④『逢魔が時』
薄暗い地下道。トール・我歩・おりべーのチームと、マクスウェルの戦闘が始まってから、約2分後。
トールは木刀による絶え間ない斬撃を繰り出しつつ、思っていた。
トール(――強い。記憶の中にあるマクスウェルより、遥かに――)
トールの木刀がマクスウェルの肩を抉る。鎖骨が折れた感触。だが一瞬後に、その折れた鎖骨が元に戻る。
マクスウェルの固有魔法『マクスウェルの収束』。自身を含む周辺の物理状況を、10秒前に戻す能力。
それは魔力が続く限り、無限に傷を癒せる能力と同義だ。しかもマクスウェルの魔力は、尽きる気配がない。
回復と同時に火炎を放ってくる。トールが気体操作でそれを防ぐと、マクスウェルは意外そうな顔をした。
マクスウェル「へぇ、なかなかやるじゃん。こっちの世界のインクには、アンタほどの魔術師はいなかったけど」
トール「俺も最初から、強かったわけじゃない……それなりの地獄を潜り、ようやく手に入れた力だ」
トールがそう尋ねると、マクスウェルは嬉しそうに笑った。
マクスウェル「いいね。ますますあんたたちの遺物が欲しくなったよ」
トール「もちろん断る、だが……いずれにしろ聞きたい事がある」
マクスウェル「聞きたい事?」
トール「なぜ俺達の遺物を欲しがる? 強さを求めてか、それとも……?」
トールは彼の真意が知りたかった。それを探る問いに、マクスウェルは平然と答える。
マクスウェル「強さも欲しいけどね。より欲しいのは、運命を変えるほどの魔力さ」
トール「何?」
マクスウェル「あんたも魔術師ならわかるんじゃない? 運命に抗うのが魔術師の本能。
そうじゃなきゃ初めから、魔術になんか目覚めてない」
とらえどころのない答えだったが、トールもそれには同意だった。
力が支配する魔術師の世界で、トールは闘争の運命に抗ってきた。誰も殺さず殺させず、
皆が生き残る未来を追い続けてきた。
恐らく我歩もおりべーも、自分と似た意志の持ち主だろう。ならば、マクスウェルは――?
トール「――マクスウェル、お前が抗う運命ってのは何だ。
お前は何のために戦っている? ウィザーズインクを護るという、『赤の魔人』の使命のためか?」
マクスウェル「それはもう果たせなくなったよ。だからオレは、『悪魔』でいい」
マクスウェルは、かすかに寂し気な笑みを浮かべて言う。
マクスウェル「……あらゆる魔術師を殺してでも、叶えたい願いがある。
その為にあんたたちの遺物が欲しい。それだけさ」
話を打ち切るように、告げられた答え。それはトールの願いと相反していた。
どうやらやるべき事は決まったようだ。トールは隠し持っていた二つの遺物の魔力を、同時に解放する。一時的に
とは言え、マクスウェルに匹敵する魔力が、彼にもたらされた。
トール「俺達を殺すというのなら……『不殺の魔人』の名に懸けて、止めて見せる!」
その声と共に魔人が駆け、悪魔がそれを迎え撃つ。
魂をぶつけ合うような彼らの戦いは、なおも続いていく。
====================================================
一方、地上ではアリシアとユウが、フリッツと決死のカーチェイスを続けていた。
黄昏時の新宿の街は、どこにも人の気配がない。1年前、現世の魔術師達が、降魔の軍勢と戦った時と同じ様に。
アリシア(といっても、ワタシはその時フランスにいたんだけどネ……肝心な時に日本にいなかったのは、
今でも皆に申し訳なく思ってるヨ)
だからこそ今回の調査行にも、率先して名乗りを上げたのだ。アリシアはそう思いながら、ヴィーグルの
ハンドルを切る。だがその瞬間、曲がり角の向こうから、黒く大きな影が躍り出た。
アリシア「しまっ――」
