top of page

天狗の山


「聞きました、マスター? 最近、とある山になにか出るんですって」

 

ある日の昼下がり、アルバート・パイソンの経営するバーにて。

ウェイトレスとしてバイト中の月舘日羽が、仕事の合間にアルバートに言った。

 

「出るってなんだよ、幽霊か?」

「幽霊なら、よくある話って感じですけど。なんでも『天狗』が出るらしいんです」

 

日羽は可笑しそうに言う。笑える都市伝説を、何気なく話したつもりだったのだろう。

だがその言葉を聞き、アルバートの表情が変わった。

 

「天狗……!? おい、天狗が出たってのか!?」

 

ぐいっと身を乗り出したアルバート。日羽は驚きつつも、噂で聞いた話を口にする。


「は、はい。その山に行った人の話によれば……

 天狗っぽい恰好してたとか、そう名乗ったとか、空を飛んだとか。

 顔は普通だけど、錫杖持ってたり大うちわ持ってたり、なんか天狗としかいいようがない感じだったらしいです

 

聞く程にアルバートの表情が強張っていく。

 

「『連』の生き残りか……!? なんで今さら……!」

 

と呟くアルバート。訝しむ日羽に、彼はやがて意を決したように言う。

 

「……仕方ねぇ、ちょっと出てくる。日羽、留守番頼むぞ」
「え!? ど、どうしてですかマスター!?」
「熱烈な天狗マニアなんだよ、俺は」

 

アルバートはそう言うや、店を飛び出していった。

 


――それから3時間後。東京・神奈川県境のとある山にて。

先ほどから急に降り始めた雨を受けながら、アルバートが破壊された義手を見て、渋い顔をしていた。

 

「クソッ、会うなりぶっ放してきやがって……!

 しかも鴉から聞いてた話より強ぇじゃねぇか、久々に義手壊されちまったぜ」

 

アルバートは忌々しげに呟き、それから考える。

どうやら今回の件は、調停者の担当事件だ。

しかし今現在、この東京近辺で動員可能な調停者は自分しかいない。他は皆、別地域の仕事に当たっている。


「やれやれ、背に腹は代えられねぇか……!」

 

アルバートはそう呟き、各トライブへの通信回線を開いた。

それから魔術師たちに向けて、無差別通信する。

 

「聞こえるか魔術師たち、赤の調停者アルバート・パイソンだ。

 緊急の仕事だ。東京・神奈川県境のとある山に、『天狗』を名乗る奴が現れた。
 だがそう名乗ってはいるが、こいつは危険な魔術師。あるいは魔人魔女かもしれねぇ。
 詳細は後で説明するが、とにかくこいつを捕まえるのを手伝ってほしい」

 

通信を受けた魔術師たちが、戸惑いの表情を浮かべているのが見える気がした。

だがアルバートは構わず続ける。

 

「これはトライブの仕事じゃねぇ、調停者アルバート・パイソンからの依頼だ。
 今ウチは本気で人手不足だから、各トライブから人員を借りる。
 謝礼は笑えるほど少ないが、それでもいい物好きがいたら頼む」

 

仕事内容はこの天狗の正体確認と鎮圧。そして何より重要なのは、『存在秘匿』だ。
向こうは協定の影響下にない為、無茶苦茶やってくる可能性がある。
また山の中には登山者がいるだろうから、至急探して逃がす。それも仕事の一環だと言う。

「それとこの天狗は普通の魔術師じゃない。
 魔粒子色は恐らく赤だが、普通の赤魔法だけじゃなく、自然界の力を最大限に使ってくる。
 戦闘時に注意すべきは、主に火と風。接近戦では錫杖による打撃。
 それと――」

 

そう言いかけたアルバートの声が、耳をつんざくような音に遮られる。

彼の傍にあった大木が、落雷を受けて炎上していた。

「ああクソ、雷もだ! 来る奴は対策練ってくれ!」

 

アルバートは電流操作で雷を逸らしつつ、叫ぶように続ける。

 

「いいか、この天狗は相当強い! 俺と互角か、それ以上だ!
 来てくれる奴は気を引き締めろ!」

 

それが最後の通信となった。雷鳴と共に声が切れ、以後アルバートとの連絡は断たれた。

その要請を受けた魔術師たちは、詳細がわからないまま現場に向かう。

雷鳴轟くその山で、魔術師と天狗の戦いが始まろうとしていた――

 


①天狗と闘う
②存在秘匿を手伝う
③天狗について調べる
④その他

 

黄昏編第1話の前、PCが調停者になる事が可能になったタイミングで、

『調停者ってのはこんな組織ですよ』というのを説明する為に用意されたエピソードでした。
 

魔術師の世界には、かつて3トライブ以外にも無数の小トライブがあったが、

それらが滅んだり統合されていったりした果てに、現在の状況が出来ました。

その滅んだ小トライブの残党と、現代の魔術師が闘うという話だったのですが、

しかし別になくても物語は成立するだろうという事で、セルフボツに。

bottom of page