『魔術師殺し・波良闇秋水』
<目次>
①:Beast awakens
②:Shadows In the Sun
③:composition with
④:Farewell
(波良闇秋水・行動記述)
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④『Farewell』
物語とは、虚構の中の真実。
そしてこの物語の真実は一つだ。
――『魔法は存在する』。
魔法とは、人の意志が織りなす奇跡。
魔術師たちはその意志の元、過去に幾度も奇跡を起こしてきた。
それらの軌跡の果てに、辿り着いた今。
平穏を掴んだ者たちと、闘争の時代が生み出した者たちの決戦。
魔術師と人の最後の物語が、終局に向かって動き出す――
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【隣世/現世時間16時07分/視点:シウ・アヤ・咎女】
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――現世での戦いが過熱していく間。
シウは隣神との戦いの時に通った道を遡り、全力で現世を目指していた。
広大な隣世第二層を駆け抜け、現世に続く第一層へ。
そして現世に続く窓を潜ろうとした時、彼は不意に立ち止まった。
「そんな……!『窓』がない!」
半年前はそこにあったはずの『窓』が、いつの間にか塞がっていたのだ。
元より窓は、開いては閉じてを繰り返す。そしてその開く場所は、基本的に予測できない。広い東京のどこに窓が開いているのかを、シウが知るすべはないのだ。
(どうする……!? 窓がまた開くのを待つか、別の窓を探すか!?)
だがそうしている間にも、現世での事件は進行していくだろう。
シウはその場に立ちすくみ、どうすべきか逡巡した。
* * * * * * * * * *
――同じ頃、そこから近くて遠い場所にて――
そこは現世とも隣世ともつかない、境界の空間。
『あの世』と呼ばれる場所があるとしたら、ここがそうなのだろう。
そこにはかつて『生殺の魔女』と呼ばれた亡き魔術師、アヤこと綾子・アイヒマンが佇んでいた。
「……うぅむ、現世でまた事件が起きているようだね。
となれば生前世話になった若者たちを、何か手助けしてやりたいが……」
アヤは自分が死んでからも、あの世から現世を見守っていた。そして秋水の出現と凶行を見て、現世の魔術師たちに協力しようと思っていたのだ。
だがアヤが生前面識のあった魔術師たちは、今日は東京にほとんどいないらしい。
「えぇと、ユナイト君は海外か。忍君とクラリス君は近頃見ないし、梓君も不在のようだ。レイズ君は私同様、故人だしなぁ……残るはシウ君だが、彼は隣世に残ったらしいし、どうしたものかな」
そもそもアヤは今回の事件に際し、特にやるべき事を思いついてはいなかった。またアヤが死者である以上、現世に干渉するのは難しいだろう。
それでも何か出来る事はないかと、隣世にいるはずのシウの気配を探ると――
「む……?」
隣世第二層に、彼の気配を感じた。かつて現世に続く『窓』があった付近に、独り立ち尽くしている様だ。
「……なるほど、シウ君らしいことだ。この緊急事態に当たり、現世に帰ろうと言うのだね」
ならば一肌抜いてみよう。アヤはそう思い、意識を集中した。シウの為に、現世に続く『窓』を開こうと。
「むろん『窓』を開く事など、私の力でどうにか出来るものではない。だが彼が現世に行こうとしている事を、他の魔術師に伝える事くらいなら……!」
死せる魔女のその想いが、やがて幽かな奇跡を起こす。
現世でシウの帰還を待つ咎女に、短いメッセージを届ける――!
* * * * * * * * * *
――新宿のビルの屋上で、咎女はその声を聞いた。
『聞こえるかい、構築の魔女。君の想い人が現世に行こうとしている。協力してあげてくれたまえ』
出し抜けに聞こえた声に、咎女ははっとした。辺りを見回し問いを返す。
「えっ……!? 貴女は誰ですか!?」
『なに、取るに足らない死者さ。私には現世の魔術師たちの為、出来る事はほとんどない。だが生者たる君なら出来るはずだ、彼を現世に導くことが』
「……!」
そう告げられた咎女は、青空を見上げた。
咎女の視界の中には、『窓』が一つも見当たらない。これではシウが現世に来ようとしても、容易には来られないだろう。そして咎女には窓を開く事は出来ない。
だが咎女は、それを可能とする者を知っている。隣神との決戦の日、このビルの上で邂逅した魔術師。今は世界中に散逸し、現世を見守っている『境界の魔女』を。
その事を思い出した時、咎女は空に向けて声を上げた。
「……境界殿、いま一度だけ力をお貸し下さい。貴女の望んだ平穏を護る為、ほんのわずかだけでも『窓』を!」
咎女の想いが赤の魔粒子に載り、空に吸い込まれていく。やがてそれに応えるように、空気が鳴動し――
『メキメキメキメキッ!』という音と共に空間が裂け、咎女の頭上で小さな窓が開いた。
すぐにその窓から、誰かが飛び出してくる。待ち望んでいた彼が、空から降りてくる。
「シウ!」
咎女がそう声を上げると、シウは咎女の傍にふわりと降り立って言った。
「咎女ちゃん! 君が窓を開いてくれたのかい?」
「いえ、亡き魔女たちが……!」
咎女がそう答えた時、どこかで彼女たちの声が響いた。
『やれやれ咎女よ、生涯窓を閉め続けたこの私に、よもや窓を開くことを願うとはの?
この貸しはしっかり返してもらうとするぞ、そなたたちが現世を護る事での』
『さぁ行くんだ生者たち、諸君の使命を果たしたまえ』
その声と共に、先ほど開いた窓が閉じていく。
それきり亡き魔女たちの声は聞こえなくなった。だが咎女とシウは彼女らの想いに応えようと、空に頷きを返した。
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【東京・江東区・赤の拠点/16時13分/視点:ラプラス・征・フィリア】
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またその頃、江東区の赤の拠点・サーバルームでは。
ラプラスが、ユウキからの報告を受けていた。
『秋水の記憶を読んでわかった…。あいつは、どこかの研究者に…魔術師殺しとして、育てられた眠り児だ』
「……なるほどね、それを聞いて合点がいったわ。あの差出人不明のメールを、あたしたちに送った奴の正体がね」
恐らくは、秋水を育てた研究者に違いない。
秋水を持て余したその男は、魔術師たちに彼を抹殺して貰おうと目論んだ。その為には秋水の戦力を、包み隠さず話す必要があった。
それがあの、異様に詳しい装備品リストのからくりだったのだ。あんなリストを用意できる者は、秋水を良く知る人物以外にいない。
「そこまでしておきながら、差出人を匿名としたのは、真相がバレて各トライブに追及される事を恐れたからね。セコいにも程があるわ……!」
『でも、どうする、ラプラス…? 秋水と白帽子さんは、きっとそっちに向かってる。逃げた方がいいと思うけど…』
ラプラスのPDAにも、秋水たちが来る確率は99.997%と表示されていた。だが今から非戦闘員を連れて逃げても、アクティブソナーで捕捉されるだろう。
「……いや、出来るだけここで迎え撃つわ。それよりユウキたちは、早く中野に行って治療を受けて」
『こっちはいいけど…大丈夫…?』
「大丈夫よ、征もフィリアもいるし。死者は出ないって、あたしのPDAにも出てるから」
その言葉にユウキが、安堵したように息をつく。そして通信を切り、彼らは中野に向かった。
ラプラスはPDAを見た。そこにはこの江東区で、死者が出る可能性が31%と出ている。微妙な数字だが、それが敵側か味方側かはわからない。
それを見たフィリアも声をかけてくる。
「……それにしても、いいのかいラプラス? 君はああいう話を聞いたら、敵にも手心を加えてしまったりしそうな気がするけど」