慌ててブレーキを踏んだが、遅かった。眼前に現れたのは黒いキメラ。フリッツが先回りし、曲がり角の向こうで
待ち構えていたのだ。
その開かれた口に、ヴィーグルが突っ込んでいく。一瞬後に顎が閉じられ、めきめきという音が響く。
車体3mほどもあるヴィーグルを丸飲みにした後、キメラは意外そうな声を上げた。
フリッツ「……おや? 食べごたえがないと思ったら、中身が空みたいだね」
フリッツが人の姿に戻り、薄笑いを浮かべる。アリシアとユウは、ヴィーグルが食われる寸前に車を脱出し、
道路に降り立っていた。
息をつく間もなく、そこにフリッツが烏の群れをけしかける。アリシアがガトリングガンを取り出し、
それを次々と撃ち落す。
それでも撃ちもらした烏が、アリシアを襲う。だがそれはユウの放った烏に防がれた。フリッツの眼に
わずかな驚きが浮かぶ。
フリッツ「これは、ヘキサクラフツ……? まさか君、ニナの遺物を持ってるのかい?」
そう問うフリッツに、ユウは明確に答える。
ユウ「ああ。『魔女の短剣』、あんたが持ってるのと同じ遺物だ」
フリッツ「そちらの世界のニナも、白か赤に殺されたのかい? それで君が遺物を継いで――」
ユウ「いや、俺が殺した。この手でな」
その言葉にフリッツの表情が、かすかに軋む。
挑発するようなユウの言葉を、アリシアはあえてとがめなかった。フリッツの殺意を自分に向け、
アリシアや他の魔術師から逸らすためだろう。そういう男だとわかってはいるのだが――
アリシア「ユウばっかりに気を取られていいのかな、魔人サマ?」
アリシアは遺物『マンバレット』を起動、フリッツとの間合いを一瞬で詰める。
至近距離からリボルバーを連射、フリッツの頭が砕け散った。
『仕留めた』と、一瞬思った。だが砕けたフリッツの頭部が、見る間に再生していく。
信じがたい光景に立ちすくむ彼女に、フリッツは笑顔で言った。
フリッツ「残念ながら、僕は頭を撃たれたくらいじゃ死なないよ。衛示君の遺物を持ってるからね」
アリシア「……厄介だネ。うちの世界の魔人サマも人間離れしてたけど、アナタはまるっきり化物だヨ」
フリッツ「今さら何を? 僕ら黒の魔術師は、魔粒子に脳を焼かれた、落とし児以上の化物だろう?」
そう告げるフリッツに、ユウが飛びかかる。黒霧を纏わせた手刀を、フリッツの首目掛けて放つ。
同時にアリシアも黒霧の大鎌で、フリッツの首を薙ぎにかかる。
手ごたえはなかった。フリッツは黒霧に姿を変え、二人の攻撃をかわした。
とっさに間合いを取る二人に、フリッツは姿を現しながら言う。
フリッツ「いいね君たち。僕が『首を斬り落とされない限り死なない』とわかった瞬間、即座に攻撃を切り替える。
なかなかの練度だよ。君たちの名前を聞いておこうかな?」
ユウ「『終尾の魔人』獅堂勇だ」
アリシア「こっちは相棒のアリシア・ヴィッカーズだヨ」
フリッツ「なるほど、そちらの世界のイェーガーは精鋭揃いらしいね。
もう少し遊んでいたいけど、そろそろ決めさせてもらおうかな」
そう告げた彼の全身に、魔力が満ちていく。大気が震え、身を痺れさせるほどの激烈な魔力。
危険を感じたアリシアは、ユウと共に撤退しようとした。だが間に合わない。彼女が『マンバレット』を起動する
より早く、フリッツが莫大な魔力を注いだ、『黒の嵐』を放とうとした時――
シウ「させないよ」
上方から、シウの声が響いた。
アリシアもユウもフリッツも、弾かれた様に空を見上げる。
視界に入ったのは、天から舞い降りるシウの姿。彼はフリッツ目掛けて高速降下し、手から茨を放つ。
フリッツ「ッ!?」
フリッツは黒霧の防壁を張ったが、茨はそれを貫通し、彼の体を絡めとった。すると彼の身にみなぎっていた
