top of page

④『ラスト・マン・スタンディング』

Page top


――最強の魔術師を決める闘いは、いよいよ大詰めを迎えていた。  
後半戦に入ってから、今までにも増して激闘が続き、敗れた者は軒並み大怪我を負っていた。  
 
「ミカさんとユウさん、回収してきました!」  
「イデアさんも、回収できたけど……だいぶ、ダメージが大きい」  
「ありがとうございますぅ! 負傷者はこちらで治療しますので、どんどん運んでください!」  
 
ジギーとユウキが運んできた負傷者を、憩が次々と治療していく。あゆみやおりべーら中継スタッフも、彼らの手当てに参加していた。  
まるで野戦病院のような様相だが、魔術師たちは動じない。参加者はみな闘争を棲家とし、自ら望んで戦場に向かった戦士たちなのだ。観衆が出来る事は、彼らの闘いを見届けることだけ。そして勝者と敗者に、喝采を送ることだけだ。  
実況席の面々も、力強く声を上げる。  
 
「魔術師たちの闘いの祭典、キング・オブ・ウィザーズ2016。いよいよ大会は、最終局面に入りました」  
「終盤に行くにつれて、お互いの信念がぶつかり合う戦いが続いたねー。えーきち、この先の予想は?」  
 
えーきちとは俺の事か? 栄一はそう思いながら、レイズの問いに答える。  
 
「うむ、さすがに読めないな……残るメンバーもだいたいが負傷している。もはや勝敗は、力の差だけじゃ判断できないだろう」  
「となると、優勝を決めるのは?」  
「最後はやはり、優勝にかける『想い』だろうな……魔法ってのは、想いの力だから」  
「お、上手くまとめたねー。いよっ、名解説」  
「茶化すな死人。俺らしくもない台詞で、ちょっと恥ずかしくなる」  
 
栄一がレイズにツッコミを入れるも、虚しく空を切る。  
死者も生者も一同に集う、この夢のような時間も、もうじき終わりが来るだろう。その事を感じながら、響香はマイクに向けて言う。  
 
「残る魔術師はわずか6名。果たしてこの中で、優勝の英座に輝くのは誰か――  
モニターの前の皆様、最後まで括目してご覧ください!」  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――ところで魔術師たちは、気づいているだろうか?  
全参加魔術師の中で一人だけ、今まで一度も戦う事なく、無傷な者がいる事に。  
その魔術師の名は、エスティ・ラプラス――本大会の主催者だ。  
 
「ふっふっふ……そろそろあたしが出る頃合いねぇ」  
 
そう、彼女は今まで索敵と転移を駆使して逃げ回り、力を温存し続けて来たのだ。  
残る参加者は誰もが疲弊し、負傷している。そこに最後の壁として、赤の魔女が立ちはだかろうとしていた。  
 
「やっぱ主催者がラスボスって、定番じゃない?  
 さぁここまで残った精鋭たち、あたしを倒してごらんなさい。  
 遅ればせながら『赤の魔女』の本気、見せてあげるわ!」  
 
かつて魔力を失って以降、イマイチ活躍しきれなかったフラストレーションを晴らすかのように、ラプラスが高笑いする。  
そして残る魔術師たちに挑む為、悠々と歩き出した。  
 
 
 
 
-------------------  
 
彼女は歩きながら考える。自分がこの大会を開催した理由を。  
 
(和平を記念しての親睦イベント? あるいはお金儲けのため?   
 どっちも真実だけど、それだけじゃない。あたしの真の望みは別にある。  
 それは『魔術師たちの全力を見届けたい』という事……皆の力と意志を、この目で確かめたいという事)  
 
今までは立場や責任や利害や情が、いつも彼女を縛っていた。  
『赤の魔女』として、トライブの利益を最優先にし続けて来た。  
 
だが抗争が終わった今、彼女はそれらの責務から解放された。  
自由になった彼女に残ったのは、彼女自身の願い。研究者としての本能――  
『魔術の可能性を識りたい』。それが彼女が、魔女になる前からの願いなのだ。  
 
(皆の事は大好きだし、殺し合いはもうまっぴら。  
 でもこれは違う、あくまで人の死なない試合……。  
 だったらあたしも解放していいよね? 魔女としての力を)  
 
ラプラスの頬に笑みが浮かぶ。ワクワクする気持ちが抑えきれない。  
今まで蓄えてきた魔力と想い。その二つを胸に、彼女は対戦相手を探す。これから使ういくつもの魔法を、前もって構築しながら。  
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
やがて道の彼方に、よく見知った姿が見えた。  
彼はラプラスに歩み寄り、正々堂々と声をかけてくる。  
 
「やっと人に会えた! ラプラスさん、勝負しようよ!」  
「お、リーリオじゃん。そのまっすぐな宣戦布告、子供らしくて非常によろしい」  
「ラプラスさんまで子供扱いするの? 心外だよもう」  
「ごめんごめん、ナメてるわけじゃないわ。むしろ無傷のうちに、戦っておきたかったってところかな」  
 
そう言うラプラスの身から、魔力が溢れ出す。周辺に無数のウィンドウが展開する。  
彼女は既に臨戦態勢だった。リーリオもMP7を抜き、構える。  
 
「よーし、始めようかリーリオ! のっけからガチで行くわよ!」  
「うん、よろしくお願いします!」  
 
その声と共に、二人の闘いは始まった。  
リーリオのサブマシンガンが火を噴く。しかしその時には既に、ラプラスの姿はその場になかった。あらかじめ仕込んでいた転移魔法で、樹上に瞬間移動したのだ。  
 
