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③『パワー・オブ・ウィル』

 
大会も折り返しを過ぎ、陽が傾き始めた頃。観客のボルテージは、いよいよ高まっていた。  
まだ半数以上の魔術師が残っているが、それぞれ傷を負い、この先の戦いは加速するだろう。  
実況席の響香と栄一も、口調に熱がこもっていた。  
 
「さてこの大会も、後半戦に突入しましたね!  
 参加者も約半数まで減り、残るは18名。  
 ここまでの闘いについて、栄一さんのご意見は?」  
「うむ。中盤戦は番狂わせや、予想外の展開が続いたな。
 まずはフィリアの大暴走。彼女がいた『死を超越する会』のメンバーが、  
 遺物を介して全員集合。そして巻き起こるゾンビ祭り。まさにカオスだ」  
「それを食い止めたアルバートは、さすが調停者の貫禄でしたが――」
「その直後、優勝候補筆頭のアルバートを、まさかのキノが破る大金星。  
 年齢差100歳以上、その経験の差をずるがしこさが凌駕したな」  
「またシウ選手と咎女選手は、ペアで戦うのかと思いきや、  
 予想に反して痴話ゲンカ! 二人の絆にヒビが入らなければいいのですが」  
「お互い言いたい事は言えたようなので、むしろオッケーだろう。  
 俺としては夢の対決が見られたようで、満足だったしな」   
「充実の大奮戦も胸が熱くなりましたね、私はああいうのに弱いんですよ。  
 その他も駆馬選手の傀儡化、秀&トリーネ選手の遺物収奪など――」  
 
響香がそう言いかけた時、不意にあゆみが声をあげた。  
 
「お、落とし児です!!」  
「何っ!?」  
 
響香たちが目を向けると、闘いで発生した魔粒子に引き寄せられたのか、大型のヘンゼルが歩み寄ってくるのが見えた。  
それを予想していたのように、医療スタッフの憩が声を上げる。  
 
「やっぱり来ましたねぇ(ふるふる)。みなさん、討伐にご協力をお願いしますぅ!」  
「おう!」「ええ!」「それでは私も」  
 
その声に従い、観客の中から春道と寧々里とユナイトが歩み出る。憩はその3人に向け、遺物『ささらの薔薇』を起動した。  
3種の魔術師の調和を願った、心優しき魔女の遺物。その力が白・黒・赤の魔術師の魔力を、同時に強化する。  
 
「皆のバトル見てこっちも熱くなってんだ! 行くぜ!」  
「大会の邪魔はさせませんよ」  
 
観客も憩自身も混じえ、皆が大型ヘンゼルに立ち向かっていく。会場の外も大騒ぎとなった。  
 
「あゆみさんを脅かす招かれざる客は、お帰り頂きますか」  
「修もがんばってるんだ、おれも戦うぜー」  
「やれやれ。我が主の付き添いで来てみれば、結局ここでも闘争か」  
「奴は我々が抑えます。マスターは引き続き解説を」  
 
十一におりべー、栄一の従者『異形』たちまでも参戦し、闘いはさらに派手さを増した。まぁこのメンバーなら大丈夫だろうと思い、響香は実況に戻ろうとしたが――  
 
「さて場外戦まで始まり、盛り上がって参りました! あっちもこっちもバトル尽くしのこの大会! ますます行方が読めません!」  
「って待てレイズ!! なんでお前が実況席にいる!? 成仏したんじゃないのか!?」  
 
思わず響香がツッコミを入れる。体が半分透けたレイズは、平然と鼻を鳴らした。  
 
「もうちょっとこっちに居れそうな感じだったんで、せっかくだしお祭りを楽しもうかとね」  
「あのな、そんな軽い感じで……お前が死んだって聞いた時、私は密かに泣いたんだぞ? あの時の涙返せ」  
「泣いても世界は変わらないよ。笑った方がいいって」  
「そりゃそうだが……まぁいい、何せお祭りだしな」  
 
響香はふっと笑みを浮かべ、マイクに向けて続ける。  
 
「さぁ実況席に蒼桜レイズさん(亡霊)を加え、ここからはダブル実況でお送りします」  
「死人にゾンビに竜に鳩、なんでもアリのバトル大会、キング・オブ・ウィザーズ2016――」  
「後半戦のスタートです、引き続きお楽しみに!」  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――さてリーリオはその後も相変わらず、移動と索敵を繰り返していた。  
もっともイデアの狙撃を受けて以降は、警戒を優先し、あまり自由に動けていない。あれから他の魔術師に遭遇もしていない。  
 
(このまま参加者が減るのを待ってもいいけど……それだと力試しにならないかなぁ)  
 
そんな事を思っていると、行く手の茂みに気配を感じた。本大会では「自分からの奇襲はしない」と決めているリーリオは、茂みをそっと覗き込む。  
するとそこでは、キノが地面にうずくまって、ごそごそと何かをやっていた。  
 
「……キノさん? なにやってるの?」  
「わっ、びっくりした! 脅かすなんてひどいのだ」  
「え、あ、ごめん……」  
 
バトルロイヤル中に脅かすも何もないだろうとも思うが、リーリオは口にしない。代わりに質問を繰り返す。  
 
「それでキノさん、地面を何か探ってたみたいだけど…キノコ狩りでもしてるの?」  
「なにっ! うちの秘密に気づいてしまったようだな……悪いが始末させてもらうのだ」  
「えええ!? 冗談のつもりだったのに、ホントにキノコ狩りしてたの!? っていうか秘密? 始末? わけわかんないよ!」  
「問答無用なのだ!」  
 
キノが纏う黒霧から、無数のお団子の串が現れる。彼女はそれをリーリオ目掛け、次々と投げつけてきた。  
 
「わっ、ちょっ、危ない!」  
 
串の一つ一つが徹甲弾のように、大木を貫き岩を穿つ。リーリオは慌てて『ニンジャアクション』を起動、その場を撤退した。  
 
彼は追ってくるキノを撒き、近くにあった廃墟に隠れる。  
 
「……ふぅ、なんとか逃げ切れたけど……」  
 
力試しのはずが、思わず逃げ出してしまった。流れが色々予想外で、出鼻をくじかれてしまったのだ。  
 
「それにしても、なんでキノコ狩りなんかしてたんだろう? しかもそれが秘密って……?」  
 
考えてもわからない。キノの思考を読み切れる者は、そもそもあまりいないのだ。  
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
奇妙な謎を含みつつも、闘いは続いていく。  
その頃の空は、未だ駆馬と合流できず、戦場を右往左往していた。  
 
「……いい加減ヤベェな、駆馬と会えないまま後半戦に突入しちまった。  
今んところ無傷だからいいけど、いま強敵と遭遇したら……」  
 
彼がそんな呟きを漏らした時。不意に傍から、強烈な魔力の気配を感じた。  
 
「これは……!」  
 
空はその気配に覚えがあった。その魔力の持ち主と対峙した事があった。  
逃げるべきかもしれないが、彼は思わず立ち止まり、気配の方に目を凝らす。  
そこに居たのは、肉体の大半が魔粒子で出来ている魔女――  
 
「咎女さん?」  
「あ……お久しぶりですね、破魔殿。  
 いえ、宇和島さんと呼ばせて頂きましょうか」  
 
咎女は空を見て微笑む。既に誰かと戦ってきたのか、その体は傷だらけだった。  
 
「大丈夫かよ咎女さん、だいぶダメージあるみたいだけど」  
「私が望んだ事の結果ですので。魔力も7割がた使ってしまいましたし、ここから先はおまけのようなものです」  
「じゃあ、優勝はあまり狙ってない感じ?」  
「いえ、彼に勝利を託されましたし……それにあなたと逢ったのは、巡り合わせかもしれません」  
 
その言葉の意味を空は理解した。咎女の目に戦意がある事も。  
 
「そうだな……お互いリンの遺志を継いだ者同士だ。咎女さんがやりたいなら、戦るか」  
「ええ!」  
 
空は瞬時に刀を創造し、正眼に構える。咎女も残る魔力を振り絞り、『パーフェクトバインド』を起動した。  
彼女の手から茨が生え、鞭のようにうねる。それを見た空の眼が見開かれた。  
 
「そりゃ確か、シウさんの?」  
「彼から託された遺物です。宇和島さんの武器とは、相性が悪いでしょうか」  
 
確かにこの茨を掻い潜り、咎女に近づくのは困難だろう。しかも空は全ての魔力を『身体強化』に注いでいる。魔力を吸収されたら動きが止まり、何も出来なくなるだろう。  
 
「それでもなんとか近づくしかねぇよな……行くぜ!」  
 
空は遺物『幻影のチャクラム』を起動。自分の幻影を幾つも創り、四方から同時に襲い掛かった。  
咎女は光子レーザーを放ち、幻影を次々と薙ぎ払う。その隙に空本体は咎女に駆け寄り、茨を刀で切断。その勢いのまま飛び込み、峰打ちで決めようとしたが――  
 
「なっ!?」  
 
突如、空の手から刀が離れ、宙を舞った。それはふわりと浮遊し、咎女の手元に収まる。  
 
「な、なんだこりゃ……?」  
「『輝かしき簒奪者』――創造された武器のコントロールを奪う遺物です。これも宇和島さんの天敵ですね」  
 
咎女はにこりと笑い、破魔の刀を投げ返す。空は慌てて新たな刀を創造し、眼前で打ち落した。  
二本の破魔の刀が衝突し、両方とも弾け飛ぶ。衝撃にたたらを踏みながら、空は引きつった笑いを浮かべた。  
 
(やっべぇ、マジで相性悪すぎるぜ……! 刀出したら奪われる。刀がなきゃ茨を消せない。かといって接近しなきゃレーザーでやられる。勝ち目ねぇじゃねぇか!)  
 
