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②『マジック・レイヴ』

 
――戦場で大会参加者たちが、熾烈な闘いを繰り広げていた頃。  
その内容はあゆみとおりべーの手により、場外に同時中継されていた。  
 
大会の進行と共に、観客たちの熱気も増していく。  
実況席では響香が、そのボルテージをさらに煽っていた。  
 
「全国の魔術師ファンの皆さん、こんにちは。  
 最強の魔術師を決める闘いの祭典、キング・オブ・ウィザーズ2016。  
 実況は私、支倉響香と――」  
「解説の浅川栄一がお送りするぞ」  
 
『探求の魔術師』こと浅川栄一が、実況席で答える。  
響香は頷き、アナウンサー口調で続けた。  
 
「さて大会も序盤戦を過ぎ、状況が動いてきましたね。  
 栄一さん、ここまでの見所は?」  
「そうだな。まずは序盤からいきなり、大物同士の闘いが続いた事か。
 アルバートVS鴉の書は、古参魔術師同士の大一番。  
 鴉の書も善戦したが、優勝候補筆頭のアルバートには、  
 惜しくも叶わなかったようだ」  
 

栄一はリプレイ映像を見ながら、解説を続ける。


「また梓VSトールの戦いは、『新宿の死闘』から続く因縁の一戦。  
 梓は辛くも勝利したが、だいぶダメージも負った。  
 今後どう動くか、気になる所だな」   
「ありがとうございました。  
 さて有力選手が脱落していく中、戦場で手を組んだ魔術師もいます」  

 

響香がそう言うと、リプレイ映像が切り替わった。

 
「まずはトリーネ選手と秀選手の、ウィズクラスコンビ!  
 情報戦では無敵を誇る電子の魔女と、決して折れぬ信念の人。  
 脱落した竜崎の仇を討てるか? 注目のコンビです。
 
 またコンビと言えば、やはりこの二人!  
 衛示選手とリミット選手、白の双璧と呼ばれる魔人のチーム。  
 互いに信頼感も完璧で、新たな優勝候補と言えるでしょう。
 
 他にも現在25名の魔術師が、それぞれ闘いを繰り広げています。  
 この中で、最強の栄冠を得るのは誰か?  
 キング・オブ・ウィザーズ2016、引き続きお楽しみ下さい!」  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――そんな実況が観客席で行われている頃、当のリミット&衛示コンビも話し込んでいた。  
 
「……しかしなんであるな。『キング・オブ・ウィザーズ2016』と銘打っているあたり、なんだか格闘ゲームのようであるな」  
「格闘ゲームですか? 言われて見れば確かに」  
「うむ、さしずめ私の必殺技表は――  
 
○↓→弱or強:『こいつの距離である!!』  
  飛び道具。警察官御用達拳銃M37で射撃する。  
  強で出した場合はショットガンで射撃。  
 
○↓←弱or強:『ファントム!』  
  相手の足元からゾンビの手を創造し、  
  対象の動きを抑止する。  
 
○↓↑弱or強:『鳥使い』  
  ゲシュペンストを斜め上に飛ばす対空技。  
  空中で使用すると斜め下に下降する。  
 
○↓→↓→弱強同時押し:『トゥワイスゲシュペンスト』  
  1ゲージ消費の超必殺技。  
  複製体を造り出したゲシュペンストが突進する。  
  複製体の分だけ多段ヒットする。  
 
……といったところであろうか」  
 
「ふむ、となると私の技表は――  
 
○←タメ→弱or強:『ランスチャージ』  
  高速で相手に駆け寄り、ランスで突く突進技。  
     
○弱or強連打:『シュバリエ・ファーント』  
  ランスによる高速の連続突きを放つ、多段ヒット技。  
 
○↓タメ↑弱or強:『師よ、力を!』  
  先代魔人の複製体を創造し、敵にけしかける。  
 
○(近距離)↓←強:『不死身になってから出直しなさい』  
  相手を投げ上げ、空中で連続斬撃を放つコマンド投げ。  
 
○↓→↓→弱強同時押し:『ドラゴライズ!』  
  1ゲージ消費の超必殺技。  
  龍型の人造生物を生み出し、ブレスを放つ全画面攻撃。  
 
……という感じになりますね」  
 
「む、意外と詳しいであるなエイジ君」  
「私も魔術師になる前は、普通の子供でしたので。ご多聞に漏れず、格闘ゲームもたしなんでました」  
 
子供時代の事を思い出したのか、にやりと笑う衛示。リミットも不敵な笑みを返して言う。  
 
「ならば話が早い。ではこの勢いで、コンビ名なども決めたくなるであるな?」  
「コンビ名……では『白の魔人コンビ』などはいかがでしょう?」  
「いいや、ここはやはり『祈のお兄ちゃんズ』であろう!」  
「お、お義兄ちゃん……!? リミットさんになら祈を任せられますが、さすがに年の差が……!」  
「落ち着くのだエイジ君、そういう意味ではないのである」  
 
そんなのんきな話をしている所に、不意に物音がした。  
リミットと衛示が振り向くと、木立の向こうにヴァンヒルの姿がある。  
 
「ちっ、魔人が二人揃ったか……まぁいい、まとめて仕留めてやる」  
「ふっ。自信満々なのはいい事であるが、少々蛮勇であるな……行くぞエイジ君!」  
「ええ、リミットさん!」  
 
その声と共に、衛示が先駆けた。  
それを迎え撃つように、ヴァンヒルが毒の霧を放とうとする。しかしその瞬間、彼の足下から無数の手が生え、体をがんじがらめにした。  
 
「しまった、『ファントムハンド』か!?」  
「私とエイジ君のコンビならば、こんなことも可能である!!」  
 
一瞬ヴァンヒルが気を取られた隙に、衛示は遺物『クリストファーの輝石』を起動。師の複製体を創造し、二人で同時に突きかかる。  
 
「ぐっ、あがががががが!」  
 
機関銃のような連続突きに、ヴァンヒルが悲鳴を上げる。それでも反撃しようとする彼に対し、衛示はさらに『ドラゴライズ』を使用。龍型の人造生物が出現し、ヴァンヒルを睨みつけた。  
 
「なっ、おい、待て白の魔人! この距離でブレス放つつもりか、お前もまとめて焼かれるぞ!?」  
「"敵は排除する"。"誓いも守る"。両方やらなければならないのが幹部のつらいところだな。  
 覚悟はいいか? 私はできてる……ドラゴライズ!!」  
 
その声に応えるように、龍が火炎の息を放った。  
 
「うぎゃああああああ!」  
 
ヴァンヒルは毒の煙ごと、ブレスで焼かれて倒れ伏した。衛示もまた火傷を負ったが、見る間に再生していく。  
 
「……3ゲージ消費スーパーコンボ、『最強のコンビ(バージョン・エイジ)』といったところですか」  
「ククク、私たちは無敵だ……無敵のコンビである!」  
 
リミットがそう言って高笑いする。  
何やら変なテンションになった魔人二人は、優勝に向けて進撃を始めた。  
 
 
(毒騎士ヴァンヒル脱落。残り参加者23名)  
 
 
 
 
 
 
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――山中に絶え間なく轟く、嵐のような銃声。  
暴走状態となった『銃舞の魔術師』アリシアによる蹂躙は、今なお継続中だった。  
 
「シノブ、ドコにいるネ……そこに隠れてたりしないカナ……?」  
 
いるわけもない標的を探し、あてずっぽうに銃弾を撒き散らす。白や赤の魔術師がいたら、とりあえず撃つ。本来とても気のいいお姉さんであるはずのアリシアは、いま傍若無人なトリガーハッピーに成り果てていた。  
そしてその様子を、しばらく遠見していた母子――ミカと、人造生物『ベビー』がいた。  
 
「……アリシア、どうしちゃったのかしら? あんな子じゃなかったはずなのに」  
「まぁ深淵のアイツが来ることを、最後まで期待してたみてぇだからよ。感情がハジけちまったんじゃねぇのか?」  
 