同時にリーリオも『ニンジャアクション』を起動。高速で退避し、周囲を見回す。  
すぐに見つかった。ラプラスは彼目掛け、真空の刃を幾つも飛ばす。  
 
「風系の攻撃は効かないよ!」  
 
だがリーリオは『Windstoβ』を起動。風の鎧をまとい、ラプラス目掛けて突進してきた。  
 
「げほっ!」  
 
枝の上に立っていたラプラスは、避ける間もなく突進を喰らってしまった。  
ラプラスは樹上から落下しながら、火球を連射する。だがそれもまたリーリオに、あっさりと避けられた。  
 
「ちっ、やるわね」  
 
気体操作で衝撃を軽減し、ふわりと地面に降り立つラプラス。樹上ではリーリオが、樹から樹へと飛び回って攪乱していた。まさしく忍者のようである。  
 
(なかなかわかってるじゃないの……魔法特化の相手には、射撃戦は不利なだけ。近接戦で仕留めるつもりね)  
 
そう思うラプラスの胸元には、いくつもの生傷が出来ていた。先程の突進を受けた際に、風の刃で切り裂かれたのだろう。  
だがラプラスも『気体操作』を用い、高圧空気の鎧をまとっている。多少の攻撃は防げるはず――  
そう思った時、樹上から白い何かが飛んできた。それは生き物のように宙を舞い、ラプラスの首に巻きつく。  
 
「これは――『fake fur』!?」  
 
装着した者の魔法防御力を下げる遺物。それに巻きつかれた途端、ラプラスを覆っていた空気の鎧が消えた。  
やばい、本体むき出しだ――そう思った時には、今度はリーリオ自身が樹上から襲ってきた。  
 
「っ!!」  
 
真空の刃を伴う突進が、ラプラスの柔肌を切り刻む。全身くまなく傷ついた彼女は、その場に倒れかけたが――  
彼女は『マクスウェルのスマートフォン』で、時間を巻き戻した。半径20mにある全ての物体が、10秒前の状態に戻る。  
見上げれば上空から、『fake fur』が飛んでくるのが見えた。ラプラスは慌てて転移魔法を起動、その場から退避する。fake furはかわせなかったが、リーリオの突進はギリギリ回避できた。  
 
(危なかった……! 助かったよ、レビ)  
 
そう思う暇もなく、リーリオが再び跳びかかってくる。彼女はリーリオ目掛け、矢継ぎ早に雷撃を放った。  
だがあろう事かリーリオは、それらの雷撃をもかわした。ラプラスは彼を接近させないよう、弾幕を張りながら声を上げる。  
 
「やるじゃんリーリオ! あんた幾つだっけ!?」  
「10歳だけど!?」  
「10歳……あたしと出会った時のレビと同じか」  
 
そう呟いたラプラスの声は、リーリオには届かなかっただろう。彼はただ一心に、弾幕を捌いて近づいてくる。  
ほんの子供だと思っていた彼が、いま自分を追いつめている。その事を嬉しく思いながら、ラプラスは胸中で語り掛けた。  
 
(……ねぇリーリオ、気づいてる? あたしがあんたにどれだけ感謝しているか。  
 あんたはあたしの命を救ってくれた。その事を本当に、ずっと感謝してたんだよ)  
 
最初の頃は、彼にはあまり好かれていなかったように思う。だがラプラスが一度死に、魔力を失った頃から、彼は少し優しくなった。  
そしてあの抗争のさなか、ラプラスが虐殺禁止原則の庇護対象から外れた時。リーリオはただ一人その事に気づき、助けにきてくれた。レビを失って悲しみにくれていた時も、彼の存在が慰めになった。  
その恩をラプラスは、生涯忘れる事はないだろう。しかし、だからこそ――  
 
「赤の魔女が、護られてばかりじゃいられないのよね!」  
 
特大の火球が、リーリオ目掛けて放たれた。風の鎧でも、防ぎきれないであろう熱量が彼を襲う。  
だがリーリオは躊躇なく、その火球に飛び込んだ。風の鎧に加え、『気体操作』による盾をも構え、一気にラプラスに肉薄する。  
 
「もらったよ、ラプラスさん!」  
 
火球を突き抜けたリーリオが、勝利を確信した笑みを浮かべる。だがラプラスは激突の直前、足下に展開していたウィンドウを操作し――  
 
「ごめんねリーリオ、あたしの勝ちよ」  
 
そう呟いた瞬間、ラプラスの全身から、雷と衝撃波が放たれた。  
 
「あッ!!」「うっ……!」  
 
リーリオはその直撃を喰らい、弾き飛ばされた。撃ったラプラスもまた、苦痛に顔を歪めている。  
それは『電流操作』と『気体操作』の合成技――体内に莫大な電圧を蓄え、肉体そのものを巨大な電池と化す。その電流の流れを衝撃波に乗せ、全方位に放つ魔法だ。  
 
