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①『フー・イズ・ア・ナンバーワン?』

 
あの隣神との最終決戦から、4か月あまりが過ぎた、ある日の事。  
パフォーマー集団の仲間たちと、世界を巡っていたジルギス・ランバートの元に、一つの報せが届いた。  
 
「あれっ、バド何を咥えてるの? ……手紙?」  
 
その報せを運んできたのは、彼の使い魔のバドだった。  
ジギーが手紙を開いてみると、そこには赤の魔女からの、誘いの文が書かれている。  
 
「『キング・オブ・ウィザーズ2016』か……はは、面白い事考えるなぁ。  
うん、久しぶりに皆にも会いたいし、手伝いに行ってみようか!」  
 
ジギーの言葉に、バドもうなずく。  
そうして彼は団長に休暇申請を出し、一路日本に向かったのだった……  
 
 
 
-------------------  
 
――それから約一週間後、大会当日。  
会場となった山の入り口には、多数の魔術師が詰めかけていた。  
白・黒・赤の従者たち。今まで起きた魔術事件の関係者たち。そしてこの大会のスタッフと、参加魔術師たち……  
 
会場は熱気に満ちていた。誰もがこれから起こるイベントに、胸を躍らせていた。  
やがて観衆たちの見守る中、支倉響香が歩み出る。  
昔ラスベガスでリングアナウンサーを務めていた過去を持つ彼女は、マイクを手に声を上げた。  
 
「……遡ること、約4か月前。  
多くの魔術師たちの力によって、世界を脅かした隣神は倒された。  
しかしその戦いの中で、置き去りにされた問いがある。  
即ち、『結局誰が一番強かったのか』。どの魔術師が最強なのか……
その問いの答えを出す時が来た!  
たとえ平穏を手に入れても、魔術師の生の本質は闘争だ!  
最強の座を求め、ここに集った魔術師たち――全選手入場!」  
 
どこからともなくドラムロールが響き、花火とスモークが上がる。  
そして観衆の声援の中、参加魔術師たちが次々と歩み出た。  
 
「まずはシュバルツイェーガーから、若き幹部の参戦だ!  
ニナ・ファウストの片腕にして、フリッツ・メフィストの愛弟子!  
『覚の魔女』宮薙梓!  
 
高天原衛示と双璧を成す、絶対不壊の白き魂!  
『暁の魔人』リミット・ファントム!  
 
シュバルツイェーガー随一の戦闘員にして、数少ない常識人!  
『終尾の魔人』獅堂勇!  
 
戦略級魔女の名は伊達じゃない!  
『電子の魔女』トリーネ・エスティード!  
 
落とし児にはドSな恐るべき小学生!  
『忍術の魔術師』、橘"リーリオ"優佑!  
 
長い雌伏の時を終え、ウィズクラス休憩所の主が帰ってきた!  
『食欲の魔術師』樹之下輝乃!  
 
愛する恋人に別れを告げ、男は独り戦場に赴く!  
『運命の魔術師』土崎"我歩"修!  
 
亡き親友の遺志を胸に抱き、少年はヒーローに生まれ変わる!  
『変身の魔術師』吉部充実!  
 
我々はただのモブではない、立ち絵もわざわざ用意されたのだ!  
『ヴリル・ユナイト直属部隊』ギフトリッターズ!  
 
ギフトリッターズの上司にして、気苦労の多い中間管理職!  
『紅蛛の魔術師』毒騎士ヴァンヒル!  
 
ユナイト配下の最終兵器! 黒の使い魔製造技術の結晶!  
『猛毒の魔龍』スターダハーカ!  
 
真理の魔人の秘儀によって、ついに肉体を得た魔女の現身!  
『生ける書物』鴉の書!  
 
神出鬼没のスナイパー! プロの流儀を見せてやる!  
『輪転の魔術師』遠野"イデア"結唯!  
 
我が身は明日の世界の礎に! 永遠を生きる理の構築者!  
『構築の魔女』緋崎咎女!  
 
ニナちゃんが結婚なんて、お姉さんは許しませんヨ!  
『銃舞の魔術師』アリシア・ヴィッカーズ!  
 
体重200kgオーバーながら、遺物の力でスレンダーなボディを実現!  
『暴食の魔女』満月美華&ベビー!  
 
いつも誰かの為に闘ってきた男も、今日ばかりは自分の為に闘う!  
『無鹿の魔術師』立花透!  
 
亡き蒼桜レイズの相方にして、"死を超越する会"唯一の生存者!  
『屍霊の魔女』フィリア!  
   
魔術師世界にたった一人、ケンカを売る孤高の男!  
『月影の剣士』三間"剣術屋"修悟!  
 
そしておなじみ、各トライブからの代表者も参戦!  
 
『白の魔人』高天原衛示!  
『黒の魔女』ニナ・ファウスト!  
『赤の魔女』エスティ・ラプラス!  
『隻腕の魔人』アルバート・パイソン!  
『破魔の魔人』宇和島空!  
『不屈の魔人』紅沢駆馬!   
『或る魔術師』明日見秀!  
『釘バットの魔術師』竜崎圭!  
『毒舌人造生物』もふ!  
 
以上、参加者32名!  
この中で最強の称号を得るのは――」  
 
響香がそう言いかけた時、不意に観衆の中から声が上がった。  
 
「ちょっと待ったぁ!」  
 
その声に皆が一斉に振り返る。  
そこに立っていたのは、あの最終決戦の後、隣世に残ったはずの魔術師――  
『灰色の魔人』シウ・ベルアートだった。  
 
「シウ!? お前、どうして!?」  
「ちょっと事情がありましてね……この大会に出る為、隣世から戻ってきましたよ」  
「シウさんから連絡を受けて、エントリーも俺がしておきました。『匿名希望』って入ってるでしょ?」  
「む、言われて見れば確かに……ギフトリッターズの誰かだと思ってたが、まさかシウとはな」  
 
予想外の参加者に、観衆たちがざわめく。響香は流れを止めない為、すばやく気を取り直して司会を続けた。  
 
「さぁ飛び込み参加も加わり、いよいよ役者は揃った!  
参加魔術師33名、ルールの説明に入ろう!

優勝条件はただ一つ、『最後に立っていた奴が優勝』だ。  
気絶など戦闘不能になった者は、その時点で脱落。  
大会スタッフのジギーとユウキにより、会場外に搬出される」  
「そちらは任せて下さい。どんな危険な戦場からも、安全な場所に送り届けます」  
「転移とかは、おれに任せて……ジギーさんにも、怪我はさせない」  
 
「なお脱落した負傷者は、玉響憩ほか医療スタッフによって即座に治療。  
異端教会病院ドクター軍団も待機しているし、命を落とす心配はまずないだろう」  
「今日だけナースとなった憩ですぅ。皆さま安心して、思いっきり戦って下さいねぇ(ふるふる)」  
 
「さらに大会の様子は、あゆみ・十一・おりべーらにより、常時この観客席に中継される。  
会場内に設置されたカメラなどから、ここに設置されたスクリーンに、リアルタイム配信だ」  
「遠隔視魔法も使って、会場の隅々まで生中継だぜー。カメラの死角もばっちりおさえるぞー」  
「あゆみさんがスタッフ参加するのなら、私もお手伝いしますとも」  
「ちなみにひどいルール違反者は、天(衛星)から天罰が降ってきますのでご注意ください。  
参加者の皆さん、ルールを守って楽しい闘いをお願いしますね」  
「サキはおうえんスタッフ! おにーさんもおねーさんもがんばれー!」  
 
「さぁ、以上でスタッフの紹介も終了だ。  
それでは皆、いよいよ大会を始めようか。  
最強の魔術師を決める戦いの祭典、『キング・オブ・ウィザーズ2016』――  
ただいまより、開催いたします!」  
 
観衆の声援が上がり、参加者たちが会場内に転送されていく。  
かくして魔術師たちの闘争の火ぶたが、切って落とされたのだった――!  
 