「敵の身の上知ったくらいで、満足に戦えなくなるほどヌルくないって。あたしはただ、自分が大事なものを護るだけよ」
そう答えたラプラスの表情には、覚悟の色が滲んでいた。征はそんな彼女を見て、真っ直ぐに告げる。
「大丈夫、ラプラスは私が守ります。もちろんフィリアさんも、他の非戦闘員たちも」
「頼もしいわね。でも庇い死にとかは勘弁してね? あんたそういう事しそうだからさ」
「ははは、そんな事しませんよ。それより戦いの前に、一つお願いがあるんですが――この戦いが終わったら、名前で呼んでもいいですか?」
その言葉にラプラスが目を丸くする。それからかすかに笑って言った。
「死亡フラグ重ねてんじゃないの。いいわよもちろん、今からでも」
「ありがとうございます、エスティ」
「って即座に呼んでんじゃないわよ! ほんと素直ねアンタは……」
その言葉にフィリアがくすりと笑う。レイズとの別れを果たした彼女は、すっかり表情を取り戻していた。
「近頃モテモテだねラプラス。君くらいの実力者なら、トライブ本部からもお見合いの話とか来るんじゃ?」
「い、一応来るけど断ってるわよ。上層部の息かかってる男、あてがわれるかもしれないし」
「それを聞いて安心しました! じゃあ今度、私とデートでも」
「えっ……! そんなこと言われても、あたし基本引きこもりだから……」
そんな事を話している内、出し抜けに拠点内に、自動放送の声が鳴り響いた。
『コーション! 正面玄関に、予期せぬビジターが侵入しました。施設内の職員は至急対応を願います』
それはあゆみが前々から、有事の際のために用意していた警報システム。元は白亜の魔女対策として造られたものだが、今回はそれが役に立ったようだ。
「……デートの話は事件の後ね。ここが正念場よ、生き残りましょう!」
「ああ!」
「はい!」
征たちは非戦闘員を拠点の奥に隠し、サーバルームを飛び出していった。
薄暗い通路を抜け、施設の正面玄関に向かう。すると広々としたロビーに火が放たれており、その中に秋水が立っていた。
「しまった、これじゃ冷房が……!」
征は秋水の襲撃を警戒し、拠点内を冷房で冷やしていた。だがこれでは多少の冷房も意味がない。スプリンクラーも壊されているようだ。
秋水はこちらを見てにやりと笑う。
「おいおい、警報とは物々しいな。逃げ隠れせず、正面玄関から来てるのによ?」
「あんた一人だったら鳴らなかったかもね。だけどこのシステムは、光学・温度・魔粒子の3点を探知し、それらが合致しない時に警報を発する仕組みなの……白帽子もいるんでしょう?」
ラプラスがそう言った時、ロビーの隅で影が動いた。概念分断の魔法を解き、白帽子が面倒くさそうに姿を現す。
「……こんな早うに見つかるとはな。しゃーない、闘ったろか」
「いいからお前は引っ込んでろよ。白の魔女戦の為に、力温存しとけって」
そう言われた白帽子は、わずかに逡巡した後、再び姿を消した。あくまで同行者であって、仲間ではないという事だろう。
それを見た秋水も、満足げに頷く。そして拳銃を取り出し、ラプラスに向けて撃った。
「エスティ!」
とっさに征が割って入り、銃弾を胸で受け止めた。彼のジャケットに穴が開き、弾丸がパラリと床に落ちる。
「お前も防弾チョッキかよ? もうちょい対策考えておきゃよかったな」
「残念ながら、ラプラスとフィリアさんも着用済みですよ。武器が一つ潰れましたね」
「そうだな、なら腕力で殺そうか」
秋水はそう言って『マンバレット』を起動。超高速で征に跳びかかり、その首に腕を巻きつけた。
「オラァ!」
秋水は征の首を極め、力任せにへし折った。ごきりと頸椎が折れる音が響き、征の口から血が溢れたが――
「征!」
ラプラスが遺物『マクスウェルのスマートフォン』で、時間を10秒巻き戻した。瞬時に征の首が直り、秋水も元の位置に戻る。
「やっぱ赤の魔女から倒さなきゃだな!」
秋水は今度はラプラスに狙いを定め、マンバレットを起動する。だが寸前でフィリアが、遺物『ゲッタリス』を起動。空間から手を生やし、秋水の足を掴んだ。
「ぐべっ!」
秋水は思い切りつんのめって、転んだ。顔面を地面にぶつけ、鼻血が噴き出る。
禁魔符を使って、自分の足を掴む腕を消す秋水。そこにフィリアが冷たい声で言った。
「とりあえずは1秒。あと何秒かな?」
「さーな、あと29秒くれぇじゃね?」
秋水はあからさまな嘘をつきつつ、フィリアの頭に向けて銃を撃つ。だがフィリアは霊体化してそれを回避し、そのまま秋水に告げた。
「魔術師殺し、お前の生い立ちは聞いたよ。どうやら僕と同類のようだ。だからこそ僕には、お前の『考え』が何一つとして分からん」
「まぁそうだろうな。俺とお前は生い立ちは似てるが、目指すものが何もかも逆だ」
かたや死を超越する者、かたや死をもたらす者。彼女は大切な人を蘇らせようと願い、彼は全てを殺そうと願った。
幼い頃に、与えられた使命の違いというだけではない。フィリアも先の格闘大会の際に錯乱し、全てに死をもたらそうと願ってしまった。
それでも彼女が正気に戻れたのは、亡き相方がいたからだ。死してなおフィリアを大切に思う、彼がいてくれたからだ。フィリアは彼が遺した仮面に触れ、静かに告げる。
「僕にはレイズと違って、大切なものなんてさほどない。だけど僕は生きていこうと決めた。せめて周りの人くらいは護りながらね」
その瞬間、炎上するロビーの通風孔から、3つの影が飛び出してきた。
それは蒼桜レイズの遺物によって、フィリアが使役する従者たち。ゾンビは夏場だと腐るので、スケルトン(銀製)とヘカトンケイル(銀製)とスライム(玉ねぎ味)だ。
「行け、従者たち!『禍つ魄の死役』の力を見せてやれ!」
その声に従い、従者たちが秋水に跳びかかる。秋水はマンバレットでそれを突破、フィリアに肉薄した。
「"禁"!」
その声と共にフィリアの霊体化が解け、姿を現す。秋水は彼女の細首を掴み、万力のような力で締め上げる。
だがそこに征が麻痺毒付きの苦無を投げ、ラプラスが真空の刃を放った。秋水はフィリアの首を掴んだまま、マンバレットで回避。天井まで飛び上がり、そこにフィリアを叩きつけた。
「がはっ!!」
天井にヒビが入り、フィリアと秋水が落下する。彼女の顔を覆っていた、レイズの仮面も砕け散る。
それでも秋水は彼女の首を離さない。落下しながらも、フィリアの首をへし折ろうとしたが、
「が、概念合成……『僕は負けない』……!」
フィリアは意識を無理やりつなぎ、相方の遺物の魔力を解放した。
――その瞬間、フィリアの背後にレイズの幻影が出現した。それを見た秋水が目を丸くする。
「テメェは――!?」
「あ、どうも。通りすがりの幽霊です」
レイズは生前の彼と同じく、温いテンションで言った。そうしてスライムを秋水にけしかけ、口の中にねじ込む。
「不味っ!!」
一瞬秋水が怯んだ間に、フィリアが黒霧を放って拘束から脱出。そして着地すると同時に叫んだ。
「ラプラス、征、伏せろ!」
彼女がそう声を上げると共に、他の従者たちが秋水に跳びかかった。その体が灼熱し、小爆発が巻き起こる。
フィリア自身は霊体化で、征とラプラスは伏せて爆炎を避けた。
レイズの幻影は既に消えており、そして当の秋水は――
回避しようとしたが間に合わず、全身に火傷を負っていた。
「ぐっ……さすがに、爆発は避けきれねぇか……!」
秋水は遺物『蟷螂の盾』を使い、傷を治癒し始めた。だが征はその隙を与えず、遺物『フラメルの水銀』を起動する。術者の意のままに動く水銀の塊。それが無数の刃と化し、四方八方から秋水を襲う。
秋水は『攻勢障壁』でそれを防御、刃を跳ね返そうとしたが――
「――征くぞ!」
征は固有魔法『神威』を起動。自分の身体能力を爆発的に高め、秋水に斬りかかった。
「がはっ!!」
秋水の回避能力でも、その斬撃は避けられなかった。秋水の胸が大きく裂け、鮮血が噴き出す。
だが、それでも彼は倒れなかった。懐から反射神経を強化する薬品を取り出し、それを己に合成する。
どくん、と彼の心臓が脈動し、瞳孔が開いた。秋水はナイフを創造し、マンバレットを連続起動。ロビー内をでたらめに飛び回り、その場にいる全員を斬り裂いた。