「秘技『赤の嵐』って、ところかな……撃った方も、ダメージ受けるんだけど……」  
 
苦しげに笑うラプラスの傍で、リーリオがよろよろと立ち上がる。彼は再度突進しようとしたが、その体力も尽きたらしく、  
 
「……ここまで、かぁ……やっぱり、強いなぁ」  
 
そう告げて、どさりと仰向けに倒れた。  
ラプラスはそこに歩み寄り、彼の顔を見つめる。負けたのに、どこか満ち足りた表情だった。  
 
「あんたも強かったわよ、リーリオ……本当に、これからが楽しみな子ね」  
 
生徒の成長を喜ぶ教師のように、ラプラスは微笑む。  
そして彼の頬をそっと撫で、再び歩き出した。  
 
(橘優佑脱落。残り参加者5名)  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――静かな戦場を、リミットは独り歩いていた。  
先ほどまで遠くで響いていた銃声や魔法の起動音は、今は聞こえない。また一つ戦いが決着したのだろう。  
それから音は絶え、辺りは静寂に満ちていた。恐らく参加者も、もう数えるほどしか残っていない。  
彼がそう思った時、不意に会場中央の山頂で、赤い光が輝いた。  
 
「む……?」  
 
誰かの攻撃かと思ったが、違う。その光は自らの居場所を知らせるように、ただ断続的に瞬いている。上空から会場を伺っていたゲシュペンストが、リミットに向けて言った。  
 
「リミット、ラプラス様が山頂にいるトリ! 皆に合図を送っているみたいトリ!」  
「『あたしはここよ』というサインか……目立てば狙撃を受けるかもしれないのに、豪気な事であるな」  
 
だがその心意気に、リミットも応えようと思った。今回は重狙撃銃も持ってきていないし、どのみち中距離戦で挑むしかない。  
彼は山頂を目指して駆け出す。『決着が近い』と思いながら――  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
やがて山頂に辿り着いた。  
そこには高圧空気の鎧を纏ったラプラスが、一人佇んでいた。リミットは彼女に声をかける。  
 
「狙撃対策は、ちゃんと用意していたようであるな」  
「まぁね。リミットの重狙撃銃を受けたら、どうなるかわからなかったけど……来てくれて嬉しいわ」  
 
ラプラスがそう言って笑った時、ニナとアリシアも、山の反対側から姿を現した。  
白・黒・赤のトップレベルに立つ、4人の魔術師が対峙する。静寂に満ちた山頂で、互いの視線が交錯する。  
 
「……優勝者を決める時が、来たようであるな」  
「そうだな……お互い、トライブを背負う者として」  
「ここまで生き残った精鋭魔術師としてネ」  
「決着をつけましょーか。いよいよクライマックスよ!」  
 
その声と共に、魔術師たちが同時に動き出した!  
 
「『ファントムハンド・ディプリケート』!」  
 
リミットが声を上げると、地面から無数の手が伸び、ラプラスを捕まえようとする。彼女はそれを転移魔法で回避、上空から雷を放ってきた。  
攻勢障壁でそれを跳ね返すと、ラプラスは気体操作で急速落下、素早く地面に降り立つ。追撃を加えようとした時、横合いから声が響いた。  
 
「よそ見していていいのか?」  
「全開で行くヨ、『サウザンドアームズ』!」  
 
ニナが無数の鴉を放ち、アリシアがM60機関銃を乱射する。リミットは『オーギュストの輝石』で猛攻に耐え、ショットガンで反撃。放たれた散弾は、ニナとアリシアの肩を貫いた。  
彼女たちが痛みに顔をしかめた時、ラプラスが巨大な火球を放ち、二人を焼き払おうとする。ニナが分断障壁でそれを防ぎ、アリシアが銃を撃つ。その弾丸はラプラスの腹を抉ったが、彼女は即座に時間を巻き戻し、事なきを得た。  
一瞬の攻防、3すくみの闘い。白黒赤の魔術が交錯し、互いの力量は互角。それを見てとったのか、ラプラスが声を上げた。  
 
「ニナにアリシア、ここは先にリミットを倒しましょう!」  
「何!?」  
「彼は『オーギュストの輝石』を装備してる! 物理攻撃は一切無効、魔法攻撃も半減するチート遺物よ! 協力して挑まなきゃ勝ち目はないわ!」  
 
事実さきほどの猛攻でも、リミットはさほどダメージを受けていなかった。ニナとアリシアもそれに気づいたのか、リミットに向き直る。  
 
「むぅ……女の子3人に見つめられるとは、少々テレるであるな」  
「この状況でJokeが出てくるのは、3人まとめて倒せる自信があるってことかナ?」  
「それほどでもないが、恰好つけたいのである。エイジ君たちの気持ちに応えたいからね」  
 
リミットはそう言いながら、降魔の遺物『トゥライトワイス』を起動。自分の完全な複製体を造り出す。  
 
「これでもまだ人数的に不利だが、全力でお相手しよう――さぁ、かかってくるである!」  
 
2人のリミットが、完全同時に拳銃を創造。一瞬のズレも無く、ラプラスとニナを銃撃する。  
黒と赤の魔女が、腹を撃たれて倒れ込む。だがアリシアは無事だった。彼女は機関銃の弾丸に、分断の黒霧を付加して射撃。リミット"たち"は再び攻勢障壁を展開、弾丸を弾き返した。  
跳ね返された弾丸を、アリシアは回避しようとする。だが避けきれず、銃弾が彼女の腿を抉った。  
 
「eek!」  
 
アリシアが悲鳴を上げ、膝を着く。彼女は合成の霧で傷を塞ぎながら、リミットを見上げた。  
 
「や、やるネ……さすがは魔人ってとこだヨ」  
「私も負ける訳にはいかないのである。白の矜持にかけて」  
「だよネ、でも――ワタシも魔人や魔女に挑む為、向こうで鍛えてきたんだヨ!」  
 
