過去に一応書いたけど、CTTの雰囲気に合わなかったり、お話的に関係無かったり、そもそも質が低かったりで、お蔵入りにしたサイドストーリーなどを気まぐれに投稿するよ。もうすぐこのサイトも終了だし、最後のお目汚しという事で……。
NPCストーリー『赤の魔人』
※平行世界、東京/セッション『世界は鏡のようなもの』前日談
赤の魔人レビ・マクスウェルは、造られた魔人だった。
ウィザーズインクがかつて行った、人為的魔人育成計画の元被験体にして、唯一の生存者。
対他トライブ用の切り札として作られた戦闘魔術師。
彼は7歳の頃から、トライブ間の抗争が活発化している地域に送り込まれ、戦い続けてきた。
しかし一戦闘員として使い潰されるつもりは、彼にはさらさらない。
いつか魔力的にも地位的にも、ウィザーズインクのトップに君臨する為、虎視眈々と力を磨いている。
それは戦闘者として製造された自分が生き残るためでもあり、かつてエスティ・ラプラスと交わした約束のためでもある。
まだ彼が、身の丈に合わない力を持った子供だった頃。
度重なる闘いの果てに、心が壊れかけていた時――彼女は彼に言ったのだ。
「……あたしたち魔術師にとって、この世は獣の世界だね。
強い固有魔法を持つ魔術師ほど、敵に狙われる。
そのように生まれついたのなら、運命として諦めもつくかもしれない。
でもインクはあんたに、望みもしない『力』を与えた。
多くの魔術師が欲するであろう、凄まじい固有魔法と共に。
ごめんね、レビ、大人たちがバカで……
ただの子供だったあんたに、そんなものを背負わせてしまった」
ラプラスは1週間前に、親友たちをナハトブーフに殺されていた。
レビが力を得た事の意味を、彼女は真に実感していた。
「世界は鏡のようなもの。そこに棲む者の心を映し、世界は形作られる。
望むと望まざるとに関わらず、あたしたちを取り巻く世界は変わっていく。
もしも世界を変えたければ、自分自身が変わるしかない……!」
そう言うラプラスの目には、決意の色が滲んでいた。彼女はレビを抱き締めて呟く。
「……ねぇ、レビ。あたしは強くなるよ。自分が生き残るため、あんたを護るため。
そうして2人で、この世界を生き抜こう。地獄まで付き合うこと、約束するから」
レビは抵抗しようと思ったが、なぜかそうする事が出来なかった。
彼女の震える腕からは、彼が知らないぬくもりを感じた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
その日からレビは、この世で唯一、ラプラスをだけを信じる事にした。
神も何も信じない彼にとって、それは恋慕を超えた信仰だった。
自分にとっての最高の女性に出会った時、男は際限なく成長する。
少年はそれからわずか3年で、魔術師としても研究者としても一人前に成長していた。
レビと呼ばれていた少年は、名実共に赤の魔人『マクスウェル』となったのだ。
そして成長した彼の使命は、ラプラスの笑顔を護ること。
そしてその隣で、自分も笑っていること。
それだけが、彼の望みだった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
――それが彼の望みだったのに。
今、マクスウェルが護りたかった女性は、物言わぬ遺物となっていた。
冷たい雨が降る新宿御苑。呆然と佇むマクスウェルに、黒の魔女が言う。
「……悪く思うな。闘争の結果だ」
ラプラスが遺した遺物を、黒の魔女は手にしていた。
マクスウェルは答えず、固有魔法を起動する。
時間が10秒巻き戻った。だが、ラプラスは戻ってこない。
10秒経過し、もう一度巻き戻した。だが、彼女は戻ってこない。
マクスウェルの固有魔法は連続使用に制限があり、戻せる時間にも限界がある。
故に何度時を巻き戻しても、彼女は蘇らない。永遠に戻って来はしない。
それでも何度も巻き戻し、彼が保有する莫大な魔力が尽きた頃――
マクスウェルはようやく理解した。ラプラスが死んだ事を。
やがて降りしきる雨の中、彼は仇敵を見据える。
「……ニナ、オレはお前を殺すよ。たとえ上層部の意向に反しても」
「それでいい。既に賽は投げられた、もう引き返す事は出来ない」
マクスウェルにかけられていた制御術式が外れ、枯渇した魔力が再び溢れ出す。
ニナは一切の温度を持たない目で、彼を見返した。
『世界は鏡のようなもの。そこに棲む者の心を映し、世界は形作られる』
ラプラスが生前遺した言葉は、正鵠を射ていた。
それは『次世代の魔術師』たちがいなかった、もう一つの世界の物語。
真紅の後悔を抱えた悪魔と、愛を知らぬ魔女により、獣の世界の幕が開く。
NPCストーリー『黒の総帥』
※1761年初頭:フランス~ドイツ国境付近・アルザス地方の森/深夜2時
12世紀から18世紀にかけて、欧州で猛威を振るった『魔女狩り』と『異端審問』による犠牲者は、30万人とも6000人とも言われている。
近年の研究では、思いのほか少数であったという説が主流だ。魔女狩り/異端審問の定義は厳格であり、その定義に合致する犠牲者となると、かつて語られてきたような膨大な数の死者は出なかったのだと。
だがあの時代を生きた者は、決してそのようには考えない。
人は人を、さして理由にもならない事で迫害する。極限状態であればなおさらだ。
100年以上も戦争が続く世界。
原因不明の疫病が、繰り返し猛威を振るう世界。
国王が変わるたびに、信じて良い宗教と生き方が変わり、心さえも支配される世界――
そこでは多くの人々が、正式な手続きも無く裁かれ、理由もなく命を落としていった。
それが偽らざる、中世ヨーロッパの姿だった。
男は月の無い夜空を見上げ、その時代を追想する。漆黒の憤怒と共に。
「……あの時代に失われた命が少数だったなど、誰にも言わせない。
定義づけられない無意味な死が溢れていた事こそが、人類と世界の狂気の証だ」
漆黒の闇に沈んだ森に、男の低い声が響く。
傍らの二つの影は、沈黙を以てそれに答える。
あの時代、人々はあらゆる災厄を、『魔女』のせいとした。彼の祖国ドイツでは、男の魔女は『魔人』と呼ばれた。
彼の家族は全員普通の人間だったが、彼のみが魔人だった。だが人々は彼の家族を、魔女狩りと称して皆殺しにした。
唯一人、彼だけが生き残った。
その事が『魔女狩り』なるものの欺瞞と矛盾を、端的に表しているではないか。
「そもそも数字の多寡ではないのだ。
あの時代、魔女狩りの名のもとに殺された犠牲者たち。
彼らの魂を安らかならしめるのは、鎮魂の祈りか? 人類の愚行に対する赦しか?
否。我らが出来る事はただ一つ、『死者の無念を晴らす事』だ」
男はそう告げ、夜の森を歩き出す。傍らに同胞たる、黒の魔人と魔女を連れて。
今日まで彼らの帰るべき場所だった異端教会には、二度と戻らぬ旅路だった。
「イェーガー諸君、闘争を始めよう。
この歪んだ世界を、あるべき姿に正す為。異端が虐げられぬ世界を築く為。
弱く愚かで哀れな人間たちを、絶対なる力で統率する――
その暁に至るまで、我らの闘争は終わらない」
その声に同胞たちは、決意の滲む表情で頷く。
男の名は、ヨハン・シュバルツシュミット。後にシュバルツイェーガーの総帥となる魔術師。
人類の愚行を見続けてきた彼の意志は、決して揺らぐことはない。
あれから二世紀半が過ぎた今でも、変わる事無く続いている。