、リタたちに笑みを返した。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
――それから我歩たちはインクのラボで、本部最新の魔術研究について見学し、リタたちとランチを共にした。  
それから皆に礼を言って別れ、次は近隣の街『ヘンダーソン市』へ向かう。リタが言うには、その街が亡き友人、レビ・マクスウェルの故郷だというのだ。  
 
「さーて、レビ君はどんな街で生まれ育ったのかなぁ?」  
「ガイドブックによれば、とても住みやすい良い街らしいけど……と、見えてきたぞ」  
 
やがて砂漠を抜けた先に、大きな街が見えてきた。  
発展はしているが、近くにあるラスベガスほど猥雑ではなく、落ち着いた雰囲気の街。大通りには小奇麗な店が並び、ショッピングも楽しめそうだ。  
 
「なんか結構、小洒落たところに住んでたんだな。

 まぁマクスウェルの事だから、研究所に詰めてた方が多いんだろうけど」  
「でもなんとなく、レビ君らしい気もするねー? ほら、あれ見て」  
 
おりべーの声に目をやると、道路脇のハーフコートで、少年たちがストリートバスケをやっているのが見えた。  
そう言えばレビはああ見えて、意外とスポーツが好きだった。闘いと仕事漬けの日々の合間、彼もあの少年たちのようにバスケをやって、息抜きしたりしていたのかもしれない。  
 
(……なぁ、マクスウェル。俺たち、お前を故郷に返してやる事は出来なかったけど……  
 ラプラスとインクは護り切った。それで許してくれるか?)  
 
そう思った時、『当たり前じゃん』という声が聞こえた気がした。それは自分の願望かもしれないが、彼ならきっとそう言うだろう。  
我歩はそう思い、傍らのおりべーに言う。  
 
「さて、せっかく来たんだ。買い物でもしていくか?」  
「いいね~。みんなにお土産も買いたいしね」  
 
二人は頷き合い、コインパーキングに車を停める。そしてショッピングを楽しんだ。  
まずはおりべーが好きな、『かわいいものがある店』へ向かう。ぬいぐるみや動物や、その他さまざまなグッズなど。旅の想い出となるものを、二人で選ぶ時間は、たとえようもなく楽しかった。  
もちろん皆への土産も忘れない。ラプラスにはネバダの地酒を。空には恋愛成就のパワーストーンを。そして剣術屋にはターコイズを。一通り買い物していると、やがて日が沈んできた。  
 
「暗くなってきたねー。どうする修?」  
「そうだな、今日はここで一泊しよう。続きはまた明日だ」  
「いいねー、それじゃまずはごはん行こう! さっき美味しそうなレストランあったし、そこで食べまくろ~」  
 
おりべーが我歩の手を引き、歩き出す。我歩は苦笑してそれを追った。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
一夜明けて翌日も、二人の旅はまだ続く。  
その日はネイティブアメリカンの集落を訪ね、そこで様々な話を聞いた。我歩の亡き親友『ヨズ』は、ネイティブアメリカンの作るアクセサリーが好きだった。亡き友を偲び、彼らから鹿の骨をあしらったペンダントを貰い、そこを後にした。  
そうして次の街に向かっていると、やがて日が沈んできた。予定もあまり決めてない、気ままな旅だ。今日はここでキャンプする事にした。  
荒野に車を止め、焚火を起こす。真夏でもネバダの夜は冷える。  
墨を落としたような闇と、怖くなるほどの静けさ。その中で二人は、自然と身を寄せ合った。  
 
「……なんか世界に二人っきりみたいだね~……」  
「でも、不思議と心が休まるな」  
 
我歩はそう答えつつ、ふと秋水たちの事を思い出す。  
誰が死んでもおかしくない事件だった。だが我歩たちは生き残り、秋水と白帽子も生存した。  
あるいは目的に殉じて死んだ方が、秋水は幸せだったのかもしれない。だが犠牲が最小限で済んだ事は、純粋に嬉しかった。  
生きてこそ見えてくるものもあるはずだ。そう信じる我歩に、おりべーが囁く。  
 
「……今までほんとに、色んな事があったねー」  
「ああ、潜水艦に乗ったりとか、二人で隣世深層を探ったりとかな」  
「今回のアメリカ旅行も、いつかのロシアも、2人で行った中国も楽しかったねー。

 ……修が大学卒業したらどこに行きたいー?」  
 
おりべーは我歩から贈られた指環に触れながら、期待するように言う。我歩はふっと笑って答えた。  
 
「瑞月の実家かな。卒業したら結婚しよう」  
 
その言葉におりべーは、幸福そうな笑みを浮かべた。それから我歩の顔を見つめ、言う。  
 
「……ねぇ、修? これからもずっと、修が大好きだよ」  
「俺も瑞月が好きだ。これからもずっと隣りにいてくれたら、嬉しいよ」  
 
二人はそう言って笑みを交わす。それからそれぞれ、今後の『希望』を話した。  
いつかトウジンが『魔術師の町』を作ったら、遊びに行きたいとか。  
マクスウェルが蘇生が成功したら、友達になってあげたいとか。  
取り留めも無い未来の話をしながら、おりべーが夜空を見上げて言う。  
 