アリシアはそう叫び、黒霧を展開した。  
自身の魔力のコアに、直接『武器庫』の窓を開く。そこに懐に隠し持っていた、例の『魔力電池』を合成する。  
 
「む……!?」  
 
アリシアの魔力が、急速に膨れ上がっていく。幾つもの魔力電池を直列で繋ぎ、一般魔術師の限界を超えた魔力を得る。一時的にとはいえ、魔女に匹敵するほどの力を!  
危険を感じ、リミットたちは拳銃を連射した。彼女は分断の霧でそれを防ぎ、PSG-1ライフルを武器庫から取り出す。  
そして弾雨の中、冷静に狙いを定め――引き金を引いた。  
 
「ッ!!」  
 
分断の黒霧を纏った弾丸。それはリミット複製体の張った攻勢障壁をも突き破り、その心臓を打ち抜いた。  
複製体が声もなく倒れ、弾けるように消滅する。即座にアリシアは、リミット本体に照準を移動。リミットと同時に引き金を引いた。  
2つの銃声が響き、弾丸が互いを捉える。アリシアが肩を抑えて倒れ、リミットはなおも立っていた。  
だがその頃にはニナも立ち上がっていた。リミットに向け、「ヘキサクラフツ!」と叫ぶ。  
 
数十羽もの鴉の群れが、一斉にリミットを襲う。さすがのリミットも、全身傷つき倒れかけたが――  
 
「まだだ、まだ終わらないである!」  
 
彼は覚悟を決め、散弾銃を構えて駆け出した。鴉の群れを突き抜け、痛みに耐え、ニナに肉薄する。  
 
「こいつの距離である!!」  
 
リミットは至近距離から、散弾銃を連射した。とっさにニナが張った障壁がひずみ、その向こうのニナを捉える。  
 
「ぐっ!!」  
 
ニナは散弾を幾つか受け、吹き飛ばされる。更にラプラスを倒そうと、周囲を見回した時。  
 
「さすがにタフね……あんたを倒すには、これを使うしかないみたい」  
 
少し離れたところで、ラプラスが無数のウィンドウを展開していた。彼女がそれを素早く指でなぞると、周囲の空気がうねり収束する。  
――大気の78%を占める『窒素』。それを気体操作で110万気圧に圧縮、熱量操作で1700度に加熱する。すると空気中から、強烈な爆発力を持つ物質が生成される。  
それは現代の科学では作れない、魔法の爆弾。かつて駆馬を一撃で沈めた、ラプラス最大の魔術『窒素爆発』――  
 
「これがあたしの隠し玉よ! 喰らいなさい、リミット!」  
「ちいいいいいッ!!」  
 
リミットは散弾銃をラプラスに向け、引き金を引こうとした。だがわずかに早く、ラプラスの魔法が発動していた。  
魔粒子が付加された爆風が、リミットの懐で炸裂する。その直撃を受けたリミットは、弾き飛ばされ地面を転がり…… 
そして、ついに動かなくなった。  
 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……つ、強かったぁ……!」  
 
思わずラプラスは息をつく。だが勝利は次の闘いの始まりを意味する。殺気を感じて振り向くと、ダメージから立ち直ったニナとアリシアが、ラプラス目掛けて攻撃を放っていた。  
 
「休むヒマもないって訳ね!」  
 
ラプラスは転移魔法で、2人の攻撃をかわそうとする。しかし一瞬退避が遅れ、脇腹と服を撃ち抜かれた。  
 
「しまっ――」  
 
服に空いた穴から、『マクスウェルのスマートフォン』が零れ落ちる。時間を戻せなくなった彼女を、更なる銃撃が襲う。止む無くラプラスは転移魔法を起動、20mほど離れたところに退避した。  
だが先ほど受けた銃創から、ダラダラと血が流れ出していた。ラプラスは傷を癒す術を持たない。この出血では、もう長くは闘えないだろう。  
 
(……OK、それじゃ最後の賭けよ……!)  
 
そう決意するラプラスを、機関銃の斉射が襲う。彼女は再び転移魔法を使い、瞬間移動した。並び立つニナとアリシアの、すぐ傍に。  
 
いきなり眼前に出現したラプラスを見て、アリシアがぎくりとする。ラプラスはその手を掴み、さらにニナの肩を抱いて言った。  
 
「お願い、これで倒れてね……『赤の嵐』!」  
「「ッ!!」」  
 
雷と衝撃波が、ニナとアリシアに叩き付けられる。術を放ったラプラス自身も、衝撃に気を失いかけた。  
だがそれでも、黒の2人は立っていた。大技の連続使用により、ラプラスの魔力も尽きかけていたのだ。  
 
「あ……」  
 
ラプラスの口から、かすれた声が漏れる。同時にアリシアが、ニナに最後の『電池』を合成する。  
そしてニナは、ラプラスを見据え――  
 
「終わりだ、ラプラス!!」  
 
残りわずかの魔力を全て注いだ、分断魔法を放った。  
 
「ッッッ!!」  
 
黒霧がラプラスの身を包み、切り刻む。痛みに顔を歪めつつも、彼女はかすかに微笑んだ。  
 
「……楽しかった、わね……」  
 
全ての魔術師たちへの想いを、その一言に込めて。  
赤の魔女エスティ・ラプラスは、静かに崩れ落ちた……。  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――激闘が終わり、その場にはニナとアリシアだけが残された。  
最後まで自分を支えてくれた彼女に、ニナは笑みを向ける。  
 
「ありがとう、アリシア……お前のおかげで、この2人に勝てた」  
「ううん、ニナちゃんの力あっての事だヨ。お互いもう、ボロボロだけどネ」  
「はは、違いないな」  
 
