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黄昏編第4話③

===============================================================   <3>   ===============================================================   本部で魔術師達が激戦を繰り広げている頃、アルバートのバー。   一人カウンターに佇む三坂 忍に、アルバートが声をかけた。   「お前さんは行かんのか?」   恐らくは風伯のことだろう。そもそも彼を隣世に送り出したのは、忍だったのだから。   「もちろん行きますよ。その前に、待ち人がありましてな」   ここへ来る前にも、一つ用事を済ませて来たところだ。   それは、本部へ向かう魔術師達が出発する前。白の本部にて――。   * * * * * * * * * *   「貴方はともかく、私が”護る”というレオンの意志を継いだのは皮肉なものですな」   苦笑浮かべて、忍は祈に向き直った。   そうでしょうか、と祈はそんな彼に言う。   「忍さんは、ナハトブーフの意志を受け継ごうとしていました。やり方はともかく、その根幹にあったのはこの現世を"護ろう"とする意志だったわけですから」   ナハトブーフが覇道を選んだのも、全ては『夜の書』という形でレオンの意志に触れたからこそ。   そこには確かに"護る"意志があったのだ。……手段は、ともかく。   「そういう見方もありますか。……どうあれ、私は彼の願いを引受けた。ならばこそ、この遺物は貴方と共に在るべきだ。我々が人と魔術師を守り続けるために」   そう言って、忍は自身の所有する遺物、『A・マジックウォール』を差し出した。   「そんな、受け取れませんよ。忍さんだって、この後――」   祈の言葉を遮るように、もう一方の手で彼女を制す忍。その口から、本音がこぼれ落ちた。   「どれ程愛していても、常に傍にいられるとは限らない。戦力を放出した東京をほっとけない以上、ニナをよろしくというだけですよ」   そう口にする表情に寂しさが滲んでいる事に、忍自身は気付いていただろうか?   それも当然だ。彼は昨夜、長年の恋が遂に実り、黒の魔女ニナ・ファウストと婚約を交わしたのだ。   『ただしすまないが、黒の家族たちが認めなければ、結婚は延長させてもらいたい。家族に祝福されない結婚は悲劇の元だ』との言葉もくっついてきたが……。それでもニナ自身の意志で、忍の想いに答えたのは事実だ。   なのにその返事をもらった翌日には、こうして地球の表と裏に離れ、それぞれ戦わなければならない。それが2人の生き方だから。   その意を汲んだのか、祈は神妙に頷く。   「……わかりました、そういうことでしたら」   彼女はそう言って、恭しく『A・マジックウォール』を受け取ったのだった。   * * * * * * * * * *   からんからん、と響いたベルの音に忍の意識は引き戻される。   顔を上げると、そこには待ち人である蘇我 修司の姿があった。   「すまん三坂、遅くなった」   「いえ、大して待ってはいませんよ」   席についた蘇我に、忍は早速ですがと一発の弾丸を取り出した。   蘇我が目を細め、それを見つめる。周囲の空間が揺らいで見えるほどの、弾丸の形状をした濃密な魔力の塊。   「これが……」   「ええ。これがレオンの意志、『魔弾』です。隣神との決戦を前に銃使いに配っているのですが、あなたにも一つ。リスクの分散と戦術の幅を広げるために、うまく使って下さい」   そう言って魔弾を差し出す忍に、蘇我は。   「一つ、その前にいいか。以前、あんたに聞かれたよな。大切な者を守るためなら、他のすべてを殺す覚悟があるかって」   「ああ……そんなこともありましたな」   その時は、邪魔が入って蘇我は答えることが出来なかった。だからその答えを、今こそここで。   「三坂、俺はあんたとは真逆だ。『世界を護る為なら大切な者をも殺す』、それが俺の役目なんだよ」   蘇我は思う。この問い掛けを受けた時から、調停者になる道は定められていたのかもしれない。   彼にとっての大切なものとは、この社会そのものだからだ。   「だがな、あの時も言ったが――決定的な選択を迫られない限り、双方を護ろうとするのが俺の信念だ。公安も調停者も、殺し屋とは違う。殺し続ける事で得られる平穏なんてないのさ」   だから彼は終焉の魔女を殺し、黒の魔女ニナを救った。   蘇我が社会を大切に思う様に、忍にとってはニナが、何より大切だと理解していたから。   「……なるほど、実にあなたらしい答えだ」   ふっ、と忍の口の端が上がる。   思えば、蘇我と忍は何もかも正反対の魔術師だ。   かたや、大切な者を守るためなら他の全てを殺す覚悟を持った者。   