魔力が、急速に消沈していく。シウはアリシアたちの傍に、ふわりと降り立って言った。
シウ「なんとか間に合ったみたいだね……2人とも、遅くなってごめん」
アリシア「いや、いいトコにきてくれたヨ」
ユウ「美味しいところで現れるのは、シウさんの十八番ですからね」
強力な援軍の到着に、アリシアたちが笑顔を浮かべる。フリッツも感心したように言った。
フリッツ「僕の張った防壁を突き破るなんて、君も普通の魔術師じゃないね?」
シウ「いや、これは遺物の力だよ。敵に攻撃を確実に当てる遺物『commitmet』。
それと魔力を吸収する茨『パーフェクトバインド』。
この二つを組み合わせると、どんな強敵でも足止めは出来る」
フリッツ「なるほど……なかなか悪くない策だ」
シウ「お褒め頂き光栄だよ。僕らの世界の貴方とは、策士タイプ同士という事で、鎬を削った事もある……
でもこの世界の貴方は、策より力で押すタイプかな?」
フリッツはその言葉に、微笑で答える。一瞬後、彼は黒霧に身を変え、茨の拘束から抜け出した。
黒霧の姿のまま、フリッツが言う。
フリッツ「わざわざ策を弄しなくても、僕に勝てる魔術師は、この世界にはほぼいなくなっていたからね。
でも君たちが来てくれた事で、久しぶりに楽しめそうだ」
シウ「ああ。僕らも元の世界で残ってしまった因縁を、これを機に片付けられそうだよ」
シウ・ユウ・アリシアが身構える。眼前に浮かぶ黒霧の塊が、笑ったような気がした。
アリシア「久々の共闘だネ。こっちの世界の黒の強さを、狩人サマに見せてあげようか」
その声にユウとシウが、力強く頷く。
敵は恐らく、ナハトブーフを超える怪物だ。2人が3人になった所で、勝ち目は薄いだろう。
だが勝てずとも良い、仲間たちがこの世界の真実を探る時間さえ稼げれば。
この3人なら恐らく、それが出来るという確信があった。
====================================================
――同時刻、現世では。
『電子の魔女』ことトリーネ・エスティードが、新宿合同拠点に送られてくるデータを分析しながら、
隣世の様子を探っていた。
相方のAIトラインが、苦い声で呟く。
トライン『通信が弱くて、向こうで何が起きてるか、いまいち判別できないわね……
少なくともフリッツとマクスウェルが敵だって事は、間違いないみたいだけど』
トリーネ「でもシウさんを、フリッツの元に辿り着かせる事は成功したみたいです。
アリシアさんたちと共闘すれば、フリッツを押さえる事も出来るはずですよ」
そう、シウが迷いなくアリシアたちの元に辿り着けたのは、トリーネのサポートがあったためだ。
彼女は断続的に送られてくる音声などから、隣世の状況を可能な限り掴み、シウにも伝えていた。
むろんトリーネも、隣世に行きたかった気持ちはある。言いたい事も言い尽くせぬまま、こちらの世界で
死んでしまったマクスウェルに会って、一度ひっぱたいてやりたかったというのも本音だ。
だが今回は私情より、全員の生還の為を優先すべきだろう。だから彼女は現世に残り、その役目を忠実に
果たしている。
トライン『……とはいえ、少し歯がゆいわね。今ごろ誰かが私たちの代わりに、
向こうのマクスウェルをひっぱたいてくれてるかしら?』
トリーネ「恐らくは。敵は殺意満々ですし、決着まで戦い続ける事になりそうです」
それがこちらの世界の抗争を戦い抜いた、トリーネの素直な予測だった。
だが聡明な彼女でさえ、予測しきれない事がある。それは今回隣世に向かった、新世代の魔術師たちの意志。
彼らが闘争以外の手段で、もう一つの世界の悲劇を食い止める事は、未だ誰もが予想しえなかった……
(TRPG版に続く)
(Page top)