「あっ!」「ぐっ!」「痛っ!!」
3人は全身に傷を負い、その場に膝をついた。傷口はいずれも黒い粘液で覆われ、治癒不能の傷となっている。ラプラスは時間を巻き戻し、皆を助けようとしたが――
「使いてぇのはこれか?」
床に降り立った秋水が、ラプラスからスリ取ったその遺物を――『マクスウェルのスマートフォン』を、ひらひらさせながら言った。
「あ……!」
ラプラスの顔が、絶望に歪む。そこに秋水が銃を向ける。征は彼女を助けようと思ったが、『神威』使用の後遺症で、体が動かない。
そうして秋水が、ラプラスを撃ち殺そうとした時、
「させないよ」
秋水の背後で、そんな声が響いた。
「っ!?」
弾かれた様に振り向く秋水。見れば目と鼻の先に、いつの間にかシウがいた。
「テメェ、いつから――」
「『影の猫』で姿を消し、駆けつけてきたんだ。魔術師は探知できても、降魔は探知できなかったみたいだね」
言うなりシウは、手から重力合成の魔法の籠った茨を放った。秋水は回避しようとしたが、確実に攻撃を当てる遺物『commitment』の力で、茨が追尾する。逃げきれずに秋水は、茨に絡めとられた。
「まだ終わりじゃないよ!」
さらにシウは『マクスウェルのスマートフォン』を奪い、代わりに服用者の年齢を操作する遺物『幼老丸』を、秋水の体内に合成した。すると見る見るうちに、秋水の体が老化していく。
「て、テメェ何しやがった!?」
「その幼老丸には、僕の思念が合成されててね。服用者は自動的に、どんどん年を取ってしまうんだよ」
「な、なんてことしやがる! 鬼かテメーは!」
「魔術師を護る為なら、鬼にもなるさ。僕は元々暗殺者出身だしね」
そう話している間にも、秋水は中年から老人へと変貌していった。
それでも彼が反撃しようとした時、施設内に声が響く。
『皆さん、扉の構築が終わりました! サーバルームから新宿拠点に行けます、非戦闘員を連れて脱出して下さい!』
「ちぃいいいいっ!」
秋水は禁魔符で茨を消し、シウに銃を向けた。だがシウは黒霧で銃撃を防ぎ、ラプラス達を連れてサーバルームの方に逃げる。
「おい待てコラ! ここまでやっといてケリ着けねぇのかよ!」
「怪我人の救助の方が先だよ。これも調停者の役目さ」
「クソがッ!」
秋水は老化した体を引きずるように、シウを追う。しかしそこに着いた時には、シウもラプラス達も、非戦闘員の姿もなかった。
誰もいないサーバルームの奥には、光輝く穴がある。魔術師たちはこの『扉』を通って、新宿拠点に逃げたのだろう。だが秋水がそれを潜ろうとすると、それを拒むように扉は消滅した。
「なんてこった……ボーナスステージどころか、散々な結果だぜ……」
秋水のテンションは急激に低下し、よろよろと座り込む。やがて白帽子がサーバルームにやってきて、見かねたように言った。
「……間抜けやなお前も。灰色のヤツの思念分断したるから、元の年に戻れや」
「すまねぇな、助けられてばっかりだぜ」
白帽子の黒霧により、幼老丸に込められたシウの思念は分断された。秋水は23歳の姿に戻り、白帽子を見る。
「……さて、気合い入れ直さなきゃな。ここの魔術師どもは新宿に行った。恐らく他の拠点にいる奴らも、みんな集まっていくだろう」
「せやろな……中野の奴らも合流すれば、結構な数になるで」
「奴らが集合するまでに、出来るだけ遺物集めときたかったんだがな。他の魔術師っつーと――」
秋水がそう言いかけた時、サーバルームの入口で物音がした。
見ればそこに、5つの黒い人影がある。その先頭に立つ魔女を見て、白帽子が息を呑んだ。
「ニナ……!」
「……ようやく見つけたぞ、二人とも」
そこにいたのは、黒の魔術師たち。ニナ、ユウ、アリシア、ララ、キノの5名。
秋水を追跡し続けていた彼女たちが、ここに来て追いついたのだ。秋水がそれを見て、嬉しそうに笑う。
「ほぉう……? 餓狼の魔術師を仕留めそこなったと思ったら、5倍になって返って来やがったか」
「うちは半ば付き添いなのだ。お前に用があるのは、むしろニナの方だな」
「そうなのか? まぁちょうどいいさ。新宿に行く前に、お前ら全員遺物にしてやるよ!」
その声と共に、秋水たちと黒の魔術師たちの闘いが始まった。
(波良闇秋水:装備品『反射神経と知覚能力を強化する非合法の薬剤』を使用)
(禁魔符2秒使用/残り有効時間:11秒)
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【東京・江東区・赤の拠点サーバルーム/16時13分/視点:秋水・白帽子】
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秋水はいつものように『マンバレット』を起動、黒の魔術師たちに跳びかかろうとする。だがその出鼻をくじくように、彼の前にドラム缶が出現した。
「なんじゃこりゃ!?」
「ワタシが出した障害物だヨ、固有魔法『普遍の武器庫』で取り出せるのは銃だけじゃないからネ!」
アリシアがそう言いながら、二丁拳銃を出してそれを撃つ。秋水はそれを避けようとしたが、その前に白帽子が黒霧を展開、アリシアの銃撃を防いだ。
「お、珍しいな白帽子。オメーが積極的に助けてくれるなんて」
「ちゃ、ちゃうわ……逃げようや魔術師殺し! うちはニナたちと戦いたない!」
「逃げるぅ? なに言ってんだ、良質の遺物が目の前にあるんだぜ?」
秋水は構わずマンバレットを起動。稲妻のような軌跡を描き、銃撃をかわしながらアリシアたちに肉薄する。
「"禁"!」
禁魔符が発動し、ララが1秒だけ消滅する。その隙に秋水はアリシアの腕を取り、思い切り床に投げ落とす。
「かはっ!」
アリシアの喉から呼気が漏れ、銃が手から零れ落ちる。だがその時にはユウとニナが動いていた。
ニナがMP7短機関銃を撃ち、ユウが黒霧を纏わせた貫手を放つ。秋水はマンバレットで退避、ドラム缶の影に隠れた。
「喰らいな!」
秋水は隠れたまま火球を生成、それを黒の魔術師たちに放つ。そこで復帰したララが割って入り、大鎌で火球を掻き消した。
「ちっ、さすがに甘くねぇな。悪ぃけど白帽子、ちょっと手伝ってくんねぇか――」
そう言いかけた秋水の声が止まる。見れば白帽子は、いつの間にかサーバルームから姿を消していた。壁に黒霧で穴を開け、そこから脱出したらしい。
「……逃げたか。まぁしょうがねぇよな、頼る方が筋違いってもんだ」
秋水の顔に、少しだけ寂しげなものが滲む。彼は気合いを入れ直し、新たな弾倉を創造。それを拳銃に再装填した。
「よっしゃ魔術師ども、かかって来いや! 片っ端から遺物に変えてやるよ!」
秋水が拳銃を乱射する。ユウは手甲でそれを防ぎつつ、声を張り上げた。
「待て、魔術師殺し! 一応聞いておくが、黒に入るつもりはないか!?」
「あぁん? この俺がトライブに入るだって? そりゃ悪い冗談だぜ」
「冗談に聞こえるかもしれないがな。黒はお前のような奴も受け入れる、懐の深い組織だ。おかげでトライブ内はいつもカオス、ツッコミ役の俺は過労気味だ」
「――……」
「俺自身も、上司である黒の魔人に挑もうと思った事があった。それが叶わないうちに、彼は死んでしまったけどな」
それによりユウの望みは、永遠に果たされなくなった。その後悔を込めるように、彼は続ける。
「……俺たちは異端を排する事を望まない。黒にはお前のようなヤツの居場所も、きっとある」
「俺の居場所? 魔術師を殺す事だけが、俺の望みなんだぜ?」
「3トライブが和平した今、黒の役目の一つは『危険な魔術師の討伐』となっている。その役目の為に、お前の腕を振るってみるってのはどうだ?」
その言葉に秋水は沈黙した。一瞬、そんな未来もいいかと思ってしまったのだ。
彼は初めから死を望んでいる訳ではない。あくまで自分の渇望に従い、無謀な闘いに乗り出しただけだ。
だが、それでも彼は笑った。わずかに湧き上がった、生への執着心を振り切るように。
「……悪ぃけどやめとくわ。俺はあくまで『人間』だ、魔術師のトライブには入れねぇ」