筋骨隆々のベビーは、呆れたように肩をすくめる。  
隣神戦の後、世界を旅していたミカは、アリシアが帰国していたことは知らなかった。ラプラスの手紙を受け、このイベントに参加したら、久々に会ったアリシアがあの体たらくだったのだ。  
暴走するアリシアを放置するのは明らかにヤバそうだが、ルール違反はしていない以上、スタッフも静観しているらしい。会場を吹き飛ばすほどの事をしたら、さすがにあゆみが人工衛星『レッド・アイ』から天罰を落としてくれるだろうが、それもなんだか可哀想だ。  
 
「うーん、仕方ないわね……ここは1つ、私が一肌脱ぎましょうか」  
 
ミカはそう言い、どすどすと動き出す。  
彼女は世界を巡る旅の途中、様々な敵と戦った。その際に大量の魔粒子を吸収したせいで、再びお腹が膨らみ、体重は200キロほどもあった。だが遺物『偽りの仮面』で体を絞り上げ、更に遺物『デットヒートバースト』で身体能力を増強する事で、スレンダーかつパワフルな肉体を実現している。  
 
(……でもさすがに真正面から行くと、余計な怪我をしちゃいそうね。ここはアリシアを油断させるために……)  
 
ミカは『偽りの仮面』を使い、ある少女に変身した。アリシアの大事な妹分、ララ・マイヤーに。  
 
「待って、アリシアお姉ちゃん! ララの話を聞いてほしいの!」  
 
その言葉にアリシアが振り向き、目を丸くする。  
 
「えっ……ララ、どうしてココにいるネ!? 参加してたの!?」  
「お姉ちゃんに伝えたい事があって、馳せ参じたでゴザルの」  
 
ララってこんな感じだったかしら、確か古い言葉を使う子だったはずだけど。そう思ったが口にはしない。きょとんとするアリシアに、ミカはそっと歩み寄る。  
 
「あのね、お姉ちゃん……伝えたい事っていうのは……」  
「ん、なに?」  
 
アリシアが耳を寄せてきたその瞬間、ミカは『偽りの仮面』による変装を解き――  
膂力を最大限まで引き上げた平手打ちを、アリシアの頬にお見舞いした。  
 
「『正気に戻りなさい』よっ!」  
「What's!?」  
 
アリシアはその平手打ちで、車にでも跳ねられたかのようにすっ飛んだ。  
そのまま近くの崖から、真っ逆さまに落ちていく。  
 
「Noooooo!!」  
「あら、ちょっとやりすぎちゃったかしら……?」  
 
だがこの程度で倒れるほど、彼女もか弱くはないだろう。  
ミカは、これでアリシアが正気に戻ることを期待しつつ、その場を後にした。  
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
やがて大会スタッフのジギーとユウキは、会場内に入っていた。  
先ほどミカにぶっ飛ばされたアリシアを、回収するためである。  
 
「いくらアリシアさんでも、殴り飛ばされて崖から落ちたら、まずいと思うんだよね……」  
「うん……10mくらいキリモミながら、吹っ飛ばされてたし…」  
 
会場内カメラの映像によれば、崖下に落ちたアリシアは、ぴくりとも動いていない。恐らく頭でも打って、気絶しているのだろう。  
そう思いながら歩いていくと、やがて木々の合間にアリシアの姿が見えた。ぐったりと伸び、小鳥がその頭にとまっている。  
 
「……ひどい」  
「完全に戦闘不能だね。搬出してすぐ治療しよう」  
 
ジギーがそう言って、アリシアを抱えようとした時。くわっと彼女の眼が見開かれた。  
 
「うわぁっ! アリシアさん起きてたんですか!?」  
「だ、大丈夫ネ……ちょっとだいぶ頭がぐらぐらするケド……」  
 
アリシアはそう言って、よたよたと起き上がる。しかし足がふらつき、尻餅をついた。  
 
「あの、本当に、大丈夫…ですか」  
「へーきへーき、少し休めばまた戦えるヨ。おかげで正気に戻れたしネ」  
 
アリシアはそう言って笑う。ジギーとユウキは安堵のため息をついた。  
 
「それじゃ参加続行としますけど、あんまり無理しないで下さいよ?」  
「心配かけてごめんネ、ここからは普通に戦うカラね」  
 
ジギーは頷き、去っていく。その背を見ながら、アリシアは呟く。  
 
「……シノブの件は、とりあえず気が張れたヨ。それじゃ、もう一つの目的を果たさなきゃネ……」  
 
そう言ってアリシアはごろんと寝ころび、魔力と体力の回復に努めた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
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――アリシアが暴走していた地点とは、対角に位置する森の中。  
そこでは1人の少女が、無目的に、腐葉土を踏み締めながら歩いていた。  
 
彼女の本名を知る者は、誰もいない。  
ただ、かつて仲間たちからは、『フィリア』と呼ばれていた。  
 
しかし、そう呼んでくれていた者たちも、今はいない。  
『死を超越する会』のメンバーは、あの戦いの後に起こった騒乱で次々に命を落とし――  
生き残っているのは、もはや彼女だけになっていたのだ。  
 
「はぁ……さっさと終わらせて帰りたいな。そもそも、どうして僕がこんな大会に……」  
 
フィリアを『キング・オブ・ウィザーズ2016』に誘ったのは、ラプラスだ。  
大切な人を失った者同士のシンパシーがあるのか、ラプラスは何かとフィリアを気遣う。今回の大会に誘ったのも、悲しみを紛らわせるきっかけになればという思惑があったようだ。  
 
『それにもし優勝できたら、研究資金が稼げるよ。例の"魂の研究"のためのお金がさ』  
 
――そんな口車に乗せられたと、言えなくない。  
だがフィリアの望みは、研究資金などではなかった。  
 
(欲しいのは、答えだ。彼の死後、追い求めている命題の答え……)  
 
フィリアは顔を覆っている仮面に触れる。亡き相方、蒼桜レイズの遺物に。  
フィリアは相方の死後、彼の研究を引き継いでいた。だが答えを求めれば求めるほど、遠くなる。  
 
「……まぁいいや、大会が終わるまでヒマを潰そう……」  
 
フィリアはレイズの遺物『禍つ魄の死役』を使い、レイズに似せたゾンビを生み出してみた。  
 
「ねぇ、レイズ……僕、なんだか疲れてきちゃったよ。研究だって、全然上手くいかないし……」  
 
答えはない。  
 
「……なんだよ、無視かい? ほら、冗談の1つでも言ったらどうだい? そうしたら前みたいに、僕がツッコんであげるのに」  
 
その時、どこかで銃声が鳴った。  
 
「……?」  
 
距離は、ここから遠くない。狙われたのは自分だろうか?  
だがフィリアが自分の体を確認してみても、撃たれた様子は見当たらない。  
 
「……ねぇ、レイズ。今のって」  
 
フィリアは、再びゾンビに話しかけ――そして、そこで動きを止めた。  
穴が、開いていたのだ。  
『レイズ』と名付けたゾンビの、ちょうど胸の真ん中に。  
彼が隣神に殺されたあの時と、全く同じその場所に。  
 
「レイズ……そんな………ぁ、ぁぁあ、ああああああああああああああーっ!」  
 
胸の奥で、何かが砕けた。  
それが、自分の心だと気づいた時――  
フィリアはこの世界の何もかもが、もはやどうでもよくなっていた。  
 
「ふ、ふふふふふ……ねぇレイズ、これがジンクスってヤツだね? 殺そうと思えば殺せない、生かそうとした人は死んでいく、蘇らせようとした人はまた殺される! だったら全てがどうでもよくなったら、全てがどうなるんだ!? 確かめてみようじゃないかレイズ、君の遺物で!!」  
 
その瞬間、『禍つ魂の使役』が黒い輝きを放つ。地面から次々とゾンビが生まれ、際限なく増殖していく。  
それは厳密にはゾンビではない、土に魂が入っただけの泥人形。体は脆弱でも、途方もなく数が多かったら? そしてそれを使うのが、最弱の魔術師であるレイズではなく、第二覚醒を遂げた『魔女』だったら?  
 
