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黄昏編第4話②

===============================================================   <2>   ===============================================================   ――白のトライブ、東京支部。   降魔の襲撃を受けた本部の救援に向かうため、白の魔術師達がそこに集っていた。   「これで全員揃いましたね」   高天原 衛示が、ジギーことジルギス・ランバート、玉響 憩、シジョウこと四条 有理の顔を見回す。   「そうみたいですね。急ぎましょう衛示さん、皆!」   「姉君様達が心配でうぅ、一刻も早く救援に……」   移動用の高速ジェット機のもとへ向かおうとするジギーと憩を、   「……待ってください」   シジョウが制した。   「シジョウさん……?」   訝しむジギー達をよそに、シジョウはマークスマンライフルを創造。   その銃口を支部の一角へと向ける。   一体何が、と問う必要はなかった。その一角から、佐藤 静子が現れたからだ。当然と言うべきか、人造降魔『白』の姿もその傍らにある。   「静子さん……!」   警戒と緊張が、魔術師達の間を素早く伝播する。それは当たり前の反応だった。   彼女は――静子は、つい先日和平派の魔術師達を襲撃していたばかりなのだ。   しかし、当の静子は『お友達』を呼び出すでもなく、白に指示を出すでもなく。   いつになく静かで、それでいて研ぎ澄まされた刃物のように鋭利な気配を漂わせていた。   「落ち着きなよ、狙撃手くん。本部に行くんでしょ。……協力しようよ」   「……何?」   「今日のわたしは、降魔以外を相手にするつもりはないよ。なんなら、精神干渉の魔法で確認してもらっても構わないし」   静子の言葉に、彼らのうちに戸惑いが生じるのが見てとれた。数秒にもみたない思案の沈黙の後、   『私の方で確認させて頂きました。彼女の言っていることは本心ですよ』   『無色の間』から、軌跡の魔術師の声が響いた。この場の魔術師達の視線を介して、精神合成を行った結果だという。   「……わかりました、静子さんも同行を。シジョウさん、銃を収めてください」   「……はい」   ソレを聞いた衛示の判断は迅速だった。   今の静子を信じる判断材料には乏しくとも、全ての魔術師を支援しようとしている軌跡の魔術師の言葉を信じることはできる。   「理解が早くて助かるよ。ただ、わたしが倒した降魔の遺物はいただくからね」   かくして、白亜の魔女と共に白の魔術師達は本部へと向かう。   --------------------------------------------------   同じ頃、黒の東京支部。   ニナ・ファウストのもとに、『覚の魔女』宮薙 梓、   ニナの遺物を正式に受け継いだ『終尾の魔人』ユウこと獅堂 勇。クレア・ラシルの三人――   そして、『白の魔女』高天原 祈と、フランス異端教会本部から帰還きた『暁の魔人』リミット・ファントムが集まっていた。   祈は魔法を使えなくなったニナの代わりに戦うため、リミットは更にその祈の護衛である。……色々な意味で。   またその傍らには使い魔ゲシュペンストの姿もある。昨日、一人と一匹は感動的に別れたのだが、降魔の来襲があったため、止む無く日本に戻るなり再合流していたのだ。   ともかく。   黒の本部防衛のために、白の魔術師が同行する――それは端的に和平の成立を象徴する行動ではあった。   しかし。   「申し訳ありませんけれど、わたくしお二人のことを信用してはいないのですわ」   梓が、はっきりと二人に向けてそう言った。   「梓さん……」   「……まあ、そう言われても仕方ないである。特に私は」   確かに、彼女はニナを救うために和平に協力した。しかし、白の魔女の――祈の独善的な思い込みにはへどがでる思いだ。   魔力を無くし精神的にも弱っているニナに、「黒の魔女を救う」などと言って付け入ろうなどと。……祈の場合天然かもしれないが、だからと言って許される話でもない。   フリッツの、黒の魔人の遺志を継ぐ者として。数百年に渡り積み上げてきた黒の大義を、そして誇りを軽んじ愚弄するのならば、降魔の前に相手する事もやぶさかではない――そうとすら、梓は思っている。   加えて、リミットだ。本人は変わったと言っているが、元々彼は白至上主義者。どさくさに紛れて、黒に対する不利益を働く可能性を否定できる材料はない。   そう思ったところで、祈が梓を見据えて言った。   「……梓さん、あなたの考えている事はわかります。ですがこれが私の願いであり、白の魔女の使命なのです」   「え?」   「状況も状況ですし、はっきり申し上げておきましょう。白の魔女には、あなたが勘ぐるような心情はありません。そういう段階はもう、遥か昔に通り過ぎているんです」   祈の声には、怒りも憤りも無い。ただ静かな決意と迫力に満ちていた。   わずかに気圧される梓に、祈は続ける。   「シュバルツイェーガーが設立されてから254年。それはそのまま、白と黒の闘争の歴史でもありました。その歴史の中で、白の魔女が黒の魔女を殺そうとした事があると思いますか? ただの一度もないんですよ。   百年前の全面抗争の際でさえ、先代白の魔女は黒の魔術師を殺すのではなく、『無力化させる』事のみを目的に戦いました。そもそも『敵対してるから殺そう』なんて思う者は、白の魔女にはなれませんので」   「……!」   「初代から私まで、数えて十一代。十一人の『白の魔女』は、みな黒の魔女の理想を理解し、意志を汲み、共に歩く道を探り続けて来たのです。たとえ決して理解し合えないとしても、共に歩く道などないとしても。全員がその願いに従い、生きてきました。何度黒の魔女に殺されても、代替わりして、今に至るまで……」   彼女の表情には、絶対的な覚悟が滲んでいた。その眼を見た梓の背が、ぞくりと震える。   考えてみれば祈は、わずか14歳の頃から白の魔女として、トライブを背負って闘ってきたのだ。力が支配するこの魔術師世界で、誰一人殺さず、自分も死なずに。それは狂気にも似た信念がなければ成し得ない。   