

ヴァルプルギスの夜
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4月30日、午後7時。
それは十三夜の月が浮かぶ、明るい夜だった。
宇和島空はその夜、鍛錬の為に夜の街をランニングしていた。
荒川沿いの道を走っていくうちに、彼はふと足を止めた。行く手に人影が見えたからだ。
「あ……?」
月光に照らされ、闇の中に顔が浮かび上がる。それを見た空の眼が、見開かれる。
その顔に、姿に、纏う雰囲気と魔力に覚えがあったのだ。『まさか』という気持ちが胸をよぎる。
「な……なんで、お前が……!?」
かすれた声を上げながら、空は破魔の刀を創造した。それを突き付けながら問う。
「なんでお前が生きてるんだ、フリッツ!?」
そう言われて、男が薄笑みを浮かべる。
それはどう見ても、黒の魔人フリッツ・メフィストだった。
様々な魔術師を苦しめ、黒の同胞にすら警戒されていた、殺意と野望と歪んだ愛情の化身。
しかし彼は、確かに死んだはずだ。瓜二つの他人か、あるいは彼を模した人造生物か――
それを問いただす間もなく、フリッツは黒霧で己の身を包み、宵闇に紛れて消えた。
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『フリッツらしき何者かが、東京に現れた』
それが良い報せか悪い報せかわからずとも、ひとまず空はその情報を、各トライブに伝えた。
白と赤は無論の事、黒もその報にざわめいた。
抗争が激化する今、万が一にもフリッツが復活したのなら、黒にとって大きな力となる。
従者たちがそう話すのを、しかしニナはにべもなく切り捨てた。
「馬鹿め、フリッツが蘇ったなどという事はない。
奴はとうに死んだ。死亡直後ならまだしも、死者を後から完全に蘇らせる魔法など存在しない。
フリッツのように見えたのは、誰かが創った異形だろう」
「しかし破魔の魔人の情報では、その異形の纏う雰囲気や魔力までもが、フリッツ様にそっくりだったと」
「ああ、極めて精巧な異形。ある意味では蘇生体と言ってもいいのかもしれない。
そんな異形を作る方法を、私は一つ知っている……」
ニナが眉をしかめて言う。極めて不機嫌そうに、彼女は続ける。
「本部に保管されている秘匿遺物の中に、『ヴァルプルギスナハト』と呼ばれるものがある。
既に死んだ黒の魔術師の異形を造り出す、貴重な遺物だ。
だが効果は12時間、かつ一度しか使用できない為、真に必要となる時まで、保管しておく決まりになっていた。
つまりどこかの馬鹿者が、勝手にそれを持ち出して、フリッツを蘇らせたという事だ」
ニナの不機嫌の詳細は、従者たちには掴めなかった。
貴重な遺物を勝手に使った何者かに怒っているのか。それともフリッツを復活させた事に怒っているのか……
ともあれニナは、ふんと鼻を鳴らして立ち上がる。
「誰が何の目的で、フリッツの異形を作ったのかはわからない。
だが目的が何であれ、犯人が誰であれ、秘匿されていた遺物を勝手に使用した罪は重い。
早急に犯人を捜し出し、厳然たる処分を下す。
フリッツの異形は、見つけ次第抹殺。どうせ12時間しか生きられぬ偽物だ、余計な事をする前に消せ」
ニナはそう言って、さっさと歩き出す。
黒の従者たちは、気圧されつつもそれに続いた。
拠点を出ると夜空には、美しい月が浮かんでいた。
4月30日の夜。それはニナの祖国ドイツでは、『ヴァルプルギスの夜』と呼ばれている。
伝承では死者が蘇り、魔女たちと宴を行う一夜だと――
「……下らない。死者を生き返らせる魔法など、この世にもあの世にも存在しない」
ニナは誰にも聞こえぬ声で呟き、そして夜の街に向けて歩き出した。
▼行動選択肢
①フリッツの異形を探す
②異形を作った者を探す
③ニナを止める
④その他

フリッツ再登場回です。
フリッツとニナ、そして黒のトライブのあれこれについて、設定を掘り下げる為の回でもありました。
後にとあるPCの方に渡った遺物『ヴァルプルギスナハト』は、元はこのエピソード用の遺物だったのです。
非常に良い使い方をして頂いたため、むしろ大変嬉しく思いましたが。