「事件じゃなくても、またみんなで集まりたいねー。トライブ関係なくさー」  
「ああ、そう思えばいつでも会えるさ」  
 
我歩もそう言って、夜空に目をやる。満天の星空に、かつて亡くした大切な人々の影がよぎった。  
 
(……なぁマクスウェル。俺はこんな時に、お前がなんて言うか聞いてみたかったよ。  
 ヨズ、お前はどっかで俺達のことを祝ってくれてるかな? きっと冷やかしながらも、喜んでくれる気がするけど)  
その想いに応えるように、星々が瞬く。  
我歩はそれを見て微笑み、そっと彼女の手を握った――。  
 
 
 

 
 
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【獅堂勇&シウ・ベルアートの場合】  
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――そうして未来を見据える者たちがいる一方で、過去の心残りを片付けようとする者もいる。  
時間軸は現在に戻り、黒の拠点の屋上では。  
『灰色の魔人』ことシウ・ベルアートが、青空を見上げて煙草をふかしていた。  
 
「……窓はしばらく開かなそうだね。なら今のうちに、現世でやり残した事をやっておこうかな」  
 
彼がやり残した事とは、トライブ無所属の一線級魔女、『インヴィテイター』こと来栖朔実に会う事だ。  
彼女はシウと、浅からぬ因縁がある。決着をつけたいというわけではないが、一度話しておきたいところだ。  
 
「そういえばユウさんも、インヴィテイターには因縁があったな……

 ユウさんと一緒に、彼女を探しにいってみようか」  
 
シウはそう呟き、屋上を後にした。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
一方、当のユウこと獅堂勇は。  
拠点内の私室で、一人腕組みをして、物思いにふけっていた。  
 
(……近頃、気が緩んでいる気がする。隣神との決戦から半年あまりが過ぎ、緊張感が解けてきたのか……?)  
 
秋水の事件が無事収束した今こそ、気を引き締め直す必要があるかもしれない。  
元よりユウの目標は、『強さを求める』事だ。世が平穏を迎えようと、それは変わらない。  
 
「ここは初心に立ち戻るべきか……強さを追い求める上での、気持ちの整理をつけよう」  
 
ユウはそう呟き、筆と紙を取り出した。そこに力強い文字で、『遺書』を書き始める。  
幹部になることを断って、最前線に居続けると決めた時から、最初に死ぬのは己であるべきだと思っていた。ならばこの先も、万が一の事がないとは限らない。常に死の覚悟を持って、日々を生きるべきだろう。  
 
(俺の遺物に関しては、あの人に渡るよう記しておこう。また危機的な状況なら、躊躇せずに使い切るようにと)  
 
それにより仲間が生き延びるなら、自分も本望だ。そう思いつつ、最も重要な一文を付け加える。  
 
「……それと俺の死後、遺品となる『ハリセン』は、ただちに処分するように。  
 あれは呪いのアイテムであると、調停者からもお墨付きを貰っている故、と……!」  
 
終わりなきボケとツッコミの連鎖は、自分の所で食い止めたい。それが黒の貴重な常識人、ユウの切なる願いだった。

そうして遺書を書き終えたところで、部屋のドアがノックされた。どうぞと声をかけると、その向こうからシウが顔を出す。  
 
「ユウさん、インヴィテイターの居場所がわかったよ。最近は恵比寿のとあるホテルを、家がわりにしてるらしい」  
「え? どこからそんな情報を?」  
「ラプラスからさ。彼女もインヴィテイターを探してたとの事だよ」  
 
そういえば朔実も、かつては赤の所属者だった。ラプラスも赤の魔女の責任として、朔実の動向を探っていたという事だろう。  
 
「だったらまた逃げられる前に、会いに行きますか」  
「ああ、せっかくのチャンスだしね」  
 
ユウは頷き、シウと共に歩き出す。彼らの因縁の相手、インヴィテイターに会う為に。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
二人はラプラスから得た情報を元に、問題のホテルを訪れる。  
フロントで『宿泊客の来栖朔実に伝えて下さい、終尾と灰色が会いに来たと』と伝え、ホテルの裏手で待つ。すると程なくして、朔実が姿を現した。  
 
「ずいぶん久しぶりね? 会いに来てくれて嬉しいわ」  
 
根城を突き止められたというのに、朔実は余裕の構えだった。恐らく今日中にはホテルを引き払い、また姿を消すつもりなのだろう。  
そう思うユウの傍らで、シウが穏やかに言う。  
 
