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②『地下研究所の攻防』

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 2014年12月24日21時
 戦闘1日目地下鉄有楽町線
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 地下鉄有楽町線の下りは、このくらいの時間から空きはじめる。
 
 (心配だ……嫌な予感がするんだが……)
 
 ユウは座席に座りながら心配そうに腕を組んでいた。ニナという指揮官がいない戦闘行動がこんなにも不安なのかと考え、彼女の存在の大きさを改めて認識していた。
 
 ユウは板橋区から出撃。東武東上線に乗り、西武池袋線で来たアリシア、ララと池袋で合流。有楽町線に乗り換えて一路東京湾に向け南下していた。それが安全なルートである気がしたからだ。りんかい線または、新橋からゆりかもめに乗れば台場や国際展示場に行けるが、ルートとしてはあまりにも王道すぎて、待ち伏せや監視の恐れがあった。
 一方のアリシアは練馬区の白山神社に参拝後、神社に住みついている猫を愛でていたところララが追いつき、池袋でユウと合流したのだった。
 
 ユウの向かいの席には、アリシアとララが座っている。地下鉄路線に入ったので外の景色が見えず、ララはつまらなそうだった。
 時々、ユウとアリシアの目が合う。少し気まずい。
 もちろん、ユウにとって長年一緒に行動してきた最良の相棒である。しかし、電車の向かい合わせに座り、また少々距離があるので話すことも出来ず、これがミョーに気まずいのだ。
 向い合せだったとしても、ゆりかもめのボックス席だったら状況は違っていたであろう。普通に和気あいあいと話したり、あるいは作戦の打ち合わせをしたり、またはララの勉強の進み具合を確認したり、色々な時間の使い方がある。また、地上であれば、外の景色に視線を投げることも出来る。しかし地下鉄ではそうはいかないのだ。
 
 八方ふさがりである。ユウとアリシアの些細な疲労は、まるで粉雪のように心に降り積もってゆく。
 せめて隣の席が空けば……ユウは祈るような気持ちであった。
 アリシアもそう感じているらしく、目が合うたび恥ずかしそうに俯いて、隣のララに話しかけている。
 
<次は、月島、つきぃーしまでございますっ、お降りの方は忘れ物の無いようにお願いいたしますっ……>
 
 早口のアナウンスが終わるその時だった。アリシアの横のサラリーマンが立ち上ったのだ。
 
「やったっ、これぞラプラスの助けっ!」
 
 何故ラプラスが助けてくれるのかは解らない。いやそんなことはどうでもいい。ユウは、赤の魔術師が羨ましかった。こんな時、転移できるからだ。
 ユウはさっそうと立ちあがると左右を見る。意表を突いたルートを選択した自信はある。ただ万が一、ミカやリミットがいたら席を譲らなければならない。しかし、それ以外であれば、固有魔法も辞さないつもりだった。これ以上の精神攻撃に耐えられる自信は無い。こんな時、“全員が立つ”という発想が生まれないから不思議なものだ。
 
 アリシアは向かいの席で、相棒らしく早く早くとアイコンタクトを送ってくる。
 もうすぐドアが開く。そうなればもんじゃ帰りのサラリーマンがアリシアの隣に座るかもしれない。アリシアの服は一見地味だが、質は上等である。もんじゃの匂いが移るのはあまりにも可哀そうだ……ユウの心に、急がなければならない理由がザクリと刻まれた。
 となればもう躊躇はない。アリシアの視線に正面から答えるだけだ。 
 そして、席の移動は完遂した。
 苦しい戦いが終わる。
 永久凍土が溶けたような気分である。しかし。
 
<次は、豊洲、豊洲でございますっ、お降りの方は忘れ物の無いよう……>
 
 目的地だ。
 
「たった一駅……」
 
 心に積もった粉雪の大部分を抱えて、ユウとアリシア、ララは電車を降りた。
 そのせいか、ユウの不安は膨らむばかりだった。
 
「なあ、アリシア。他のメンバーは大丈夫だろうか?」
「殺しても死なない魔術師ばかりデス。大丈夫ですヨ」
「戦闘は大丈夫だと思うんだが、俺の心配はだな……ほかの仲間が上手く第六台場にランディングできるのか? っていう……」
 
