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Short Story

(クロストライブ番外短編)

 

 

ここではクロストライブ本編ライターの久潟椎奈様による

番外編的短編をご紹介させて頂きます。

 

当作品は本編の運営が始まったばかりの時期に書かれた作品です。

2013年12月27日に行われたライブにて、公演されたクロストライブファン作品、

『朗読劇 魔人と魔女とケーキと』を

時間の都合上でカットされた部分を入れ、久潟様ご自身がノベル化したものです。

 

作中でトライブ間の抗争が激化する前の、

ほのぼのとしたある一日の物語をお楽しみ頂ければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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『魔人と魔女とケーキと』

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黒の魔女、ニナ・ファウストは、うきうき……

そう、うきうきという言葉が一番しっくりくる雰囲気を纏った魔粒子を背後から感じ、顔を盛大に顰めた。

 

すぐさま魔法を使って姿を消す事も足早に去る事も可能だったが、

それで‘逃げた’と思われるのも吹聴されるのも癪だと考えたニナは、

短く思考した結果、それを無視することにした。

 

「お、そこにいるのはニナじゃない?」

 

例え、うきうきした魔粒子がすぐ後ろにまで近づき、

魔粒子の主に名前を呼ばれようが無視。

 

「お~い、あたしだよ、赤の魔女、エスティ・ラプラスだよ?

流行のオレオレ詐欺じゃないよ、正真正銘本人だよ?」

 

電話を介していないのに誰がオレオレ詐欺だと思うのか。

いや、無視だ、考えてはいけない。思考したら最後、ニナの負けなのだ。

 

「ニーナ、ニナってば!」

 

「くぅの、小賢しい真似を……っ」

 

赤の操作の魔法により、足元をウォーキングマシーンのようにされ、

一歩も前に進めなくなっても無視を貫こうと必死に足を動かしながら、

その魔法を分断してやろうと魔粒子を足に集める。

 

この時点で相手にしてしまっている事にニナは気づかない。

見栄など張らずにすぐさま姿を消すべきだったと後にニナは反省したのだが、

今のニナはひたすらに前に進むことに必死だ。

 

しかし、そんなニナの涙ぐましい努力も、

彼女の性格が故に無駄に終わってしまう。

 

「黒の魔女、ニナ・ファウストちゃぁん?」

 

ぴょこんと覗きこんできた相手が、

ニヤニヤ笑いながらニナの頬を指先で突いてきたことで、

ついニナはカッとなって叫んでしまった。

 

「なにをする、貴様! 死にたいのかっ」

 

ぶんっと振った腕を軽々と避けた相手はケタケタ笑う。

 

「なーんだ、聞こえてんじゃん」

 

「バカか? 聞こえていて無視していたに決まっているだろうが」

 

苦々しい顔を隠そうともせずにニナは無視し続けた相手、

赤の魔女、エスティ・ラプラスと仕方なく相対した。

 

「だってさぁ、ニナって普段は黒の本拠地に籠ってて、

出てくるとしたら夜とか、日中会えても、

めちゃくちゃたくさん取り巻きを連れてるじゃない?

だから昼間っからこーんな街中でニナを、

しかもひとりでいるのをみかけるなんて滅多にないんだもの。

テンション上がっちゃうのも仕方ないって」

 

くるくると指先で自身の髪を弄りながら、

実に楽しげにラプラスが言った。

 

確かにニナは普段、あまりひとりで出歩かない。

今日はたまたま大事にしたくないという取引相手の要望で、

仕方なくひとりで取引先に赴き、仕事をこなしてきた帰りだったのだ。

 

「私のテンションは貴様のせいで駄々下がりだ。

……で? ひとりでいることを確認したうえで、

私に話しかけてどうするつもりだ? ……私を殺すか?