そう言う二人は、全身傷だらけだった。互いを支えにしなければ、帰る事も出来ないほど。  
だが、それでもニナは――アリシアに向けて、告げた。  
 
「……それじゃ、始めようかアリシア。私たちの闘いを」  
「え……?」  
 
アリシアは目を見開いた。ニナはその眼を見据え、続ける。  
 
「お前がこの大会に参加したのは、忍と闘うためだけじゃない……『私と闘うため』に、参加したんだろう? 私をサポートしながら、最後に決着をつけられるように」  
「で、でも! ニナちゃん、もう戦える状態じゃないでショ!?」  
「それでも、お前の意志に応えたいんだ……黒の魔女としてな」  
 
その表情を見て、アリシアも理解した。ニナがここまで戦い続けた理由は、最後にアリシアと戦う為なのだと。自分と戦う事を望んだ、全ての魔術師の想いに応える為なのだと。  
 
「……そうだよネ。それがニナちゃんだもんネ……」  
「ああ、それが黒の在り方。私たちの生き方だろう?」  
 
姉妹はそう言い、笑みを交わす。そしてお互い、別の方向に歩き出した。  
15mほどの距離を置き、二人は振り向く。夕陽の光が、彼女たちを照らしていた。  
 
「お互い長く戦える体じゃない……一撃で決めようか」  
「『抜きな、どっちが早いか勝負しようゼ』ってやつだネ? 潔くていいヨ」  
 
アリシアは既に、愛用のリボルバーを手にしていた。ニナもまた、今まで隠し持っていたオートマチック拳銃を握っている。かつてアリシアから、お守りとして預けられて以来、ずっと持ち続けていた銃を。  
アリシアが分断の黒霧を、己の弾丸に纏わせる。周囲の空気が張りつめていく。  
やがて遠くで鳥の声が響いた時、それを合図にしたかのように――  
二人が銃を構え、同時に引き金を引いた。  
 
「っ!!」  
 
ニナが脇腹を打ち抜かれ、ぐらりと揺れる。ニナの弾丸はアリシアの頬を掠め、後方に吹き抜けた。  
だが倒れ込みながらも、ニナは最後の『ヘキサクラフツ』を放った。一羽の烏が矢のように、アリシア目掛けて跳びかかる。  
だが彼女はさらに銃を撃ち、烏を空中で撃ち落した。それを見てニナが、どこか満ち足りたように微笑む。  
 
「やるな、アリシア……これで、お前が、優勝だ……」  
 
その言葉と共に、ニナが地面に倒れ伏す。アリシアが勝利の喜びに、顔をほころばせかけた時――  
 
「ちょっと待ったぁ! まだ終わってないのだ!!」  
 
どこかでそんな声が響いた。  
はっとしてアリシアが振り向くと、いつの間にか少し離れたところに、キノの姿があった。彼女は二刀を手に、こちらに近づいてくる。  
 
「き、きのチャン……?」  
「アリシア、最後にうちと勝負するのだ。そしてうちが勝ったら――」  
 
キノはニナに視線を移し、その眼を見据えて言う。  
 
「――認めてもらうぞ、ニナ! 東京から学校に通う権利を!」  
 
その為にキノは今まで、優勝の機会を狙い続けていたのだ。ニナはそれを聞き、少し困ったように言う。  
 
「……寮に入れた事を、そんなに恨まれていたとはな。私はまともな教育を受けられなかったから、せめてお前には義務教育くらい、受けて欲しいと思っただけなんだが……」  
「でもうちだって、東京に戻りたいのだ! 皆と一緒にいたいのだ!」  
 
それがキノの望みだった。あらゆる手を使ってでもこの大会に勝利し、叶えたい願いだった。  
アリシアもその意を汲み、苦笑しながら言う。  
 
「わかったよきのチャン、おねーさんが受けて立とう! これが本当のラストバトルだネ、でも手は抜かないヨ?」  
「望むところなのだ……行くぞアリシア!」  
 
キノはそう言うなり、お団子の串を投擲した。アリシアはそれを飛び避け、リボルバーで反撃する。  
即座にキノは『黒狼』を起動。アリシアの背後に回り込む。そして懐から何かを取り出し、アリシア目掛けて投げつけた。  
 
「っ!? ごほっ、げほっ!」  
 
投げつけられた物から煙が湧き上がり、アリシアが咳き込む。手が急速に痺れ、リボルバーが滑り落ちた。  
それはキノがこの大会中、キノコ狩りをして手に入れた武器。様々な毒キノコから分断魔法で毒を抽出、コンビニで売っている花火に合成した、『麻痺毒入り煙玉』だった。  
 
「学校で読んだキノコ図鑑の知識が役に立ったのだ! お勉強って大事だな!」  
「だから私もそう言ってるだろう!」  
 
ニナのツッコミも意に介さず、キノはアリシアに襲いかかる。煙に紛れ、死角に回り、彼女の背を斬りつけた。  
 
「うっ! ま、まずいネ……!」  
 
視界を塞がれ、手足は痺れ、このままではやられるのも時間の問題だった。アリシアは止む無く空間合成で退避、少し離れた所に移動する。  
だが目のかすみは収まらず、何度も逃げられそうにない。そう思ったアリシアは、勝負をかける事にした。  
 
