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③『composition with』


 
 この世界はどんな渇望も許容する。
 闘争も平穏も慈愛も殺意も、全ての願いを歓迎する。
 ただそこに必ず、相反する誰かの願いがあるだけだ。
 
 そうして無数の願いが交錯した果てに、3つのトライブは和平に至った。
 だが魔術師世界が平穏を迎えた時、闘争を望む者の願いは消えるのだろうか。
 闘いを自らの存在意義とする者は、消えていくしかないのだろうか?
 
 ――否。
 そう声を上げる者がいた。
 全てを敵に回しても、自らの信念を貫く為に、闘おうと決めた者たちがいた。
 
 その一人が『魔術師殺し』。
 もう一人が『月影の剣士』。
 そしてもう一人は――
 『死神』になる事を望んだ、幼い少女だった。
 
 
 
 
 
 
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【東京・板橋区・街角/14時53分/視点:Scarlet Seaker】
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 ――14時53分。空たちが東京に到着し、剣術屋を救助していた頃。
 板橋区ではもう一人の、危険な存在が動いていた。
 街を行き来する救急車や、散見される魔術師の姿を遠眼に見ながら、少女が静かに呟く。
 
「……何か騒ぎが起きているようね。私には関係ないけれど」
 
 そう言ったのは白帽子こと、Scarlet・Seeker。波良闇秋水や白亜の魔女などと並ぶ、トライブ無所属の第一級危険人物だ。
 彼女は狂った研究者によって、『死神』になる為に造られた、人工的な魔術師だった。その望みを果たす為の力を求め、人と魔術師を襲い続けていたのだが――
 
(……異端教会にはいずれバレると思っていたけれど。まさか高天原祈に出くわすとはね)
 
 ぎりっ、と下唇を噛む。

 自らの存在意義の為、凶行を続けていた白帽子は、先日とうとう祈に捕捉され、交戦していたのだ。
 あの時は勝てず、おめおめと逃げ帰った。その経験が白帽子の心に、昏い火を灯していた。
 
(そもそもアイツは気に喰わなかった。

 私とは正反対で、正義がなんだとかうるさいし、そのくせお人よし過ぎだし……)
 
 そこまで考えた時、白帽子の脳裏に素敵なアイディアがよぎった。
 
「……そうよ、まずは高天原祈を殺すわ。あいつを殺してから死神になっても、遅くはないもの」
 
 白帽子は嬉しげに手を合わせた。
 祈自身も『力が欲しいなら、自分を殺せば手に入る』と言っていた。ならば殺さない道理はないではないか。
 
「望み通りにしてあげるわ、白の魔女……ウフフ、アハハハハハ……」
 
 彼女はどこか楽しげだった。それは、新しい『意義』を見つけたからだろうか。
 幼い顔に笑みを浮かべ、くるくると踊りながら、彼女は街の雑踏に消えていった。
 
 
* * * * * * * * * *
 
 それから5分後。彼女はトライブ無所属の魔術師が集まって造った、犯罪組織の事務所を訪ねていた。
 かつて黒に所属していた白帽子は、その頃に使えそうな連中を見繕い、個人的な関係を作っていたのだ。

 数は5人と少ないが、腕は確かな精鋭たち。その頭領はソファに腰かけ、対面の白帽子を見て問う。
 
「白帽子のお嬢、なんの用です。こないな状況で、わしらの所に来るなんて」
「なぁに、世間話や。なんや街が騒がしいけど、何かあったんか?」
 
 昔の仲間と話す時は、白帽子は以前使っていたエセ関西弁を使った。その方が通りもいいだろう。頭領も胡散臭い関西弁で答える。
 
「いえね、『魔術師殺し』とかいう眠り児が、魔術師を手当たり次第襲ってるらしいんですわ。迷惑な話でんな」
「ふーん、眠り児なのに魔術師にケンカ売っとるんか? 見上げたアホがおったもんやな」
 
 白帽子は一瞬呆れたが、すぐに思いなおした。祈の性格なら、その眠り児の対応に全力を尽くすだろう。それは白帽子にとって、またとないチャンスだ。
 そう思った彼女は、身を乗り出して頭領に問う。
 
「ところで、なぁお前ら? いつもの3倍積んだら、うちの殺しに手ェ貸さへん?」
「え?」
「この騒ぎに乗じて、白の魔女を殺すんや。アイツはあんたらにとっても、目の上のタンコブやろ?」
 
 その言葉を聞いた頭領と、周りの者たちの眼が見開かれた。乗ってくるはずと思ったが、しかし頭領は首を振る。
 
「……すんまへんお嬢。わしらは降りさせてもらいますわ」
「あん? なんでや、金は出し惜しみせぇへんで?」
「ゼニカネの問題と違いますがな。3トライブが和平した今、わしら在野の魔術師が白の魔女を殺ったとなれば、全トライブを敵に回す事になります。そんな勝ち目のない戦いには、わしらは乗れまへんよって」
「……!」
 
 その言葉は白帽子には意外だった。『3トライブ和平』という状況が、在野の反社会的魔術師にとって、かくも恐るべき状況だったとは。
 白帽子はふんと鼻を鳴らし、苦々しく言う。
 
「……要するにお前らはビビったわけやな。だったら用済みや、遺物になってうちの力になれや!」
 
 刹那、白帽子の手に黒霧で造られた大鎌が出現する。しかしそれが頭領たちを薙ぎ払う前に、一瞬早く彼らは『空間合成』の魔法で、その場を退避していた。
 無人となった事務所に、白帽子は一人取り残された。そこにどこからともなく声が響く。
 
『お嬢も潮時なんと違いますか……3トライブを敵に回して戦おうなんて、正気の沙汰やおまへん。末路は結局捕まるか、犬コロみたいにくたばるだけや』
「……」
『それでも行く言うなら、白の魔女は中野におるそうです。わしらが言えるのはここまでやさかい、堪忍しとくんなはれ』
 
 白帽子は何も言わなかった。彼女の頬に、空虚な笑みが浮かぶ。
 
(……チンピラぶっても結局は、命が惜しいってわけね。『魔術師とは意志の生き物』と聞いたけど、ちゃんちゃらおかしいわ)
 
 あんな奴らに断られたところで、別に構わない。自分は初めから独りだったのだ。
 
「だったら独りでも、祈に挑むわ。私のたった一つの存在意義、『死神』になるために……」
 
 たとえ無謀な闘いでも、自らの願いの為に。
 白帽子は祈の待つ中野拠点に向け、一人歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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【東京・中野区・白の拠点/15時08分/視点:白の魔術師たち】
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 その頃、野戦病院となった中野拠点には、白の精鋭たちが集合していた。
『暴食の魔女』満月美華、『魅了の魔術師』こと憩。
 そして秋水の追跡を振り切り、合流したリミットとあま子。そしてトリーネとウィズクラスの面々――
 さらに治癒魔法に優れた大勢の従者と、警察病院から増援に来た医師たちもいる。彼らは拠点の地下に待機し、治癒体制を整えている。負傷者たちはそこで、祈による治療を受けていた。
 負傷者たちは、命に別状はなさそうだ。それでもミカは忌々しげに呟く。
 