「眠り児は人間で、魔術師は人間じゃないっていうのか。そもそも人間と魔術師が、そんなに違うと思ってるのか?」
「俺にとっちゃ違うのさ。そう信じて生きてきたんだからな」
今日までずいぶんと殺して来た。今さら生き方は曲げれない。秋水はそう思い、断定的に告げる。
「まぁそんなわけだよ。そんじゃ行くぜイェーガー、お互い愉しく狩り合おうか!」
秋水はそう言って飛び出し、部屋を横切りながら銃を撃った。ニナは黒霧でそれを弾き、ユウに告げる。
「説得は不可能なようだな。討伐を最優先とする」
「……はい」
「ではユウ、アリシア、ララ、キノ。お前たちにここを任せる。危険と判断したら撤退、新宿合同拠点に向かえ」
ニナはそう言って、踵を返して歩き出す。その背にアリシアが声をかけた。
「ニナちゃん、どこ行くノ?」
「すまないアリシア、今回も一緒には戦えないようだ。私にはすべき事がある」
その言葉だけで、アリシアは理解したようだ。彼女はニナを送り出し、それから秋水の方に向き直った。
* * * * * * * * * *
――そのころ白帽子は、迷路のような拠点内通路を走っていた。
黒を抜けた彼女だったが、ニナの部下である事が嫌になったわけではなかった。ただ自分の生き方とは合わなかっただけ、彼女たちが眩し過ぎただけだ。
いま狙ってるのは祈だけであり、黒の面々を殺したくもなかった。だから彼女は逃げたのだ。このまま新宿合同拠点に行って、祈と決着をつけようと思って。
だが、そこで白帽子の足が不意に止まった。薄暗い通路の奥に、ニナの姿が見えたのだ。
「――祈を殺しに行くのか、白帽子」
「っ……――」
白帽子は言いよどんだ。ニナがそれを止めるのは、もう判っていた。それでも彼女ははっきりと頷く。
「……そうや。ニナが邪魔するなら、倒してでも行くで」
「だろうな……言葉で止められる訳はないと、私も思っていた」
だがな、とニナは言う。その身から無数の鴉が這い出し、通路中に展開する。
「行けば勝敗に関わらず、お前は死ぬだろう。ならば止めないわけにはいかん」
「うちはもう黒を抜けたねんで? なんでそんなに構うんや」
「3トライブの和平を保つ為、祈への義理、黒の魔女の責任と使命。理由はいくつもあるが、最も大きいのは――私には、お前に救われた恩があるからだ」
ニナは白帽子を見据えた。その記憶が白帽子の脳裏にもよぎる。
かつて3トライブの抗争が佳境を迎えていた頃、新宿での決戦の時。白帽子は己の身を挺し、ニナを護った。
あれがニナと白帽子が、共に闘った最後の機会だった。だからこそニナは、かつての部下に言う。
「祈を殺す以外にも、お前が『死神』になる方法はあるはずだ。私が共に探してもいい。だから若い命を、いたずらに散らすのはやめろ」
「……結局、ええ人やなニナは。眩し過ぎるわやっぱり」
白帽子はそう答え、大鎌を出現させる。それが彼女の意思を代弁していた。
「でもな、これがようやく見つけた、うちの『意味』なんや。今さら引き下がれへん」
「そうか……それが魔術師という生き物だものな」
二人はそう言って視線を交わす。そしてそれぞれの意志を貫く為、互いに向けて駆け出した。
* * * * * * * * * *
「オラァ!!」
秋水がアリシアに跳びかかり、バールを振り下ろす。だがララが鎌を振るい、そのバールを切断。構わず秋水は、新たなナイフを創造し、アリシアに斬りかかる。
その横合いからユウが、電光のような回し蹴りを一閃。それは秋水の腹を捕らえ、彼は吹き飛ばされた。
「痛ぇなオイ!」
秋水は一回転して立ち上がり、オートマチック拳銃を乱射。だが一瞬早くその銃口に、アリシアの撃ったペイント弾が命中。それは着弾後に分断の霧と化し、銃身を粉々に砕いた。
「撃ち合いで負けるつもりはないけどネ、厄介だから壊させてもらったヨ」
「ちっ、魔力不足だって言ってんのによ!」
秋水は止む無くトカレフを創造、アリシアに向けて連射する。そこでユウが割って入り、アリシアを庇った。5発の弾丸を受けた彼は身じろぎしたが、平然とそこに立っている。
「まーた防弾チョッキか! だがこれならどうだ!?」
秋水は分断の霧を弾丸に纏わせ、再び乱射した。白と黒の魔術の併用、眠り児だけが出来る技。それは防弾チョッキをも貫き、ユウの腹に穴を穿つ。
「ぐっ……!」
さしものユウも、大きくぐらついた。腹の銃創に黒い粘液がまとわりつき、治療不能の傷と化す。
「ユウ!」
とっさにアリシアが、『普遍の武器庫』から軍隊用医療キットを取り出す。そこから素早く止血剤のチューブを抜き、握り潰してユウの腹にねじ込んだ。
「痛っ!! あ、荒療治過ぎませんか……」
「応急処置だヨ、あとでちゃんとした治療を受けてネ!」
ユウは頷き、痛みに耐えて駆け出す。アリシアがそれを銃撃で援護する。
秋水はマンバレットで下がりながら、再び銃を連射した。それはユウの頭と胸を、正確に捉えたと思ったが、
「効かねぇ……!?」
ユウは立ち止まらず、そのまま駆け寄ってきていた。秋水は火球を生成して撃ったが、それもユウの体を通過する。
「なんだオイ、防弾チョッキだけじゃねぇのか!?」
そう、それはユウが幻惑の遺物『Tiphereth』で造り出した、一種の幻だった。今の秋水は催眠状態にかかっており、ユウの1mほど横を撃っていたのだ。
異変を感じた秋水が、禁魔符で催眠状態を解く。しかしその頃にはもう、現実のユウが秋水に肉薄していた。
「野郎!」
秋水は銃を捨て、黒霧を纏わせた手刀を放つ。だがユウはそれをかわし、打撃のフェイントから、秋水目掛けてタックルした。
「しまっ――」
地面に倒された秋水は、そのまま足首を固められた。一瞬の間も無く、ユウが彼の足関節をねじり折る。
「ぐっ、がぁあああああああ!」
焼けつくような激痛に、秋水が絶叫した。そこにキノが駆け寄り、木刀で斬りかかる。
足首を極められたままでも、秋水は体を捻って斬撃を避けた。だが避けきれず、上腕部を切り裂かれる。そこから2枚のタリスマンが零れ落ちた。
「ユナイトの部下の遺物か? 返してもらうのだ!」
キノはその遺物を拾い、素早く飛び下がった。秋水は一瞬悔しそうな表情を浮かべたが、すぐ諦めたようにユウに向き直る。
「いつまで掴んでやがんだ、痛ぇだろうが!」
彼の足首から黒霧が滲み出し、ユウを斬りつける。腕の腱を切られたユウは、低く呻いて手を放した。
秋水は苦痛に顔を歪めながら、片足でよろよろと立ち上がる。アリシアはそこに銃を撃とうとしたが、秋水は懐からマグネシウムを取り出し、彼女に向けて投げつけた。
「ッ!?」
直後、それが空中で閃光を放つ。秋水が『熱量操作+』でマグネシウムを燃やし、閃光弾として使ったのだ。
視界を失った彼女の耳に、秋水の声が聞こえる。
「……無理だな、ここは退くわ。また後でな」
彼はそう言って、懐から片足のままマンバレットを起動。自分を射出し、壁の穴に退避した。
「待て!」
ユウは腹と腕から血を流しながらも、秋水を追う。アリシア・ララ・キノもそれに続いた。
* * * * * * * * * *
壁の穴の向こう、通路内では。
ニナと白帽子の闘いが、今も続いていた。
「ヘキサクラフツ!」
ニナが無数の烏を、白帽子にけしかける。彼女は大鎌でそれを切り払ったが、烏は次から次へと飛来し、白帽子に襲いかかる。
「くっ!」
白帽子は秋水から貰った遺物『流れる鋼』で、烏の群れを防ぐ。だがその時には彼女の足下に、ニナが放った黒蛇が忍び寄っていた。蛇は白帽子の足に巻き付き、分断の力で肌を裂く。
「あっ!!」
白帽子は思わず膝をついた。そこにニナが、短剣を向けて告げる。
「……わかっただろう、白帽子。私と祈はほぼ同等の力を持つ、私に勝てなければ祈にも勝てん」
「っ……」
少女は悔しげに唇を噛む。だが自分の力はこれだけではない。
再び固有魔法『紅イ追跡者』で暴走状態に入れば、ニナに勝つ事も出来るかもしれないのだ。
だがその魔力を確保するには、秋水から貰った遺物を犠牲にするしかない。
(ここで使ってええのか……? これは祈ともう一度戦う時の為の、最後の切り札やろ?)
