②『英雄たちの闘い』
かつて『隣神』を斃した英雄たちと、決戦後にトライブに入った若き魔術師たち。
それらの混成チームは、仲間たちに見送られ、隣世の調査に旅立った。
そのメンバーは、
『運命の魔術師』土崎修こと我歩。
『蜃気楼の魔術師』織部瑞月ことおりべー。
『不殺の魔人』立花透ことトール。
『終尾の魔人』獅堂勇ことユウ。
『銃舞の魔術師』アリシア・ヴィッカーズ。
『輪転の魔術師/輪転の魔女』遠野結唯ことイデア――
それに若き魔術師6名を加えた12人が、隣世の調査班となったのだ。
隣世の表層を行く彼らは、途中でレイズの亡霊らしきものに出会った。
彼に先導され、辿り着いた場所には、赤く巨大な『窓』があった。
それを潜った先には、現世と何も変わらぬ新宿の街が広がっていて――
そして、あの男がいたのだ。
亡き黒の魔人とは何かが違う、『黒の狩人』フリッツ・メフィストと名乗る男が。
彼は魔術師たちを見て、冷たい声で言う。
フリッツ「君たちは僕の『敵』のようだ。死んでもらおうかな」
その言葉を聞いた瞬間から、ユウの背に冷たい汗が伝った。
ユウ(なんだ、こいつは……!?)
見た目はユウも良く知っている、あの男だ。
だが違う。目が、身から溢れる魔力が、殺意の量がまるで違う。
ユウ(偽物か……!? 偽物ならば黒の魔人を語った罪で、叩き潰そうと思っていたが……
そう簡単に行く相手じゃない!)
久しく忘れていた戦慄が、ユウの心に湧き上がる。傍らのアリシアもそう思ったのか、同時に叫んでいた。
ユウ「危険だ……! 逃げろ、お前たち!」
アリシア「こいつ、ただのフリッツじゃないよ!」
ユウは黒霧で作った獅子を放ち、アリシアがM60機関銃二丁を構える。
同時にフリッツが『黒の嵐』を放つ。とっさに我歩が、転移魔法で若き魔術師を護った。
アリシア「頼むから逃げて! あまり長く持ちそうにないヨ!」
アリシアが反撃しながら叫ぶと、若者たちは戸惑った。だがやがて我歩やトールの説得を聞き、
転移魔法で撤退した。
後にはフリッツと、ユウとアリシアだけが残る。フリッツは黒霧を収めつつ、二人に微笑む。
フリッツ「おやおや、なかなかやれるようだね……? 僕の攻撃を凌ぐなんて、賞賛に値するよ」
ユウ「お前に匹敵する敵とも、何度か戦っているからな。もっとも、『たった二人で』ではないが……」
ユウの冷汗は止まっていない。
眼前の敵から感じる魔力、それはかつて闘った『最強にして最凶の魔人』ナハトブーフ以上だった。
アリシアもわかっているらしく、硬い声で言う。
アリシア「何があれば、そんなに強くなるの……? 普通の魔術師が強くなる限界を、遥か超えているヨ……!」
フリッツ「魔術師を強くする方法なんて、あまりないだろう?
『闘争』と『悲劇』。それが僕を、人から獣に変えた」
そう答えるフリッツの体から、無数の獣が這い出して来る。
鴉・蝙蝠・黒百足・蜥蜴・黒狼・虎。さらにはフリッツ自身も、獣の姿に代わっていく。
黒霧で出来た、漆黒のキメラの姿に。異形の獣が人の声で言う。
フリッツ「黒霧で獣を造る遺物『ヘキサクラフツ』。そして自分を黒霧に変える『ファロシュバルツ』。
それを組み合わせると、こんな芸当も出来るのさ……さて、もう一合やるかい?」
フリッツがそう言った時、アリシアが声を上げる。
アリシア「やだヨー、ワタシもまだ死にたくないからネ。ここは逃げの一手だヨ!」
アリシアはそう言って、固有魔法『遍在の武器庫』を起動。そこから重武装ヴィーグルを取り出し、
即座にユウごと乗り込んだ。
フリッツ「逃がすと思うかい?」
獣と化したフリッツが、ヴィーグルに跳びかかる。しかしヴィークルは弾丸のような加速力で走り出し、
フリッツの攻撃をかわした。アリシアがヴィーグルを運転しながら、助手席のユウに叫ぶ。
アリシア「ユウ、このまま逃げるヨ! このヴィーグルを遺物『マンバレット』で加速すれば、
しばらく逃げられるハズ!」
ユウ「なっ!? でもアリシア、俺はあのフリッツに一撃を――」
アリシア「『格上のフリッツを、いつか超えたかったから』って?
あのフリッツだって偽物だろうと、格上なのは間違いないもんネ?