「僕らも会えて嬉しいよ。君とは色々と話したい事がある」  
「え?」  
「まずはお礼かな。君につけてもらった二つ名『灰色』は、意外と僕のお気に入りでね。

 その後の僕を占うような二つ名になったよ」  
「そう言って頂けると私も嬉しいわ、灰色の魔術師さん。……いえ、今は『灰色の魔人』だったわね」  
 
彼の二つ名の進化を喜ぶように、朔実はくすくすと笑う。それからにわかに低い声で続けた。  
 
「それで、そのためだけに私を探してたんじゃないでしょう? 決着をつけに来たのかしら?」  
「いや、僕が来た理由は戦うためじゃないよ。君が戦いたいと言うのであれば、調停者として受けて立つけどね?」  
「残念だけどやめておこうかしら。あなたの可能性、まだ摘みたくはないもの」  
 
剣呑な会話を、にこやかに語るシウと朔実。ユウが会話の行く末を見守っていると、話の矛先はこちらに来た。  
 
「じゃあ終尾の魔人さん、貴方はどうなのかしら? 闘いが似合う貴方の事だもの、期待してもいいかしらね」  
「いや、俺もガチで戦うつもりはない。ただ前から、一つ言いたい事があってね……これを覚えているか?」  
 
ユウはそう言って、懐から一振りの短剣を取り出した。それを見た朔実は、わずかに眉を潜める。  
それはかつて黒に在籍していた、秋山友梨佳という魔術師の遺品だった。人格操作により朔実の傀儡となり、しかし最後には自らの意思を取り戻して、朔実に一矢報いた少女。  
彼女は短いながらも、ユウと心を通わせた。朔実も遠い眼で、友梨佳の短剣を見つめる。  
 
「……懐かしいわね。貴方は彼女の短剣を、あれからずっと持ち続けていたの?」  
「ああ。だがこの短剣で、友梨佳の復讐をしに来たわけじゃない」  
「じゃあ、なんの為に?」  
 
怪訝そうにする朔実に、ユウは微笑んで歩み寄った。ごく自然に、敵意も殺気もまるで見せずに。  
そうして朔実が身構える前に、ユウは彼女に肉薄し――  
 
「これが、俺の『一言』だ」  
 
そう言って、頭突きを繰り出した。  
 
「うッ!!」  
 
虚をついた一撃に、朔実の体がぐらりと揺れた。  
とっさに踏み止まり、反撃しようとする彼女。だがその手をユウは、押さえて言った。  
 
「待てインヴィテイター。言っただろう、ガチで戦うつもりはないって。

 それでもやるつもりなら、こちらも本気を出す」  
「いきなり奇襲しておいて、勝手な事を言うわね……? だったらどういう意味の頭突きなの、今のは?」  
「俺は魔術師である前に格闘家だからな。一撃をもって伝えたんだよ、『その上から目線が気に入らない』ってね」  
 
ユウはそう言って、にやりと笑う。いつも取り澄ました朔実の顔も、その言葉に紅潮した。  
そう、ユウは友梨佳の復讐など望んでいなかった。彼女は自分の意志を貫き、満足して逝ったのだ。なのに勝手に復讐などしたら、彼女の死を汚す事になる。  
それでも一撃を加えたのは、友梨佳の死を看取った者として、朔実の鼻を明かしてやりたかったからだ。前線で戦い続ける者として、心残りをなくしておきたかったからだ。  
 
「話はそれだけだ。じゃあな」  
 
ユウはそう言って、堂々と去って行く。取り残された朔実は、その背を呆然と見送った。  
 
「……ははっ。ユウさんらしい、ケジメの付け方だったね」  
 
やがてシウがそう呟く。朔実も頭をさすり、苦笑した。  
 
「スッキリした表情だったわね……これからはもう迷いなく、自分の目標に向けて進めるって気分かしら」  
「してやられて、悔しいかい?」  
「少しはね……でもそれ以上に嬉しい気もするわ、今後の彼の行く末がね」  
 
彼女のその言葉は、負け惜しみ半分、本気半分と言った所だろう。シウは煙草に火を点け、それを吸いながら問う。  
 
「……ねぇ、インヴィテイター? 君には平和になったこの世界が、どう映って見える?」  
「正直、少し退屈だと思っていたわ。争いや悲劇があってこそ、魔術師の命は輝くと思っていたから」  
 
彼女はそう言って、ユウが去って行った道に目をやった。そうして嬉しげな声で続ける。  
 
「でも、あまり心配ないかもしれないわね?