しかし祈は狂気など欠片もない、しっかりとした意志に満ちた目で、梓を見ていた。そしていつも通り、静かな声で続ける。   「……殺さずに勝つ事は、殺して勝つより遥かに難しい。私たちは黒の魔術師よりも、はるかに重い枷を引きずったまま、なお戦い続けて来ました。それが『白の魔女』。異端教会の真なる理念の体現者なのです」   「だからと言って、独善的である事は――」   「和平下の状況で、窮地にある者を救おうとするのが『独善』だなどと思われるなら、それはもう仕方ありません。人と人です、判り合えない事は幾らでもあるでしょう。   ですがこれが私の信念です。たとえ貴方に背中から襲われようと、心臓を抉られようと、死の瞬間までニナさんを護り続けます」   そう言い切った祈を見て、梓はようやく理解した。なぜニナが祈を『宿敵』と認め、自らを護る事を任せたのか。   救済しようとした者に刺されても、なお刺した相手に微笑んで見せる慈愛の化身。同時に比類なき剛力を持つ、生きた鉄槌。それが高天原祈という娘なのだ。   考えを改める梓に、ニナが囁く。   「梓、お前はお前で正しい……。心遣い感謝する」   「……いえ」   「だが祈に暁の魔人よ、梓が信用出来ぬのも当然だ。彼女の眼を見て話してやってくれ」   「なるほど、『覚』か」   ユウの言葉に、ニナは頷いた。視線を合わせることで記憶や思考を読み取る『覚』の前には、ごまかしは通じない。梓も頷き、祈たちを見る。   「さあ、お二人共――」   「言われるまでもないである」「はい」   リミットと祈は、なんらの迷いもなく梓の目を真っ直ぐに見返した。   それだけでも証明されたようなものだが、読み取った思考がより強固に二人の本心を裏付ける。   「……同行するからには絶対にニナさんを守り抜いて頂きますわよ」   「勿論です!」   疑われたのもなんのその、力強く応じる祈。   そんな彼女に、ユウがニナには聞こえないような声で言った。   「ニナさんの事、よろしくお願いします」   ユウとしては、素直に感謝したいのだ。同じく小声で「お任せ下さい」と答える祈の横顔を、リミットは見て思う。   (……聖女アリア様。あなたの遺志は確かに、この娘に受け継がれているである)   昨日、異端教会本部で読んだ『暁の書』。そこに描かれていた、全ての魔術師の救済者となった乙女は、恐らくこんな心と面影をしていたのではないだろうか。   リミットはそんな祈を護るため、遥か昔の悲劇を繰り返さぬため、祈の傍に寄り添った。   ともかく――そうして、魔術師達はチャーターされたジェット機の元へと向かう。   その途中、今度はクレアがニナに声をかけた。   「ニナさん、『夜の断章』を私にもらえないか」   「……断章をか?」   「わたしは、この体がバラバラになろうとも絶望する気はないんでね。このままじゃ魔女にちっとも覚醒できそうにない。だからさ、そいつの力を借りたいんだ」   第二覚醒できない。   それは力を求める一方で、決して絶望する気のない魔術師についてまわる問題だ。   では、そのような魔術師が強くなるためにはどうすればいいか。   強力な遺物を所持する。それがほぼ唯一にして絶対の解であった。   「お前の言っていることはわかる。しかし――」   「はっきり言うぜ。そいつを持っていても、ただの人間のニナさんには何の意味も無い。だろ?」   「わかっている、お前に渡すべきか吟味していたのだ。軽はずみに扱える遺物ではない事は、お前もわかるだろう?」   クレアはその言葉に口をつぐむ。   しかし、万一断章に目をつけた降魔がニナのもとへ集まったりすれば困るのだ。今の彼女にはただの人間であることへの負い目を負わせてしまうだけだから、決して口にはしないが。   やがて飛行機が見えてきたところで、ようやくニナは意を決したように言った。   「……だがいいだろう。お前はただの魔術師ながら、終焉の魔女だった私に痛烈な一撃を加えた。その力を考慮してな」   「力だけかい?」   「いいや、信念もだ。お前は抗争の際は、黒の役目と世界の現況を理解し、望まぬ闘いにも出撃した。私が終焉の魔女となった時は、その手で討とうとした。……意外にも黒の魔女に最も近いのは、お前なのかもしれんな」   「そりゃ言い過ぎだぜ。わたしはニナさんみたいにはなれない。ただ付き合い長いから、なんとなく自分のやるべき事がわかっただけさ」   「ふ……そうだな、思えば長い付き合いだ」   ニナとクレアは、かすかな笑みを交わす。彼女と共に歩いてきた日々が、クレアの胸をよぎる。   ニナも同じ想いなのだろうか。懐かしげに眼を細め、それから顔を引き締めて言う。   「ではクレア。隣神との戦いが終わるまでの間、私の夜の断章をお前に『預ける』。そういう形でも構わないか?」   「こっちはあくまでお願いしてるだけなんだ、ニナさんの意向には従うさ。あとは任せてくれよ」   「ああ、頼むぞ」   断章を受け取り、クレアは飛行機に乗り込んだ。   --------------------------------------------------   ――そしてその頃、黒の本部近くでは。   『死を超越する会』のメンバーとの食事を終えた蒼桜 レイズが、降魔の本部襲撃に巻き込まれていた。   「うーん、こりゃどう考えても、イタリアまでお手々繋いで脱出できる感じじゃないね」   そう呟くレイズに、超越する会の『女の子』が言う。   「どうするんだよもう。君が『やっぱドイツ出る前にもうちょっとジャガイモ食べたい』とか言い出すから、脱出が遅れてこのザマだよ。降魔は君より仕事熱心なんだよ?」   「いや単に暇人じゃないの? まあいいや。膝をつかせて足に縋り付いて懇願するようにさせてあげよう」   らしからぬ情熱的な台詞を放つレイズに、彼女が小さく首を振った。   「レイズ、残念ながら死体は今この場に無いよ」   「むしろあったら驚くね」   「まあでも探せばあるんじゃないか」   「なにそれ怖い」   探せば死体が見つかる状況、というのはあまり考えたくはない。   「ほら墓場とか」   「確かに」   などと緊張感のないやり取りをしながらも、レイズは降魔を迎えうつべく死体の調達を行うことにした。   世界の危機だ、墓荒しも今ばかりは許して頂きたい。   