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黄昏編第4話④

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ルーフスに先導され、再び隣世の深層へと魔術師達は進んでいいた。   今のところ、こちらに向かってくる降魔はほぼ居ない。   「なんつーか、前回からするとびっくりするくらい静かっすね」   螢こと川村 蛍一がぽつりと漏らした声に、シウ・ベルアートが答える。   「多くの降魔が、トライブ本部の蹴撃に向かっるるからだろうね」   とはいえ、安心も油断もできない。   恐らく、シェイプシフターはここに居る。   そして彼の先には、隣神が居るのだから。   * * * * * * * * * *   そんな中、我歩こと土崎 修と、おりべーこと織部 瑞月は、前回から引き続き隣神についての調査を続けていた。   前回判明した、三種の魔粒子が完璧に混ざり合った気配。   その精査を続けるうちに、よりその特徴がはっきりとしてきた。   「んー、以前に誰か……ユナイトさんあたりかな、3種の魔粒子が混ざったものを見つけてたはずだけどー。あれに似てるなあー」   「単純に三色の魔粒子が密集して混ざり合っているわけじゃなくて、全体がそれで構成されてるみたいだな」   見つけたデータを、随時ルーフスに送信していく。すぐさま、ルーフスがそれに応答した。   『隣世に満ちる魔粒子は基本的に、3色が混じり合い、相殺し合っている。だが相殺せず、エネルギーを保ったままの魔粒子もあるという事だよ』   「隣神はその魔粒子を使えるって事ー?」   『ああ。というよりも、恐らくは……』   ルーフスが何か答えかけた時、我歩とおりべーの調査網にいくつかの反応があった。高速でこちらに向かってくる影――恐らくは。   「降魔の反応が近づいてきてる。俺達は調査を続けるから戦えないけど、皆注意してくれ」   * * * * * * * * * *   その通信を受け取ったルーフスは、周囲の魔術師たちに警告する。   「だ、そうだ。恐らくシェイプシフターも向かってくることだろう。気を抜くなよ、魔術師諸君」   「ぼんくらども、ここが正念場ですよ!」   もふの言葉に、魔術師達は戦闘態勢に移った。   そこへ向かってくる降魔達。数こそ少ないが、彼らはいわば本陣の守り。   相応の強さを持っているはずだ、決して油断はできない。   早々に放たれる、一発の黒霧の衝撃波。   だがそれを、マツリこと渡良瀬 祭が防いだ。   「どうぞ守りはお任せを」   次いで、鷹サイズの使い魔『そら』の索敵に従って、背後に迫った降魔に爪の一撃からの蹴撃を浴びせかける。   しかし降魔はこれを回避し、爪の切っ先が掠めるに留まる。   攻撃直後の隙を狙って繰り出される、黒霧を纏う手刀。   マツリは後退してこれを回避――したはずが、黒霧が槍のように伸長。   済んでのところで障壁を創造し、これを防ぐ。   ならばと更なる動きを見せたところで、不意に降魔は身体から力が抜けたように身を沈ませた。   かすめた指先から入りこんだ毒――『MeltdownV』が、効果を発揮したのだ。   後退から一転、マツリは切り返して降魔の身体を斬り刻む。   降魔の体を、更に毒が蝕んでいく。   動くこともままならなくなったところへ、トドメの一撃を――。   次の瞬間、降魔はそれまでが嘘のように十全な動きを見せた。   「っ!」   黒霧の手刀が、マツリの喉元を――   「マツリ!」   レイこと紫雨 玲が、氷結の矢を放って降魔を牽制。   凍結によって降魔の動きを鈍らせる。   と、同時に二人の使い魔である燐とそらが、後方に控える一体の降魔の存在に気づく。   その視線はマツリに向けられており、何らかの術式を行使しているのが見てとれた。   「ディスペル使いの降魔ってことか」   「それで私の毒が解除されてしまったのですね」   だが、ディスペル使いなら本体の戦闘能力は低いはず。   それに増強が消えていないことから、やつが封じることができるのは固有魔法だけのようだ。   「手前のは俺が引きつける、マツリはアイツを!」   「はい!」   