「さぁ行こうか、ゾンビたち。屍霊の時間の始まりだ」  
 
その声と共にゾンビの群れが、一斉に動き出した。  
 
 
 
 
 
 
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「くっ……マズい事をしたようだ……!」  
 
ゾンビの胸を貫き、フィリアの心を砕いた一発の弾丸。  
その射手であるイデアは、全速力で、身を潜めていた狙撃ポイントから離れていた。  
全く情報がないフィリアの対応力を確かめるつもりが、まさかこんな事態を引き起こしてしまうとは、想像もしていなかったのだ。  
ライフルによる狙撃ではなく、銃器格闘術『ガンフー』を駆使すればゾンビを駆逐できるかもしれないが――  
 
(……いや、それではいたずらに魔力を消費してしまう。優勝は遠のくばかりだ)  
 
だからここは、逃げの一手。  
むしろあのゾンビたちを放置しておけば、他の魔術師たちを消耗させる、格好の障害になってくれるはずだ。  
 
「そうだな……一応、怪我の功名という事にしておくか……」  
 
それにしても、あの少女の身に何が起こったというのか?  
疑問に思いながらも、イデアは『ロストメビウス』を使い、その場から姿を消した。  
 
 
 
 
 
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――そしてイデアの思惑は、すぐに現実のものとなった。  
フィールドの至るところにゾンビが溢れ、魔術師たちを襲撃し始めた。  
 
「うわわっ!? なんだ、このゾンビたちは!? いったい何処から沸いたんだ!?」  
我歩が、魔力を込めた特殊鋼製の槍でなぎ払い、  
 
「ちっ――ザコがうじゃうじゃと! てか、これってレイズの固有魔法じゃねーか!」  
剣術屋が、かつて師匠に教わった武術『念流』を駆使して立ち回る。  
 
「ど、どこに逃げてもゾンビがいる……パニック映画は好きだけど、自分が巻き込まれるのはちょっと嫌だな……」  
リーリオは『ニンジャアクション』で逃げ回りつつ、サブマシンガンでゾンビを撃つ。  
 
「こ、今度はゾンビの群れが!? せっかくアリシアさんから逃げ切れたと思ったのに!」  
「秀さん、退いてください! トライン、お願いします!」  
『了解っ! プラズマシールドから切り替え、プラズマカッター!』  
 
秀とトリーネは、長剣とプラズマカッターで、敵の群れをなぎ倒していく。だが、それでもゾンビは次々と土から湧いてくる。  
全ての魔術師たちが、分け隔てなくゾンビたちに襲われる。会場は一瞬にして、混沌のるつぼと化していた。  
 
 
 
 
 
 
 
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「……参りましたね。屍霊殿の遺物が、ここまで強力だったとは……」  
 
咎女はもまた光学迷彩を駆使して、ゾンビ軍団からどうにか逃れていた。  
何か予定外のトラブルだろうが起きたのだろうが、探し人のある身からすればいい迷惑だ。  
ゾンビの対処は他の魔術師達にまかせてしま――って。  
 
「……!」  
 
アニマロイドの捜査網に、探し求めていた反応が引っかかっていた。  
すぐさま、反応のあった地点へと急行する咎女。そこで彼女を迎えたのは、  
 
「咎女ちゃん!」  
 
紛れも無くシウその人だった。  
 
「……シウ」  
 
咎女はどこか安堵したような表情を浮かべ、  
 
「私と会う前に、他の方に敗れていなくて本当に良かったです」  
 
一条、レーザーでシウのもみあげの辺りを焼ききった。  
 
「……咎女ちゃん?」  
 
シウが顔をひきつらせる。そんな彼の様子など気にすることなく、咎女は淀んだようなすわったような目で。  
 
「どうして、私に何の相談もなく隣世へ残ることを決めたんですか?」  
「それは……言ったら、咎女ちゃんが心配するかと思って」  
 
シウがしれっと答えれば、咎女は「えぇ」とどこか剣呑に目を細めた。そのまま口を開きかける彼女だったが  
 
「咎女ちゃん、ストップ」  
 
シウがそれを制した。彼に促されるままに周囲をうかがえば、いつの間にやらゾンビのバーゲンセール状態。四方八方を、ゾンビに取り囲まれていた。  
 
「……仕方ありませんね。まずはこちらをなんとかしましょう」  
「そうしてもらえると嬉しい――よ!」  
 
シウが『羅刹の顎』を起動し、ゾンビの群れの一角を空間ごとねじ切り吹き飛ばす。  
すかさず、咎女が周囲のゾンビに重力操作をしかける。自重を何倍にも増やされたゾンビ達の動きが鈍っている間に、二人は『顎』でこじあけた道からその場を後にした。  
 
 
 
 
 
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そしてニナもまた、会場内に溢れかえった大量のゾンビと相対していた。  
 
「失せろ」  
 
彼女が腕を振るえば、影から飛び出すのは黒霧で形作られた黒豹。その姿がかき消えたかと思うと、刹那遅れてニナの周囲に風が吹き荒れる。  
次いで、風の圏内に居たゾンビ達の身体がバラバラに切り裂かれ崩れ落ちた。  
しかし、息をつく間もなく新たなゾンビが現れる。しかも今度は、走るヤツだ。凄まじい速度でニナへと肉薄し、土煙を噴き上げるほどの強烈な踏み込みで飛びかかる。  
ニナは黒霧の蝙蝠を無数に眼前へ展開。疾駆するゾンビを群れで呑み込み、そして切り刻む。  
そのまま蝙蝠の群れを盾に、黒霧の烏を呼び出した。矢衾の如くに放たれた烏達がそのクチバシで、翼で、ゾンビの群れを穿ち貫き斬り裂き断ち切る。  
――が、きりがない。  
ゾンビの群れの一角を『黒の嵐』でぶち抜き、強行突破。  
黒豹を従えて会場内を駆けるニナだったが、  
 
「!」  
 
足元で爆ぜた一発の弾丸に足を止めた。  
蝙蝠を展開して防壁とし、手近な木の幹に身を隠し周囲を伺う――。  
 
「……」  
 
木の枝葉が密集した地点から、ニナを見下ろす影が一つ――イデアである。  
狙撃銃のスコープ越しに、蝙蝠の防護壁の空隙を探す。隙を見せれば、すぐにもトリガーを引く腹づもりだった。  
このまま、『終焉の魔女』に身体を貫かれた借りを返してやりたいところだが……。  
状況が、それを許してはくれないようだ。  
イデアの遠隔視には、ゾンビが二人の周囲を囲みつつあるのがはっきりと映っている。  
今ここで意地を張っても、ゾンビの物量に押されてニナと共倒れになるだけだろう。  
 
「……仕方がない。ニナ、組むか」  
 
言うなり、音もなく羽のように軽く地面に降り立った。狙撃銃は手にしたまま、しかし構えずぶらぶらと銃口を揺らす。今ばかりは敵意がないことのアピール、のつもりだ。  
 
「お前とか? 信用しがたいな」  
 
木の幹から顔を出すこともせず、ニナは声だけでそう断じる。不信を表すように、蝙蝠は展開されたままだ。  
やれやれ、と小さく溜息をつくイデア。先に一発撃ったのはこちらだし、そも自分をニナが信用する理由もないのだからこの反応は予想済みだ。  
だが、こちらには切り札がある。  
 
「これを見ても、そんな事が言えるかな」  
 
マーキングして隠しておいたリュックサックを呼び出し、ジッパーを開けた。イデアがゆっくりと、そして見せつけるよう中身を取り出す。  
途端、、木の幹から微かに様子を伺っていたニナの目が、裂けんばかりに大きく見開かれた。  
 
