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EX『バトル・オブ・スタッフ』

 

――最強の魔術師を決める戦い、『キング・オブ・ウィザーズ2016』。  
33名の参加者が、死力を尽くして戦った大会。  
 
しかし戦っていたのは、参加者だけではなかった。  
物語の裏では、スタッフたちの奮闘もまた、密かに繰り広げられていたのだ。  
 
『軽業の魔術師』ジルギス"ジギー"ランバート。  
『記憶の魔術師』朝倉 ユウキ。  
『魅了の魔術師』玉響 憩。  
『真理の魔人』神楽坂"はき"土御門。  
『蜃気楼の魔術師』織部 瑞月。  
『転変の魔女』緒方 歩。  
『香泉の魔術師』松井 十一――  
 
以上のスタッフたちに、大会の成功はかかっていた。  
これは彼らの知られざる闘いを描く、もう一つの物語である――  
 
 
 
 
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<大会前>  
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――さて、時間は大会当日、戦闘開始直前まで遡る。  
海外から駆けつけてきたジギーは、観客でごった返す会場を見渡していた。  
 
「すごい人手だなぁ……こんな山の中だってのに、1000人は来てる」  
 
スタッフのジギーもわくわくしてきた。これからどんな戦いが繰り広げられるのだろう。  
そう思いつつ準備をする彼に、ふと背後から声がかけられた。  
 
「ジギー君……ジギー君!」  
 
懐かしい声だった。ジギーがはっとして振り向くと――  
少し離れた所の木陰に、隣世に残ったはずのシウがいたのだ。  
 
「シウさん!? ど、どうして!? あなたは隣世に残ったはずじゃ……」  
「いや、僕も詳しい事はわからないんだけどね?  
 僕がが隣世に残った事で、現世と隣世の相互関係が少しずつ改善したみたいでさ」  
「ふむふむ」  
「それで現世に居る魔術師たちの、『僕に会いたい』と言う願いが叶ったらしいんだ。  
 それで一日だけ、現世に戻ってこられるようになったと」  
「一日だけ、ですか……」  
 
わずか4か月で戻ってきた事への驚きと、そして一日限りの再会という寂しさ。二つの感情がジギーの中でないまぜになる。  
だがそれでも勝ったのは、再会できた『嬉しさ』だった。  
 
「……うん、だったらこの一日、大切に使いたいですね?」  
「そう、その限られた時間の中でも、皆との再会等を楽しみたい。  
できればこの大会にも参加したいんだけど……」  
「わかりました、協力させて頂きます!」  
 
ジギーが任せてと言わんばかりに、胸をどんと叩く。  
そうしてシウとジギーは密かに、飛び込み参加の準備を始めたのだった。  
 
* * * * * * * * * *  
 
一方その間にも、あゆみは十一と共に、忙しく準備を進めていた。  
 
「あゆみさん、会場内カメラとマイクの設置が完了しましたよ」  
「ありがとうございます、映像・音声共にばっちり来てますね」  
 
あゆみはモニターをチェックしながら、十一に笑みを返した。  
会場内の様子は、この会場そばの観客席だけではなく、各地の拠点や本部にも中継されている。  
 
「これで世界中の魔術師が、大会の様子をリアルタイムで見られるわけですね。……もちろん『有料』で」  
「それでも見たいというお客さんは多いですよ。現代最高レベルの魔術師たちの、全力の闘いですからね」  
 
* * * * * * * * * *  
 
――事実、既に3トライブの本部では。  
魔術師たちが中継モニターの前にひしめき、声援を挙げていた。  
 
フランス・オルレアン異端教会の魔術師たちが、栄えある魔人魔女に声援を送る。  
「衛示様リミット様ミカ様、必ずや優勝を! 白の強さを知らしめてください!」  
 
ドイツ・デュッセルドルフからも、熱いエールが送られる。  
「ニナ様ーッ!! 黒本部一同、地球の裏側からでも応援しておりますー!」   
 
アメリカ・ネバダのウィザーズインク本社でも、研究員たちがモニターの前に集って言う。  
「ブランクの長いラプラスには、あまり期待できんか……日本支社の諸君、頑張ってくれたまえ!」  
 