かたや、世界を守るためなら、大切な者をも殺す覚悟を持った者。   しかし、そうして真逆の道を歩いてきた二人が、ようやくここで再会した。   それぞれの大切なものを守る為に。   共通の敵、隣神を討つ為に。   「『全ては魔術師と、この世界の為に』――あんたの意志、確かに受け取ったぜ」   魔弾を受け取り、その重さを――そこに込められた意志の重さを確かめるように、握り締めると、蘇我はそれを懐にしまった。   最後に誓いの盃をかわして、二人は店を後にした。   二人と入れ替わるようにして、マユリこと宮内 麻友莉がやってくる。   「はろーだーりん、アイリッシュ・コーヒーのみたい!」   呆れた様子でアルバートがあごに手をやる。   「おう、扉のプレートが見えなかったのか。今日は休業、カクテルはなしだ」   さっき蘇我と忍に出したのは、特別サービスというやつである。   「しゃーないにゃー。じゃあ無事本部のカタがついた連絡きたら奢ってよー?」   びろーん、と腕を目一杯伸ばしてカウンターにもたれるマユリ。   「カタがついたら、な。というかお前は本部には行かねえのか」   「マユはマユが楽しく生きていければそれでいいの。だから関与しないの。目の前で人が死んでもね。べつにマユが楽しければしあわせなの。だからそれでいいの」   で、今マユリにとっての楽しいことといえば、アルバートと一緒に居ることだ。   だからココに居るのだ。   「だーりんや蘇我くんは違うんだろねー。とってもかっこよくて憧れちゃうね?」   両手で頬杖をついて、マユリは小首を傾げアルバートを見上げる。   「お前が言うと皮肉に聞こえるぞ」   「ひっどーい。ほんとだよ? "だーりんの"念の為"が、杞憂で終わるといいって思ってるし。で、何か来そうだとか予測はあるの? まあ無くったっていいんだけど。あるんならそれ相応の対策が出来るだろうから、聞いておきたいだけ」   「東京の戦力が放出されちまってるからな、降魔の別働隊が来るんじゃあねえかとアタリをつけてる」   「順当な予測にゃー。あ、ねえ。だーりん」   「あん?」   「前の様にこっちの意思も聞かずにどっかに飛ばそうとするの、やめてよね。マユは死ぬならだーりんの隣がいいし。ふふ」   「……あのな。昨日の今日でそういうこと言うんじゃねぇよ」   昨夜アルバートは、マユリの命掛けの求愛に押し切られ、遂に彼女を受け入れたのだ。   マユリの右手の薬指には、アルバートから渡された遺物『トラヴィスの指環』が光っている。彼女が最後の戦いを生き延びるようにという、願いと約束の籠められた指環だ。   「俺は見知った魔術師が遺物化する光景が一等嫌ぇだ。それがお前なら尚更だ、わかるな?」   「うそうそ、死なないよー。だーりんとずっとこの先、楽しく遊ぶんだから」   と、その時。店内にけたたましいアラートが響く。どうやら、魔粒子探知機に何か引っかかったようだ。   「噂をすれば、か。しゃあねえ、行くぞマユリ」   「あいあいさー」   店を出た二人の前に、アルバートの予測通り降魔が現れた。それも一体ではなく、複数。   そんな降魔共を見据えて、マユリはナイフを手に飛び込んだ。   「ヤりあうの! だいすきよ! さあさあおいで、可愛がってあげるから! ね!」   楽しそうにナイフを振り回し、無軌道に見えて正確な斬撃で降魔を斬り裂く。   「悪ぃが、さっさと終わりにさせてもらうぞ」   続くアルバートの義腕のレーザーが火を噴き、容赦なく降魔の一体を消し飛ばす。   彼めがけ炎の鎖が放たれるが、風を操作した障壁がそれを受け止める。   その隙に背後へとまわったマユリが、背中の肉を抉り取るようにして一撃。   側面から襲いかかった降魔を、アルバートのレーザーが消し飛ばす。   と、直後マユリはアルバートに向かってナイフを投擲。   アルバートはさして慌てる風もなくこれを回避――背後の降魔の顔面に、ナイフが突き立ち崩れ落ちる。   残る一体が、障壁を展開して突貫。ナイフはおろか、アルバートのレーザーすら一度は受け止めるが――   『トラヴィスの指輪』を発動したマユリが、爆発的な速度で接近。   障壁の空隙にナイフを突き立て、アルバートがそれを起点に爆破魔法を発動。   内側から粉微塵に吹き飛ばされ、それで終わりだった。   「こんなもんか」   辺りを見回しても降魔の影はなく、魔粒子の反応もない。   「お疲れにゃーん。………そいえばだーりんのバーってよく襲撃にあってるけど、よく壊れないね? 直してるの?」   「……」   マユリの何の気はなしの問いに、黙りこむアルバート。   「あ。これ聞いちゃいけない話題?」   アルバートのとても微妙な顔つきは、答えを口にしているようなものだった。   色々あるのだろう、彼にも。   --------------------------------------------------   一方、同じく東京――ウィズクラス。   