「それは……!」  
 
ふっ、とイデアがほくそ笑む。その手の中にあるのは、チョコまんだった。  
それもただのチョコまんではない。さる高名なまんじゅう作りの匠に、イデアがわざわざ特注して作ってもらったものだ。  
 
「この機を逃すと二度と手に入らないぞ」  
 
目を見開いたままのニナが、わかりやすいくらいにごくりと喉を鳴らした。  
しばし、悩ましげに小さく唸っていた彼女だったが、  
 
「くっ……! やむを得ない、組むか……あくまでこの状況を切り抜ける為だがな」  
 
やがてとても悔しそうにそう言った。  
決してチョコまんのためじゃないぞ、と付け足すニナ。しかし思考解析をかけているイデアには、ニナが隠している(つもり)の本心は割りと筒抜けだった。  
いや、この状況を切り抜けるためっていうのも確かなんだけど。  
 
「交渉成立だ。……さて、来るぞ」  
 
狙撃銃から二丁拳銃に持ち替え、イデアは迫り来るゾンビの群れを睥睨する。  
 
「わかっている。足を引っ張るなよ」  
 
言い放ち、先刻から一転。ニナは魔女としての冷徹な視線へと変わる。  
嚆矢となったのは、黒豹だった。  
正面のゾンビを、黒豹が斬り裂く。すぐさま他のゾンビが殺到し、黒霧をかき消すように蹂躙。  
即座に反転。ニナとイデアに向かって疾駆し、  
連なる銃声。  
ゾンビの喉笛を、頭蓋を、眼窩を、空間を捻じ曲げて達した銃弾が撃ちぬく。  
独楽のように回転して吹き飛ぶゾンビ達。ニナの生み出した黒霧の猫達が、食い破るように追撃する。  
 
「イデア!」  
「わかっている!」  
 
側面から飛びかかってきたゾンビの頭蓋を蹴り砕き、その回転の勢いのままに弾丸をばら撒く。  
全て必中必殺。ゾンビの群れの体勢が、大きく崩れた。  
――すかさず。黒霧の烏が、さながら蝗害の如くにゾンビを食い散らす。  
かくて穴の開いたゾンビの包囲網を、ニナとイデアは互いの顔を見もしないままに駆け抜けていく。  
互いに信用はゼロながら、その息は不思議とぴったり合っていた。  
 
 
 
 
 
 
       
-------------------  
   
――そしてここにもまた、ゾンビの群れに囲まれた魔術師が1人。  
 
「ふぅ……こいつはキリがねぇな。倒しても倒しても、沸いてきやがる」  
 
悪態をつきながら、アルバートは『エレクトラの右手』から熱線を射出した。  
頭や胸を吹き飛ばされ、ゾンビたちが力を失って崩れ落ちる。  
倒したのは、これで17体。いくら歴戦のアルバートと言えど、さすがに辟易してくる数だった。  
 
「フィリアがレイズの遺物を使うと、こんな風になるのか……元々強力な固有魔法だしなぁ」  
 
だがアルバートの印象では、彼女はこんな無茶をするような娘には見えなかった。どうやら彼女の身に、何かが起こってしまったらしい。  
 
「ちと面倒だが、まぁ放ってもおけねぇわな……」  
 
闇雲に大量のゾンビを生み出し続ければ、フィリア自身が襲われる可能性もある。  
アルバートは嘆息すると、赤の魔術を駆使して群がるゾンビを押しのけ、発生源と思しき方角へと進んで行った。  
 
 
 
 
-------------------  
 
――そして、森の一角に辿りついた時。  
アルバートは、そこでゾンビを生み出し続けている少女を見つけた。  
 
「アハハ……ほらレイズ、さっさと出てきたらどうだい? このままだと世界が、ゾンビで埋め尽くされちゃうよ?」

「やれやれ……何があったか知らねぇが、ずいぶん錯乱してるみたいだな」  
 
アルバートはそう言って左目の眼帯を外し、さっそく『ハーシェルの義眼』を発動させた。  
すると瞬時に重力が変化し、ゾンビを生み出し続けていた少女が、地面に這いつくばる。  
 
「ぐっ……う、うぅ……!」   
「よーし、大人しくなったなフィリア。  
 悪いことは言わねぇから、フィールドに放った全てのゾンビを退かせろ。  
 こんな馬鹿げた真似、レイズが望んでるとでも思うのか?」  
「フ、フフ……レイズの気持ちだって……? そんなの僕が、知るわけないよ……。  
 いいから僕の邪魔をするな、隻眼の魔人!」  
 
フィリアは地に這ったまま、遺物『ゲッタリス』を発動させた。  
その能力は、離れた位置に手や足を生やす事。  
地面に出現した2つの手が、アルバートの両足を掴んだ――その瞬間。  
 
「ハハハ! 食らいなよ!」  
 
フィリアは続けて、2つの遺物に魔力を注ぎ込んだ。  
魂が見えるようになる『天転不帰』と、魂の欠片を燃やして爆発的なエネルギーを得る『Dies irae』に。  
 
「しまっ――」  
 
直後、周囲にいたゾンビたちの胸が赤々と膨張し、核となっていた魂の欠片が、一斉に大爆発を起こした。  
灼熱の爆風と凶悪な衝撃が、轟音を伴って大地を揺らす。  
もちろん、フィリアとてただではすまない。だが彼女は自らの体を霊体化させ、爆風を避けていた。  
 
「これが僕の固有魔法……『生きながらにして霊となる力』だ」  
 
だが彼女が再び実体化した時、アルバートの姿もそこにはなかった。  
とっさに転移魔法で退避したのだ。彼は30mほど離れた所から、フィリアの様子を伺う。  
 
(ちっ、死んだ仲間たちの遺物か……『死を超越する会』を、全員まとめて相手にしてる気分だぜ)  
 
転移は完全には間に合わず、彼の体はあちこち爆風で焼けただれていた。もう一度アレを喰らったらまずい。  
 
(長期戦はヤバそうだ、一撃で決める!)  
 
そう思ったアルバートは、右手に魔力を集中。飛び出すと同時に、最大出力で熱線を撃つ。  
だがフィリアはまたしても霊体化し、熱線を避けた。そしてそのまま、完全に姿を隠す。  
『アカーキィの外套』――装備者の存在感を皆無にさせる遺物。標的を見失ったアルバートが、慌てて辺りを見回した時。霊体化したフィリアが彼に駆け寄り、殴りつけた。  
 
「ッ!?」  
 
その一撃で、アルバートの体はがくがくと震えた。物理的なダメージは無いが、精神に衝撃がある。フィリアは遺物と固有魔法を併用し、彼の『魂』を直接殴りつけたのだ。  
 
(しゃ、シャレになんねぇダメージだ……が、そう来るなら手だてはある!)  
 
アルバートは左拳に魔粒子を纏わせ、足を踏ん張った。再びフィリアが襲い掛かり、彼の魂を痛打する。だがアルバートはそれに耐え、フィリアがいると思しき場所に、渾身のボディブローを繰り出した。  
 
「おらぁッ!!」  
「がふっ!!」  
 
手ごたえがあった。フィリアの体がくの字に折れ、固有魔法が解ける。想定外の痛みに膝を着く彼女に、アルバートは右手を突き付けた。  
 
「……お前の相方は言ったな、『魂の一部は魔粒子で出来ている』と。

 だったら魔粒子をたっぷり纏わせた拳なら、殴る事もできるはずだ」  
「ぐ……くそっ……!」  
 
フィリアがよろよろと立ち上がり、反撃しようとする。だがこれまでの遺物の使用により、彼女の魔力は尽きつつあった。  
それでも魂の残滓をより集め、新たなゾンビを作り出す。  
相方に、背丈も、骨格も、顔も、服装も似せた――最後の一体を。  
 
「蘇れ、レイズ……僕を助けてくれ……!」  
 
だが――そうして作り出したゾンビは、やはりただのゾンビだった。  
その瞳に魂の輝きはなく、冗談を言うこともない。  
どんなに魔力を込めようと、想いを込めようと、そんなモノしか造れない。  
その事がフィリアには哀しくて、そして、おかしかった。  
 
