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⑤『きっとまた会える』

 それからさらに2時間ほどが経過し、新宿の街が宵闇に沈んだ頃――
 新世代の魔術師たちは、力ではなく『言葉』によって、もう一つの世界の悲劇を食い止める事に成功した。
 その快挙を成し遂げた若き魔術師たちは、笑みを交わしながら話す。

「いつでも駆けつけられるように、準備もしないといけませんし、忙しくなりそうですね。赤のトライブが」
「そうだね、明日から資料室に籠もることになりそうだよ」
「特に構築の魔女が忙しくなりそうね」
「まあ、私達も私たちでできることをしていきましょう」
「自分の事も、そして皆の事も……だね」
「でも偶然、この奇跡のような瞬間に出会えたことはうれしく思います」

 

 そう話す彼らは、もう一つの世界の魔術師たちと、ある約束を交わしていた。それは二つの世界で協力し、

 互いの平穏を護る事だ。
 この世界のマクスウェルは、『あらゆる魔術師を遺物化し、魔力に変換してでも、この世界の時間を巻き戻す事』、

 そうして『亡きラプラスと、他の死んだ魔術師たち全員を蘇らせる事』を願っていた。
 一方でフリッツは、『この世界を脅かす全ての外敵を倒し、世界を守る』ことを願っていた。

 説得が困難だったのは、特にこの2人だった。だが新世代の魔術師たちの言葉は、彼らの心をも動かした。
 マクスウェルには、彼が遺物に頼らずとも、更なる魔力を得る手段を探してやると誓った。
 フリッツには、こちらの世界が危機に瀕したら、必ず助けに来ると約束した。
 それは決して破られない誓いであり、命を懸けた約束だった。だからこそ獣の世界の魔術師たちも、

 その言葉を信じたのだろう。

 『消失の魔人』宇和島空は、別の世界から来た魔術師たちを見つめる。

空(……こいつらがいたら、オレたちの世界の歴史も、ずいぶん変わってたんだろうな)

 そう思うと空は、胸がかきむしられる想いがした。
 彼は愛する仲間たちを全て失い、希望すらも無くして、この世界の物語を悲劇のままで終わらせようと思っていた。

 だが最後の最後で彼らに出会い、未来を変える事が出来たのだ。
 彼らには、感謝してもしきれなかった。そう思う空に、負傷から復帰した我歩たちが声をかけてくる。

我歩「なんとかうまくまとまったみたいだな。俺たちじゃできない事を、彼らはやってくれたみたいだ」
空「ああ……ありがとうって言葉じゃ、言い尽くせねーぜ」

 そう答えた時、上空に浮かんでいた『赤い窓』が閉じ始めた。本来繋がる事のない二つの世界を繋ぐ、唯一の道が。

我歩「……どうやら、そろそろ時間みたいだな。じゃあ、俺たちは行こうと思うよ」
空「ああ、アレが閉じたら帰れなくなっちまうかもしれねぇもんな。あんたらはあんたらの世界に帰るべきだぜ」

 空がそう言った時、傍で話を聞いていたマクスウェルが、口を挟んできた。

マクスウェル「ところで、我歩って言ったっけ?

 そういやあんた、最初にオレに会った時に『言いたい事がある』って言ってたけど、なんだったの?」
我歩「ああ、俺の世界のマクスウェルに言えなかった事……『今度はもっとうまくやれよ』って事さ」

 

 その言葉には我歩の、万感の思いが込められているように思えた。マクスウェルをそれを感じ取ったように頷く。
 そして新世代の魔術師の一人――全員を転移で運べる赤の魔術師『クスカ・エリヴァ』が、転移魔法を起動した。

 赤い光に包まれながら、彼女は空たちに告げる。

エリヴァ「私たちは行くけれど、きっとまた会えるわ。

 いつか必ず約束を果たしに来るから、それまで少しだけお別れね」
空「ああ、本当にありがとな! あんたたちも元気で!」

 エリヴァはその言葉に微笑み、そして――
 赤い閃光と共に、窓の向こうに転移した。
 後には空たちだけが残された。フリッツ、マクスウェル、日羽、フリオ。この世界で生き残った魔術師たち。
 だがその顔にはもう、殺意も敵意も浮かんでいなかった。閉じて行く窓を見上げながら、フリオが呟く。