敵対するトライブの幹部に何の考えも無しに、

話しかけてくる貴様ではあるまい?」

 

喧嘩を売ってくるのならば喜んで買おうと、

ニナはラプラスに鋭い視線を向けるが、

ラプラスの態度は変わらない。

 

「やだよ、街中でどんぱちやるなんてめんどくさい。

あたしはこんな滅多に無い機会だし、

プライベートでニナとお茶するのもいいかなぁって思ったわけ」

 

飄々とした笑みを浮かべるラプラスの真意を掴みかね、

ニナは顔を更に顰める。

 

「貴様と茶など一緒にしたら笑顔で毒でも盛られかねん。

くだらんことで引き留めるな、私はもう行く。

貴様も殺されたくなければさっさと行け」

 

足元にかけられた魔法をようやく分断し、

なんの障害も無くなったニナは再び歩みだそうとしたが、

ラプラスはその態度も計算のうちとばかりに、

ニナを引きとめるカードを出した。

 

「ふふ、これを聞いたらニナもあたしとお茶がしたくなると思うなぁ」

 

含みのある言葉にニナはしぶしぶ足を止め振り向いた。

 

「……ふん、我らが奪い合う断章の情報でも、

話して聞かせてくれるというのか?」

 

「ビジネスじゃなくてプライベートって言ったでしょ?

実はあたし、スイーツの食べ歩きが趣味なんだけどね、

これから行こうと思ってるカフェに、

今、スイーツ好きの間で話題沸騰の美味しいケーキがあるの!」

 

「くだらん、それがどうした」

 

ニナの言葉を無視し、ラプラスは続ける。

 

「なんでも季節限定品で今じゃないと食べられないんだって。

しかも数量限定! いっつも開店と同時に行列が出来て、

午後一には売り切れちゃうらしいんだけど、あたしのリサーチによると、

週明け月曜は土日の反動で比較的混みあってないみたい。

月曜、つまり今日は比較的高確率で食べられるってことよ」

 

「……だから、なんだというのだ?私には関係ない」

 

ニナの変な間をラプラスは勝機と見た。

 

「今の時期は冬のチョコフェスティバル開催中で、

そのケーキもチョコ系らしいわよ」

 

ぼそりと耳に吹きこまれた言葉にニナの身体が強張る。

操作、解析を主な魔法とし、情報戦のエキスパートである赤のトライブの、

赤の魔女たるラプラスがニナの嗜好を知らないはずがなかった。

 

もちろん、弱点は突いてこそ意味がある。

 

「……き、さまぁが」

 

絞り出すように出された声と、ギギギと錆びついた機械のように、

ゆっくりと身体ごとこちらを向くニナにラプラスは勝利を確信していた。

 

「き、貴様が……そ、そんなに行きたいというのならば、

くっ……付き合ってやらなくも…ない」

 

欲しい言葉を得られたことでラプラスはにんまりと笑った。

 

「うふふ、そう言ってくれると思った! よーし、じゃあ行こっか」

 

ニナの気が変わらないうちにとラプラスがその腕をガッシリつかんで

半ば引きずるようにニナを連れて歩き出す。

 

ニナ「この私がチョコに釣られるなど……

いやしかし季節限定、しかも数量限定……チョコフェスティバル……」

 

あたたかい日差しが降り注ぐ平日の昼下がり。

偶然出逢った、トライブの魔女ふたりは、

連れ立って今人気沸騰中のカフェへと足を向けた。

 

 

 

 

ぶつぶつと言い訳がましい呟きをし続けるニナを連れ、

ラプラスはスマートフォンのナビに従って、

足取りも軽く目的地へと向かう。

 

駅から続く大通りから横道に入り、

両側にお洒落な店の立ち並ぶ緩やかな坂道を登る事10分。

エキゾチックな匂いの漂ってくる雑貨屋と、

白と黒を基調とした美容院に挟まれたところに、

目的のカフェはあった。

 

「ナーイス! あたしの情報に狂いはなかったわね、ならんでないわ」

 

ラプラスはご機嫌にパチンと指を鳴らし、

カフェの扉を潜った。

 

軽やかなベルの音が店内に響く。

扉を潜った途端、焼き菓子の甘い香りが、

ふたりの鼻腔を擽った。

 

焼き菓子の香りというのはどうしてこうも

幸せな気持ちにしてくれるのだろうか。

 

ラプラスに良い様に言いくるめられ、

少々機嫌を損ねていたニナだったが、

その匂いを嗅いでピンと背筋を伸ばした。

 

「いらっしゃいませ、2名様ですか?