ともかく、そうして調達できたただ一体の死体に、レイズは『バキュムパック』『ハイドロフォーム』の2つの遺物、そして大量の核を全て埋め込んだ。   これまでのゾンビとは一線を画した魔力を宿す、全にして個なるゾンビの誕生であった。   「……なんか、なっちに似てるな」   道化の仮面の奥で、ふと呟く。   現世を守らんとして覇道を進んだあの男に似た屍人が、現世の危機たる今この瞬間に完成した。   そのことに思うことはないような、少しはあるような。   「ともかく行こうか。本部の冷蔵庫に入れっぱなしのプリンが心配だしね」   ゾンビに水流を纏わせ、レイズは本部へと急行した。   --------------------------------------------------   ――そして再び時は進み、白の本部近辺。   多数の一般魔術師たちとともに、ミカこと満月 美華は本部の防衛にあたっていた。   東京の魔術師達より一足先に、研究のため渡仏していたのが功を奏した形だ。   しかし、ミカの固有魔法『魔を喰らう胎児』は、『ヘキセンリート』『夜の書』の膨大な魔粒子を吸収したこと、そしてそのためにリミッターを解除したことで制御不能の状態にあった。   「ここからは……ふぅ……とおさ……ふぅ……ないわよ」   日に日に膨らみを増していく腹の重みと苦しさに、何もせずただそこに居るだけでも息は絶え絶えの有様。今この瞬間、世話役の修道女が居なければ戦場に出ることもままならない。   それでも尚、彼女は本部防衛のために戦っていた。   「ミカ様、敵が来ます!」   「そんな身体で……!」   戦斧を携えた降魔が襲いかかる。膨れ上がった腹を抱えていては、豪快ながらも鋭いその一撃はかわせない――はずだった。   「させない……わよ」   借り受けた本部の遺物『デッドヒートバースト』を発動。   魔粒子の暴走を意図的に発生させ、その姿からは想像もできないほどの文字通り爆発的な速度で、修道女ごと疾駆。   地を抉る斧の一撃を回避し、回りこむようにして銃撃。   「何!?」   再び振り上げられた戦斧の一撃を修道女の障壁で防ぎ、肉迫。   ゼロ距離から銃を連射――威力を増強させた弾丸が、降魔の身体を打ち崩した。   その間にも、ミカの腹は少しずつ肥大化していく。   それはあたかも、降魔を吸い寄せる蜜の如く。   「その腹に貯めこまれた魔粒子、我々が貰い受ける……!」   黒霧と炎を纏う二体の降魔が、新たに迫り来る。   「まだ……まだよおお……!」   新たにバヨネット付きの銃を二丁創造、弾丸を撃ちまくりながらジグザグに疾駆する。   降魔は散開、黒霧を、炎を、散弾のように姿を変えてばら撒く。   ミカは回避することもなく、その場で旋転し更に銃を乱射。   弾幕で打ち消しきれなかった黒霧と炎は、制御不能となり常時発動状態にある『胎児』がその魔力を吸収。   吸収しきれなかった分こそ受けてしまうが、魔粒子暴走で身体機能が強化された今はこの程度かすり傷にしかなりはしない。   しかし、肥大化した腹の死角を衝くようにして降魔が接近。炎と黒霧の刃が前後から同時に襲いかかる。   「あぁぁ、ぁぁぁぁぁ!」   暴走によって強化された身体は、激烈な速度で反応する。   バヨネットで刃を受け止め、そのまま力任せにかち上げる。   即座に地面を蹴って疾駆、すれ違いざまに右の斬撃で黒霧の降魔の身体を両断。   と同時に、矢のようにした放たれた左の一閃が炎の降魔の身体を貫いていた。   倒れ伏した降魔の魔粒子すらも吸収し、みるみるうちにミカの腹は肥大していく。   息をつく間もなく、閃光のような疾さで白銀の影が飛び込んでくる。   ミカは『デッドヒートバースト』を更に発動、全身がきしみを上げるほどに魔粒子を暴走させ、影が放った剣の一閃を受け止めた。   白銀の装甲を纏う、騎士然とした姿の降魔が感嘆の声を漏らす。   「ほう、その身体でまだ反応しますか」   「なめない、で……ふっ、うっ、ちょうだい……!」   ミカのバヨネットと白銀の降魔の剣が、激しく打ち合う。   他の者が近くできるのは金属音と火花のみ――そんな疾さの局地にある競り合いは、一見して   互角。   しかしミカがゆっくりと、そして確実に押され始めていた。   打ち合う間も周囲の魔粒子を無節操に取り込んでいく腹が、確実なデッドウェイトとなって速さを蝕んでいくのだ。   初めは一閃、次いで二閃、そして三閃四閃五閃六閃七閃八閃九閃十閃。   「っ、……あ……!」   白銀の降魔の剣閃がミカを斬り刻む頃には、彼女は『デッドヒートバースト』を以ってしてもまともに動けないほどに腹を肥大化させていた。   (守ってみせる、絶対に……!)   その意志も虚しく、ミカの腹に白銀の降魔の剣が突き立った。   崩折れるミカの身体。しかし、彼女は笑っていた。どこまでも不敵に、決して意志の光を絶やすことなく。   倒れゆく身体が見上げた、空の上。ジェット機の機影と、降下してくる仲間達の姿があった。   降下する魔術師達の筆頭は、ジギーであった。   「ミカさん……!」   ミカの身を案じながら、しかし同時に自らの姿を誇示するように。   宙に生み出した障壁を蹴り、鋭角的な動きで舞い降りる姿は、さながら白き雷の如く。   「どけえええええええッ!!」   魔術鎖で自身と連結した『庇護の傘』を投擲する。   これを回避する白銀の降魔。しかし、次の瞬間その胸を弾丸が貫いていた。   「何……!?」   弾丸の飛来した方向へと、視線を向けた降魔は気づく。   そこに、マークスマンライフルを構えたシジョウが居ることに。   「――今です、ジギーさん」   「ええ!」   降魔の死角に回りこんだジギーは、瞬間的に刀身を延長。身の丈ほどもある長大な一閃で降魔を斬り裂いた。   同時に、昨日ルーフスから言われた言葉が脳裏をよぎる。   『君の優れたスピードは武器だ。そこに一撃の重さが加わればなお良いだろう。誓約の指環を活かしたまえ。レオンの記憶を見た事で、その誓いはさらに強くなったはずだ』   その事を思い出すと共に、親指に嵌めた『誓約の指環』が輝く。   新たに得た誓い、『レオンの意志を継ぎ魔術師たちを救う』という願い――それがジギーに、無尽の力を与える。   「おおおおおおおッ!」   ジギーは鮮烈な気合いと共に、刀身を更に伸ばし、そのまま一閃した。周囲の降魔が刃圏に巻き込まれ、まとめて薙ぎ払われる。   