 魔術師は平穏の中にあっても、それぞれ己の意志を磨き、物語を紡いでいくようだから」  
「そうだね……それは僕もそう思うよ」 
 
シウは紫煙をくゆらせながら、隣世で見てきたものを思った。  
彼が留まった隣世深層には、現世から流れ込んできた、莫大な悪意が満ちていた。確かにこの世界は、憎悪と悲劇に満ちているのかもしれない。  
だが壁一枚隔てた隣世高層には、『善意』が満ちていたのだ。この世界も角度を変えて見れば、そこには善意の輝きが満ちている。少なくともシウはそう信じている。  
 
「……叶うならば君にも、善意に目覚めて欲しいんだけどね?」  
「ふふ、それはどうかしらね? いずれにせよ楽しかったわ、灰色の魔人さん。いつかまた逢いましょう」  
 
朔実はそう告げ、転移でどこかへ去って行く。シウもまた満足した表情で、それを見送った。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
――そうして心残りを片付けたシウだが、相変わらず東京の空には、窓は開いていなかった。  
隣世に還れず立ち往生したシウは、ホテルの裏手の休憩所で、ぼんやりと煙草を吸って過ごす。『窓開かないかなぁ』と祈りながら。  
 
「……って、そんな都合よく開くわけないか。そんなポンポン窓が開いたら、隣神倒す前と変わらないしね」  
 
かくなる上は境界の魔女にお願いして、窓を開いてもらおうか? しかしどうすれば彼女に連絡できるのだろうか。  
そんな事を思う彼に、不意に声がかけられた。  
 
「何か困っているようだね、若き魔術師よ?」  
「え?」  
 
その声に振り向くと、突如黒霧が沸き起こり、灰色のスーツを着た男が現れた。その顔を見てシウは目を丸くする。  
 
「お、オットーさん……!? オットーさんじゃないですか!」  
 
その言葉に男は、落ち着いた笑みを返した。  
『灰の男』こと、オットー・シュニッツ。かつて黒の処刑執行官として活躍し、その後トライブを抜けた魔術師だ。  
久々に会うその男は、驚くシウに向けて言う。  
 
「久しぶりに日本を訪れたら、覚えのある魔粒子の気配がしたものでね。

 もしやと思って来てみれば、やはり君だったか」  
「日本に? という事は、黒の追跡は?」  
「ああ、3トライブ和平に伴い、『裏切り者』の烙印も消えたようだ。

 そこでかつて世話になった魔術師たちに、挨拶しようと思ってね」  
「そうでしたか……いや、本当によかった」  
 
シウは心から安堵した。同じくトライブを抜けた者同士、彼にはシンパシーがあったのだ。  
オットーも同感なのか、嬉しそうに言う。  
 
「逃避行の間も、君たちの活躍は耳にしていたよ。

 あの時出会った若者たちが、『全てを覆す者』を倒してくれた事も」  
「あれはやっぱり、隣神の事だったんですね?」  
「ああ。最終決戦には参加できなかったが、善意の魔力を込めたメールを送らせてもらった。

 影ながら力になりたくてね」  
 
という事は隣神を倒したあの最後の一撃には、オットーの想いも込められていたという事だろう。その事を知ったシウに、彼は続ける。  
 
「しかし君は不思議な男だな。私と同じくトライブを抜けつつも、最後まで皆の輪の中にいたのだから」  
「灰色らしく、色々な人と交わりながら、なんとかやってきました。でも僕は、貴方の生き方にも憧れてましたよ」  
「ふ……『灰の男』と『灰色の魔人』、似て非なる二つの生き方といったところだな」  
 
彼らはそう言って笑みを交わす。それからふと、オットーが言った。  
 
「ところで君、何か問題を抱えていたのでは? 空を見てぼやいていたように見えたが」  
「あ……実は僕、いま隣世在住でして。向こうに還りたいんですが、窓が開かなくて困ってるんです」  
「隣世に? うぅむ、ここに来るまでの間にも、窓は一つも見なかったが……」  
 
オットーは考え込み、それから思いついたように言う。  
 
「……そうだ、カナガワのとある町は、窓が開きやすいと聞いた事がある。そこに行ってみてはどうだろうか」  
「カナガワ……神奈川県晴嵐町ですか!」  
 
そこは空たちが住む町。境界の魔女ゆかりの土地だ。  
確かにその町に行けば、隣世に還る手立ても見つかるかもしれない。少なくとも東京で漠然と待っているより、可能性はありそうだ。  
 
「ありがとうございますオットーさん、行ってみます!」  
「ああ、気を付けてな」  
 
シウは彼に礼を言い、別れる。そして最寄りの駅に向けて駆け出した。  
 


 
 
 
 
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【緋崎咎女の場合】  
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――それから少しの時が過ぎ、夕暮れを迎えた頃。  
神奈川県晴嵐町の河川敷では、緋崎咎女が空たちと会っていた。  
 
「宇和島さん、お久しぶりです。お時間を割いて頂き恐縮です」  
「いやぁ、全然かわまねーぜ。咎女さんには前に、遺物貸して貰った恩があるからな。礼しなきゃと思ってたんだ」  
 
そう言う空の傍らには、他の仲間たちの姿もある。  
おなじみ駆馬と美丹に加え、咎女が会った事の無い3人の魔術師も。いずれも境界の魔女リンの弟子たちだ。  
彼らは咎女に声をかけられ、ここに集まったのだ。彼女はその魔術師たちに、礼儀正しく頭を下げる。  
 