「……ハハハ、見てよアルバート。僕がどんなに頑張ったって、ゾンビしか生まれない。何も出来る事はない……!」  
そう呟いたフィリアの眼には、虚無が宿っていた。  
そうだ、初めから判っていた。自分が何をしようと無駄なんだと。  
魂は肉体に宿り、肉体に魂は宿る。ならば魂だけをいくら集めようと、人は生き返りはしないのだ。  
 
「……いくらレイズを形だけ生き返らせたって、それは彼そっくりのナニカじゃないか。これに彼が気づかなかったとは思えない!  ハハハ、傑作だよ馬鹿らしい! どんだピエロだ、レイズ! 魑魅(チミ)も僕も!」  
 
泣きながら笑うフィリアに、アルバートは何も言えなかった。100年以上の時を生き、多くの仲間を失った彼には、フィリアの絶望が理解できた。  
だが、その沈黙を破るように――突如、空から声が響いた。  
 
「――ちがうよ、フィリア。その遺物の正しい使い方は、そうじゃない」  
「え……?」  
 
フィリアが息を呑み、アルバートが目を見開く。空を見上げると、そこには彼の姿が――  
 
「レイ……ズ?」  
 
フィリアの口から、震える声が漏れる。蒼桜レイズは、生前の彼のように笑って言う。  
 
「最初から言ってたでしょ? 命は一つ、戻らないって。」  
「ど、どうして……!? だったらなんで、君がここにいるんだよ……?」  
「ボクは死んだけど、無になったわけじゃない。プリッツの言葉を借りて言うなら、『僕らはいつも君と共にある』って事さ」  
 
ただそれだけの言葉を伝えるために、彼は黄泉路の彼方から戻ってきたのだ。さまよえる彼女の魂を救うために。彼女が心から泣き、そして笑えるように。  
 
「……でもこっちに来られたのは、ちょっとした特例でね。あまり長くは居られないみたいだ」  
 
そう告げるレイズの体が、見る間に透き通っていく。フィリアの目に涙が溢れ、頬を伝っていく。それに安堵したかのように、彼は微笑んで言った。  
 
「もう安心みたいだね……でもそうなると、一つアドバイスしたくなる」  
「アドバイス……?」  
「ボクを見た時の反応がイマイチだったんじゃない? そこは『なんで生き返ってんだよ空気読めよ!』って返すところでしょうが。もしかして、ツッコミの力劣っちゃった?」  
 
最後まで道化を貫いた彼は、今ひとたびの遺言を残し、空気に掻き消えていく。  
彼の遺志を継いだ相方は、静かに呟いた。  
 
「……………なんで生き返ってんだよ。こっちがどんだけ苦労してると思ってんだよ。……空気読めよ……」  
 
そう答えた彼女も力尽きたのか、眠るようにその場に倒れ込む。  
だがその表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた……。  
 
 
(フィリア脱落。残り参加者22名)  
 
 
 
 
 
       
-------------------  
 
「ふぅぅ……なんとか、事なきを得たか……!」  
 
スタッフたちに回収されていくフィリアを見送りながら、アルバートは深々とため息をついた。  
フィリアが沈静化した事で、会場に溢れていたゾンビも、元の土に戻ったようだ。だが厳しい戦いだった。暴走時のフィリアは、間違いなく本大会屈指の強敵だった。  
それに単身挑んだアルバートも、さすがに無数の傷を負っている。特に魂を直接殴られた事は、今までにない種類のダメージだった。  
心と魔力の中枢を、直接殴られた気分だ。今も精神がぐらぐらと揺れ、魔力もかなり減衰した。  
 
「……だが、ああいう時に動くのが、調停者の役目だからな……」  
 
調停者の使命は『魔術師全体の利益を護る事』。あのままフィリアを放置していれば、大会どころではなくなっていたかもしれない。  
優勝狙いのアルバートだったが、長年染みついた職務意識は、我欲よりも優先された。  
 
(まぁ調停者は貧乏クジを引くもんと、昔から相場が決まっているしな……それに優勝を諦めたわけじゃねぇ)  
 
アルバートは『身体操作』を駆使し、筋肉の動きを制御。フィリア戦で受けた傷を塞ぎ始めた。  
応急治療に過ぎないが、やらないよりはマシだ。傷を塞いで少し休めば、まだまだ戦えるはず。  
――そう思った時だった。満身創痍の彼の前に、突如として木刀を持った少女が出現した。  
 
「ドーモ、アルバート=サン。オヤジスレイヤーデス」  
「キノ!?」  
 
驚くアルバートに、キノはオジギと共に木刀を一閃。アルバートの鎖骨を強打した。  
 
「がっ! ちょっ待て、お前なんでいきなり――」  
「優勝のためには、じいさんが一番の障害なのだ。このチャンスは逃さないのだ」  
「ちっ、お前も優勝狙いか!」  
 
アルバートはとっさに転移魔法を使い、50m離れた森の奥に瞬間移動した。  
だがキノは即座に遺物『スケルティア』を起動。あらゆる障害を無視し、対象を視認する遺物。全てを見通す獣の眼が、森の奥のアルバートを捉える。  
 
「そこなのだ!」  
 
キノは懐からお団子の串を取り出し、分断の黒霧を付加して投擲した。貫通力を増した無数の串が、木々を貫きアルバートを捉える。  
 
「ぐっ、がっ、あだだだだだっ!」  
 
なんて嫌な攻撃だ! そう思いながらアルバートは、『ハーシェルの義眼』で反撃した。  
10倍に膨れ上がった重力が、キノの体にのしかかる。だが押し潰されるより一瞬早く、彼女の姿がまた消えた。  
 
――キノの固有魔法『黒狼』。自分の纏った魔粒子と、触れた場所に残した魔粒子を、空間を超えて繋ぐ能力。  
行き先は今まで触れた場所限定だが、このように瞬間移動にも使えるのだ。  
 
「くそっ、どこだ!?」  
 
アルバートは辺りを見回し、そしてゾッとした。気づけば周囲のそこかしこに、キノがマーキングしたと思しき、黒の魔粒子があったのだ。  
 
「ふはははは! この辺り一帯は、すでにうちの狩り場なのだ!」  
 
不意に背後で声が響き、アルバートは弾かれたように振り向く。だがそれと同時に――  
キノが木刀に仕込んでいた小太刀二刀を抜き、アルバートの胸を切り裂いた。  
 
「がはぁっ!」  
 
アルバートは血を撒き散らしながら倒れる。キノはそこにびしりと告げた。  
 
「ハイクを読め、カイシャクしてやる」  
「む、無茶言うな……ドイツ生まれの俺に、俳句はハードルが高ぇぜ……」  
 
アルバートはそう呟き、哀れ爆発四散――する事はなく、がくりと気絶した。  
大番狂わせを起こしたキノは、勝利の拳を突き上げる。それから奥歯を噛みしめ、苦々しく呟いた。  
 
「……じいさんには悪いけど、うちには優勝しなければならない理由があるのだ」  
 
キノは少し前の事を回想する。それまで様々な事件に参加してきた彼女が、急に姿を現さなくなった理由を。  
 
――あれは日羽の事件が終わった、少し後の事。  
キノはニナに「義務教育くらいちゃんと受けろ」と言われ、黒の息がかかった学校の寮へ、勝手に入れられてしまった。  
東京から追い出されたキノは、最終決戦の時もそれ以外でも、トライブの活動に呼ばれなかった。その事をとてもとても根に持っていたのだ。  
 
「……そもそも黒狼で移動すれば、東京からでも学校には通えるのに……!  
どうせホントは厄介払いなのだ! このウラミはらさでおくべきか!  
かくなる上はこの大会で優勝し、ニナに認めさせるのだ……東京から学校に通う権利を!」  
 