再び向かってくる黒霧の降魔に、レイが爆破と電撃の矢を放つ。   分断幕で防ぐ隙を衝いて、マツリは脇をすり抜けるようにディスペルの降魔のもとへ。   しかし、ディスペルの降魔を守るようにして、銃もどきを手にした降魔が出現。   障壁で防ぐものの、激しい銃撃に近づくことができない。   が、突如その銃が降魔の手を離れ――同時に、横面からもふが突っ込んできた。   「そこをどきやがれですー!」   渾身の体当たりで不意を突き、そのまま引っ掻き噛みつき、獣らしさ全開のラフファイトで攻撃する。   「今のうちにやるです!」   「ありがとうございます、もふさん!」   もふはあっという間に振り払われてしまったが、その時には既にマツリはディスペルの降魔の懐へ。   やはり、解呪系だけあって本人の動きは遅い。   一気に距離を詰め、マツリはその身体を斬り刻んだ。   「よーし、こっちも行くよ!」   ノルこと ノルディア・バルカロールは、シウから譲渡された魔粒子を用いて『着セ替エ人形』を発動。シウそっくりの『人形』を出現させる。   「来ルワヨ!」   そこへ襲いかかる、降魔の爆破魔法。   ドールに自らの血を与え、『血威』発動。   ドールごと降魔の背後へと転移し、チェーンソーで斬りつける。   大気操作の壁でこれを防御する降魔に対し、ドールが二度目の『血威』を発動。   指向性を持たせた爆破を引き起こし、大気の壁をぶち破る。   すかさず、自らに増強を施し加速。爆発が破った穴から、ねじ込むようにしてチェーンソーを突きつける。   回転する鋸刃が、降魔の身体を斬り刻んだ。   「ノル……、うしろ」   背後から迫る、手刀を増強した降魔の連撃。ヴィオラの障壁で二撃目までを防いで、そのまま一端距離を取る。   ドールの『着せ替え』を解いて、素体の状態に戻す。   そしてすぐさま、予め受け取っておいた魔粒子の予備を使用。   三度自らの血を与え、高速で肉薄する降魔に炎の塊をぶち当てた。   「何ぃ!?」   障壁を展開、辛くも逃れた降魔は戸惑いの声を上げる。   再びシウの姿をとったドールからは、『血威』で刻まれた聖痕が片方消えていたのだ。   その様子に、ノルは得意げな声をあげた。   「威力は劣るかもだけど、もらった魔粒子さえあれば何度でも使えるんだよ、ねっ!」   そう――一端解除し、もう一度『着せ替え』さえすれば、制約を無視して固有魔法を連打できるのだ。   ヴィオラの障壁を蹴り、今度は自らが疾駆。   「そういうからくりか……!」   障壁を施した手刀とチェーンソーとがぶつかりあい、激しく火花を散らす。   緋崎 咎女は、前回同様の手段で持ち込んだアニマロイドを展開し、加えて『輝かしき簒奪者』を発動。   接近する降魔達の武器を奪い取りながら、アニマロイドによる支援攻撃を行っていた。   三日月状の黒霧の刃が走り、アニマロイドが数体纏めて斬り刻まれる。   すかさず残るアニマロイドが降魔を取り囲み、全方位から攻撃。   しかし、その過程でまた数体のアニマロイドが破壊されてしまう。   なんとか降魔は討ったものの、アニマロイドの数が確実に目減りしてしまっていた。   「アニマロイド達が磨り潰されるのは痛いですが……」   シェイプシフターとの闘争を鑑みれば、必要経費として割り切るしかない。   その、直後だった。   無数の光弾が飛来。異常なまでの精密さでアニマロイドの大部分を破壊した。   いちいち確認するまでもない。こんなことができるのは、一人に決まっている。   「こちら、隣世の『構築の魔女』です。『変質』殿の姿を確認できました。現世での警戒は不要です」   現世に通信を行う間にも凄まじい速度で接近してくるのは、何度も闘争を重ねた最強の降魔の姿だった。   シウがその周囲の空間を分断し、足止めと同時に攻撃。   と、同時に。   「取り巻きは私とノルさんで!」   降魔の返り血を浴びめながら、マツリはシマエナガの姿となり巨大化したそらの背に乗って高速移動。   シェイプシフターに加勢しようとする数体の降魔達の間を駆け巡り、撹乱する。   「うん!だから皆はシェイプシフターの方に集中して!」   乗るが三度、シウのドールを作成――マツリ、そして自分ごと空間を分断して降魔達を隔離する。   