彼女は考えたが、答えは出ない。固有魔法抜きでニナに勝つ事も出来ない。
どうすればいいのか、彼女が逡巡した時――
「白帽子ッ!!」
どこかで秋水の声が響いた。
はっとして振り返ると、通路の奥から猛然と秋水が飛来してくるのが見えた。彼はその勢いのまま白帽子の腕を掴み、連れ去ろうとする。
「させん!」
ニナは烏の群れを放ち、秋水を迎撃しようとした。
だが秋水は『攻勢障壁』を展開、烏の突進を跳ね除けて、そのままニナの向こうに跳び去る。
秋水の腕に掴まれながら、白帽子は叫んだ。
「なんやお前、また一緒に脱出か! うちはお前を置いて逃げてんで!?」
「知らねーよ! 俺が逆転勝利するには、オメーの力も必要なんだ! いいからついて来い!」
そんな声が通路に響き、すぐに聞こえなくなった。やがてユウたちが、秋水の来た方向から駆けてくる。
「ニナさん、秋水が来ませんでしたか!?」
「ああ、来た。白帽子を連れて逃げていった」
ニナはそう答えつつ、部下たちの負傷具合を見た。特にユウが重傷で、すぐに治療しなければ危険だろう。
「……咎女に『扉』を開いて貰い、新宿合同拠点に行くぞ。白の連中も来てるはずだから、そこで治療を受ける」
「秋水を追わないんですか?」
「その必要はない。新宿で待っていれば、やがて来るだろう」
ニナはそう言って、ユウに肩を貸す。そうして黒の魔術師たちは、新宿拠点に向かった。
(波良闇秋水:装備品『オートマチック拳銃』破損/『マグネシウム』使用
遺物『アデルの函』『リデルの手』を奪取される
半径10mの固有空間内の物理法則を操る能力を失う)
(禁魔符3秒使用/残り有効時間:8秒)
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【東京・江東区・神田川傍/16時26分/視点:波良闇秋水】
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江東区の拠点を脱出した秋水たちは、神田川に架かる橋の下に逃げ込んだ。
秋水は大きく息をつき、悔しげに呟く。
「あぁクソ、勝てねぇなぁ……強すぎだろ今の魔術師ども、数年前とはモノが違ぇぜ」
彼の額には、脂汗が浮かんでいた。ユウに折られた足が痛むのだろう。『マンバレット』を使わなければ、まともに歩くことも出来ないほどだ。
彼は奇妙に捩れた足首を見せ、傍らの白帽子に言う。
「おい白帽子、おまえ黒の魔術師だろ。折れた骨繋いでくれ」
「……うちは分断の力しか使えへん。繋いだりは苦手や」
「マジか。仕方ねぇ、自分で治癒するか……もう魔力あんまりねぇんだけどな」
秋水はそう言って、捩れた足を元の形に戻した。泣きそうな表情を浮かべつつも、身体治癒の魔法を使う。
やがて骨は繋がったらしい。だが痛みはまだ残っているようで、顔をしかめたままだ。
頼みの綱の鎮痛剤は、既に使ってしまっている。見かねた白帽子は、彼の足首に向け黒霧を放った。
「……お? なんだこれ、痛み消えたんだけど」
「痛覚を分断したった。なんぼか楽にやるやろ」
「おう、悪ぃな。代わりにオメーの足も直してやるよ」
秋水はにっと笑い、白帽子に治癒魔法を使った。彼女はため息をついて問う。
「それよりもう一度聞くで、なんでうちを連れて逃げた? うちはお前の仲間やない、この先も手助けはせぇへんで」
「よく言うぜ、なんだかんだで助けてたくせに。オメーも俺が死んだら、白の魔女に辿り着けねぇってわかってるからだろ?」
「っ……まぁ、なぁ……」
「相変わらず利害は一致してる。だったらもう最後まで一緒に行こうじゃねぇか、俺一人じゃキツい状況だしよ」
確かに秋水の魔力は突きかけ、装備品のほとんども失われている。禁魔符の有効時間は残り10秒を切り、遺物は最初にあった7つのみ。逆転の要素はいよいよ少ない。
それでも秋水のテンションは下がっていなかった。恐らく逆転の秘策があるのだろう。そう推察した白帽子は、とうとう諦めたように言う。
「……わかった、うちの降参や。お前がうちに力貸すなら、うちも力貸したるわ」
「はっ、ありがてぇぜ。そんじゃ俺は何があっても、オメーを白の魔女まで送り届けてやるよ」
「そら助かるけど、でもどうやって逆転するんや? トライブの連中、どんどん新宿に集まってんで」
「そうだな……そろそろ終わりが近そうだ」
秋水はそう言って、上方を見る。橋の上をパトカーが、サイレンを鳴らしながら走っていく音が聞こえた。
今のところ、警察にも魔術師にも見つかっていないようだ。だがこのまま隠れていたところで、見つかるのも時間の問題だろう。そう思う白帽子に、秋水が問いを返してくる。
「……お前はどうする、白帽子。逃げるか?」
「アホ、誰が逃げるか。祈を殺るて言うたやろ、お前はどうなんや」
「俺も同じさ、最後まで闘い抜くのが俺の望みだ。それ以外は何もいらねぇ」
「……せやろな。お前とうちは、同じようなもんやから」
「その通りさ。そんじゃ行くか、新宿へ! そこでラストバトルだ!」
秋水はそう言って歩き出す。白帽子はその横顔に尋ねた。
「敵は何十人いるかわからへんで。勝てると思うか?」
「勝てるさ。俺とお前ならな」
秋水の頬には、曇りなき笑みが浮かんでいる。
白帽子もかすかな笑みを返し、それから彼と共に歩き出した。
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【東京・新宿区・3トライブ合同拠点付近/16時38分/視点:魔術師たち】
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――東京新宿区、陽が傾き始めてきた頃。
ウィズクラスのある商店街付近には、人の気配が無くなっていた。
ここを決戦の場と定めた幹部たちが、3トライブの力を総動員し、人払いを行ったのだ。
ウィズクラスに放たれた火は、とうに鎮火していた。建物が2割ほど焼失したが、この戦いが終わればまた修復されるだろう。
辺りにはニナが散布した黒霧が立ち込め、異界と化している。これからここで起こる出来事は、一般人たちには認識できない。
ウィズクラス直下の新宿3トライブ合同拠点には、この事件に関わった魔術師たちが、咎女の作った『扉』を通じて集結していた。
白からは祈、衛示、リミット、ミカ、憩、あま子、征。
黒からはニナ、ユウ、アリシア、ララ、キノ、エーデル。
赤からはラプラス、あゆみ、共未、はき、トール、イデア、我歩、おりべー、リーリオ、フィリア。
さらにウィズクラスの面々に、トリーネとアルバート。そして空を初めとした、境界の魔女の弟子たちも。
『A・ヒール』によって負傷した者たちは、今では空の破魔の力により、全員快癒していた。
魔力も体力も低下しているが、全員まだまだ戦える。
そうして合計37名もの魔術師が、拠点に続く地下道に散開し、秋水迎撃の準備をしていた。
* * * * * * * * * *
この戦いを最初から見続けて来たトリーネは、ウィズクラスの仲間と共に、拠点内で情報処理をしていた。
ドローンたちから送られてくる映像と、トラインがハッキングした街頭カメラの映像。それらを見ながらトリーネは思う。
これまで皆が手に入れた情報は、全員に共有してある。秋水の生い立ちも、彼が今回の事件を起こした理由も。
(……抗争の時代が遺した遺物が、彼なのだとしたら。この戦いを乗り越えた時、本当の意味で新時代が訪れるという事なのでしょうか……)
恐らくはそうなのだろう。これは獣の時代を生き抜いた魔術師たちへの、最後の試練なのかもしれない。
ならばどんな形になろうとも、この試練を乗り越えよう。トリーネが大切に想ってきた、なんでもない『日常』を取り戻す為に。
* * * * * * * * * *
また同室にいるあゆみは、真摯に祈っていた。
この戦いが、これ以上一人として犠牲を出さず、無事に終わる事を。
傍らの共未が、思いつめた表情のあゆみに囁く。
「あゆみも戦うの……?」
「いえ……私はすべき仕事はもうしました。あとは祈るしかないです」
彼女の言う通り、新宿合同拠点付近の防衛体制は、システム面でも完璧に整備されていた。
2ラインのメイン電源に加え、自家発電と非常電源の両システムで電気を確保。停電等による混乱を防ぎ、さらに例の警報システムも配備されている。
それは今日行った事ではない。彼女が日々の仕事の中で、コツコツと進めてきた事だ。魔女でありながら、平穏を誰より望むあゆみが。
「……もう誰にも何も奪わせたりしない。ラプラスさんと約束したんです。その為に私は、自分に出来る事をします」
これまでも、そしてこれからも、ずっと。
そう思うあゆみに、共未は安堵させるように笑いかけた。
* * * * * * * * * *
地下道中央の防衛ラインでは、憩がミカやあま子と共に待機していた。
仲間たちの減少した魔力も、遺物『ささらの薔薇』を使えば回復できる。秋水たちの勝ち目はまた低くなるだろう。
だけど憩は少しためらっていた。秋水の赤子の頃の写真を見ていたからだ。
「……姉君様ぁ、魔術師殺したちをどうするつもりですか?」
「私の目的は、初めから捕縛よ。白の役目は殺す事じゃない、生かし育て導く事だもの」
「そうですか……安心しました」
ミカもその写真を見た以上、余計に死なせたくない気持ちが高まっていた。
だが戦場では何が起こるかわからない。義妹たちが脅かされる可能性もある。
「……いつも思うけど、殺すより生かす方がずっと難しいわね」