「ったく、魔術師殺しなんて……あんまり舐めた真似しないで欲しいわね」
 
 彼女にとってあま子と憩は、可愛い義妹だった。そんなあま子を怖がらせた秋水に、強い怒りを覚えていたのだ。
 その苛立ちを押さえつつ、ミカはもう一人の妹に問う。
 
「憩、秋水の情報は集まった?」
「は、はいぃお姉さま(ふるふる)。警察の方々から、こんな資料を提供して頂けました」
 
 傍らの憩は、集めてきた資料を見せる。そこには憩が調べていた、秋水の経歴に関する調査報告が書かれていた。
 
「これによるとですねぇ……まず『波良闇秋水』なんていう名前は、日本の戸籍上に一つも存在しません。トリーネさんから送られてきた人相書きなどとも、一致するデータはないようですぅ」
「やっぱりね……トライブに見つからないように、定期的に戸籍を変えてるんだわ。『波良闇秋水』ってのもあからさまに偽名っぽいし、顔もいじくってるんでしょう」
「ですが気になる情報もあります。23年前に都内の病院で、一人の乳児が、何者かにさらわれました。それが後の魔術師殺しである可能性があるんですぅ」
 
 憩はそう言って、別の資料を取り出す。そこには可愛い赤ちゃんの写真と、出生時のデータが記されていた。
 
「……名前欄が空欄ね。名前を付けられる前にさらわれてしまったって事?」
「はいぃ。ご両親は生まれたてのお子さんを失った悲しみに意気消沈。それが遠因となり、数年後に病死しました」
「でもこの赤ちゃんと秋水が、同一人物であるという根拠は?」
「新生児検診により残っていたDNAデータと、2年前空さんたちが秋水と闘った現場に残っていた血液のデータが一致しました。恐らく間違いないようです」
 
 ミカはその言葉を頭に収め、膨らんだお腹を撫でながら考える。
 わかった事もあるが、謎が深まった点もある。秋水は誰にさらわれたのか。またその後、彼はどのように過ごしたのだろうか。
 
「どうしてこんなに可愛いベビーが、『魔術師殺し』なんかになったのかしらね? 何が彼をそうさせたのか……」
「わかりませんねぇ。眠り児になった時期も不明ですし……」
 
 残念ながらそこから先は、資料だけではわからないようだ。直接会ってこそ、わかる事もあるだろう。
 ミカはそう思いながら、近くにいたリミットとトリーネに声をかける。
 
「……リミットにトリーネ、警戒の方は?」
「ゲシュちゃんとハチドリ探索部隊が、拠点の周囲を飛び交っている。辺りの人払いも済ませたし、秋水が近づいて来たらすぐにわかるはずである」
「ドローンたちも同様です。あの子らが捕らえた映像は、リアルタイムでこちらに送信されてきます」
 
 それは彼らが取り得る限り、最高の警戒態勢だった。相手が秋水だったなら。
 やがてドローンの撮影映像を見つめていたあま子が、はっと息を呑んだ。
 
「え……!? ああああ、あれは……」
「秋水が来たの!?」
「ちちち違います、白い服を来た被り物系女子が! た、確かあの人は――!」
 
 その言葉に祈がはっとして、あま子の元に駆け寄ってくる。
 映像の向こうには、祈を狙う少女が――白帽子の姿が映っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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【同・白の拠点前/15時12分/視点:Scarlet Seeker】
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 白帽子はたった独りで、ふらりと白の拠点にやってきた。
 拠点の敷地は高い塀に囲まれ、一つだけある門の向こうには、広い前庭が広がっている。その奥に教会の建物があり、魔術師たちはそこにいるようだ。
 辺りに人の姿はない。恐らく白の面々が、人払いをしたのだろう。思い切り暴れても、邪魔は入らないという事だ。
 
「ずいぶんと魔術師たちが集まってるみたいだけど……狙うのは祈だけ、他は関係ないわ」
 
 白帽子はそう言いながら、懐に収めた遺物『灯籠芝居』を起動する。すると影絵のような人造生物が、彼女の周りに多数出現した。
 
「それじゃあ始めましょうか、祈。死神になる為に、私がお前を殺してあげる!」
 
 白帽子は固有魔法『紅イ追跡者』を使用。血を代償に巨大な大鎌を造り出し、影絵たちと共に駆け出した。
 門を潜り、中庭に駆け込む。すぐに教会の中から、リミットとあま子が飛び出してきた。
 
「ファントムハンド!」
「crustrave!」
 
 地面から無数の手が出現し、白帽子に掴みかかる。そこにあま子が光線を放つ。
 だが白帽子は重力分断で跳躍し、それらの攻撃をかわす。そのまま一気に間合いを詰め、リミットめがけ大鎌を振るった。
 ギン!
 と鈍い金属音がして、白帽子の大鎌は弾かれた。リミットの所有遺物『オーギュストの輝石』は、あらゆる物理攻撃をシャットアウトし、魔法攻撃をも半減する。彼女の大鎌をもってしても、容易に攻撃を通す事は出来ない。
 
「厄介ね、少し影と遊んでて」
 
 彼女の声に従い、影絵たちが一斉にリミットに襲い掛かる。リミットは「ちぃっ!」と舌打ちし、創造したショットガンを連射する。だが影絵たちはゾンビのように群がり、リミットを押さえつけた。
 それを横目で見ながら、白帽子はあま子に黒霧を放つ。あま子は逃げようとしたが、間に合わなかった。四方八方に展開した黒霧が、あま子を包み込むように斬りつける。
 
「あっ!!」
 
 あま子は全身に傷を負い、倒れ伏す。その時、教会の窓を突き破り、丸っこい影が飛び出してきた。
 
「あま子に何をしてるの……!」
 
 飛び出して来たのはミカだった。彼女は静かな怒りを燃やし、両手に持ったサブマシンガンを乱射する。
 白帽子はそれを、物質分断の黒霧で防いだ。そこにミカの人造生物『ベビー』が駆け寄り、強烈なフックを叩き込む。
 
「フン!!」
「がはっ!!」
 
 拳が黒霧の壁を突き破り、白帽子の小さな体を捉える。彼女は10mほども吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
 だが白帽子は即座に立ち上がり、黒霧を纏いながら突進した。すれ違いざまに大鎌を振るい、ベビーの足を切断。ぐらついたベビーを蹴り飛ばし、その反動でミカに斬りかかる。
 
「くっ!!」
 
 ミカは両手のサブマシンガンで、その斬撃を受け止めた。そのまま身体強化を発動、強烈な前蹴りを放つ。
 だが白帽子は重力分断で飛び上がり、その前蹴りを回避した。そのままミカの頭上を飛び越え、くるりと縦回転して大鎌を一閃。その切っ先はミカの背中を、深々と抉っていた。
 
「―――ッ!!」
 
 ミカは声にならない呻き声を上げ、前のめりに倒れた。直後、教会の中から憩とトリーネと、ウィズクラスの面々が飛び出してくる。
 響香が二丁拳銃を、憩が弩(いしゆみ)を撃つ。更に寧々里の重力操作と、トリーネのプラズマカッターが白帽子を襲ったが、
 