* * * * * * * * * *  
 
その熱気はモニター越しに、ここまで伝わってくるかのようだ。観客がそれだけいれば、配信料も相当なものだろう。  
 
「さすが、手際が良い……ラプラスさんが選手として出場する以上、ビジネス面はあゆみさんが担当して下さったというわけですね」  
「どうせお祭りするなら、大掛かりなほど面白いですからね。会場内にも飲食店を展開してあります」  
 
見れば観客席の周囲には、出店が幾つも立ち並び、お祭り価格で商品を提供していた。全てにおいて抜かりなしだ。そこにおりべーもやってきて言う。  
 
「会場の特大スクリーンも、準備できたぞ~。カメラの死角もばっちりカバーだぜ~」  
「ありがとうございます! それじゃそろそろ準備完了ですね……」  
 
ちょうど開始の時間だった。あゆみが司会の響香に目配せすると、彼女はざわめく観衆に向けて歩み出る。  
そして彼女の視界の元、参加魔術師たちが次々に歩み出る。かくして大会は、いよいよ幕を開けたのだった。  
 
「参加者の皆、こちらへ…会場内に、ランダム転送するから…」  
 
ユウキの言葉に、参加者たちが集まってくる。戦場に向かう我歩に、おりべーと『パン田1号・2号』が声をかける。  
 
「修、ファイトー」  
「ふぁいとーナノダー」  
「えいえいおーナノダー」  
「ああ、行ってくるよ」  
 
また、空と剣術屋の闘いをしょっちゅう仲裁している美丹は、剣術屋に向けて言う。  
 
「……待って修悟、今回は魔法使う気満々みたいだけど。魔法を憎むおまえが、それはありなの?」  
「持てる力の全てで戦うのは当たり前の事だろが。今以上に魔術の力を得ようとも思わねえが、十全に力を振るわず負けるなんてのも馬鹿みてえだしな」  
「ん、確かに正論……だったらまぁ、頑張って。うちもおまえの魔法を見ておきたいから」  
「はっ、楽しみにしときな」  
 
そう話す横ではユナイトが、部下たちに暖かいエールを送っている。  
 
「優勝は二の次として、面白味にかける勝負はしないで下さいね」  
「は、はい、お任せを――」  
「あと無様に負けるようであれば、もう一度培養液に漬けこんでやりますのでそのつもりで」  
「ひぃいいいいいいいッ!!」  
 
さらに出場者同士も、開始前の最後の会話を交わす。  
 
「久しぶりだネ、ニナちゃん。無事で本当によかった……」  
「ああ、心配かけたなアリシア。だが魔力も取り戻したし、もう安心だ」  
 
結婚についての話は、二人とも触れなかった。その事を考えると暴走しそうになるアリシアは、感情を押さえつつユウに続ける。  
 
「ユウ、ニナちゃんの遺物を受け継いだんだってネ?」  
「確かに託されました。その力と想いをしっかり受け継ぐのが、俺の使命です」  
 
そう答えたユウの横顔は、以前の彼にも増して精悍に見えた。それにアリシアが頼もしさを覚えた時、転送が始まった。  
そうして参加魔術師33名が、戦場に次々と送り込まれていき――  
いよいよ闘いの火蓋が、切って落とされたのだった。  
 
 
 
 
 
 
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<回収班たちの闘い①>  
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――そしてそれは、同時に回収スタッフたちの闘いが始まった事を意味する。  
回収班のジギーとユウキは、モニターを見ながら緊張の声を上げた。  
 
「……すぐにも戦いが始まる気配だけど。全力で戦う魔術師のいるエリアから、戦闘不能者を収容するのも危険だと思うんだよね」  
「おれも、そう思う……。モニターを、チェックしながら…闘いが決着した現場に、急行しよう」  
「だね。早く搬送しないと、範囲攻撃とかに巻き込まれたら危ないし」  
 
そう話している内に、会場内では咎女VSギフトリッターズの闘いが始まっていた。  
モニターの向こうで咎女が、ギフトリッターズ3名を瞬く間に倒す様子が見える。  
 
「わっ、さっそく3人脱落だ。行こうユウキ!」  
「うん…!」  
 
ジギーとユウキは、会場内を取り囲む結界を開けてもらい、会場内に飛び込んだ。  
 
 
---------  
 
全魔術師中随一のスピードを持つジギーと、転移魔法の得意なユウキ。回収スタッフとして最適の二人は、たちどころに現場に辿り着いた。  
気絶した3人に治療を施し、あゆみたちのいる運営本部まで戻ろうとする。だがその時、不意にユウキが声を上げた。  
 