「で、でも、私は……その難しい事に挑む異端教会が、けっこう好きです」
あま子の言葉に、ミカは穏やかに笑う。それからまた表情を引き締め、闇の奥を見つめた。
* * * * * * * * * *
アルバート・日羽・エーデルの不思議なトリオは、別の防衛ラインで待つ。その傍らにははきが派遣してきた従者、『鴉の書』の姿もあった。
その間、日羽が静かに口を開いた。
「……マスター。眠り児は人間で、魔術師は人間じゃないなんて思いますか?」
「アホくせぇ、全部人間だよ。魔術師も眠り児も一般人も同じだ、使える力の量と種類が違うだけだ」
「その通りさね。人を人たらしめるのは、『人の意志』があるか否かで決まる。わしのような魔法生物ですら、それは変わらんよ」
「……でも、秋水はそう思っていないんでしょうね?」
エーデルがそう言って、キノから渡されたタリスマンを取り出した。殺された双子の部下の遺物、それを見つめて続ける。
「だからここまで不利な状況でも、戦える。魔術師殺しの役目を捨てたら、彼にはもう何もないのと同じだから」
「そんな、これから作ればいいじゃないですか!? 今からでも遅くない――」
「ダメよ。そうして自らの役目に殉じ、かつそれこそが望みだった人を、あんたは良く知っているはずでしょう?」
日羽はそう言われ、トリスタニアの事を思い出す。
最晩年の彼女は、私情を取り戻していた。そして魔術師たちを護る事を、命より大切な願いとしていたのだ。
日羽は何も言えなかった。だからせめて自分の役目の為に、治癒の魔導書を創造した。
* * * * * * * * * *
ニナ・ラプラス・祈は、拠点入口のゲートに立っていた。
拠点に続く最後の防衛ラインだ。誰もが無言だった。それぞれの想いがあるのだろう。
だがやがてニナが、ラプラスに囁く。
「……ラプラス、いよいよの時は頼む」
「わかってるわ」
敵同士ながら長い付き合いの二人は、その言葉だけで互いの意思を理解する。
祈もそれを理解したらしく、深く頷いた。
* * * * * * * * * *
そして地上では――
ウィズクラス傍のビルの屋上に、咎女とシウが佇んでいた。
ビルの周囲を、咎女の飛ばした鳥型アニマロイドと、トリーネが飛ばしたドローンが飛び交っている。リミットの放った『ハチドリ探索部隊』も巡回している。まさに死角は一切なく、彼我の戦力差も歴然としている。
それでも秋水たちは来るだろう。咎女はそう思いながら、傍らのシウに囁く。
「……シウ、考えを聞かせて下さい。貴方は調停者として、彼らを討ちますか?」
「皆の手を汚させたくないからね。その役目は、僕が果たそうと思う」
そう答えたシウの横顔には、迷いの色は見えない。だがその心情までは、咎女でさえ推し量れなかった。
だが魔術師たちのそれぞれの想いにも、じきに答えが出るだろう。
いずれにしろ、もうすぐ終わるのだ。平穏の中で起きたこの闘争に、決着の時が迫っている。
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【東京・千代田区・駐車場/16時38分/視点:Scarlet Seeker】
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同刻、千代田区のとある駐車場では。
秋水が、見知らぬ誰かのバイクの鍵を、手慣れた手つきで壊していた。
露出したセルスイッチを指で回すと、リッターバイクのエンジンが音を立てて動き出す。
「……よし、かかったぜ。後ろに乗れよ白帽子」
秋水はバイクにまたがり、手招きする。白帽子はその後ろに座りながら、彼に問う。
「単車で敵陣に乗り込むんか?」
「ってよか、武器として使いてぇんだよな。俺の最後の隠し玉だよ」
秋水はそう答え、アクセルを捻る。するとバイクのホイールがスピンし、軽快に走り出した。
白帽子は秋水と自分に黒霧を纏わせ、分断の力で姿を隠す。目くらまし程度に過ぎないが、新宿まで辿り着ければいい。そう思う白帽子に、秋水が問いかけてくる。
「そういやまだ聞いてなかったな。お前、なんで白の魔女を殺してぇんだ?」
「あいつを殺せば、死神になれると思ったからや。それがうちの、唯一の存在意義やから……」
「死神か。『魔術師殺し』よりスケールでけぇな」
秋水はそう言って笑った。それから腕を切開し、遺物を二つ取り出して、白帽子に渡す。
「なんやこれ?」
「『アクティブソナー』と『天下独歩』だ。もう俺には必要ねぇからよ、魔力の足しにしな」
その言葉に白帽子が眉根を寄せる。彼女は秋水の背に向けて問いかけた。
「……死ぬつもりか、お前」
その問いに彼は答えなかった。ただ前を見たまま続ける。
「俺は人のままで行くけどよ。お前は死神になれよ」
その言葉に白帽子は、無言で頷く。
行く手の空は晴れ渡り、雨上がりの虹がかかっていた。
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【東京・新宿区・3トライブ合同拠点付近/17時25分】
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バイクは滞りなく一般道を駆け抜け、新宿区に入った。
ウィズクラスが近づいてくるにつれ、人気が消えてきた。
いつもなら大勢の人でにぎわう界隈だ、明らかに向こうがここを決戦の地だと定めた事がわかる。
「好都合だな。ボチボチ戦闘開始か……」
「待てや秋水、そこに誰かおるで!」
秋水はそう言われ、バイクを急停止した。見れば道の脇に、剣術屋の姿がある。
「なんだお前か。遅ればせながら組みに来たのか、それともやっぱ殺しに来たのか?」
「どっちでもねぇよ。ただせっかくだから、お前の行く末を見届けようと思ってな」
似た者同士でありながら、根本がまるで違う二人の男が対峙する。秋水は笑って答えた。
「はっ……そんじゃよく見といてくれや。オメーの記憶に残るのは、そう悪い気分じゃねぇ」
「そう言われんなら、来た甲斐もあったか。俺はお前の様な雑な生き方はできねぇが、その生き様は胸に刻んでやる」
「おうよ、もし生き残れたらケリつけようぜ」
秋水はバイクのアクセルを回す。そして決戦の地に向けて、再び走り出した。
* * * * * * * * * *
やがてウィズクラスのある商店街と、その傍にあるビルが見えてくる。地下道の入口はもう少し向こうで、辺りには人気が一切ない。いや――二人だけいる。見上げればビルの屋上から、咎女とシウが飛び降りてくるのが見えた。
「来た来た来たぁ!!」
秋水は前もって攻勢障壁を展開、一瞬遅れて咎女がレーザーを射出。それは障壁に反射され、咎女の腹を抉った。
その傷跡を粘液が覆う。だが咎女はその傷の周囲をレーザーでえぐりとり、改めて回復した。体の欠損箇所を魔粒子で再構築できる、彼女だけの『A・ヒール』対処法だ。
秋水はトカレフで追撃しようとしたが、止めた。咎女には創造した武器を奪う遺物がある、素手で倒さなければならない。そう思った彼は声を上げた。
「白帽子、バイクのハンドル頼む!」
「は!? うち運転できひんねんけど!」
「一瞬だ、すぐ戻る!」
秋水はバイクから飛び降り、そのままマンバレットを起動。空中にいるシウを蹴り飛ばし、そのまま着地した咎女にも接近する。
「"禁"!」
「っ!」
その声と共に、咎女の両腕が消滅した。彼女は腕を魔粒子で構築しているため、禁魔符によって掻き消されてしまうのだ。
「がら空きだぜ!」
秋水は咎女の顎に掌底を放ち、意識を奪う。止めを刺す事は優先せず、すぐに跳躍し、再びバイクに乗り込んだ。
「よっしゃ、道は開いた! このまま地下道まで――」
そう思った時、すぐ後ろで爆発音が響いた。みれば咎女が立ち上がり、光子爆弾をこちらに放っている。
「気絶したんじゃねぇのか!?」
「脳への血流を、操作しまして……なんとか、意識を繋ぎ止めました……」
咎女の声は震えていたが、それでも彼女は光子爆弾を連続で放つ。秋水は『攻勢防壁』で、白帽子は黒霧でそれを防ぐ。だが爆風はその壁をも突き破り、バイクを横転させた。
「うぉっ!」「あっ!!」
秋水と白帽子は投げ出されたが、空中で軌道を変え、再びバイクのところに戻る。タイヤは破損していたが、秋水は魔法でスペアタイヤを創造。白帽子を抱えてバイクに乗り、三度地下道に向けて走らせた。
「待て秋水、なんでそんなにバイクにこだわるんや!? 地下道はもうすぐそこやろ、走ってでも行けるで!?」
「言ったじゃねぇか、武器として使うって。これが俺の逆転の手だ」
背後でシウが黒霧を放ち、秋水に重量合成をかけて足止めしようとする。それでも彼は止まらない。
やがて地下道入り口の階段が見えてきた。そこまでの距離は15m。中には山ほど魔術師がいる。
それを察した秋水は、バイクのガソリンタンクに手を触れた。『熱量操作+』でガソリンの温度を高め、急速に沸騰させる。
「何するつもりなんや!?」
「ガソリンってのは密閉状態で沸騰すると、爆発力が極度に高まるんだよ。現代科学でも作れる爆弾、人間の知恵さ」
秋水は笑い、白帽子を抱えてバイクを飛び降りる。乗り手を失ったバイクが、地下道に飛び込んでいく。
そして着地際に秋水は、トカレフを構え――
「これが俺の、最後の花火だ」
バイクのガソリンタンクを、撃った。
――一瞬遅れて、地下道の闇の奥で閃光が瞬いた。