 
 
 
 
 
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――本大会の会場である、2km四方の山地。  
その東端の草地に、宇和島空は転送された。  
 
周囲は静かで、時おり鳥の鳴き声が聞こえてくる。  
だがこの静けさも、すぐに破られるだろう。今この山は、大勢の魔術師がひしめく戦場なのだから。  
 
「さぁて、まずは駆馬を探さなきゃな……」  
 
空はそう言うや、全ての魔力を『身体強化』に注ぐ。瞬間、限界レベルの身体能力が彼にもたらされた。  
空の作戦は『一点突破』。他の全てを犠牲にして、無類のスピードを持つ剣士となる事。  
治癒は駆馬に任せればいい。だからこそ、駆馬となるべく早く合流する必要があったのだ。  
 
(どんな強力な魔法も、当たんなきゃどうって事ねぇさ。ダメージ食らう前に、駆馬と合流する!)  
 
前もって駆馬と打ち合わせしていた合流地点に向け、空は疾風の如く駆け出した。  
 
走るごとに周囲の景色が、凄まじい速度で後ろに吹き抜けていく。狙撃や包囲を受ける間も与えず、戦場を駆け抜けていく空。  
やがてその行く手に、人影が見えた。空ははっと息を呑み、足を止める。  
 
「お、お前は……!」  
 
空はその姿に覚えがあった。覚えがあり過ぎた。  
彼の行く手に立ちはだかったのは、『最強にして最凶』と称された、不死の魔人――  
 
「ナハトブーフ! ……じゃねぇ、鳩だ!」  
 
その事に気づくと、全身の力が抜けた。  
そう、それは剣術屋こと三間修悟の愛用する『ハトスーツ』だった。  
見ればその傍らに、持ち主の姿もある。  
 
「あ? なんだ空じゃねぇか。この広い戦場で、いきなり手前ぇに会うとはな」  
「んな事どうでもいいわ、なんだこのスーツ!? まさかこの大会でも、出オチ狙ってんのか!?」  
「バカ言え、これも俺の武器の一つだ。おふざけに来てんじゃねぇからな」  
「武器だァ? だったら見せてもらおうか、その武器の使い方とやらを。  
 剣士が二人揃ったんだ、勝負しねぇ手はねぇよな?」  
 
空はそう言ったが、剣術屋はくるりと踵を返し――  
 
「いや、ここは退くさ」  
 
そう言ってハトスーツごと跳躍し、林の向こうに消えた。  
 
「あ! テメェコラ何で逃げるんだよ!」  
 
そう空が叫ぶと、木々の向こうから声が帰ってくる。  
 
「そりゃ逃げるさ。こんな処でまで、手前ぇとやり合っても仕方ねぇだろ?」  
「ん? まぁ、確かにそうだな……」  
 
空と剣術屋はこの大会以外でも、日常的に闘っている。戦績は空の1勝0敗13引き分け、最初の1戦を除いて全て引き分けなのだ。  
 
「……じゃあいいぜ、剣術屋。お互い最後まで残ったら決着つけるか」  
「はっ、だったらそれまで勝ち残れよ」  
 
その声もたちまち、遠くに消えていく。  
空はにやりと笑って見送り、それから駆馬を探して、また駆け出した。  
 
 
 
 
 
 
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――その頃、『電子の魔女』ことトリーネ・エスティードは――  
戦場に転送されるなり、相棒のAI『トライン』と話していた。  
 
「私達は秀さんを助けに行きましょう。同じウィズクラス関係者のよしみで」  
『竜崎さんは放っておいていいの?』  
「多分、やりたいことはありそうですし大丈夫でしょう」  
『ふむ、ならまずは明日見さんの場所を探さないとね』  
 
トリーネは頷き、この大会の為に用意していたものを、一斉に解き放った。  
魔粒子探知機付きの小型ドローン15機――それをノートPCから遠隔操作し、秀の居場所を探す。それがトリーネの初動だった。  
 
『うーん、動きの精度がイマイチね……トリーネ、遺物【ニューロマンサー】を起動!』  
「了解です!」  
 
トリーネは、多数の電子機器を同時操作する遺物を起動した。  
すると頼りなく飛んでいたドローンたちが、一斉にイキイキと動き出す。トリーネという頭脳を介して動く、群生生物のように。  
 
「さぁ、秀さんはどこにいるでしょうか……?」  
 
トリーネはそう呟き、ドローンから転送されてくるデータを見据えた。  
 
 
 
 
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一方、飛び入り参加したシウ・ベルアートは、戦場を独り歩いていた。  
彼の目的ははっきりしていた。『何よりもまず、咎女に会うこと』だ。  
 
(できれば咎女ちゃんと、ペアで参加したかったんだけどね……会場内にランダム転送されたんなら、戦場を歩いて探すしかないか)  
 
そう思いながらシウは、危険な戦場を探索する。他の魔術師に出くわさないよう、気をつけながら。  
だが、話はそう簡単ではない。林道を行く彼の前に、不意に現れたのは――  
黒の魔女、ニナ・ファウストだった。  
 
「……シウか。まさかお前が、この大会に参加するとはな」  
「ニナさん……」  
 
シウは立ち止まり、身構えた。ニナも警戒しつつ言う。  
 
「……お前に会えればとは思ってはいたが、まさか最初に遭遇すると思わなかったぞ」  
「僕に会えればって? 戦うためにですか?」  
「いや、ひとつ言いたい事があってな。なぜ戻ってこられたのかなど、色々聞きたい事はあるが……その前にだ」  
 
ニナはそこで言葉を切り、それから静かに続けた。  
 
「隣神との戦いの後、お前が隣世に残った理由を聞いた。  
"魔術師が人々の心を支配できるように、黒の魔術師であるお前が隣世に残る"か……  
それがお前が、最後に出した答えだったんだな」  
「ニナさんから出された問題に、僕なりに答えた結果ですよ」  
「……お前らしい答えだ。最後は黒の魔術師として動いてくれるとはな……  
その事への礼を告げたかった。黒の魔女として、一人の魔術師としてな」  
 
ニナはそう言って、かすかに微笑んだ。  
意外な言葉に、シウも思わず微笑を返す。だが彼女はすぐに気を取り直したように、鋭い口調で続けた。  
 
「だがシウよ、それとこれとは別だ。ここは戦場、のんきに再会を祝う場所ではない」  
「え、やっぱり闘うんですか? この流れで?」  
「これは『最強の魔術師を決める戦い』だろう? お互いその場に立った以上、雌雄を決するとしようか」  
 
ニナはそう言うや、黒霧を展開する。だがシウはにっこりと笑い――  
 
「いえ、逃げます。僕には会わなければならない人がいるので」  
「何!?」  
 
ニナが声を上げた時には、シウは空間合成の魔法で、その場から逃げ出していた。  
取り残されたニナは、しばしぽかんとする。やがてふっと笑って呟いた。  
 
「……相変わらず、食えない男だ」  
 
この大会に出る目的も、人それぞれという事だろう。  
ニナもまた、自分の目的を果たす為に歩き出す。全ての魔術師を倒し、最強の栄冠を掴む為に――  
 
 
 
 
 
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木々の枝葉の隙間から、微かな駆動音とともにアニマロイドが戦場を見つめている。  
交戦を開始した現世の魔術師たちには目もくれず、その無機質な瞳は一つの気配を探し続けていた。  
魔術師たちの集うこの場所に、ただ一つ混じっているはずの隣世の気配を。  
 