「じ、ジギーさん、あれ…!」  
「え? ……って、うわっ!」  
 
見れば木々の向こう側から、猛然と飛来してくるダハーカの姿が見える。ジギーは慌てて腕章を見せた。  
 
「待って下さいスタッフです! 参加者じゃありま――」  
「クェエエエエーッ!!」  
 
ダハーカはスタッフと参加者の区別がついてないらしく、毒のブレスを吐いてきた。ジギーはとっさに固有魔法『守護の剣』を放ち、回転させて毒のブレスを掻き散らす。  
 
「まずいな、3人も抱えて逃げられないし……! ユウキ、転移出来る!?」  
「い、いっぺんだと少し時間かかる……! ジギーさん、少し時間、稼いで……」  
「えええーっ!? この怪獣相手に、しかも相手に傷つけないで!?」  
 
だが『大会の運営に支障を与えない』事が、今回のジギーのモットーだ。止む無く彼は身体速度を全開にし、スピードでダハーカを翻弄する。  
 
「クェエエエエーッ!!」  
「わわっ! ちょっ、危っ!」  
 
矢継ぎ早に繰り出される爪と牙とブレス。それを立体駆動で避け回りながら、必死の時間稼ぎを行うジギー。それでもやがて彼の息が上がってきた頃、ユウキの声が響いた。  
 
「…準備できた、脱出する!」  
「りょ、了解!」  
 
その声と共に、転移魔法が起動。ジギーたちはなんとかその場を脱出した。毒ブレスの余波を受けたギフトリッターズたちを、『身体浄化』で治癒しながら。  
 
 
---------  
 
そうして本部に戻ってきたジギーたちを、救護スタッフが迎え入れる。  
 
「お疲れさまですぅ、お二方。こちらが負傷者の方々ですね?」  
「うん。危うく俺たちも、ミイラ取りがミイラになるところだったけどね」  
 
ジギーはそう言って笑い、ユウキに向けて苦笑した。  
 
「最初からこれじゃ、先が思いやられるね……ある意味、参加者より危険かも?」  
「が、頑張ろう、ジギーさん…おれも、協力するから」  
 
ジギーとユウキは互いに肩を叩き、気合いを入れ直す。  
回収班コンビの闘いは、まだ始まったばかりだ――。  
 
 
 
 
 
 
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<医療班の闘い>  
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――だがそれからは回収コンビにも、さほど大きなピンチは訪れなかった。  
ジギーの使い魔『バド』が、周辺警戒を担当してくれたおかげで、先ほどのような不意打ちは避けられた。  
その後、脱落した鴉の書や竜崎も、難なく回収できた。  
 
すると次に忙しくなるのは、医療スタッフの憩だ。  
彼女は異端教会病院ドクター軍団らと共に、次々に来る負傷者たちを、片っ端から治療していく。  
 
「竜崎さんは全身裂傷と、爆発による火傷ですぅ。身体治癒に加え、赤の医療スタッフは、冷気魔法で冷やしてあげて下さい」  
「わかりました、冷却は私がやりましょう」  
「鴉の書さんは、ダメージによって魔粒子が欠損気味ですねぇ。黒の方がいらしたら、魔力合成をお願いしますぅ」  
「うむ、それは我が担当しよう。主が解説にかかりきりで暇だからな」  
 
憩は最初は医療班の最年少者として、ナース服などを着せられてマスコット扱いされていた。だがそのてきぱきした指示ぶりから、たちまち医療班内の指揮者となっていた。  
彼女が白黒赤の魔術師を同時に魔力強化する遺物『ささらの薔薇』を持っていた事も幸いしたのだろう。その遺物を核に魔法陣を展開、儀式魔術で治療効果をさらにアップさせる。  
やがて気絶していた鴉の書も目を覚ました。そこに『回復魔法の札』を使って、医療班をサポートしていたはきが声をかける。  
 
「残念でしたね、鴉の書」  
「負けちまったよ……ごめんよ主様」  
「いえ、良い戦いでしたよ。また共に魔術研究を進め、より強くなりましょう」  
 
そう話す主と使い魔の横で、パン田1号2号が竜崎に歩み寄る。  
 
「竜崎が気絶してるノダー」  
「心肺停止してるかもなノダー。AEDを試すノダー」  
「あばばばばばば!!」  
 
パンダ1号2号が竜崎に電気ショックを施すと、竜崎は衝撃に跳ね起きた。  
 
「何してんだパンダども、心臓なんざ止まってねぇよ! 気ィ失ってただけだ!」  
「せっかく助けようと思ったのに、ひどい言いぐさなノダー。こらしめるノダー」  
「あばばばばばばば!!」  
 