魔力が3割ほどしか残っていないとはいえ、今の咎女には多数の遺物がある。どこにも死角はなさそうだ。  
 
(くそっ、考えろ! どうすりゃこの人に勝てる!?)  
 
そう思う暇もなく、咎女が歩み寄ってくる。新たな茨を生み出しながら。  
妙案は思いつかない。やがて空は覚悟を決めた。  
 
「……ちっ、結局この手しかねぇか」  
「この手とは?」  
「オレの作戦は、最初から『一点突破』だ。ド正面から行くさ!」  
 
空は新たな刀を創造し、同時に身体能力を全開にして、咎女目掛けて駆け出した。  
 
「うぉおおおお!」  
 
イノシシのように突進してくる空を、咎女はレーザーで迎え撃つ。空は電撃のようなフットワークでそれをかわす。  
だが避けきれなかったレーザーが、空の脇腹を抉った。痛みに耐えて彼は走る。  
その行く手を阻むように、咎女の茨が襲い掛かった。空は走りながら茨を切り払う。彼我の距離はわずか3m。空の間合いに入ったが――  
 
「わかりませんか、それでは駄目だと!」  
 
咎女が再び『輝かしき簒奪者』を起動。空の刀がひとりでに動き、持ち主自身を斬りつけた。  
 
「ぎっ!!」  
 
焼けるような痛みが、左腕を襲った。  
空がよろよろと立ち止まる。間合いには入ったが、武器がない。新たに創っても無意味だろう。  
力なく腰を落とす空に、咎女は静かに告げた。  
 
「……惜しかったですね。少しひやりとしましたが」  
「ああ……惜しかったな……」  
 
空はそう言い、にやりと笑って――  
 
「……咎女さん、あんたの負けだ」  
 
そう続けた。  
咎女の眼が見開かれる。空の言葉と、姿勢の意味に気づいたのだ。  
空は"力なく腰を落とした"のではない。それは最速の斬撃を生み出す構え、『居合腰』――  
 
「せいやあああッ!!」  
 
空は気合いと共に、全身全霊の裏拳を放つ。  
それをコメカミに受けた咎女は、「うっ!!」と叫んで倒れ伏した。  
 
「はぁぁぁ……な、なんとか、なったか……!」  
 
空は大きく息をつく。咎女は立ち上がろうとしたが、足下がおぼつかない。  
幼少の頃から刀を振り続け、鍛え上げられた空の筋力。それが魔法で更に強化される事により、ただの裏拳を一打必倒の武器と化したのだ。  
やがて咎女はぺたりと座り込み、揺れる眼で空を見上げた。  
 
「……さすがですね、宇和島さん。半ば人の体を捨てつつある私を、素手の打撃で倒すとは……」  
「破魔の刀が使えないんじゃ、武器はもうコレしかなかった。それに咎女さんの体がどんな状態だろうと、脳を揺らせば倒せると思ってさ」  
「脳、ですか……?」  
「魔法の発動器官は、要するに人の脳だろ。魔女になろうと何しようと、そこだけは変わらないさ。咎女さんが人間である限りな」  
「そう……また一つ、学べました、ね……」  
 
咎女はかすかに微笑み、そして気を失った。  
境界の魔女の最後に立ち会った、二人の魔術師。その死闘に勝利した空は、咎女に深々と礼をする。  
 
「……オレも学ばせてもらったよ。遺物はやっぱ強力な武器だ、たくさんある方が強いよな」  
 
駆馬がいない以上、新たな遺物を手に入れでもしないと、これ以上の闘いは厳しい。空はそう思い、咎女の所有遺物を拝借する。  
 
「いくつも借りるのは気が引けっから、これだけ借りとくよ。後で礼するから、勘弁してな」  
 
そう告げた空の手には、彼を散々苦しめた遺物、『輝かしき簒奪者』が握られていた。  
 
 
(緋崎咎女脱落。残り参加者17名)  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――リンの遺志を継いだ魔術師たちの闘いに、決着が着いた頃。  
空の好敵手たる男が、ゆっくりと動き出した。  
 
「だいぶ参加者も減ってきたみてぇだし……こっからが本番だな」  
 
ゾンビを撃退して以降、剣術屋は身を潜め、魔力の回復に努めてきた。  
だがそろそろ回復も終わり、狩りを始めるにはいい頃合だろう。  
 
「言やあ全ての魔術師が俺の敵なわけだからな。相手を選ぶ必要も無ぇ、気楽なもんさ」  
 
と、剣術屋が笑みを浮かべた時――  
さっそく1人の魔術師が、草むらを掻き分けて現れた。  
 
「駆馬? 空はどうしたよ、組んで戦うんじゃなかったのか」  
「…………」  
 
話しかけてみたが、返事がない。見れば駆馬の眼には、意志の光がなかった。  
 
「ちっ、誰かに操られてんのか? まぁいい、相手してやる」  
「…………」  
 
すると駆馬は無言のまま、槍を創造した。  
意志はなくとも、体に染み付いた技術は覚えているのだろう。槍先をやや低くしたその構えは、静かで、そして一分の隙も見当たらない。  
槍術VS剣術――その闘いに、剣術屋は心が躍るのを感じた。  
 
「『槍は百兵の王』なんて言葉は、戯言だってことを教えてやるぜ」  
 
その途端――槍先が、剣術屋の喉元目掛けて伸びてきた。  
ノーモーションの鋭い突き。だが剣術屋は愛刀を抜き放ち、それを横に払った。  
と同時に駆馬の懐へ踏み込み、胴を狙い、横一文字に刀身を走らせる。  
だが腕に伝わってきたのは肉を断つ手応えではなく、痺れを伴う固い感触だった。  
見ると駆馬が槍を立て、必殺の一撃を受け止めている。  
 
「上等だ!」  
 
上背のある相手と、鍔迫り合いをするつもりはない。  
剣術屋はさらに大きく踏み込みながら、刃を、槍の側面に滑らせた。  
ここまで距離を詰めてしまえば、長物の優位などない。後は小回りの聞かない長い柄を捌ききり、剣の間合いで戦い続ければ勝てる――はずだった。  
だが、剣術屋が駆馬の横に回り込もうとした時、思わぬ変化が起こった。3m以上もあった槍が突如、剣と同程度の長さに縮んだのだ。  
 
「なっ――!?」  
 
声を上げた時には、もう遅い。  
剣術屋の刀は、あっという間に高々とカチ上げられ、がら空きになったわき腹に、槍の石突が押し当てられる。直後、槍は凄まじい勢いで、一気に10m近く伸びていた。  
そのまま木の幹に押し付けられ、ゴリッというえげつない音が体内に響く。  
 
「かはっ……!」  
 
剣術屋の喉から苦痛の声が漏れる。やはりここでも動きを止めるわけにはいかない。  
剣術屋は痛みを噛み殺しながら、左手に黒霧の小刀を生み出し、駆馬に向けて投げ放つ。だが黒霧の小刀は、駆馬の固有魔法『金剛』に阻まれた。  
 
「ちっ、やっぱ普通の魔法は効かねぇか!」  
 
剣術屋は飛び下がり、大きく距離を取りながら言う。だったら駆馬を倒す方法は、一つしかない。  
剣術屋の固有魔法『月影』――刀身の周りに境界を作り、あらゆる防御魔法を無視する能力。無類の防御力を誇る駆馬に対する、数少ない特効薬だ。  
 
「小細工はねぇ、純粋に刀と槍の勝負と行くぜ」  
 
剣術屋は脇構えで、迎撃の態勢を取る。駆馬は中段に構え、腰を落とした。  
二人の間の空気が凝固する。いつか空とビルの屋上で、決闘した時の事を思い出す。  
あの時は敗れた。だがあれから自分も、また少し強くなった。剣士は死線を超えるたびに成長する。剣術屋の果てしない望みを叶える為には、どこまでも強くならなければならない。  
 
「来いや、駆馬ァ!!」  
 
その声に弾かれるように、駆馬が突きを放ってきた。  
それは自身の踏み込みと、槍を伸ばす勢いを合わせた、まさに神速の突きだった。だが剣術屋は寸の見切りで、それをかわしていた。瞬時に駆馬が槍を旋回させ、柄で足を払ってくる。剣術屋は重力を分断して跳躍、槍をかわして斬りかかる。  
 
「――っ」  
 
剣術屋が刀を一閃させると、駆馬の体が震えた。そして刹那の後、その胸から鮮血が噴き出し――  
不屈の魔人は、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。  
 