申し訳ありません、ただいま店内、少々混みあっておりまして。

こちらにお名前を書いてお待ちいただけますでしょうか?」

 

生菓子や、飲み物の入ったトレイを両手に持った男性店員が、

ふたりに気づいて申し訳なさそうに言った。

確かにならんでこそなかったが、見たところ、どの席を埋まっている。

 

ラプラスが名前を書いている間、きょろきょろと店内を眺めていたニナは、

窓際の席に見知った顔をみつけて目を微か見開いた。

 

「む? あそこにいるのは……衛示っ」

 

「なっ、ニナ……それにラプラスまで……」

 

ニナの声にガタンと音を立てて椅子から立ち上がったのは、

白い聖職員風の服装を纏った白の魔人、高天原 衛示、その人だった。

 

「おひょぉ? なーんか、今日は珍しい人にばっか会うねぇ」

 

「わ、私はこれで失礼しますっ」

 

慌てたようにその場から離れようとした衛示に、

ラプラスはにやつきながら近づいて行って、

その肩に両手を乗せると「まぁまぁ」と言って無理やり座らせた。

 

「会合でもないのに3つのトライブの幹部が、

一堂に会するなんて超レアなケースじゃなーい。

折角だから衛示も一緒にお茶しましょうよ」

 

「なっ、勝手に前に座らないでいただきたい」

 

「すみませーん、知り合いがいたんであたしたち相席します。

お水こっちに持ってきてくださーい」

 

先程の店員にそう告げ、さっさと座って備えつけられた

メニューを開きだしたラプラスに、衛示が苦言を呈したが、

マイペースなラプラスはどこ吹く風だ。

 

「ラプラス、勝手に進めるな。誰がこんな男と相席など……」

 

ラプラスに釣られて席の近くまできたが、

座ろうとはせずに衛示を見下しながらニナが苦々しく言った。

 

「そのセリフ、そっくりそのままお返ししますよ。

黒と赤の幹部が揃ってなんの悪だくみをされるおつもりですか?」

 

ニナと衛示の間に一色触発の空気が張りつめる。

 

「プライベートよ、プライベート。

ほら、周りのお客さんの迷惑になるし、

店員さんが困ってんだからさっさと座りなさいよ」

 

水をふたつとおしぼりをふたつトレイに乗せて持ってきた店員が、

席の前に立つニナの少し後ろに立って困ったように笑っているのを指し、

ラプラスが自身の隣にニナを座らせる。

 

周りが迷惑していると聞けば衛示とてそれ以上意固地にはなれない。

 

「あ、注文お願いします。この季節限定のケーキをふたつと、

ホットコーヒーと、あんたは?」

 

ラプラスがメニューを見せながら問うと、

ニナは観念したかのように注文を口にした。

 

「私はホットチョコレートを頼む」

 

「あんたどんだけチョコ好きなのよ」

 

すこし呆れの混じったラプラスの声にはっとして

ニナが慌てたように言い繕う。

 

「べ、別に、チョコレートが特別好きというわけではないっ。

ただメニューが目に入ったから頼んでみただけだ」

 

「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ。

じゃあ、あとそれをお願いします」

 

パタンとメニューを閉じ、ラプラスが店員に告げる。

 

敵対する3つのトライブの魔人と魔女が、

若い女性たちだらけのお洒落なカフェで

何故か相対する事となった。

 

 

 

 

先に運ばれてきた飲み物に口をつけながら、

ラプラスは正面に座る衛示を見やった。

 

「ところで衛示、こーんな女の子だらけの店内に

男ひとりだなんて、あんたこそ何してんのよ?