「遅いわ」
 
 白帽子は二つ目の遺物『蜻蛉の眼』を起動、思考速度と動体視力を極限まで高めた。銃弾も矢もプラズマカッターも膨れ上がる重力も、白帽子の目にはスローモーションのように映る。
 そうして黒霧で攻撃を防ぎ、あるいはかわし、トリーネたちに接近する白帽子。そして大鎌を連続で振るうと、彼女ら遠距離要員は次々に倒れた。
 
「ンの野郎ッ!!」
 
 竜崎と秀が白帽子に飛びかかる。だが一瞬早く影絵が割り込み、2人の攻撃を受け止める。白帽子は彼らに目もくれず、教会内に駆け込んだ。
 教会の中は薄暗かった。ステンドグラスの光が、おぼろに周囲を照らしている。そしてその奥、建物の地下に続く扉から、祈が駆け出してくるのが見えた。
 
「白帽子さん……!」
 
 そう呟く彼女を見て、白帽子は笑みを浮かべた。
 
「……ああ、やっと見つけた」
 
 あらゆる障害を排し、彼女の元へたどり着いた。その歓喜が白帽子の心に満ちる。
 だが戦いはここからだ。白帽子は持っていた二つの遺物を砕き、己の身に合成する。
 この女だけは、最も死神に近い姿で殺したい。私の意味の為に。
 そう思いながら彼女は、詠唱の言葉を口にする。
 
「――来たれ死を纏いし者。逃れえぬ死の抱擁を。
  この身は意味を持たぬ故に、どうかお願い、私を死で満たして」
 
 そう告げた途端、白帽子の周囲に黒霧で出来た髑髏が出現。彼女の胸を食い破り、その身と一つになった。
 瞬間、白帽子の身に強大な魔力が溢れ、服が黒く染まっていく。己の制御限界を取り払い、暴走状態に入る。
 
「あ、ア、ァアアァアアアアァ……!」
 
 獣のような呻き声を上げ、白帽子は祈を見据えた。その眼には殺意の光しかない。もはや言葉は届かないだろう。
 祈は覚悟の表情で、メイスを創造する。それを構えた時、白帽子が襲い掛かってきた。
 
「ガアアアアッ!!」
 
 一瞬で間合いを詰め、大鎌を振るう白帽子。祈はその刃を、とっさにメイスで防ぐ。
 だが攻撃はそれでは終わらない。眼で追えない程の速度で、白帽子が連続斬撃を放つ。
 祈は身体強化魔法を全開で使い、必死でそれを防御した。だが防御を掻い潜った刃が、祈の身に次々と傷を刻む。
 
「う、くっ……!!」
 
 祈は防戦一方で、反撃の余地などなかった。やがて影絵から解放されたリミットが、建物に駆け込んできて散弾銃を撃つ。
 その弾丸は確かに白帽子を捉えた。だが彼女は微動だにせず、祈を攻撃し続けている。リミットがさらに銃撃しようとした時、白帽子が全身から黒霧を放った。
 
「なっ!?」「あっ!!」
 
 黒霧は無数の小さな鎌となり、リミットと祈を斬り刻んだ。思わず後ずさる祈に、白帽子が猛然と駆け寄る。その大鎌は祈のメイスを切断し、彼女の腹部を深々と抉った。
 
「あ……」
 
 祈は腹から血を流しながら、ゆっくりと崩れ落ちた。理性なき白帽子の頬に、歪んだ笑みが浮かぶ。そして祈に止めを刺そうと、大鎌を振り上げた時――
 突如、倒れている祈の体が、白い輝きを放った。
 
「………!?」
 
 祈の周囲に、魔法による防壁が展開する。白帽子は構わず鎌を振り下ろしたが、防壁に弾かれて届かない。何度も振り下ろしたが、一切刃は通らなかった。
 やがて祈がゆっくりと立ち上がり、白帽子を見据える。先ほど斬りつけられた腹の傷が、たちまち塞がっていく。
 
「……ナンダ、オマエ……?」
 
 異変を感じた白帽子が、唸るように言った。その問いに祈もまた、唸るように答える。
 
「殺サせなイ、殺さなイ……もう誰モ、死なせはしナイ……!」
 
 その口調も表情も、いつもの祈とは明らかに違っていた。倒れていたリミットが顔を上げ、かすれた声で言う。
 
「祈ちゃん、先代魔女の遺物を――『魔力暴走』を使ったであるか!」
 
 それは祈が、長らく封印していた切り札。彼女の背に縫い付けられた、先代白の魔女の遺物がもたらす力。
 その遺物を起動した者は、莫大な魔力と引き換えに、現在最優先の目的以外の全てを忘れてしまう。かつて祈は抗争中にその能力を使い、ある魔術師を殺しかけた。
 故に彼女は、その能力を封印した。いつか自分の『最優先の目的』が、『全ての魔術師を護る事』になったと確信できる時まで、決して使うまいと決めていたのだ。
 そして抗争が終わった今。彼女の願いは遂に果たされた。
 祈は自我を失った表情で、それでも白帽子に向けて言う。
 
「抗争は終ワッタ、死ハもう要らなイ……! だから私ハ、全テノ魔術師を護ル……!」
 
 祈の身から白い光が溢れ、その場にいる全ての魔術師を癒していく。リミットも白帽子も、建物の外にいる大勢の魔術師たちも。
 
「ウルサイ……! 死ネ、白ノ魔女!」
 
 白帽子は苦い声を上げ、再び大鎌を振り上げる。だがその時、彼女の背後から駆け寄る足音がした。
 
「はあああああああっ!!」
「っ!?」
 
 振り返るとミカが、怒りの形相で走ってくるのが見えた。駆け寄る勢いのまま、彼女は全力のアッパーを繰り出す。
 
「ギッ!!」
 
 その拳は白帽子の顔面を捉え、吹き飛ばした。彼女は宙を舞い、教会のステンドグラスを突き破って、その向こうに消える。
 
「祈ちゃん、大丈夫!?」
 
 ミカはそのまま祈に駆け寄り、声をかける。
 祈はその声にかすかな笑みを返し、そして気を失った。
 
 
 
 
 
 
 
 
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【同・白の拠点・裏庭/15時17分/視点:Scarlet Seeker】
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 ミカに殴り飛ばされた白帽子は、教会の裏庭で呻き声を上げた。
 
「う……こ、ここまで来て……!」
 
 立ち上がろうとしたが、力が入らなかった。殴られた衝撃で固有魔法が解け、暴走状態も収まっていた。
 もう一度固有魔法を使い、祈に挑むか? だが持っていた遺物は失われたし、魔力も尽きかけている。回復した他の魔術師たちも、すぐに追撃してくるだろう。
 それでもなお挑もうとした時、どこかで声が聞こえた。
 
「おいおいマジかよ……カチコミかけようと思ってたら、先客がいたとはな」
「!?」
 
 はっとして振り返ると、敷地を取り囲む塀の上に、見知らぬ男が立っていた。
 その男――波良闇秋水は、白帽子を見下ろして言う。
 
「お前、独りでここに乗り込んだのか? 山ほど魔術師がいるみてぇだけど」
「……狙いは白の魔女だけや。周りにゴチャゴチャ邪魔する奴がいただけでな」
「ははっ、マジなのかよ? 俺と同じような事を考える奴が、他にもいるとはな」
 