「はっ……今度は、勝てたか」  
 
魔人と魔術師の力量差があっても、戦い方次第でそれを凌駕する事はできるらしい。駆馬が傀儡化によって、やや弱体化していた事も功を奏したようだ。  
 
「さぁて、こいつを操ってた奴がどっかにいるはずだが……」  
 
剣術屋はそう呟き、傀儡の主を探して歩き出した。  
 
 
(紅沢駆馬脱落。残り参加者16名)  
 
 
 
 
 
 
 
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その頃、我歩は魔術師を探して、川縁を歩き回っていた。  
先のゾンビ騒ぎで、我歩は運悪く、特に大量のゾンビに襲われたのだ。そのダメージが回復するのを待ち、再び動き出したのだ。  
 
「まだ一度もまともに戦ってないのに、後半戦まで残ってしまったな……そろそろ誰かと戦いたいぞ」  
 
できればゾンビとかじゃなく、強い魔術師と。  
我歩はそう思いつつも、この状況を楽しんでいる自分に気づく。  
『誰が最強か』なんてことには興味はない。だが自分はどこまでやれるのかについては、興味があったのだ。  
 
(ここまできたら、優勝を狙ってみるのも悪くないな……確か賞金も出るって話だし、獲得できたら瑞月と旅行にでも行こうか)  
 
そう思う彼の前に、やがて待ちわびていた相手が現れた。  
今まで幾度となく、戦場ですれ違ってきた男、剣術屋だ。彼は我歩を見るなり問う。  
 
「我歩か……まさかお前が駆馬を操ってたわけじゃねぇよな」  
「駆馬? 何のことだ?」  
「気にすんな。ありゃ傀儡化魔術だ、黒の奴の仕業だろうさ」  
 
どうやら剣術屋は、誰かを探しているらしい。我歩は肩をすくめて言う。  
 
「なんだか、俺と戦ってる暇はなさそうだな。また勝負はお預けか」  
 
その言葉に剣術屋は少し考え、それから意を決したように言う。  
 
「いや、せっかく会ったんだ。戦ろうぜ」  
「何?」  
「お前とは互いに『戦いてぇ』って思いつつも、結局マトモに勝負する機会がなかったからな……いい加減ケリつけんのも、悪くねぇだろう」  
「そうか、願っても無い事だ。じゃあこっちも全力で行かせてもらうよ」  
 
我歩は特殊鋼製の槍を構える。中国武術の流れを汲む、立身中正の隙の無い構えだ。  
対する剣術屋は、八相の構え。様々な状況に対応しやすい、攻守自在の態勢だ。  
 
「……俺は剣術屋と違い、あんまり戦闘特化ってわけじゃないからな。色々やらせてもらうよ」  
「ああ、俺も出し惜しみはしねぇ。行くぜ……」  
 
剣術屋はそう言うや、静かに間合いを詰めてきた。  
槍と刀のリーチ差を、全く恐れていない無造作な歩み。反射的に我歩は刺突を放つ。  
槍は剣術屋を確かに捉えた。だがまるで手ごたえがない。剣術屋が光を分断・合成し、自分のいる位置を誤認させたのだ。  
 
「空とやった時は『幻影』にやられたからな、俺なりの応用さ」  
 
言うなり、剣術屋は斬りかかる。空気抵抗を分断し、踏み込みの速度を加速する。  
だが彼の斬撃もまた空を切った。我歩が気体操作と色彩操作で、デコイを作っていたのだ。弾けて消えたデコイの後ろに、本物の我歩が現れて言う。  
 
「考える事は同じのようだな」  
「はっ、面白れぇじゃねぇか。まだまだ引き出しがありそうだな?」  
「お互いにな」  
 
我歩はにやりと笑い、赤の高等汎用魔法『思考解析』を使った。  
その瞬間、剣術屋の思考が我歩の頭に流れ込んでくる。冷静沈着ながら、激烈な情報量が。  
 
≪――我歩はナイフも使える。飛来物はどう受ける? 刀、駄目だリスクがデカい。物陰に隠れる、摩擦係数を分断して逸らす。気体操作が得意だったはず、風系魔法は空気抵抗分断で防御。概念分断は使えるか? 彼女への『想いの力』を一時的に分断。やめとくかイマイチ結果が読めねぇ。だいたい今ここにあの娘いねーし。他の方法。重力操って跳躍、そこから月影猿叫招呪刀全部使って攻める!≫  
 
この間、わずか0.1秒。  
剣術屋は重力分断で跳躍。重力合成で加速し、我歩に跳びかかった。  
 
「読めてるぞ!!」  
 
我歩は前方の空気を減圧、後方の空気を加圧して加速。超高速の刺突を放った。  
 
「ッ!?」  
 
剣術屋はとっさに、黒霧を纏わせた外套で防御。そのまま空中で槍を掴み、腕に合成して奪おうとする。  
だが我歩は躊躇なく槍を離し、そのまま格闘戦に移行。軍隊格闘技の蹴り技ラウンドハウスキックから、中国拳法の肘打ち『裡門張肘』に繋いだ。  
 
「がはっ!!」  
 
剣術屋の体が宙を舞い、背後の川に叩き込まれる。水柱が上がったその場所に、我歩は磁界操作で加速したナイフを投げつけた。  
一方投げるごとに水柱が上がり、水面に血が広がっていく。効いてる、このまま決められる。我歩がそう思った時。  
突如背後に、何者かの気配がした。  
 
(!?)  
 
はっとして振り向くと、そこには鳩が立っていた。剣術屋が『概念合成』で知能を与え、自律行動させていたハトスーツが。  
予想外の乱入者に、我歩の動きが一瞬止まる。これもデコイだと気づた彼が、槍で鳩を吹き飛ばし、剣術屋の方に向き直った時。  
 
「隙を見せたな!」  
 
既に川から上がった剣術屋が、血と水を撒き散らしながら駆け寄ってくるのが見えた。  
 
「ぐっ!」  
 
防御しようとしたが、一瞬遅かった。剣術屋の斬撃が我歩を捉える。  
さらに矢継ぎ早の連斬りが襲い掛かる。我歩はそれを必死で防御、反撃の糸口を探す。  
 
(ここを凌げ! 剣術屋の出血は多い、そのうち力尽きるはずだ!)  
 
気体操作と槍を駆使し、その時を待つ我歩。だがその時、今までにない危険信号が脳裏に明滅した。  
我歩の固有魔法『Maybetrue』。未来の危険を『なんとなく』、だが確実に知らせる魔法。その力が我歩に知らせる、このまま防御を固めていては負けると。  
 
(なんだ、何を狙ってる!? 剣術屋はまだ技を隠して――)  
 
そう思った時、剣術屋の身に滴っていた水が霧と化した。水の分子を『酸素』と『水素』に分断、我歩の周囲に纏わせる。  
それで我歩は理解した。次に刀と槍が衝突し、火花が出れば爆発が起こると。  
そして剣術屋は爆発に巻き込まれないよう、外套に黒霧を纏わせ、最後の斬撃を放ったが――  
 
「破ッ!!」  
 
一瞬早く察した我歩が槍を離し、渾身の拳を放っていた。  
 
「がっ……!」  
 
その拳は剣術屋のみぞおちに、深々とめり込んだ。  
気体操作で加速させ、ジャイロ回転の風を纏わせて、貫通力を増した一打。  
剣術屋の体はくの字に折れ――そして、その場に崩れ落ちた。  
 
「はぁっ、はぁっ……! 紙一重だった……!」  
 
気絶した剣術屋の傍らで、我歩はどっと冷や汗を掻いた。あそこで『MaybeTrue』が発動しなければ、結果は逆だっただろう。  
だが『MaybeTrue』は察知した未来の重要さに対し、相応する因果を引き寄せる。運命に干渉した代償を求めるように。  
 
「まいったな……という事は、俺はもう…………」  
 
彼がそう呟いた時、何処からか黒霧が飛来した。  
我歩はそれをまともに食らい、誰の攻撃かもわからぬまま、剣術屋の横に倒れ伏した。  
 
 
(三間修悟/土崎修脱落。残り参加者14名)  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――黒霧を放ったのは、梓だった。ゆっくりと倒れる我歩を見て、彼女は満足げに目を細める。  
 
「ふふ……これでまた一歩、優勝に近づきましたわね」  
 
労せずして、強敵2名をまとめて制する事が出来た。駆馬という駒を失ったのは痛かったが、成果としては充分だろう。  
そう思った時、遠くから近づいてくる足音が聞こえた。足音の方に目を向けると、猛然と駆け寄ってくる空の姿が見える。  
 
「破魔の魔人!」  
 
思わず身構える梓から50mほど離れた所で、空は立ち止まった。近くに倒れている剣術屋と我歩を見て、状況を理解したように言う。  
 
「なるほどな、漁夫の利ってワケか……さすがフリッツの弟子だ、悪知恵が効くぜ」  
 
空が挑発的に梓を見据える。どうやらもうごまかしは効かないだろう。梓も腹をくくって答える。  
 
「褒め言葉として受け取っておきますわ」  
「ああ、褒め言葉さ。そういうところも奴の強さだった」  
「そうでしたわね……だからこそ、私は負ける訳にはいきませんの。フリッツさまの後を継ぐ者として」  
 