転移によって分断空間から脱するシェイプシフター。   「来るだろうと思っていたよ、魔術師よ……!」   その目の前に光が収束したかと思うと、前面を覆い尽くすような光子のシャワーとなって魔術師達を襲った。   ルーフスが電磁を操作、電磁障壁を広域に展開しこれを防ぐ。   「やはりこちらに残っていたのか、シェイプシフター」   「最古の魔女か。人格は違うようだが戦うのは二度目だな。――今度こそは、貴様の遺物を頂こうか」   シェイプシフターの姿が掻き消え、ルーフスの眼前に。   光を纏う貫手が、ルーフスの脇腹を掠める。そのまま横薙ぎの動きへ移行、ルーフスの身体を両断しようと、   「ルーフスに手を出す奴は全力でぶっ殺すっす」   螢が『glimmer』から放った不可視の銃撃がそれを阻む。短距離転移を繰り返し、上下左右全方位から続けざまに弾丸を連射する。   『流れる鋼』を発動――流体金属が、ハリネズミのような装甲となって銃弾を弾いた。   「せめてお前は倒さないとな……後のことは、その時に考えさせてもらうよ!」   レイは無数の矢を空間に創造。屋につがえること無く、タイムラグなしで一斉に射出する。   電撃、氷結、爆破――無数の属性を宿した矢を、シェイプシフターは『鋼』の斬撃幕とレーザー弾幕で迎撃。   次いで、『電界の主』を最大出力で起動。   四方に展開しつつあったアニマロイドが、電子系を狂わされてそのまま爆散する。   (記録以上の出力……やはり電子防御を『読まれ』ましたか!)   その直感を肯定するかのように、咎女を頭の内側から指で引っかかれるような不快感が襲った。   間違いない、『心喰い虫』による読心だ。   ならば、と咎女は用意しておいた札を切る。   自らの思考を操作、思考とは別の情報を魔術線を通して自ら流し込む。   「ぬっ――」   わずかに、シェイプシフターの動きが鈍る。   すかさず、ルーフスが爆破魔法を叩き込む。が、『鋼』がまるで甲殻のようにシェイプシフターを覆ってそれを防いだ。   そのまま、遺物の名のごとく流れるように攻撃に転じる。   が、その直前に螢が『glimmer』の射程内にルーフスを入れ込み、光学迷彩で撹乱。   その隙に、空間合成で接近したシウが、死角からの一撃を見舞う。   しかしシェイプシフターは『蜻蛉の眼』を発動、強化された知覚を以って、針に糸を通すような繊細な機動でこれを回避する。   続けざま、『見えざる手』を発動。不可視の『手』が、シウを捻り上げ投げ飛ばす。   その軌道上、機を伺っていたもふが巻き添えを食って吹き飛ばされる。   追撃の光を放とうとしたところへ、咎女の手刀が差し込まれる。   互いに身体操作を駆使し、偽情報と読心による読み合いが加わった熾烈な拳打の応酬が発生する。   「『変質』殿、一つお聞きしても? あなた達降魔とは、一体何なのです?」   「今更それを問うか。我々は――貴様らが降魔と呼び習わす存在は、『言葉を話し、固有の能力を有し、遺物を使える生物』だ」   「その言い方――まるで魔術師であるかのようですね」   「まるで、ではない。我らは魔術師だ。貴様らとは違い、争いを生む『個』の意志に代わって、大義の下に結束する『全』の意志を持つ――な」   光を纏う手刀が咎女の脚を弾き、同時にその熱を以って焼く。   「『全』の、意志……?」   「隣神の前には、『個』の意志や力など無意味。故に我らは、貴様等が和平を結ぶ遥か以前より結束し動き続けていた。全ては、隣神を現世へと導くために。さて――ムダ話は、ここまでだ」   次いで焼き切れよとばかりに繰り出されるのは、光子を纏った中段蹴り。   レイの創造した大量の爆破矢が割って入り、爆圧によって無理やりその起動を逸らす。   「邪魔だ」   『型式【兜】』――甲殻を主の放つ光で輝かせ、巨大なる兜虫が翔ける。   爆発的な速度で飛翔する兜は、矢の雨をものともせずに突貫。   「が……ッ!」   角の一撃がレイを突き飛ばしたのと、降魔達を隔離していた空間分断が解かれたのは同時だった。   「――レイ兄様!」   返り血か、それとも負傷か。真っ赤に染まったマツリが、宙を舞うレイを見て絶叫する。   そらを向かわせてレイを受け止め、自身は兜に向かって疾駆。   