「やりますね、ジギーさん!」   ジギーの刃を逃れれば、その隙をシジョウの弾丸が的確に撃ちぬく。   身軽さを活かした派手な登場からの、シジョウとの連携による降魔撃破。   それは降魔の軍勢に疲弊しつつあった本部の魔術師達に、救援の到来をこれでもかとばかりに知らしめるものだった。   続けてジギーは『ビルドマインド』を発動――魔術師達の士気を回復させる。   「負傷者は後退して治療を! まだ戦える人は俺達と一緒に戦線の立て直しをお願いします!」   「よし、俺達も協力するぜ!」   数名の魔術師達が、ジギーの元へと集まってくる。   「あなた達は……」   ジギーはほんのすこしだけ、目を丸くする。彼らこそは、和平に賛同した穏健派の魔術師達であった。   「和平に賛同してくれて、ありがとうございました。必ず皆を守り抜いてこの戦いに勝ちましょう。そして、生き残ってまたここで再会を!」   「おう!」   穏健派の魔術師達と共に、ジギーは対降魔の戦線を再構築していく。   「姉君様!」   「いこ、ぃ……」   ジギーとシジョウの連携によって周囲の安全が確保されたタイミングで、憩はミカの元へと急行。   「すぐに治療致しますぅ……!」   貫かれたミカの腹の傷は、憩の全力を注いだ治癒魔法で見る間に塞がっていく。   しかし疲労と消耗が激しく、これ以上の戦闘は不可能。かといって、離脱するのも膨れ上がった腹のせいで難しい。   世話役の修道女が肩を貸そうとするが、力の入りきらない身体を支えるのはかなり厳しい。   おこで、意外な助け舟が出された。   静子の『お友達』が密集し、ミカの身体を持ち上げて運び始めたのだ。   「静子さん?」   憩がおもわず意外そうな声をもらすと、静子は彼女の方は見ずに答えた。   「ミカちゃんの遺物が降魔に持ってかれると面倒だからね。――っとそれより、光学迷彩持ちの降魔が居るはずだよ。気をつけなきゃ」   「え――」   接近してくる、不可視の殺気。   しかし、光学迷彩が生じさせるわずかなゆらぎを白が捉えた。   白銀の篭手と『騎馬の鎧』を纏った拳が、降魔を叩き伏せ衝撃で迷彩を引き剥がす。   そのまま降魔の頭部を掴みあげて、胸を拳で貫いた。   霧散する魔粒子と成り果てた降魔は投げ捨てて見向きもせず、静子は『羽細工』を発動――翼を得た白と共に、前線へと移動する。   一体何故、敵の特徴を――と思う間は、憩にはなかった。   地面から異音が響いた直後、降魔が地面を突き破って現れたからだ。   咄嗟に身をかわしていなければ、地面ごとぶち抜かれていたところだ。   憩はすくさま弩を創造、その足元を狙って射撃。降魔はこれを避けるが、シジョウの狙撃が降魔の足を止めさせる。   その隙に、横合いから衛示のランスが降魔を貫いた。   「憩さんは負傷した方の治療に専念を。動ける本部の魔術師の力も借りてください。その間の守りは、私が!」   『ドラゴライズ』『クリストファーの輝石』を発動。   魔人龍と先代の魔人、そして衛示本人とで後退する負傷者と治療班を守る防衛線を展開する。   「はいですぅ!」   ミカの世話役の修道女と共に、負傷者の元へと憩は一時後退する。   --------------------------------------------------   そしてこちらも同じ頃、黒の本部。   一般魔術師や従者達を共に、レイズは戦っていた。   『ハイドロフォーム』を纏ったゾンビの放つ高圧水流が、降魔を斬り裂きなぎ払う。   ほぼ全ての核と2つの遺物を取り込んだゾンビの魔力は、並の降魔を容易く討つまでに至っていた。   降魔の放つ黒霧の衝撃波を、紙一重でなんとかかわす。しかしかわしきれてはいなかったようで、肌に細かな切り傷と幾筋もの血が走った。   次いで飛来する炎を、ゾンビが『ハイドロフォーム』の水流で防ぐ。   そこに、雷撃の槍が放たれた。   「あばばばばばば」   纏う水流が仇となり、ゾンビごとレイズも雷に打たれてしまう。   『ハイドロフォーム』を解除、『バキュムパック』で雷を打ち消せば、今度は他の降魔の魔法が降り注ぐ。   しかし、それをワタリガラスの群れが遮った。分断を纏う黒羽が、魔法を防ぐ壁となってレイズ達を守る。   続けて、電撃を放っていた降魔を何処からかの銃撃が貫く。   と、同時に軽い着地音。密集していたワタリガラスの群れが降魔に向かって散開し、その中央から坂城 大翔が姿を現した。   その上空を、一台のジェットヘリが爆音と共に去っていく。   「無事ですか、レイズ」   「ビリッとしたけどおかげさまで」   「なら結構です、降魔共を狩り尽くしますよ」   大翔はSCAR-Hに黒靄を合成、分断の力を持たせた弾丸を降魔に向けて連射する。   さらに『薔薇の縛鎖』を発動。   降魔の魔法への抵抗力を低下させ、ワタリガラスの群れを差し向ける。   抵抗力の下がった状態では、分断の弾丸も黒靄のワタリガラスもその一発一羽が致命傷となる。   降魔達は大翔の攻撃半径を避け、レイズに狙いを集中。   ゾンビが『ハイドロフォーム』の水流を駆使し、防壁を展開。レイズへ放たれる魔法を防ぐ。   が、代わりにゾンビの身体が削り取られていく。   「やっぱりボクが弱すぎだね、うん」   完全に、レイズがゾンビの足を引っ張っていた。せっかく『全にして個』の個体を作ったというのに、これでは宝の持ち腐れだ。   大翔の足も引っ張りかねない。   その時――   『自分に核を埋め込んだらどうなるんだい?』   超越する会の友人の言葉が、ふと脳裏をよぎった。   「やってみようか」   手元に残っていた核を、レイズは自らの身体に合成し。   心臓が跳ねるような感覚に、思わず膝をつき胸をかきむしる。   「レイズ、どうしました」   大翔が弾幕を張りつつ、その身体を抱え起こす。   直後――ぶわっ、と。風のように吹き上げた黒霧がレイズの外套を翻した。   「……レイズ?」   大翔が訝しげな声をあげてしまったのも無理もない。そうして立ち上がったレイズの纏う雰囲気は、今までの彼とは何処か違っていたのだから。   「もう大丈夫、いい感じだ。――いっちょやってやろうじゃないか」   両手の指で挟み持つように、黒霧の球体を生成。道化師の大道芸の如く、軽やかに黒霧の球体を降魔に投げつけ分断し、空間を合成し受け止め再び投げつける。   