「皆がいなくなった隙を衝いて、降魔の別働隊が現れるかもしれません。備えておいて損はないかと思います」   と、ウィズクラスのメンバーに語るのはトリーネ・エスティードだ。   「確かに、降魔がこの状況を放置しておくとは考えづらいです」   「また店を壊されるわけにもいかないしな」   シェイプシフターとの戦いで店がぐちゃぐちゃになったのは、まだ記憶に新しい。   直した端から壊されるのはたまったものではない。   「これ以上給料が減るのは勘弁してほしいぜ、流石に」   「竜崎の給料はともかく、ここを何度も荒らされたくはないしな!」   「店のことも考えると……気付き次第、こっちから迎撃に出ることになるのかな」   と、秀。探知機を動かしながら、トリーネはええと頷く。   「ですが、絶対に無理はしないでください。後方支援は私がやりますし、いざというときは前に出ますから」   『スピリットデザイア』で人格を後退、ライターからプラズマカッターを生成してくるくると振り回す。   『実際に戦うのは私だけどねえ……。まあ、任せてくれていいよ、戦闘は私の担当だから』   意地悪っぽくトラインが言った、その時だった。   トリーネが『メタルポート』でウィズクラス周辺に飛ばしていたカメラに、数体の降魔の反応があった。   「来ました、皆さん準備を!」   「私の方で敵の弱点を解析してみます。――トライン」   『はいはい、っと!』   ライターを複数取り出し放り投げ、『メタルポート』発動。   空中に静止させたライターに着火、プラズマカッターを形成する。その姿は、まるでロボットものの遠隔操作兵器の様。   「うわ、かっけえ!」   「そんなこと言ってる場合じゃないよ、春道」   「っとと、わかってるって!」   剣を携えた降魔の一撃をかわし、春道は一気に接近。   『ドレインナイフ』を突き立て弱らせた所へ、秀の長剣が一閃。   攻撃後の隙を狙う降魔に、響香が『オプション』と共に一斉銃撃。   怯んだ隙に竜崎が接近。釘バットの連打を叩き込む。   「爆破が来ます! 回避を!」   寧々里の指示に応じて散開、誰もいなくなった空白地帯を爆発が虚しく襲った。   「弱点、解析終わりました」   『じゃあっこっちも行くわよ!』   端末を通じて伝達、と同時にトラインがプラズマカッターを動かし始める。   あるいは弧を描いて回り込み、あるいは鋭く直線的に、縦横無尽、変幻自在の軌道で降魔を斬りつける。   正面から袈裟懸けの一閃、体ごと貫くような高速の刺突が――的確に、弱点を攻め立てる。   ライターを撃ち落とする攻撃を、事前に察知した寧々里が大気を操作した障壁で受け止める。   攻撃直後の硬直を衝いて春道のナイフが、秀の長剣が、圭の釘バットが弱点を叩く。   撤退しようとする降魔を、   「逃がすか!」   背後から『オプション』の射撃が撃ちぬいて足止め。   体勢が崩れたところを、   『これでおしまいよ』   プラズマカッターが無慈悲に貫いた。   「降魔の反応、全て消失……ひとまずはこれで終わりですね。お疲れ様でした」   --------------------------------------------------   風伯の元へと急ぐ、元代理人の三人。   そこへ最初に合流したのは、リーリオこと橘 優祐だった。   三人の中で唯一今まで話ができていなかった黒染 美丹のもとへと歩み寄り、リーリオはにこやかに笑う。   「美丹さんとははじめまして、だったよね。僕はリーリオ、今日は頑張ろうね」   「……よろしく」   「必ず断章を取り返して、リンさんと一緒に帰ろうね」   「ん」   こくりと頷く美丹から、リーリオは紅沢駆馬と宇和島 空に視線を向ける。   「二人も今日はよろしくね。僕もサポートするから」   「ああ、頼むぜ」   「風伯のことは、僕達はトライブの持ってるデータくらいしか知らないからね。実際に相手をしたことのある皆にサポートしてもらえるなら、とても心強いよ」   「皆……あれ、見て」   美丹の指差す先、とあるビルの屋上に遠目にもわかる暴風が吹き荒れていた。   まるで、自らの存在を誇示するかのように。   「風伯はきっとあそこだよ。急ごう」   リーリオの言葉に、元代理人達の足は自然と速まっていく。   そこへ、ナルヴィ・デザイアが合流する。   「おう、お前らに渡すもんがある」   「渡すもの?」   ほらよっと、ナルヴィが投げ渡したのは、遺物『ディクショナリー』のコピーだった。   「こいつはとある遺物のコピー品。効果は発動中に得たあらゆる情報を脳内に完璧に記録――よーするに、褪せない記憶、って奴を作れるもんだ」   「……褪せない記憶、ね」   「使う使わないは任せるさ。どうせ、24時間で消えちまう劣化品だ。その間に使える機会がある保証はしてやれないしな」   そう言って肩をすくめるナルヴィ。