「先に兜を足止めしないと、か!」   シウが空間を分断し、箱状空間に兜を押し込める。   巨体故に閉鎖空間で身動きがとれなくなった兜の眼に、マツリの貫手が容赦なく突き立った。   そして、そらに受け取られて事なきを得たレイが、   「クソカブトムシ、失せろ」   溢れでた血を吐き捨てながら、矢を創造――マツリの貫いた兜の眼、その一点に叩き込む。   無数の属性が内部で炸裂し、そこへトドメとばかりにルーフスが傷口から火炎操作を流し込んだ。   内部から焼きつくされ、兜が沈む。   しかし、この間にシェイプシフターは次の手を打っていた。   以前、夜の書をめぐる戦いで彼が使った『光の爆弾』が、ルーフスに迫る。   「させねえっす!」   螢がそれを囲うように電磁防御の幕を展開。   シェイプシフターはそこから爆弾を転移させ、ルーフスの眼前に。   炸裂。   暴力的なまで光が迸り、その場の全員の視界を白く染め上げた。   「ぐう……っ!」   しかし、本来ならルーフスどころか周囲も巻き込むはずの一撃は、ルーフスの身体をぼろぼろに焼く程度の威力しか発揮しなかった。   それもそのはず、寸前でルーフスが最大出力の電磁幕を展開して威力を押さえ込んでいたからだ。   ならば、とシェイプシフターが追撃の光弾を、   「ぶっ殺す」   ゾッとするほどに冷たい声で、螢は『狩猟者の牙』を発動――重力場でシェイプシフターを固定し、牙状の重力弾を無数に放って潰し穿たんとする。   シェイプシフターは即座に『鋼』と『手』による二重の防壁を生成。   重力弾を受けきるや、『手』を反転。   直後、シェイプシフターの周囲に居た全員の動きが、ピンで縫い止められた昆虫標本の如く停止する。   『手』によって、全員の動きを縫い止めたのだ。   そして、『鋼』がそれに続く。縫い止めた魔術師達を、それこそ標本として留めるが如くに串刺しに――。   「今だ、もふ!」   シウが叫ぶ。   「喰らいやがれです、このボンクラ!」   自らの身体を障壁で弾ませ、ピンボールの弾のような高速移動で、もふがシェイプシフターの背後に迫る。   シェイプシフターが光弾で迎撃しようとした、その瞬間。   「しまっ――」   シウは『hexahedron』を発動――する寸前に、『手』がそれを捻り上げるようにして奪い取った。   「くそ、僕はお前よりずっとズル賢いと思ってけど……!」   シウの悔しげな言葉には何を返さず、そのまま光弾と『手』でもふを吹き飛ばす。   だが、もふの受けたダメージはすぐさま回復した。   もふだけではない、ルーフスやレイに咎女、魔術師達の受けた傷もだ。   「ふれー! ふれー! み・ん・な! それ♪」   戦場に似つかわしくない、脳天気な声。   ノルが、『再起の旗印』を高々と掲げ振りかざしていた。   広域を纏めて治癒する力が、たちどころに魔術師達を癒していく。   だが、傷が癒えただけでは不十分なのだ。   まだ、こちらはシェイプシフターに有効打の一つも与えられていないのだから。   「目障りだ」   『鋼』が刺突による狙撃を放ち、障壁ごとノルを貫く。   そのまま斬幕を展開し、ノルの身体がズタズタに切り裂かれようとしたところへ、   咎女が転移でそれを防ぐ。   「……このままでは押し切られますか」   そして、最後の札を切った。   『邪悪な鎖』を取り込み、その能力を完全解放。両腕を緋結晶に置換、『断ち切る音叉』で――   「させんッ!」   先んじて、シェイプシフターが『hexahedron』を発動する。   いや、しようとしたと言うべきか。   その瞬間、まるで見計らっていたかのように、シウが『パーフェクトバインド』で『hexahedron』から黒の魔粒子を奪いとっていたのだから。   いや――事実、彼は見計らっていた。『hexahedron』を奪わせたのも、全てはこのため。   「ぐうっ!?」   三色の魔粒子のバランスが崩れ、打ち消しが不発したばかりか反動によるダメージを受けるシェイプシフター。   そこにもふが突貫――『hexahedron』を奪い取り、そのままシウに投げ渡す。   その間に、咎女の切り札は準備を終えていた。   