キノは積年の怒りと寂しさを込め、力強く宣言した。  
 
 
(アルバート・パイソン脱落。残り参加者21名)  
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
「……どうやら、ゾンビは静まったようだね」  
「えぇ、アニマロイドからも反応はなくなりました」  
 
誰かが元を断ってくれたのだろう。誰かはわからないが、とりあえず感謝しておく。  
 
「さて、シウ?」  
 
ふっ、と。咎女の声色が無機質で冷ややかなソレへと変わる。  
 
「――さっきのお話の続きをしましょうか」  
「話さなかったわけなら、さっき言ったよ?」  
 
「えぇ、えぇ。心配させたくなかった、と。その心遣いも、向こうに残ったことも、貴方らしいとは思います。  
応援もしていますし、認めていますが」  
「だったら、これ以上何を」  
「一人の女性として、勝手においていった男性へ思う所はあるのです」  
 
じゃら、と。緋結晶を両手の指に挟むようにして構える咎女。その目は、憤りとか他にもいろいろないまぜになった色を帯びていた。  
 
「置いていってしまったのは、申し訳ないと思ってるよ。でも、必ずまた戻ってくるつもりだったからこそ――」  
「申し訳ないと思っているのでしたら、」  
 
咎女の目が、いよいよ本格的にすわりだしていた。静かな、けれどもそれ故に一層の圧力を帯びた怒気が、シウを射抜く。  
 
「ちょっとした憤りをぶつけてもいいですよね?」  
 
緋結晶が、投げつけられた。  
 
「やれやれ、帰って来て早々女難の相発動か……!」  
 
轟音と共に、光子が炸裂する。  
シウは空間を分断、辛うじてこれを押しとどめた。すぐさま黒霧の刃を放つが、既に咎女の姿は目の前にない。  
代わりにあるのは、一つの『扉』だ。  
訝しむ間もなく、背後に気配。別の『扉』から、咎女が矢の如く飛び出すのが見えた。  
貫手の一撃が、シウの喉元を狙う。  
バックステップでこれを回避するシウ。  
届かないはずの貫手は、しかしシウの喉に達していた。  
 
「ぐっ……!?」  
 
次いで手刀が一閃。打ち払うつもりで振るった腕は、手刀をすり抜け虚空を切った。  
空間を合成、余裕を以って距離を取る。  
二度の交差でシウは理解する。これは恐らく――  
 
「立体映像か」  
 
より正確には、立体映像と光学迷彩の合わせ技だ。  
 
「流石に察しがいいですね。ただの小細工ですが、悪くないでしょう?」  
 
事実、間合いの感覚を狂わされている。近接戦闘を得手とするシウに、これは少々厄介だ。  
とはいえ、シウとしては彼女と戦うのは本意ではない。まずは説得するために動きを止め――  
ぞわ、と。戦闘勘が警鐘を鳴らす。  
再び空間を合成、消える。その一瞬後に光子レーザーが、立っていた場所を薙ぎ払った。  
いつのまにやら、煌めく緋結晶がいくつも周囲にばらまかれている。今のレーザーは、ここから放たれたようだ。  
黒霧の刃で緋結晶を薙ぎ払おうとするシウ。それより速く、咎女が懐に飛び込んでくる。  
やはり、まず彼女の動きを止めなければ!  
空間合成で大げさなまでに距離を取る。咎女が緋結晶を投擲しようとした隙を突いて、彼女の周囲の空間を箱状に分断。  
動きを、封じる。  
しかし咎女も黙って封じられたままではない。例の『扉』を使い、箱から脱出――  
それこそが、シウの狙いだった。  
『comitment』と『茨』を組み合わせ、『扉』から出た直後の咎女を絡めとる。  
 
「くっ……!」  
 
茨を振り払おうともがく咎女に、シウはどこか言い聞かせるように言う。  
 
「僕が現世に居られる時間には、限りがある。魔力の消費が激しければ激しいほど、それだけその時間は短くなってしまうんだ」  
 
このままでは、喧嘩別れになってしまいかねない。  
それだけは、シウとしても絶対にイヤだった。  
静かに答えを待つシウ。そのうちに、咎女はぽつりと口を開いた。  
 
「……そういうことだろうとは、私にも予測はついています」  
「じゃあ――」  
「ですが」  
 
決して声は荒げず、あくまでも静かに。けれども、はっきりと咎女は言葉を紡ぐ。  
 
「私の気持ちは、しまったままでいろと言うんですか」  
 
シウの時間が限られていることがわかっているのに、咎女が憤りをぶつけて来たのは。  
それしか、解消する手段がなかったから。今ここで、ちゃんとシウにぶつけきらなければ。  
次は何時になるかも、わからないから。  
だからだったのだ――きっと。  
 
「……わかった」  
 
『茨』の拘束を解き、シウは構えを取った。あるいはそれは、受け止める姿勢のようでもあった。  
咎女を真っ直ぐに見据え、シウは優しい口調で告げる。  
 
「じゃあ、ぶつけなよ」  
「初めからそう言ってくれればよかったんです――よ!」  
 
身体操作と重力操作を組み合わせ、爆発的な速度で咎女はシウに肉薄する。  
これに対し、シウはさらに一歩分踏み込んだ。咎女の貫手を、手刀を、狂わされた間合いの分だけ距離を詰めて打ち払う。  
もとより近接格闘はシウの方が得手とするところ、二度も食らえば本来の距離はおおよそ理解できた。  
 
「流石ですね。ですが!」  
 
周囲にばらまかれていた緋結晶に、一斉に光が灯る。  
咎女が跳躍し距離を取った直後、無数の光がシウに襲いかかる。  
空間を分断し、シウは咎女へ迫る格好でこれを回避。  
そこには、既に緋結晶の光子爆弾が置かれている。  
更に空間合成し、光子の炸裂を回避。  
しかし、その先の空間が突如として一個の『部屋』と化す。  
 
「これは――」  
「概念操作のちょっとした応用です」  
 
『部屋』に極小サイズの『扉』が展開し、大量の緋結晶が流し込まれる。  
直後、膨大な量の光子が炸裂――しない。  
小さく目を見張る咎女に、  
 
「忘れたのかい? 僕はディスペル系の遺物を持ってるってこと」  
 
しまったと咎女が呻いた刹那には、シウは『部屋』と外の空間を合成しこれを脱出。  
咎女の間合いへと飛び込み、黒霧の刃を放つ。  
咎女の設置した緋結晶から三度放たれたレーザーが、これを迎え撃つ。  
拮抗、あるいはシウの方が優勢にすら見えたそのぶつかり合いは、しかし不意にシウの魔力が途絶えたことで終わりを迎えた。  
レーザーの直撃を受け、派手にシウの身体が吹っ飛び地面を転がる。  
 
「シウさん!」  
 
流石に慌てて駆け寄る咎女に、シウは転がったまま參ったなと苦笑を漏らした。  
 
「思ったよりも、限界が早かったみたいだ」  
「……まったく、仕方ない人ですよね。いつも」  
 
呆れたような声でも、咎女の顔に浮かんでいるのは穏やかな微笑で。シウも同じ微笑みを返した。  
 
「これ以上魔力を失うと、後で再会をちゃんと祝う時間もなくなる……僕はここで降参するよ」  
「……はい」  
「そんな顔をしないで。一緒に戦えないのは残念だけど――君にこれを預けるから」  
 
シウがそう言って、体の中から何かを取り出す。  
それは彼が長年愛用してきた遺物。魔力を吸収する茨、『パーフェクトバインド』だった。  
 
「君にはまだ、戦いたい相手もいるんだろう? これをもって行けば、きっと役に立つさ」  
「ありがとうございます、シウ……貴方と思って、大切に使わせて頂きます」  
 
咎女はそう告げて、シウと別れて歩き出す。二度ほど振り返り、それからは前を見据えて。  
シウはその背を、いつまでも見送り続けていた……。  
 
 
(シウ・ベルアート脱落。残り参加者20名)  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――シウと咎女の痴話ゲンカに、決着が着いた頃――  
ミカはベビーと共に、山道をのしのし歩いていた。  
 
