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黄昏編第4話①

===============================================================   <1>   ===============================================================   ――『無色の間』。   降魔達の強襲により魔術師たちが慌ただしく動き出す中にあって、そこは今までと変わらず静かだった。   本来の主たるトリスタニアの姿もないなか、そこに居るのはヴリル・ユナイト、ただ一人。   魔法薬を、ダハーカを、彼個人として持ちうる全ての物資と戦力を『無色の間』へと持ち込んでいた。   なにも『無色の間』で籠城しようというわけではない。   全てはこの悲劇に抗い、そして越える為に。   『軌跡転変』――接続を切り繋ぐ彼の固有魔法は、『点』と『線』さえあれば有効だ。   例えそれが、概念であったとしても。   今まで出会ってきた魔術師達と線を結び、『無色の間』というこれまで『偏在の眼』が使われ続けてきたこの場所の力を借りることで。   線を繋いだ魔術師達の視点と、自分のソレを切り繋ぐ。   魔法も、遺物も、ここから全世界に対して行使できる。   現世から隔離され、幾度も偏在の目が使われた場所だからこそできる芸当だ。   「要は劣化偏在の目+αと言った所ですね。……じゃ、始めますか」   この日の為の日々だったと、今更ながらに思う。   ここまできたら、最良の結果で朝日を見たい。   「――限界まで魂を燃やせ、ヴリル・ユナイト」   魂の火が静かに、そして激しくユナイトの瞳に灯る。   --------------------------------------------------   ――赤の本部。   従者達や本部の魔術師達が、降魔の軍勢を相手に奮戦していた。   本部の防衛設備をフル稼働させ、魔術的に物理的に、あらゆる手段で侵入を阻む。   「なんとしてもここで食い止めろ!」   「東京からの救援も来る! それまでなんとしても持ちこたえるんだ!」   しかし降魔達の数は余りにも多く、データや遺物の回収と保護に人員を割かねばならない状況で彼は少しずつ、しかし確実に圧されていく。   「遺物を持ち出すというのなら、今ここに居るお前達を遺物にしてやればいいだけのことだ」   降魔の誰かが呟いた、その直後。   「高エネルギー反応確認!」   悲鳴じみた従者の叫びの直後、電磁の砲撃が降り注ぐ。   展開されていた電磁障壁を容易く突き破ったソレは、しかし無数の浮遊する障壁によって防がれていた。   『支援させてもらいますよ。ここから防御はお任せあれ』   何処からか聞こえてきたのは、ユナイトの声。そう、障壁は彼の持つ『ディフェンシブビット』であった。   従者や一般魔術師達が感謝しつつも戸惑い、そして降魔が達驚きの表情を浮かべながらも、更なる攻撃を加えようとした――その時。   「――とうッ!」   苦無が降り注ぎ、爆発が降魔達を包み込んだ。   「東京からの救援か!?」   「残念ながら違います。ですが、救援という意味では同じです!」   予想外の援軍とは、白の田中 征だった。決戦に備え、修行として世界を渡り歩いていた彼の元にも、降魔による3トライブ本部強襲の報せは届いていた。   そのため、偶然近くだった赤本部に急行した次第。   もとより他トライブともさして蟠りのなかった身、救援に向かうのをためらう理由などない。   「田中 征、助太刀させてもらいます!」   苦無に次いで長大な蛇腹剣を創造。   かまいたちすら発生させるほどの速度でソレを振るい、降魔達をなぎ払う。   そしてさらに、もう一体。   『――頼みますよ、【猛毒の魔龍】スターダハーカ』   赤の本部と『無色の間』との空間合成により、ユナイトの魔龍は這い出るように姿を現した。   ダハーカはブレスで降魔の身体を致死の猛毒で侵し、あるいは強酸を帯びた尾を叩きつけることで焼き焦がす。   「負傷者は後退! 戦える者は彼らを支援しろ!」   その瞬間、征は身体が軽くなったのを感じた。操作によって、重力を軽減されたのだ。   