竜崎が電気ショックで、再び気絶する。憩は慌てて駆け寄り、彼の余計なダメージを治療した。  
そんな事をしているうちに、今度はヴァンヒルが担ぎ込まれてきた。全身火傷で気絶しているヴァンヒルを治癒しようとすると、  
彼は眼を覚まして声を上げる。  
 
「ちょっ待てオイ、ここ会場外じゃねぇか! なんだ俺脱落したのか!?」  
「は、はいぃ。ドラゴライズのブレスを受けて……」  
「冗談じゃねぇ、俺はまだ戦えるぜ! 脱落判定は早計だ、続行させろ!」  
 
ヴァンヒルは火傷を負ったまま、会場に向けて歩き出そうとした。  
さすがは毒騎士団団長と言った所か、闘争心と根性は筋金入りらしい。  
だがいくら意志が強くとも、あの怪我でこれ以上戦わせるのは危険だろう。  
 
(となると、止むを得ませんねぇ……!)  
 
憩は決意し、固有魔法『傾城美姫』を使った。とたんに彼女の身からフェロモンが発せられる。  
 
「お待ち下さい、ヴァンヒル様」  
「あ? なん、だ、よ……」  
 
そう言いかけたヴァンヒルの声が止まる。呼び止めた憩を見て、目を奪われたのだ。  
やや幼くも整った顔立ち。そして発育良好な肢体。その全てが途方もなく魅力的に見える。  
無論それは憩の固有魔法によって『魅了』されているだけなのだが、ヴァンヒルは気づかない。思わず頬を赤らめる彼に、憩は続けた。  
 
「憩は心配なのです……! その傷で無理をし過ぎますと、いかに生命保護の魔法がかかっていても、取り返しのつかない事になりかねません。どうかここは退く勇気を」  
「あ、ああ……わ、わかった……」  
 
歴戦の毒騎士も、その説得にあっさりと折れた。火傷の痛み以上に胸が痛い。  
当の憩は安堵の表情を浮かべ、ヴァンヒルの治癒を始める。されるがままの彼を見て、ギフトリッターズたちが呟いた。  
 
「我らが団長が、あんな少女にされるがままに……!」  
「……ヴァンヒル様、まさかロリ……」  
「違ぇよ! 潔く負けを認めただけだ!」  
 
あらぬ誤解を受ける彼に、憩は内心で「ごめんなさい」と呟く。  
まだまだ先は長そうだ。だが医療班に白黒赤の魔術師が揃っている今なら、どんな怪我人が来ても治療できるだろう。  
 
(姉君様、頑張ってくださいね……憩もここで、自分の役目を果たしますので!)  
 
憩はそう思い、ぐっと拳を握りしめた。  
 
 
 
 
 
 
 
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<撮影班の戦い>  
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――そうして回収&治療スタッフの奮闘の甲斐もあり、大会は滞りなく進んで行った。  
しかし大会中、動き回っているのは彼らだけではない。撮影スタッフもまた、忙しく動いていた。  
 
「会場内の壊れたカメラ、全て交換してきましたよ」  
「ありがとうございます。メインモニターの方はどうですか、おりべーさん?」  
「そっちは問題なしだぜー。カメラが壊れてた間は、遠隔視魔法でカバーしておいたからさー」  
 
十一・あゆみ・おりべーの赤のトリオが、そう言葉を交わす。  
闘いが激しくなれば、当然会場内に設置されたカメラも破損する。それを即座に交換したり、魔法でカバーする事によって、映像を途切れさせず配信・記録し続ける。それもまた撮影スタッフたちの大事な仕事なのだ。  
 
(……しかしこの布陣ならば、問題なくやり遂げられそうですね。少し楽過ぎるくらいです)  
 