 アリシアは言った。
 
「ま、考えてもしかたありませんヨ」
 
 そう言って、リブリーザーをポン、と渡す。
 
「サンキュ。ララちゃんも」
 
 そう言って、まずララの背中にリブリーザーを装着してから、自分もつけた。
 
「夜の海、なんだかこわい……」
 
 そう言うララの手を二人は両側からしっかりと握り、豊洲の暗い海に入って行った。
 
 
 
 
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 その頃、ユウの心配を一身に受けた屍霊の魔術師、レイズが空間に散らばる魂の欠片を集めていた。
 
「鳩騒動の後から妙な夢を見る。魔術師がが死ぬ夢だ。
 訳分からんほど強い落とし児にね、赤白黒関係なくみんなが吹き飛ばされて、はっちがミンチになって。
 アルバートさんが首を刎ねられて。フィリアはずばって胸をえぐられて。それからほかの人もたくさん死ぬ。
 でもボクは何もできない。夢だからかな?
 もちろん最初は笑い飛ばしたさ。ありえないって。夢だって。
 でも、ありえないって思えば思うほど、ジンクスが鎌首をもたげてくる。
 きっとそうなるって。お前じゃ無理だって。あれはいつか訪れる結末。
 どうしたらそれを回避することができるだろう? ボクに何ができるだろう? ……ボクは強くなれるのかな?」
 
 自問自答するように呟きながら虚空に向かって手を伸ばす。白い尾を引く魂が徐々に集まり、レイズのかざした両手に集まってきた。それをさも大事そうにかき抱くと、停泊している木造船に移した。そして、ゾンビと一緒に乗り込む。
 
「もっと大きな船で潜航して近づこうと思ったんだけどなー。東京湾は浅いな~」
 
 東京湾の深さはレインボーブリッジ中央付近で10m、第六台場近辺はもっと浅く、8mほどしか無い。大型船では潜航できないので致し方なく、打ち捨てられていた屋形船に乗り込んだというワケである。
 屋形船を振り向くと、シウと綾子・アイヒマンことアヤがお茶を飲んでいた。
 レイズはずっこけながら言う。
 
「あのぉ~、ツッコミ待ちだと思うので、一応、聞きますよ? なぜ二人はここに?」
 
 なぜかずぶ濡れのアヤが恥ずかしそうに答える。
 
「海面と自分の足を分断して上陸しようと思ったのだがね。重力分断するのを忘れて、このザマさ。
 それに今は冬。この格好じゃ風邪をひいてしまうだろう?
 医者の不摂生という格言があるが、まさにその通りになってしまうじゃないか。
 それで一旦戻ろうとして上陸したら、君が屋形船に乗り込もうとしているのを見かけた。
 これ幸いと便乗した私の気持ちが理解できないわけではあるまい。
 あ、ゾンビ君、私にもお茶を。さっきのは少しぬるかったぞ。熱いヤツを頼む。
 いやそんな謝らんでもいい。早くな」
「あのそれ、ボクのゾンビ……」
 
 シウは言った。
 
「レイズくん、まあいいじゃないか。僕もどうやって上陸しようか思い悩んでいたところなんだ。
 そうしたら、たまたまレイズくんがいた……そう、僕も医者の免許があることを知っているだろう?
 レイズくん一人に医者が二人もつくなんて、こんな贅沢があるかい?」
 
 レイズは応える。
 
「別にいらないけど……」
 
 アヤが言った。
 
「そんなコト言うものでは無い。見たところ単独行動なんだろう?」
「いや、ドイツ本国から仲間が到着する予定なんだけど」
「幹部の了解はとったのか? 何とっていない? それは無理だろう。
 すると私が来たのは君にとってモッケの幸いだということじゃないか」
 