「きのチャン、決めさせてもらうヨ!」  
 
残る魔力を振り絞り、『サウザンドアームズ』を起動。MP7軽機関銃を取り出し、キノに向けて乱射した。  
 
「くっ、ぐぐっ!!」  
 
ろくに狙いも定められなかったが、それでも数発の弾丸がキノを捉えた。倒れかけるキノに、アリシアはとどめの銃撃を放つ。だがその瞬間、彼女の体が黒霧に包まれた。  
――キノの固有魔法『黒狼』。彼女が纏った魔粒子と、触れた場所の空間を繋ぐ能力。彼女はその力で、周囲の空間を『逆方向に』組み替え、アリシアの弾丸を跳ね返した。  
 
「ッ!?」  
 
反射した弾丸が、アリシアの腕を穿つ。銃を取り落す彼女に向け、キノは力強く告げた。  
 
「これがうちの奥の手なのだ……決まりだ、アリシア!!」  
 
咆哮を上げ、キノがアリシア目掛け疾駆する。黒霧を纏った人狼のように。  
そして2人の体が交錯し、キノの二刀がアリシアを捉え――  
そして一瞬の後、彼女はゆっくりと、その場に崩れ落ちた。  
 
――その瞬間、会場内に歓声が響き渡った。  
それは観客席から送られてきた声だった。実況の響香が声を上げる。  
 
『決着ーッ!! 遂に決着です!!  
 キング・オブ・ウィザーズ2016!!  
 優勝者は食欲の魔術師、樹之下輝乃選手に決定しましたーッ!!」  
 
割れんばかりの喝采と拍手が、キノたちを包み込む。彼女は空を見上げ、震える声で言った。  
 
「や、やったのだ……! 勝ったのだ、うちが勝ったのだ!  
 これで東京に戻れるのだ、皆と一緒にいられるのだ!!」  
 
キノは満面の笑みを浮かべ、飛び上がって喜ぶ。  
ニナはそれを見つめながら、微笑んで目を閉じた……。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――そうして33名の魔術師が、全力を尽くして戦ったその大会は、キノの優勝で幕を閉じた。  
彼女には優勝賞金1000万円と、副賞の遺物『二コラの指環』が与えられた。  
そして観客とスタッフは、彼女と全ての参加者たちに、惜しみない拍手を送ったのだった……  
 
 
 
 
-------------------  
 
そして、大会の後はアルバートの店で打ち上げとなった。  
打ち上げ主催者のあゆみとジギーが、スタッフと参加者たちをねぎらう。  
 
「皆さん、本当にお疲れさまでした! 全ての試合が名試合、まさに魔術史に残る最大のイベントとなりましたね!」  
その言葉に歓声と拍手が上がる。ジギーはその音の中、にっこりと笑って続けた。  
 
「さて皆さんの健闘をたたえて、ささやかな席を設けました」  
「お料理はいくらでもありますから、皆さんどんどん食べてくださいね!」  
 
その声に、皆の眼がぎらりと輝いた。あゆみの作った料理に、闘いで空腹となった魔術師たちが群がる。とりわけキノの勢いは凄まじく、目に着いた食べ物に片端から喰らいついた。  
 
「う、美味いのだ! いくらでも入るのだ!」  
「キノさんのそれは、今に始まった事じゃないでしょ?」  
「でも確かに、相変わらずの美味ですね……死闘の疲れも癒されていくようです」  
 
あれだけの激闘の後だと言うのに、参加者たちも元気なものだった。それを見た春道があっけにとられる。  
 
「しっかしキノも皆も、ボロッボロになるまで戦ったのに、もう元気だな……どういう回復力してんだ」  
「異端教会病院の皆さんが、全力で治癒してくれましたからね。失血と魔力だけは回復できませんでしたけど……」  
「失血が酷かった者は、私の遺物『ブラッドトランサ』で輸血させてもらったよ。はきから差し入れされた、『回復魔法の札』も役立ったし」  
「各トライブが協力して治療にあたれば、死なない限りはどんな傷でも治せるようですね。気力に関しては、驚くしかありませんが」  
 
そう話す彼らの傍では、はきこと神楽坂土御門が、シウに声をかけていた。  
 
「シウさん、お帰りなさい。今日だけの再会と聞きましたけど、会えてよかったですよ」  
「ありがとうはき君。それに鴉さんの古書店を、僕の代わりに維持しててくれたんだってね?」  
「シウさんは無のトライブの、永久名誉会長ですからね。あの店で鴉の書と一緒に、本当の帰りをお待ちしてますよ」  
一方で黒の面々は、テーブルの周りで話し込んでいた。  
 
「皆、改めて久しぶりネー。お土産買ってきたヨ」  
「これは……ネクタイですか?」  
「せめて公式な場では、フォーマルな格好をして欲しいのヨ。ユウはスーツも意外と似合うんだから」  
「そ、そうですか? ありがとうございます」  
「それからララには、フローラ用に新しいリボン! その子もおしゃれさせてあげたいでショ?」  
「わぁっ、ありがとうお姉ちゃん。キュートでヒップでイカしてるの」  
「それから、梓には――」  
 
アリシアはそう言って、梓にブレスレットを渡した。欧州魔術界では有名所のタリスマンをあしらった、自分とお揃いの逸品だ。  
 
「……大変な時に、そばに居られなくてごめんネ。お詫びの印ヨ」  
「うぅん、アリシアお姉ちゃんが帰ってきただけで……また会えて嬉しいよ」  
 
年相応の物腰となった梓を、アリシアがぎゅっと抱き締めた。もう一人の『妹』であるニナは、彼女たちを見て目を細める。  
また別のテーブルでは、おりべーが我歩をいたわっていた。  
 