ふらっと入るような店じゃないじゃない?

流行のスイーツ男子なの?

それとも誰かと待ち合わせ?ひょっとしてデート!?」

 

矢継ぎ早なラプラスの質問を受けて、

衛示は飲んでいた紅茶を噴き出す。

 

「なっ、そんな不埒な理由ではありませんっ。

私はちゃんとした目的があってここに……」

 

「お待たせいたしました。こちらが季節限定、

チョコレート地獄に舞い降りた一匹のくまちゃんケーキです」

 

そこにラプラスにはタイミング悪く、衛示にはタイミング良く、

店員が現れ、ケーキをテーブルへと乗せる。

 

ラプラスの意識は衛示からケーキへとあっさり移った。

 

「キターー!! これが噂の限定ケーキね!!

って、くまちゃんケーキめっちゃデカいっ」

 

直径20cm程の白い皿には、縁がはみ出るほどに大きい、

愛らしいクマの顔を象ったケーキが乗せられていた。

立体的なそのケーキはホールと紛うばかりの存在感がある。

 

「確かに……だが、かわいいな……。

そしてチョコレート地獄の名の通り、見事にチョコチョコしい」

 

メニューの説明では、チョコレートムースのタルトの上に

季節のフルーツがこんもりと乗せられ、そのフルーツを包むように

クレープ生地が乗り、更にそのうえにチョコレートクリームを

絞り出してコーティングしているそうだ。

耳の部分はこの店で人気のガトーショコラをつかっており、

目の部分はスライスバナナとチョコレートで再現されている。

 

ニナはまるで少女のようにキラキラとした目で

そのケーキを食い入るようにみつめ、

ラプラスは一心不乱にスマートフォンでケーキの写真を撮りだす。

 

ふたりの胃と脳はこのケーキを食べる事でいっぱいになっていたが、

しかし、そこで店員から絶望ともいえる、言葉が告げられた。

 

「大変申し訳ありません。実はこちらが最後のひとつになりまして、

お連れ様が頼まれたケーキはお持ちできませんでした」

 

「へ、あ、え、どういうこと?」

 

「我々が頼んだ分が無い?ということは、これは……」

 

「そちらのお客様が注文された分になります」

 

そちらと言われ、ラプラスとニナは揃って店員が掌を向けた方向をみた。

そこには視線から逃れるように窓へと顔を向けた衛示の姿。

動揺からか、手が小刻みに震え、ティーカップがカタカタと鳴っている。

 

「……妹の、祈が、ここの季節限定ケーキが気になるというので、

事前に調査をして、美味しかったらふたりでこようと……」

 

冷や汗を流しながら言い辛そうに言葉を紡ぐ衛示をみて、

ラプラスとニナは口を揃えこう言った。

 

「「シスコン」」

 

「シス……っ!? 純粋に妹を想っての行為です!!」

 

その言葉ばかりは聞き捨てならないと、

衛示がキッとふたりを睨む。

 

「しかし困ったわね、目当ての物がひとつしかないなんて。

ここで食べられなかったら今日きた意味がなくなっちゃう」

 

「……困る必要などない。おい、衛示、

そのケーキを渡してもらおうか」

 

顎に指を添え、むぅと唸るラプラスに対し、

ニナは問答無用で護身用に持ち歩いている銃を取りだした。

 

撃鉄の音に気づいたラプラスが

「わぁっ」と銃を持つニナの腕に、

自身の身体を乗せて隠す。

 

騒いだことによる周りからの視線はあったが、

銃の存在はバレずに済んだようだ。

 

「ちょ、ニナなにやってんのよっ」

 

咎めるようにラプラスは言ったが、

ニナは衛示を睨みつけたまま、

ラプラスを引き剥がそうと腕を動かす。

 

「これは私が頼んだ物ですが?