「全く、開会式であれだけ派手に登場したくせに、何処に居るのでしょうか。伝えたいこともありますが、言わなければならないことがそれ以上にあるというのに」  
 
アニマロイド達の索敵網を端末でチェックしながら、緋崎 咎女はつぶやいた。その横顔は、どこかむすっとした風にも見える。  
まあ、どこかの誰かさんに言わないといけないことが沢山あるのだ。彼女だって、むすっとしたくなることもある。自覚があるかは知らないが。  
ぴく、と。  
咎女の眉が小さく動く。  
魔力的な探知が、こちらに向けられた感覚。すかさず、《光、彼方より》で光子の振動を変化させ、撹乱を試みる。  
とはいえ、相手も最強の魔術師の称号のために戦おうという好き者だ。そうそう素直に、引っかかってはくれない。  
 
「この光子操作の反応! 構築の魔女だ!」  
 
咎女を取り囲むように、複数の反応。その動きは、惚れ惚れするほどに統制されている。  
こんなことができるのは、この戦場には一つだけ――ギフトリッターズだろう。  
 
「大物だぞ! 彼女を倒し、我らの力を見せるのだ!」  
「――行くぞ!!」  
 
木々の間から、あるいは茂みの陰から、あるいは樹上から――リッターズが咎女に襲いかかる。  
神経毒を滴らせる鋏が、黒霧を纏う銃弾が、黒霧の衝撃波が、三方向から同時に迫る。  
 
「……!」  
 
着弾点を微妙にずらし、一つをかわせば残る二つのどちらかが獲物を捉える計算された軌道。  
さしもの咎女も目を見張る、見事な連携だった。  
 
「もらった!」  
 
閃く鋏が、咎女の身体を一閃し――通り抜ける。  
弾丸がなんの抵抗もなく通過し、衝撃波に咎女の姿がノイズのようにゆらめく。  
 
「しまっ……!?」  
 
見えていた咎女は、光子操作の幻に過ぎなかった。そう気付いた直後、  
 
「邪魔です」  
 
鋏のリッターの背後から、ぞっとするくらい無機質な咎女の声。  
振り返ったリッターの顔面に、緋結晶が叩きつけられた。  
瞬間、炸裂。  
封じ込められた光子が解き放たれ、鋏のリッターの意識を奪う。  
残る二人のリッターもまた、突然の光に視界を塞がれた。それでもなお、狩人として研ぎ澄まされた感覚から咎女の気配を察知。反撃に出んとするが、  
 
「ぐは……っ!?」  
「ぐふっ!?」  
 
光子レーザーが、二人の身体を吹き飛ばした。  
 
「……念のため、場所は変えましょうか」  
 
このままここに居て、他のリッターズにまた絡まれても面倒だから。咎女は、捜査網のチェックを続けながらその場をあとにした。  
 
 
試合ルールに従って、ジギー達によって運びだされた三人のリッターズ。  
彼らを待っていたのは、  
 
「何やってるんですか、情けない」  
「ひぃぃぃぃぃ!? ご容赦を!?」  
「罰として実験体になってもらいますよ」  
「アバババァーーッ!?」  
 
ユナイトによる、厳しい折檻であった。  
 
 
(ギフトリッターズ①②③脱落。残り参加者30名)  
 
 
 
 
 
 
 
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「最近人間どもに舐められてる気がします。ここは一つ、優勝してビシっと決めて威厳を取り戻さないとです」  
 
はて、もふに威厳があった頃などあったろうか――というのはさておき。  
人造生物代表として、ここは優勝して凄さを見せつけたいもふである。あと、もふが優勝すればもふを創造した祈の株も一緒に上がるし。多分、きっと、メイビー。  
とはいえ、魔術師たちも出会った頃とくらべて随分腕を上げた。おいそれと無策で挑めば、返り討ちにあうかもしれない。  
まずは情報収集をするべきだろう、と。沢山のもふに分裂し、戦場にばらまいて――。  
ぞわ、と。全身の毛が逆立つような感覚。何かが、高速でこちらに迫っている!  
 
「――ち、散るです!」  
 
もふが号令を出した時には既に遅く、毒々しい色合いのブレスが分裂体たちをまとめて薙ぎ払っていた。  
さらに周囲に感じるのは、巨大な気配。  
 
「この気配は……!」  
 
辺りを見回すもふの目に飛び込んできたのは、三つ首の竜――ダハーカだった。  
ぐぎゃ、きゅきゅ、ケーー! と見た目のわりに可愛く聞こえる鳴き声をあげながら、ダハーカは猛進してくる。  
連続で放たれた毒のブレスを、もふはジグザグ軌道で回避。  
 
「同じ人造生物とはいえ、負けるわけにはいかないのですよ――!」  
 
気合を込めた叫びとともに――  
巨大化した。  
 
「きゅっ!?」  
 
ダハーカもこれには驚いたのか、動きがほんの一瞬止まる。  
その隙を逃すことなく、もふは巨大になった体躯を活かしてタックルをかました。  
ダハーカの巨体が揺らぎ、土埃が舞う。ダハーカはすぐさまブレスで反撃するが、もふは巨体からは想像もできない素早さでこれをくぐり抜けた。  
もふの巻き起こした風に、周囲の木々が葉を鳴らす。  
もふの爪が閃き、ダハーカの皮膚を刻む。しかしダハーカの皮膚は硬く、切り裂くどころか変に食い込んで止まってしまう。  
ダハーカの右の首が鞭のようにしなり、もふの右手を絡めとった。左と真ん中の首が、すかさず毒のブレスを、  
 
「離しやがれですこんちくしょー!」  
 
もふが、右の首に噛み付いた。  
 
「ケーーー!?」  
 
右の首の力が緩み、もふは身体を大きく捻って拘束を脱する。そのまま、回転の勢いを乗せた鉄拳制裁をダハーカに叩き込んだ。  
ダハーカの身体が大きくよろめき、周囲の木々に激突した。  
バキバキと音を立て木々が倒れ、慌てた様子で鳥達が羽ばたいていく。土埃の向こうに、ダハーカの姿が掻き消える。  
 
「このまま決めさせてもらうですよ!」  
 
もふは地面を蹴って跳躍――周囲の木の幹を、枝を蹴って加速。  
回転を加え、己の身体を一つの弾丸としてダハーカに突貫する!  
――が、しかし。  
 
「!?」  
 
もふは見た。  
土埃の向こうから、自身を睥睨する6つの瞳を。  
次の刹那、毒のブレスが嵐のようにもふを襲う。  
重心をずらし、突撃の軌道を変えてこれを回避しようとするもふ。  
しかし、その身体からは不意に力が抜けた。  
しまった、と。気付いた時には既に遅い。  
右の首が、手に絡みついた時。そうとはわからぬ程度にそっと、しかし確かに毒を流し込まれていたのだ。  
どさり、と力なくもふは地面に突っ伏す。もはや、腕を動かすこともままならない。  
 
「ぐふっ……上には上がいるという事ですか……」  
 
大会優勝の宿願をダハーカに託し、もふは毒ブレスの直撃を受けるのだった。  
 
 
(もふ脱落。残り参加者29名)  
 
 
 
 
 
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――最強の人造生物を決めるその戦いに、決着が着いた頃。  
我歩はややのんびりと、山中を歩いていた。  
 
(ラプラスのやつ、よっぽど暇なのかね。まあ、たまにはこういうのに顔出してもいいけど)  
 
しばらく面倒な仕事で色々飛び回ってたから、瑞月とのんびりしたかったところだが、まぁいいだろう。ここんとこあんまり会えてないやつにも会えるだろうしな。  
 
(誰が最強かなんかにはあんまり興味は無いけど……せっかくだし、優勝でも狙ってみるかね)  
 