梓はそう言うや、固有魔法『覚』を放つ。だが空は一瞬早く、視線を逸らして回避した。  
互いに目を合わせないまま、周囲の空気が凝結していく。恐らくここが優勝への道の、最大の難所となるだろう。その事を理解した梓は、切り札を使う事にした。  
 
「……破魔の魔人。貴方が魔術師になったきっかけは、ヘル・ナハトとの戦いだったそうですわね」  
「ああ。リンや他の仲間たちと、まとめて殺されかけたけどな」  
「ではあの時、貴方がたを苦しめた魔法。それを今一度、お目にかけましょう」  
 
梓がそう告げた瞬間、彼女の身から黒霧が溢れ出た。  
それは見る間に人の形を成し、十数体に分かれて梓を囲む。それを見た空の表情が強張った。  
 
「こりゃナハトの……!」  
「決戦級遺物『深淵の軍勢』を手にしてわかりましたわ。ヘル・ナハトはあの遺物を模して、この技を使ったのだと」  
 
黒霧の塊に、『記憶合成』で梓の精神を付加。簡易な知能を備え、敵を自動追尾する影人形を作る。  
それはナハトブーフが生前、境界の魔女リンを己の傀儡とする為に使った魔法。  
伝えられざるシュバルツイェーガー第5の秘技、『深淵の群れ』――  
 
「これが私の切り札――受けてみなさい、破魔の魔人!」  
 
その声と共に、影人形たちが一斉に空目掛けて駆け出した。  
 
「ちぃいいいいっ!!」  
 
とっさに空は破魔の刀で、影の群れを迎え撃つ。斬撃が影人形を捉えるたび、それらは一体、また一体と消滅した。  
だが数が多すぎる。刀を掻い潜った影人形の一体が、空の腕に触れる。その刹那、空の眼が見開かれた。  
 
「ぐっ!? あ、頭が……!?」  
「その人形には傀儡化魔術が仕込まれてますの。触れられるごとに、貴方の心を侵食していきますわ」  
「ざ、ざけんな!」  
 
空は影に触れられた腕を、破魔の刀で突き刺す。痛みと解呪能力で意識を取り戻した彼は、返す刀で影人形をまた一体斬り伏せた。  
だが影の群れはまだまだいる。このままでは傀儡化も時間の問題だろう。空もそう思ったらしく、覚悟の声を上げる。  
 
「馬鹿の一つ覚えっぽいけど、やっぱ正面から行くしかねぇな!」  
 
空はそう言いながら、梓に向けて駆け出した。  
殺到する影人形を斬り伏せながら、全力でこちらに駆け寄ってくる。彼我の距離は50m。身体強化された彼の足なら、3秒もかからないだろう。  
それでいい、と梓は思った。本命は影人形ではない、空を倒すのにもっとふさわしい魔法。  
空の体に影人形がまとわりつく。それにも構わず彼は走る。やがて互いの距離がつまり、空の間合いに入った時、  
 
「おぉおおおッ!」  
 
駆け寄る勢いのまま、空が神速の斬撃を放った。  
だがその刀が触れるより一瞬早く、梓は黒霧に姿を変えていた。亡きフリッツの固有魔法『ファロシュバルツ』。破魔の刀がその黒霧を切り裂き、梓の身に激痛が走ったが、  
 
「こ……これで終わりですわ!!」  
 
梓は痛みに耐え、黒霧と化した体で、空の全身を切り刻んだ。  
 
「がはっ!!」  
 
空が血を撒き散らしながら、ゆっくりと倒れ伏す。梓は黒霧化を解き、その姿を見下ろした。  
彼女の腹からは、血が流れ出していた。それでも彼女は眉一つ動かさず、悠然とそこに立っていた。空が倒れたまま、梓を見上げる。  
 
「さ、さすがだな……! あんた、まさしく、フリッツの弟子だよ……」  
「ええ。そしてヘル・ナハトの孫弟子ですわ」  
 
脈々と受け継がれてきた黒の系譜。次世代のシュバルツイェーガーを背負って立つ、若き魔女の力。それを見せられたと、梓が思った時――  
 
「でもな……オレも境界の魔女リンの弟子なんだよ!」  
 
その声と共に、空の手が輝いた。  
その光が形を成し、小さな『破魔の刀』が創造される。それも一本ではない。二本三本四本と、次々に小刀が出現する。  
眉根を寄せる梓をよそに、空は遺物『輝かしき簒奪者』を起動。自ら創造した刀をコントロールし、宙に浮かせる。十数本もの刃の群れが、梓に向けられる。  
 
「こ、これは……!」  
 
梓はその光景を見た事はなかった。だが話には聞いていた。それはかつて境界の魔女リンが、フリッツを倒した時に使った魔法――  
 
「これがオレの信念の形だ……! 受けてみやがれ、覚の魔女!!」  
 
彼がそう叫んだ刹那、無数の刃が一斉に、梓目掛けて放たれた。  
 
「あああああッ!!」  
 
梓は黒霧と化し、それを避けようとした。だが十数本もの刃を全て回避する事は、さすがの彼女も不可能だった。梓も影人形も、まとめて全身を貫かれる。そして刃が通り過ぎ、影人形が全て霧散した時……  
梓はついに力尽き、その場に前のめりに倒れた。  
 
「は、はは……やった、か……」  
 
空は倒れたまま、笑みを浮かべた。だがもう立ち上がる気力も体力も、一切残っていなかった。  
 
「もう、鼻血も出ねぇよ……どうやらオレも、ここまでだな……」  
 
そう言いつつも空の胸には、不思議な満足感が湧き上がっていた。  
リンの仇であるナハトブーフ。リンが全トライブに追われる原因を作ったフリッツ。仇敵たる2人を、空は自らの手で討つ事が出来なかった。  
だが梓と戦う事で、まとめて決着が着けられたように思った。ずっとわだかまっていた心残りが、静かに氷解していく。  
 
(……覚の魔女に、感謝しなきゃな……オレの前に、敵として現れてくれて、ありがとよ……)  
 
空は微笑みを浮かべたまま、気を失った。  
 
 
(宮薙梓/宇和島空脱落。残り参加者12名)  
 
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――空と梓という、精鋭二人が相打ちとなった頃。  
ニナとイデアのコンビは、慎重に戦場を歩いていた。  
 
「……戦場が静かになってきたな」  
「こういう時が危険なのだ。警戒しろイデア」  
 
チョコまんを食べながらニナが答える。心なしか幸せそうなその横顔に、イデアは言葉を重ねる。  
 
「ところで、人妻ニナよ」  
「まっ、まだ結婚しとらん! あれはあくまで『婚約』だ! 家族の同意も得ず、結婚する奴があるか馬鹿者!」  
「そうなのか? あれから何か月も経ってると言うのに……まぁいい、お前に聞きたい事があったんだ」  
「何だ?」  
「前にも聞いた質問だ――『これでよかったのか?』」  
 
その言葉に、ニナの表情がぴくりと動く。  
かつて『終焉の魔女』となった時、イデアが投げかけた質問。『お前は魔術師の解放を望んだはずだ。これがお前の理想だったのか?』という問い。  
それをイデアは、抗争が終わった今だからこそ、再び尋ねたのだ。ニナはしばし沈黙し、それから「ああ」と答える。  
 
「今回の和平が、いずれ魔術師の解放に繋がると?」  
「少なくとも私はそう思っている。今この世界には、隣神を倒せるほどの力を持つ魔術師が、多数生き残っているからな。その力があれば、いずれ魔術師の解放も叶うと」  
「確かにな。いわゆる『世界支配』とは、形は違うかもしれんが」  
 
あの和平会談の日に、話し合われた今後の指針。3トライブで役割を分担し、人間社会に魔術師の存在を浸透させるという道。  
『庇護は支配と同義である』という思想の元、ニナはその指針に同意した。時はかかるかもしれないが、確かにそれが3トライブの理想に最も近い形かも知れない。  
少なくとも終焉の魔女が選んだ道よりは、実りある道だろう。隣世に残ったシウの存在もある。そう思うイデアの横で、ニナは続ける。  
 
「……だが3トライブが人間社会に浸透した時。魔術師世界の頂点に君臨するのは、我らシュバルツイェーガーだ」  
「何?」  
「その事を示す為、私がこの大会で優勝する。こんな所でつまづいていては、黒の理想など叶えられないからな」  
 
そう告げたニナの頬には、獰猛な微笑が浮かんでいた。それを見てイデアは、むしろ安心する。  
 
「そうか……ならば、それでいい」  
 
たとえ和平を迎えようと、黒には黒の、赤には赤の願いがあるという事だ。それでこそ魔術師たちは、停滞せずに前に進める。『共に歩く』という事と、『慣れ合い、互いの望みを捨てる』という事は違うのだ。  
そう思うイデアとは別に――ニナを見つめる、もう一つの視線があった。  
 
 
 
 
-------------------  
 
――それはこの戦いの参加者ではない。  
会場から近くて遠い、どことも知れない場所。『あの世』と呼ばれる場所があるとするなら、恐らくそれだろう。  
そこからニナを見つめていたのは、死せる魔術師。先の決戦でこの世から消滅した、『生殺の魔女』綾子・アイヒマンだった。  
 