「さて紅沢さんに黒染さんも、お久しぶりです。  
 そして御三方は初めまして、『構築の魔女』緋崎咎女と申します。  
 お名前お伺いしてもいいですか?」  
 
その言葉に、背の高い赤毛の少年が歩み出た。190cmはある巨体を屈め、咎女と視線を合わせて言う。  
 
「へぇ、あたしァ『睨眼の魔人』こと、黄桜阿廉と申しやす。  
 蕎麦打ちの親父に育てられ、ガキの頃から蕎麦三昧。  
 おかげさんで今ァ若輩ながら、蕎麦処『黄桜庵』二代目を継がせて頂きやした。  
 以後よろしければ御贔屓に」  
 
阿廉と名乗った彼は、名調子で名乗りを上げた。いかつい容姿に似合わず、礼儀正しい少年らしい。  
すると今度はふわふわとした亜麻色の髪の美女が、優しい声で言葉を継いだ。  
 
「初めまして、咎女さん。私は『不可侵の魔女』藍川雅。異名は『変態と言う名の淑女』よ」  
「へ、変態……? それはその、どういう意味の変態なのでしょうか……?」  
「どうも私、生まれつき煩悩が強過ぎるのと、可愛い女の子が好き過ぎてね……時々暴走するのよ。  
 でも安心してね? 私も初対面の女性にセクハラするほど、タガが外れてはいないからね」  
   
雅と名乗った少女はそう言いつつも、艶っぽい眼で咎女を見る。

なんとなく身構える咎女に、今度は真琴が歩み出た。  
 
「もしかしたらあたしの事は知ってるかな? 『神速の魔女』白城真琴、空手バカ一代の肉体派魔術師だよ」  
「ああ、お噂はかねがね。先の事件でも、秋水に一撃加えて下さったとか」  
「いやー、こっちこそ皆の強さにはびっくりしたよ。もっと前から、一緒に戦ってみたかったなぁ」  
 
真琴は残念そうに言う。空は苦笑しながら、咎女に向けて言った。  
 
「ところで咎女さん、どうしたんだ? ただ挨拶に来たってわけじゃなさそうだけど」  
「ええ、境界殿と縁の深い貴方がたに、彼女の話を聞かせて頂きたくて」  
「リンの話を?」  
「いわゆる『境界の魔女』としてではなく、『リンさん』としてどうあったのか、よければちょっと聞かせて

 いただけたらなと……私も幾度かご縁あって、借りも出来てしまったので、えぇ」  
 
境界の魔女リン――それは百余年の生涯を、世界中の窓を閉める事に捧げた、亡き魔術師の事だ。  
かつて3つのトライブは、彼女の遺物を巡って争奪戦を繰り広げた。やがてそれは空の手に渡り、隣神戦では魔術師たちに、力を貸してくれた。  
多くの魔術師が何らかの形で関わった、境界の魔女。だがその生前の姿を、咎女はほとんど知らなかった。だからこれを機に、話を聞いてみようと思ったのだ。  
そして水を向けられた弟子たちは、懐かしそうな表情を浮かべた。空と真琴が口々に言う。  
 
「リン本人についてか……そうだな、いいヤツだったよ本当に。

 オレら全員の師匠でありながら、皆の妹みたいでもあってさ」  
「だよねぇ……なんの特にもならないのに、たまたま出会ったあたしたちの為に命を張ってくれてね?」  
 
その言葉に他の皆も頷いた。雅と阿廉が言葉を継ぐ。  
 
「飄々としていたけど、寂しがりやだったわ。

 ずっと独りぼっちだっただけに、あたしたちと過ごした日々が、本当に楽しかったみたいで……」  
「でもきっと亡くなってからァ、寂しくなくなったかもしれやせん。

 魔術師の皆さんが、遺物『七つの断章』だけじゃなく、リンさん本人に心を寄せてくれやしたから」  
 
かつてリンの遺物争奪戦が佳境を迎えていた頃、咎女の他にも、リン本人に心を寄せた者はいた。美丹と駆馬もそれを知っていたらしく、頷いて言う。  
 
「……だからきっとトライブ嫌いだったリンも、皆に協力したんだと思う。

 皆のことを『次世代の魔術師』って呼んで、それまでの魔術師とは区別してたみたいだし」  
「リンちゃんはきっと、君らに出逢えてよかったんだと思うよ。だから今も彼女は、この世界を見守ってる」  
 
駆馬がそう言った時、上方から『ピシッ』という音が聞こえた。  
見上げれば茜色の空が裂け、そこに小さな『窓』が開いていた。だがその窓も、開いたそばから閉じていく。  
隣神との戦いが終わった後、リンの遺物は世界中に散逸した。そうして世界のどこかで『窓』が開くたび、それを閉じ続けている。それはリンの最期に立ち会った、咎女もよく知る所だった。