「恩に着ます!」   それまで以上に鋭く、疾く、征の剣閃が舞う。   ダハーカの猛毒のブレスを、降魔は散開して回避する。しかし、そこで赤の魔術師達が大気操作の魔法を発動。   大気を壁とし降魔の動きを妨害、と同時により広域へとダハーカのブレスを散布。   確実に降魔をブレスに巻き込んでいく。   「ちっ、調子づいたか……しかし!」   降魔達の方が、未だ遥かに数が多い。   二人と一体の増援だけで戦況をひっくり返しきることはできない。まだ優位は、降魔達の側にあった。   だというのに、征は不敵な笑みをその口元に浮かべていた。   「お前、何故笑っている?」   彼と切り結ぶ降魔が、怪訝そうな――あるいは不快そうとも取れる表情で問う。   対して、征は更に口の端上げて答える。   「漢は窮地に陥っても笑みを浮かべ、斬り開くものだ!」   瞬間的な増強により、降魔の剣を強引にかち上げる。がら空きになった胴を、袈裟懸けに一閃した。   その側面を着くように襲いかかった降魔を、『ディフェンシブビット』が阻む。   直後、ダハーカが降魔に牙を突き立て噛み砕く。   すると今度は、ダハーカに降り注ぐ電磁の砲撃。   ダハーカの動きが一時的に止まった所へ、降魔が――。   突如、戦場に降り注ぐミサイルと銃弾の雨。   圧倒的な火力で降魔の軍団を蹴散らしながら現れたのは、一機のオスプレイであった。   戦場に風穴を開けて強行着陸するオスプレイ。   『日本支部です。救援に来ました。これより参戦します』   スピーカー越しに響くのは、あゆみこと緒方 歩の声。   東京からの救援が、ついに到着したのだ。   なお、このオスプレイはエリア51――グルーム・レイク空軍基地から赤のコネを使って引っ張り出してきた、インク仕様の特別製である。   強行着陸でもびくともしなければ、対魔法仕様の装甲も完備である。   「征さん、それにユナイトさんのダハーカも! 出来るだけ距離をおいてください!」   「了解です!」   『ダハーカ、相手を変えますよ!』   征とダハーカが離れたのを確認し、すぐさまあゆみは『博覧狂記』の魔力を解放。   全力での『魔粒子変換』を発動する。   「これ以上燐神に遺物を渡すわけには行きません。今回の戦いは絶対に勝ちます。転変の魔女の名に賭けて、これ以上誰も何も失わせたりはしません!」   凄まじい速度で周囲の魔粒子を解析、変換。   「何――」   降魔の纏う黒霧が、あるいは障壁が、一般魔術師達の銃撃によって容易く貫通される。   白と黒の魔力は弱まり、赤の魔力が増幅される空間が瞬く間に形成されたのだ。   「……歪な場所」   黛 深墨が、小さく呟いた。『歪な場所』――知覚と空間に干渉する魔法が、あゆみの変換領域とほぼ重なるようにして展開された。   『魔粒子変換』によって増幅された今の彼女の魔力ならば、例え降魔であろうと纏めて効果を及ぼせる。   回避したはずの銃撃に撃ちぬかれ倒れゆく降魔達、オスプレイを狙って放たれたはずがあらぬ場所に大穴を穿つ黒霧の衝撃波が、その証左であった。   ウィズクラスの皆が心配なのをおしてこっちへやってきたのだ、これくらいはやらなければ。   「深墨、ユウキ! 今のうちに中で救出作業とデータの回収やるわよ! それから従者は後退! 後方支援に移って!」   「わかったわ!」   「了解。……中での露払いは、おれに任せて」   ラプラスの指示に、朝倉 ユウキは魔粒子可視化ゴーグルを装備。   常に解析を行える体勢を整え、本部内部へと向かう。   その背に追いすがろうとする降魔の前に、征が立ちはだかった。   降魔を蛇腹剣で牽制しながら、征はラプラスに声だけで呼び掛ける。   「お互い無事に戻れたら又、何かご馳走しますよ! 酒でも良いですが!」   「ったくそういうフラグみたいなことを……ま、期待しとくわ!」   返ってくる声に小さく口の端を上げ、征は降魔と斬り結ぶ。   しかし、   「待て……!」   変換の影響を受けてなお動きが鈍っておらず、それどころかより鋭くなってすらいる降魔が居た。   おそらくは赤の降魔なのだろう。相手が色に無関係の軍勢である以上、この手の事態は想定済みだった。   故に、   「降魔。お前達を、ここから先へは通さない」   トールこと立花 透が、ソレを抑える。