十一はそう思い、実況席に目をやる。  
気づけば戦いも折り返しを過ぎ、後半戦に突入していた。響香がアナウンサー口調で声を上げる。  
 
「――充実の大奮戦も胸が熱くなりましたね、私はああいうのに弱いんですよ。  
 その他も駆馬選手の傀儡化、秀&トリーネ選手の遺物収奪など――」  
 
響香がそう言いかけた時、不意にモニターをチェックしていたあゆみが声をあげた。  
 
「お、落とし児です!!」  
「何ですって?」  
 
十一が目を向けると、闘いで発生した魔粒子に引き寄せられたのか、大型のヘンゼルが歩み寄ってくるのが見えた。  
それを予想していたのように、医療スタッフの憩が声を上げる。  
 
「やっぱり来ましたねぇ(ふるふる)。みなさん、討伐にご協力をお願いしますぅ!」  
「おう!」「ええ!」「それでは私も」  
 
その声に従い、観客の中から春道と寧々里とユナイトが歩み出る。やや手持ち無沙汰だった十一も、喜々として参戦した。  
 
「あゆみさんを脅かす招かれざる客は、お帰り頂きますか」  
「修もがんばってるんだ、おれも戦うぜー」  
 
おりべーや異形たちも交え、十一たちは大型ヘンゼルに挑みかかる。先陣を切ったのはおりべーだった。  
 
「戦闘用の魔法っていったら、これくらいかなー。『熱量操作-』っと」  
 
彼女がそう言った刹那、身を切るほどの冷気がヘンゼルを襲った。その表面が凍てつき、巨体の動きが鈍る。  
そこに春道が『ドレインナイフ』で斬りかかり、赤と黒の異形がそれぞれの魔法を放った。  
ヘンゼルがぐらついた所に、ユナイトが配下の劣兵たちをけしかける。だがヘンゼルはそれを振りほどき、こちらに駆け寄ってきた。  
 
「うぉっ!?」  
 
その巨体に春道たちが、まとめて跳ね飛ばされる。ヘンゼルの行く手には運営本部と、そしてあゆみがいた。  
 
「わ、わわっ……」  
 
魔女として卓越した魔力を持つあゆみだが、不意の攻撃には心の準備が出来ていないようだ。だが十一は慌てずに、あゆみを護るように立つ。  
 
「大丈夫ですよあゆみさん、私がお護りします」  
「は……はいっ」  
 
あゆみの声を背に聞きながら、十一はジャケットに仕込んでいた魔術符の一種『ムイエット』を取り出す。その紙に仕込んでいた魔法を解放し、風の防壁を張った。  
その風は大型ヘンゼルの突進をも、見事に受け止めた。そこに寧々里が『重力操作』で追い打ちをかける。  
膨れ上がった重力に、ヘンゼルの動きが完全に止まった。それを見計らい、寧々里が言う。  
 
「チャンスです! 今こそ必勝の刻!」  
「お任せを」  
 
十一は頷き、指環状にして指に嵌めていた無数のムイエットを全て起動。幾つもの攻撃魔法が一斉に放たれ、ヘンゼルを粉砕した。  
場外乱闘の華麗な決着に、観客たちから喝采が上がる。十一はそれを誇る事なく、優雅にあゆみに一礼した。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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<回収班の闘い②>  
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――そんな一幕もありつつ、大会は進行していく。  
激化していく戦いの中、回収班は危険な戦場を往き来し、ミッションを遂行し続けた。  
 
ある時は梓の放った影人形が闊歩する中、剣術屋と我歩を回収し――  
「まずい、影に触れちゃった…記憶が侵食されていく…!」  
「ジギーさん、気をしっかり持って…おれの固有魔法で、記憶を修復するから…」  
 
またある時はアヤの繰り出した『穢れた嵐』の余波を受けつつ、ユウを回収する。  
「こ、今度は毒…!? 体が、痺れていく……!」  
「大丈夫だよユウキ、毒は身体浄化で治せる! それより逃げよう!」  
 
さらに今度は、主を失ってさまよっているハトスーツに遭遇し――  
「この鳩、音楽プレイヤーを再生してる…? この音声は、『くろすとらじお』…?」  
「な、なんだこの音…!? 急にペットボトルが傍にないと落ち着かなくなってきた!?」  
「剣術屋さんが、何か魔法を仕込んでたんだ……でも、何の為に…?」  
「永遠の謎だね……それよりペットボトルなんて、会場内にあるかなぁ?」  
 