あの窓もリンが閉じてくれているのだろう、そう思った時――  
 
「ちょっと待ったぁ! リンちゃん、その窓閉じるのちょっとだけ待って!」  
 
どこかで聞き慣れた声が響いた。  
振り返ると河川敷の向こうから、シウが駆け寄ってくるのが見えた。「シウ!?」と驚く咎女に、彼は言う。  
 
「東京ではさっぱり窓が開かないから、この町まで来てみたんだ。ちょうどいいタイミングだったみたいだね」  
「では、この窓を通って隣世に還ると?」  
「隣世の悪意を除去する役目があるからね。名残惜しいけど帰らなきゃ」  
 
そう言うシウを待つように、『窓』はギリギリ一人分通れる隙間を残して、開かれたままだった。シウは咎女を見つめて言う。  
 
「別れは言わないよ。会おうと思えば直に会えるし、困った時は隣世から飛んで来るから」  
「ああもう、貴方はいつも急で…! ようやく再会できたと思ったのに…」  
「ははは、そのぶん隣世で頑張るよ。それじゃ皆によろしく伝えておいて!」  
 
シウはそう言って、重力分断で飛び上がる。その姿が『窓』に吸い込まれた時、わずかに開かれた隙間も閉まった。  
それを見送る咎女に、空がふっと笑って言う。  
 
「……シウさんって、なんかリンに似てるぜ。なんだかんだ言って、皆の為に駆け回ってるところとかな」  
「ええ……でも境界殿には、またご無理をかけてしまいましたね。  
 ならばせめてものお礼として、彼女のお手伝いをさせて頂きたく思います」  
 
咎女はそう言って、大空を抱き締めるように両腕を広げた。駆馬がきょとんとして言う。  
 
「お手伝いって?」  
「いかに境界殿でも、世界中の窓を閉め続ける日々は、少し大変でしょう?  
 であれば彼女が閉じた『窓』が、再び開かないようにさせて頂こうかと」  
 
そう答える咎女の両腕が、赤い光を放つ。最強の降魔シェイプシフターから奪った、魔力に満ちた腕が。  
その腕に込められた魔粒子を触媒に、咎女の想いを解き放つ。  
己の腕が、物質と魔粒子双方の特性を持つことを利用し、現世と隣世の双方に溶け込ませていく。  
 
「――構築の魔女たる、わが身の矜持と感謝を示しましょうか。  
 我が身、我が未来は新たなる礎に。  
 閉じられた『窓』に、『錠』なる頚木を!」  
 
咎女がそう叫んだ刹那、先ほど『窓』が開いていた空が、赤く瞬いた。  
一瞬、空間に錠前が出現し、空に溶け込んでいく。驚く空たちに咎女は言った。  
 
「どうやら成功のようです……それでこの空域に、再び『窓』が開くことはありません」  
「マジかよ咎女さん……! 遂にリン以外の魔術師が、窓に干渉出来たって事か?」  
「ええ。この『錠』が正しく使われるかは、現世の願いと想いの果てですが、いまここに限っては……  
 いえ、言葉にするのは無粋ですね」  
 
咎女はそう言って、夕暮れの空を見上げる。どこかで見ているであろう彼女に向け、心の中で囁きかける。  
 
(……境界殿、これで一つ借りを返しましたよ?  
 貴女しか窓を『閉じる事』は出来なくとも、『閉め続ける』ことは、貴女しか出来ないわけではないと……  
 特別の一部は、誰かの手の中に。事象を分解し解析して再構築する、赤き魔女の矜持いかがでしたか?)  
 
その囁きに応えるように、空からかすかな光が差した。『見事じゃ、咎女よ』という声も聞こえた気がした。  
空や駆馬たちもその声を聞いたのだろう。嬉しそうな笑みを浮かべて言う。  
 
「リンも喜んでるみたいだな……よし、じゃあ咎女さんの偉業を祝って祝杯と行くか!」  
「ん……みんなにも会いたいし、ついでに秋水の事件の解決祝いもしよう」  
「あたしの蕎麦屋には、あんま大人数入れやせんからねぇ。アルバートの旦那の店にでも繰り出しやすか」  
「いいねぇ、ちょうど夏休みだし。さっそくラプラスに連絡して、みんなにも伝えてもらおう」  
 
駆馬がそう言いながら、ラプラスに電話をかける。その声を聞きながら、咎女は微笑んだ。  
いつか世界中の窓が閉まり、その全てに錠前がかけられて、リンの仕事が本当に終わった時。役目を終えた彼女が、再びこの世に帰って来てくれればいい。
いつとも知れない未来、空たちとリンが再会出来たなら。それは素敵な奇跡と呼べるのではないだろうか?  
 
(奇跡を願い、それに向けて歩んでいくのが、私たち魔術師の生き方……そうですよね、境界殿?)  
 
