<都内、某墓地にて>
この世界では通説、『魔術師に墓はない』と言われる。
魔術師が死んだときには遺体が残らず、遺物となるからだ。
だが納めるべきものがなくとも、人は墓を作りたがる。魔術師がこの世に遺すのが、生き様と遺物だけでは、あまりに寂しいからだろう。
故に墓を遺す魔術師も時にはおり、それを墓参する者もいる。その日もある魔術師の墓を、訪れる青年がいた。
「お久しぶりですね、師匠」
そう告げたのは高天原衛示。彼の前には無銘の墓標、先代の白の魔人の墓がある。
むろん先代の遺物は、衛示の胸に埋め込まれている。それでも師の命日には、衛示はこうして墓を参り、この一年にあった事を報告していた。
「あの『魔術師殺し』との戦いからも、早1年が過ぎました。
月日は飛ぶように過ぎますね……
赤ちゃんとなった秋水も、少し喋るようになってきましたよ。誰があの子に最初に
名前を呼んでもらえるか、異端教会の皆で勝負したりもして」
その時の事を思い出し、衛示は独り微笑む。
皆で秋水をあやしたり、自分の名前を連呼したり――抗争中には考えられなかった、なんとも平和な光景だった。
「他は概ね平和ですが……近頃カルロ様が、日本支部の活動に介入しようとしている動きが
あるようです。あの方の事ですから、平穏を破る事にならなければいいのですが……」
衛示は白の重鎮カルロ・バンディーニが苦手だった。『白の生きた暗部』と呼ばれる、腐敗した上層部の見本とも言うべき男。
だがカルロの事を考えると、頭をよぎる言葉がある。それは亡き師匠が、生前言っていた言葉だった。
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「異端教会の上層部が腐敗している? 俺はそうは思わねぇな」
上層部の腐敗は目に余ると呟いた衛示に、先代魔人は即座にそう答えたのだ。
怪訝そうな顔をする弟子に、師は補足する。
「白の魔粒子は、心に正義を持つ者にのみ宿る。
故にトライブの上にまで昇りつめられるほどの白の魔術師ほど、決して腐敗しねぇ。
腐敗するとかしねぇとか言うのは、人間の考え方だ。
俺ら白の魔術師にゃ、当てはまりはせんよ」
「ならばなぜカルロ様は、あのような非道な命令を……!
我らの使命は『魔術師を守る事』、他トライブの壊滅が目的ではないはずなのに……!」
「決まってんだろ、それも正義の形だからだ。
黒や赤にも、それぞれの正義がある。それと同じで、白にもまた一人一人、色々な正義
があるんだ。テメェのちいせぇ物差しだけで、その全部を計れるとはおこがましいぜ」
「では師匠、本当の正義とは!?
我らが共通して追い求めるべき、真なる正義はないのですか!?」
「答えは多分『そんなものはねぇ』だが……
それでもそれを探し、体現せんとするのが、俺ら白の魔人の使命なんだよなぁ」
師はやれやれとため息をつき、それから真顔で衛示を見つめる。
「衛示よ、とりあえず俺から言える事としては……まず、ありえねぇほど優しくなれ。
人の傷も痛みも、全部引き受けるくらいの気持ちで生きろ。
命を脅かされてるヤツがいたら即救え。そいつが世界を滅ぼそうとしている化物でも。
許しがたい悪がいたら即ブチのめせ。だが殺すな、そいつが親の仇でも愛せ。
やってらんねぇ仕事だろ? だがこれが俺の思う白の魔人だ。
世間の陰で人知れず悪と戦う、愛と正義の魔術師組織、異端教会のシンボルだ。
俺はその典型さ。名無しのヒーローを目指して生きる事に疑念がねぇどころか、これが
楽しくて仕方がねぇ。
名前も顔も覚えて貰えなくていい。俺は生涯『無貌の騎士』でいい。
だがこんな空気みてぇな俺の、超カッコイイ生き様は、必ず誰かの心に何かを残す筈だ。
なぁ衛示よ、それだけでもいいだろう?
生きてるうちに救えるだけ救えて、結果この世にいいヤツが1人2人増えりゃよ、
充分『正義』の行いだろ。
何が正義かわからん世界でも、このくらいは確かに『正しい』事だって感じがしねぇか。
なぁ衛示?」
そう言って師匠は笑う。衛示もややあって、かすかに微笑んだ。
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――だが師は、そのわずか2日後に死んだ。
この場所で起きた、一切の大義なき戦いで、フリッツ・メフィストに殺された。
そのフリッツも死に、フリッツを殺したナハトブーフも死に、夥しい死の果てに、魔術師たちは平穏を掴んだ。
その死者一人一人に、正義と信念があった。その事を思い出し、衛示は深い想いに沈む。
「……私にはまだカルロ様の正義が、見えていないという事なのでしょうか。
だとしたらこの高天原衛示、まだまだ修行が足りません」
真摯にそれを受け止めつつも、衛示の目には意志がある。その目で師の墓を見据えて言う。
「ですが師よ、私の正義は確かです。
異端教会の本来の理念、『護り、育て、導く事』。
それを胸に私は、日本支部を守っていきます。
もしもカルロ様の正義が私と相容れず、戦いになってしまった時は……
その時はあの方をぶちのめし、同時に愛してみせますから」
そう微笑む衛示の目に、迷いはない。
抗争の日々を乗り越え、悩み多き青年は、名実ともに『白の魔人』へと成長していた。
純心……それでうら若き乙女(祈)のプライバシーを覗き見しちゃう辺り、
やはり上層部は色んな意味で歪んでる気もするけど……
まぁフリオさんの子孫だし、イタリア男だしねぇ。悪ぶってても、心には愛がある…かも。