轟音と共に爆炎が吹き荒れ、通路内を薙ぎ払っていく。そこかしこでマンホールが、火柱を上げながら吹き飛ぶ。
「な……!」
背後でシウと咎女が、呆然と声を上げた。秋水はゆっくりと振り向き、言う。
「……防壁魔法の得意な奴は、何人か生き残ってるかも知れねぇが。だいたいこれで逆転じゃねぇか?」
「お、お前は……! なんて事をッ!」
「お互い様だろ、殺し合いなんだから。さて仕上げと行くか白帽子? 俺はこの2人を、お前は白の魔女を――」
そう言いかけて、秋水は気づいた。白帽子の眼が、地下道の奥に釘づけられている事に。
そこには炎が揺らめいている。だが動いているのは炎だけではない。その奥からおりべーら赤の魔術師たちが、次々と歩み出てくるのが見えたのだ。
やがて秋水の口から、かすれた声が漏れる。
「……冗談だろ。窒素爆弾に匹敵する爆発力だぞ、なんで生きてられる!?」
「おれが爆発の寸前に、ガソリンを冷やしたんだよー……本来は走行不能にするためだったけど、爆発力を下げる役に立ったみたいだね~…」
「じゃあ、今の爆発では――」
「ダメージを負った人はいるかもしれないけど、たぶん誰も死んでないよ~……皆の声が、足音が、シンキロウで伝わってくる」
そう言ったおりべーは、それでも手足に火傷を負っていた。傍らの我歩・リーリオ・ユウキも同様だ。
秋水は感嘆と呆れが入り混じった声で言う。
「お前ら、マジで無敵だな……! まさか今ので誰も殺せねぇとは思わなかったぜ」
「甘ちゃんのくせにこういう奴らなんや。となると、やる事は一つやな」
「ああ、そうだな――魔術師の群れを突破し、白の魔女のところまで行くぜ!」
秋水は最後に残していた『身体機能強化剤』を自分に合成。力と魔力を振り絞り、駆け出した。
「"禁"!」
禁魔符で魔法に対する障壁を張り、白帽子がそれを分断の霧で包む。物理と魔法を無効化し、彼と彼女は突進する。
寸前で禁魔符を解除、バールを振るっておりべーたちを殴り飛ばす。だが止めを刺している時間はない。すぐに敵が集まってくる。
「白帽子、腹くくれッ! これが白の魔女に続く最後の道だ!」
「おう!」
そう叫びながら地下通路に駆け込む。中はそこかしこで炎がちらついている。
その灯に照らされ、遠くにはきたちの姿が見えた。彼はコインをレールガンの原理で射出し、さらに境界の魔女の弟子たちが弓とショットガンを撃つ。
「遅いわ!」
白帽子は遺物『流れる鋼』で盾を造り、それらの飛び道具を受け止めた。続けて『瑞雲の黄龍』を起動、はきたちの周囲4か所から黒霧を射出する。
だが駆馬が『アクティブデコイ』でその黒霧を引きつけ、全て受け止めた。その隙にはきは、指を鳴らして摩擦熱を起こす。それを増幅した熱線が、秋水たちを襲った。
「それも甘ぇって!」
秋水は『攻勢障壁』で、はきの熱線を反射した。はきは『熱量操作-』で熱線を掻き消す。
同時に真琴が空の腕を掴み、二人まとめて瞬間移動。秋水たちの背後に回り込んだ。
「"禁"!」
とっさに秋水は禁魔符で、空の刀を掻き消した。だが空手家の真琴は止まらない。そのまま拳を振り被り、神速の7連撃を繰り出した。
「うっ、ぐっ、がはっ!!」
秋水の体がぐらついた時、そこに白帽子が割って入った。禁魔符の効果が切れると共に、大鎌で真琴の首を薙ぐ。
だが間一髪真琴は、再び瞬間移動。空を連れて、はきたちのいる場所まで戻った。
「ちっ、相変わらずアイツらとは相性悪ぃな!」
「ややこしい奴は避けてけばええねん! 別の道行くで!」
白帽子は分断の霧で壁に穴を開け、隣の通路まで掘削した。合点した秋水はそこに駆け込み、白帽子を抱えてマンバレットを使う。
「待ちなさい!」
はきの声が背後で響いたが、構わない。秋水たちは通路を駆け抜け、拠点の奥を必死で目指す。
だが交差点に差し掛かった時、闇の奥に人影が見えた。見ればそこに、アルバートと鴉の書が立っている。
「お前ら……!」
「悪いが仕留めさせてもらいに来たぜ」
「久しぶりに――いや、生まれて初めての調停者の仕事をするさね」
調停者たちの言葉に、秋水たちは思わず立ち止まる。すると交差点の左右からも、魔術師たちが駆け寄ってくるのが見えた。
右からは衛示とリミットが、左からはユウとアリシアとララとキノが。すぐに背後からも、はきたちが追いついてくるだろう。
逃げ場はない、絶体絶命か。白帽子がそう思った時、秋水が意を決したように言った。
「白帽子、俺が道を開く。オメーは白の魔女の所へ行け」
「え?」
「ここまで付き合ってくれた礼さ。全部終わったらお前と戦いたいと思ってたんだが、残念ながら無理みてぇだ」
秋水はバールを創造した。『生命保護』と『自動回復』を自分と白帽子にかける。
「待て秋水、お前はそれで――」
「いいんだよ、俺の望みはもう叶ってる。お前のおかげでここまで闘えたんだからな」
そう言った彼の頬には、満ち足りた笑みが浮かんでいた。何も言えなくなる白帽子に、彼は。
「そんじゃーな、白帽子。お前も望みを果たせよ」
その言葉を残し、アルバートたちに殴りかかった。
アルバートが熱線を、鴉が雷撃を放つ。秋水はそれを攻勢障壁で跳ね返しながら、バールを一閃する。
白帽子はその姿を見ていた。周囲から足音が近づいてくる。バールを受け止めたアルバートの体が傾ぎ、道がわずかに開かれる。
「っ……!」
彼女はそれを見て、駆け出した。
アルバートたちの横をすり抜け、祈の待つ通路の奥へ。
己の願いを叶える為に。彼の意思を無駄にしない為に――
* * * * * * * * * *
真っ直ぐな通路を、白帽子が駆け抜けていく。
立ちふさがるエーデルと日羽をかわして、ミカ・あま子・憩の三姉妹も切り抜けて。
あゆみが仕掛けた警報システムと、共未が使う遠隔視は、常に白帽子の居場所を指し示していた。トリーネがそれを全員に共有し、それに従って征とフィリアがやってくる。
だが白帽子はその2人を、鎌を振るってなぎ倒した。イデアとトールが追ってきても、姿を消してやり過ごした。
そうして自身も数多の傷を負いながら、彼女は――
ついに、祈の元に辿り着いた。
「祈……ようやく、また会えたわね……」
白帽子は、本来の口調に戻って言った。
祈の傍らにいるニナとラプラスが、身構える。だが祈は2人を手で制し、白帽子に歩み寄った。
「……お待ちしておりました」
祈の言葉に、白帽子は微笑む。そして秋水から貰った遺物を砕き、己の魔力に置換した。
黒霧で造られた髑髏が、白帽子の胸を食い破る。その血が大鎌に変わっていくのを見ながら、祈は呟いた。
「……ずっと考えていました。あなたと向き合う方法を、あなたを護る方法を」
白帽子の服が黒く染まっていく。その目から理性が失われ、暴走状態に入っていく。
「だけど、答えは出ませんでした。私の願いを、あなたに押し付ける事はできないから」
誰かが願いを抱いた時、それに相反する願いが、この世には必ず存在する。世界はそれに満ちている。
「だったら私に出来るのは、あなたの願いを受け止める事だけ……」
祈の言葉と共に、彼女の背が白く輝く。先代の遺物を解放し、その魔力で己を強化する。
「――決着をつけましょう、白帽子さん。これが私と貴女の、最後の闘いです!」
祈がメイスを創造し、構える。白帽子もまた大鎌を構え、祈に斬りかかった。
「ガアアアアアアアッ!!」
獣のような咆哮を上げ、襲い掛かる白帽子。これまでのどの闘いよりも速く、鋭く。
祈はその斬撃をメイスで受け、衝撃を受け流しつつ一回転。全力の打突を、白帽子に向けて繰り出す。
白帽子はそれを黒霧で受け止め、そのまま小鎌に変えて祈を狙う。祈は防壁魔法でそれを防ぎ、白帽子に反撃する。
二人は命を懸けて闘っていた。それが白帽子の願いを叶える、恐らく唯一の方法だった。
理性無き白帽子の頬に、幽かな笑みが浮かぶ。固有魔法『紅イ追跡者』の副作用が、彼女の記憶を全て消していく。
その時、彼女は魔術師ではなかった。魔女でさえなかった。彼女の望んだ存在に、『死神』になっていた。
やがて死神の大鎌が、白の魔女のメイスを切り裂く。さらに返す刃が祈を襲う。
「っ――」
祈はその斬撃で、胸を大きく切り裂かれた。鮮血が噴き出し、白帽子にかかる。
だが祈はその傷を治癒せず、魔力を全て身体強化に回した。脈々と受け継いできた白の力を、今まで培ってきた全ての想いを、自分の小さな拳に込めて――
白帽子の心臓を、打ち抜いた。
「ッッッ――……」
死神が身を震わせた。祈の拳打の衝撃は、彼女の心臓を停止させるのに、充分な衝撃を持っていた。
白帽子は唇から血を零しながら、幽かに微笑んで言う。
「……ありがとう、祈。私の遺物は、貴方に……」
その声が、最期だった。
白帽子の体が鉱物と化し、静かに崩れていく。
そしてその欠片の中から、彼女の身の丈と同じ大きさの、鎌が現れた。
「……白帽子さん」
祈の眼に涙が滲む。彼女はその遺物を抱き、声を出さずに泣いた。
静寂に満ちた地下通路。そこにニナの声が響く。
「――頼む、ラプラス」
「ええ!」
ラプラスは白帽子の欠片に駆け寄り、遺物『マクスウェルのスマートフォン』を使う。
いつか、終焉の魔女と化したニナを救った方法。死した魔術師を、人間として蘇らせる術。
時が10秒間巻き戻り、彼女の欠片が人の形を成していく。
そこには全てを忘れ、無垢な少女となった、白帽子が倒れていた……。
* * * * * * * * * *
そうして魔術師『白帽子』が死んだ時。
秋水はその事を、不思議と悟った。
(はっ……お前は望みを叶えられたのか……?)