果ては銃弾飛び交うイデアVSアリシア戦が行われている傍で、回収のタイミングを待ち続ける。  
「な、流れ弾がすごい数飛んでくる! あの二人、銃弾ばら撒き過ぎだよ!」  
「い、痛っ…! 弾丸が頬を、掠めてった…」  
「気をつけようユウキ、俺たちが倒れたら参加者の身が危ない!」  
「おれたちがすでに、死の危険にさらされてる気がするけど…」  
 
――それでも彼らは任務を着実にこなし、気づけば残る魔術師はわずか数名となった。  
そうして最後に残ったメンバーが、山頂で決着をつけようとしていた……。  
 
「……優勝者を決める時が、来たようであるな」とリミットが言い、  
「そうだな……お互い、トライブを背負う者として」とニナが答える。  
「ここまで生き残った精鋭魔術師としてネ」とアリシアが続け、  
「決着をつけましょーか。いよいよクライマックスよ!」とラプラスが声を上げる。  
 
そんな会話と共に、激しい戦いが始まった。  
だがその戦場の片隅、崩れた展望台の裏には――  
回収班のジギーとユウキが、密かにスタンバイしていた。  
 
「……この3つ巴戦は、今までで一番派手になりそうだ。脱落者が出たら、すぐに回収していこう」  
「うん…倒れた人を放置してたら、怪我じゃすまなくなるかもしれないし…」  
 
巻き込まれるのが怖いが、そうも言ってられない。あれだけ激しい戦いの中では、遠隔転移で救出するのも難しいだろう。  
ジギーは自分とユウキに『身体強化』を使いながら、じっとその時を待つ。  
やがて凄まじい爆発音が響いた。見ればリミットが爆風に吹き飛ばされ、地面を転がっていくのが見える。  
 
(今だ!)  
 
その刹那、ジギーはユウキと共に飛び出し、リミットの回収に向かった。  
流れ弾が飛んできたが、『守護の剣』で弾く。そうしてリミットの所に辿り着き、素早く応急処置をしてから、ユウキに転移魔法を使って貰った。  
彼の体が赤い光に包まれ、医療班のところへ送られていく。まずは1人――そう思った瞬間、ラプラスの声が響いた。  
 
「お願い、これで倒れてね……赤の嵐!」  
「「わッ!?」」  
 
ラプラスの放った『赤の嵐』に、ジギーとユウキが巻き添えを食う。吹き飛ばされた彼らだが、すぐに立ち上がってラプラスに目をやる。  
見ればちょうど彼女は、ニナの黒霧を受けて倒れる所だった。ジギーたちは痛みに耐え、ラプラスを回収に向かう。  
 
ジギーが風のように走り、ラプラスを確保。同時にユウキが転移魔法を起動、自分たちとラプラスをまとめて本部へ飛ばした。  
 
 
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そうして本部に辿り着いた時、ジギーたちを迎え入れたのは、他のスタッフたちの拍手だった。  
 
「2人ともお疲れさま~。大変だったでしょ」  
「おかげ様で、必要以上の怪我をした人は出なくて済んだようですね!」  
「でもジギー様もユウキ様も、お怪我をなさっていますね…すぐに治療しますぅ!」  
「こちらも併せてどうぞ。気分を落ち着かせるアロマの香水です」  
「これは私から。『涙が出るほどおいしい水』です」  
 
スタッフ仲間の労いに、ジギーとユウキは笑みを交わす。  
意外と大変な仕事だったが、皆の笑顔に疲れも和らいだ気がした。  
 
「……キツかったけど、やった甲斐はあったかな?」  
「うん…スリルあって、結構楽しかった」  
 
そう言ってユウキが微笑む。  
彼の飼い犬ロッソも、スタッフたちを称えるように、鳴き声を上げた。  
 
……やがて程なくして、残る3人の闘いにも決着が着き、優勝者が決まった。  
そうして彼らの物語の裏での戦いも、幕を下ろしたのだった……  
 
 
 
 
 
 
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<エピローグ>  
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――そして、大会から数日後。  
新宿ウィズクラス地下の、3トライブ合同拠点にて――  
大会責任者のラプラスが、あゆみと話し込んでいた。  
 
