フリッツ・メフィストの遺産
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「フリッツの遺産が発見された」
その日の昼下がり。渋谷の黒の拠点にて。
ニナ・ファウストは部下たちを集めるなり、そう切り出した。
亡き黒の魔人フリッツ・メフィストの趣味は、美術品収集だった。
世界のあちこちに自分の部屋を持っていて、そこに自分のコレクションを並べて悦に入っていたという。
そしてその部屋の場所は、ニナにさえ秘密だった。
故にフリッツの死後、彼の遺産がどこに隠されているのかは、誰にもわからなくなっていたのだが――
「フリッツの生前の足跡を追い続け、ようやく見つけたのだ。
奴はそのコレクションの大半を、本国ではなくこの日本に隠していたらしい。
場所は横浜のマンションの一室。絵画を中心とした美術品30点。
その価値は日本円にして、総額20億円ほどになると思われる」
その金額にざわめきが起こる。盛り上がる部下たちに、ニナは真顔で続けた。
「そこでお前たちに仕事だ。この美術品の運搬と売却を行ってほしい。
今夜24時、横浜郊外のとある洋館で、美術品のブラックマーケットが開かれる。
この会場まで件の品々を運び、現金化して東京に持ち帰れ」
現在時刻は昼の12時。ブラックマーケット開催まであと12時間。
黒の魔術師たちは急な仕事に首を捻りつつ、それぞれ行動を開始した。
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「フリッツ・メフィストの所有していた美術品を、奪還して下さい」
一方同時刻。品川の異端教会拠点では、衛示が白の魔術師たちにそう言っていた。
魔術師の一人が、驚いたように声を上げる。
「いかに敵のものと言えど、高額の美術品を奪うのは普通に犯罪では? 一応うち警察の関係団体ですし」
「私も本来なら、こんな指示する訳もありませんが……そもそも『奪う』のではありません。
フリッツの持っていた美術品は、元は異端教会が所有していた品だったのです」
白の重要な財源の一つは、篤志家からの寄付である。
そしてこの手の寄付は、現金より美術品等の方が、法制上色々と便利なのだ。
だがそこを狙われた。寄付された美術品を運搬中、フリッツに奪われたのだと言う。
「……もっとも正確には、『奪われた可能性が高い』という事なのですが。
フリッツが所有していた美術品が、当教会から奪われた品かどうかは、まだ確認が取れていません」
ニナは『白に見つかる前に売却してしまえば足がつくまい』と思っているのだろう。
だとしたら許しがたい話だ。そう衛示が力説する。
「高額の美術品を奪還すれば、常に自転車操業な日本支部も、経営面で安定化します。
お願いします皆さん。常に乏しい予算をやりくりする、経理部の魔術師たちを助ける為にも!」
異端教会って経理部あったんだ。
白の魔術師たちはそう思いつつ、一斉に行動を開始した。
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「フリッツの遺産、横から頂いちゃいましょ」
一方その頃、江東区の赤の拠点では。ラプラスが悪どい笑みを浮かべ、同僚たちに囁いていた。
「20億となれば、ウチも黙っちゃいられないわ。
死んだ人の遺品ドロボーするってのもなんだけど、そもそも全部盗品だし。
でも赤が横槍入れたとなると、ニナも衛示も怒るじゃん?
だからこっそり奪って、痕跡も残さず去るの」
本来悪だくみ好きのラプラスだが、ここしばらく魔術師世界の情勢は緊迫を極め、
明るい悪だくみなど出来る状況ではなかった。それでこの一件に、妙に乗り気になったのだろう。
「ちなみに『転移』は使っちゃダメよ。
転移ってのは、任意の物体を分子レベルで分解し、別の場所で再構築する魔法。
ほんのちょっとでも失敗したら、価値ダダ下がりだしね」
昨今、美術品の真贋鑑定には、分子測定法が用いられる。
分子レベルでも再構築に失敗すれば、贋作認定される恐れがあるのだ。
それを避けろとラプラスは言っているらしい。
「あ、もちろん美術品がブラックマーケットで現金化された後、そのお金を横からかっさらってもいいわよ。
こっちは足がつきやすそうだから、おススメはしないけど……ま、思い思いの方法でよろしく!」
その言葉に赤の魔術師たちも、ニヤニヤしながら歩き出す。
そして3トライブで、そんなやり取りがなされていた頃――
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「そういや今日は、フリッツの月命日か」
宇和島空は、近頃匿ってもらっている白の魔術師の屋敷で、遺産争奪戦とは全く別の話をしていた。
駆馬や美丹もふと気づいたように言う。
「確かに。考えたら知らない仲じゃないのに、一度もお墓参りとかした事ないね」
「ニナは月命日そっちのけで、フリッツの遺産かなんか探してるみたい。冷たい」
ドイツには月命日の習慣がないのか、それとも多忙のニナは毎月お参りなどしてられないという事か。
かつてフリッツと死闘を繰り広げた空たちだが、それには寂しいものを感じた。
「……まぁ気づいちまった以上、何もしねぇってのもなんだ。今回はオレらがお参りしてやっか」
魔術師の墓は存在しない。
なので空たちは、フリッツが最期を迎えた、とあるビルに向けて歩き出した。
▼行動選択肢
①遺産争奪戦に参加する
②ブラックマーケット会場に向かう
③代理人と共に、フリッツの月命日のお参りをする
④その他の行動
調停者編以降、シリアスな展開が続いてましたので、カラッと明るいエピソードが欲しくなりました。
お宝と大金を巡ってのクライムコメディ。騙し合いと出し抜き合いの知略戦です。
なお黄昏編インターミッションで出て来たフリッツの部屋にあった手紙の内容は、
フリッツ死亡時には既に決定されており、
どのタイミングで誰が発見しても、あの内容として公表される予定でした。
このエピソードの中で発見されたら、全然別の意味に読めたかもしれませんね。