それを回避する隙を、『ハイドロフォーム』の水流が高圧の水の槌となって衝く。   それはある意味、レイズがゾンビと真に主従となった瞬間であったかもしれない。   「核を合成し、自己強化を行ったわけですか。――なるほど、負けていられませんね」   『サテライトアイ』を発動――先程雷を放つ降魔を倒した、超遠距離の射撃を放つ。   螺旋を描いて進む弾丸は、レイズを狙っていた狙撃手の降魔を寸分違わず撃ちぬいた。   * * * * * * * * * *   他の魔術師達が黒の本部へと到着したのは、それから少し後のことだった。   「従者達、および戦闘能力に乏しい魔術師はさがって頂きますわ!」   「負傷者の治療、後方支援に専念しろ! この戦いにおいては、自らの命を守ることが即ち黒の誇りを守ることと思え! 戦えるものは敵の指揮官を」   梓とニナの指揮に応じて、黒の従者や戦闘力に劣る魔術師達は迅速に後退していく。   「撤退の支援は任せるである!」   リミットは『ハチドリ探索舞台』をばらまき、更に黒の魔術師達が使役する落とし児や傀儡達と共に視覚をリンクする。   飛び込んでくる無数の視覚情報は全て感覚的に把握し処理され、広範囲に及ぶ索敵能力をリミットへと与える。   それは、光学迷彩を持った降魔ですら見逃さない。   魔粒子に集まる習性を持つハチドリ達が、見えずともその位置を教えてくれるからだ。   『トライトゥワイス』を発動し、複数の再現体を生み出し、迷彩で後方へ抜けようとする降魔達を須らく撃ちぬいた。   「私は暁の魔人リミット・ファントム!! 防衛と支援こそ私の真骨頂! 早々に抜けるとは思わぬことである!!」   「バードは使い魔ゲシュペンストトリ!! 茶々入れと賑やかしこそバードの真骨頂トリ!!! 早々に静かになるとは思わないことトリ!!」   一人と一羽が、自ら存在の存在を誇示するかの如く叫ぶ。   後退する従者達や弱い魔術師達に代わって、ユウが前線へと躍り出た。   降魔から今まさに爪を突き立てられそうになっている魔術師を発見し、『魔女の短剣』で生み出した鴉の群れをけしかける。   降魔の気がそれた隙を衝き、圧縮魔粒子で加速して肉迫。   圧縮魔粒子の一打を以って叩き潰した。   「大丈夫ですか!」   「ああ……おかげ様でな」   とは言うものの、その魔術師は全身いたるところを負傷していた。   周囲の構成員に声をかけ、後方へと下がらせる。その間際に、ユウは問うた。   「敵の主力について、何か掴んだりはしていませんか?」   「仲間の最期の通信じゃあ、どうやらここから西の方角に司令塔らしき降魔が居たそうだ」   最期の通信、という言葉に悼む心も起きるが、今はそれより先にすべきことがある。   「……わかりました。ありがとうございます! ――ニナさん、聞こえますか?」   インカムでニナに情報を伝えつつ、ユウは戦場の西側へと急ぐ。司令塔が居るのなら、そちらを倒せれば状況はこちらに傾くはずだ   降魔も、ニナが黒の士気向上に多いに関わっていることを知っているのだろう。   ニナの元へと向かってくる降魔は、やはりというべきか多い。   しかし、クレアと彼らをニナへと近づけさせない。   クレアは薙ぐような鞭の動きで降魔を牽制、その隙に一気に踏み込む。   と、同時にニナの『夜の断章』を使用――操作の力で帯電させた剣を振るう。   まさしく紫電一閃というべき一撃が、降魔を斬り裂く。   「危ない!」   側面からの攻撃を祈の障壁が弾き、クレアは後退。   入れ替わるように祈が飛び出し、メイスの一撃を見舞った。   「ニナさん、大丈夫か」   「ああ、私は大丈夫だ。……しかし、やはり数が多いな」   ニナは行く手を見据え、呟く。   魔力を失った彼女だが、昨夜深淵の魔人から貰った魔粒子可視化ゴーグルにより、降魔の姿は視認できている。同じく彼から貰った魔粒子砲を撃ちながら、ニナは続ける。   「範囲攻撃で制圧したいところだ。クレア、行けるか?」   「ああ、ここは一つ試してみるぜ。祈、下がってくれ!」   「はい!」   障壁で降魔の進行を阻止しつつ、祈が後退。   すかさずクレアは、周囲に重力合成と重力操作を展開する。   二重の重力に降魔の動きが鈍る。障壁を飛び越えることもままならず、ならばと障壁を破壊しようとする降魔達。   「祈、障壁を解除してくれ!」   行く手を阻むものが消えたその瞬間、クレアは分断の衝撃波に操作による爆発を重ねて放った。   発動の瞬間に重力操作は解除されてしまったが、不意に通常に戻った重力に大半の降魔は身体がついていかない。   逃れた降魔が襲いかかるが、   「祈、クレア、来るぞ!」   「ニナさんには、指一本触れさせません!」   祈のメイスが、その横面を殴り倒して吹き飛ばす。   入れ替わりにクレアの紫電を纏う剣が一閃し、降魔を斬り裂いた。   「いい感じだぜ……! ようやく、求めてた力が手に入った!」   断章の力が、クレアの身に満ちていく。絶望を否定するあまり、力を得られなかった彼女の枷が、それをきっかけに外れていく。   全身に力と勇気を漲らせ、先陣に立って戦う魔術師。『希望の魔女』の誕生だった。   「さぁ来い、降魔ども! お前らが幾ら立ちはだかろうと、わたしが道を切り開いてやる!」   クレアがそう声を上げ、降魔たちを斬り倒していく。その姿に微笑するニナに、不意にかけられた声があった。   「ニナさん、わたくし上層部の元へと向かいますわ」   『ファロシュバルツ』で降魔を切り刻みながら、梓は通信機越しに告げた。   『何かあったのか』   「決戦級遺物の持ち出しを依頼するつもりでしたが、通信が繋がりませんの。状況が状況です、あちらでも何か問題が――」   その時、本部から激しい破壊音が響いた。もうもうと立ち込める土煙の出処は、記憶が正しければ上層部の居る中枢のはず。   「……っ、ニナさんはそのまま現場指揮をお願い致しますわ! ――どきなさいッ!」   『イフリートダンス』の魔力を解放し、道を阻む降魔に黒霧をぶつけ斬り刻む。   道をこじ開け、梓は上層部へと急ぐ。   --------------------------------------------------   中枢で何が起こったか。   それは、梓達が到着するより少し前のことだ。   