「『変質』殿、戦争ではなく闘争といいましたよね。ならば、私の意志を否定できますか。どこまで私でいられるかは分かりませんが、簡単には砕けませんよ?」   散布された緋結晶が、『邪悪な鎖』の力を通じて、シェイプシフターの周囲の魔粒子を侵蝕するようにして停止させる。   停止した魔粒子はシェイプシフターを圧迫し、彼の身体を押しつぶさんとする。   「まだ、だ……!」   緋結晶を焼き切るべく全方位に光弾を放たんとするシェイプシフター。   しかし、   「言ったよ……『お前よりずっとズル賢い』と!」   『hexahedron』がそれを打ち消す。   停止した魔粒子による圧迫を止める術を失ったシェイプシフターは、しかし尚も『闘争』を止めなかった。   「私は否定する……この身体が朽ちるその瞬間まで、個の『意志』を! 否定してみせようッ!!」   『欺瞞の枷』から魔力を引き出し、『見えざる手』『流れる鋼』を最大出力展開。   一度は打ち消された『光』を全身に纏い、不可視の力場と液体金属、そして光を蠢かせた異形の姿となって突貫する。   その光が、鋼が、見えざる力場が、魔術師達に無差別に襲いかかる。   焼き、穿ち、捻り、殴り、焦がし、斬り裂き続ける。   身体は間違いなく、今にも圧壊しようとしているにもかかわらず。   「まだ動くのか――それでもッ!」   シウが空間分断を無数に重ね、シェイプシフターを閉鎖空間に押し留める。   『手』を、『鋼』を分断し、光の奔流を分断の向こう側に追いやって。   レイが、マツリが、ノルが、障壁で空間を上から封鎖。   螢とルーフスが、転移妨害の魔法陣で更に塞ぎこむ。   それでも尚、魔術師達を焼こうとする光は溢れ続けた。   時間にすれば、ほんの数秒。しかし、それがまるで数時間のことにも感じられるほどに激しく。   そして、遂に。   シェイプシフターの身体が、限界を迎えて崩れ落ちた。   彼は、『個』の意志を否定し切ることができなかったのだ。   「……さらばです、『変質』殿」   圧壊し、魔粒子となって散っていくシェイプシフターに咎女が言う。   半分崩れた顔に自嘲するような笑いを浮かべ、彼は咎女に――否、魔術師達に言う。   「……ふ、ふふ……進むがいいさ、魔術師共よ。そして……隣神の真実を知るが、い……」   最後まで言い切ることもなく、シェイプシフターは消えた。   ただ、その力の残滓――真紅の宝石状の遺物を、一つ残して。   --------------------------------------------------   シェイプシフターとの決着が着いたのと同じ頃。   我歩とおりべーは、隣神の居場所をついに掴んだ。   隣世の深層、その奥の奥。   まさしく深奥と呼ぶべき場所に、隣神は居た。   桁違いの魔粒子総量のために、逆に座標の割り出しが困難になっていたが……なんとか、特定に成功。   「瑞月、やろうか」   「うん、そのために今まで解析してたわけだしねー」   二人の意思を、『シンキロウ』を媒介として隣神の位置座標へと送り込む。   自分達は、普通の魔術師の普通の幸せを守るために戦う。   世界を救うとか、巨大な敵を倒すとか。それは幸せを守るための『ついで』でしかない。   自分達と違う存在だとしても、別に居たって構わないのだ。   隣神、あんたは何を思ってる? あんたの信念は――   瞬間、刺すような頭痛が二人を襲った。   流れ込んでくるのは、強烈な否定の意志。   現世へと降臨し、現世と隣世を等しく我が物にせんという欲望。   そして、個々の意志というものに対するおぞましいまでの憎悪だった。   全ては、隣神によって統一された意志の、   強制的に接続を遮断。   これ以上は、隣神の意志にあてられてしまいそうだ。   「……共存ってわけには、いかなさそうだな」   「そりゃ変態さんもあんなになるわけだー」   シェイプシフターが意志を否定し続けたのも、これで理解はできた。   首魁たる隣神が、自身以外の意志を全て否定する存在だったのだから。   攻め込みやすい座標を割り出したうえで、判明した情報をルーフスに送信。   そうして、魔術師達は隣神のもとへと向かい始めた。   --------------------------------------------------   ルーフスをはじめとする魔術師本体と、我歩たちが合流。一団となって隣神の元を目指す。   長い、長い道だった。   その道中、ふとルーフスが口を開く。   「アルブスでも、一人では決して討てなかったあの最強の降魔を……現代の魔術師たちが、手を取り合うことで討ち、そして最初の魔人が歩んだのと同じ道を進んでいる。ここに居るのが私ではなくアルブスだったら、彼女はさぞ喜んだことだろう」   ルーフスは、ふっと口の端を上げた。   「……そうだ、彼女の名誉のために告げておこう。彼女は、本当に君達を愛していたんだ」   治癒しようとする魔術師を手で制し、ルーフスはなおもを言葉を続ける。   「かつては異端教会最強にして、最も優しい魔女として、あらゆる人々を救い続けてきた彼女だ。その心根は、夜の書を読んで精神が変容してさえ、なおも残っていた。しかしそれほどまでに優しい彼女にとって、傍観の日々はどれだけ苦痛だっただろう?」   仕事といえば、トライブ間のパワーバランスを取る事と、魔術師世界の法を破る者を粛清する事のみ。   心は誰とも分かち合えない。彼女は永い生涯の大半を、たった独りで過ごした。   それは魔術師達には想像もできない、アルブス自身にしかわからない孤独だった。   「そんな孤独な彼女の唯一の慰めは、固有魔法『遍在の眼』で、魔術師たちの物語を見る事だった。諸君の行動に一喜一憂し、悲劇が起きれば涙を流して、喜劇を見れば微笑んで――。そうしていつしか君たちに、限りなく感情移入していったんだ」   日羽が、ナハトブーフの残滓によって支配された時も。   日羽の身を案じたのと同じくらい、東京の魔術師達のことを案じていたとルーフスは言う。   「そして遂には自らの使命を捨ててでも、己の命に替えてでも、君たちを護りたいと思うほどになった。……それがアルブスの綻びだ」   「……そう言えば、アルバートさんが言ってました。アルブスは神でも悪魔でもない、一人の魔術師に過ぎなかったって」   「そう、そしてそれはアーテルも同じだ。   彼もああ見えて、君たちを心から認め、愛していた。もっとも大いなる敵と戦うための『戦力』としてだがね。   彼はやはり、闘争と悲劇と暴力の権化だ。目的の為には手段を選ばない。倫理観は壊れている。黒の魔術師の一つの到達点だが、邪悪以外の何者でもない。   だがアーテルは、その気になればもっとうまく抗争を煽れたはずなのに、半端に諸君の前に姿を現した」   「そういや、最初は姿もわかんねえ状態での登場だったっすね」   しかし、彼は自らそれを解いて姿を露わにした。   そのうえで、記憶操作を施して忘れさせることも出来ただろうに、だ。   「自覚しているかわからないが、恐らくアーテルは君たちに認識され、憎悪され、そして闘いたかったのだろう。そんなやり方でしか、彼は世界と繋がれない。それがアーテルの綻びを生んだ」   「だったら、あなたは……? あなたは綻びはなかったんですか」   ルーフスは自嘲気味に頬を緩め、小さく首を横に振る。   「いいや。この私もまた然りだ。私は最後まで姿を現さないつもりだったんだが、今こうして諸君と共にいる。   赤の力は『解析と操作』。即ち識る事と操る事だけが、私の役目のはずだったんだがね。全く魔術師という生き物は、私も含めて度し難いよ。誰もが欠落を抱えた、不完全な存在だ」   「っ……」   「しかしだからこそ、私は諸君が愛おしい。感謝しているよ魔術師たち。諸君に出会えてよかった。君たちと出会う事で、世界を護るという使命にも、確かな意味が生まれたんだ」   ただ使命感にのみ従い、機械のように必要な行動を取り続けるのとは違う。   その使命を果たすことで護られるものを、『世界』という漠然とした概念だけでなく、その『世界』の中に息づく者を、ルーフスは理解した。   それが、使命に確固たる意味を与えたのだ。   「……何言ってんすか、やめて下さいよ。まるで遺言じゃないすか?」   「約束しただろう、『最後の仕事を終えれば君たちに殺される』と? 遺言のようにもなるさ」   ルーフスがそう言った時、我歩がぽつりと呟いた。   「……皆。そろそろだ」   解析された隣神の座標が、目前に迫りつつあった。   