彼に出来るのは、はただ選択肢を増やしてやることだけだ。   「でもまあ、たまには自分達の『欲望』に正直になってみてもいいんじゃね?」   「……欲望、か」   その時、空が複雑そうな表情を浮かべたのにナルヴィは気づいたが――その真意までは、それだけではわからなかった。   * * * * * * * * * *   ビルの屋上。   暴風が吹きすさぶその中心に、かの知的個体の姿があった。   元代理人達がそこへ到着し、同時に昨日五代目『赤の魔人』を襲名したトウジンこと仁・A・マクスウェルが駆けつける。さらに剣術屋こと三間 修悟も到着する。   もはや語る言葉などなく、すぐさま風伯に戦いを仕掛けようとした――その時。   「風伯よ」   忍が、魔術師達を制した。   「忍さん、何を――」   「戦う前に、少し話をさせてください」   そのまま風伯へと向き直った忍を、風伯はどこか懐かしむような目で見返した。   「……この僕の創造主様か。一体何用だい?」   忍は風伯に満ち満ちる力を認め、静かに語りかける。   「断章の欠片を回収し、現世に持ち帰る。確かに確認した。これで汝らを縛る物は無い。次に汝を知的個体の王として問う。彼らを民とし平穏を望むなら、隣世を統治し現世との間に不可侵条約を結べるよう尽力しよう。返答は如何に」   「な……」   「正気か!?」   忍の言葉にざわめいたのは、むしろ魔術師達の方だった。   だが、忍は本気だった。もふのオリジナルとなった知的個体のこと知り、一縷の望みをかけたのだ。   それに何より、風伯を隣世に送り出す時。忍は確かに約束したのだ。   役目さえ果たせば、その後風伯の願いの為に尽力する、と。   だが――。   「……統治、か。ただ一人隣世で安穏と過ごすことじゃ、僕の願いは満たされないのさ」   「一人? 隣世には降魔が居るはずだ。彼らは仲間ではないのか?」   ふっ、とどこか嘲るように風伯は笑う。   「君達は彼らのことを僕らの同類だと思っているようだけど……それは違う。彼らの本質は、僕らよりも君達に近い。だから彼らと僕は相容れない。今はただ、互いの目的が一致しているから、協力出来ているに過ぎないわけだしね」   「待て、では降魔とは――」   忍の言葉を無視して、風伯は続ける。   「僕は仲間が欲しい。そして仲間を増やすためには、悲劇が必要だ。だから僕は悲劇を起こす。……その時点で、君達とは共存できないのさ」   知的個体とは、宿主を殺して生まれいでる寄生虫のようなもの。   彼が仲間を増やすことを望む限り、魔術師達とは決して相容れないのだ。   忍は、風伯の言葉に瞳を伏せた。わずかに、惜しむような表情が浮かぶ。   「……そうか。私は君たちとも共に在れたらと思っていたが……それでは始めよう、願いを叶えたくばその意思を示せ」   黒水を蠢かせる忍。   対して、風伯は再び風の鎧を纏う。   魔術師と風伯。その今度こそ最後となるの戦いが、今始まる。   真っ先に突っ込んだのは、トウジンだった。   もとより、魔術師と落とし児という相容れるはずのない存在。   交渉が決裂するだろうということは予測していた。   しかし、トウジンはそれでも風伯にある種の信念のようなものは感じていた。   その意味で、トウジンは風伯のことを認めている。   認めているからこそ、この手でケリをつけたいと思う。異形の時を含めれば、これで三戦目なのだから。   「……へえ、面白いものを着けてるじゃあないか!」   『滅拳』を警戒してだろう、距離を置いて風伯は風を放つ。   トウジンの纏う『雷の鎧』が、スパークと共にそれを防いだ。   「お前のその風の鎧をモチーフにさせてもらったぜ!」   雷の鎧から雷光が迸り、風の鎧を貫いて風伯を撃つ。   「なるほどね、よく考えるよ全く!」   「トウジンばっかに感心している場合か?」   空気抵抗を分断、風の鎧をものともしない動きで剣術屋が斬りこむ。   脇構えからの一閃。   光の分断によって不可視と化した刀身が、薄く風伯の肌を斬り裂いた。   反撃のかまいたちを分断の黒靄で受け止め、衝撃を逃すようにそのまま後方へ飛び退る。   入れ替わるように、空と駆馬が飛び出した。   「援護するよ、二人とも!」   リーリオが二人に身体操作の魔術を付与。   二人は一段加速し、一気に間合いを詰めていく。   迎撃の風が放たれるが、駆馬の『アクティブデコイ』によって吸い寄せられ――消えた。   「何?」   気を取られた隙に、風を『破魔の刀』で斬り裂いて空が肉迫。   続けて閃いた駆馬の槍ごと刀をかわして後退する。   再びのかまいたちも、駆馬に吸い寄せられたかと思うと立ち消える。   単純に、駆馬が受けきったわけではない。   からくりに気付いた風伯の視線が向かった先は、ナルヴィだった。   彼が、『BeatendS』による振動操作で風を打ち消していたのだ。   