戦いの指揮を飛ばす上層部のもとを、 アヤこと綾子・アイヒマンが訪れた。   ごくごく自然に、当たり前のように。   「どうした? 治療に必要な道具でも切れたのか? だったら、ここではなく――」   上層部の言葉を遮り、アヤは口を開く。   「降魔どもは、やはり強いね……このままでは我々は勝てない、更に強くなる必要があるだろう」   「アヤ……君はいきなり何を言い出すんだ」   「強くなる為に必要なのは、『悲劇』。多数の魔術師を第二覚醒させ得る、カリスマの死が必要だ。――ニナが救われたなら、別のカリスマが死ななければならないのだよ」   困惑を、戸惑いを、あるいは警戒を浮かべる上層部に、アヤは微笑を向ける。   彼女の纏う空気が、一変した。静かな殺意が、怒りが、プレッシャーとなって立ち上る。   「……私はこの機会をずっと待っていたのさ。貴様らはナハトブーフが黒を抜けた時、ろくに真意も確かめず、討伐命令を下した。そんな愚か者どもを、私が許すと思うのか?」   アヤは、ナハトブーフを愛していた。   そして、ナハトブーフが残滓さえも討ち尽くされたと知った時。   アヤは、絶望した。その絶望を、彼女は今この瞬間まで胸に秘めて生きてきた。   アヤの身体から、魔力が溢れだす。   「第二覚醒など、とうの昔にしていたよ。ナハトの訃報を聞いた時から……。今こそ復讐の時だ! 受けるがいい、『生殺の魔女』の力を!」   黒霧を展開し、中枢の空間を分断。   『Arzttasche』を引き裂き、これまで傀儡化してきた白と赤の魔術師が大量に現れる。   「行け、奴らを皆殺しにしろ!」   アヤの意志に従い、上層部へと襲いかかる傀儡達。   上層部はこれに応戦。中枢を、三色の魔力が吹き荒れる。   「真意も確かめずにと言ったな、アヤ! だがあの男はそも誰にも何も語らなかった! そして何より、真意を理解したところで、奴を討たねばならなかったことに変わりはない!」   彼は世界を守るため、魔術師達を鍛えあげるため、自らが最初の世界の敵となった。   例え真意がわかったところで、討たねばならなかったのは確かだろう。   しかし、それでも。   「ならばなぜ、ナハトの真意が明らかになった時、彼をきちんと弔おうとしなかった? 彼の行動は、黒の理想とは矛盾していなかった。無数の窓を開き、現世に大量の魔粒子を呼び込む事で、魔術師が人類の上に君臨する世界を創ろうとしていた。彼は彼自身の口から、その事を語っていたはずだろう?」   「っ……!」   「上辺に惑わされず、行動の本質を見ろ。彼こそが黒の英雄だ。   英雄の死を顧みず、ただ目の前の抗争にのみ明け暮れるのが、黒の魔術師のあるべき姿か? そんな有様で『先人の無念を晴らすのが理想』だと?   自己欺瞞もいい加減にするがいい。私の愛したシュバルツイェーガーを歪めているのは、他でもない貴様らだ。東京の若き魔術師たちではない、貴様ら黒の上層部さ!」   アヤの放った穢れた嵐が、傀儡ごと上層部を捉える。   嵐は中枢を破壊し、土埃と破壊音を巻き上げる。しかし、上層部は未だ健在。   黒霧の衝撃波が、アヤの脇腹を抉る。   「ぐっ、あ……!」   合成で無理やり傷口を塞ぐ彼女に、上層部は言う。   「この程度では、私たちは倒せない」   然り。黒の上層部には、不死の魔法を持つものも居る。いくら傀儡をぶつけようと、穢れた嵐をぶつけようと、それだけでは倒せない。   それだけ、では。   突如、上層部の身体が床に崩れ落ちる。   指一本動かせない有様となった彼らを見下ろし、アヤは冷ややかに言い放つ。   「神経毒、さ……脳機能を麻痺させてしまえば、不死魔法も使えなくなるだろう?」   自身も深手を負いながら、しかしアヤは不敵に笑んだ。   穢れた嵐に、神経毒パトラゴトキシン――以前、マクスウェルの身体の自由を奪った毒だ――を合成しておいたのだ。   身動きの取れない上層部に、アヤはとどめの穢れた嵐を放とうと――。   「待ちなさい!」   「ッ!」   背後から、黒霧の一撃が襲いかかった。   ぎりぎりで身をかわしたアヤが見たのは、空間を合成し息を切らせて飛び込んできた梓の姿だった。その体を、薄く黒霧が覆っている。   「……アヤさん。あなた、ご自分が何をされているのか、わかっておいでですか?」   「わかっているとも。復讐を果たし、そして同時に黒の魔術師達の力を底上げするのさ」   悲劇が必要だ、と再びアヤは言う。   上層部が"降魔の襲撃"により全員死亡するという、悲劇が。   隣神を討つために、ニナを守るために、黒の未来のために。   「そのためには、これが最良の道なんだよ。ニナの部下は手に掛けたくない、下がりたまえ若き魔女」   「……っざけんじゃないわよ」   返ってきたのは、梓の素の怒りの発露だった。さらに梓は言葉を続ける。   「何がニナさんを守るため、黒の未来のためですの? あなたはただ、自分の復讐に大義名分を持たせたいだけですわ。こんなやり方ではニナさんも、黒の未来も守れません。いたずらに黒の力を削ぎ、ニナさんを悲しまるだけでしかありませんわ」   そういう梓に、むしろアヤは悲しみの眼を向けた。   「『黒の力を削ぐ』? どうも君は魔術師という生き物を、理解していないようだね」   「何ですって?」   「なぜ黒の魔人と魔女の使命に、『自らの死』が含まれてると思う? 己の死によって、同胞の力を底上げする為さ。   同胞が死ねば戦力が失われる人間の闘争とは、そもそもあり方が違うんだ。上層部の死によって、黒の力が削がれる事はない。むしろカリスマが死んだ方が、黒の力は増すのだ」   「では、ニナさんはその事を――」   「無論、よく理解している。だから夜の書の真実を知った時、自分を討つよう命じたのだ。   そんなニナの覚悟を蔑ろにしてでも、君たちが彼女を救った事は、別に構わない。他者と衝突してでも、己の意志に従って生きるのが、魔術師という生き物だからね。   だが『黒の力が削がれる』という理由で、私が上層部を討つのを止めるなら、お門違いもいいところだ」   アヤと梓の視線が絡み合う。   梓は祈に続き、ここでも別の正義と衝突した。魔術師同士、互いに意志を貫こうとするならば、それは必然だろう。   だが、今度は答えは出ている。梓は首を振り、はっきりとアヤに答えた。   