我歩とおりべーの解析から、降魔の配置の空隙を衝くようにして進軍。   解析にあった座標へと辿り着く。   が――   「座標が正しければ、ここのはずー……なん、だけど」   だがその空間には、何も居なかった。   いや、何か居るのかすらわからない。濃密すぎる魔粒子に、知覚が阻害される。   魔術師たちはそれに耐え、目を凝らす。やがて闇の中に、気配が――   「……ッ!!」   その瞬間、魔術師たちは息を呑んだ。   理解不能の世界に、理解できない『何か』がいた。その何かが魔術師を睥睨する。   『Meybetrue』が我歩に告げた。この何かは、自分に憎悪を抱いていると。   いや違う、我歩だけではない。   我歩を含む、全ての現世の存在の滅亡を願って――!   「こいつ、だ……!   これが数百年前、魔術師レオン・アーデルハイムが闘った怪物、『隣神』だ!」//我歩   だがそこには、何者の姿も無かった。   在るのは、異常なほどに密度の高い、三色が混ざり合った魔粒子の塊だけだ。   「魔粒子の塊……!? それが隣神の正体だったのか!?」   「ああ、どうやらね……。皆構えろ、攻撃が来るぞ!」   刹那、魔術師達に対する否定の意志が、隣神から溢れだした。   分断の衝撃波と爆破魔術、そして無数の刀剣が創造され、魔術師達に襲いかかる。   「くっ!」   障壁を、分断の幕を、大気操作を展開してこれを防ぐ魔術師達。   咎女がシェイプシフターの遺物の力を発動、無数のレーザーを放って反撃した。   しかし、そのレーザーは隣神をすり抜けて虚空へと消えていく。   「な……!?」   「だったら!」   レイが、シェイプシフター戦でも使った矢の直接射出を行う。   それもやはり、ただ隣神をすり抜けていくだけだった。   「どういう事ー!? なんでなんにも効かないの!?」   「やはりか……!」   とルーフスが奥歯を噛む。   「レオンの記憶を見ていてわかった。こいつは実体を持たない、魔粒子の塊だ! 3色が混じり合った魔粒子が意志を持った、肉体のない怪物だ!」   ルーフスがそう言いながら、全力の火炎魔法を放つ。直径20mを超える巨大な火炎が、隣神を包み込む。   だが最強の魔術師たる彼女の魔法ですらも、隣神にはダメージを与えられなかった。魔粒子の塊がわずかに欠けたが、見る間に修復していく。   「くそっ!」   シウが『パーフェクトバインド』を使い、その魔粒子の力を吸収しようとする。しかし莫大なエネルギー量を吸収しきれず、茨はたちまち切断された。   「じょ、冗談じゃないっすよ……! だったらこっちの攻撃は、一切無意味って事っすか!?」   魔術師達の表情に、絶望が滲む。   シェイプシフターの言っていたのは、このことだったのだ。ここまでの魔術師達の戦い。その全てが無に帰してしまうような、悲劇的な事実。   さらにその直後、隣神が再び攻撃を放ってきた。『分断』の黒霧を『増強』し、『操作』によって無数の刃を創る。千を超える刃の群れが、魔術師達を切り裂いた。   「ぐっ!」「きゃあっ!」   それはその場にいる者たちを、分け隔てなく切り裂いた。   全身を血に染め、倒れ伏す魔術師たち。そこに隣神が、ゆっくりと迫ってくる。   ――それは正しく、大いなる敵だった。   『創造』も『増強』も『分断』も『合成』も『解析』も『操作』も、全ての力を自在に操る、いわば魔術そのものだった。   それが殺意と悪意を持ち、魔術師たちを滅ぼそうとしている。有史以来、魔粒子を介して隣世に蓄積された、あらゆる人間の悪意と殺意と憎悪が凝縮された怪物。それは己の頸木を解くために、現世を滅亡させようとしている。   咎女がぼろぼろの肉体を再構築し、隣神に今一度レーザーを放つ。それも効果がない。   シウが全力の黒霧を放ち、隣神を攻撃する。それも効果がない。   我歩が、おりべーが力を合わせ、全力の火炎魔法を繰り出す。効果がない。螢がノルがマツリがレイがもふがそれぞれの攻撃を放つ。それらも全て効果がない!   「畜、生……! このままなすすべなく、コイツに殺されるしかないのか……!?」   『MaybeTrue』が告げた。『それが運命だ』と。   魔術師達の心を、絶望の闇が占めていく。   