デモ無理だヨいくらユウでも! 二人だけじゃどうしようもナイネ!」
ユウ「……!」
最も信頼する相棒の言葉に、ユウははっと息を呑んだ。
『永遠に叶えられなくなった願いの対象』を見て、自分も冷静さを失っていたのかもしれない。彼我の力量差は、
悔しいが歴然としている。
今もフリッツは、ヴィーグルの後ろから、キメラの姿で追いかけてきている。あの巨大な口に齧られでもしたら、
いかにユウでも無事ではすまないだろう。
ユウ「……だが、埋められないほどじゃない。あと1人でも仲間が加われば……」
アリシア「仲間ッテ?」
ユウ「シウさんだ。あの人なら隣世で何か起きれば、きっと駆けつけてくる…早急にコンタクトを取り、共闘しよう」
アリシア「そうか、いいネー! じゃあシウが見つかるまで、決死のCar Chaseといこうカ!」
アリシアがそう言って、ヴィーグルの速度をさらに上げる。
ユウとアリシアの闘いは、そうして始まったのだった。
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――一方、その少し後。
我歩とおりべーとトールが率いるチームも、空とマクスウェルに遭遇していた。
空とマクスウェルは一触即発で、地下での戦いは避けられなさそうだった。
ここにいれば自分たちはともかく、若い魔術師たちが巻き込まれて命を落とすだろう。
そう考えた我歩は、その場にいる皆に言った。
我歩「……お前が俺の知ってるマクスウェルじゃない事は判った。
詳細はわからないが、その殺意は本物だろ。
皆を逃がしてほしいが、俺と瑞月はここに残るよ。言いたい事があるからな……」
その隙に転移で逃げようとする若者たちを、マクスウェルが追撃する。
だがとっさにトールが、不殺の魔人の信念に従い、若者たちを護った。
トール「退路は確保する、行け! この世界で何が起きたのか確かめてくれ!」
後ろ髪を引かれていた者たちも、その声に覚悟の頷きを返す。
そして転移魔法が発動した後、地下道には我歩・おりべー・トールの3人だけが残った。
その面々を見て、マクスウェルがきょとんとする。
マクスウェル「……あれ? なんで空連れて逃げて、あんたたちが残ってんの? フツー逆じゃない?」
我歩「さっきも言ったろ、俺はお前に言いたい事があるんだ」
――たとえお前が、俺の知る『友達』じゃないとしても。
そう思いつつ、我歩は続ける。
我歩「なぁ、マクスウェル……お前は『反転した存在』なんだろ?」
マクスウェル「んん? 反転?」
我歩「運命か、人格か、それは判らない。だが俺の知るマクスウェルとお前は、何かが反転してるように思えるんだ」
マクスウェル「なるほどね……でも逆かも知れないよ?
これが本来のオレで、あんたの知るオレが反転した存在なのかもね」
マクスウェルは笑う。その笑みも記憶の中の彼とはどこか違う。
得体の知れない強固な覚悟のようなものが感じられたのだ。
おりべーもそれに気づいたのか、少し寂しそうに言う。
おりべー「……本当にレビくんそっくりだねー。でも君は違う。やっぱり違うみたい……」
マクスウェル「違う違うって失礼だなぁ。もっかいいうけど、たぶんオレの方が本物だよ?
情報とエネルギーを支配する物理学上の架空生物、『マクスウェルの悪魔』。
本来オレは、それになるために、イカれた実験によって造られた半人造魔術師。
だったらいっそ、その『悪魔』になろうと願っただけさ」
マクスウェルがそう言った瞬間、周囲の空気が、急速に収束し始めた。
110万気圧にまで圧縮された空気が、1700度に加熱される。
――『窒素爆弾』、赤の攻撃魔法の最高峰。それを今にも放とうとしている彼に、我歩が言う。
我歩「それを撃てば、俺たちをあっさり殺せると思うか?
だが俺たちは以前この地下道で、燃料気化爆弾の爆発を受け、それでも生き延びた」
おりべー「そうともさー。へいへいレビ君っぽい子、遠慮なく来なよー。びしっと迎え撃ってあげるからね?」
おりべーも言い、トールも身構える。攻撃魔法『炎神』の詠唱は既に済んでいるようだ。
マクスウェルは3人を見て笑った。心から嬉しそうに。
マクスウェル「いいね、気が変わった……空よりあんたたちを優先しよう。
ここに居合わせたのが運のつき、悪いけど死んでもらうよ」
我歩「ああ、かかって来い!」
マクスウェルの爆弾が、3人目掛けて放たれる。我歩が、おりべーが、トールが、あらゆる魔法で迎撃する。
そして光差さぬ地下道の中、赤の魔術師たちの死闘が幕を開けた。
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そして同時刻、単独行動をとったイデアは――
スナイパーライフルを片手に、街中を転移して移動しながら、ある事を考えていた。
イデア(……どうやら、まだ誰も気づいていないようだな。私が思った可能性については)
いや、この場にたまたまいないだけで、同じ事を思った者はいたのかもしれない。
何しろその考え自体は、自然に思いついてもおかしくない事だから。
イデア(だが、推察に頼るのは危険だ。だから多少のリスクを冒しても、私が確かめる必要がある。
私の考えが間違っているのか、正しいのか……それがこの事件とどう関係するかも含めてな)
そう思った時、彼女は目的地に着いた。
そこは新宿副都心ビルの屋上。ライフル使いの彼女にとっては、絶好の狙撃ポイントだ。
イデア「試させてもらうぞ、『黒の狩人』とやら……できるならお前で確かめたい」
現世でイデアの宿敵である、ニナの遺物を得た男。
それを確実に狙撃する為に、イデアは敵の居場所を探り始めた。
そうしてそれぞれの場所で、各魔術師の思惑が動く。
誰もいない新宿で、闘争は静かに確実に、加速し続けていた――
(TRPG版に続く)
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