「……それで、どうだったあゆみ? 今回の大会、ビジネス的には」  
「大成功です! まず会場に展開した飲食店は、全て完売しましたし。世界各地の拠点への配信も、結構な利益を出しました」  
「ほうほう」  
「さらに配信されなかった場面も収録した、ディレクターズカット版のDVDも既に発売! こちらも好調な売れ行きを見せてます」  
「だはははは、笑いが止まらないわねぇ。おかげで優勝賞金もガッツリ上げる事ができたし、皆のファイトマネー払ってもお釣りがくるわね?」  
「ふふ、それだけじゃないですよ……? ニナさん特集の『特別版DVD』は、後日限定発売! こちらは黒の方々に完売間違いなしです」  
「おっとそりゃ嬉しい余禄ね。でもそんなの勝手に出したら、ニナが怒るんじゃ?」  
「大丈夫ですよ。発売日には私は、アメリカに出張して不在ですから」  
「そこも抜かりなし? 恐ろしい子……!」  
 
そんな事を二人が話していると、そこにはきがやってきた。彼はHDビデオカメラを携えている。  
 
「話は聞かせてもらいましたよ。でしたらこちらも特典映像として、おまけにつけて欲しいんですが」  
「え? あんたも何か撮ってたの?」  
「実はあの大会の前後に、魔術師たちにインタビューしてたんです」  
 
はきが言うには、こういう事らしい。  
隣神が倒され、3トライブが和平を迎えた現在。今回のようなイベントを行えるほど、魔術師の世界は変化した。  
では個々の魔術師たちの環境は、どう変化したのか?  
またその変化を自身でどう思っているか?  
そしてこれから先の未来はどうするのか――  
 
「――それらについて、色んな魔術師に聞いてきました。今回の大会の趣旨と絡めると、なかなか面白いインタビューになったと思います」  
「それいいですよ、オマケは多い方が嬉しいですし。ちなみに皆さん、どんなこと言ってたんでしょうか?」  
「試しに見てみましょうか。再生します」  
 
はきは頷き、ビデオをモニターに繋いで再生する。  
すると彼らが関わってきた者たちのインタビュー映像が、モニターに映し出された。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
衛示「隣神戦の後ですか? そうですね……  
 やっぱり抗争が終わった事で、戦うべき相手が大幅に減りましたね。  
 今までは『白以外の全ての魔術師』を警戒しなければなりませんでしたが、今は違います。  
 主に『在野の危険な魔術師』とだけ、戦う形になりました」  
祈「もちろん、闘いが終わるわけではありませんけど。  
 一人一人と向き合い、全力で受け止める余裕が出来た事は嬉しいです。  
 私の望みは『敵を倒す事』ではなく、『対立する者とも、共に歩む道を探る事』でしたから……」  
衛示「これから私たちは、それらの危険な魔術師と戦いながら、共存する道を探っていくでしょう。  
 たとえ共に歩く道などないとしても、それが異端教会の使命ですからね」  
メアリ「いい願いね、2人とも! それはきっとあなたたちが、この世界で与えられた役目だわ。  
 だったらわたしはそれを、これからも見届ける。物語が続く限りね」  
 
--------  
 
ニナ「隣神戦の後か……抗争が沈静化したおかげで、通常の営利活動に割く時間が増えたな。
 我がトライブは前期に比して、43パーセントの収益増だ。どのように稼いでいるのかは伏せるがな。
 闘争は経済戦や情報戦に形を変え、これからも続くだろう。時には件の大会のように、実際に闘う事もある。
 ならばそれを愉しもうではないか? 最後に勝つのは我らイェーガーだがな」  
 
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ラプラス「隣神戦の後で、どう環境が変化したかって?  
 まず皆とお酒飲んだり、遊ぶくらいのヒマは出来たわねぇ。 
 遊んでばっかりで、あゆみに迷惑かけてるんじゃないかって? そ、それは否めないかも……。  
 でもそれも重要な事よ。色んな人と触れ合わなきゃ、共に歩く道を探すのも難しいもん。  
 今後もトライブ間のパワーゲームは続くだろうけど、その中であたしが皆の潤滑油になれればいいなって思うわ」  
サキ「んー、サキは難しいことはわかんないけど……みんながなかよくなったのは嬉しいなっ」  
充実「だったらその日々が続くよう、オレは惡と戦うかな。それがヒーローってもんだからさ!」  
 
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秀「隣神戦の後ですか? うーん、僕らの生活はあまり変わってないかな?」  
竜崎「バカ言え、スゲェ変わったよ。まずあんま店が壊されなくなったし、俺の給料も安定したしよ」  
響香「『壊れてもすぐ直る謎の店』という事で、妙な噂も立ってるが……  
 なんだかんだで客足も戻ってきたし、まぁ大丈夫だろう」  
寧々里「もっともこれから先の未来というと、まだわからないですね。  
 今はやっと掴んだ平穏を、享受するばかりです」  
春道「でも一つだけ確かなのは、これからもオレらはこの店にいるって事だ。  
 いつでも遊びに来てくれよ、待ってるぜ」  
 