「修、お疲れさまー。本当にがんばったね」  
「優勝できなかったのは残念だけどな。全力を出せたのはよかったかな」  
「うん、相変わらずかっこよかったよー。これは『頑張ったで賞』だよ」  
 
おりべーはそう囁き、我歩のほっぺにキスをする。別の世界を作っている二人を見て、カウンターの大人たちが苦笑する。  
 
「うん、甘い。私が作ったスイーツほどには」  
「ジギー君が食べて驚愕したアレであるな。まぁ微笑ましい事である」  
 
そう話すリミットたちを、充実が遠くから見て呟く。  
 
「リミットさんに、あの時のお礼を言いたいんだけど……あれ『惡の伯爵』じゃないか? 倒したはずなのになんで?」  
「あくのはくしゃく? 充実くん、なにそれ?」  
「えっと、どこから説明したらいいのかな……竜に化ける悪いやつで……」  
「竜かぁ、こわいね……でもきょうは充実くんがまもってくれたね?」  
 
そう言うサキに、充実が照れたように目を逸らす。それからふと思い出したように続けた。  
 
「そうだ、あのとき充実くんけがしてたよね! サキがなおしてあげる!」  
「え? サキは赤の魔術師じゃ?」  
「白の魔法も使えるようになったんだよー。はい、いたいのいたいのとんでけー!」  
 
満面の笑みで言うサキに、充実は何も言えなかった。彼女の武器は『笑顔』だ、少年は抗えない。  
 
「あ、そういえばサキね、こゆうまほうの使いかた思いついたんだ!」  
「ん、な、なに?」  
「お花とかそだてるあの魔法で、今日いったお山を、お花でいっぱいにするの! そうしたら、みんなでお花見できるよね!」  
「花見か……それもいいな……」  
 
充実はそう呟き、かすかに笑う。  
その隣では憩とミカが、再会を祝っていた。  
 
「姉君様、お疲れさまでした。そしてお帰りなさいませ」  
「憩も医療スタッフ、お疲れ様ね。おかげで私も無事だったわ」  
「この後は、また旅に行かれるのですか?」  
「そうね……少し日本に残ろうかしら。憩とも一緒にいたいしね」  
 
その言葉に憩が目を輝かせる。そしてミカがいない間にあった事の話をし始めた。  
異端教会の古参魔術師たちに、色々と教えを乞うた事。固有魔法『傾城美姫』の、もう一つの特性が判明した事。将来的には、外見的に不老の肉体を得られそうな事を。  
 
「不老の力を得られれば、憩も姉君様と一緒に、どこまでも旅が出来ますぅ。その時は必ず、連れて行ってくださいね?」  
「もちろんよ。楽しみにしているわ」  
 
ミカはそう言って、憩の頭を撫でる。  
姉の手の暖かさに、妹は幸せそうに微笑んだ……。  
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――そうして、店内が盛り上がっている頃。  
店の外では『白帽子』ことScarlet・Seekerが、独り佇んでいた。  
 
「……」  
 
扉の向こうに広がる光景を、彼女はあまりにも遠く感じた。そして何も言わぬまま、黒霧となってその場を去る。その胸には、この世界に対する想いが渦巻いていた。  
 
(……私は世界なんてどうでもよかった。正義なんて柄じゃなかったし、死神になる為に力だけをひたすら求めていた)  
 
最後の戦いまで居なかったのは、周りが眩しすぎたから。自らの渇望を強く求め、他を殺して奪ってでも、欲を満たそうとする者がいなかったからだ。  
ナハトブーフですら、結局は完全な悪ではなかった。最凶と称された魔人さえも、この世界を護る為に戦っていたのだ。  
 
(……だから私はシュバルツイェーガーから逃げた。ニナの配下である事が嫌になった訳ではないけれど、私のような悪には相応しくなかった)  
 
そうして白帽子は誰も知らぬ所で、人と魔術師を殺し続けてきた。何もかもを奪い続け、死神になる方法も分からず、ただ闇雲に力を求め彷徨っている。  
口調も本来のものに戻っていた。もともと日本人でもなく、人工的に造られた人間だったので、黒のトライブを抜けた時点でエセ関西弁は止めていた。  
あの口調は自分が『ここにいて良い』と、自分自身に言い聞かせ、周りに思わせる為の別の人格だった。その頸木から離れた彼女は、いま自らの唯一の存在意義の為だけに生きている。  
 
「……悪は、此処にあるわ」  
 
虚空の中で、彼女は一人呟く。誰にも聞こえない声で。  
だが――その届かないはずの声に、答える者がいた。  
 
「――ならば私が貴方の前に、立ちはだかりましょう」  
「っ!?」  
 
その声と共に、白帽子の分断魔法が突然解かれた。見ればいつの間にか、路地の奥に人影がある。  
その人影は――『白の魔女』高天原祈は、白帽子を見つめて言った。  
 
「探しましたよ、白帽子さん……ずいぶんとたくさんの魔術師を、手にかけられたようですね」  
「……貴方がそれを掴んでいたとは、初耳だわ」  
「人と魔術師たちを護る事が、異端教会の使命ですから」  
 
祈の手が白く輝き、その手にメイスが出現する。彼女はそれを握り締めて言う。  
 
「貴方が力を求めるなら、それはここに在ります。私の魂と、背負った遺物に」  
「貴方を殺せば、手に入ると?」  
「死神になれるかどうかは判りませんけれど……貴方のような方と向き合い、そして戦う事こそが、私の役目かと思いますので」  
 