咎女はそう思いながら、空たちと共に歩き出した。  

 
 
 
 
 
 
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【それぞれの場合】  
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――そしてその夜。  
東京・六本木のアルバートの酒場には、例によって魔術師たちが集まっていた。  
 
「しかしこいつら、最近いっつもこの店に集まってねぇか? まぁ商売繁盛でありがてぇ事だが」  
 
賑わう店内を見回しながら、アルバートが呟く。するとはきの使い魔『鴉の書』が、猪口を片手に言った。  
 
「まぁいいじゃないかね。静謐を愛するわしも、こういう賑わいは嫌いじゃないさ」  
「鴉は大人数の飲みは、あまり好きじゃなかったがな。やっぱり鴉とは、性格やらがちょっと違うみたいだな」  
「そうとも。わしもそう思って、名を改める事にしたよ。  
 主様につけてもらった名前でね、『濡羽(ぬれは)』――それがわしの新しい名さ」  
 
その言葉にアルバートが、穏やかに笑う。彼は「いい名だ」と呟き、濡羽と乾杯した。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
一方、濡羽の主たるはきは、とある少女と共に店に来ていた。  
彼女の名は、東谷鞠慧。かつて魔術師たちと死闘を繰り広げた男を父に持つ少女。  
その後、異端教会に保護された彼女は、以前世話になった魔術師たちに会いたがっていた。そこではきは彼女を伴い、この宴にやってきたのだ。  
 
「百合久保さんにも、この光景を見せてあげたかったな……」  
 
亡き保護者の事を思い、鞠慧が呟く。はきは百合久保の遺物を手に、優しく答えた。  
 
「……彼女も見てくれていますよ、きっと。魔術師の命は、ただ消えて終わるものではないから」  
「そうですよね……だとしたら、本当に……」  
「ところで鞠慧さん、一つお願いがあるのですが――  
 貴女の固有魔法で、この遺物の意志を呼び起こして頂けませんか?」  
 
そう言ってはきが取り出したのは、先ほど幹部たちから借りてきた、『夜の断章』だった。  
それは異端教会創設者、魔術師レオン・アーデルハイムの遺物。鞠慧は頷き、遺物の意志を呼び起こす能力を使う。

すると周囲の喧噪が不意に遠ざかり、はきにだけ聞こえる声が響いた。  
 
『――誰かな、私を揺り覚ましたのは』  
 
いつかはきが、レオンの記憶を読んだ時に聞いた声。彼の声に他ならなかった。  
全ての始まりである偉大な魔術師に、はきは語り掛ける。  
 
「ようやくお話しできましたね……真理の魔人、神楽坂土御門と申します。

 お会いできて嬉しいですよ、魔術師レオン」  
『ああ、夜の書から私の憎悪と殺意を取り除いてくれた魔術師の一人だな。その節は世話になった』  
「いえ、私も夜の書のおかげで第二覚醒できましたから。お礼をしても、し足りないほどです」  
『して、どうしたのかね? この古き魔術師に、何か聞きたい事でもあるのだろうか』  
「ええ、どうしても聞きたかった事が……あなたは、みんなの力でたどり着いたこの世界を、どう思いますか?」  
 
はきはそう言って、店内を見渡した。  
レオンが生きていた時代、トライブは1つだけだった。それはやがて3つに分かたれ、長い抗争の時代を経て、いま再び1つに戻った。  
彼もそこに集まった魔術師を見たのだろうか。穏やかな声で答える。  
 
『……無論、たとえようもなく嬉しいとも。

 私の悲劇も、他の魔術師たちの闘いも、全てはここに繋がっていたのだろうと』  
「そうですか……それを聞いて安心しました」  
『どうかこの平穏を、大切にしてくれたまえ。私もトリスタニアも、そう願っているよ』  
 
そう告げたレオンに、はきはしっかりと頷く。  
始祖たちの願った平和を、これからも護り続けていこうと――。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
そうして宴の時は過ぎていく。  
3色の魔術師たちは一同に会し、この時間を愉しんでいる。  
あま子はその賑わいの中、彼らに話を聞き回っていた。  
 
「しゅ、秀さん! ちょっとお聞きしたい事があるんですが……  
 これまでの戦いの中で、『最も心が熱くなったこと』って何ですか?  
 熱いだけじゃなくて、心揺さぶられた事ならなんでもいいんですけど……」  
   
その言葉に明日見秀が、唐揚げを食べながら問いを返す。  
 
「え、熱くなった事? これって何かのインタビューですか?」  
「というより、取材ですね。実は私、小説を書いてみようと思ってて……」  
「小説!?」  
 
魔術師たちから驚きの声が上がる。あま子は頷き、自分の望みについて語った。  
 
「わ、私たちの今までの闘いを、モチーフにした小説です。  
 "魔都東京で、驚天動地の技を操る超能力者たちが、3つの勢力に分かれて退魔バトルを繰り広げる"……

 これってラノベにしたら、わりとイケるんじゃないかと思って」  
「へぇ、面白そうだな。主人公は誰ですか?」  
「それを決める為の取材ですね。一番ラノベっぽい事を言った人を、主人公のモデルにしようかと」  
 