 秋水は塀から飛び降り、白帽子の傍に着地する。そして彼女の腕を掴み、抱きかかえた。
 
「な、何しとんねん!? っていうか誰やお前!?」
「誰でもいいだろ。それより気に入ったぜ小娘、ここで死なせるには惜しい」
 
 秋水がそう言った時、建物の中からリミットたちの声が聞こえてきた。やはり白帽子を追撃しようとしているらしい。
 だが彼らが現れるより一瞬早く、秋水は『マンバレット』を起動。白帽子を抱えたまま塀を飛び越え、その向こうに降り立った。
 そこには彼が、どこかから盗んできた自転車があった。その荷台に白帽子を乗せ、彼は走り出す。
 
「ちょお待て、どこ行くんや!?」
「決まってんだろ、とりあえず逃げる。ここにいたら俺はともかく、お前がやられちまうかも知れねぇからな」
「あぁん?」
 
 きょとんとする白帽子に、秋水がにやりと笑う。
 
「察しが悪ぃな、協力してやるって言ってんだよ。お前は白の魔女を殺してぇんだろ? 俺が力になってやんぜ」
「いきなり現れてなに言ってんや、誰がお前なんかと――」
「白の魔女に限った話じゃねぇが、俺も魔術師を殺りたくてな。お互い利害は一致してる、違うか?」
 
 白帽子の返事も聞かず、秋水は自転車を急がせる。
 彼らはリミットたちの追跡を振り切り、街の雑踏に消えていった。
 

 
 
 
 
 
 
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【東京・中野区・白の拠点前/15時21分/視点:黒の魔術師たち】
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 ――黒の魔術師たちが中野の拠点に到着したのは、秋水と白帽子がその場を去ってからだった。
 前庭が荒れ果て、教会の礼拝堂も損傷が激しい。それを見たユウが目を丸くする。
 
「これは、秋水がやったんでしょうか? こんなに破壊力ある武器を持ってるなんて、聞いていませんけど」
「ああ、それに魔法の威力もここまでではないはずだ。私たちの知らない何かを隠し持っていたのか……?」
 
 ニナが辺りを見回すと、敷地内でトールがトリーネと話しているのが見えた。アリシアがそこに駆け寄って問う。
 
「2人とも、ここで何があったノ? やっぱり秋水の襲撃?」
「いえ、俺は今しがたイデアさんをここに連れてきたんですが。俺たちが来る直前に……」
「白帽子さんが襲撃してきたんです。こちらには多数の戦力がいたのに、全滅寸前まで追い詰められました」
 
 その言葉にニナの表情が強張る。トリーネに駆け寄り、鋭く尋ねた。
 
「白帽子だと!? それは確かか!?」
「え、ええ。祈さんを狙っている様子でした」
「そうか……急に姿を消したと思ったら、そんな事をしていたとはな……」
 
 ニナはそう思い、目を伏せる。その表情から内心は伺えない。
 やがて彼女は顔を上げ、冷徹な声で続けた。
 
「判った、そちらも我々が対処しよう。黒を抜けるだけなら自由だが、魔術師殺し同様暴れ回っているなら話は別だ」
「え? 白帽子さんは貴方にとって、黒の同胞では?」
「だからこそだ。この件は黒が責任を持って、鎮圧する」
 
 ニナはそう言って踵を返し、さっさと歩き出した。キノとララが両側から耳打ちする。
 
「なーニナ、お前はそれでいいのか? 黒を抜けたら、もう家族じゃないのか?」
「き、厳し過ぎない……? それに、あの子はまだ子供――」
「黙れ」
 
 彼女の声には、それ以上の質問は受け付けないという厳しさがあった。だがそれが逆に、ニナの苦しい心情を物語っていた。
 黒を抜けたとしても、一度は共に闘った戦友を討つ事を、彼女が望むはずがない。ましてあんな小さな子供を。
 それでもニナは、白帽子を止めるだろう。あの娘を繋ぎ止められなかった者の責任として。
 そんな彼女の心情を、ユウとアリシアは理解していた。だからこそ何も言わず、ニナを追って歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
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【東京・中野区・中野駅付近/15時25分/視点:Scarlet Seeker】
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「ところでよぉ、小娘! お前名前なんてんだ!?」
 
 自転車を全力でこぎながら、秋水は声を上げる。彼の背後の荷台で、白帽子はぶぜんと答えた。
 
「……誰が小娘や、うちは白帽子や」
「俺は波良闇秋水だ! まぁ一つヨロシクな!」
 
 ヨロシクも何もないと、白帽子は舌打ちする。
 話を聞いててわかったが、どうやら彼が件の『魔術師殺し』なのだろう。3トライブに闘いを挑んでいる点は、確かに白帽子と同じだ。
 だがずっと一人で行動してきた彼女は、たとえ目的が一致してても、こんな男との同行など望むところではなかった。なのに彼は、恩着せがましく言う。
 
「しっかしお前、俺が来なかったらたぶん死ぬか捕まるかしてたよな。ちったぁお礼の言葉とかねーの?」
「うっさい、お前が来なくても一人で逃げられたわ」
「ふーん、まぁいいけどね」
 
 秋水がにやついた声で言う。白帽子は何か言い返そうとしたが、彼は不意に低い声で続けた。
 
「それより、今後の事を考えっか。確認するけど、お前は白の魔女を殺したいんだよな?」
「ん、まぁな……とりあえず今は、それが何より最優先や」
「だったら白の魔女ともう一度ぶつかるまでに、出来るだけ遺物を手に入れとけ。じゃなきゃ勝てねぇ」
 
 その言葉に白帽子はカチンと来た。判っていても、他人から言われれば腹が立つ。
 
「ええアイディアやな。だったらさっそくお前殺して、遺物手に入れたろか?」
「あぁそりゃ無理だ。俺は眠り児だから遺物は出ねぇし、そもそもお前じゃ俺に勝てねぇ」
「なんやと!? 眠り児風情がなにナマイキ抜かしとんじゃ!」
「だってオメー、さっきの闘いでヘロヘロだろ? 休んでりゃそのうち回復するだろうけど、今は無理だって」
 
 秋水の声には、絶対の自信が満ちていた。動物じみた本能で、彼我の力の差を正確に見抜いているのだろう。
 そして虚勢を張ってはいたが、白帽子は確かに疲弊していた。忌々しいが今は、秋水と共に逃げながら、体力と魔力の回復を待つしかない。
 
「……しゃあないな。白の魔女と再戦する前に、余計な傷を負いたないし」
「うっし、交渉成立だな? んじゃここから先の戦い方、打ち合わせしとくか」
「どうするんや?」
「えーっと、どうすっかな……」
 
 秋水はそう問われ、考え込んだ。
 あまり頭は良くないらしく、ずいぶん長考していたが、やがて思いついたように言う。
 
「そうだな……まずこっちのアドバンテージは、『俺とお前が組んでる事を魔術師たちは知らねぇ』って事だよな。

 だったらガス欠気味のお前でも、伏兵とかにはなれんじゃね?」
「おう、多分な」
「だったらお前、俺と魔術師が戦いに入ったら、横から遺物かっさらっちまえ。

 敵が遺物使ったら、片っ端から分捕るんだ」
「まぁええで、そのくらいなら今の魔力でもなんとか……」
 
 白帽子はそう言って、自分に黒霧を纏わせる。光を分断する事で、彼女は影の塊と化した。
 
「よっしゃ上出来だ。そんじゃこっから先は地下を移動すんぞ」
「地下ぁ? お前モグラか、どうやって土にもぐるんや」
「バカ、フツーに地下鉄だよ。魔術師たちの眼は地上に向いてる、地下は盲点のはずだ」
「お、おう。わかっとったわ」
 