「聞いたかい、実に力強い意志だ。君の『娘』は、誇り高き魔女に成長したね」  
 
アヤは傍らにいる誰かに語り掛ける。答えはないが、彼女は続けた。  
 
「これならば黒の未来も安心だろう……とは思っても気にかけてしまうのは、老婆心というものかな?」  
「……」  
「ニナには君という父がいて、フリッツという兄がいて、姉たちもいた。だが『母』だけはいなかった。私が彼女を慈しみ支える事で、母がわりになれればいいとも思ったが……残念ながら、柄じゃなかったね」  
 
アヤは自嘲気味に笑う。  
たとえ自分がナハトブーフと結ばれたとしても、ニナの母にはなれなかっただろう。彼女も恐らく、それを望みはしなかっただろう。  
 
「私に出来た事は、同じ猟兵として、古き魔女として、彼女の為に力を遺しただけだ。後悔はないが、これでよかったのだろうか……?」  
 
答えを期待しているわけではないし、気にかけてどうなるものでもない。アヤがそう思った時、傍らにいた男が静かに答えた。  
 
「元来、死者が生者の為に出来る事など、此処から見守る以外にはない。しかし我ら魔術師に限っては、それのみではないはずだ」  
「え?」  
「貴様の魔力と意志は、ニナに受け継がれている。それは血よりも深き繋がりである」  
 
思いがけず、暖かな言葉だった。アヤは少し笑って言う。  
 
「……ナハト。生前より、饒舌になったんじゃないか?」  
「事実を言ったに過ぎん。魔術師は死してなお、遺志と力を遺す。不死たる者は我のみならず、全ての魔術師は永遠である」  
 
その言葉にアヤは頷き、再びニナに目を戻す。  
自分はもう、ニナに何をしてあげる事もできない。だからこそアヤは祈った。ニナがこの闘争に勝ち抜き、望みを果たす事を……。  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
そして当のニナは、やがて橋に差し掛かった。  
すると橋のたもとに人影が見えた。それは待ちわびたように、ニナに向けて声をかけてくる。  
 
「待ってたわよ、ニナ。お互いほぼ無傷のうちに会えて嬉しいわ」  
 
そこに居たのは、ミカとベビーだった。ニナはその言葉を聞き、意を汲んだように頷く。  
 
「イデア、手を出すな。あいつの目当ては私だ」  
「わかってる。思う存分、決着をつけるんだな」   
 
イデアは頷き、下がった。ミカとベビーが拳を鳴らし、こちらに歩み寄ってくる。  
 
「初めから全開で行くわよ」  
「こちらもそのつもりだ、行くぞ!」  
 
ニナはそう言うなり、体から無数の鴉を放った。  
同時にミカが『魔を喰らう胎児』を起動。ニナの放った鴉を吸収する。吸収した魔力を『身体強化』に変換、さらに遺物『デットヒートバースト』で、身体能力を限界まで高める。  
残像が残るほどの速度で、ミカが突進してきた。10mほどの間合いを一歩で詰め、強烈な左フックを繰り出す。  
 
「がっ!!」  
 
とっさに分断の壁を張ったが、ミカの拳はそれを突き破り、ニナを殴り飛ばした。橋の欄干に叩き付けられ、ニナの背骨が軋む。そこにミカとベビーが、猛然と駆け寄ってきた時、  
 
「ニナさん!」  
 
その声と共に、ユウが割って入った。  
 
「ユウ!?」  
 
予想外の乱入者に、ミカの足が一瞬止まる。ユウはその隙を見逃さず、鋭い蹴りをミカ目掛け放った。  
 
「っ!!」  
 
ミカはそれを受け止めたが、衝撃に後ずさりした。ベビーがユウを見据えて言う。  
 
「おいおい、マミーとニナの勝負を邪魔すんのか?」  
「悪いが俺もニナさん狙いなんだ。俺と戦うまで、なるべく無傷のままでいて欲しいからな」  
 
その言葉にミカが苦笑し、「モテモテねニナ」と言う。ニナは無言で眼を逸らした。  
 
「まぁいいぜ、こっちもマミーと俺の二人だしよ」  
「行きましょうかベビー。黒の魔女と終尾の魔人、まとめて相手にしてあげるわ!」  
 
ミカとベビーが再び、猛然と殴りかかってくる。ニナとユウは身構え、それを迎え撃った。  
 
「「ヘキサクラフツ!!」」  
 
ニナとユウが同時に、黒豹と獅子を生み出す。ミカとベビーはそれを殴り倒し、近接戦に持ち込んだ。  
 
「はあああああっ!!」  
 
ミカの連続打撃がニナを襲った。回転は遅いが、一撃一撃が途方もなく重い。ニナは分断障壁で防いだが、それさえたちまちヒビが入った。  
 
「ちっ!」  
 
ユウがベビーを殴り飛ばし、ミカに向けて飛び蹴りを放った。だがミカは振り向きざまに、鋭い裏拳を繰り出す。  
その拳はカウンターで、ユウの顔面を捉えた。ユウは車に轢かれた様に数mも弾き飛ばされ、橋を超えて川に落ちた。ニナはすかさずミカの背に、猟犬をけしかける。だが駆け寄ってきたベビーが猟犬を蹴り飛ばし、同時にミカが後ろ蹴りを放った。  
 
「がはっ!!」  
 
腹に砲丸を叩きつけられたような衝撃と共に、ニナの体が宙を舞った。橋の上をバウンドし、二回転して立ち上がる。視線の先には悠然と立つ、ミカの姿があった。  
 
(これが満月美華――『暴食の魔女』の本気か!)  
 
ニナの体の芯に震えが来る。恐怖からではない、武者震いだ。ニナは立ち上がり、ミカを見据えて言った。  
 
「さすがだな……では私も、魔女の力を見せてやろう」  
「まだ力を隠してたの?」  
「ユウには悪いが、先の事は考えない。全力を以ってお前を倒す!」  
 
そう声を上げると共に、彼女の身から黒の魔力が溢れ出した。  
ニナの体から様々な生き物が、ずるりと這い出して来る。烏、蝙蝠、黒豹、獅子、猫、大蛇、蠍、そして竜――黒霧で造られた無数の獣がニナの体から生え、一斉に咆哮を上げる。  
それはまさしく、人を超えた者の姿。身の内に獣を棲まわせ使役する、魔女の姿だった。  
ミカとベビーが、危険を感じて身構えた。だがその頬には、ひりつくような笑みが浮かんでいる。ニナも同種の笑みを返し、獣たちを解き放った。  
 
「おぉおおおお!」  
 
ミカもまた獣のように声を上げ、獣の群れに飛び込んできた。ベビーと共に拳を振るい、獣を殴り飛ばしていく。  
それでも彼女の体に、たちまち傷が増えていく。蛇に噛まれ、蠍に刺され、竜の爪に切り刻まれて。ベビーの体も見る間に傷つき、魔粒子が飛散していく。  
それでも母子は止まらない。傷つきながら接近してくる二人に、ニナが黒霧の刃を放つ。それはミカの首筋を、捕らえかけたと思ったが――  
 
「甘ぇぜ!」  
 
ベビーがミカを庇い、黒霧を受け止めた。「ベビー!」と叫ぶミカに、彼はにやりと笑って言う。  
 
「構う事ぁねぇ、決めろマミー! ニナに全てをぶつけてやれぃ!」  
「――ええ!」  
 
ミカはベビーを飛び越えながら、大きく拳を振り被った。ニナは回避しようとしたが間に合わない。一撃必殺のミカの拳が、ニナの顔面を捉えかけた時。  
 
「おぉおおお!!」  
 
ニナの背後で水柱が上がり、川からユウが飛び出してきた。  
同時に彼は『黒の嵐』を放つ。全方位への衝撃波は、さしものベビーも受け止めきれなかった。分断の黒霧がその場の全員を切り刻み、ミカの足が一瞬止まる。  
 
「惜しかったな、ミカ……これで終わりだ!!」  
 
その隙にニナはミカを見据え、再び全力の『ヘキサクラフツ』を放った。  
 
「――――ッッッ!!!」  
 
百匹を超える獣の群れが、出現した端からミカの体を切り刻む。朱に染まったミカの体が、大きくぐらつく。  
 
「……残念、ね……でも、これが、決着なら……」  
 
ミカは呟き、かすかに笑って――大木が倒れるような音と共に、その場に崩れ落ちた。  
 
「はぁっ……! 恐ろしい母も、いたものだな……!」  
 
ニナは大きく息をついた。まだ立っているベビーに目を向け、尋ねる。  
 
「……どうする、まだやるか?」  
「いや……マミーが倒れた以上、俺も降りるさ。こっちも限界だしな」  
 
ベビーはそう言って、ミカを抱き起した。母を背負いながら、彼は続ける。  
 
「ここにマミーを置いてたら、巻き込まれちまうしよ。アンタにゃもう一戦残ってるだろ?」  
「……ああ」  
 
ニナはそう言って、ユウの方に目を向けた。彼は少し離れたところから、こちらを見据えている。  
 
「スタッフの回収を待ってる暇も無さそうだ。マミーに勝った以上、あんたもせいぜい頑張れよ」  
 
ニナは頷き、ユウに向き直った。  
体は痛むが、まだ戦える。ユウも同様のコンディションだろう。  
 
「……ようやく戦えますね」  
「ああ、待たせたなユウ」  
「これが最初で最後の機会かもしれないから、全力で行きます」  
 
ユウはそう言って『ヘキサクラフツ』を起動。黒い獅子を生み出した。  
だがそれをけしかける事はせず、続けて合成の霧を放つ。生み出された獅子はユウと一つになり、その身に獣の意志と力をもたらす。  
 