共に戦うのは、『デュプリケート』で生み出した人造生物ソール、そして多数の分身達。   「分身……いや、幻影か! こざかしい……!」   吹き散らさんと放たれた竜巻を受け、しかし分身達は消えることなく残り続けた。   瞠目する降魔に、分身達が襲いかかる。   幻影によるフェイントなどではなく、確かに実体を伴った攻撃。   その連撃を受け、降魔はハッと何かに気付いたように目を見開いた。   「そうか、お前――大気を操作したのか!」   然り。『無鹿』で作り出した幻影に、大気を圧縮した実体を与えたのだ。   無論、馬鹿正直に答えてやる道理はない。   「さあな、勝手に考えろ」   空気操作の衝撃波『風神』をトールが、光を収束させた光線『雷神』をソールが放つ。   『歪な場所』の影響を受けた降魔は、手当たり次第に水分操作で氷壁を展開、これ無理矢理にを防ぎきる。   しかし、その時既にトールは背後へと回りこんでいた。   『贋作・風の鎧』を纏った木刀の一閃が、風圧を伴う強烈な打撃となって降魔を襲う。   打撃を浴びせかけるなか、トールの視界の隅にはラプラスの姿が映っていた。   "赤の魔女"。到底叶わない相手にして、トールにとってはまさに"魔女"というべき存在だった彼女。   だが、今はわかる。   彼女も普通の人間であり、日常の似合う"人"であるということが。   そして、もう一人――固有魔法を発動しながら、ルージュを投げて降魔達を妨害するあゆみの姿もまたトールには見えていた。   (”転変の魔女”あゆみさん。出会った頃も今も、彼女は日常を愛する人のままだ)   その想いが彼女に力を与え、抗争を共闘へと転変させた。   あゆみにも、ラプラスにも。   彼女たちには、隣神を討ったその先にある日常を生きてほしいとトールは思う。だから――   「降魔だろうと隣神だろうと、もう何も奪わせはしない。―― 憤怒と雄志に荒れ狂う嵐よ 我が道を阻む全てを砕け 『逆鱗』!!」   『荒れ狂う嵐』が呼び起こす竜巻が、降魔達を巻き上げ呑み込み引き裂いていく。   「私もあゆみちゃんが怪我しないよう、出し惜しみなしでやらないとねえ」   幸いにして、屋外勝負なら『材料』は沢山ある。   「それじゃあ、此の劣勢を覆す為に尽力するとしようか」   結解 冥が左手のナイフを震えば、施された術式が大気中の水分に干渉――霧が辺り一帯に立ち込めた。   視界を覆い尽くす霧に、不意打ちを警戒して解析を行う降魔達。   それは冥の思う壺だった。警戒している間に付着した霧の微細な水滴を、操作で一気に凍結させる。   「しまっ――」   気づいた時には、もう遅い。   霧に飲まれた降魔達の身体は瞬く間に凍て付き、次いで粉砕。細かな氷の結晶と成り果てて降り注ぐ。   だが、その結晶を吹き散らして冥に向かってくる影があった。   全身に微弱な分断の霧を纏った、黒の降魔だ。   「なるほど、分断で防いだわけだねぇ……なら!」   ナイフに仕込んだ術式を再び起動。自らの肌に触れる空気が乾燥していくのを感じながら、ナイフの先端に大気中の水分を集中させていく。   高圧水流へと変換し、横薙ぎに一閃。高圧水流の刃は、弱体化していた分断障壁を容易く断ち切り斬り裂いた。   白黒の降魔達を相手に、征は不意に刀を鞘に修めた。   警戒し護りを固めようとする者、あるいは先んじて叩き潰そうとする者、降魔達がそれぞれの反応を見せるなか。征は『神威』を発動した。   型は『永』――暴走した身体能力と知覚が、自分以外の一切が停止したかのような風景を征に見せる。   剣を手に飛びかかろうとする降魔も、分断を放とうとする降魔も、障壁を展開しようとする降魔も、別の降魔の一群へでブレスを放とうとするダハーカも。   全てを置き去りにした雲耀の疾さの中で、10秒間――あるいは無限にすら思える時間、征は刀を閃かせた。   征の時が再び動き出した時には、周囲の降魔達は既に切り伏せられている。   「……っ」   しかし征自身も『神威』による消耗が大きく、息は上がり片膝をつく。創造した刀も、一時的に消滅してしまう。   ダハーカと闘いながら、しかし目敏くそれに気付いた降魔が一気に肉薄する。   ダハーカのブレスをかわし、黒霧で形成された爪が――。   