 白帽子がそう言った時、行く手にJR中野駅が見えてきた。
 秋水は自転車をそこで乗り捨て、白帽子と共に駅内に駆け込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
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【東京各所/15時30分/視点:トリーネ・共未・咎女】
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 そうして秋水と白帽子が組んだ事は、魔術師たちには知られていないはずだった。
 だが一人だけ気づいている者がいた。中野拠点にいたトリーネだ。
 彼女は光学迷彩をかけたドローンを飛ばし、二人が一緒に逃げている姿を撮影していたのだ。
 
「マズいですね……! まさか秋水さんと、白帽子さんが組むなんて」
『ドローンで追う?』
「地下鉄構内までドローンで追えば、いくら光学迷彩を使っていても敵にばれます。他の方法で追跡しましょう」
 
 トリーネはそう言い、各魔術師に情報を送った。
 
 
* * * * * * * * * *
 
 新宿合同拠点にいた共未は、トリーネからの情報を受け取った。
 
「了解、奴らが入ったのは中野駅ね。遠隔視で奴らを追跡するわ」
 
 共未は無線を斬り、魔力を集中した。

 赤の高等汎用魔法『遠隔視』によって、遠く離れた中野駅構内の情景を見ようとする。
 するとうすくぼやけた映像ながら、電車に乗ろうとする秋水たちの姿が見えた。
 
「……見えた! 奴らは中央総武線・西船橋行に乗ったわ! あゆみ、進行方向先に警官を配置して!」
「わかりました!」
 
 あゆみは共未の言葉に頷き、警察に連絡する。
 
「例の『銃を持った20代前半の男』について、新たな情報が入りました。男は現在、中央総武線・西船橋行に乗っています。可能なら電車を止め、緊急逮捕を――」
 
 そう言いかけてあゆみは言葉を止めた。
 普通の警官では、秋水&白帽子のコンビには太刀打ちできないだろう。

 いたずらに危険にさらすだけだと思い、情報を訂正する。
 
「――失礼、男は10歳前後の少女を連れて逃亡している恐れあり。

 人質の安否を考え、警官の配備のみに留めて下さい」
 
 警察も既に異端教会から話が回っているのか、その言葉を受け入れた。

 あゆみは礼を言って電話を切り、気合いを入れ直す。
 やはりあの二人に対抗できるのは、魔術師だけだ。3トライブが総力を挙げて、対処するしかないだろう。
 
 
* * * * * * * * * *
 
 また新宿合同拠点近くのビルの屋上では、咎女がラプラスから依頼された『扉』の構築を進めていた。
 その間にも各地から、戦況の情報が送られてくる。彼女はそれを聞きながら呟く。
 
「秋水に協力者が出来たとしたら、状況はより危険度を増しますね……

 えぇ、やはり魔術師たちをここに集め、全員で迎撃する必要が出てきそうです」
 
 今はまだ魔術師たちは、東京の各地に散っている。だが魔術師全員がこの新宿拠点に集まれば、必然的に敵もここに来ざるを得なくなる。
 いずれにせよ、いずれここが決戦の場となるであろう。そう思いつつ咎女は空を見上げ、隣世に留まった恋人の事を思う。
 
「……それにしてもこんな時に、『彼』は何をしているのでしょうか。
 調停者は、まだ続けていますよね?
 今こそ働き時だと思うのですが、帰ってきたりはしないのでしょうか……」
 
 そう呟き、咎女はふっと笑う。
 そんな都合のいい奇跡が起こる保証は、残念ながらどこにもない。
 ただそれでも咎女は祈った。この危機に彼が戻ってきてくれる事を。
 
 
 
 
 
 
 
 
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【隣世・最深部/現世時間15時35分/視点:シウ・ベルアート】
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 ――その頃、咎女の言う『彼』は――
 灰色の魔人ことシウ・ベルアートは、隣世の最深部で、眉根を寄せていた。
 
「……おかしい。現世から流れてくる悪意が、いつもより多い……!?」
 
 シウは隣神との決戦の後、猫型使い魔『クロエ』と共に隣世に残り、そこに澱む悪意を打ち消し続けていたのだ。
 だが妙な事に気づいた。隣世の最深部には、現世から悪意や殺意といった負のエネルギーが流れ込んでくる。今日はその悪意の量が一際多いのだ。
 一般人同士が争っているのではなく、そこに魔法の気配を感じる。クロエもそれに気づいたらしく、シウに問いかけてきた。
 
「確かに妙ニャン。魔術師たちがまた抗争でもしてるのかニャン?」
「いや、3トライブ和平の構造は強固だったはずだ。半年やそこらで崩れるとは思えない」
 
 だとしたら、未知の敵が3トライブと戦っている可能性が高い。少なくとも現世で何かが起きてるのは確かだ。
 
「調停者として、事件の解決に行くかニャン?」
「いや、僕にはここでの役目がある……軽々しく動くことは出来ないし、一度現世に戻ったらまた深層に来られるかもわからない」
「だったら魔術師たちを放っておくのかニャン? ダーリンらしくないニャン!」
「わかってる、調停者としても見過ごせない……だから、代理を送り込むよ」
 
 シウはそう言って、固有魔法『血威』を発動した。血液を媒介に、白黒赤3色の魔術を全て使用可能にする能力を。
 
(降魔は隣世の悪意が、集積する事で生まれる生物だ。
 逆に考えれば、隣世の善意を集積させる事で、善なる降魔を創る事も出来るはず……!)
 
 シウはそう思いつつ、まず白の魔法『人造生物創造』を発動する。
 隣世の最深部には、真理の魔人はき、赤き蜩ナルヴィ、そして境界の魔女リンが開いた光の窓がある。そこからは現世に住む人々の持つ『善意』が流れ込んできているのだ。
 それを練り上げ、人の形にする。やがてシウそっくりの生物が――『人造降魔シウ』が、その場に顕現した。
 
「……成功だ。後は僕自身の記憶と魔力を、全てこの降魔に合成すれば……!」
 
 シウは黒霧を放ち、己の全てを降魔に合成する。

 それによりシウ自身の魔力は尽きたが、人造降魔シウは、本体と全く遜色のない複製体となった。
 本体は力を使い果たし、がくりと気を失う。代わりに複製体が動き出し、本体と同じ口調で話し始めた。
 
「……うん、状況はわかった。だったら僕が本体の代わりに、現世に向かおう」
「ダーリン本体はどうなるニャン?」
「しばらく休めば目覚めるだろう。クロエは本体についててあげてくれ」
 
 複製体は本体の持つ全遺物を手に取り、懐に収める。

 隣世の悪意を打ち消すのに必要な遺物、『hexahedron』だけを残して。
 
「それじゃ、行ってくるよクロエ。本体によろしく」
「気を付けて、ダーリンニャン」
 
 降魔シウはその言葉に頷き、現世に向けて駆け出した。
 
 
 
 
 