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空「隣神戦の後ねぇ、まぁ色々変わったよな。今まで背負い続けてきたものを、全部下ろせた気分だ。  
 ただオレらはあの戦いの中で、家族を失ったからな……その喪失感には、正直今でも苛まれる事があるぜ」  
美丹「……だけど、失ったのはうちらだけじゃない。魔術師はみんな悲劇を経験して、何かを失ってきた。  
 だからうちらばかりが、哀しみ続けるのは違う気がするから……前を向いて、生きてこうと思った」  
駆馬「それで僕は、正式に出家する事にしたよ。僧になって、亡くなった人の菩提を弔おうと思う」  
美丹「うちは調停者になるかも……哀しい事もたくさんあったけど、魔術の世界がやっぱり好きだし」  
空「オレはまだわかんねーな。調停者になるか、親父と同じ刑事になるか……  
 なんにしろ『世の平穏と仲間を護る』のは、これからも続けていくぜ」  
 
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もふ「隣神戦の後ですか? もふたち使い魔は、あまり環境や行動が変わった実感はねーですが」  
ララ「そう…? わたしは抗争が終わるのをずっと望んでたから、やっぱりうれしいな。  
 こうして白と黒の使い魔が、一緒にいるなんて事も、前じゃ考えられなかったし……」  
もふ「む……まぁ抗争が終わって仕事がしやすくなったのは事実です。これからも眠り児を探し、育てていきますよ」 アルバート「ま、俺も仕事がしやすくなったってのは同意だな。

 調停者って組織の在り方も変わったが、その方が本来の在り方、俺のやりたかった事に合致してる。
 それ以外は今まで通りだ。この酒場で若い連中のお喋りを聞いているさ」
 
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朔実「……よく私のところまで辿り着いたわね? その執念、素晴らしいわ。  
 隣神戦で私は、魔術師たちの可能性の極限を見た。

 でもそれが終わり、世界が静かになってしまった事は少し残念。  
 次の『敵』が現れるのを待つべきか、私がその『敵』になるべきなのか――どちらも魅力的な選択肢ね。  
 いずれにせよ、あなたたちが持つ可能性は無限よ。私はそれを見続けたいの、今までもこれからも。  
 また逢いましょう、魔術師たち。いつか新たな戦場で」  
 
* * * * * * * * * *  
 
 
――そのビデオを見たラプラスとあゆみは、ふっと笑みを浮かべた。  
意見は様々だったが、皆の表情が前よりも穏やかになっていたのに気づいたからだ。  
 
「うん、いいわね。このイベントの〆にはいい映像よ」  
「でもこれ、日羽さんが映ってませんね?」  
「あの人は今、普通の人間となったトリスタニアさんと暮らしていますからね。存在秘匿原則の関係上、魔術師である私は、なるべく接触しない方がいいかと思いまして」  
 
それははきの気遣いだった。しかし彼自身も気になる事だった。  
彼女たちはどうしているだろう。あの姉妹は幸せに暮らしているのだろうかと……。  
 
 
 
 
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――そんな彼の想いが、世界にあまねく満ちる魔粒子を介し、彼女たちに届いたのだろうか。  
月館日羽は、傍らを歩く姉に問いかけた。  
 
「姉さん、どうしたのぼーっとして?」  
「あ、いえ……なんだか懐かしい景色だと思ってね」  
 
初夏の香りも漂い始めた、新宿駅東口。往き来する人々を眺めながら、彼女は妹の問いに答える。  
人として転生したトリスタニアには、過去の記憶がない。だが初めて訪れたはずのその街を見た時、彼女の胸が締め付けられた。  
 
前半生を過ごした異端教会本部よりも、後半生を過ごした無色の間よりも。  
永い生涯の最終盤で、見つめ続けたその街が――  
彼女にはなんだか、懐かしく思えたのだ。  
 
(……ありがとうございます、皆さん)  
 
誰に向けての感謝なのか、彼女自身わからない。  
だが不思議と湧き上がる気持ちを胸に、彼女は妹と共に歩き出した。  
 
 
 
-fin-  

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