最初は『地味で気弱な女子高生』を、主人公にしようと思っていた。  
そんな彼女がビキニアーマーに身を包み、複数のイケメン魔術師たちと共に戦う中で、恋と成長をしていく――だがそこまで考えた所で、絶対に他人に見せられない、ブラッククロニクル禁書になる事1000%なので自重したのだ。  
 
「も、もちろん、魔術師たちの秘密を漏らさない範囲でやりますっ。世界観や設定重視だとうっかり秘密を

 洩らしかねないので、そのあたりはなんか思わせぶりな謎めいた創作用語でごまかして、キャラ重視で」  
「なるほど、じゃあ安心して答えられますね。熱くなった事か、なんだろう……?」  
 
秀も他の魔術師たちも、少し考えてから口々に答える。あま子はそれを、片端からメモに書き留めた。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
秀「そうですね、わりと最近の出来事だけど……  
 キング・オブ・ウィザーズ2016でトリーネさんと組んで、  
 衛示さん&リミットさんコンビと闘った時が一番熱かったかな?」  
竜崎「俺はユウとの2回の闘いだな。あいつは気づいてんのかね、俺が結構あいつに影響受けてる事をよ」  
響香「色々あるが、印象深いのは大翔との銃撃戦だ。まさかこの私が、一方的にスナイプされるとはな……」  
寧々里「私は直接的には関わりませんでしたが、ナハトブーフ戦決着の際の大技『魔粒子球』です。  
 後にその話を聞いて、わたしもちょっと胸躍りました」  
日羽「静子さんが、隣世に連れて行ってくれた事かな……おかげで記憶も取り戻して、皆と一緒に戦えたから。

 それとレイズさんが、前世の私を蘇らせてくれた事。あれがあったから、私もお役に立てたんです」  
春道「それらもいいけど、やっぱアレだろ。オレらが日羽ちゃんを助けようとした時、皆が手助けしてくれた事さ。

 無のトライブにアヤト、拓也に忍さんまで。本当にありがたかったよ、オレらだけじゃどうにもならなかった」  
 
空「風伯戦の後、ビルの屋上で剣術屋と決闘した時だな。

 まるで『在り得たかもしれないもう一人の自分』と闘ってる気分だったぜ」  
駆馬「うーん、僕はナルヴィの最後の選択かな? 彼は生きてると、僕は信じてるよ」  
美丹「……色々あって、一つには決められない。

 だけどリンを蘇らせようとしてくれた人たちや、咎女には感謝してる」  
アルバート「この店の裏路地での、嬢ちゃんとの戦いかな。熱くなったって言うか、だいぶヒヤッとしたが……。  
 それからシウと蘇我が、『調停者になる』と言ってきた時だな。

 ようやくウチの組織も、世代交代できると思ったもんさ」  
 
祈「……やっぱり、白帽子さんとの4度の戦い全てです。熱いというだけではなく、様々な想いがありました……」  
衛示「いつだったかリミットさんと、戦車の中で白の正義について、意見を戦わせた事があります。  
 あの方は私の規範であり、対照であり……そして親友ですね」  
もふ「あゆみさんが隣世深層の悪意を中和してくれた時ですかねぇ。

 あれがなければ、もふはここにいなかったかもです」  
ニナ「私は『異形・御統鴉』との戦いだな。あの戦いを機に、黒の同胞たちへの見方も少し変わった。  
 アリシアにユウ、キノにユナイトに梓、忍にクラリスに大翔。

 あいつらがただの部下ではなく、私の『家族』なのだとな……」  
ラプラス「そりゃもちろん、隣神との最終決戦ね。全てが心を揺さぶったわ。  
 そして最後の『現世の善意を全て載せた一撃』! まさしく皆の想いが炸裂したわね、最高のクライマックスよ」  
 
* * * * * * * * * *  
 
 
そうして書き留めたメモを、あま子はしみじみと見返した。  
誰もが自分自身の事ではなく、他の魔術師の事を話していた。  
敵味方に関わらず、彼らはここに集まった魔術師の事が好きだったのだろう。その想いが答えに滲み出ていた。  
ウェイトレスとして働くアリシアが、そのメモを覗き込みながら言う。  
 
「誰を主人公にするか迷うネー。全員主人公って事でもいいんじゃナイ?」  
「そうですね、わたしもアリシアさんも皆も。それぞれの物語、どれも熱くなりそうです」  
「それで、タイトルはどうするノ?」  
「それはもう決めてるんですよ。わたしの固有魔法名から、少し変えて……」  
 
あま子はそう言って、メモ帳の表紙に、物語のタイトルを書く。  
数多の魔術師の運命が交錯し、紡ぎ出されるサーガの名を――。 
 
 
 
 
 
(クロストライブⅡ『Endless Stories』/fin)  
 
 
 

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