多数の赤の従者が、爪の降魔に襲いかかった。   「何ぃ!?」   驚いたのは降魔だけではなく、征もだ。従者は安全を優先し、後退したはずだったからだ。   しかも戦場を見渡せば、ダハーカの元やあゆみ達のもとにも現れていた。   血気盛んな者が独断で――と考えるには、数が多すぎる。しかし、上層部やラプラスが指示を出したとも考えにくい。   そうして戸惑っている間に、従者達は降魔を叩き潰していた。無機的な声で、誰かに通信を入れる。   『マスター、降魔を一体撃破しました。このまま戦闘への介入を続行致します』   --------------------------------------------------   ――その後方。   『了解、そのまま続けろ。現場の連中とはうまく連携しろよ』   それだけ言って、浅川 栄一は通信を切った。   相手は先ほどの従者達、否、栄一の作り出した『異形』達である。   一人別行動で本部へ辿り着いた彼は、作れるだけの異形を作り投入のタイミングを待っていた。   異形一体一体の戦闘力が低い以上、できる限り不意をつくしかないからだ。   そして、奇襲はひとまず成功した。   あとはうまく味方と連携して、犠牲者を抑えてくれればいい。   異形なら、倒れてもまた作り出せるからだ。   「……!」   魔粒子の探知網に、降魔の反応。   栄一は剣を構え、反応のあった座標に『転移特化』を発動した。   降魔の背後に現れ、一閃。   反撃を受ける前に、再び『転移特化』。   正面に、側面に、上空に、そしてまた背後に――何度も転移を繰り返しながら、降魔を斬り刻む。   「おのれ、ちょこまかと!」   「悪いな、今回は本気なんだ」   周囲を一斉攻撃する魔法を発動しようとした隙を突いて、貫く。   「がッ……!」   崩折れる降魔の身体を支え、栄一は呟いた。   「本気ついでに、一つ試させてもらうぞ」   --------------------------------------------------   ――その頃、本部の内部では。   ラプラス、ユウキ、深隅が救出作業にあたっていた。幸いというべきだろう。本部の魔術師達がデータは、既に回収しておいてくれていた。   「これで全員ですか!?」   「まだ地下の研究員達が取り残されてるはずです!」   「地下……ってことは、ちょうど遺物保管庫も一緒ね。ユウキ、頼むわよ!」   ラプラスの声に、ユウキは小さく頷いて応じた。   「任せて」   『瑞雲の黄龍』により、本部地上階の三箇所にパスを魔粒子パスを形成。   ラプラスの映像をパスを通じて投影する。   既に内部に侵入した数体の降魔が、ラプラスの映像を発見した。ただの精密な立体映像ではなく、魔粒子パスを繋いで形成した偽ラプラスは降魔であっても容易にはそうと気づけない。   『赤の魔女を発見した。……何? 他にも二体?』   降魔達が情報を共有し、偽ラプラスが3体存在することに気付いたその瞬間。   「攻撃魔法、展開」   事前にプログラムした攻撃魔法を同時に起動。   電撃、火球、氷柱――、それぞれに異なる攻撃魔法が、偽ラプラスの映像に合わせて放たれる。   『攻撃してきた、ということは本物――そちらもだと!? ええいならば!』   降魔達の注意はいよいよもって偽ラプラスに惹きつけられた。   加えて、   「私も手伝うわ。……歪な場所」   深墨が『歪な場所』をこちらでも発動、錯覚を引き起こさせることで更に混乱を誘発させた。   そのうちに、降魔達はラプラスを仕留めようと三箇所に集中していく。   その瞬間を、待っていた。   予め設置しておいた電磁波術式展開装置を起動、降魔達を電磁の網で絡め取る。加えて、ユナイトが『無色の間』から『豆腐の角』を発動――彼らの防御力を低下させることで、更に効果を増大させた。   「ナイスよユウキ!」   「……今のうちに、行こう」   「研究員も遺物も、急がないと!」   三人は転移で地下へと急行し、まずは取り残されてしまった一般の研究員達を救出。繰り返される転移による魔力の消耗は、これまたユナイトが『無色の間』から空間合成を駆使して魔法薬を投与することで補う。   次いで、三人は遺物保管庫へ。   厳重なロックを抜けた先には、無数のチャンバーに保存された遺物が並んでいた。   