 シウも言う。
 
「僕はちょっと寂しいですね。まずは私たちに相談してくれてもいいのでは。古い仲間ですしね」
 
 レイズは少し拗ねたような口調で言った。
 
「イヤ今回もみんなをギャフンと言わせようと思って……」
「レイズくんがギャフンと言わせるのは主に味方ですよね? 心配だなあ。これはついていくしかないなあ」
「私もそう思うぞ。シウ君、話が合うなあ」
「まあ、同じ医者同士ですからね。でもアヤさんはキャリアが長いですから、私が教えていただくことも多い、かと」
「なんだい、君は意外と謙遜家なのだな」
「いえいえ、まま、一杯。クリスマスイブですから」
「お、持ってるのかい? まさか医者だから消毒用アルコールです、なんて鉄板ネタではないだろうね?」
「いやこりゃ参りました。でも安心してください。ほら。ドイツと言えば~?」
「お、ビールだね。本場ものじゃないか。でもこれでは本当に医者の不摂生になってしまう」
「矛盾していますね」
「それはお互い様だろう? 私は猟兵であると同時に、医者だ。だから矛盾した役割を果たさなければならない」
「実は私も暗殺者であると同時に、医者でした」
「いや今日は楽しい一日になりそうだ」
 
 そこへ、もう一人、乗り込んできた男がいる。
 
「こんばんは。聞き覚えのある声だと思ったら」
 
 ユナイトである。
 
「どうしたんだい? 遅かったね」
「いや、完璧に戦闘準備をしたと思ったら、第六台場にわたる方法を考えてなくて。
 海沿いをウロウロしていたら、たまたまこの屋形船を発見して」
 
 アヤがフォローする。
 
「私も似たようなものさ。分断というのも意外と万能ではないんだな。あ、ゾンビ君、ユナイト君にもお茶を頼む」
 
 シウも言った。
 
「今回はみんなどこかリラックスしているというか、悪く言えば気が抜けているというか……ところでユナイトくんの作戦は?」
「結局、禁じられても完成させたくなるのが研究者の性ですしねえ。妨害の意味はあまりないですね。充分研究をしてもらい……」
 
 アヤが驚いた様子で言う。
 
「おいおい、何を言い出すんだ……」
 
 ユナイトはニヤリと笑った。
 
「奪う」
「あ、なぁるほど」
「奪う方法ですが、薬瓶を投擲して薬品を浴びせて魔術師を撃破。それから……」
「どーでもいいけどこの宴会いつまで続くんだ? ところで、屋形船って、潜航しても浸水しないのかな?
 まあ、やってみればわかるか……」
 
 余談であるが東京湾の海岸沿いは水温が高いためか、ボラ(トドに近い)が多い。しかも、見たところかなりの悪食で、傷ついた仲間の身体さえ寄ってたかってついばむその姿は、ほとんど落とし児である。そんなボラたちが、浸水した屋形船のゾンビを見逃してくれるとはとても思えないのだ。
 この集団がボラにツツかれながら第六台場に上陸したのは、翌日のことである。
 
 
 
 
 
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 2014年12月24日22時
 戦闘1日目第六台場研究施設・第一控室前
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 バズーカ砲で前室を突破したリミットと征は、廊下へと続く扉をも破壊。第一控室前に到達した。
 
「もう一発、お見舞いするである」
 
 横では、征が耳を塞いだ。
 ズン、という音とともに第一控室の扉にバズーカ砲が命中。ドアは半開きになった。
 真っ先に進んだ征は、最前線にいた十一、浅川と出くわした。
 お互いに一歩飛び退くと、十一が言った。
 
「神聖な研究の場所を奪わんとする不届き者ですね?」
「いや、元々異端教会の占領地なんですけど」
「だまらっしゃいっ! 今なら許してあげましょう。退いてください」
「押し通りますっ!」
 