 
 
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【東京・市ヶ谷駅構内/15時45分/視点:波良闇秋水】
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 一方秋水たちは、地下鉄を使い、中野から市ヶ谷に移動していた。
 どちらの駅にもあゆみが差し向けた警官が張っていたが、秋水はそれらに遭遇するたび、片端から気絶させていった。今も改札前にいた警官を、『マンバレット』からの高速飛び蹴りでKOした所だ。
 
「おとなしく寝ててくれや。俺ぁ『魔術師殺し』だ、人は殺さねぇからよ」
 
 ふっ飛ばされた警官を見て、周囲の人々がざわめき声を上げる。秋水は構わず、白帽子を連れて改札を飛び越え、電車に乗り込んだ。
 
「……オマエ、滅茶苦茶やな」
 
 黒霧で姿を消した白帽子が、秋水の背後で囁く。秋水は前を見たまま答えた。
 
「どうせ短期決戦で行くしかねんだ。だったら急いだほうがいいさ」
 
 むろん連絡が途絶えた警官がいれば、警視庁もすぐ気づくだろう。しかし秋水と白帽子が組んだ今、その気になれば秋水も黒霧で姿を隠せる。
 魔術的な探査を無効化し、光学的な探知も光の分断によって防げる。追い詰められる危険性は限りなく低い。
 秋水は魔術師探査用遺物『アクティブソナー』を起動しつつ、続ける。
 
「まぁ気にせず休んどけ。次に向かうところじゃ、俺がメインで戦うからよ」
「どこ行くんや?」
「ボーナスステージだよ。強ぇ魔術師が3人ほどいるが、あとはザコだ。大量の遺物が手に入るぜ」
 
 そう話す二人が乗っているのは、東京メトロ有楽町線。
 ラプラス達のいる、江東区の赤の拠点に続く線路だった。
 
 
 
 
 
 
 
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【東京・千代田区・赤の拠点/15時50分/視点:我歩・おりべー・リーリオ】
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 ――だが移動中の秋水たちの居場所を、正確に捉えた魔術師がいた。
 千代田区の赤の拠点に待機していた、我歩こと土崎修・おりべーこと織部瑞月・リーリオこと橘優佑の3人組。
 その中のおりべーが、瞑っていた目を開いて呟く。
 
「……掴んだよー。奴は市ヶ谷駅から移動、江東区方面に向かってる。速度とルートから見るに地下鉄だな~」
「確かか、瑞月?」
「間違いないよ~。3色が混ざったようなヘンテコな魔粒子が、その辺りから不自然に放射されてるし。たぶんこれが、秋水が『アクティブソナー』を使った時の痕跡だよー」
「やったね、お姉ちゃん!」
 
 リーリオの言葉に、おりべーがにこっと笑う。我歩も笑って、彼女の肩を叩いた。
 彼らは秋水の話を最初に聞いた時から、独自の捜索法を試行していた。魔術探査用遺物『アクティブソナー』は、その名の通り何らかの波を発し、その反射を感知して魔術師の位置を見つけているのではないかと。
 我歩は音波に的を絞り、おりべーはそれ以外の様々な波形を解析して、その推論の答えを探し続けた。それが遂に実を結び、秋水の位置を正確に捉えたのだ。
 
「これからは秋水がアクティブソナーを使うたび、奴の現在地は丸見えになる。追跡も迎撃もぐっと楽になるぞ」
「よーし、じゃあおれたちも追撃に向かおー」
 
 おりべーの言葉にリーリオも頷く。だがその顔には、やや苦い表情が浮かんでいた。
 
「それにしても、魔術師殺しか……人が平和に暮らしてるのに、余計な波風立てるのは止めて欲しいよね」
「全くだ。こんなところで誰かが死ぬなんて嫌だからな、全力で守らせてもらう」
 
 瑞月とは絶対に離れないと決めているが、他人だって出来る限り守りたい。そう思う我歩に、おりべーも同意する。
 
「知ってる人が殺されちゃったら嫌だなぁ……そんなのレビくんだけで充分だよ。
 とりあえず修とリーリオくんだけは絶対に、他の人も何とか殺されないようにがんばろー。えいえいおー」
「ああ。絶対にみんな無事で終わらせる」
 
 赤の3人は頷き、拠点を出ていく。そして秋水の位置情報を各魔術師に送りながら、追跡を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
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【東京・新木場駅構内・地下道/15時54分/視点:朝倉ユウキ】
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 ――地下鉄新木場駅。そこに着いた秋水は、薄暗い地下道を歩いていた。
 その傍らには白帽子の姿はない。黒霧で姿を消し、隠れながら着いて来ているのだろう。
 辺りには不自然なほど人気がなかった。警官はおろか、通行人の姿も見えない。
 
「……なんか妙だな。こりゃ罠か?」
 
 秋水がそう呟いた時、通路の奥から、朝倉ユウキが姿を現した。忠犬ロッソを連れた彼は、秋水を見据えて言う。
 
「…魔術師殺し、お前を待ってた」
「ははっ、お前も魔術師かよ少年。どうやって俺の居場所を掴んだ?」
「仲間が教えてくれた情報と……ロッソの鼻が嗅ぎ取った、血の臭い」
 
 ユウキはそう答えてから、ロッソを転移で逃がした。ただ逃がすだけではなく、こちらに向かっているはずの我歩たちを呼ぶ為でもある。
 
「いやわざわざ逃がさなくても、犬は殺さねぇって。これでも俺は動物好きなんだからよ」
「そうか…おれには、お前の考えがわからない。人と犬は殺さなくても、なぜ魔術師は殺す…?」
 
 その問いに秋水は、ふぅとため息をついた。ユウキの目を見て問いを返す。
 
「なぁ少年、お前RPGとかやる時に、『なんでモンスター倒さなきゃなんねーんだろ』とかイチイチ考えるか?
 俺は人間で敵はモンスター、だから戦わなきゃならねぇ、それで説明終了じゃねーの?」
「魔術師はモンスターじゃない、人間だ…! 血の通った人間だ!」
「ははっ、じゃあ俺がモンスターなのかもな? まぁどっちでもいいけどよ」
「確かにどっちでも、いいかもしれない…けど、まだ知りたい事はある」
 
 ユウキがそう告げた瞬間、秋水の前後左右から冷たい風が吹き付けた。異変に気付いた秋水が、ぶるりと身を震わせる。
 
「おい少年、お前なにした?」
「任意の4か所から、同時に魔法を放つ遺物『瑞雲の黄龍』……それで冷気を吹きかけている」
「ちっ!」
 
 秋水はとっさに熱量操作で気温を上げようとしたが、とても対抗できる程度の冷気ではなかった。たちまち気温が30度を下回り、秋水の魔力が激減する。
 地下道に狙いを絞っていた甲斐があったようだ。それを見て取ったユウキは、背負っていた薙刀を構える。
 その刀身には光学迷彩が駆けられ、間合いを読むのは不可能となっていた。秋水はイデアから奪った拳銃を、腰のベルトから抜く。
 
「……やってくれるよ少年、テンションだだ下がりだわ。褒美におにーさんと殺し合おうか」
「いや、おれは殺さない……ただ、本当のことが知りたい」
「そうかよ、命と引き換えに知るほどのこっちゃねぇと思うがな!」
 