一般人のいる前で銃をだすなんて、

穏やかではありませんね、ニナさん」

 

「欲しければ、何を犠牲にしても奪い取る。

それが我等のやり方だ。元々我々は断章を奪い合う敵同士。

こうなる運命だったのだろう。

貴様がおとなしくソレを差し出せば、

我が銃が火を噴く事もあるまい」

 

「あなたがその気なら、こちらにも考えがあります」

 

「ほぉ、やる気か?」

 

「ケーキは、渡しません!」

 

ニナの身体から黒い魔粒子が衛示の身体から白い魔粒子が迸る。

一皿のくまちゃんケーキを巡った、

白と黒の戦いが今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

仮にもトライブの幹部である魔人と魔女が何をしているのだろう。

本気を出せばひとりで数十人と渡り合える魔術師が、

一般人の目を気にしてか、ちまちまこそこそと魔法合戦を行っている様子を、

ラプラスは半ば呆れ気味に眺めていた。

 

「はぁああっ、私とケーキ周辺に障壁を創造!

これでケーキを突く事は出来ませんねっ(小声)」

 

衛示が白の創造魔法でテーブルに壁を作れば、

 

「なんのっ、幾千の刃を持つ獣よっ!

奴の足を貫け、ヘキサクラフツっ(小声)」

 

ニナが固有魔法で壁の無い足元から、

ハリネズミの姿を模した黒霧で衛示の足を、

チクチクと刺している。

 

「あいたたたっ、急所を突くなんて卑怯ですよっ(小声)」

 

不意に走った痛みから集中力を切らせ、

衛示の魔法障壁が崩れる。

 

「ふはは、弱点があるのならば突く、

それのどこが卑怯だというのだ!

壁の無くなった今が勝機っ!

そのケーキもらったっ!!(小声)」

 

「まだまだぁあっ(小声)」

 

どうしてこうなった?

 

「あーもー組織の幹部がケーキひとつでなにしてんのよっ!

こうすればいいでしょ、こうすればっ」

 

不毛な戦いに耐え切れなくなったラプラスは

ケーキの乗った皿を手繰り寄せ、

解析魔法を展開すると、ケーキの大きさを数値化。

ナイフとフォークを持った自身の手に操作の魔法をかけ、

解析結果を反映させると見事なまでの手さばきでケーキをカットした。

 

「く、くまちゃんの顔が三等分に……」

 

魔法を展開しようとしていた手つきのまま硬直した衛示が、

カッティングされたケーキをみて、

まるで仲間が敵の攻撃に倒れた時のような悲痛な声をあげ、

 

「チョコレート地獄に舞い降りた無残なくまちゃんケーキに……」

 

ナイフとフォークで衛示に切りこもうとしていたニナが、

練りに練った作戦が崩れた時のような悔しさを滲ませた声を漏らす。

 

「うん、量もフルーツの数もきっちり三等分!

見た目は十分愛でたんだから、切ったところで味はかわらないでしょ?」

 

ひとり、けろりとしたラプラスが満足げに頷けば、

すっと両手を下した衛示が恨みがましくラプラスを見た。

 

「女性は、こういうのをみて、

可愛すぎて食べるのがもったいな~い☆と思ったり、

崩すのが惜しくて最後まで形を残そうと必死になったりとか、

するものじゃないんですか?少なくとも妹の祈はそうですよ!?」

 

「妹基準で物事をはかるのやめなさいよ、あんた。

だからシスコンって言われるのよ」

 

「私はシスなんちゃらというのではなく、

ただたんに妹想いなだけですっ」

 

「はいはい、とにかく、ケーキはめちゃくちゃ大きいんだから、

あたしたちに分けてくれたっていいじゃない。

それともあんた、この馬鹿でかいケーキをひとりで完食できるの?

チョコケーキは濃厚よ? 重いわよ?