そろそろ瑞月と旅行にも行きたいし、優勝賞金を得られればその資金になるだろう。彼がそう思った時、不意に銃声が聞こえた。  
 
「……ん?」  
 
今は戦いの際中だ、銃声自体はおかしくない。妙なのはその数が多すぎる事だ。  
まるで軍隊の一個小隊同士が、派手に撃ち合いでもしているような――  
 
(何だろう、行ってみるか)  
 
警戒と好奇心を半々に抱き、彼は銃声の方へ走り出した。  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
我歩が向かった池の傍では、異変が起きていた。  
 
「シノブ、どこに行ったんデスかー……? アナタと拳で語り合うため、ワタシは戻ってきたのニ……!」  
 
『銃舞の魔術師』アリシア・ヴィッカーズ。無限の弾薬(有料)を持つ、シュバルツイェーガーの生きた武器庫。  
それが呪詛を呟きながら、戦場を闊歩している。辺り構わず弾薬を撒き散らしながら。  
 
彼女が探しているのは、『深淵の魔人』三坂忍だ。彼とニナの結婚に、アリシアは納得していなかった。  
だからこの大会で、彼とハナシをつけようと思っていたのに、当の忍は参加していなかったのだ。行き場を無くした感情が、アリシアを暴走させていた。  
 
「シノブ、怒らないから出てきなサーイ! 今ならロケット弾の5,6発で許してあげるヨー!」  
 
ロケット弾が撒き散らされ、辺りの地形が変わっていく。やがて騒ぎを駆けつけてきた我歩が、そしてスタッフ腕章をつけたジギーとユウキが、アリシアを止めに入った。  
 
「待ってアリシアさん、無茶し過ぎですよ!」  
「か、会場が、無くなっちゃう…!」  
「ちょっと一回止まってくれ! 忍さん目当てでも、俺たちも巻き込まそうだ!」  
「邪魔するデスか? Destroy!」  
「「うわぁっ!」」  
 
アリシアは我歩たちを見るなり、機関銃を乱射してきた。ジギーがとっさに『守護の剣』で、その銃弾を弾きながら言う。  
 
「手が付けられませんね……どうしましょう?」  
「……仕方ない、ほっとこう。近づけば怪我するだけだ」  
「そ、そうですね。これも闘いの一環ですし」  
 
大会スタッフのジギーも、早々に諦めた。  
なるべく大会の進行を阻害しないのが彼のスタンス。アリシアがルール違反をしていない以上、無理に止めるのも無粋というものだろう。  
 
「……とはいえ、参加者の誰かが、止めてくれるといいけど…。このまま行くと、巻き込まれる人が、増えそう…」  
「それを祈るしかないな……俺以外の誰かが」  
 
我歩たちは頷き合い、そっとその場を離れた。  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
――アリシアが大暴れしている場所から、少し離れたところにて。  
そこでは二つの人影が対峙していた。  
 
「何やら辺りが騒がしいね」  
「そりゃそうだ、祭りだからな」  
 
アルバート・パイソンと、『鴉の書』。かつて調停者として共に闘った二人――正確には、片方はそれを模した生物。彼らは銃声を聞きながら、苦笑を交わす。  
 
「やれやれ、せっかく世に静謐が訪れたというに……どうにも魔術師ってのは、闘争が好きらしいね?」  
「まぁ、それが魔術師って生き物さ。俺もお前もな」  
 
アルバートがそう言って、眼帯を外す。右手を銃の形に変形させる。  
戦闘形態を取るアルバートに、鴉の書は身じろぎもしない。  
 
「……で、鴉の書よ。いつ始める?」  
「もう始まってるよ」  
 
鴉の書がそう答えた瞬間、彼女の足下の地面が、赤い光を放った。  
古より伝わる、東洋儀式魔術『八卦陣』――それを既に仕込んでいたのだ!  
 
「ちっ!」  
 
とっさにアルバートが熱線を放つ。だが鴉の書は黒霧の壁でそれを防ぎ、同時に詠唱を始めた。  
 
「央基五黄! 一白太陰九紫に太陽、乾坤九星八卦良し! 落ちよ怒槌、神鳴る力!」  
 
朗々たる声と共に、落雷がアルバートを襲う。彼は転移でそれをかわした。  
 
「おいおい、いきなり本気だな……しかしこりゃ赤の魔法なんじゃねぇのか?」  
「わしは赤の魔術師に造られたからね。鴉とは似てても、別の生き物さ」  
「はっ、そうだな」  
 
アルバートはそう言いながら、再び熱戦を繰り出す。鴉の書はそこに手をかざし、またも詠唱する。  
 
「火気焦熱、巳に成る戌! 方角南東から北西へ!」  
「なっ!?」  
 
鴉の声と共に、放った熱線が反転し、アルバートを襲った。彼はギリギリで身を逸らし、熱線を回避する。  
 
「……見た事ねぇ魔法だな、ベクトル操作の一種か?」  
「そうとも。鴉と主様の知識を併せ、わしが作った魔法だよ」  
 
鴉の書は不敵に笑い、煙管をつきつけて言う。  
 
「ただの異形とお舐めでないよ。  
 赤を父に、黒を母に、生み落とされた褐色の児。それがこのわし、『鴉の書』さ。  
 さぁどうするね、隻腕の? 二親から受け継いだ魔術の知識は、底がないよ?」  
「そうかい、だったら腕力で挑むまでだ!」  
 
アルバートはそう言うや、転移魔法を起動した。彼の姿が消え、鴉の書の背後に現れる。  
鴉の書は振り向くなり、「鬼魔駆逐救急如律令!」と声を上げた。分断の黒霧が無数の刃となり、四方八方からアルバートを襲う。  
彼は身体操作魔法を駆使し、その刃をかわした。それでも半分は喰らい、アルバートの体から血が噴き出す。  
 
(痛ぇが、しかしその甲斐はある!)  
 
アルバートは血を撒き散らしながら、鴉の書の懐に飛び込んだ。  
彼女は再び雷を放つ。だがアルバートはそれにも耐え――  
 
「フンッ!!」  
 
気合い一閃、鴉の書を投げ飛ばした。  
彼女は樹に叩き付けられ、一瞬呻いた。そこに間髪入れずアルバートが、右手の熱線を、最大出力で叩き込む。  
 
「ああああっ!!」  
 
その一撃で鴉の書は、全身を焼かれた。魔粒子で出来ている体が、今にも弾けそうに軋む。  
アルバートはそこに右手を突き付け、尋ねた。  
 
「……どうだ、まだやるか?」  
「いや、無理そうだね……これ以上やると、体が保てなくなりそうさ」  
 
鴉の書は悔しげに言い、それからふっと笑った。  
 
「……さすがだね、アルバート。わしの記憶にあるお前より、なお強いようだよ」  
「魔術師は生きてる限り成長する。ジジイの俺でさえそうなんだ、生まれたてのお前はもっと伸び代があるだろうさ」  
「はは、違いないね……また機会があれば、戦ろうか」  
 
鴉の書はそう言って、力尽きたように倒れる。  
アルバートは彼女を物陰に横たえ、それからまた歩き出した。  
 
 
(鴉の書脱落。残り参加者28名)  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
そうして大物同士の闘いが、決着を迎えた頃。  
そこから少し離れた林道では――  
明日見秀が、アリシアの暴走に巻き込まれていた。  
 
「うわあああああ! こ、こっち来ないでアリシアさーん!」  
「シノブデストロイ……シノブデストロイ……」  
「僕は忍さんじゃないですよー! なんで僕を!?」  
「シノブがいなくて、感情の持っていきどころがナイからネー……目に着いた白と赤の魔術師を、適当に撃とうかと……」  
「や、八つ当たりじゃないですかー!!」  
 