 秋水はユウキに向け、拳銃を連射する。ユウキは『ショートカット』に登録しておいた転移魔法でそれを避け、秋水の傍に瞬間移動した。
 出現するなり、薙刀を振るうユウキ。秋水はそれをバックステップで回避、着地と同時に銃を撃つ。
 銃弾はユウキの額を捉えたかのように見えた。だがそれはユウキが、光学迷彩の応用で造り出した幻影。本物のユウキは既に背後に回り込んでいる。
 そしてがら空きの秋水の背に、斬りつけようとしたが――
 
「甘ぇ!」
 
 秋水は背中から黒霧を放ち、ユウキの薙刀を受け止める。そして振り向きざまに回し蹴りを繰り出した。
 
「ぎっ!」
 
 ユウキの顔面を蹴りが捕らえ、鼻血が噴き出す。だがそれでもユウキは踏み止まり、秋水の手首を掴んだ。
 
「い、言ったはずだ、本当の事が知りたいって……お前の記憶、読み取らせてもらう!」
 
 直後、ユウキは固有魔法『褪せない記憶』を発動。すると触れた手から、彼の記憶が流れ込んできた。
『魔術師殺し』と呼ばれる、この男の生涯が――
 
 
 
************************************
 
 ――波良闇秋水は、ある人間の意志により、人為的に造られた『眠り児』だった。
 
 秋水が生まれた当時は、まだ3つのトライブが、抗争に明け暮れていた時代だった。
 魔術師たちを野放しにしていれば、抗争に巻き込まれる一般人は増え、人間社会も脅かされる。
 そう危惧した一人の研究者が、魔術師の削減を目論んだ。
 だが彼自身は、魔術師になる為の肉体的適性を持たない。魔術師を討つなら、手駒となる者が必要だ。
 そこでその研究者は、病院からさらってきた見知らぬ赤子に、魔粒子を浴びせて眠り児にしたのだ。
 
 それから秋水は成長するまで、親代わりである研究者から、魔術師と戦う為の訓練を受け続けた。
 同時に魔術師の存在を否定する教育を受け、それ故に自身が覚醒する事もなかった。
 過酷な日々だったが、彼は生来の楽天家で、決して明るさを失う事はなかった。
 だがその生い立ちが、彼の人生と精神を、どこまでも歪ませたのだ。
 
 研究者は繰り返し秋水に告げた。
「お前は人間だ、魔術師とは違う生き物なのだ。殺す事をためらう必要はない」
 成長した秋水は、その命令に従い、魔術師を密かに殺し続けた。
 
 自らの存在は極力隠し、手に入れた遺物で魔力の低さをカバーして。
 戦うのは常に、自分の力が最も発揮される夏のみに限定して。
 苦しい戦いでも、彼はその日々に満足していた。
 何故ならそれが彼の使命であり、生きる意味だったから。
 
 ――やがて時は過ぎ、2年前。秋水は空たちに敗れて重傷を負い、しばらく戦えなくなった。
 そうしているうちに3トライブは和平を迎え、隣神との最終決戦も終わった。
 その時点では秋水は気づかなかった。その事により自分の存在意義が、失われてしまった事に。
 
 隣神との決戦から半年が過ぎたある日。研究者は唐突に、秋水に告げた。
「お前の役目は終わった。もう魔術師を殺す必要はない」
「……は!?」
「3トライブの抗争は終わったのだ。これからは人間と魔術師も、共存の方向へ進むだろう。
 ならば魔術師を削減する必要もない。今までご苦労だったな」
 
 だがそう言われても秋水は納得できなかった。呑み込めるわけがなかった。
「ちょっと待て、だったら俺はどうすりゃいいんだ……?
 今まで血のにじむ様な思いで、魔術師と戦う訓練を積んできたんだぞ!?
 その日々はどうなる! 俺の人生はなんだったんだ!?」
 
 研究者は面倒そうに「これからは好きに生きろ」と言った。それが彼の感情の堰を切った。
 一瞬後、秋水は研究者を叩きのめしていた。研究者は痛みに呻きながら言う。
 
「わ、私をどうするのだ……殺すつもりか……?」
「バカ言え。俺は人間だ、同じ人間を殺しはしねぇよ。あんたが教えてくれた事だろう?」
「で、では何のために……!? お前、何をするつもりなんだ!?」
「決まってるさ、俺はあくまでも自分の役目を果たす。
 俺は23年の生涯を、魔術師を殺す為だけに生きてきたんだ。その人生を嘘にしねぇ為にな」
 
 秋水はそう言って笑い、研究者を置いてその場を去った。
 そうして獣は、野に解き放たれたのだ。
 
 絶望的な闘いである事は、秋水自身も始める前から判っていた。
 だが彼は構わない。これは彼が生まれて初めて、自分の意思で選んだ道だから。
 己の全てを懸けて、魔術師たちに挑む事。自らの願いの為に、命を燃焼させる事。
 自分はこの日の為に生きてきたんだと、彼は確信していた――
 
************************************
 
 
 
 ――その記憶を見終えたユウキは、揺れる眼で秋水を見た。
 記憶を読む為に使った手が震えている。純粋にして禍々しい思想が、彼の記憶の中には満ちていた。
 
「わ、わからない……お前の記憶を見ても、わからない!」
「何が?」
「確かにお前を育てた研究者は、酷い奴だったんだろう……!
 でもそいつに復讐するんじゃなくて、なぜ魔術師を殺す!?
 それがお前の役目って、そんな役目に何の意味がある!?」
「ほぉ……お前ら魔術師が、そういう事を言うのか? 魔術師は意志の生き物なんだろ?」
 
 秋水の頬に、皮肉な笑みが浮かんだ。彼はユウキを見据えて続ける。
 
「だがな、それは魔術師だけじゃねぇ。俺ら人間だって同じなのさ。
 たとえ最初は命じられて戦ってただけでも、今日お前らと戦う事を選んだのは、紛れもなく俺自身の意志だ。
 何も無かった俺にも、ようやく『願い』が見つかったんだよ。
 それを無視して生きていくなら、死んでるのと同じだろ?」
「でも戦い続けていれば、いつかは負ける! その時、お前はきっと殺されるぞ!?」
「だとしても駆け抜けてぇんだよ。俺はこの日の為に生きてきたんだから。
 お前らに挑んで改めて思ったが、やっぱ魔術師と殺し合うのは楽しいぜ。これが俺の生きる意味だ。
 善悪も利害も関係ねぇ、勝ち目が無くても挑みてぇ。これが俺の、命より大事な願いなのさ」
 
 そう言った秋水の表情には、陰りはなかった。心の底から魔術師たちとの死闘を、楽しんでいるのがわかった。
 その笑顔を見て、ユウキは気づいた――彼は3トライブ抗争時代が残した、最後の『遺物』なのだと。
 彼自身は自分の人生を、悲劇とは思っていないのだろう。それさえも自覚する事が出来ない、獣の時代が生み出した怪物。
 だがそれはユウキにとって、決して受け入れられない存在だった。
 