「……貴女の信念はわかりましたわ。   だけど私は、これからの黒を背負う魔女。   この上層部の方たちが、黒の本来の姿を歪めていたとしても。   たとえカリスマの死が、黒の未来に繋がるとしても。   一度ニナさんを助ける事で、その結末を否定したのなら――   眼前で同胞を殺される事は、看過できませんわ」   それが梓の意志だった。アヤはそれを聞き、嬉しげに言う。   「宜しい、それでは戦おうか若き魔女よ。生殺の魔女と覚の魔女、その意志のどちらが強いのか……それを決しよう!」   そう告げた刹那、アヤが『穢れた嵐』を放った。   それを梓は真正面から、『黒の嵐』で迎撃する。   触れただけで昏倒する毒の霧と、触れるもの全てを切り裂く刃の霧。   しかし勝負は初めから決まっていた。上層部との死闘で満身創痍だったアヤは、既に限界に達していたのだ。   一瞬後、梓の黒の嵐が、アヤを切り裂いた。   「ぐッ! が、はっ!!」   アヤが全身を血に染め、その場に倒れ込む。   梓は彼女に歩み寄り、ぽつりと尋ねた。   「……どうして逃げなかったのですか。貴女は、負ける事がわかっていたのでは……?」   「買いかぶり過ぎだよ……ただこの私も、寄る年波には勝てなかったというだけさ……」   アヤはそう言って、ごぶっと血を吐く。それを手で拭い、続ける。   「……だが、ふふ……。これはこれで、満足だな」   「復讐を、果たせなかったのに?」   「黒の未来が確保されるなら、次世代に強い魔術師が育っているのなら……老兵は、去るのもやぶさかではないという事だよ」   アヤはそう言って笑う。そこには強がりの色などは見て取れなかった。嬉しげな表情のまま、彼女は続ける。   「……さぁ殺したまえ、覚の魔女。   まごついている時間はない、降魔が襲って来るぞ。   私の遺物を得て、その力で奴らを迎え撃て! 屍を踏み越え先に進め!   それが黒が永きに亘り、歩み続けて来た道だ!」   それは一世紀近くの生涯の大半を、シュバルツイェーガーで過ごしたアヤの、心の底から溢れ出た言葉だろう。   だがその言葉にも、梓は首を振る。   「さっきも言った筈ですわ、殺しません。それが私の意志なのです」   「ふ、そうか……。それが君の、意志ならば……」   アヤはそう呟き、がくりと力尽きた。   梓は大きく息を着く。短期決戦で良かった。魔術師との戦いで消耗している場合ではなかったのだから。   そう思いつつ、同胞に通信する。   「医療班を何名か回してください。上層部の方々に治療が必要ですわ。動くこともできないようですので」   『ああ、了解だ』   「それと……古参の魔女の方が重傷です。救ってあげてください」   それは相容れない相手に対しての、梓のギリギリの譲歩だった。   通信を終えると、梓は上層部に向き直る。神経毒のために喋ることもままならない彼らに、梓は精神合成で訴えかけた。   『こんな状況で申し訳ないとは思いますけれど、お話がありますの。事態を打開するため、決戦級遺物をお貸しください』   『決戦級遺物を?』   『……わたくしは、これまで黒の魔人の後継者たらんとして働いてきたつもりですわ。ですが、ここで事態の打開ができなければ、黒の大義が潰えてしまいます。そうなってしまったら、黒の魔人の……フリッツさまの遺志も無に帰してしまいます。フリッツ様の弟子として、それだけは絶対に避けたいんですの』   遺志を潰えさせないために、数百年に渡り積み上げられてきた、大義のために。   その真摯な訴えは、神経毒によって麻痺させられた上層部にも届いた。   『……わかった、決戦級遺物の持ち出しを許可しよう。失われてしまった『ヘキセンリート』には劣るかもしれないが、あれも充分役には立つはずだ』   『感謝いたしますわ』   ちょうどその時、医療班が辿り着いた気配があった。   その場を彼らに任せ、梓は決戦級遺物が保管されている場所へと向かう。   --------------------------------------------------   ――再び、白の本部の戦場。   白と『お友達』と共に敵陣に切り込んだ静子は、降魔の部隊と相対していた。   中心に居る一体――書物のように見える何かを携えた降魔を守るようにして、他の降魔達は動いている。   おそらく、こいつが。   「皆に一応伝えとくよ。多分、ここに居るのが敵の司令塔だ」   通信機で連絡しつつ、障壁を展開。   降魔の一撃を防いだところを、上空から『羽細工』を装備した白が強襲。   降魔の作り出した拳銃もどきの銃撃をものともせず、二重の装甲で覆われた拳を叩きつけた。   しかし、それは敵の障壁に阻まれた。   「ちっ、随分固いなあ」   ならばと『お友達』をあらゆる方向からけしかけるが、近づいた端から気づかれて爆破魔法によって吹き飛ばされてしまう。   司令塔の護衛だけあって強力というべきか、あるいは――。   白に攻撃を防がせながら、書物の降魔を見やる。   先程から、あの書物が淡く光を放っているのを静子は見逃していなかった。   あの降魔の能力、だろうか。だとすれば、周囲の降魔の強化か。   自身と白を覆うように障壁を展開。しかし、見る間に障壁には亀裂が生じていく。   このままでは抑えきれない。   他の魔術師と合流できるラインまで、撤退するべきだ。   頭では、理性ではそう理解していても。感情が、それを拒む。   こいつらだけは、この手で――。   光が、迸った。   数体の降魔を纏めて吹き飛ばし、視界を焼くほどに強烈な光の矢が。   『……今は協力関係ですから』   通信機から聞こえるのは、シジョウの声。   振り返れば、『光陰の矢』を放つコンパウンドボウから、マークスマンライフルに持ち替える彼の姿が見えた。   狙撃手の正確無比な銃撃が、降魔達の足を止める。   同時に静子の障壁が崩れ去り、一息に踏み込んだ降魔の剣閃が白を襲う。   しかし、響いたのは受け止める金属音。   白の周囲に展開した白と黒の双剣が、降魔の剣を弾き返していた。   次いで、幾つもの投げナイフが風切り音と共に飛来した。   「静子さん、無事ですか!」   障壁を蹴って、飛ぶようにして現れたのはジギー。   そう、白の周囲に展開した双剣は彼の『守護の剣』だった。   静子の本来の目的はともあれ、少なくとも今この時は共に降魔を倒す仲間。   