「それは……?」  
「ニナさんから受け継いだ力『ヘキサクラフツ』。その俺流最終形態ってところですか」  
 
その答えを聞き、ニナの頬に微笑が浮かぶ。  
真っ直ぐな意志を持つ黒の若者は、ニナの予想を超えて成長していた。もはや上司と部下ではない、並び立つ魔人と魔女だ。  
 
「……いいだろう、ユウ。お前の全てで、私を倒してみろ!」  
「はい!」  
 
そう答えると同時、ユウは疾駆した。  
いつにも増した身体速度。その圧力はまさに獅子の如し。正面から受け止めるのは危険と判断したニナは、空間合成の魔法で瞬間移動。ユウの蹴りをかわした。  
蹴りの風圧で、川の水面に波が立つ。その水しぶきを受けながら、ニナはユウの背後に出現。分断の黒霧をユウの背に放った。  
 
「っ!!」  
 
ユウはとっさに跳躍して回避、そのまま半回転して跳び回し蹴りを放つ。その蹴りは確かに、ニナの側頭部を捉えた――はずだった。  
しかし手ごたえがなかった。それはニナが固有魔法で造った、彼女そっくりのデコイ。ニナに似た黒霧の塊は、そのまま無数の蝙蝠に分裂し、ユウの体を切り刻む。  
 
「ちぃい!」  
 
ユウは高速のジャブで、蝙蝠を次々に撃ち落とす。そのさなか、ぞくりと寒気が走る。殺気を感じて振り向くと、少し離れた橋のたもとで、ニナがサブマシンガンを構えていた。  
爆竹が爆ぜるような響き、MP7の弾雨がユウを襲う。彼はそれを飛び避けたが、半分ほど喰らってしまった。  
 
「すまないな。お前と正面からの打撃戦は、私にも無理だ」  
 
ニナは弾倉を替えながら言う。ユウは首を振って答えた。  
 
「いえ、持てる力を全て使うのが『全力の闘い』ですから……でも俺もこちらの土俵に、引きずり込ませてもらいますよ」  
 
ユウがそう言った瞬間、彼の手首から、黒霧の鎖が放たれた。  
 
「むっ!?」  
 
その鎖はニナの手首を捉え、彼女とユウを繋いだ。険しい表情を浮かべるニナに、彼は言う。  
 
「チェーンデスマッチってヤツです。こうして繋がれていれば、空間合成で逃げる事もできない」  
「考えたな……!」  
 
ニナがMP7を再び撃つ。ユウはそれを黒霧で防ぎながら、一気に間合いを詰めた。  
 
「せいやああああっ!!」  
 
気合い一閃、ユウの拳がニナを襲う。黒霧でガードを固めるニナに、ユウは構わず連撃を繰り出した。  
正拳・鉄槌・膝蹴り・回し蹴り。裏拳・弧拳・肘打ち・貫手。前蹴り足刀手刀頭突き、逆突き掌底揚猿臂虎口踵落とし、連突き双掌打熊手青龍刀打袈裟蹴り踏砕き蠍蹴り鶏口拳諸手突き背刀平拳鎖骨割り中高一本拳旋空跳蹴り揚突き貫手――!  
ユウがかつて祖父から学び、実戦で磨き上げた、あらゆる武技がニナを襲う。絶え間ない猛攻はガードを突き破り、ニナの小さな体を次々と捉える。  
だが彼女もまた幼少の頃から、過酷な訓練を積んできた猟兵だ。ユウの横蹴りを捌きながら、懐から短剣を抜いて斬り返す。  
焼けつくような痛みが、ユウの腿に走った。ニナは流れるように、脇腹・肩・頸めがけ連続斬撃を放つ。ユウはそれをギリギリで回避、ニナの腕を掴んで投げ、地面に思い切り叩き付けた。  
 
「かはっ!!」  
 
苦しげな呼気が、ニナの喉から漏れた。ユウはそこに間髪入れず、とどめの拳を振り被る。  
だがその時、ニナの眼がぎらりと光った。  
この状態から出せる反撃の一手。全ての魔力を注ぎ込んだ、彼女の最大の秘技――  
 
「『黒の嵐』!」  
 
ユウの眼前で、黒い光が瞬いた。  
至近距離からの黒霧と衝撃波が、彼の全身に叩き付けられる。腹部で何かが爆発したような痛みが走り、意識が遠のく。  
 
「ぐっ、う…………うぉおおおおおおおッ!!」  
 
それでもユウは構わず、拳を繰り出した。ニナへの全ての想いを載せた、最後の一撃を。  
 
「ぎっ!」  
 
彼の拳は正確に、ニナの心臓を捉えた。彼女は激痛に身をよじりながら、続く打撃をガードしようとする。  
だが、二撃目は来なかった。  
ユウは拳を振り下ろした姿勢のまま、その場で気を失っていた……。  
 
 
(満月美華/獅堂勇脱落。残り参加者10名)  
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
「ぐ……強かった、な……!」  
 
激闘を勝ち残り、よろよろと立ち上がるニナ。  
だがその背を見据える、鋭い視線があった。  
 
(……今なら、倒せる)  
 
イデアは殺気を消しながら、静かに銃をニナに向けた。  
元よりイデアは、機会があればこうするつもりだった。思いのほか長く一緒にいる事となったが、隙あらばいつでもニナを撃つつもりだった。  
ニナも同じ考えだっただろう。卑怯と呼ばれるには当たらない。これが戦場のならいと言うだけだ。  
 
(悪く思うな、ニナ)  
 
イデアがそう思い、引き金を引いた時――  
突如、ニナの身から黒霧が放たれた。それがイデアの銃弾を防ぐ。  
 
(気づかれた!?)  
 
一瞬そう思ったが、違う。ニナが振り返ったのは、イデアが引き金を引いた後。  
『ニナの体から、ひとりでに黒霧が放たれ、彼女を護った』のだ。  
 
「「っ……?」」  
 
イデアも、そしてニナも訝し気な表情を浮かべた。黒霧がうねり、見る間に人の形を成していく。  
そこに現れたのは、かつてニナに、己の全てを合成した魔女――  
 
「あ……アヤ!」  
 
綾子・アイヒマンがそこに居た。  
アヤは生前の時と同じように、穏やかに微笑んで言う。  
 
『――若き赤の魔術師よ。  
 すまないがもう少しだけ、ニナを戦わせてあげてくれたまえ。  
 この子にはまだ、戦わなければならない相手がいるのだ』  
 
彼女はそう告げるなり、『穢れた嵐』を放った。  
 
「ちっ!!」  
 
危険を感じたイデアは、とっさに『ロストメビウス』で退避した。  
そしてイデアが去った時には、アヤの姿も消えていた。  
 
「アヤ! いるのか、アヤ!?」  
 
答えはない。だがニナ自身判っている。  
あれは自分が無意識のうちに、ヘキサクラフツで造った疑似生物だ。死者を蘇らせる魔法など存在しない。  
だが、それでもニナは聴いた気がした。自分を今も見守り続ける、亡き魔女の声を。  
 
『……闘いたまえ、ニナ。君を愛する者たちの想いに応える為に。  
 私たちはいつも君と共にある。全ての魔術師は永遠さ』  
 
その言葉に、ニナは独り頷く。  
そして傷ついた体を引きずり、彼女を探して歩き出した。  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――ニナが連戦を続けていた一角とは、また別の場所。  
そこではトリーネ&秀コンビと、『祈のお兄ちゃんズ』が対峙していた。  
 
「むぅ……どうやらそちらも、2人組のようであるな」  
「ええ。ちょうど衛示さんとも戦いたかったし、ちょうどいいですよ」  
「ポジティブですね、秀さん……ちょっと分が悪いように思いますけど」  
『最初は怯えてたけど、私たちという仲間を得て、ようやく本来の彼らしくなってきたみたいね?』  
「ええ、それでこそです。秀くんは初めて我が教会に来た頃から、強い心を持った方だと思っていましたからね」  
 
衛示と秀が笑みを交わす。それを見てトリーネは苦笑した。  
 
「……まぁ正面から出会ってしまった以上、分が悪くともやりましょうか。そろそろ参加者も少なくなってきましたし」  
『優勝狙うんなら、乗り越えなきゃいけない壁だしね?』  
「いつもすみません、トリーネさん。無茶な闘いばかり付き合わせて」  
「いいんですよ、好きでやってるんですから」  
 
過去に幾度も、ウィズクラスを共に護ってきた二人には、絶対の信頼があった。  
だが信頼の強さならば、白の双璧と呼ばれる二人も負けてはいない。  
 
「覚悟も決まったようだし、始めるであるか」  
「正々堂々、真正面から決めましょう……どちらが最強のコンビなのかを!」  
 
その言葉と共に、4人の魔術師が同時に動き出した!  
 