「なかなかニナが見つからないわね……ゾンビの来襲でやられてなきゃいいけど」  
「おいおいマザー、アイツがそんなタマかよ?」  
 
傍らの『ベビー』がそう答える。特殊な人造生物故に、ミカから2mと離れる事はできないが、恐ろしく力の強い頼れる子。  
その言葉にミカは、ふっと笑った。  
 
「そうね。彼女がその程度だったら、私もあんなに苦労しなかったもの」  
 
彼女は過去に繰り広げてきた、ニナとの戦いを思い出す。  
ミカとニナは、『ヘキセンリート』と『夜の書』の時に、死闘を繰り広げた。だがいずれもちゃんとした決着はつかないままだった。その因縁を清算する為、ミカは日本に帰ってきたのだ。優勝狙いではなく、ただニナと戦う為に。  
 
「……と、誰か来たぜ」  
 
ベビーに言われ、足を止める。行く手には槍を担いだ我歩が、落ち着いた足取りで近づいてきていた。  
 
「ミカさんか。久しぶりだな」  
「そうね、私も世界を旅してたし。我歩も赤のエージェントとして、あちこち飛び回ってるんでしょ?」  
「ああ、久々に皆に会うのもいいかと思って、大会に参加したんだ。まぁ再会して早々というのもなんだが……やるか?」  
 
その言葉にミカは少し考え、「できればちょっと勘弁してほしいわね」と答えた。  
 
「私、ニナ狙いでね。できればそこまで無傷でいきたいの。私とニナが潰し合ってくれた方が、我歩としても好都合でしょう?」  
「なんだ、そう言う事か……だったら俺も、無理強いはしないけど」  
 
我歩はそう言って槍を収める。  
 
「……にしても俺、考えたら序盤は戦う必要ないんだな。強さを試しに来たのでも、特定の誰かと戦いたい訳でもないし」  
「だったら終盤までは、力を温存しているのが得策ね。参加者の数が減るまで――」  
 
ミカがそう言いかけた時、不意にどこかで声が聞こえた。  
 
「残念ながら、そうもいきませんよ」  
「「!?」」  
 
はっとして辺りを見回すと、我歩の背後に転移魔法の赤い光が見えた。そこから秀とトリーネが出現する。  
我歩は槍を構える暇もなかったが、秀も剣を持っていなかった。ただ彼は我歩に跳びかかり、懐をまさぐる。  
 
「わっ!? お、おい一体なんだ!?」  
「大丈夫、戦闘目的じゃありません。ちょっと欲しい物があって」  
 
そう言いながら秀は、『欲しい物』とやらを見つけたらしい。我歩の懐から何かを抜き出す。  
それは我歩が普段から持ち歩いている遺物、『流れる鋼』だった。  
 
「遺物ゲットです、トリーネさん!」  
「お見事です秀さん。では退散しましょうか」  
 
トリーネが転移魔法を起動する。我歩は「待て!」と槍を放つが、それはトリーネが張った光の壁のようなものに阻まれた。  
 
「ライターを改造して作った『プラズマシールド』です。それでは失礼しますね」  
 
その声も光の向こうに消える。気づけば秀たちの姿は消え、後には我歩とミカだけが取り残された。  
 
「くっ……遺物を狙ってきたか」  
「彼女らは第二覚醒してないからね。優勝を狙うなら、遺物を奪うのが得策だと考えたみたい。  
それにあの二人が組んでいるというのも厄介ね……私たちも組む?」  
「せっかくだけどやめておこう。やっぱり自分の力を試したいしな」  
 
我歩は気を引き締め直したように、踵を返して歩き出す。  
ミカは「気をつけてね」と声をかけ、我歩とは逆の方に歩き出した。  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
その場所から遠く離れた、会場の北端。  
紅沢駆馬はそこに佇み、空が来るのを待っていた。  
 
「参ったな……空と落ち合う場所、予備を決めておけばよかったよ」  
 
駆馬は空と、大会が始まる前に話していた。『お互いどこに転送されても、会場の北端で落ち合おう』と。  
しかしアリシアの暴走やゾンビ軍団の襲来など、予想外の事が幾つも起き、北端に辿り着くのに時間がかかり過ぎてしまった。着いた時には空の姿は無く、30分待っても来ない。  
 
このままここで、空を待つのが得策だろうか。それとも探しに出るべきだろうか?  
そう思った時、背後でかすかな物音がした。弾かれるように振り向くと、そこには――  
 
「……覚の魔女?」  
「あら、不屈の魔人。お一人ですの?」  
 
梓は駆馬を見て、穏やかに微笑んだ。駆馬は警戒しつつ答える。  
 
「うん、いま空はちょっと用を足していてね。すぐ戻ると思うけど」  
「それは間が悪かったですわね。貴方がたに、お願いがあってきましたのに」  
「お願い?」  
「ええ、共闘のお願いですわ」  
 
その言葉を聞き、駆馬は眉根を寄せた。意外な申し出に、真意を計りかねたのだ。  
 
「共闘か、それはありがたいね……でも君と空とは、あまり仲が良くないんじゃ?」  
「そう思われるのも、無理はないですけれど。私こう見えて、貴方がたには敬意を抱いていますの」  
「敬意?」  
「貴方がたはかつてフリッツさまと何度も闘い、その全てに生き残りましたわね。フリッツさまも貴方がたの事は、お気に入りのご様子でしたし」  
「まぁねぇ。でも君も優勝狙いでしょ? 共闘って言っても、最後には戦わなきゃならないよ?」  
「最後までご一緒したいとは申しません。お好きな時に裏切って下されば結構ですわ、私もそのつもりですので」  
 
なるほど、と駆馬は思う。共闘するリスクを提示する事で、こちらの信用を得ようと言うのだろう。  
 
(……でも残念ながら、答えは『NO』だ。恐らくこれは、隙を引き出すための方便だろう)  
 
空の不在を知られる前に、先手必勝で仕留めるべきだ。そう思いつつ、駆馬は言う。  
 
「だったら僕としては、異存はないけど。空の意見も聞かなきゃね」  
「でしょうね。彼はいつ頃お戻りですの?」  
「ちょうどいま戻った所だよ……ほら、"君の後ろ"に」  
 
その言葉に梓が、はっとして振り向く。同時に駆馬は槍を創造し、それを彼女に投げつけた。  
だがそれが届く直前に、梓は黒霧に姿を変えていた。不意の攻撃に対処できたところを見ると、やはり最初から組むつもりはなかったのだろう。  
梓は霧に姿を変えたまま、その場から逃げ出す。駆馬は新たな槍を創造し、彼女を追った。  
 
(『ファロシュバルツ』の有効時間は1分まで。効果が切れて姿を現した所を、仕留めさせてもらうよ)  
 
過去にフリッツと何度も戦った駆馬は、その固有魔法の弱点も熟知していた。梓が黒霧に姿を変えた時点で、駆馬の勝利は決まったはずだった。  
だが、その経験が仇となった。駆馬は一つ忘れていたのだ――いま戦っている相手がフリッツではなく、『覚の魔女』だという事を。  
 
黒霧と化していた梓が、不意に駆馬の眼前に姿を現す。その瞬間、駆馬と梓の眼が合った。  
 
「しまっ……!」  
 
気づいた時は遅かった。梓の眼を見た瞬間、駆馬の記憶がでたらめに分断される。  
梓の固有魔法『覚』――対象と視線を合わせることで魔導パスを合成し、思考と記憶に侵食する能力。狙った記憶操作には時間がかかるが、記憶を混乱させる程度なら即時発動もできる。  
 