だが、彼に気を取られている隙を衝いて、鎖鎌を駆使した三次元軌道で美丹が迫る。   「リンの遺物を返せ、落とし児……それはおまえが持っていていいものじゃない」   鎖鎌の一撃を、しかし風伯は危なげなく回避。続く剣術屋と空の剣閃もかわし、駆馬の放った突きを蹴って更に距離を取る。   その着地点へ、美丹の鎖鎌が走る。   重ねるように、忍が『黒の炎』――黒い炎の柱を出現させた。   纏めて弾き飛ばそうとした風はナルヴィに打ち消され、極小サイズの圧縮空気で鎖鎌だけを弾き飛ばす風伯。如何に物質透過の力があろうと、風ならば関係はない。   続けて黒の炎を回避しようとした――その瞬間、風伯の両足が亀裂ともに地面に沈んだ。   「ちょこまかされるのは目障りだからね」   リーリオの重力操作である。   次いで、斬りつけるような不可視の重力の一撃――トウジンの重力斬だ。   「風じゃ重力も止められねぇだろっ!」   然り。風の鎧では、重力は防げない。   足が止まった瞬間、黒の炎が風伯を直撃する。   続けざま、風伯の周囲の空間を剣術屋が分断の壁で覆い尽くす。   「リーリオ、一発頼む」   「はい! ってあれ? 剣術屋さん、いつもと口調違うような」   「細けぇ事ァいいんだよ、急げ!」   剣術屋は昨日、シュバルツイェーガーを抜けた。そして隠し続けて来た、真の目的に向けて動き始めたのだ。   今までの口調は『怒りをこらえていた時のもの』で、こちらが本来の口調である。   それを知らないリーリオは驚きつつも、分断で覆われた閉鎖空間内に、火球を転移させた。   爆煙が吹き上がる。   が――風伯は、未だ健在。悠々と、炎の向こうから風を纏って姿を現した。   その背後から襲いかかる、多数の黒水の操り人形達。   触れれば麻痺させるそれらを、風伯は一瞥すらくれずに極小のかまいたちを無数に生じさせて斬り刻んだ。   直後、ナルヴィが再び風伯の風を打ち消す。   その一瞬を逃すことなく、空が側面から一閃――しかし、風伯は電撃的な機動でこれを回避。   逆に側面へ回りこんで、超圧縮した空気の一撃を放つ。   「がっ……!」   ハンマーを叩きつけられたような衝撃に、空の身体が宙を舞う。そのまま、彼の身体はビルの屋上から――。   「空!」   「空さん!」   美丹が鎖鎌を伸ばし、リーリオが『ニンジャアクション』の高速移動で救援に向かう。   そして風伯が追撃体勢に入った、その瞬間であった。   風伯の影から、手刀が飛び出した。   「ッ!」   完全に意識の外から放たれた鋭い一撃を回避しきれず、腕を薄く斬り裂いた。   血に代わってこぼれ出た魔粒子を吸収する、手刀の主――辻岬 拓也は、風伯の反応速度に舌打ちしつつもそのまま『魔力砲』を発射。   風伯の左腕、その肘から先を消し飛ばす。   そして『アクセルドライブ』で加速し、そのまま離脱。   「空、大丈夫か!」   リーリオと美丹によって救出され、事なきを得た空の元へと駆け寄る。   「ああ、二人のおかげで助かった……ってお前、帰ってこれたのか」   「こっちも助けてもらったんだよ」   そう、重傷のまま隣世を彷徨っていた彼は、、灰色の魔人達の手によって救出されていたのだ。『影の猫』は、その時に借り受けてきたものだ。   「――っと、これ以上の長話は後だな!」   再び吹き荒れ始める暴風。そのまま放たれるかまいたちを、やはりと言うべきかナルヴィが振動操作で打ち消した。   「……また君か。鬱陶しいな」   魔術師達の攻撃をいなしながら睨めつける風伯に、ナルヴィは露骨な嘲笑を向ける。   「ケケケ、どうカナ? 自慢の風を1つ1つ潰されていく気分は。   オレはお前の風の天敵になってやるよ。それでもまだゲームなんて言ってられるカナ?   脚と翅を失った虫のように、無様に地面に這い蹲る覚悟は出来たカナ?」   対象の心をへし折るために何でもしたということは、記録でナルヴィも知っている。   ならば、今度はこっちの嫌がらせで心をへし折っ、   「――そうかい」   背後から、声が聞こえた。   「んな――っ」   「ナルヴィ! ――ぐぅっ!」   咄嗟に割って入った駆馬の腹に、先程空にぶつけたのと同じ圧縮空気塊が叩きつけられる。   吹き飛んだ駆馬には目もくれず、風伯は凄まじい速度で拳と蹴撃を繰り出す。   身体操作による精密な狙いと、連続した短距離転移が息もつかせぬ連打となって襲いかかる。記録にはない、過去の風伯とは明らかに一線を画した動き。   「ちっ、この……!」   「今の僕は、断章のおかげで赤の魔法全般の扱いが向上していてね。――風がなくとも、このくらいはできるのさ。風と同時に使えないんだけど、ねッ!」   風伯の拳が、ナルヴィの腹を捉える。   「が……ッ!」   続けざまに、地面へと叩きつけるような踵落とし。いずれも超高圧縮の空気塊を伴った連撃は、容易くナルヴィの意識を刈り取った。   