残すのはあんたたち白の精神に反するんじゃない?」

 

「う……それは、まぁ、確かに」

 

「利害は一致してるはずよ?

ニナも、食べられるんだし、これでいいでしょ?」

 

ちらりとラプラスがニナをみれば、

未だ納得していない顔をしているが、

ケーキを食べたい欲求が勝ったのか、

ナイフとフォークを静かに下ろした。

 

「ふん……命拾いしたな、衛示」

 

「問題解決っと、では、早速いっただっきまーす」

 

ラプラスの声をきっかけ、

三人はケーキを口に運んだ。

 

幾度か咀嚼し、三者三様の反応をみせる。

 

「……んんーーー!! おいひぃっ!」

 

「む、これは、濃厚で舌触り滑らかで実に美味しい!

上質なチョコレートを使用しているみたいですね。

祈も好きそうだ」

 

「……うまいな」

 

じたばたと手足を動かしてラプラスはその味を噛みしめ、

衛示はまるで専門家のようにその味を分析し、

ニナは静かに口元を綻ばせた。

 

「しあわせぇ~」

 

ラプラスの呟きに、ニナと衛示もうんうんと頷いて同意する。

 

ひと時、個々にケーキの味を堪能していた3人だったが、

耳の部分を模していたガトーショコラを食べ終わった衛示が、ふと呟いた。

 

「……我々はこれからも敵対する事しかできないんでしょうか?

ケーキを分け合い、美味しいという感想を共に出来たように、

今後の事を話し合えば……」

 

「それはムリね」

 

衛示のセリフが言い終わらないうちにラプラスがきっぱりと言い放った。

はっとしたように衛示が顔をあげる。

 

「今回はたんにお互いの利害が一致したってだけよ」

 

「ラプラスの言う通りだ。

今回は一般人の目がある手前引いてやったが、

これが我らが奪い合う断章となれば話はかわる。

莫大な力を要する断章を仲良く分け合えるなど本気で思っているのか?

だとしたら白の魔人、高天原 衛示はおそるるにたらず」

 

ニナがホットチョコレートを啜りながら続く。

 

「……そうですね、我々とあなたがたでは、

考え方に大きな相違がある。甘い考えでした。

この店を出ればその瞬間から、

また我々は断章を得る為、思惑と策略巡らす敵同士になる」

 

「そう……でも今はプライベートなんだから、楽しまなきゃ!」

 

重くなりかけた空気をラプラスが明るい声で跳ね除ける。

 

「私は貴様らと居てもちっとも楽しくはないがな」

 

ニナがプイと顔を逸らしたが、皿に乗るケーキは、

ニナが一番消化しているのをみてラプラスがニヤリと笑う。

 

「ケーキは楽しんでるみたいだけどね?」

 

「うるさいっ。おい、店員!

ホットチョコレートのおかわりだ。

そっちの男の伝票につけてくれ」

 

「な、どうしてそうなるんですか!」

 

「はい、かしこまりました」

 

「あ、ダメですっ! かしこまらないでください~っ」

 

ニナの注文を受け去って行く店員の背に、

衛示が情けなく声をかけたが、

多忙な店員にその声は届かなかった。

 

「そりゃあ、女の子ふたりに男ひとりなんだもの。

あんたが持つに決まってるでしょ?」

 

「まさか、あなた方が貪り食べている、

そのケーキ代も、まるまる私持ちですか?」

 

くまちゃんの影も形もなくなったケーキをみつめ、

衛示が諦めの混じった声で言う。

 

「無論。元は貴様が頼んだものだろう?」

 

「あたしたちは食べるのを手伝ってあげてる立場なんだから当然よね!」

 

「くっ……祈なら絶対そんなことは言わないのに」

 

「「シスコン」」

 

「妹想いっ!!」

 

偶然が重なって生まれた、まるで奇跡のような時間は、

穏やかに過ぎていく。

 

彼らが再び相対するのは戦場だ。

 

 

 

―終―

 

 

 

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