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アーテル・オーバードライヴ

現存する最古の魔女トリスタニアは、三重人格の魔術師である。
管理者である赤の中性人格『ルーフス』に、白の女性人格『アルブス』と黒の男性人格『アーテル』は、
常に支配下に置かれている。

 

心優しいアルブスはともかく、暴力と闘争の化身たるアーテルは、ルーフスを殺したいほど憎んでいた。
しかし彼は下位人格に過ぎない為、決してルーフスには逆らえない。

 

――それでも彼には、やりたい事があった。
だから彼はプライドを捨ててでも、その目的を果たそうとした。

 

 


ある日の深夜、隣世の表層にて。
独り降魔の調査を行うルーフスの心に、下位人格の声が響いた。

 

『ルーフス、頼みがある。俺を魔術師たちと闘わせてくれ』

 

それはアーテルからの、懇願の言葉だった。
共に生きた251年間で、初めての頼み事。それにルーフスは冷たい声で答える。

 

「模擬戦かい? そのくらいなら構わないが」
『ボケが、なに眠てぇこと言ってやがる。真剣勝負の殺し合いに決まってんだろうが』
「殺し合いだと? 駄目だ、まだ私たちには仕事がある。死ぬ訳にはいかないだろう」
『知るかよ、奴らとは戦いが半端なまま終わっちまってんだ。
 このままじゃ引き下がれねぇ奴もいるだろうし、何より俺が引き下がれねぇ。
 奴らと命懸けの闘争を繰り広げてぇんだよ! 俺はその為に存在するんだろうが!』
 
噛み付くようなアーテルの叫びに、ルーフスはかすかに眉根を寄せる。
短い逡巡の末、答えた。

 

「……止むを得ないな。魔術師を鍛える事にはなりそうだし。
 使いたまえ、【遍在の身】を。自分の分身を解き放つのだ」

 

ルーフスがそう言って、肉体のコントロール権をアーテルに渡した瞬間、その足下からずるりと影が這い出した。
その影は見る間に立体となり、色彩も帯びる。

寸時の後、そこにはルーフスとは別の魔術師が立っていた。

 

「ふぅううう……解放されたぜぇ」

 

三種の魔粒子によって形作られた、生きた分身『アーテル』が、獣じみた笑みを浮かべる。
肉体の操作権を即座に取り戻したルーフスは、分身アーテルに告げた。
 
「わかっていると思うが、君は普通の魔法生物じゃない。
 核を持たず、魔法を使う、限りなく魔術師に近い存在だ。
 傷つけば血を流し、致命傷を負えばきちんと死ぬ」
「誰に口きいてんだ赤メガネ、んな事わかっとるわ。
 だからこそ、"命懸けの戦い"になるんだろうがよ?」
 
分身はそう告げ、踵を返す。

 

「このかりそめの命、魔術師たちとの闘いで燃やし尽くす。
 願わくば燃え尽きた灰の中に、燦然と輝くダイヤモンドの残らん事をってな」

 

その言葉を残し、分身アーテルはルーフスの前から消える。
心なき最古の魔女は、粛々と己の仕事に戻った。

 



そのしばし後。
それぞれの寝床で眠っていた魔術師たちに、アーテルが呼びかけてきた。

 

「しばらくだな魔術師ども。黒のトリスタニアこと、襲撃者アーテルだ。
 近頃クソ忙しい俺も、珍しくテメェらと遊ぶ時間が出来た。
 せっかくの機会だ。一つ先日の続きって事で、俺と殺し合わねぇか?」

 

恐らく赤の固有魔法、【遍在の声】で呼びかけてきているのだろう。
眠ったまま驚く魔術師に、アーテルが続ける。

 

「もっとも俺は本物のアーテルじゃねぇ。固有魔法で作られた分身だ。
 本物と同等の人格を持ち、記憶も共有している
が、残念ながら俺が死んでも遺物は出ねぇ。
 代わりに俺が長年溜めていた、希少な遺物を装備していく。
 俺を殺せた奴に、それらをプレゼントしよう。断る理由はねぇだろう?」

 

アーテルは愉快そうに笑い、それから低い声で続けた。

 

「いいか、これは殺し合いだ。
 俺はお前らを、本気で殺しにかかる。お前らも俺を殺しに来い。
 何人で来ても、どんな戦術を使っても構わねぇ。邪魔する奴もいねぇ。
 闘いが終わる時は、俺に挑んだ奴らが全滅するか、俺が死ぬ時だ。
 把握したか? それじゃあ来いよ魔術師ども。
 善悪も思惑も駆け引きもねぇ、純粋な闘争を始めようぜ!」
 
その声を聞き、眠りから目覚めた魔術師たちがいた。
彼らはそれぞれの想いを胸に、アーテルの元へ向かった――

 

 

▼行動選択肢
①アーテルと戦う(試合)
②アーテルと戦う(死合)
③アーテルと話す
④その他

闘争大好きアーテルさんと、アーテルを倒したかったPC諸氏の為の、フラストレーション解消エピソードです。

 

もともとアーテルというのは、

『和平が善で抗争が悪みたいになってるけど、争うのって楽しいよな?

 そもそも戦いたいから、お前らも魔術師になったんだろ?』

という価値観を再提起する為のキャラでもあったという背景があります。

 

なので隣神が迫る時期だからこそ、『悲劇も後腐れもなく予定調和もない、純粋かつ高難易度なバトルシナリオ』を

書きたくて、このエピソードが揚がりました。本編でも最終的には、別の形で彼の望みは果たされましたが。

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