 征は十一に蹴りを見舞うが、十一もそれを予想していたのかパッ、とさけてムイエットを取り出すとそれが目くらましの閃光を発する。
 征は反射的に攻勢障壁を発動。閃光はそのまま十一と浅川にも跳ね返る。状況不利とみた十一は転移魔法をこめたムイエットを征に投げつける。それも障壁に妨げられるが、障壁もその瞬間消えた。
 
 十一が事前に仕掛けていた香水はバズーカの硝煙に紛れて感じることが出来ない。
 最初に視界を取り戻したリミットは、バズーカを天井に向けて威嚇射撃。征はその隙に第一控室に転がり込む。浅川がここぞとばかり、かすみ網を転移特化。征がそれに足を取られるところ、催涙ガスを投げつけて征の視界を再び奪った。
 浅川が叫ぶ。
 
「リミットさんを入れたらダメだっ!!」
 
 十一はすぐさま反応し、半開きの扉に体当たり。リミットは外から押すが十一も負けていない。リミットは引いてバズーカを構える。十一の背中に戦慄が走った。
 
「マズイっ!」
 
 転移魔法をこめたムイエットをもう一枚取り出して動きのとれない征に付着させ、浅川の手を引っ掴むと第一控室奥の廊下に転がり出る。その瞬間リミットはトリガーを引き、第一控室に侵入。しかし、そこに征はいなかった。
 さらにバズーカ。その威力は強いままで廊下への扉をたやすく破る。十一の後ろ姿を発見してバズーカを構えるところ、背後に強い衝撃が走った。
 バズーカを投げ出し、思わず膝をつく。
 光学迷彩をほどこした、リーリオだった。
 
「これ以上、中にいれないよっ!」
 
 ニンジャアクションで狭い廊下の壁を蹴り、天井スレスレに宙返り。背後に回ってもう一度打撃を与えようとするところ、薄ぼんやりしたその姿をゲシュペンストが発見。リミットとリーリオの間に割り込む。
 
「ぐぎゃっ、トリ」
「ゲシュうっ!」
 
 リミットは慌ててゲシュペンストを拾い上げ、ひとまず入口へ引き返した。そこで征と再び合流し、再突入を図ろうとするが、ゲシュペンストが気絶して動かない。リーリオは一撃を加えて撃破確実と見たのか、そのまま素早く外に移動し、もうどこにいるのかわからなかった。
 征が単独で突入しようとするところ、リミットは黙して首を振り、止める。
 そして二人は一時その場所を離れ、幕末のアームストロング砲の砲台跡に隠れて、ゲシュペンストが快復する時を待った。
 浅川は勝機を掴んだと確信した。
 十一を見ると、ニヤリを不敵な笑みを返して来る。
 
「意外に敵は小勢だ。いくぜっ!」
「ふっ、本当は乱暴なコト、したくないんですがねぇ」
 
 そう言いながら十一もヤル気充分である。
 浅川は携帯電話を取り出すと、
 
「追撃戦に移る」
 
 そう言い捨てて電話を切り、十一とともに駆け出した。
 
 
 
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 そのころ、剣術屋はレインボーブリッジの橋梁の頂上にいた。周囲はイルミネーションが美しく輝き、その光を受けて剣術屋のその姿も万華鏡をのぞいているように、色とりどりに変化する。
 ふと、海から上陸する人影が見えた。
 アリシア、ユウ、ララである。
 
「運がいいな。ヨシッ、合流しよう」
 
 そう呟いたかと思うと、重力分断しつつそこから跳躍。第六台場に着地……と思ったが惜しくも距離が足りずに海に落ちて、少しの距離を泳いだ。
 一方、追撃戦に移った十一と浅川が外に出て異端教会のメンバーを探すと、そこに現れたのは、黒の4人。正確に言うと3人の魔術師と1人の幽霊だった。みなどこかしら濡れている。
 