だが今のアリシアに理屈は通用しない。止む無く秀は『身体強化』を使い、必死でアリシアから逃げる。  
そうしてなんとか逃げ切れたが――秀はすっかり、ビビり上がっていた。  
 
「うぅ、怖い……! 生命保護されてるってわかってても、怖いものは怖い……!」  
 
元より秀は『日羽ちゃんが観客として来てたら、いいところ見せたいな』くらいの動機で参加していた。だがそんな半端な決意など、飛び交う銃弾の前では、木っ端のようなものである。  
まして怖いのはアリシアだけではない。他にも精鋭魔術師たちが、ゾロゾロと参戦しているのだ。  
 
「参加する以上は、優勝したいとも思ってたけど……あんな人たち相手に、どうやって……?」  
 
怖気づいて呟く秀。そのとき秀のすぐ後ろで、赤い光が瞬いた。  
 
「ひっ! こ、今度はなんだ!?」  
 
慌てて剣を構える秀。だがその光の中から現れたのは――  
 
「おっと、私は敵じゃないですよ? 落ち着いて下さい秀さん」  
「と、トリーネさん?」  
 
今まで何度もウィズクラスを護ってくれた、トライブ無所属の魔女。そんな彼女が来たというのに、秀は警戒を緩めない。  
 
「トリーネさんも、僕を狙いに来たんですか……? そうですよね、これバトルロイヤルですもんね」  
「さっきのがトラウマになって、人を信じられなくなってますね……違いますよ、心配だったので見に来たんです」  
「え?」  
 
ぽかんとする秀に、トラインも言う。  
 
『要は助けに来たって事よ。ルールに他人と組むなとは書いてないし、優勝狙ってるなら手伝うわよ?』  
「め……女神だ……!」  
 
そのとき秀は見た気がした。トリーネの背後に、後光が差しているのを。  
そうして戦場の片隅で、秀とトリーネのコンビが結成されたのだった――  
 
 
 
 
 
-------------------  
 

――最強の魔術師は誰か?
黒霧となり、戦場内を高速で移動しながら、宮薙梓は考える。
もちろん、彼女の答えは決まっていた。
最強の魔術師とは、梓をはじめとした黒・白・赤の魔術師たちを何度も苦しめたヘル・ナハト――ナハトブーフその人をおいて、他にいない。
ただ、彼は既に故人だ。
では、『現役で』最強の魔術師は誰か。
それはもちろん、ナハトブーフの弟子であるフリッツの弟子――すなわち、ナハトブーフの孫弟子である梓自身。そう、彼女は自負している。
その矜持にかけて、今回のこの『キング・オブ・ウィザーズ2016』には出ないわけにはいかなかったし、負けるわけにもいかないのだ。

 

(命のやりとりがないのでは、いまいち気乗りしませんが。……致し方ありませんわね)

 

命のやりとりがないのも、見ようによっては黒の仲間たち相手に遠慮しなくて済むともとれる。
それに、思わぬ嬉しい副産物もあった。

 

(アリシアおねえちゃんが、帰ってきてくれたし)

 

黒霧の姿でなかったら、きっと口元には微笑が浮かんでいたことだろう。
アリシアとは今生の別れだったわけではないが、次にいつ会えるかもわからなかった。それが思っていたよりもずっと早く再会できたのは、間違いなくこの戦いのおかげなのだ。そのことには、多少なり感謝をしてもいいかとは思う。
そんなことを考えながら、しかし同時に梓は勝つための策を練り上げていた。
まずは黒霧化したまま、格下の魔術師たちを急襲。傀儡化して手駒に変え、腕のたつ魔術師との戦いを有利に――

 

(……あら)

 

目の前の空間が、ほんのわずかに歪んで見えた。警戒していなければ、見過ごしてしまうほどにかすかな歪みだ。
光学迷彩か、光の分断か、いずれにしても魔術によるものだろう。
それはつまり、そこに敵が居るということだ。
黒霧化を解除。人の姿に戻るやいなや、黒霧を収束した「闇の刃」を放つ。
直後、鋭い風切り音。
間合いをとっている梓の髪を揺らすほどの太刀風が巻き起こり、「闇の刃」が打ち払われる。
梓の目の前の空間がひときわ強く歪んだかと思うと、弾けるようにそれは消えた。
そうして姿を現したのは、赤いマフラーを巻き、木刀を携えた一人の男。その鋭い双眸が、梓を睨みつける。

 

「覚の魔女。新宿での戦いの、決着をつけに来た」

 

その男こそは、かつて梓と新宿で死闘を繰り広げた赤の魔術師――トールこと、立花透だった。
へえ、と梓は目を細める。
彼は死地にあっても不殺を貫き続けた、徹底的なまでの不殺主義者だ。
梓からすれば、そのスタンスは腹立たしさすら覚えるほどに中途半端なもの。しかし一方で、魔術師としての実力が確かであることも梓は知っている。
油断できる相手ではない。

「決着を、というからには。相応の準備はしてきたのでしょうね?」

 

トールの目を、正面から見返す。そして同時に、『覚』を発動。
合わせた視線を通じて魔導パスを合成し、トールの心を覗くはずのその固有魔法は、しかし効果を発揮しなかった。
視線を合わせているはずだが、パスが通じた手応えがない。
おそらく気体か光かを操作することで、梓からはわからない程度に視線をそらされているのだろう。
「決着をつけに来た、と言ったはずだ」
静かに、緩やかに、しかし隙のない動作でトールが木刀を構える。その剣先に、青白い雷光が瞬く。
彼の戦意に呼応したのか、それとも魔術によるものか、赤いマフラーがふわりと翻った。
応じるように、梓の周囲に黒霧の旋風が巻き上がる。

 

「いいでしょう。――一戦、交えて差し上げますわ」


 
 
 
 
 
-------------------  
 
その頃、リーリオこと橘優佑は、山中を慎重に動き回っていた。  
奇襲を避ける為、一箇所に留まらず、移動し続ける。逃げる為ではない、敵を探す為だ。  
 
(ラプラスさんからの招待ってのが引っかかるけど、最強の魔術師には興味あるかな……  
 自分の力がどこまで通用するか、試してみたいしね)  
 
とはいえ複数の相手を一度に相手するほど、リーリオも自信家ではない。  
一人でいる魔術師がいたら、勝負を挑もうと思っていた。  
 
やがてリーリオの眼が、草むらの向こうにそんな人影を捉える。  
それは先ほど咎女にまとめて蹴散らされた、ギフトリッターズの残党だった。  
 
「む……誰だ!?」  
 
敵もこちらの気配に気づいたようだ。リーリオは逃げも隠れもせず、彼の前に姿を見せて言う。  
 
「えーっと、ユナイトさんの部下の人だね。ねぇ、僕と勝負しようよ」  
「勝負だと? 子供が生意気な!」  
 
男はそう言うや、ナイフを抜く。それに毒を含んだ霧を纏わせ、リーリオに跳びかかってきた。  
 
「わっ!!」  
 
突然の攻撃を、身を捻って避けるリーリオ。  
男との間合いは10m以上もあったのに、一瞬でそれを詰めてきた。恐らくユナイトの薬によって、筋力強化されているのだろう。  
さらに矢継ぎ早の斬撃がを襲う。触れるだけで昏倒する毒の刃を、リーリオは必死で避けまくる。  
 
「うわっ、わわわわ……子供扱いするくせに、容赦ないね?」  
「無様に負けたら、ユナイト様に何をされるかわかったもんじゃないからな。子供相手とて手は抜かん!」  
「そう、じゃあ僕も本気で行くよ!」  
 
リーリオが声を上げた時、その首を捉えようとしていたナイフが、風の鎧に弾かれた。  
――最強の知的個体、風伯の疑似遺物【Windstoβ】。魔力を含んだ烈風が、男を毒の霧ごと吹き飛ばす。  
その隙にリーリオは、固有魔法【ニンジャアクション】を起動。素早く距離を取りながら、サブマシンガンの引き金を引いた。  
 
「あががががががっ!」  
 
弾雨が男の全身を捉える。彼はそれに耐えてなおも接近しようとするが、縦横無尽に動き回るリーリオに、追いつく事など出来はしない。  
やがて男は力尽きたように、どさりと倒れ伏した。  
 
「ふぅ……試合とはいえ、ちょっとやり過ぎちゃったかな。医療班を呼ぼう」  
 
リーリオは携帯で、会場外にいるスタッフに連絡を取ろうとした。  
だがその瞬間、響く銃声。リーリオの手元で携帯が砕け散る。  
 
(狙撃!?)  
 
