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③『それぞれの想い』

 


 隣世で若き魔術師たちが、亡き魔人たちと遭遇していた頃。
 現世の異端教会に残った比企尼甘子は、隣世からの通信を聞いてやきもきしていた。

あま子「うぅぅぅ、フリッツさんもマクスウェル君も殺る気満々……!

 こっちの世界と違って、向こうは殺伐とし過ぎです!」
ユナイト「ええ……危険な任務だとは思いましたけど、これほどとはね」

 ユナイトもあま子の言葉に、苦い声で呟いた。
 隣世に向かった魔術師の動きは、あゆみによる衛星通信+咎女の光子通信により、辛うじてモニターが可能だった。

 だが彼らが隣世の『赤い扉』の向こう、『もう一つの世界』に行ってからは、その通信状況はひどく悪化していた。
 こちらからの通信は届かず、向こうからの映像も音声も断絶的だ。これでは現世側から、満足なサポートをする事も

 難しい。

あま子「皆さんが戻ってきた時のために、医療体制は整えてありますけど……増援を送った方がいいでしょうか?」
ユナイト「いよいよとなれば、それも考えた方がいいかもしれませんが……」

 ユナイトは慎重に考えつつ、答えを返す。
 確かに増援を送りたいのはやまやまだ。しかしそうして現世の魔術師が出払った状態で、万が一隣世にいる

 フリッツなどが現世を襲撃してきたら、対処は非常に困難になる。

ユナイト「……隣世の魔人たちの言動行動を見るに、現世襲撃の可能性は考慮しておいた方が良い。

 今はこちらの守りを固めつつ、調査班の帰りを待つのが得策でしょう」
あま子「うぅ、そうですか……じゃ、じゃあ現世に残った魔術師の皆さんにも、その旨連絡しておきます」

 あま子はそう言って、各魔術師への通信を行う。だがそこで彼女の表情が曇った。

あま子「……あれ? ユウキ君と連絡が取れない……?」
ユナイト「え? 彼は合同拠点に残ったはずじゃ?」
あま子「そ、そのはずなんですが……おかしいですね、彼に何かあったんでしょうか……?」

 あま子が心配げに通信機を見る。
 現世では、他におかしな出来事は起こっていない。だからこそ殊更に、ユウキの動向が不安だった。

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 その頃、赤の魔術師朝倉ユウキは。
 独り密かに合同拠点を出て、隣世に向かった魔術師たちを追っていた。

 彼は自分の固有魔法の事を、ラプラス以外には秘密にしている。だから大っぴらに、調査班に同行する事は

 できなかったのだ。
 だが彼の固有魔法『褪せない記憶』は、触れた者の記憶を読むことが出来る。隣世で起こっている事を

 解き明かすためには、非常に役立つはずの能力だった。

ユウキ(…隣世にいる魔人たち、全員の記憶を読もうとは言わない…

 せめてマクスウェルか、フリッツの記憶を読めれば…!)

 その二人は、まだ思惑の詳細が明かされてない。それを読み、皆に情報を共有できれば、

 隣世の悲劇を止める手掛かりになるかもしれない。

ユウキ(…あの世界が、おれたちの世界のもう一つの可能性だとしたら…きっとあの二人にも、

 何かしらの『想い』があるはず…!)

 そう思うユウキの行く手に、赤い『窓』が見えてくる。彼は静かに覚悟を決め、その窓に飛び込んだ。

 

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 一方、現世の神奈川県晴嵐町では。
 はきこと神楽坂土御門が、魔人魔女の集まる蕎麦屋『黄桜庵』を訪れていた。

はき(確か空たちは、この蕎麦屋によく集まると言っていた……ここに来れば、彼らに会えるはず)

 はきは隣世にいる空が、本物の空なのかの確認もしたいと思っていた。その為にわざわざ電車を乗り継ぎ、

 この街までやってきていたのだ。
 それを確かめるため、『準備中』と札のかかっている店の暖簾をくぐる。すると中から「へいらっしゃい!」と

 いう、威勢のいい声が返ってきた。
 声の主は、店の主『黄桜阿廉』。空の幼馴染であり、境界の魔女の弟子の一人。彼は厨房からはきの顔を見るなり、

 目を丸くする。

阿廉「おや、はきさんじゃねぇですか。店はまだ開いてねぇですが、一体どうしたんです?」
はき「いえ、実は隣世で事件が起きてまして……聞いてませんか?」
阿廉「え? あたしは聞いてやせんね……空さんたちからも何も連絡はねぇですが」

 その答えに一瞬驚いたが、そういえば日羽はこの事件について、『東京にいる各魔術師に連絡をした』と

 言っていた。恐らく神奈川在住であり、かつ日羽とほぼ面識のない空たちは、連絡網から漏れたのだろう。

はき「……参りましたね、助力を頼みに来たんですが。空たちと連絡はつきますか?」
阿廉「難しいですねぇ。駆馬さんは修行中で御山に入ってるし、美丹さんと雅姉さんは御岳山の再調査に行ってるし、

 空さんと真琴さんは山籠もりに行ってるし」
はき「五人とも山に行ってるんですか。流行ってるんですか」
阿廉「いやいや偶然ですよ。しかしそうなると、すぐに動けるのはあたしだけですね……」

 阿廉は少し考え、それからうんと頷いた。

阿廉「……良うがす、あたしが参りやしょう。あたしは空さんたちほど腕は立ちやせんが、それでもいねぇよりは

 マシでしょうから」

はき「え、いいんですかお店は?」
阿廉「なに、たまに休んだってかまわねぇでしょう。はきさんがわざわざ来るって事は、よほどの事なんでしょうし」

 阿廉は店の暖簾を下ろし、店の奥にかけてあったコートを羽織る。

 コートは防弾仕様らしく、戦闘準備は万端のようだった。

阿廉「はきさん、隣世に案内して下さい。詳細は道々聞かせて頂きやす」
はき「ありがとうございます、阿廉。それではさっそく向かいましょうか」

 

 そうしてはきと阿廉の即席コンビは、連れ立って隣世に向かった。

 

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 同時刻、現世の合同拠点では――
 緋崎咎女が、隣世から現世へのアクセスを監視していた。

咎女(今のところ、隣世の魔人たちが現世に来る兆候はないですが……油断は禁物ですね)

 彼女はそう思いつつ、頭の隅で別の事を考える。
 この1年、咎女とリンの共同作業により、現世で『窓』が開く頻度は減少していた。だがそこに今回の事件が

 起きた。この事象をどう解釈すればいいか、咎女にはまだわからなかった。

咎女「……隣世との境界が少し緩くなっているんでしょうか? 原因は不明ですが、境界殿は無事でしょうか……」

 小さく呟いたその声を、聴く者は生者の中にはいない。
 ただ現世を見守る、亡き魔女だけが聞いていた。

 

 

 

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 境界の魔女リンは、今回の事件について、一部始終を見守っていた。
 だが彼女にとっても、隣世に死んだ魔人たちが現れた事は、晴天の霹靂だった。

リン(咎女よ、私は無事だが……今回の事件については、私にもなんだかよくわからんのじゃ)

 リンの思念は彼女の死後、現世の隅々まで拡散し、現世を見守ってきた。

 しかしそんな彼女にも、隣世で起こる事は、観測の範疇外なのだ。

リン(隣世にはまだ謎が多いという事じゃのう……今は隣世に向かった者たちの無事を祈る他なさそうじゃ)

 彼女はそう思い、生者たちの為に祈る。
 死者に出来る事はそれくらいだ。依然、この事件の結末は、生者たちの手に委ねられていた……。

TRPG版に続く

 

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