「くそっ、イェーガーもきやがった」
 
 浅川は唸るように言う。十一はムイエットを取り出し、相手の戦闘準備が整わないうちにカタをつけるべく突っ込んで行く。浅川も罠用のロープを取り出し、転移特化で4人の背後の地中に埋めた。そしてライフルを乱射する。
 
「ナンですカっ! イキナリっ」
 
 剣術屋が言った。
 
「せめて服を乾かしてから……」
 
 そう言いながらも、剣術屋は抜刀、アリシアは機銃で掃討、ユウはロープに足を絡めてドタリと転倒。
 十一はシメタとばかりユウにムイエットを投げるが、剣術屋の繰り出した一人必殺の招呪刀で真っ二つに。
 
「剣術屋、すまんっ!」
 
 ララはユウのロープをほどく。ユウは黒色の手甲と具足、『黒鋼』を装着。十一に対して反撃に出た。
 
「十一ぃいいいっ! さんっ!」
 
 ユウは根がマジメなので、敵であっても、ついついさん付けしてしまう。
 ユウがアリシアに視線を送ると、アリシアの銃口が十一に向けられ、ゴム弾が連続して命中。アリシアのテンションは急上昇だ。
 
「ヒャッハー!」
「おねおね、おねえ……ちゃん?」
 
 十一が怯んだところ、剣術屋の招呪刀が月明かりを反射した。
 それをすんでのところでかわすが、痛覚が合成された刀の魔粒子が十一を襲う。十一は腹を抑えてうずくまり、危ういところ、浅川は催眠ガス弾を投げた。黒の4人は後ろに飛びのくが、浅川が十一を肩に担いで引き上げる後ろ姿に、剣術屋はトドメを刺すべく『猿叫』。
 浅川は十一をかばいながら、それを背中でマトモに受けた。
 
「ぐあっ……くそっ、4対2じゃ、分が悪すぎるぜっ」
 
 肩を借りた十一がうめくように言った。
 
「すっ、すみませんねぇ……くっ……」
「いや、タイミングが悪すぎただけだ。十一さんの攻撃は正解だぜ。それにしても魔を喰らう胎児をのっけから受けちまったのが悪かった……くそっ、2人一緒に転移できねえ。罠だけでもっ」
 
 剣術屋は手を休めない。2人の動きが鈍るところ、発煙手榴弾を研究所入り口に投げ込んで、
 
「毒ガスだっ!」
 
 と叫ぶ。
 浅川はその声を聞いて行く先を変更。黒の魔術師と鉢合わせた運の悪さを嘆きながら、追撃を封じるため自分たちの背後に罠を転移特化。そこで自身も魔力を消耗し、十一とともに、森の中に姿を消した。
 
「ブキミな静けさデスっ……」
 
 浅川と十一を撃退した黒の4人は、すでに破壊された研究所入り口から中を覗き込み、敵もいなければセキュリティもかかっていない内部に、足を踏み入れた。
 ユウが慰めるように言った。
 
「入口は破壊されていて、セキュリティも効いていない。通気口とかから侵入する必要が無くて良かったじゃないか……」
 
 剣術屋は周囲に気を配りながら言う。
 
「それに、この状況は爆破の痕跡ですね。これで光学迷彩も落とし穴も、それと魔法障壁……罠が全て露見しています。まさかもう、白が破壊し尽くしたんじゃないでしょうねぇ」
「異端教会もやるときにはやるな。いずれにせよ、一番奥まで行って確認する必要がある。囮か、アリシアの援護をするつもりだったんだが、ヘタすると戦闘無しだなこりゃ」
「トモカク、行くデスっ」
「おう」
 
 4人は、前室を過ぎて破れた扉をくぐると、廊下へ。そして第一控室、その先の廊下に出る。そこかしこにバズーカ砲の発射痕があり、施設の傷みが激しい。
 しかし、その先の扉は、無傷だった。
 
 
 
 
 
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 2014年12月24日23時20分
 戦闘1日目第六台場研究施設・キッチン前
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 4人は無言で顔を見合わせる。ユウは自分がやる、と合図した。
 