そう思いながらも、彼はまだ闘っていた。
禁魔符を全て使い切り、銃弾と魔力が尽きてもなお。たった一本のナイフで、魔術師に挑み続けていた。
だがその体は傷だらけで、全身は血に染まっている。それでも彼は微笑んでいた。願い続けて来た事が叶ったのだから。自分の人生を真実にできたのだから。
それでもやがて、決着の時が来る。その時エーデルの放った真空波が、秋水の胸を抉った。
「ぐっ……!」
秋水の胸から血が溢れた。彼はよろよろと後ずさり、壁にもたれかかる。
『生命保護』で命だけは保ったが、それでもその出血は、彼の意識を奪い――
「ははっ……満足、だぜ……」
その言葉を残し、魔術師殺しは、ついに力尽きて倒れた。
「……終わったわね」
エーデルが静かに息をつく。魔術師たちは何も言わず、気絶した秋水を見つめていた。
やがて止めを刺そうとするアルバートを、シウが駆けつけてきて止める。
「止めましょう、アルバートさん。調停者の責務は、魔術師全体の利益を護る事。眠り児の討伐は含まれていません」
「だが生かしても、こいつの望みは永遠に変わらないぞ。傷が治れば、また襲ってくるだろう」
「わかっています。『魔術師殺し』となった彼を救う事は、もう出来ない……だから、その前からやり直すんです」
シウはそう言って、彼を治療する。それから黒霧を放ち、秋水の体内にある『幼老丸』に意識を合成した。
すると、彼の体が若返っていく。青年から少年となり、幼児となり赤子へ。
「……彼は普通の人生を失ってしまった。だけどもう一度最初からやり直せば、きっと……」
シウは祈るように呟く。
魔術師たちの視線の先で、赤子は無垢な笑みを浮かべていた――。
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【Eplogue】
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――そうして『魔術師殺し・波良闇秋水』が起こした事件は終わった。
平穏の中で起きた闘争は、魔術師たちの奮闘の甲斐もあり、最小限の犠牲で終わった。
ユナイトの帰国後、エーデルは彼と共に、死んだ部下の墓参りをした。
魔術師に墓はない。だが彼らが死んだ街角に、そっと花を供えたのだ。
ユナイトは何も言わなかった。ただエーデルを労うように、そっとその頭を撫でた。
* * * * * * * * * *
炎上したウィズクラスの復旧は、不思議なくらい早く終わった。
調停者たちが何かやったのだろうか。あれだけの事件だったというのに、新聞やインターネットにはそれに関連する記事はない。
日常は何事もなかったように続いていく。剣術屋は豊島区のとある川べりに腰掛け、独りごとのように呟いた。
「……しかし駆け抜けたな、アイツも。力貸してやればよかったかな」
その言葉に、傍らの空が目を丸くする。彼はあの事件の後、一応数日ほど東京に留まり、予後に備えていたのだ。
その心配もなくなり、神奈川に帰るまえに、剣術屋の元を訪ねた。そこで出てきた台詞がこれかと、空は苦笑する。
「勘弁しろよ。お前もヤツの一行に加わってたら、さすがにシャレになんねぇ事態になってた」
「はっ、まぁ今回は珍しく魔術師側に立っちまったからな。おかげで死にかけたが、いい経験にもなった」
剣術屋は空に笑ってみせる。空も笑みを返しつつ、それからふと真顔になって言った。
「……いつかはオレとお前も、マジで殺し合う日が来んのかな」
「ん? 俺はいつだってお前を殺すつもりで戦ってるぜ? まぁいつも駆馬たちに邪魔され、引き分けにされちまってるが」
「あぁ? なんかそれ、お前の方が強いっつってるように聞こえるけど、気のせいか?」
「気のせいじゃねぇよ、そう言ってんのさ。魔人と魔術師の魔力差はあっても、剣じゃ俺の方が上だ」
「よーしよく言った剣術屋、じゃあ今ここでケリつけるか!」
「上等だ、かかってこいや!」
空と剣術屋が、いつものように斬り合いを始める。遠くから駆馬たちが駆け寄ってきて、それを仲裁する。
人の願いはいつだって相反し、闘争は終わらない。
それでもその闘争の中で、通う心はある。彼らがそうであるように。
* * * * * * * * * *
白帽子は、その後シュバルツイェーガーに保護された。
人になった彼女には、新たな人生が待ってるのだろう。死神になる事を望んだ少女は死に、その頃の記憶も消えた。
だが彼女の胸の奥に、今も残るものがある。それは自分の望みに従い、命を燃やした想い出の残り香だ。
それを思うと、白帽子の胸はかすかに疼く。
その痛みを抱えて、彼女はこれからも生きていく――
* * * * * * * * * *
そして、異端教会では――
他の魔術師たちが見守る中、ミカが赤子をあやしていた。
「よちよち……可愛い赤ちゃんね」
ミカの優しい声に、赤子はきゃっきゃと笑う。その様子に使い魔のベビーが、ふんと鼻を鳴らした。
「おいおいマミー。新しいベビーが来たら、俺よりそっちばっか構ってねぇか?」
「仕方ないでしょ? 白の東京支部は若い子ばっかりで、私しか適任がいないんだから」
その言葉にベビーが、渋々頷く。周りで見ていた憩とあま子も、それぞれ声を上げた。
「わ、私も抱いてみたいですぅ!」
「わわわ私も! ベビーセラピーで癒されたいですし!」
憩とあま子が手を伸ばし、赤子を取り合おうとする。ミカは苦笑し、彼女たちに赤子を預けた。
「うわわわ、可愛い……あ、赤ちゃんの笑顔って破壊的ですね」
「でもこの子、これからどうするんですかぁ? ご両親は既に亡くなっているようですし……」
その言葉を聞いた祈が、哺乳瓶を温めながら答える。
「皆で色々考えたのですが、異端教会で引き取る事にしました。白には修道院も病院もありますし、育てる体制は整ってますから」
「異端教会の役目、『生かし、育て、導く』って奴ですね?」
「はい……今度こそこの子には、平穏な人生を歩ませてあげてあげたいですね」
祈はそう言って、赤子を見つめる。
魔術師たちに見守られながら、生まれ変わった彼は、穏やかに微笑んでいた。
(END)
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