「「はああああああああーっ!」」  
 
秀と衛示が、それぞれ剣とランスを創造しながら地を駆ける。  
そんな2人を援護すべく、トリーネとリミットが遠距離攻撃を開始した。  
秀の突進を妨害しようと、リミットがM37拳銃を撃つ。その弾丸が届く前に、トリーネはプラズマシールドを飛ばし、秀を護った。  
援護はイーブン。ならば次に試されるのは、秀と衛示自身の力量。  
衛示が突進の勢いそのままに、秀目掛けてランスを突き出した。穂先は正確に秀の胸を捉えたが、その穂先がなぜか突き刺さらない。  
 
「防壁魔法!? いや――」  
 
秀は我歩から奪った遺物『流れる鋼』を服の中に仕込み、可変自在の防具としていたのだ。衛示はさらに連突きを繰り出したが、それも全て受け止められる。  
 
「これで少しは衛示さんの防御力に近づけるでしょ!?」  
 
秀が長剣を振るったが、衛示も瞬時に状況に対応した。秀の頭に片手をつき、跳び箱の要領で飛び交える。  
そして突進の勢いそのままに、後方にいるトリーネ目掛けて走る。  
 
「や、やば……! トライン、お願い!」  
『了解ッ! スピリット・デザイア、起動ッ!』  
 
やや気弱で攻撃力の劣るトリーネから、擬似人格AIトラインに変化。  
肉体を得たトラインは、プラズマカッターをまとめて5つ、迫り来る衛示へ向けて射出した。  
同時にトリーネがPCの中から、メタルポートを起動。放たれたプラズマカッターの軌道を巧みに操作し始める。  
 
「くっ……! 援護しようにも、カッターの動きが読めないである!」  
 
卓越した射撃能力を誇るリミットも、縦横無尽に動く小さなカッターを、全て正確に撃ち落とす事は困難だった。  
そうしてリミットが撃ちあぐねている内に、『流れる鋼』が無数の矢となって、衛示に降りかかる。  
 
「むっ!?」  
 
衛示に突き刺さった矢が、ワイヤー状に変化し、彼を拘束した。秀のとっさの行動だったが、トラインもそれに即応する。  
 
「明日見さん、行くわよ!」  
「ええ、今のうちにリミットさんを!」  
 
頑強無比の魔人二人を、同時に相手にしては勝ち目はない。一人ずつ倒すのが最善だ。トラインはプラズマカッターを剣の形にし、秀と共に斬りかかったが――  
 
「甘いである!」  
 
リミットが『ファントムハンド』を起動。地面から生えたいくつもの腕が、秀とトリーネを絡めとった。  
 
「しまっ……!」  
 
そう言いかけた時、背後で衛示がワイヤーを引き千切る音が聞こえた。振り返るったその先に、ランスを構えて突撃してくる衛示の姿が――  
 
「危ないトラインさん!!」  
 
秀がとっさにトラインを突き飛ばし、流れる鋼でランスを防いだ。だが衛示は構わず走り、そのまま秀を近くの樹に押し付ける。  
 
「……秀くん。私のランスでは、『流れる鋼』は破れないようだ」  
「なにしろ、あのシェイプシフターの所有遺物ですからね……!」  
「ああ。その遺物と君を強敵と認めた上で、私も覚悟を決めた」  
 
その瞬間、衛示と秀の周りに無数の『攻勢障壁』が出現した。  
そこに間髪入れずリミットが銃を向ける。それを見たトラインは、彼らが何をしようとしているのか理解した。  
 
「リミットさん、まさか衛示さんごと――!?」  
「彼も覚悟の上である!」  
「やってくださいリミットさん! 私は耐えられます!」  
 
その声と共に、リミットが引き金を引き――その弾丸は壁の隙間を抜け、秀を捉えた。  
秀はそれを『流れる鋼』で防いだ。だが弾丸は跳弾となり、壁に反射して戻る。そうして乱反射を続け、壁の中にいる秀と衛示を絶え間なく襲う。  
 
「うわあああああッ!!」  
 
さすがの『鋼』でも、その乱反射全てを受け止める事は出来なかった。全身に銃創を穿たれ、ゆっくりと秀が崩れ落ちる。  
衛示も無傷ではなかったが、その傷は彼の固有魔法により、見る間に癒されていった。  
 
「……ゲージ3消費スーパーコンボ、『最強のコンビ(バージョン・リミット)』。君を倒すには、これが最良の道だった……」  
 
倒れた秀を見下ろし、衛示が言う。トリーネがそこに駆け寄ろうとした時――  
倒れたままの秀の手が動き、トラインに何かを投げ渡した。  
 
「え……?」  
 
トラインはそれを受け取り、見る。小さな白い宝玉、秀の所有遺物『ラストマジック』。全魔力を攻撃力に置換した一撃を放つ、彼の切り札。  
 
「と、トリーネさん……僕はもう、それを使えない……!」  
 
だから、あなたが。  
そう言われた時、トラインの心に何かが灯った。  
 
「わかったわよ、明日見さん……これが私たちの、最後の攻撃よ!」  
 
そう叫び、彼女は『ラストマジック』を使った。  
瞬間、5つあったプラズマカッターが、荒れ狂う光の大刃と化す。トリーネの残存魔力が全て、プラズマの熱量に置換されていく。  
 
「まずい……! 耐えるのだ、エイジ君!」  
 
リミットと衛示が、防壁魔法を展開する。だが自在に動くプラズマカッターは、壁を回避し2人を斬りつけた。  
 
「がっ!」「ッ!!」  
 
灼熱した魔法の刃が、白の双璧を切り刻む。リミットの防御をも突き破り、衛示の再生能力さえも凌駕して。  
そしてやがてラストマジックの効果が切れ、プラズマカッターがただのライターに戻った時。  
そこに立っていたのはトリーネと――そして、リミットだった。  
 
「ぐっ……危ないところ、であった……!」  
「い、今の攻撃でも倒せないの……?」  
「うむ……身につけていた遺物のおかげである」  
 
彼の所有遺物『オーギュストの輝石』は、物理攻撃を完全無効化し、魔法攻撃も半減する。だが衛示はここまでのダメージを受けてしまっては、意識を保つ事は不可能だったようだ。  
 
「お互い相方が倒れてしまったが……トラインちゃん、まだやるであるか?」  
「……いいえ、降参するわ。魔力が完全に尽きた以上、闘う手段がないし」  
『優勝できなかったのは、やっぱり残念ですけど……衛示さんを倒しただけでも大金星です』  
 
PCの中のトリーネは、どこか清々しそうに言った。すでに気絶した秀にしても同じ気持ちだろう。そして優勝できなかった悔しさも、やはり同じなはずだ。  
 
「……君たちの想いは私が受け取った。必ずや優勝してみせるである」  
 
リミットはそう言い、踵を返して歩き出す。自分に挑んだ若者たちと、道半ばで倒れた友の願いを叶える為に――。  
 
 
(トリーネ・エスティード/明日見秀/高天原衛示脱落。残り参加者7名)  
 
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――そうして多くの精鋭や実力者が脱落していく中、まだイデアは生き残っていた。  
一度退避した彼女だが、狙いはやはりニナだった。狙撃ポイントに陣取り、先ほど彼女と別れた橋のあたりを探すと――  
 
(……いた)  
 
スコープの向こう、200mほど彼方で、ニナは傷ついた体を引きずるように歩いていた。ダメージが深いせいか隙だらけ。この距離なら反撃を受ける事もない。  
 
「今度こそ、倒させてもらうぞニナ……!」  
 
イデアがそう呟いた時、不意に『全周索敵警戒』の網が、敵の接近を知らせた。  
距離的にニナではありえない。すぐ傍に気配、反射的に木陰に隠れる。  
一瞬後に銃声が響き、イデアが盾にした樹が弾丸で抉れた。見れば山の上から、二丁拳銃を持った女が飛び降りてきて、イデアから20mほど離れたところに着地する。  
 
「お前は……!」  
「イデアちゃん、戦場でははじめましてカナ? アリシア・ヴィッカーズだヨ」  
 
アリシアは気さくに答え、それから不敵に笑った。  
 
「アナタがニナちゃん狙いだったら、ワタシも黙ってられないネ。悪いけど倒させてもらうヨ」  
「ふ……生殺の魔女といい、よくよく愛されてるなアイツは」  
 
そろそろ逃げ回ってばかりもいられないようだ。そう思いながら、イデアはライフルを捨て二丁拳銃に持ち替える。  
それを見てアリシアの表情が変わった。  
 
「珍しいネ、アナタもトゥーハンド?」  
「銃器格闘術『ガンフー』。近接戦のハンデを埋める為に、編み出したメソッドだ」  
「いいネー、ワタシも銃器格闘術の使い手だヨ。同じタイプのガンナーだネ」  
「ならば、ここが勝負どころだな……行くぞ、黒の銃使い」  
 