「いくぜ。みんな下がってるんだ」
 
 全員がコクリとうなづいた。
 
「魔縮炸襲ぅぅっ!」
 
 黒鋼を装着した腕に、銀色の光が渦巻く。それを扉に当て、素早く身を伏せた。
 内臓を揺さぶるような轟音とともに、ギーィと軋みながらドアが開いた。
 4人は中に入る。しかし。
 
 トントントントントントン……
 あゆみとはきが、まるで何事もなかったように、背を向けてカレーの食材を切っている。
 あゆみは、背を向けながら言った。
 
「いらっしゃい。今おいしいカレーを作ってますからね。どうぞ、座って待っていてください」
「あ、あゆみちゃん。今はエンリョしまス……それより、通りマスヨ?」
「遠慮? 通る? ふふふ、だめですよう。キッチンも研究所も守ってみせますよ」
 
 トントントントントントン……
 その隣にいる、はきが言った
 
「そうですよ。まずはゆっくりしてください。アリシアさんとあゆみさんは親友ではないですか」
 
 きわめて落ちついた、静かな物言いである。
 
「押し通りますよ」
 
 ぴくっと、あゆみとはきの背が反応する。
 はきの口調は、極めて気分を害したように、変化した。
 
「それなら、なんですかい? どうしても、やろうってんですかい?」
 
 その言葉に剣術屋が一歩踏み出す。途端、左サイドから銃撃を受けた。
 
「くっ、光学迷彩っ!」
 
 イデアは4人の死角から発砲。剣術屋はその一弾を左肩に受けて吹っ飛び、壁に全身を強打。ユウはテーブルをひっくり返し、アリシアとともに身を屈める。アリシアもパイソンで応戦するが、イデアが見えないのでめくら撃ちだ。
 そのとき、あゆみとはきが両手に包丁を持って振り向いた。
 
「アリシアさん出てきなさいよぉ。ほらカレー食べましょう」
 
 あゆみは短距離転移と操作魔法を使い、包丁を飛ばす。それはユウの倒したテーブルにダン、ダンと刺さる。
 
「ひええええぇぇぇぇ~」
 
 防戦一方の黒にイデアは発砲しながら、精神攻撃の追い打ちをかけた。
 
「昔、この場所に、人柱にされた女がいたという。その女は、そう、今くらいの時間になると、恨みの言葉をつぶやきながら、姿を現す。毎日毎日……どこからともなく聞こえる声。。。。。『わたしの首はどこぉぉ? 返してぇぇ……わたしの首はど……』んっ?」「わたしの首はどこぉ?」
 
 浮遊したララがイデアの目の前に。
 
「うっぎゃあああああああああ!」
「くび、かえしてぇぇぇぇぇ」
「ホンモノおっ!」
「わたしと、ユーレイ道で勝負するなんて、十年早いの」
 
 形成は逆転しつつある。
 はきとあゆみはそうはさせじと、小麦粉を大量にバラ撒いた。
 はきは不敵な笑みを浮かべて言った。
 
「粉塵爆発といきますかっ!」
「まずいっ!」
 
 黒のメンバーは思わず身を伏せるが、いつまでたっても爆発しない。4人が恐る恐る机の上から顔を出すと、あゆみとはきが戸惑っている様子だ。二人で肘をつつき合っている。
 
「はきさん、早くっ」
「え? あゆみさんこそ……」
 
 『粉塵爆発』とはどうやって炸裂させるのだろうか? 
 ともかく煙幕の効果はあり、アリシアのパイソンの狙いは定まらない。
 剣術屋は立ち上がる。
 (それほどの広さは、無い)
 
「アリシアさん、ユウさん、隠れて耳をっ!」
 
 そういうが早いか、『猿叫』。
 あゆみとはきはマトモに喰らい、イデアは直撃を逃れたものの、ダメージがあった。しかしまだ魔力は残っている。粉塵の中、イデアは再度攻撃するべく精神を集中する。そのとき、ユウが魔力を集中させ、魔縮炸襲を発動する気配を察知。
 
