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①『そして物語はまた始まる』

 

 

――隣世で何かが起きている。
  至急各トライブから、隣世の調査隊を募りたい。
  目的はただ一つ、『隣世で何が起きているのか確かめる事』だ――

 その報せは瞬く間に、魔術師たちの知るところとなった。
 大半の魔術師は、調停者の代表たる『隻腕の魔人』アルバート・パイソンがやられたという事実に尻込みした。
 だがそれでも少数ながら、依頼を受ける者たちがいた。それらの精鋭魔術師達は、即座にそれぞれの行動を起こす。

 

 

 

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 ウィザーズインクの主要研究施設、『魔粒子総合研究所』では。
 所長の『構築の魔女』緋崎咎女は、依頼の件を聞いて眉根を寄せた。

 

咎女「隻腕殿がやられた……? 新年早々、不穏ですね」

 

 危機感を覚える一方、研究者の好奇心が首をもたげる。
 隣世で何かが起きているというのなら、確かめに行きたいというのが本音だ。
 だが昔と違い、今の咎女には立場がある。死の危険があるかもしれない現場に、自分の一存だけで赴く事は難しい。

 

咎女「責任ある立場も充実していますが…昔が懐かしいですね」

 

 だが隣世に行かずとも、やれる事はある。咎女はそう思い直し、誰ともなく呟いた。

 

咎女「私は此方で、貴方は其処で……と決めましたからね。でも後続の補佐程度ならいいでしょう?」

 

 その声は、隣世の彼に届いているだろうか。そう思いつつ、咎女は己のすべきことに取り掛かった。

 

 

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 一方、隣世の遥か辺境、『あの世』と呼ばれる場所では。
 現世を見守る亡き魔術師、アヤこと綾子・アイヒマンが、咎女の呟きを聴いていた。

 

アヤ「二つの世界に分かたれても、互いを想い続けるか……相変わらず美しい二人だね」

 

 彼女は生前、空間と空間を繋ぐ固有魔法を持っていた。恐らくはその作用で、死者となった今もなお、

 時おり現世へ声を届ける事が出来た。
 だが今回は、現世に声をかける事は出来なかった。咎女に声をかけようとしても、その声が届かない。

 

アヤ「ままならないものだな……だが隣世の彼に、声をかける事くらいは出来そうだ」

 

 アヤはそう思い、精神を集中する。隣世の深層にいるあの魔術師に、現世の状況を伝える為に。

 

 

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 その頃、隣世の最深部。かつて『隣神』がいた場所では。
 『灰色の魔人』シウ・ベルアートが、異変を感じていた。

 

シウ「……おかしい。隣世に蔓延する悪意が、急に増えてきた……!?」

 

 隣世とは、現世に棲む人々の想いからできている世界だ。シウはその最深部に留まり、

 現世から流れて降り積もった『悪意』を、この1年間打ち消し続けてきた。
 その作業にも終わりが見えてきたかと思った矢先、不意に莫大な量の悪意が、隣世に蔓延し始めた。

 それはどうやら、現世から流れてきたものではない。隣世のどこかに閉じ込められていた悪意が、

 何かの拍子に溢れ出したような――

 

シウ「何が起きてるんだ……? 隣世側で何かが起きたのか?」

 

 そう思った時、不意に耳元に声が響いた。同じ隣世の住人である、アヤの声だった。

 

アヤ『聞こえるかい、シウ君? どうも隣世で何かが起きているようだ』
シウ「アヤさん!? ええ、僕も今それを感じていたところです。急に隣世の悪意が増えたようですが、

 なにが起きてるのかわかりますか?」
アヤ『私にも詳しい事はわからない。ただ隣世に、黒の魔人・赤の魔人・破魔の魔人らしき者が出現したようだ。

 それらにアルバート様が倒されたとか』
シウ「アルバートさんが!? しかも黒の魔人たちにですって……!?」

 

 シウはその言葉に驚く。アヤは落ち着いた声で続けた。

 

アヤ『調停者の長がやられたんだ、君の出番なのではないかな? 死者である私は、現世にも隣世にもほぼ

 干渉できない。だが生者たる君なら、できる事はあるはずだ』

 シウはその言葉に頷く。隣世の悪意を打ち消す使命も大事だが、今何が起きているのかの究明の方が、

 より大事だと判断したのだ。

シウ「ありがとうございます、アヤさん……行ってきます」
アヤ『ああ、気を付けて行くのだよ。君の帰りを待つ者の為にもね』

 シウはその声に笑みを返し、それから悪意の流れてくる方角へ向けて駆け出した。

 

 

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 ――そして再び、視点は現世へ。
 同時刻、豊島区のとある廃ビルの一室では。剣術屋こと三間修悟が、盗聴器を片手に呟いた。

 

剣術屋「ああ? 隣世に死んだ魔人どもが現れただと? ちっ……だから俺ぁ前々から、『窓』を永遠に閉める

 べきだっつってたのによ」

 

 反魔術師組織『捕り手』の一員である彼は、各トライブの拠点に盗聴器を仕掛け、その動向を逐一チェック

 していた。それで得た音声から、今回の事件を知ったのだ。
 剣術屋は捕り手に入る前から、『窓』を永遠に閉ざす事を、己の願いと定めていた。いつかこういう事態が

 起こる事を、予見していたのかもしれない。
 隣世で何が起きているのか、まだ詳しいことはわからない。だがこれは、剣術屋の願いを叶える為のヒントを得る、

 絶好の機会かもしれなかった。

 

剣術屋「窓についても隣世についても、まだわからねぇ事だらけだからな……どれ、窓を永久に閉じる術を探しに、

 俺も隣世に行ってみるかね」

 

 彼はそう呟き、愛刀『鬼神大王波平行安』を手に、独り歩き出した。


 ――かくして時と世界は巡り、物語はまた始まる。
 かつて隣世に巣食う凶つ神、『隣神』と戦った英雄たちが、それぞれの想いを胸に動き出す。
 そして若き魔術師たちもまた、この事件に身を投じる事となるのだった――

​(TRPG版に続く

 

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