そう言ってイデアは、中国拳法をベースにした、隙のない構えを取る。  
アリシアもまた、左手を伸ばし右手を顔の前あたりに置く構えを取った。  
ガンフーも、アリシアの使う【ガン=○タ』も、基本理念はほぼ同じ。どちらも銃撃に武術の要素を取り入れた戦闘方法だ。  
だが使う技が似ていても、魔術師としての種類は違う。アリシアは弾丸を無尽蔵に使え、イデアは空間を捻じ曲げた変則戦闘が出来る。絶対的な優劣はなく、どちらが勝つか全くわからない勝負。  
その戦いの口火を切ったのは、アリシアだった。  
 
「Let's showdown!」  
 
楽しげに笑いながら宣言し、さっそく2丁拳銃の引き金を交互に引きながら走り出す。  
一方のイデアは、固有魔法『ロストメビウス』を使って空間を湾曲させ、銃弾を片っ端から別方向へ逸らしていた。  
 
(焦るな。焦って動けば、必ず飲み込まれる)  
 
アリシアとは違い、イデアの残弾には限りがあるのだ。  
そうして自分に言い聞かせながら、ゆっくりと下がっていく。隠し持っていたインクを密かにたらし、足下にマーキングしながら。  
アリシアに勝つための戦術が、すでにイデアの頭の中にはあった。  
 
「フフフ、イデアちゃんってば何か狙ってるネ?」  
 
しかしアリシアは、その狙いについて深く考えていないようだった。  
弾が尽きれば銃ごと捨て、また新たな銃を『サウザンドアームズ』から引っ張り出す。  
そして銃弾をばら撒きながら、イデアにぐんぐん接近し――そしてイデアが垂らしたインクを踏んだ。  
 
(今だ!)  
 
イデアは『ロストメビウス』を起動、マーキング箇所に瞬間移動する。  
眼前にアリシアの顔が見えた。その顔に二丁銃を向け、至近距離から連射する。  
だが必中と思われたイデアの銃撃は、信じがたい事に避けられた。アリシアは一瞬早く身を沈めて避け、水面蹴りでイデアの足を払う。バランスを崩したイデアに、伏せた姿勢のまま二丁拳銃を向けた。  
 
(ちっ、これがガン=○タか! 舞うように戦うんだな!)  
 
が、イデアとてガンフーの使い手だ。アリシアの銃が火を噴く前に、バランスを崩した姿勢のまま蹴りを放つ。その蹴りはアリシアの射線を逸らし、後方の樹が弾け飛んだ。  
 
「面白くなってきたネ!」  
 
ニナは低い姿勢から飛び膝蹴りを繰り出し、避けられるとそのまま宙返りして銃を撃ってくる。イデアはロストメビウスで弾丸を逸らし、横蹴りと同時に銃を撃つ。  
 
そこからは銃撃と打撃が入り混じる、激しい応酬となった。  
端から見ればまるで組み手のようだが、そんな生やしいものではない。打撃はあくまで繋ぎや目くらまし。2人の真の狙いは相手の急所を撃ち抜く事だ。  
2人は互いの打撃を素早く捌きつつ、隙を見つけては、何十発もの銃弾を放っていた。  
 
もちろん、どちらもただでは済まなかった。打撃のダメージに加え、捌ききれなかった銃弾が、両者の皮膚と肉を削って行く。  
接近戦での実力は、ほぼ互角と言っていいだろう。しかしイデアは、一瞬も気を抜けない戦いの中、じっとその時を待っていた。  
 
(あと少し……もう少し……!)  
 
そろそろ、イデアが持つ2丁の銃は弾倉がカラになる。  
しかしその時こそが、彼女が待ち望んでいる瞬間に他ならない。  
 
そして、最後の弾丸が放たれた。  
2つの銃が弾丸が尽きた事を知らせるように、スライドが下がったまま戻らない。  
 
すると案の定それを見て、アリシアが一気に攻勢を仕掛けてきた。  
ここぞとばかりに乱射される銃弾を避けながら、イデアは後退を余儀なくされた。  
 
しかし、それこそがイデアの本当の狙い。  
戦いの序盤に、密かに空間湾曲を張り巡らせたポイントへ、アリシアを誘い込む。  
そうすれば彼女は自らの弾丸を、四方から浴びることになるはずだった。  
 
が、そこで信じられない事が起こった。  
本来ならば、もっと後ろへ下がらなければいけなかったというのに――  
何故かイデアは足を止め、素手でアリシアに殴りかかったのだ。  
 
「うぉおおおおおお!」  
 
脈絡なく湧き上がってくる、わけのわからない闘争心。  
戦略などかなぐり捨て、真正面から戦いたいという想い。  
だがそれは、もちろんイデアの本心から行動ではなかった。  
アリシアが所持する遺物『課する心緒』。それには自身の感情を対象に合成し、強制的に感情を共有させる力があるのだ。  
 
(まずい! このままでは、私もあの罠に――!)  
 
微かに残っていた理性が、イデアに危機を伝えてきた時。  
 
「これでフィナーレだヨ!」  
 
イデアの罠に気づいていないアリシアが、2つの銃を連射した。  
途端に全ての弾丸が、仕掛けられていた空間湾曲に飲み込まれ――  
直後、アリシアもイデアもほぼ同時に、四方から吐き出された銃弾に晒された。  
 
「ッ!?」  
「うぁああああああッ!!」  
 
2人の銃使いが、全身を撃ち抜かれる。硝煙と血煙が、辺りを包み込む。  
やがて風が吹き抜け、硝煙を吹き払った後――  
 
そこに立っていたのは、アリシアだけだった。  
と言っても、彼女とて無事ではない。運よく致命傷はなかったものの、何発もの弾丸を浴びたその体は血まみれだった。  
 
「く、ぅぅ……いったい、何が……?」  
 
恐らくイデアが何かをやったのだろう。あれだけ追い詰められていながら、逆転の秘策を練っていたのだ。  
 
「……強かったネ、ニナちゃんを狙うだけはあるヨ……また機会があったら、お手合わせ願いたいネ」  
 
だが今はそれより重要な事がある。彼女はアリシアは『物質合成』で傷を塞ぎながら、歩き出す。  
 
「イデアちゃんが、ライフルで狙ってた方向……きっとその先に、ニナちゃんが……」  
 
アリシアは痛む体を押して、彼女の元へ急いだ。  
 
 
(遠野結唯脱落。残り参加者6名)  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
ニナは震える足で、戦場を歩いていた。  
ミカとユウとの連戦で、体にはもう限界が来ていた。あの二人とニナには、今やさほどの実力差はない。両方に勝てただけでも輝石だったのだ。  
魔力も尽きた。全身のあちこちが痛む。それでもなおニナは、優勝を目指して歩く。  
 
(……我ながら、ここまでこだわる必要があるのか。たかが祭りだ、もう倒れてもいいんじゃないか……)  
 
だが黒の魔女としての誇りと使命が、それを許さなかった。そして何より彼女自身、この闘いをまだ続けたかった。  
彼女の生涯は、常に死と隣り合わせだった。闘争の結果はいつも、殺すか殺されるかだった。  
だがこの闘いでは、殺す事も殺される事もない。それを『ぬるい』と思わないでもなかったが――  
 
(……私は愉しんでいるのだな、この闘争を。これがフリッツが見ていた世界か……)  
 
全てを賭けて挑んでくる者たちに応える事。それを全身全霊で迎え撃つ事。それがかくも愉しいとは。  
 
「……優勝したいな、ユウたちの為にも。たとえそれが叶わぬまでも、最後まで……」  
 
しかし気力だけで、いつまでも動けるものではない。ニナがとうとう力尽きて、膝を着きそうになった時――  
 
「ニナちゃん」  
 
それを支える手があった。  
 
「……アリ、シア……?」  
「遅れてごめんネ……ここからはワタシも一緒に戦うヨ」  
 
不意に現れた心強い味方に、久しぶりに見る彼女の笑顔に、胸にこみ上げるものを感じる。ニナはそれをこらえ、代わりに言うべき事を告げた。  
 
「来てくれたのはありがたいが……魔力が尽きつつあるんだ。戦力になれるかどうか」  
「ダイジョーブ! お姉さんにまかせなサイ!」  
 
アリシアはそう言って、懐から何かを取り出した。それは鈍く輝く、黒の魔粒子の結晶だった。  
 
「これはワタシが作った、魔力の『電池』みたいなものネ。普段余った魔力を溜めて、こういう時に使うんだヨ。ニナちゃんの魔力も回復できるハズ」  
「……いつの間に、こんなものを」  
 
驚くニナに、アリシアは照れ笑いする。きっと日本を離れている間、彼女も修練してきたのだろう。頼もしさを感じるニナに、彼女は言った。  
 
「優勝まであと少しだヨ、ニナちゃん。二人ならきっといけるネ」  
「――ああ!」  
 
ニナはアリシアの肩を、強く抱きしめる。  
この土壇場でついに、ニナとアリシアのコンビが結成され――  
そして大会は、最終局面に向かい始めた。  
 
 
 
※残り:リミット/リーリオ/キノ/ラプラス/ニナ&アリシア  
 
 
 
 
 

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