「さっき扉を破壊したアレかっ! マズイっ! あゆみちゃんっ、はきぃっ!」
 
 イデアは両脇に2人をしっかりと抱え込み、最後に残った魔力を集中。
 
「転移ぃぃいっ!」
 
 ユウが魔縮炸襲を発動する寸前、3人は研究室に転移した。
 剣術屋はイデアの銃弾と猿叫による魔力消耗で動けそうにない。
 
「剣術屋、大丈夫か……」
「へへ、このぐらいの、痛っつつ……」
 
 ララが心配そうに見ている。アリシアがサウザンドアームズから包帯を取り出すと、ララは剣術屋の左肩にまいた。
 ララが言った。
 
「わたし、剣術屋のおにいちゃんについてる」
「あ、りが、とう……」
「ララ、頼みマスヨ」
「おねえちゃん、これ……」
 
 ララはアリシアにフローラを渡す。
 アリシアはそれを受け取り、次の扉の前に立った。
 
 
 
 
 
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 2014年12月24日23時58分
 戦闘1日目研究室
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 我歩とおりべーは立ち尽くしていた。
 分電盤の修理は23時30分に終了。OSを立ち上げ、ミドルウェアを起動してデータ転送コマンドをたった今、投入したところだ。
「間に合った……」
「あとは1時11分まで、ここを守り切れば、勝ちだぜ~」
 
 そこへ、傷ついたあゆみ、はき、イデアが転移してくる。
 
「ごめんなさい……キッチンは突破されちゃった……」
 
 うなだれるあゆみを、はきは慰める。
 
「しかたありませんよ。最初に受けた白の一撃でどうしても挽回できなかった。でも、大魔術図書館には記録できました。もし次があったなら、負けません。それに、データ転送開始までの時間は稼げましたしね。今回は時間との勝負ですから、戦果は充分……いや、まあまあですかね」
 
 あゆみは、疲れた表情に微笑を浮かべている。
 
「あゆみちゃん、大丈夫かー?」
「なん、とか、ね……」
 
 そこに、外にいる魔術師からイデアに連絡が入る。
 
 <イデアさんっ! 大変です、黒の新手がっ……人数は4人。至急、救援お願いしますっ! うわぁぁあ! >
 
 電話は、プツッと切れた。
 
「この状態で、無傷の4人が相手か……」
 
 イデアは弱気なことを決して言わない。しかし、この絶望的な状況を目の前にして、思わず呟いてしまった。
 
 
 
 
 
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 2014年12月24日23時59分
 戦闘1日目研究室
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 我歩は言った。
 
「俺たちはもう、行くよ」
「おれもー」
 
 イデアが答える。
 
「私たちは、データ転送終了までここを死守する」
「すまねえな」
「そのかわり、外の敵を頼む」
「ああ、一歩も中にはいれさせねえ」
 
 イデアは、戦闘開始後初めて、微笑んだ。
 
「せめて、見送るよ」
「うれしいぜ」
 
 地下の航空機射出場に行くと、零式小型水偵があった。赤のスタッフがやっと組み立て終えたところだ。
 我歩は操縦席。
 おりべーは偵察席に座ると言った。
 
「何だか無言の重圧を感じるなぁ」
 
 その中には、ユウキが作った戦意を削ぐビラや腐食弾、波動操作で津波を起こす津波弾が搭載されていた。
 おりべーはさも楽しそうに、言った。
 
「あはは、それじゃあ修、行こうかー」
「ああ、二人で飛行機に乗るのも久しぶりだ……」
 
 イデアには、それが恐怖を忘れるための言葉だということはわかっている。
 
「たのむぞ」
 
 水偵は、滑走し始める。イデアは走って追いかけた。地上に出るころ、光学迷彩で水偵はフッ、と消える。
 イデアの瞳にはただ、今にも夜空に溶け込んでしまいそうな細い月が、映っていた。
 

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