「……遺物が、こんなに」   「さあ、回収急ぐわよ!」   緊急時の持ち出し用として用意されていた回収用特殊コンテナのシステムを起動、片っ端からチャンバーごと回収していく。   「ラプラスさん、回収した遺物の処遇についてなんですが……」   深墨がやや遠慮がちに問えば、ラプラスは回収作業の手を止めることなく答えた。   「借りられるか、って話なら大丈夫よ。最後の戦いが近いんだもの、遺物の出し惜しみしてる場合じゃあないわ」   事後承諾になるけど、話は通しておくとラプラス。頼もしい答えだった。   「わかりました。それともう一つ……ウィズクラスの子たちに貸与することは?」   「ウィズクラスに?」   一瞬手を止めて深墨の方を見、ラプラスは視線はそのままにまた作業を進め始める。   「はい、目的としては純粋に戦力の強化です。彼らがやられてしまうデメリットを考えると、彼らにも自分を守れるように、力を持っておいてほしいんです」   「……確かに、春道達の固有魔法は強力。降魔が狙う可能性はある」   「ユウキくんの言う通りです。それにこれからのことを考えれば、彼らに渡してもこちらが不利になる可能性は低いと思いますし……。逆に彼らがやられてしまうデメリットは、遺物になって敵の手に渡ること、いざというときに協力を得られる戦力が減ること。……それは避けたいと思うんですけど、どうでしょう?」   ラプラスが考えていたのは、ほんの少しの間だけだった。   「オッケー、じゃあそっちもあたしの方で話を通してみるわ」   「ありがとうございます、ラプラスさん」   「礼なんか後でいいから、今は回収回収!」   「はい!」   その時、保管庫に轟音が響いた。次いで非常自体を示す赤色灯が点灯し、アラートがけたたましく鳴き始める。   分厚い扉をぶち破り、一体の降魔が飛び込んできた。   「ちぃっ! 抜けてきたっての!?」   操作で火球を作りだすラプラス、しかしそれが放たれることはなかった。   「……今すぐ、失せろ」   降魔の死角から、ユウキが飛び込んでいたからだ。   『夢見鳥のブローチ』を発動しながら、なぎなたを一閃。   『確実に一発で落ちてもらいましょう!』   ユナイトの『アルター・アームズ』『豆腐の角』でより鋭く強化された一撃は、解析した降魔の急所を的確に貫いた。   「ナイスよユウキ! さ、急いで残り回収しちゃいましょ!」   --------------------------------------------------   ――そして再び、外。   トールの『逆鱗』が、降魔達を呑みこみ巻き上げる。   しかし、既に何度めかの発動である。竜巻の軌道・規模を読んだ降魔の一部は、散開しこれを回避していた。そのまま散らばってトールを全方位から取り囲む降魔。   ならば、と。   「まだこれで終わりじゃない!」   トールは『逆鱗』から連なる札を切った。   「邪神・悪神・鬼神・魔神 我らを阻む全てを穿て――『戦神』!!」   咆哮と共に、『逆鱗』によって生じた竜巻の上空が、瞬く間に光を迸らせる雲に覆われていく。   刹那、見る者の目を焼くような雷光が一閃した。   轟く雷鳴が一瞬遅れて響き渡った時には、降魔達は雷神トールの鎚を思わせる雷にその身を焼きつくされていた。   「なんという威力……!」   「おっと、余所見してていいのかな?」   『戦神』の威力に瞠目する降魔に、冥は水分を纏わせる。   熱を操作し蒸発させようとする降魔に対し、冥は水分を凍結――氷柱に変え、零距離で降魔の身体を串刺しにした。   ダハーカの牙が降魔を噛み砕き、続けざまに別の頭から猛毒のブレスが迸る。   ブレスを回避する他の降魔達。   しかしその身体は、突如凄まじい重力に叩きつけられた。   続けざま、這いつくばる降魔に『異形』達が一糸乱れぬ連携で炎を、電撃を、かまいたちを叩きこむ。   戦況は、完全に魔術師達の側に傾き始めていた。   しかしそこで、魔粒子探知機が接近してくる一つの反応を告げた。   「かなり大きな魔粒子の反応が近づいてきます。皆さん、警戒を!」   あゆみが伝達するとほぼ同時、電磁の砲撃が放たれた。   征の障壁を、ユナイトの『ディフェンシブビット』を貫き、降り注ぐ電磁が異形達を、一般魔術師達をなぎ倒していく。   