であれば、その窮地に彼が固有魔法を使わない理由はなかった。   空中に創造した障壁を蹴り、高速での三次元軌道を発揮。   『羽細工』で宙を舞う白と連携し、かたや鋭く、かたや変幻自在の空中戦で降魔を翻弄。   そして上空に気を取られた隙を、シジョウの狙撃が射抜く。   流れが魔術師側に傾き始めたかに思えたその時、書物の降魔が光を放った。   途端、それまで白とジギーに翻弄されていた降魔達の動きがより鋭く、正確なものへと変じた。   「っとそうだ、あの降魔の持ってる本! あれが多分、奴らを強くしてる!」   『了解。狙撃での破壊を試みます』   静子が告げれば、シジョウが狙撃を試みる。   しかしそれもまた、降魔の障壁によって容易く受け止められてしまう。   ならば、と二発目の『光陰の矢』を放つべくコンパウンドボウを再創造――しかし、その隙に降魔の銃撃がシジョウを襲う。   しかし、その時だ。   降魔達に異変が生じた。   不意に動きを止め、宙の一点を凝視し始めたのだ。すぐに何かに抗うように動き出すが、しかしまた不意に動きが止まりを繰り返す。   何が起こったのかわからず、魔術師達が彼らの凝視する一点に視線を向ける。   魔人龍が咆哮とともに、魔術師達の元へと凄まじい速度で飛来しつつあった。   その背には、憩の姿があった。   しかし、その様は十歳の少女のそれではない。   身体が、手が、足が、髪が、少しずつ成長していた。否、成長し続けていた。   「憩さん、まさか!」   そのまさかだ。   『傾世美姫』の限界を越えた行使による、広域への魅了。   それは知性があるがために、降魔に対しても影響を及ぼしていた。   引き換えに、女性ホルモンへの干渉による身体の異常な成長と脳機能への過負荷を引き起こしながら。   「今のうちに、攻撃してくださいですぅ……!」   焼ききれそうになる思考で、憩は叫ぶ。   そうだ、心配するよりも先にやることがある。   降魔を討たなければ、憩の行為が無に帰してしまうのだから。   魅了によって身体の自由を奪われた書物の降魔に狙いを定め、シジョウがコンパウンドボウを引き絞る。   やぶれかぶれに放たれる魔法を静子とジギーが障壁で防ぐ間に、彼は『光陰の矢』を放った。   光が走り、降魔の書物を打ち抜き破壊する。   その瞬間、魅了に対する抵抗は一気に崩れた。   「今だ、やれ――白ッ!」   『守護の剣』を纏う白が、書物の降魔に向かって突撃。   魅了を受けながら、なおも障壁を展開して防ごうとする書物の降魔。   白の突撃を受け止めるかに見えたその障壁は、しかし死角に回りこんだジギーの攻撃によって崩壊する。   次の瞬間、白の拳が双剣と共に書物の降魔を打ち砕いていた。   --------------------------------------------------   そして同じ頃。黒の本部では、戦いの様相が一変しつつあった。   「さあ、ここからが本番ですわ。一気に押し返しますわよ!」   威風堂々たる梓の号令に応じる鬨の声はない。   その代わりに、黒霧の人型が動き出す。   主の声に従って、静かにそして確実に行動を開始する様は、訓練された猟犬の如く。   しかしその規模は、群れなどという生易しい次元など遥かに超越していた。   正しく表現するとすれば、軍勢。   黒霧で形成された幾千の人型が、軍勢となって戦場に押し寄せた。   降魔と魔術師側の数は一瞬にして逆転し、勢いづいた魔術師達によって降魔は劣勢へと追いやられていく。   『イフリートダンス』を使い潰す心づもりで注ぎ込まれた魔力は、軍勢一人一人に並の   魔術師を上回る戦闘能力さえ与えていた。   これこそ、借り受けた決戦級遺物の力。   その名を、『深淵の軍勢』と言う。   ……無論、これだけの大魔法なのだ、相応の消耗を使用者に強いる。   軍勢を維持できている間に、決着を着けなくてはならない。   * * * * * * * * * *   魔術師達の、あるいは降魔の亡骸が横たわる最前線――。   「これは……梓さんが決戦級遺物を持ちだせたのか!」   黒霧の軍勢は、そこで戦うユウの元へも及んでいた。   彼と相対する黒霧を纏う降魔に、軍勢が一斉に襲いかかる。   ユウもそれに合わせて、時間稼ぎの牽制から攻撃にシフト。   『魔女の短剣』から影の獅子を生み出し、軍勢の隙を埋めるようにして降魔へと攻撃させる。   黒霧の防御幕を展開する降魔の背後へ、圧縮魔粒子の炸裂で回りこむユウ。   これを紙一重でかわす降魔だが、そこに獅子と軍勢が飛びかかる。   黒霧を無数の糸状に変化させ、獅子と軍勢を斬り裂く降魔。   だがそこへ、突然の銃撃が響いた。銃弾は降魔の脇腹をかすめ、血の代わりに魔粒子がはじけ飛ぶ。   「ユウ、援護しますよ」   『サテライトアイ』を発動した大翔が、長距離から分断の銃撃を放ち、降魔の動きを牽制。   ついで無数の高圧水流と分断の衝撃波が襲いかかった。   「チミが司令塔かな。覚悟してもらおうか。プリンのために」   ゾンビと共に現れたレイズが指示を飛ばし、ゾンビは『バキュムパック』を発動。   魔力を封じられ、降魔を覆う黒霧が掻き消える。   すかさず飛びかかる軍勢とユウの攻撃を、辛うじてながらに身のこなしだけでかわし、捌く降魔。   しかし、側面から飛来した黒霧がその身を斬り刻んだ。   「あなたが司令塔ですのね。お早く退場してくださいませんか?」   遺物を解き放ったことで、威力を増した黒霧の連打。   「今だ!」   更にユウが黒霧の獅子を突撃させる。   しかし、折悪く『バキュムパック』の効果が途切れ、糸状の黒霧によって獅子は微塵に切り刻まれてしまう。   だが、結果としてそれは彼の首を絞めることとなった。   攻撃直後の、ほんのわずかな隙を衝いて、ユウが圧縮魔粒子の炸裂により肉迫。   左右の手に作り上げた圧縮魔粒子を連続して嵐のように叩き込み――炸裂。   甚大な衝撃を受けたその身体を、   「これでおしまいですわ」   梓の『ファロシュバルツ』が、完膚なきまでに切り刻んだ。   (黒の本部を防衛した    白の本部を防衛した    本部から遺物を借り受けた)  


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