フリオ「なンとも、愛に溢れた魔術師たちでしたネ……」
空「ああ、オレたちに欠けてたもんかもな」
フリッツ「愛? 愛なら僕にもあるよ、溢れるほど。ただそれが殺意と共存していたというだけでね」
日羽「それは……愛なんでしょうか?」
マクスウェル「たぶんそれ愛とかじゃないよ、ただの我欲だって」

 

 マクスウェルの言葉に、空がかすかな笑みを返す。
 これまでの抗争の中で、大切な仲間を2人も殺した『悪魔』と、自分は今こうして話している。

 決して恨みが消えたわけではないが、彼の本当の願いを知った今、憎しみは随分と和らいでいた。

 空はその想いを、率直に告げる。

空「……マクスウェル。オレはお前を許したわけじゃねぇ。だが真琴たちを蘇らせる為には、お前の力が必要だ」
マクスウェル「まぁね。オレは初めから時間を巻き戻して、抗争による死者全員を蘇らせるつもりだったから」
空「その言葉を信じるぜ。こうなった以上はオレも手ぇ貸すから、何としても真琴たちを――」

 

 空がそう言いかけた時。
 出し抜けにどこかで、「ツェアアアアアアアアッ!」という声が響いた。

空「ッ!?」

 空たちはとっさに身構えた。分断の黒霧を乗せた声が、その場にいた魔術師たちの魔力を削ぐ。
 気配を感じて振り返る空。視界に入ったのは刀を手に跳びかかってくる影。反射的に刀を創造し、斬撃を受ける。

 返す刀で反撃すると、影はひらりとそれをかわし、小さく舌打ちした。

剣術屋「ちっ、惜しいな。このタイミングならテメェを斬り伏せ、断章奪えると思ったんだがよ」
空「な……だ、誰だお前!? 別の世界の魔術師か!?」
剣術屋「魔術師? 違ぇな、俺は『剣術屋』。窓を永遠に閉じる事を望む者だ」

 

 剣術屋と名乗った男は、悪びれもせずそう言った。マクスウェルたちも、その言葉に身構える。

マクスウェル「永遠に窓を閉じられると、オレたちも困るんだけど?」
日羽「ええ、せっかく悲劇を回避できたのですから……空さんを襲うなら、私も相手になります」

 

 5人の魔術師に見据えられ、剣術屋は肩をすくめる。獣の世界の怪物たちにも、まるで臆することなく彼は言う。

剣術屋「なぁに、これ以上やり合うつもりはねぇさ。今回の俺の目的は、もう果たされた」
空「何?」
剣術屋「世界が二つあり、『七つの断章』も二つあった。だったら俺の願いを叶える道は、まだ残されてるって

 こった。何かその方法のヒントでも得られりゃと思ってたが、予想以上の収穫さ」

 その言葉の真意は、空にはわからなかった。眉根を寄せる空たちに、剣術屋は刀を収めて言う。

剣術屋「それじゃあな、別の世界の魔術師たちよ。いつかまた会う日を楽しみにしてるぜ」

 

 彼はそう言うや、『重力分断』を使う。自身の重量を1/6に変え、月を跳ねる兎のように跳躍。

 そしてビルの壁を足場に、空高く飛び上がり――他の魔術師たちと同じく、赤い窓の向こうに消えた。
 それと同時に、閉じかけていた窓が完全に閉まった。今度こそ誰の気配もない。別の世界の魔術師たちは、

 自分たちの世界に帰ったようだ。フリッツがどこか愉しそうに言う。

フリッツ「……向こうの世界の魔術師ってのも、色々みたいだね。

 手強そうな相手だったけど、次にまともにぶつかったら勝てるかな、空君?」
空「さぁな。だがアイツとまた顔を合わせた時は、オレも全力で迎え撃つさ」

 

 空は夜空に浮かぶ月を見上げ、そう答えた。
 どんな世界であれ、光だけで出来ている場所はない。光があれば影もある。それもこれもひっくるめて、

 世界は回っている。
 いつか約束の日が訪れた時、愛すべきあの魔術師たちと共に、最強の敵がやって来るのかもしれない。

 だがそのくらいのリスクがあって、ちょうどいいと言えるだろう。

 そうでなければ、この世界の物語の結末としては、あまりに美し過ぎると言えるから。

空(世界は鏡のようなもの。そこに棲む者の心を映し、世界は形作られるか……
  次に会う時までに、この世界をもう少し良くしとくぜ)

 彼はそう誓い、歩き出す。
 この世界で紡がれる、新たな物語に向けて――

 

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