とっさにリーリオは光学迷彩を使い、慌ててその場から退避した。  
 
(ゆっくりできる暇はないみたいだね……さすが皆、油断できないな)  
 
リーリオは一層気を引き締めつつ、再び索敵行動に入った。  
 
 
(ギフトリッターズ④脱落。残り参加者27名)  
 
 
 
 
 
-------------------  
 
同刻、そこから200m離れた山頂付近では。  
イデアこと遠野結唯が、スナイパーライフルのスコープを覗いていた。  
 
「仕留め損ねたか……風の鎧という奴は、ライフル弾をも逸らすようだな」  
 
そう、リーリオを狙撃したのはイデアだった。  
彼女の基本作戦は、『徹底した遠距離戦』。遠隔視魔法で索敵し、光学迷彩で姿を隠して、一方的に狙撃する。  
他にも二重三重の作戦を布いてはいるが、今はひとまずライフルで、削れるだけ敵を削りたい。  
 
(見失ったターゲットは後回しだ。他にいい的は……)  
 
イデアは遠隔視の視界を巡らせ、不用意に歩いている敵がいないか探る。  
やがてその視界が、ギフトリッターズの残党の姿を捉えた。他の仲間がみんな脱落し、どこか心細げに歩いている。  
 
「こいつが黒服連中の、最後の一人か……だが練度が足りないな、軌跡の魔術師に鍛え直してもらえ」  
 
イデアは躊躇なく、男の頭に向けて引き金を引く。すると遠くで、「がっ」という声が響いた。  
 
今回は大会スタッフによる『生命保護』の魔法により、参加者の頭蓋骨はヘルメットのように強化されている。だから頭を撃たれても死なないが、それでもバットで頭を殴られるくらいの衝撃はある。  
ギフトリッターズ最後の一人は、あえなくイデアのヘッドショットを受け、その場に崩れ落ちた。  
 
(……さて、そろそろ銃声を聞きつけて敵が集まってくる頃だろう。別の狙撃ポイントに移動だ)  
 
イデアは心中でそう呟き、空間を捻じ曲げる固有魔法『ロストメビウス』を起動。  
音もなく、その場から姿を消した。  
 
(ギフトリッターズ⑤脱落。残り参加者26名)  
 
 
 
 
-------------------  
 
――そして、イデアが移動した場所の傍には――  
竜崎圭が無防備に、戦場をのしのしと歩いていた。  
 
「しっかし、こんだけブラついてるっつーのに、いつになったら誰かとカチ合うんだ?」  
 
竜崎はニナと決着をつける為、この大会に参加していた。だがどうもスタート地点が悪かったらしく、竜崎は未だ誰とも会っていなかった。  
 
「おーいニナ、いねーのかー! もし隠れてんなら――」  
 
そう言おうとした矢先、どこかで草むらがカサリと揺れた。  
次の瞬間、死角から放たれた狙撃。イデアが放ったその弾丸は、竜崎の頭部を正確に捉えた。  
 
「ッ!!」  
 
登場早々、頭を撃ち抜かれた竜崎が崩れ落ちる。  
が、倒れかける寸前、踏み止まって喚き散らした。  
 
「痛ってぇなッ! 誰だコラーッ!」  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
怒号を上げる竜崎を見て、イデアが眉を潜める。  
 
「……な、なんだあいつは。いくら生命保護魔法がかかってるとは言え、ライフル弾で頭を撃ち抜いたんだぞ……?」  
 
イデアは続けてライフルを二連射した。弾丸は竜崎の額と胸を捉えたが、それでも彼は平然と立っている。  
何か異様なものを感じ、イデアはひとまず退避した。  
 
* * * * * * * * * *  
 
 
「ちっ、止んだかよ……鉛弾程度で、俺がくたばると思うなってんだ」  
 
イデアは知らなかったが、竜崎は全身に分断の黒霧を纏っていたのだ。駆馬の『金剛』ほどではないが、それなりの防御力を誇っている。  
 
(つってもこんな調子でバカスカ撃たれたら、その内やられちまうかもな……早くニナを探さねーと)  
 
そう思った時、上空を何かが横切っていくのが見えた。  
黒霧で造られた『烏』。それを目にした途端、竜崎は思わず口元に笑みが浮かべていた。  
 
「ありゃニナの固有魔法……アイツが近くにいやがるな!」  
 
烏は上空を旋回し、近くの林に降りていく。竜崎は迷うことなく、その後を追っていた。  
 
だが、そうして追った先にいたのは――  
ニナではなく、ユウこと獅堂勇だった。  
 
「ああ? なんだユウかよ……そういやお前も、『ヘキサクラフツ』使えるようになったんだったな」  
「ああ。この烏に釣られて来たということは、やはりお前の狙いはニナさんだったようだな?」  
「その通りだけどよ……だが、これはこれでちょうどいいぜ。実はお前とも、ケリをつけたかったからな」  
 
竜崎とユウには、因縁があった。かつて日羽にまつわる事件で激突し、その勝敗はうやむやの内に終わっていたのだ。  
 
「そうか……そういう事なら、俺も応えるつもりだった。だったらあの時の決着と、ニナさんへの挑戦権をかけて勝負するか」  
「ニナへの挑戦権だ? まさか、オメーもニナ狙いなのか?」  
「ああ。こんな時じゃないと、本気で挑めないからな」  
「その台詞、前に俺も言われたな……日羽の時によ」  
 
竜崎とユウの頬に、笑みが浮かぶ。激闘の記憶を懐かしむように、ユウは言った。  
 
「あの時の続きをするか……行くぞ、竜崎!」  
「おう、かかって来いやッ!!」  
 
言うなり、二人は同時に地を蹴った。  
竜崎は構えもなにもあったものじゃなかった。ただ真っ直ぐに接近し、力任せに釘バットを振り下ろす。  
対するユウは腰を落とし、祖父仕込みの受けの構えを取った。バットを手甲で払おうとはせず、体をスライドさせてやり過ごす。  
 
 
そのまま『魔縮炸襲』を使い、爆発を伴う掌底を竜崎に叩き付けた。  
 
「がッ!!」  
 
ライフル弾にも耐えた竜崎の体が、あっさりと吹き飛ばされる。彼はたたらを踏み、しかし踏み止まった。  
 
(ユウの野郎、やっぱあん時よりずっと強くなってやがんな……!)  
 
前回闘った時と違い、ユウは魔人になっている。普通の魔術師である竜崎とは、倍ほどの力量差があるのだ。  
 
(……だが勝機がねぇわけじゃねぇ。『暗剄』さえブチこめりゃ……!)  
 