トドメを刺す寸前、リーリオがMP7で妨害。   風の鎧を再展開し、風伯は残る魔術師達めがけて突貫する。   トウジンが雷の鎧で風を撃ち落とすが、それ以上のかまいたちが風の鎧からは溢れだす。   『アクティブデコイ』で攻撃を引き受ける駆馬。   しかし、阻むものの無くなった暴風は『金剛』すら容易く貫く。   暴風の刃を一身に引き受け続けて体勢が揺らいだ瞬間、風伯は風の鎧を再度解除。   リーリオが重力操作をかけた時には、その姿は高速転移で駆馬の眼前に。   暴風を纏う蹴りを叩き込まれ、駆馬が沈む。   「不屈の魔人まで沈めるか。凄まじい威力だ。だが――」   忍は大気中の電荷を暴走させ『黒の雷』を放つ。   雷は風伯の魔粒子に影響を及ぼし、彼の動きをわずかに止める。   そこへ、   「てめえよくもッ!」   拓也が二度目の魔粒子砲を叩き込んだ。   「そんな、ものでぇッ!」   風伯は最大出力の風の防壁を展開。   暴風に乗せた魔粒子が、全てを阻む壁となって魔粒子砲の一撃を受けきる。   「――今だ!」   風伯の意識が前方に集中したその隙を衝き、空と美丹が突貫する。   だが、風伯は風を操作。   「え――」   背後からの突風で美丹の身体を引き寄せたかと思うと、超高圧縮の空気塊を叩きつける。   その衝撃に吹き飛ぶ小さな身体は、空の方へと一直線に。   「ふざけやがって……!」   美丹を受け止めたことで、空は足を止めざるを得なくなる。   すかさず放たれたかまいたちを、リーリオが大気操作で壁を創り上げて阻止。   水蒸気爆発を周囲に連続で発生させ、剣術屋が光の分断を合わせることで風伯の視界を一時的に塞ぐ。   「拓也、もう一発いけるか?」   「行けるさ!」   忍が黒の暴風雪――黒水の刃が混じった黒の嵐を放ち、拓也がそこに再びの魔粒子砲を重ねる。   膨大な魔粒子の奔流が、風伯に向かって突き進む。   「届かせるかぁッ!!」   刹那、魔粒子の屋上全域を覆い尽くすような暴風が炸裂した。   常に土壇場で使用してきた風伯の最強の技は、断章の力によって今までの比ではない魔力と威力を宿していた。   暴風雪と魔粒子砲を押し返すほどの風は、人一人の身体などいとも容易く吹き飛ばす程だ。   既に意識を失くした三人を、大気と重力の同時操作でリーリオがなんとか抑えこむ。   「――っ!」   その一報、空の身体が屋上から押し出されそうになる。   そこを受け止めたのは、剣術屋だった。   「空、このまま投げ返すぞ」   「わかった、頼む!」   スイングバイの要領で加速をつけ、空の身体を投擲――と、同時に彼の空気抵抗を分断。   暴風を突っ切って、『破魔の刀』を構えて矢のように一直線に飛ぶ。   それとほぼ同時。   「――俺の最強の拳で迎え撃ってやるぜ!」   トウジンが『夜の断章』を発動――魔力を激増させ、雷の鎧を――否、この戦いの中、風伯を観察することで完成した『風雷の鎧』を纏い、疾駆。   烈拳――手甲内部での爆発を推力に変換し、さらに加速。   重ねて纏わせた『滅拳』で風を突き破り突き進む。   暴風がどれだけ身体を切り刻もうと、二人は決して怯まない。   そして――   空の刀の切っ先と、トウジンの拳が前後から風伯の身体を貫いた。   吹き荒れていた風が嘘のように凪ぎ、静寂が辺りを包み込む。   次の瞬間、風伯の核が砕け散る音が静かに響いた。   「……二度あることは、か。……今度こそ、終わり……か」   一抹の穏やかさを含んだ声と共に、風伯の身体が魔粒子を乗せた風となって消えていく。   あとに残ったのは、七つの断章だけだった。   空が断章に手を伸ばすが、それを止める者はない。   あるいは、奪おうとする者も。   ここにいる魔術師達は、皆断章を所有すべきは空達だと。そう思っているのだ。   ただ一人、剣術屋だけが。   「――空」   空に言葉をかけた。   「七つの断章を俺に譲ってくれねぇか。俺はその力で――『窓』を、閉じてぇんだよ」   剣術屋の言葉に、その場の魔術師全員が瞠目した。空は眉根を寄せて問う。   「窓を閉じる? なんでだ?」   「元から俺は、その為に魔術師になったんだ。『世の平穏を護りたい』っていう、お前の意志とも相容れるだろ?」   「……!」   「断章の正式な所有者は、お前たちだとは思う。だが、それでも頼みてぇんだ」   その言葉に空が、かすかに逡巡の表情を浮かべる。しかしその時、   「待て、剣術屋。窓を閉じた後はどうするつもりだ?」   いつの間にかその場に来ていた蘇我が、剣術屋に銃を突きつけた。   ただ、どういうわけかその身体はひどくボロボロだ。   「蘇我、一体いつの間に……? いや、そうか。空とトウジンが暴風のダメージを負っていなかったのは――」   そう。空とトウジンを、蘇我が『ケイトク』でガードしたからこそだったのだ。   「途中で降魔と出くわして、退けてようやく辿り着いたら戦いも佳境だったんでな。