「…お前を知れてよかった。なにも判らずに戦うのは嫌だったから。
 だけどおれはもう、誰も失わないと決めた…! 倒させてもらうぞ秋水!」
 
 ユウキは火球を放ち、同時に薙刀を振るう。だが秋水は『禁魔符』を起動、火球を消すと同時に薙刀を跳び避け、拳銃をユウキの腹めがけて連射した。
 
「ぐ、うっ!!」
 
 ユウキは短距離転移で回避しようとしたが、脇腹を撃たれて膝をつく。その時通路の奥から足音が響き、3人の魔術師が駆け寄ってきた。
 
「ユウキ!」
 
 我歩とおりべーとリーリオだった。リーリオはユウキを見るなり、状況を把握。秋水を睨んで言う。
 
「僕の目の前で、誰も死なせはしない……勝負だ、魔術師殺し!」
 
 彼は固有魔法『ニンジャアクション』を起動。地下道の壁・床・天井を跳ねまわりながら、秋水にMP7短機関銃を撃った。
 秋水は慌てて『マンバレット』を起動、飛び下がって銃撃を回避する。その隙におりべーと我歩がユウキに駆け寄り、負傷した彼を庇うように立った。
 
「ったくお前ら、いつもイイところで助けに来やがって……たまには素直に殺させてやろうって、そういう優しさはねぇのかよ?」
「ふざけるな。既にユナイトさんの部下を、二人亡くしてしまったようだが――これ以上は誰も失わない」
「そうかよ、だったらまとめて死んでくれや!」
 
 秋水は隠し持っていた猛毒『リシン』の瓶を開け、黒霧で分断・気体化した。死のガスが、解毒魔法の使えない赤の魔術師たちを襲う。
 しかしリーリオは熱量操作で炎を生み出し、リシンを加熱して無毒化する。秋水がそれを見て愕然とした。
 
「ちょっ、そんなあっさりと!? 切り札だったのに!」
「僕たちはこの程度じゃ比べものにならない修羅場を、今まで何本も潜ってるんだ。簡単にやられる気は無いよ!」
 
 更にリーリオは『気体操作』で、一酸化炭素を生成して秋水に吹きかける。気体による攻撃には、さすがの『Mrアンタッチャブル』の自動回避能力も発動しなかった。
 
「ぐっ! げほっ、がはっ!!」
 
 秋水はもろに一酸化炭素を吸い込み、咳こんだ。続けておりべーが、小脇に抱えていたパン田一号・二号をけしかける。
 
「今だパン田たちー。魔術師殺しをやっつけろー」
「了解ナノダー。目からビーム、ナノダー!」
 
 パンダたちが秋水に駆け寄り、目からビームもといフラッシュ機能で目くらましする。視界を奪われた秋水に向け、今度は我歩が駆け出した。
 
「ちぃっ!!」
 
 魔力低下中の秋水は、オートマチック拳銃を我歩に向けて撃った。それは我歩の胸を捉えたが、彼は立ち止まる事無く走る。
 
「待てオイ、なんで効かねぇの!?」
「防弾チョッキだ。魔法以外の対策は、あまり考えてなかったようだな!」
 
 我歩がコンバットナイフを抜き、秋水に斬りかかる。彼はとっさにバールを創造、我歩の斬撃を受け止めたが、バールはバターのように切断された。
 
「クソッ、魔力が足りねぇのか!?」
 
 秋水は我歩の頭に向け、拳銃を撃つ。だが我歩は遺物『流れる鋼』と気体固化の魔法により、秋水の銃弾を防ぐ。秋水が反射的に禁魔符を起動した時、我歩のナイフが一閃した。
 
「うッ!!」
 
 その斬撃は秋水の上腕、タトゥーのある辺りを綺麗にカットしていた。彼の腕から血が噴き出し、そこから白い布切れが零れ落ちる。
 秋水の防御の要となる遺物『Mrアンタッチャブル』だ。負傷していたユウキがそれを見るなり、力を振り絞って駆け出す。そしてその遺物を拾い、しっかりと握りしめた。
 
「テメェ!」
 
 秋水は怒号と共にユウキを撃とうとしたが、リーリオが遠くから射撃してきた。止む無く秋水はマンバレットで回避したが、そのままよろめき、地下道の壁にもたれかかる。
 
「はっ……いい連携だな……」
「ウィザーズインクってのはそういうトライブだ。個人主義者の集まりのようで、意外とコンビプレーも得意なんだよ」
 
 我歩はそう言いながら、秋水にナイフを向ける。ユウキの薙刀が、リーリオの銃が、パンダたちの眼が秋水を狙う。
 敵は魔力が低下し、腕の出血を止める手段もない。いよいよ決着だ、誰もがそう思った時。
 
「アホかお前、なにチンタラやっとんねん」
 
 地下道の隅の暗がりで、少女の声が響いた。
 
「!?」
 
 赤の魔術師たちが、一斉に声のした方に目を向ける。そこにはいつの間にか、白帽子が立っていた。
 我歩は反射的にナイフを投げようとしたが、その前に白帽子が黒霧を放っていた。それは無数の小さな鎌となり、我歩たちに襲い掛かる。
 
「やばい、よけて皆ー!」
 
 背後でおりべーが叫んだが、間に合わなかった。我歩とユウキが鎌に切り刻まれ、懐から遺物が零れ落ちる。
 
「いけない! 逃げよう皆!」
 
 リーリオがMP7を乱射しながら叫ぶ。ユウキは痛みに耐えつつ、転移魔法を多重起動。仲間を連れて退避した。
 後に残ったのは、秋水と白帽子だけだった。彼は大きく息をつき、白帽子に言う。
 
「すまねぇな、助けられちまった」
「情けないな、魔術師殺しとか吹いとったのに……遺物も取られて、ええとこ無しやないか」
「心配すんなよ、新しい遺物が手に入った。取引としちゃ悪くないさ」
 
 秋水はそう言って、我歩たちが落とした遺物を拾い上げる。それは使用者の意のままに動く金属塊『流れる水銀』と、任意の離れた地点から魔法を発動する遺物『瑞雲の黄龍』だった。
 
「ほらよ、助けてくれた礼だ。二つともお前が持っとけ」
「あん? お前はええのか?」
「言っただろ、力貸すって。遺物でパワーアップしなきゃ、また白の魔女に負けちまうだろうが」
 
 そう言われた白帽子は、わずかな逡巡の末にそれを受け取った。それから決まり悪そうに呟く。
 
「別に礼は言わへんで。正当な報酬や」
「おう、俺も別に期待してねぇ。単に約束通りってだけだ」
「ならええんやけどな……ほんで、これからどうするんや?」 
「思わぬ邪魔が入ったが、このまま赤の魔女のところへ行く。赤の拠点はすぐそこだ」
 
 そんな事を話しているうち、気温も元に戻ってきた。秋水は戻ってきた魔力で腕の傷を治癒し、にやりと笑う。
 
「……ピンチの後にチャンスありってな。遺物大量ゲットで逆転劇さ」
 
 その言葉に白帽子が、ふんと鼻を鳴らす。
 そうして魔術師殺しと死神の少女は、互いの望みに向けて歩き出した。
 
 
 
 
 
(波良闇秋水:遺物『Mrアンタッチャブル』を奪われる
  遺物発動時に攻撃を受けた際、自動で回避する能力を失う)
  
(禁魔符3秒使用/残り有効時間:13秒)
 
 
 
 
 

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