一瞬駆馬は、自分が今どこにいるのか、何をしているのかも忘れてしまった。そこに梓が歩み寄り、再び視線を合わせる。  
 
「貴方の固有魔法『金剛』は、無類の防御力を誇っていますわね。でも『視線』を防ぐことはできないでしょう?」  
 
彼女の声と共に、駆馬の精神が侵食されていく。やがてその表情が抜け落ち、眼から光が失われた。  
 
「……これであんたは、あたしの傀儡。優勝の為の手駒になってもらうわよ」  
 
素の口調で言う梓に、駆馬は無言で頷く。  
そうして不屈の肉体と精神を持つ魔人は、魔女の忠実な僕となったのだった。  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――その頃、会場の外にて。  
二転三転し、番狂わせも起きる戦況に観戦者たちはすっかり熱狂していた。  
 
「そんな……アルパートは手堅いと思ってたのに……」  
「くっくっく、賭けは俺の勝ちみてえだなあ?」  
 
などと、個人的な賭けをしている連中も居る。  
そんな中、ぴょんこぴょんことあっちこっちに跳びはねる小柄な影が一つ。サキである。  
 
「うーん、よく見えないよー……」  
 
むー、と不満気に小さく唇をとがらせるサキ。背の低い彼女では、ごった返す観戦者たちが壁になって会場の様子が上手く見えないのだ。  
なんとかして、サキも皆の熱い戦いぶりを観戦したい。けれども、人ごみをかき分けて前に行くこともできないし。  
どうしよう、と可愛らしく悩む彼女の視界。その端っこに、  
 
「戻りました!」  
 
と脱落者たちを回収してきたジギーの姿が留まった。  
より正確に言えば、会場を封鎖する結界が一時的に解かれたのが見えた。  
ぴこん、とサキの頭の上に豆電球が灯る。  
 
「あっちの方がよく見えそう!」  
 
たたた、とサキは素早く駆け出した。そりゃあ、あっちならよく見えることだろう。  
だって、会場の中なのだから。  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
同じ頃、会場内にて。  
吉部 充実は、ほとんど半泣きになりながら走り回っていた。  
地道に修行を重ね、もう立派な赤の魔術師だという自負のもとに参加した充実だったけれど――  
 
「無理無理無理! デカすぎるって!」  
 
ダハーカを前にしては、脱兎の如くにならざるを得なかった。だってダハーカでかいんだもん。  
 
「こ、ここはセンリャクテキテッタイだ!」  
 
身体操作と体内物質操作を組み合わせ、とにかく全速力でダハーカから逃げようと走り続ける充実――って。  
 
「うわぁああ! どこまでも追いかけてくる!」  
 
ダハーカはダハーカで必死なのか、ケーッ! と咆哮を上げて充実を執拗に追いかけまわす。  
木々をなぎ倒し、土埃を巻き上げて猛進する姿はもはや怪獣のソレだ。もともと、ダハーカは怪獣みたいなものではあるけれど。  
 
「うおわぁっ!?」  
 
思い出したように放たれた毒のブレスを、充実は跳躍して回避。二撃、三撃と続くブレスは木の幹を蹴っての三次元機動でどうにかいなす。  
背後でめりめりと木々がへし折れ、あるいは腐食していく不快な音が聞こえるたびに、充実は背筋を冷や汗が伝っていくのを感じた。  
とにかく、このまま逃げ切るしか。そんな決意を固めた矢先、視線の先に小柄な少女の姿が飛び込んできた。  
赤いワンピースに、ゆるくウェーブの掛かったロングヘアのあの姿は――  
 
「サキ!?」  
 
遠目にも呑気な様子で、サキはきょろきょろ辺りを見回していた。  
そのうち充実に気づいたらしく、ぱたぱたと手を振――ろうとした、その時だ。  
充実の背後で、ダハーカがブレスを放つ気配。  
直感する。充実がよければ、いや、よけなくともブレスはサキを巻き込んでしまうだろう。  
――それでいいのか?  
女の子が巻き添えを食いそうになっているのに、ただ逃げるだけでいいのか?  
ヒーローなら、こんな時どうする?  
 
「ひ、ヒーローは逃げない……!」  
 
どくん、と。充実の胸の奥に小さな火が灯った。それは彼の心を燃やし、炎へと姿を変わる。  
 
「――惡に立ち向かう!」  
 
『スーツアクト改』、発動。  
充実の姿が、刹那のうちにダハーカと同じソレへと変じた。  
三つの首から、大気操作のブレスを発射。毒のブレスを迎撃し、撃ち落とす。  
続けて体内物質操作でアドレナリンを大量分泌、恐怖をかき消しダハーカに――突撃!  
 
「うおおおおおおっ!!」  
 
ダハーカの首を狙い、充実の三つ首の牙が閃く。だが、あまりにも人とかけ離れたその姿のせいだろう。間合いがうまく掴みきれない。  
空振った充実の首目掛け、今度はダハーカが喰らいつく。  
首をのけぞらせる充実だが、人のソレに比べて長過ぎる首をコントロールしきれない。  
右の首に、ダハーカの牙が食い込んだ。  
 
「ぐあ……っ!」  
 
呻きながらも、充実は噛みつかれたダハーカの首に食らいつき返す。  
ダハーカが毒のブレスを叩きつけんと口を開けば、充実は噛みつかれた首から火炎を放ってこれを牽制。  
ようやく感覚を掴み始めた左の首を、そのまま矢のように突き出した。  
 
「ぎゅるっ!?」  
 
ダハーカの真ん中の首に、深々と牙が突き立つ。  
直後、ダハーカの残る首が毒のブレスを発射。間一髪、身を捩った充実のすぐ隣の地面が音を立てて溶けた。  
充実の首が、ダハーカの首を狙って牙を走らせる。  
ダハーカは首をしならせてこれをかわし、弧を描く軌道で逆に絡め取ろうとする。  
すかさず充実は首を引き戻し、炎を放った。熱が、間近で炸裂する。  
炎はダハーカを直撃し、咆哮とともに巨躯をのたうたせた。ぶち当たった枝葉が折れ、ひしゃげ、木の幹がたわみ、根本からひっくり返る。  
追撃を放たんとする充実。しかし、その瞬間彼の身体から不意に力が抜けた。  
 
(しま……っ!)  
 
噛みつかれた時、身体に入りこんだ毒。それがまわり始めたのだ。  
ダハーカの瞳が、獰猛な輝きを放つ。炎にまみれながらも開かれた口腔に、毒のブレスが充填されるのがいやにスローに見えた。  
負ける、と理性が訴える。  
毒のまわった身体が、力なく崩折れていく。  
毒のブレスを、撃たれるがままに受けようと、  
本能が、吼えた。  
負けたくない、サキを守りたいと。  
腹の底から、叩きつけるように。  
 
「うあああああああああっ!!」  
 
充実の瞳に、炎が宿る。  
魔力のリソースを全て身体操作と体内物質操作に回す。  
毒で動かなくなった首を、しかし無理矢理に機動させる。ダハーカのブレスが放たれる寸前、電撃的な疾さで放ったのはほんの小さな電撃だった。  
それはダハーカの口腔で毒のブレスとぶつかり合い――炸裂。  
危うく首が吹き飛ぶほどの爆発を受け、ダハーカの身体がぐらりと傾ぐ。  
最後の力を振り絞った充実の身体もまた崩れ落ち、充実本来の姿へと戻っていく。  
 
(サキ、は――)  
 
霞んでいく視界の中。  
慌てた様子で駆け寄ってくるサキの無事な姿を、充実は確かに見たのだった。  
 
その様子を、遠巻きに眺めていた影が一つ。  
 
「おやおや、ダハーカにはリッターズ共々お仕置きが必要ですかね」  
 
そう呟くユナイトの目は、しかしどこか嬉しそうに細められていた。  
 
 
(スターダハーカ/吉部充実脱落。残り参加者18名)  
 
 
   
 
 
※残り:リーリオ/キノ/我歩  
    咎女/ユウ/アリシア/ミカ/剣術屋  
        ラプラス/空  
        梓&駆馬/秀&トリーネ/ニナ&イデア/リミット&衛示  
 
 
 
 
 
 

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