……いや、それはいい」   蘇我の剣術屋を見る視線が、険しいものへと変化する。   「お前の過去の発言記録を見て気づいたよ。お前の真の目的は――『窓を閉じた後、全ての魔術師を殺し、魔粒子を現世から駆逐する』事だな?」   「な――――」   その場の全員の驚愕をよそに、剣術屋はこともなげに頷いた。   蘇我の言葉を、認めたのだ。   「ああ、俺は魔粒子に関わる者を現世から一人残らず消すつもりだ。そして魔粒子そのものも、この世界から根絶する」   その為に、と剣術屋は空へと歩み寄る。   「だから、空よ……俺には断章が必要なんだ。魔粒子がもたらす悲劇を、この世から消し去る為に」   「断る」   当然の答だった。そんなことに断章を使うのを、空が承諾するはずがない。   「悪いな、剣術屋。『世の平穏を護る事』と『仲間を護る事』ってのが、オレの信念なんだ。   仲間ってのがどこまで入るのかは適当だけど、代理人として一度は共に戦った奴らだ。   魔術師たちを皆殺しにさせるわけにはいかないんだよ。たとえ魔粒子を根絶する事で、世の平穏を護れるとしてもだ」   「そういうと思ったぜ……だがよ、そりゃ問題を棚上げにしてるだけなんじゃねぇのか?   魔術がある限り、一般人との軋轢は消えねぇ。それに何より、剣に人生捧げてた俺としちゃ、魔法の存在が素直にムカつく」   故に魔術師ではなく、『剣術屋』。   この場にいる中では、恐らくただ一人、己が魔術師である事を本気で否定し続けて来た男。『月影の剣士』三間修悟が、空を見据えて続ける。   「人間と魔術師は相入れねぇんだよ。俺の命は、この世から魔法を消す為に使う。   確かに犠牲も出るだろう。だが終わる頃には、お前や境界の魔女が望んだ平穏が帰ってくるぜ」   「……それがお前の信念か、剣術屋」   空は静かに息をついた。   悲しくもあり、敬意も感じている、そんな表情だった。   わずかな沈黙の後、駆馬がよろよろと立ち上がり、静かに声を上げる。   「……ねぇ、剣術屋? なんで僕らが、リンちゃんの遺物を探し続けてたと思う? 遺物を手に入れた所で、彼女が生き返るわけじゃないのに」   「あ?」   「リンちゃん自身も『死者を生き返らせる魔法はない』って言ってた。遺物を手に入れればもう一度会えるなんて、僕らも本気で思ってはいない。そんな嘘くさい奇跡の為じゃないんだよ。僕らの目的はただ一つ――   『リンちゃんの遺物が、どんな魔術師の手にも渡らないよう、命を懸けて護る事』だったんだ」   その言葉に剣術屋が目を見開く。「命を懸けて護るだと? なんでだ?」と問う彼に、今度は美丹は答える。   「リンの遺物が魔術師に渡ったら、それは必ず闘いに利用され、『境界操作』が乱発される……すると大量の魔粒子が現世に流れ込み、落とし児も魔術師も大量に生まれ、この世界はメチャクチャになる。   でもそれはリンが、最も望まない事だった。だったらうちらの役目は一つ。   『命を懸けてリンの遺物を手に入れ、あらゆる魔術師の手から護る』   『そして護り切れないときは、空の固有魔法で、リンの遺物を消し去る』   ――それがリンの遺志を継いだ、うちらの本当の目的だった」   美丹のその言葉に、空と駆馬も頷く。   この3人の間では、こんな議論は何度もし尽されていたのだろう。家族を全て殺され、失うものなど何もない彼らが、それでもなお世の平穏を護る為、決死の覚悟で選んだ道なのだ。   「ちょ、ちょっと待てよ空……! お前は師匠でも仲間でも命の恩人でもある女の子を消し去る為に、ここまで戦ってきたってのか!? いいのかよそれで!?」   「いいわけねぇさ、でもずっと前から覚悟はしてた。今は皆と仲良くできてても、リンの遺物が見つかりゃ、血みどろの奪い合いになるだろうなって……。   でも3トライブが和平したって聞いた時は、希望があると思ったよ。抗争がなきゃ皆とも戦わずに済むし、リンの遺物を消す必要もないんだからな」   空はそう言って、剣術屋に視線を戻す。   「……だからよ、剣術屋。リンの遺物を諦めてくれないか?   魔法を否定するお前に渡しても、結局争いは起きる。魔法を根絶しようとするお前と、それを許さないトライブの奴らの間とでな」   「断る。俺も伊達や酔狂で、黒を抜けたわけじゃねぇ。テメェの目的の為に命捨てる覚悟で、この道を選んだんだ」   剣術屋が即座に答える。彼もまた空と同等の覚悟を持ち、ここに来たのだろう。空はため息をつき、それから呟く。   「ま、そうだろうな……。仕方ねぇ、戦るか剣術屋」   刹那、空が飛び下がり、刀を正眼に構えた。   剣術屋も同時に、八相に構え直す。2人の剣士の間の空気が、瞬時に凝結する。   「皆、手を出さないでくれ。これはオレとコイツの戦いだ」   「ああ」「ん」   駆馬と美丹が頷き、周囲で見ていた蘇我たちも下がった。円形状に出来た空間の中、空と剣術屋が対峙する。   