『恐らく首領格でしょう、皆さん気をつけて!』   電磁の嵐の向こう側、降魔の姿を視認するやいなや、   「邪神・悪神・鬼神・魔神 我らを阻む全てを穿て――『戦神』!!」   トールが二度目の『戦神』を放つ。   降魔を焼き焦がした雷電は、しかし電磁の障壁によって阻まれた。   威力の問題ではない。単純に、電磁障壁に対して雷撃では相性が悪いのだ。   「――失せろ、魔術師共」   一般魔術師達に狙いを定め、電磁が迸る。   『ダハーカ!』   主の指示に応じ、ダハーカはその身を彼らの盾とする。膨大な電磁による攻撃に、猛毒の魔龍は苦悶の咆哮と共に動きを止めた。   その時だ。   トールは、ほんのわずかに身体から力が抜けるのを感じた。   風の鎧が風圧を弱める――『魔粒子変換』が解除され、赤の魔法増幅が途絶えたのだ。   「あゆみさん!?」   彼女に攻撃は届いていない。まさか、魔力の限界が来たのか。   通信を飛ばそうとするが、あゆみからの答えは無かった。   それも当然だ。   『無影無踪』により、今この一時彼女の存在は知覚の外側にあるのだから。   「レッドアイ、目標捕捉――『Gae Dearg』、射出」   あゆみの指示により、衛星軌道上の『レッド・アイ』が動き出す。   搭載されている五つの赤い槍――Gae Deargの一本が、ガトリング砲の銃身を思わせる装置から投下された。   Gae Deargは充填された魔力によって空気抵抗と風を操作、摩擦によって生じる熱を遮断。   電磁の降魔目掛けて落下していく。   電磁の降魔もさるものだった。   未だ遠い自らを狙う魔粒子の流れを、敏感に察知したのだ。   そのうえで、降魔は電磁を収束させる。トールの、征の、立ち上がった異形の攻撃をかわしながら、膨大な電磁を両手の間に集中。   そして、   「――消えろ!」   解き放つ。   電磁の奔流が吹き荒れ、魔術師達ごと本部を――。   「そういうわけには、いかないねぇ」   瞬間、眼前に転移したのは冥。身を投げ出すようにして彼が電磁の嵐の前に立ちふさがった、その直後。   荒れ狂う電磁が、嘘のように消滅した。   「此処の守りに私が着いた時点で……強大な攻撃は全くの無意味なんだよねぇ……残念だったね?」   嘲笑が冥の口元に浮かぶ。   彼は『虚無の躰』――魔法を解除する固有魔法で、電磁を打ち消したのだ。   代償に自他ともに魔法で支援を施すこともできなくなるが、本部を守れるのなら些末事。   それに、このままただの一般人になるつもりもない。   予め術式を仕込んでおいたビー玉を散布。   降魔の足元の魔粒子を操作し、凍結させる。   電磁の光が迸り、降魔は足元の氷を砕く。そのまま後退しようとする降魔に、   「――何っ!?」   側面から別の降魔が襲いかかった。虚ろな眼差しのその降魔は、電磁の降魔の周囲を障壁で取り囲む。   『降魔の傀儡化、意外といけるもんだな!』   満足げな栄一の声が通信で響く。先ほど戦った降魔の精神に操作で干渉、傀儡化を行ったのだ。   『そのまま閉じ込めてしまいましょうか』   ユナイトが障壁ごと空間を分断、電磁の降魔の動きを完全に封じ込める。   そして。   「『Gae Dearg』――着弾」   天から降り来る赤槍が、降魔を捉えた。   操作によって収束された膨大な落下エネルギーは、展開された電磁バリアを容易く貫く。   槍の穂先がそのまま降魔を射抜き、エネルギーの余波が爆音と衝撃波となって戦場を走り抜けた。   しばし、戦場を静寂が覆う。   やがて司令塔が撃破されたことを察したのだろう、残る降魔達は散り散りになりながらも撤退を開始――魔術師達は可能な限りこれを殲滅するのだった。   「赤の本部です、こちらの戦闘は決着しました。これより白と黒の本部にも救援を送ります」   あゆみの通信が響き渡る。   間に合うかどうかはわからない――というより、恐らくは間にあわないだろう。   だがそれでもいいのだ、白と黒の――仲間の士気を上げることさえできるのなら。   (本部に保管されていた遺物を借り受けた)  


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