そう、この世界はどんな渇望も許容する。闘争も平穏も慈愛も殺意も、全ての願いを歓迎する。  
ただそこに必ず、相反する誰かの願いがあるだけで。  
 
「……行きますよ、白帽子さん」  
 
その言葉に白帽子は、ほんのわずかに唇を歪めた。  
黒霧が展開し、祈がメイスを手に疾る。黒白の影が、宵闇の中で交錯する。  
誰にも知られざる街の片隅で、二人は闘い続けていた……  
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
そして視点は、再びアルバートの店に戻る。  
打ち上げの参加者たちは、美味な料理に舌鼓を打ち、酒を酌み交わしていた。  
 
「しっかしこいつら、ホント元気だよなぁ……俺はもうヘトヘトだよ」  
「年甲斐もなく頑張ってたからねぇ。まぁわしは生まれたてだから、お前と違ってまだまだ若いがね」  
「おい駆馬、これスゲー美味ぇぞ! 食ってみ食ってみ!」  
「あ、こりゃ確かに……うちの女性陣は、みんな料理出来ないからねぇ。赤の皆が羨ましいね」  
「ところで元代理人の皆さんの、高校卒業関連は結局どうなったんですか?」  
「ラプラスが何らかの権力を使って、進級とか卒業とかの便宜を図ってくれた。駆馬はこの春から社会人、うちは高校2年生」  
「それはおめでとうございます。お祝いにみにたんに、光学迷彩を応用した『魔法少女変身ステッキ』を」  
「え……あ、ありがとう。魔法少女とか好きだから、けっこう嬉しい。でもみにたんはやめて」  
「おいーっす、竜崎飲んでるー? あんたももうハタチ過ぎでしょ、お酒飲めんでしょ?」  
「あぁヤケ酒だよ。俺はユウに負けたショックで山に籠ろうかと思ってるくれぇなのに、みんな盛り上がってんなぁ……」  
「恐らく勝敗に関わらず、互いに再会できた事が嬉しいのでしょう」  
 
ユナイトはそう答え、店内に広がる暖かな光景を見回す。  
 
「……私の因縁たる恩人にも、見せてあげたかったですね。彼女が護りたかった、この景色を」  
 
そう呟く彼の傍で、ユウキが頷いた。それから手袋を脱ぎ、辺りに触れる。  
 
「……今日の事は、おれがいつまでも覚えてる。皆の闘いも、この打ち上げの事も」  
「『褪せない記憶』?」  
「そう。だからいつか、伝えられる日が来たら……魔術師たちの解放が叶った時には、トリスタニアさんにもきっと伝える。あなたの望みは、果たされたんだって」  
 
ユウキの言葉に、ラプラスが頷く。遠い未来の夢に、想いを馳せながら。  
また店の隅ではシウと咎女が、静かに言葉を交わしていた。  
 
「……そろそろ、お別れの時間みたいだ。体が透き通り始めたよ」  
「そう、ですか……また寂しくなりますね」  
「仕方がない事さ。でも現世に居るうちに、最後に魔法をかけておこうかな」  
 
シウは固有魔法『血威』を発動。3種の魔法を駆使し、その場の皆にささやかな魔法をかける。『平和を願う気持ちが強くなる』という魔法を。  
 
「これでよし。それじゃ皆には言わず、そっと行こうと思うよ」  
「……いってらっしゃい。待っていますから早く帰ってきてくださいね? えぇ、話したいこともたくさんありますから」  
 
シウは頷き、隣世に還っていく。ひとときの夢の記憶を、その胸にしまって。  
そして――カウンターの中では。  
忙しく料理を作っていたあゆみも、ようやく一段落して息をついていた。一緒に手伝っていた十一が、彼女に冷たい水を渡す。  
 
「お疲れさまです、あゆみさん。おかげさまでこの会も、大成功となったようですね」  
「ええ、皆さんにも久しぶりにお会いできましたし。やってよかったと思います」  
 
そう言うあゆみの手には、アリシアからの土産のハーブの苗と、十一からの新作香水『ピュアスプリング』があった。軽やかでいて華やかで、ほんの少しスパイシーな香り。十一があゆみをイメージして作った香水だ。  
 
「……それにしても、あゆみさんは大会に参加しなくてよかったんですか? 私は貴方が参加するなら、お護りさせて頂くつもりだったんですが」  
「私は直接戦う力はほとんどないですからね、必要がなければ戦わないですよ。……それに私にとっては、お金が十分に強力な武器ですから」  
 
あゆみはそう答え、自分の歩んできた道を想い返す。  
かつて彼女は魔女となった時、魔力ではなくお金と権力をもって戦う事を選んだ。たとえ魔女となり魔力が数倍になったとしても、自分の戦う技術では、正面切って戦うことは難しいとわかっていたから。  
 
(私は私に出来る事をする。再び強大な敵が現れた時、彼らが存分に戦える手段と環境を整える……それが私の役目だと思うから)  
 
今日の大会に参加した者たちの中には、勝者もいれば敗者もいる。だが彼らは今回負けても、引き下がる事はないだろう。力を蓄え、また挑むに違いない。  
魔法とは『想いの力』だ。最強でありたいと願う彼らの想いが、潰えるとは思えない。  
戦える力がある限り、彼らは戦い続ける。そして戦い続ける限り、彼らは強くなっていく。  
 
(――だから私は見守ろう。この愛しい魔術師たちを)  
 
彼女はそう思い、魔術師たちを見つめる。店内にはいつまでも、彼らの賑わいが響いていた……。  
 
 
 
   
(END)  
   
    
 
 
 

bottom of page