空より年若い彼だが、刀身は殺気に満ち、一分の隙も無い。道場剣法ではない。実戦で磨き上げた人殺しの剣だ。   しかし空もまた、普通の剣道少年ではない。居合から古流まで様々な剣技を身につけ、数えきれないほどの落とし児を倒し、果てはナハトブーフを三度も殺した、れっきとした実戦剣術家だ。   若き剣士たちが対峙する。やがて出し抜けに、   「はぁああああああッ!!」   剣術屋が『猿叫』を発した。相手の魔力を削ぐ分断の声。   だが空は「吽!」と、増強の力を込めた『短呑』で返す。互いの魔法は相殺された。   「……力量は互角みてぇだな。オレ、一応魔人なんだけど」   「関係ねぇさ。斬った数だろ、剣士の力はよ」   二人の剣士はそう言葉を交わし――そして同時に疾駆した。   「はッ!!」   空の四連突きが、剣術屋の四肢目掛け放たれる。だが剣術屋は最小限の動きでそれをかわし、切り払いを繰り出してきた。   空はとっさにそれを、『破魔の刀』で受ける。剣術屋の『月影』がキャンセルされ、2人の刃が絡み合う。直後、剣術屋は刃を滑らせ、空の親指を断ち切りに来た。   「ちっ!」   空はとっさに刀を手離して回避、同時に新たな刀を生み出す。大上段に構え直し、落雷のような打ちおろしを繰り出す。だが剣術屋はその斬撃を弾き、さらに反撃してきた。   それは魔術師同士の戦いには似つかわしくない、純粋な剣舞だった。無数の剣閃が瞬き、2人の周囲に舞う。時折その光に血しぶきが混じる。   やがて空は大きく飛びさがり、距離を取った。鞘を創造し、そこに刀を収める。   「どうしたよ、降参か?」   「ちげぇよ。お前があんまり強ぇからな、オレも最速の剣で挑む事にした」   そう言う空は、腰を大きく落とした構え――『居合腰』の姿勢に入っていた。   剣術屋はそれを脇構えで迎え撃つ。二人がじりじりと歩み寄っていく。   やがて、二人の間合いが交錯した瞬間――   「はっ!」   空が抜刀し、神速の斬撃を放った。   「間合いが浅ぇ!」   だが剣術屋は寸の見切りで、その斬撃をかわした。   空の胴ががら空きとなった。剣術屋は勝利の確信と共に、その胴に斬りつける。   彼の剣は、確かに空を捉えたが――   なぜか、手ごたえはなかった。   「ッ!?」   眼を見開く剣術屋の眼前で、空の姿が空気にかき消える。その後ろに、もう一人の空が――!   「幻影!?」   空が遺物『幻影のチャクラム』で、自分と瓜二つの幻影を生み出し、フェイントに使ったのだ。   そう気づいた時は遅かった。風切る音と共に空の峰打ちが、剣術屋の首に叩き付けられる。   彼はなおも反撃しようとしたが、一瞬後に糸が切れたように、その場にどさりと崩れ落ちた。   「ふっ、はぁあああああ……や、ヤバかったぜ……!」   空が大きく息をついた。静かなる激闘は、わずかな差で空に軍配が上がったらしい。拓也が駆け寄って言う。   「よく勝てたな、空……。今日の剣術屋、今までで一番強そうだったぞ」   「剣士としての実力は互角だったさ。でもオレは、死んだ人らの命を背負ってるからな……それがギリギリで、勝敗を分けた」   空はそう言って、剣術屋に治癒魔法を使う。魔人になる事も遺物を持つ事すらも拒否し、己の剣の道を貫いた、誇り高き男に。   二人の剣士が判り合える事は、恐らくこの先もないだろう。それでも殺さず、命は助ける。それが空の個人的なルールだ。   彼はそう思いつつ、周囲の皆に向けて続ける。   「……というわけで、皆。リンの遺物はオレらが所有するって事でいいか?   心配なら夜の書みたいに、分割してもいいけど……まぁ気持ち的にはしたくねぇけど」   「いや、分割せずにそのまま持ってもいいんじゃねぇのか。   ハナから分割された状態だったら、欠片を一つ貸して貰えねぇかとは思ってたが……   一つになってる状態で手に入ったんなら、あんたらが持つのが筋だと思うぜ」//トウジン   その言葉に蘇我もリーリオも忍も頷く。空は「ありがとよ」と笑いつつ、それから真顔で続けた。   「まぁ、この場にはいないと信じたいけど――。   もしも納得できない奴がいたら、いつでもかかってきてくれ。全トライブの魔術師を敵にするのは慣れてる。   だがオレらは自分がくたばる瞬間まで、命を懸けて断章を護る。そしてくたばる時は、断章も道連れだ」   「……その戦いの中で、断章を使う事は?」   「絶対ねぇよ。『境界操作』使うたびに、あんたの嫌いな落とし児が生まれちまうだろ?   そんな事はオレらはしねぇ。オレらが断章の力を使うとしたら、リンが望んだ事の為だけ――『世の平穏を護る為』だけさ」   空はそう言って笑う。そして探し続けて来た亡き師匠の遺物を、大切そうに懐にしまった。   (風伯を倒し、断章を入手した    東京に現れた降魔を倒した)


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