竜崎の固有魔法は、敵に打撃を加える事で魔粒子を送り込み、内部から爆発させる危険な能力。さらに仲間から渡された遺物『大八極』を併用すれば、魔人を倒す事も不可能ではない。  
そう思う間にも、ユウは魔縮炸襲を使用。爆発を推進力に変え、猛然と殴りかかってきた。  
 
「はッ!!」  
 
ユウの五連突きが、的確に竜崎の全身を捉える。倒れかけ、釘バットを取り落す彼に、ユウは魔縮炸襲を叩き込もうとする。  
だがその時、竜崎は覚悟の行動に出た。爆発に臆することなく、ユウの胸倉を掴んだのだ。  
直後、竜崎のわき腹で魔粒子が炸裂し――  
 
「ぐああっ!? ――……ぉ、ぉぉぅうらぁああああああああああああーっ!!」  
 
竜崎の呻き声が、そのまま雄叫びへと変化する。  
つい今しがた体が浮くほどの衝撃を喰らったにも関わらず、竜崎はユウの胸倉を引き寄せ、『暗剄』を発動しながら頭突きをかました。  
 
「ぐっ!!」  
 
頭蓋骨が激突する、鈍い音。ユウの視界が一瞬白み、体内に魔粒子が流れ込んでくるのが判る。  
だがここで怯むわけにはいかない。両足で大地を踏みしめ、三度魔縮炸襲を込めた掌底を放つ。  
 
「せいッ!!」

「がはッ! ッてぇなコラァ!!!」  
 
一方の竜崎も爆発に耐え、同時に頭突きを放ってくる。  
掌底と頭突きの激しい応酬。2人は防御のことなど考えず、渾身の力で打撃を放ち続けた。  
 
――時間にして十数秒。それは2人にとって、永遠とも思える時間だった。  
やがて竜崎の暗剄を食らい続けたユウの目に、焦りが浮かび始めた。  
 
そろそろ流れ込んだ魔粒子が、体内で大爆発を起こす。その瞬間に辿り着く為、竜崎は頭突きを繰り返す。  
そこには洗練された技もなく、決して恰好良くもない。ただユウを、力量に勝る魔人を、自分が認めた相手を倒す為、竜崎が選んだ喧嘩のやり方――  
その時びきっと音を立て、ユウの額が割れた。全身が魔粒子で満たされ、あと一撃喰らえば爆発するのがわかる。思わずぐらつくユウに、竜崎は思い切り拳を振り被り――  
 
「こいつで終わりだ、ユウ!!」  
 
渾身の力を込めた、一撃必殺の突きを繰り出した。  
だがユウはそれを迎え撃つように、カウンターの掌底を繰り出した。今まで最大の魔力を、その掌に込めながら。  
二人の拳が交錯し、大爆発が起こる。その爆風が吹き抜けた後で、その場に立っていたのは――  
ユウだった。竜崎は吹き飛ばされ、仰向けに地面に倒れ込む。それでも彼は立ち上がろうとしたが、やがて諦めたように、鼻を鳴らした。  
 
「ちっ……やっぱ強ぇな、お前はよ……!」  
 
あと一撃で必殺の暗剄が発動したというのに、届かなかった。それは魔人と魔術師の間にある自力の差が、如実に現れた結果だった。  
 
「ニナと戦えねぇのは残念だが、お前に任せるぜ……勝てよ、ユウ」  
 
竜崎はそう告げて、力尽きた。ユウはその言葉に、敬意の一礼を返す。  
こうして彼らの因縁の戦いは、決着を迎えたのだった……。  
 
 
(竜崎圭脱落。残り参加者25名)  
 
 
 
 
 
 
 
-------------------  
 
ユウと竜崎の闘いに決着が着いた頃。  
別の場所ではもう一つの因縁の闘いが、まだ続いていた。  
 
「やりますわね、無鹿の魔術師……!」  
「魔女相手だとしても、敗れるつもりはない。俺はお前と戦う為だけに、この大会に参加したからな」  
 
梓とトールは言葉を交わし、闘いを再開する。  
梓が黒霧を収束させ、闇の刃を放つ。
だがその時、既にトールの姿はそこにはない。
まるで放たれた刃と入れ替わるように、彼は梓まで一足の距離へと迫っていた。
土煙が巻き起こるほどの、爆発的な踏み込み。
その間際、梓は黒霧を自身の周囲に展開する。
全身を呑み込む勢いで迫るそれに対し、トールは即座に気体を操作した。極薄の大気の幕で黒霧を阻み、そのまま梓へと肉薄する。
梓は空間を分断。肩口めがけて放たれようとした一閃を受け止めるが、それでもなお雷の熱が肌をしびれさせた。
黒霧を収束させて反撃しようとする梓だったが、培ってきた戦闘勘が激烈な警鐘を鳴らす。

 

「――疾ッ!」

 

直後、細く鋭く吐き出す息とともに、トールが木刀を一気に押し込んでいだ。
満身の力のこもった一刀が、空間分断の盾をぶち抜く。
すんでのところで身体を黒霧へと変化させ、薄皮一枚のところで梓はその一撃を回避。そのまま後方へ離脱するが、トールは風を操作して加速――瞬時にこれに追いすがってくる。
ならばと梓は人の姿へと戻り、黒霧を扇状に放射して迎え撃つ。
対するトールは木刀に風を纏わせ、なぎ払う一閃で黒霧を斬り裂いた。
彼が木刀を振りぬいたその一瞬を突くように、梓は黒霧の刃を見舞う。
トールは円を描くように電流を放射し、球電の盾を展開。黒霧は電磁とぶつかり合い、弾けるようにしてかき消された。
次いで、トールは自分自身を覆い尽くすように電流を放つ。そして、自らの身体を電磁投射。
瞬きする間すら与えないほどの速度で、梓に迫る。

 

「ぐぅ……っ!?」

 

肩に食い込む強烈な打撃と、雷が肉を焼く不快な感覚。打撃音が届いたのは、それからはるかに遅れてのことだった。
痛覚を分断し、反撃しようとする梓。
だがその時には、既にトールは大技の詠唱を終えていた。

 

「西方より吹きし剛勇の風よ 不義不浄に荒みし魂を 疾く鎮め給え ――『風神』!!」

 

周囲の木々の枝がしなり、葉が千切れとぶほどの豪風が吹き荒ぶ。
トールの放った風の衝撃波が、梓の身体を斬り刻み、殴りつけ、木の葉のように吹き飛ばした。
木の幹に、枝に、地面に激しく叩きつけられ、毬のようにバウンドしながら梓の身体は吹っ飛んでいく。
全身に風を纏い、それを追おうとするトール。

 

「――!」

 

だがその瞬間、錆びたナイフで脳の裏側を引っかかれるような感覚が彼を襲った。目眩を伴う不快さに思考を引っかきまわされて、動きがほんの一瞬鈍る。
まさかとトールの睨む先で、起き上がる梓の瞳が真っ直ぐに彼を捉えていた。
『風神』を放ち魔力を消耗して出来た、一瞬の隙。そこに彼女は、『邪眼』をねじ込んだのだ。

 

「残念、でしたわね」

 