だが、その時――   「……いいだろう。ならば、最後の仕事を果たす時だ」   ルーフスが、ひどく落ち着いた声で呟いた。   そこにあるのは諦めや絶望――ではなく、覚悟。   「ルーフス……!?」   「隣神が肉体を持たない故に、傷を与えられないというならば、   それを与えてやればいい。   脆い器を。不自由で不完全な、『魔術師の肉体』を。   その為に私たちはここに来た……そうだろう、アーテル?」   ルーフスがそう呟いた時、彼女の身の内から、黒のトリスタニアの声が響く。   『……そうだな。この時のために、俺は生かされていたんだろう』   次の瞬間、トリスタニアは膨大な量の黒霧を解き放った。   正しく全力。彼女の全てを注ぎ込んだ黒霧が、隣神に向かっていく。   隣神を構成する魔粒子とトリスタニアの肉体が、『合成』され始めた。   「ま、待ってくださいトリスタニアさん! 何をしてるのですか!?」   『わかんねぇのかよ、お前らもさんざん見てきただろ?   魔術師は死んだら、体内の魔粒子が結晶化し、遺物になるんだぜ?   だったらどんな巨大な力を持つ魔粒子でも、誰かの肉体に収めてその魔術師を殺せば、遺物になる。   そして出て来た遺物をぶっ壊す。それが隣神を倒す、唯一の方法だ』   「"魔術師の肉体に収めて、殺す"……!? 待ってくれ、だったらあんたは――!」   『死んじまうだろってか。殺したくねぇってか?   だが俺らは雁首揃えて、251年間考えてきた。そして出た結論がこれだ。   隣神を殺すには、どうしてもその器となる魔術師が1人必要だと。   レオン一人でも、俺らだけでも出来ねぇ方法。お前らがいるから選べる道だ』   全ての魔術師が殺し合い、最強の魔術師が生まれたならば、あるいは隣神自体を『分断』でもして、倒す事は出来たのかもしれない。しかしそうならなかった以上、それが唯一の道なのだ。それがトリスタニアの、約束の真意だった。   しかし――   「やめるっすトリスタニア!」   黒霧の中に、螢が転移で割って入る。黒霧と三色の魔粒子の板挟みとなった身体は、たちどころに悲鳴をあげはじめる。それにも耐えて彼は叫ぶ。   「あんたは日羽ちゃんの姉貴じゃないっすか! あんたが居なくなったら――!」   『いいえ、これでいいのです』   応じたのは、アルブスの声だった。   『わたくしたちはこの日のために、永い時を生きてきました。全ては世界を救う為に。人々と魔術師たちの未来のために』   「っ……!」   『それに、日羽には皆様が居ます。顔を合わせることもできない姉などではなく、日羽のことを思い行動してくださるあなたのような方々が』   「あんた、本気でそんなこと……!」   その時、『合成』が完了した。姿を持たない隣神が、全てトリスタニアの肉体に収められた。   直後、彼女は魔術師達を攻撃しようとした。だがその手がぴたりと止まり、震える。   トリスタニアが必死で、隣神の意志を止めようとしているのだろう。意識を乗っ取られつつある彼の声が、魔術師達の脳裏に響く。   『ちっ、長くは持ちそうにねぇな……!   だがな、この『合成』だけは解かせねぇ! 隣神は死ぬまで、オレらの体ン中だ!   さぁ魔術師達よ、お膳立ては終わったぜ。あの時の闘いの続きをしようじゃねぇか!   今度は死ぬまで付き合ってやる。それが俺の生まれた理由だ!』   そこで、再び人格がルーフスに戻る。   同時に魔術師達を、転移魔法陣が覆った。   「待て、トリスタニア!」   「こんな、こんなやり方――」   シウと螢の声が届くことはなく、魔術師達は現世へと転送されていく。   最後の『偏在の声』が、彼らに告げた。   「魔術師諸君、決戦の時だ。手勢を集め、全ての力を尽くし挑め。   君たちが敗れて、世界に永遠の夜が訪れるのか。   それとも大いなる敵に勝利し、世界に暁をもたらすのか――。   それを決する最後の闘いだ! 君たちの手で世界を救え!」   (シェイプシフターを倒した    隣神の本体を発見した    トリスタニアが隣神を己の身に合成した    最後の闘いが始まった)  


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