不敵に笑う梓だったが、決して無事ではない。むしろ、かなりの痛手を受けてしまっている。痛覚を分断していなければ、そのままダウンしていたことだろう。
黒霧を合成して傷口を塞いで体勢を立て直し、すぐにも黒霧の刃を連続して撃ちだす。
トールは足元の砂利を拾いあげ、電磁投射を施して投擲。即席のレールガンとなった砂利が、辛うじて黒霧の刃を撃ち落とす。
しかし『邪眼』によってかき乱されたせいだろう、全てを迎撃するほどの正確さはそこにはない。
数発の黒霧の刃が、トールの脇腹に食い込んだ。
腹から血が流れ出る、温くぬるりとした不快感。トールには、それに顔をしかめる暇はない。
梓は、その暇を与えない。
好機とばかりに、黒霧の刃がガトリングのような勢いで放たれる。
トールはいったん負傷のことを思考から弾き出し、大気と電流の操作に意識を集中させた。風と電磁を身に纏い、刃を吹き散らし、電磁で弾き飛ばしながら、一直線に梓へ向かって駆けていく。
文字通り嵐のような、あるいは稲妻のような突撃。
生半可な攻撃では時間稼ぎにもならないと判断した梓は、黒霧の刃をさらに収束させた。一本の巨大な矢のようになったそいつを、目くらましの黒霧と一緒に放つ。
だが、トールはそれに反応してみせた。地面を砕く勢いで跳躍し、黒霧の矢をかすめがらもこれを回避する。
矢を受けた木が、彼の背後で真っ二つになった。
もちろん、それを気にする暇はお互いにない。
空中に身をおどらせたトールを狙って、無数の黒霧の刃を放つ梓。
トールは手近な枝を蹴って軌道を変えると同時にさらに加速し、刃の群れをくぐり抜けるようにしてかわす。
次は幹を、その次はまた枝を、さらにその次は地面を蹴り、鋭い三次元軌道で梓へと迫っていく。
一蹴りごとに爆発的に増していく速度は、見て反応できる域を越えていた。
回避も防御も、今からでは間に合わない。
ならば、撃ち落とすまでのこと。
喉元まで迫りかけたトールに対し、梓は『黒の嵐』を解き放った。
分断の力を宿す黒霧と衝撃波が、トールの全てを呑み込もうと襲いかかる。
しかし、彼もただそれを受けるばかりではなかった。

 

「憤怒と雄志に荒れ狂う嵐よ 我が道を阻む全てを砕け――『逆鱗』!!」

 

トールもまた嵐を解き放ち、二つの魔力の嵐が真正面から激突した。
互いが互いを喰らいあう魔力の奔流は、二人のみならず周囲の地形すらも巻き込んで荒れ狂う。
木々の枝は片っ端からへし折れ、葉は一つ残らず千切れとび、それどころか地面がえぐり取られ、木々が根本から引きずり出されて宙を舞うほどの凄まじいぶつかり合い。
気付けば、梓とトールは咆哮していた。負けるものかと、勝ってみせると、お互いに矜持と闘争本能をむき出しにした絶叫が、嵐とともにほとばしる。
二つの嵐は一つの巨大なエネルギーの塊となり、炸裂した魔力が洪水のように二人を飲み込んだ。
やがてそれがおさまった時、二人の魔力の激突が全てを洗い流したかのような静寂がそこには満ちていた。

 

「……言うだけのことは、ありましたわね」

 

その中で立っていたのは、梓だった。
身体のそこらじゅうについた土や草を払い落とし、全身に負った傷を合成してふさいでいく。
ふと視界の端に赤いマフラーを認めて、視線を向けた。
木々の残骸にうもれるようにして、トールが倒れ伏している。意識はないようだが、その手はいまだにしっかりと木刀を握りしめていた。
……危なかった、かもしれない。
彼の牙は、間違いなく梓の首筋まで迫っていた。袈裟がけに打たれた感触も、雷による肌のしびれも、いまだにこびりついている。
ほとんど無意識に、わずかばかりの安堵がまじった息をこぼしてしまう梓。とたん、身体が重くなったような気がした。
かなりの消耗を強いられてしまった。急いで傀儡を確保し、戦力を整えなければ。

 

 
(立花透脱落。残り参加者24名)  
 
 
 
 
 
 
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――トールと竜崎という2人の精鋭が、相次いで力尽きた頃――  
別の場所でもまた、激闘が繰り広げられていた。  
 
ギフトリッターズの上司にして、ユナイトの部下。『紅蛛の魔術師』ヴァンヒル。  
それが『白の魔人』高天原衛示を、追い詰めていたのだ。  
 
「どうした、白の魔人? 不死身の再生者も、毒の前じゃこんなもんか?」  
「くっ……!」  
 
ヴァンヒルが放った毒の霧を、衛示がぎりぎりでかわす。その頬には冷や汗が伝っていた。  
 
(毒遣いとは、やっかいな敵ですね……! 私の天敵と言えそうです)  
 
衛示はその固有魔法により、『首を落とされない限り死なない』という、圧倒的なタフネスを誇っている。だがその不死身の肉体も、毒で身体の自由などを奪われては、意味をなさない。  
ヴァンヒルもそれがわかっているのだろう。麻痺毒を含んだ合成魔法『赤霧』を、常に体に纏わせながら言う。  
 
「悪いがここで仕留めさせてもらうぞ。部下どもが揃ってブザマな結果になってんだ、俺が結果出さなきゃヤバい」  
「軌跡の魔術師のお叱りを受けると?」  
「ああ、中間管理職の辛ぇところだ。あの地獄の特訓の日々を、もう一度味わいたくは無ぇからな!」  
 
そう言うやヴァンヒルが、赤霧の刃を放つ。衛示は魔法防壁でそれを受け止め、踵を返して逃げ出した。  
 
(相性が悪すぎる! ここは撤退し、態勢を立て直さねば!)  
 
そう思う衛示の背後で、「逃げられると思うなよ!」という声が響く。赤霧の刃が矢継ぎ早に襲ってくる。  
追いすがる毒霧から、衛示は必死で逃げた。河を飛び越し、草原を駆け抜け、その向こうの森に辿り着くまで。  
 
 
* * * * * * * * * *  
 
 
――ヴァンヒルから辛くも逃げ切った衛示は、森の中で大きく息をついた。  
 
「なんとか逃げ切れましたが……どうしたものでしょうか」  
 
衛示の基本戦術は、不死身の肉体に裏打ちされた接近戦だ。多少のダメージを受けても、強力なランスの反撃で、敵を切って落とす。  
だがヴァンヒルにはそれが通用しない。たとえ勝てたとしても、毒を受ける事は避けられない。それはその後の闘いに響き、優勝の道も閉ざされるだろう。  
 
(異端教会の代表として、優勝を狙いたかったのですが……あんな強敵が潜んでいるとは)  
 
そう思う衛示に、不意に聞き慣れた声がかけられた。  
 
「ピンチのようであるな、エイジ君!」  
「り……リミットさん!」  
 
振り返ると森の奥、衛示の無二の相棒たる男が立っていた。『暁の魔人』リミット・ファントムは、安堵したように言う。  
 
「君を探していたのだよ。早い段階で出会えてよかった」  
「どうやって私を?」  
「ゲシュちゃんが、空から探してくれたのである。近頃いまいち影が薄かったが、たまには役に立つであるな」  
 
リミットの声に、上空から「ひどいトリ~、バードも色々がんばってるトリ!」と声が返ってくる。思わず微笑む衛示に、リミットも笑みを返して言った。  
 
「さぁエイジ君、私が来たからにはもう安心である。白の双璧を成す魔人コンビが、優勝をかっさらおうではないか!」  
「はい!」  
 
衛示とリミットが、熱い握手を交わす。  
かくして戦場の片隅で、白最強のコンビが結成されたのだった。  
 
 
 
 
 
 
 
※残り:梓/リーリオ/イデア/キノ/我歩/充実/ダハーカ/毒騎士ヴァンヒル  
        咎女/シウ/ユウ/アリシア/ミカ/フィリア/剣術屋  
        ニナ/ラプラス/空/駆馬/アルバート  
        トリーネ&秀/衛示&リミット  
 
 
 
 
 

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